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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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298/333

298話 ホーリーランドセルの刑ってなんだよ……

 土曜日の午後、馬路矢場アパートの自室に灰川は居た。


「マジですか……?」


『そうなんだよ灰川さん…ここの所は所属者の仲が良くない感じが割と強くなっているんだ…』


 灰川は電話をしており、相手はシャイニングゲートの渡辺社長だ。


 どうやら所属者間で仲が悪いという事態が起こり始めているようで、それが少し強くなっている状況があるそうなのだ。


「原因に心当たりはあるんですか? 人気の格差とか収益の格差とか、会社の扱いの差とか」


『良い所を突いて来るね灰川さん…たぶんそれら全部と、他色々だと感じているよ…』


 最近のシャイニングゲートは所属者間の不仲や、会社との仲があまり良くないVtuberが増加している傾向にあるとの事だ。

 

 理由は幾らでもあるだろうと渡辺社長は言っており、忙しさから来るストレス、本心ではやりたくない仕事へのストレス、会社の望む事と所属者の望む事との違い、様々な理由での精神的なプレッシャー。


 灰川の言った人気や収益の格差もあるだろうし、仲良く振舞ってるけど本当は滅茶苦茶に嫌ってる奴が居るとか、思ったより人気が出なくて焦って情緒が不安定になってるとか。


 個人勢に転向を考えてる、何となくヤル気が出ない、配信では凄く良い人なのに裏では後輩とかに超塩対応の所属者が居る、個人的や全体的に関わらず不仲の元になる物事は割とあるそうだ。


「陰キャと陽キャの違いもあるんでしょうし、干渉されたくない人とバンバン仕事を回して欲しい人とか、色んな人が居るでしょうしねぇ」


『本音を隠して全く心が見えない所属者も居るし、考え方が独特な人が多いし…あと実はシンプルに性格が悪い人も居たりするんだ…』


「まあそうっすよね…こんだけ人が集まれば当たり前というか」


『他にも投資詐欺に引っ掛かった人とかも居たり、彼氏に活動がバレたとか、内部問題は色々とあるんだよ…』


 仲の良い所属者たちはいっぱい居るし、性格からの好き嫌いはどんなグループにだってあるだろう。


 シャイニングゲートの所属者間の問題はそのレベルから逸脱しない程度のものであり、さほどに問題視するような事じゃないと灰川は思った。


 他の問題も多いようだが、それは所属者が増えれば湧いて来る問題であり、シャイニングゲートは業務拡大において様々な問題に直面している。


 渡辺社長は過去にシャイニングゲートは所属者の人間関係や、その他の問題で痛い目を見ており、今回は問題が発生しないようにしたいと考えてると明かす。


『ここ最近は業界や会社の動きも活発になっているからね、ウチも活発に動いてるから色んな人間模様が絡んでしまうんだ。ここで所属者の間に重大な亀裂が入ってしまったら、修復不可能な関係になるかもしれない』


「じゃあ会社が仲を取り持ってどうにかするのが良いんじゃないですか? 親睦パーティーとかですかね」


『あんまり外に出たくないって所属者も多いし、疲れるだけと思われて参加したくないと思われたら逆効果になってしまうかもしれないよ』


 忘年会とか仕事後の飲み会と一緒で、パーティーとかを嫌う人も多い。陰キャ気質の所属者も普通に居るし、会社には感謝してるが縛られたくないという人も居る。


 それと性格にクセがある人も多いから、集まった所で上手く仲が深まるか賭けになりそうな部分もあるようだ。


 そもそも所属者が全員参加できる日時のパーティーなんて無理だ、仕事もあるし配信もあるし、プライベートの予定だってあるだろう。


「しかも出席したいって思えるパーティーを作るのも難しいですよね、ただ開けば人が来るなんてある訳ないですし」


『そこも問題だろうね、行きたいと思ってない人に行ってみたいと思わせる工夫が必要になるさ』


「普段は視聴者集めに躍起になってる配信企業が、親睦のために所属者の出席集めを考えなきゃいけないとか因果なものすね」


 視聴者が集まる活動をしようと会社は所属者に言うが、会社は所属者の心を事務所に繋ぎ止める方法を探さなくてはならない。


 どんな営利団体にも言える事だが、内部の問題なんて幾らでも存在し、会社の業務によっても問題の優先度は変わってくるものだ。


 人気を売り物にする企業にとっては所属者の仲の良さは死活問題にも繋がりかねず、シャイニングゲートは最近はその部分が不安の種となっている。


 迂闊に問題を外部には話せないし、所属者も外部には相談しにくいからストレスは溜まりやすい環境なのだ。


 所属者の分断が進めば会社は勢いを失う可能性がある、そうなれば所属者が離反して個人勢への転向ラッシュが始まるかも知れない。


 渡辺社長は所属者が愛社精神とか、感謝の心とかでいつまでも残ってくれるなんて甘い考えは持っていない、しっかりと運営していかなければ理由を付けて見限られると考える。


 特に離職理由で人間関係の問題が占める割合は他の職業においても多く、そこをどうするべきかは経営者から当事者に至るまで頭を抱える問題なのだ。


 社内や部署の人間関係を真面目に考えない会社は必ず躓く、逆に言えば人間関係さえ良好なら多少は辛かったり嫌なことがあっても人は耐えられる。


 これに関しては灰川だって他人事ではない、もう事務所を持つ所長なのだ。


 渡辺社長は所属者に適度に活動の自由を担保しつつ、事務所からの仕事もしっかり受けてもらうという具合に運営してる優秀な経営者ではある。


『はあ…旅行会社の方も今は稼ぎが上がって来て忙しいし、少し僕自身が疲れて来ているのかもしれないね…』


「休む時間も無さそうっすね…睡眠時間と家族との時間は確保した方が良いですよ、知り合いでベンチャー企業を起こして体と精神やられて事業に失敗した人が居るっすから」


『そうだね、少し休める時間を持たないとだね』


 優秀だからと言って全てを上手く思い通りに運べるほど会社運営は甘くない、問題を1つ解決すれば次の問題が出る。


 それを繰り返しながら、毎月使って払っては消えて行く運営資金を稼ぎ、職員への給与や待遇を不満が噴出しないように考え決めて、内部情報を漏らさず会社を強くしていく、こんな事は並大抵のことではないのだ。


 経営者だって人間だから疲れる事もあるし、どれだけ情熱を持っていたって心が弱くなる時もある。人が生きて行くという事は本当に様々な壁という物があり、会社経営だって様々な壁がある。


 所属者と運営とでは金銭に対する考え方だって違うし、双方の心の内は簡単には測り切れない。やはりどう考えたって問題は幾らでも噴出して来るものなのだ。


 それらの問題の多数を解決できる手段である金、それを稼ぎ続けるというのは生半可な事じゃない。


 会社と所属者が双方とも上手くやるためには、所属者同士や会社との信頼関係は強く結ぶ必要がある。




「さてと、これからどーすっかなぁ、やっぱ配信かね」


 渡辺社長から軽く相談を受けた後は時間が出来て、暇だから配信してバズを狙おうかとか考えている。


 相談を受けたからってすぐに解決の道が見つかる訳でもないし、パっと名案が浮かぶほど灰川は優秀な人物でもない。


 ここは配信でもして気分転換をしようと思っていた時だった。


「ハイカワっ、本家と通話をしているんだけどね、ハイカワとも話したいそうだから来て欲しいんだ」


「ん? 分かった、今行くぞ」


 実家と連絡を取っていたアリエルが灰川の部屋に訪ねて来て、通話に応じて欲しいと言われて隣のアリエルの部屋に入った。 


 アリエルはオカルト任務に着る白い装服を着用しており、表情は真面目である。


「こんにちはアーヴァスさん、アリエルのご両親のヴィクターさんとエリカさんと、お爺さんのクレイグさんでしたよね?」


『はい、覚えて頂きありがとうございます。今日はアリエルを交えてミスターハイカワ…灰川さんにお話したい事がありますので、お時間はよろしいでしょうか?』


「大丈夫ですよクレイグさん、こちらとしてもアリエルの日本での芸能仕事に関してお伝えしたい事がありましたし、丁度良かったです」


 アリエルは凄い才能を持った子だ、とても優しくて良い子だと褒め言葉を混ぜつつ、灰川は先日の雑誌のモデル写真の仕事のことを伝える。


 今後にはドラマ出演やCM出演の仕事が控えてるとか、そういった事を説明したのだが、そこの部分はそこまで重要視されていない雰囲気があった。


 成功して当然、アーヴァスの子ならば勝って当たり前、そんな雰囲気すら感じられる。


 だが画面に映る人達は何処か喜びを隠しているようにも感じ、アリエルが褒められて人の役に立った事を誇らしくも感じているのが何となく分かった。


『アリエルよ、先日に日本の危険異常の対処に向かった時、魔に属する者に苦戦したようだな?』


「っ…!! はい、おじい様…ボクは負けそうになりました…」


 アリエルは先日に奥多摩の五角屋敷城にて武士の形をした怪異と戦った。


 その際にアリエルはとても素早い動きや、年齢にしては洗練された剣術を用いて戦い、しっかりと勝利を収めたのである。


 しかし剣の腕は明らかに敵の方が上であり、アリエルは圧されていたのが事実、灰川の援護が無ければ負けていたという見立てが非常に強い。


 その事をアリエルはしっかり実家に報告しており、嘘や脚色などもせずに起こった事を家に伝えている。


『聖剣の担い手には敗北は許されん、何故だかは教えたなアリエルよ』


「はいっ…! 敗北とは死であり、担い手に死が訪れれば、その者が救う筈だった人々が犠牲になるからですっ…!」


『そうだ、アリエルが負ければ自分の命だけの問題では済まない。敗北は許されん、その事は分かるな?』


 アリエルは頷き、敗北は許されないという重責を理解していると示す。


 灰川としては言いたい事は多々あるが、早々に口を出せばアリエルの誇りを傷つける事は明白だ。あまりに責められるようだったなら意見すると決めた。


『アリエルが霊力の加護が低く、剣術の加護に至っては全く受けられていない事は分かっている。それでも責務を放棄する事も負けることも許されん』


「はい…! ボクは逃げるつもりなどありません、聖剣ファースの担い手としての責務を果たしますっ」


 世のために人を守る騎士道という考えを現代でも持ち続けるアーヴァス家、その一員であるアリエルには大きな責務が課せられる。


 だが正直に言って灰川には何だかよく分からない部分も多く、良い機会だからアリエルの実家の人達に聞こうかと思ったのだが、そういう雰囲気じゃない。


「今後は更に修練に打ち込み、絶対に不覚を取る事のないよう努めます! おじい様、お父様、お母様、申し訳ありませんでした!」


『謝る必要はない、努力を重ねる心を失っていなければ騎士としての資格はある』


「はいっ、決して努力を怠らないようにっ~…」


『だが現実問題としてアリエルではどれ程に努力をしようと限界があるだろう、他の担い手と加護の違いがあるからな』


「っ…!! そっ…それはっ……、うぅ…」


 努力して強くなれるなら努力をすれば良い、アリエルはそれが出来る子だ。しかし努力ではどうにも出来ない部分がオカルトの世界にはある。


 アリエルは聖剣の担い手としての加護が、凄く偏った形になってしまっているのだ。おかげで霊能的な戦いに関する強さが他の聖剣の担い手より格段に低い。


 今後のアリエルは剣術の練習時間などは取りにくくなるだろうし、オカルト方面に割ける時間も限られる可能性がある。


 その事は家も承知しており、最大限に考慮するが五角屋敷城のような大きな被害が出るであろう場合は話が別になる。


『聖剣は担い手が使命を忘れれば力を失う、それでいて戦いにのみ生きても力が濁り失われていく、どのような時であろうと甘えは許されんぞ』


「当然ですっ、ボクはエクソシズムも芸能活動も必ず両立させます!」


 聖剣を持つという事は大変な(ほま)れであり栄える人生を約束されるが、同時に厳しい生き方となる事も確定してしまう。そういった道に耐えられ、尚且つ腐らない精神を持つと聖剣に見込まれた者しか選ばれない。


 中には慢心や油断で敗北して命を落とす者も居るし、何かの原因で性格が変化してしまう者も居る。聖剣の見込みは絶対の正解では無いが、アリエルに関しては見込みは間違って無さそうだ。


 近年は怪奇現象の頻度は昔より低いが危険度が以前より増しており、負傷したり命を落としたと思われる担い手が出始めているらしい。


 そんな話を聞かされる灰川としては、まるで世界が変わってしまったかのような気持ちに駆られる。世の中には知らない事が多い、その事を思い知らされてばかりだ。


 さっきまで渡辺社長とVtuber同士の仲がどうのこうのとか話してたのが、何だか凄い遠く感じるような気分にさせられる。


「あ、あの、アリエルにはお兄さんが居るんですよね? エクソシストをしてるのは何となく分かるんですが、他には何か活動とかされてるんですか?」


『ジョシュアは非常に優れた聖剣の担い手です、アーヴァス家のもう一つの聖剣である“ワーズ”の担い手として、各地で危険な魔に属する者を討滅しております』


「ワーズ…言葉という意味ですか」


「そうだよハイカワっ、兄さんのワーズは言葉の概念が宿った聖剣なんだ。悪しき言葉を封じて良き力を振るう聖剣さ!」


 灰川には抽象的でよく分からないが、やはり強力な霊力を有する聖剣らしい。


「世界最初の剣のファース…言葉の概念の力を宿すワーズ…、うん、よく分かんねぇや」


『もし良ければ後でアリエルにお聞き下さい、少なくともファースに関する事は詳しく聞いてもらえると、こちらとしても助かります』


「ハイカワって聖剣に関する事って分かってないの? あんなにスゴい霊力があるのに?」


「そりゃ知らないって、日本じゃ聖剣って創作とかではよく使われるけど、現実にあるとか思ってなかったしよ」


 アリエルとしては灰川はファースのことはエネルギー充填の際に解析してると思っており、そこまで詳しい説明は必要ないと思ってしまっていた。


 灰川としては解析はしたが聖剣の歴史とか詳しい効能とかはよく分からないし、その内に聞こうとは思っている。


『それとアリエルの兄のジョシュアのエクソシスト以外の活動は学生です、世界から飢餓、戦争、病を無くすことがジョシュアの夢であり、手段を考えるために学びを積んでいます』


「ジョシュア兄さんは色んな研究が出来る国立大学に進学したんだ。昔に体験した事から3つの悲哀を消すには、あらゆる方向からも考えないと叶わないとも考えてるんだ」


 ジョシュア・アーヴァスは過去に旅をした時に何らかの体験をしたらしく、この世から3つの悲しみを消し去るために活動を行っているらしい。


 彼が言うには、誰かが苦しむという現実がこの世にある事自体が許せない、聖剣ワーズの加護を最大に受けている自分でも1つすら叶えられない可能性が非常に高いが、それでも諦めたくないとの事だそうだ。


 そんなジョシュアは夢を叶えるためにいつか日本に行って会ってみたい人物が何人か居るらしいが、時間もなかなか取れず簡単には来日できそうにないらしい。


「立派な人なんですね、尊敬しますよ」


「そうさっ!ジョシュア兄さんはスゴイんだ! とても強くて剣術も霊力も頭脳も素晴らしい聖剣の担い手さっ、くふふっ」


 兄の自慢をするアリエルを見た画面の向こうの人達の頬が思わず緩む、しかし話はすぐに戻された。


 次に話を始めたのは当主であるクレイグではなく、アリエルの母であるエリカだ。


『アリエル、あなたは素晴らしい子だけど聖剣の担い手としては強くない、それは分かっているわよね?』


「っ……! はいお母様、でもボクは必ず修練を積んで強くなりますっ」


『それは当然の事よアリエル、努力を欠かす事は騎士道に反するわ。でもアリエルは自分だけの力では不十分なのよ…それも分かってくれるかしら…?』


「っ…! で、でもっ、ボクはっ…!」


『危険度を増していくオカルト存在と戦っていけば、アリエルは遠くない未来に取り返しの付かない事になってしまうかもしれない……そんな事は耐えられないわ…』


「…で、でもっ…それじゃあ……っ」


 アリエルは直近で2度も敗北に近い状況に直面しており、MID7でも個人での戦果はほとんど上げていない。


 それは年齢ゆえの未熟さもあるし、超常存在との戦いに関する加護が正しい形で受けられなかったから故という原因もある。


 通常レベルの異常存在ならアリエルの脅威にはならないのだが、抜け道を突いて来るモノや単純に殺傷力が高いモノには圧されてしまう可能性が高い事が判明している。


 ともかく聖剣の担い手としては弱く、いつやられてしまうか分からない。五角屋敷城という場所に行ったと聞いた時は、家族や親戚は心配で眠れなかった程だ。


 死んでほしくない、例え聖剣の担い手として3流と他家に笑われようと生きて欲しい、何なら戦いから逃げて欲しいとすら両親は思っている。


 だがアリエルが逃げれば別の誰かが被害を受ける、誰かが愛する人が被害を受けて帰らぬ人になってしまう。


 知らない誰かの命とアリエルの命を天秤に乗せた場合、家族たちからすれば天秤はアリエルに傾く。しかしアーヴァス家は無理やりにでも天秤を知らない誰かの側に傾けなければならない。


『アリー…私は、もちろんヴィクターも、叔父さんや叔母さんもあなたが死ぬなんて耐えられない…! でも、危険な魔に属する者に負ければ…あなたは死んでしまうわ…!』


「っ…! お母様っ、ボクは覚悟は出来ているよっ! それに負けるつもりなんてっ……ぐすっ…!」


 アリエルの言葉に英語が混ざり始め、動揺が隠し切れなくなってきている。


 母親の感情の揺れは子供には耐えがたいものであり、我が子を心配する心が強く伝わるのは子供にとって大きな心の揺れを発生させるものだ。


 規則だから死ぬなと言って本当に死なないのなら楽だが、そんな訳にはいかない。かといって戦いから逃げる事も出来ない。


 命は大事だが、それは全ての人の命に言える事、逃げ出せば被害が出る可能性がある以上は逃げないのがアーヴァス家だ。


「心配ありませんアーヴァスさん、日本でアリエルが霊能活動をする時は俺も着きます。あまりに危険な場合は援軍も頼めますから、俺の父ちゃんとかファントム老師とか」


『ファントム老師…そんな名前の人が居るんですか? じゃなくて…とにかく、アリーの力ではこの先も危険が大きいのは間違いないのです…』


「それはそうかも知れませんが、少なくとも日本だったら俺が着いていますし…」


『ありがとうございます灰川さん、ですがこれはアリエルの今後に関する問題でもあるのです』


 心配なんてどれだけしたって尽きない物であり、特に加護が偏っているアリエルに対する身内からの心配はとても大きい。


 とにかくアリエルが心配だが、母国に帰らせる事も出来ず、今後に関してもファミリーは頭を悩ませているのだ。


 芸能面での心配はしていない、しかし強力な怪存在との戦いに関する心配は消える事が無い。


『アリエル、力の弱いあなたがどうすれば良いのか、答えは分かっていますね?』


「……はい…、えっ??」


 アリエルがどうすべきか何らかの答えがあるようだが、それを本人は知らないように見える。


 灰川はどのような手段があるのか自分もしっかり聞き、サポート出来るならばしっかり助けて行こうと考えていた。


「えっとっ、その…トレーニングと勉強を今以上に努力する…ですか?」


『あなたの努力は既に足りています、アリエルに必要なのは自身の修練だけではないわ」


 これ以上の修練は逆効果だと母は言い、父や祖父や親戚も頷く。


 そこから何故かアリエルの父のヴィクターが親戚を会議室っぽい所から退席させ、画面に映るのは両親と祖父の3名となる。


『アリーに必要なのは共に道を歩んでくれる良き人、あなたの力を高め、助けて共に戦ってくれる人を捕獲する事です』


『捕獲ってエリカ…とにかくアリー、誰かと共に歩む事は悪い事じゃない。1人でダメなら手を差し伸べてくれる人を頼る事は弱さではないんだ』


「えっとっ、それならハイカワっ…! ボクと一緒にっ…」


「そりゃもちろん一緒に事に当たるさ、ユニティブ興行の所属者だし、そうじゃなくても助けたいって思うしな」


「~~! ありがとうハイカワっ! なんだかスゴくうれしいやっ!くふふっ」


 絶対に協力すると約束し、それでいて灰川が着いていない時は危険な霊能活動は絶対にさせない事をアーヴァス家に約束してもらった。


 MID7からのミッションだって日本は基本的には管轄外なので来ないだろうし、灰川が着いていれば安心な可能性は非常に高い。


 アーヴァス家の見立てでは灰川はアリエル以外の聖剣の担い手と同レベルくらいの霊力があり、霊術の完成度や熟練度も非常に高いと評価している。


 聖剣やその他の聖物とは無関係なのにこの霊力、アーヴァス家としては絶対に逃がしたくない逸材、この男には何が何でもアリエルのパートナーになってもらいたいと考えていた。


『アリー、それだけでは足りないわ、どうするべきかはまだ分からない?』


「え、えっとっ、分からないですっ、うぅ…」


「えっ? いや、ちゃんと協力しますって! 絶対に断ったりしませんから!」


 協力すると言ったのに足りないと言われ、流石の灰川もちょっと頭に来る。これ以上どうしろと?と思わずに居られないが、返って来た答えは想像を超えるものだった。



『アリエル、灰川さんと結婚しなさい』


「はい、お母様、分かりま……えっ??」


「なるほど…え? えっ??」



 なんかあり得ない言葉が聞こえ、灰川は呆気に取られてしまう。


『早々に婚約を結び、それでいて夫婦のイニシアティブはアリーが握れるよう立ち回りなさい』


「えっ?? What's?? えっ、ハイカワとボクが…ケッコン?? え? えっっ??」


「えっ? いや聞き間違いですか? 聞き間違いだよなぁ」


『聞き間違いじゃないぞアリエル、だが嫌だと言うならば、その時は仕方がな~~……』


 ヴィクターの言葉で聞き間違いじゃない事は分かったが、その後の内容は入って来なかった。


 結婚、意味が分からない、何でそうなる?と灰川は混乱しながら言葉を発せずに居る。ジョークとかそういう雰囲気が全く無いから、笑って流してしまう事も出来そうにない。


 しかも夫婦のイニシアチブはアリエルが握れるよう立ち回れとか、あらゆる魅力の加護を受けた力で灰川を撃墜しろとか、なんかそんな事を言っている。


「ぼ、ボクがハイカワとケッコンっ!? えっ、ふぇぇっ!?」


「ちょ、それはないでしょうアーヴァスさん! 娘さんの意思や尊厳はどうなるんですか!? 親が言うべき言葉じゃありませんよ! 俺みたいな冴えない奴と結婚しろとか虐待です!」


 状況をどうにか理解出来た灰川が反論し、アリエルの将来を束縛するような事を言う両親に怒りが湧いた。


『そのようにアリエルのためを思って怒りを感じてくれる方こそ、娘に相応しいと感じておりますよ』


「そういう問題じゃないでしょう! アリエルには自分でそういう事は決めさせてあげて下さい! アリエルが選ぶべき相手は自分で選ばせるんですよ!」


 上流階級の結婚とかは本人だけの意思で決めて良い物じゃないのかも知れないが、それは今の時代の風潮に合わない。そういった事は自由であるべきだと灰川は思う。


 だが上流階級狙いの結婚詐欺や、悪い者から財産狙いで恋愛洗脳される場合もあるのだから、今でも完全な自由にはならないのかもと、同時に感じた。


「け、けっこんっ…けっこんっ…、はぅぅ…っ、ハイカワとっ……」


「アリエル、真面目に考えなくて良いって、嫌なことはちゃんと嫌って言うんだ。こんな事は現実的じゃないだろが」


「…んっ…くふふっ…、ハイカワと……ケッコンっ…くふふっ」


 アリエルの表情が見えないが、ショックが大きくて落ち込んでいるのかと思ったのだが。


「え…えっとねっ…、ボクはっ…その…、ハイカワとっ…ケッコンゼンテイでっ…ぅぅ、オツキアイ…してもイイよっ…?」


「は? いや、だからこんな事を真に受ける必要なんかないんだっての! そもそも小学生と付き合えるワケないでしょが!」


『アリーの気持ちは決まったみたいですね、後は灰川さんをその気にさせれば良いのですから、何も問題はありません』


「ちょ! なに言って!?」


 両親に言われたからイエスと言うしかないと灰川は思うが、なんだかアリエルの表情が濃いめである。


 顔は赤くモジモジしており、少し困り眉をしながら上目遣いで見て来るアリエルは何だか凄く可愛い。


 でも別に変な気は全く起きない、いくら可愛いとは言っても流石に小学4年生の子に何か思うような事は無いのだ。


『アリー、男性を撃墜する時に大事なことは、しっかりと互いの事を理解しつつ、時に強く甘く、時に少しだけ酸味のあるコミュニケーションが必要よ』


「はい、お母様っ、ボクに出来るかな…」


『イニシアティブを握るには日本では分からせが必要になるようね、そのために灰川さんへのコミュニケーションは以前に送ったママの資料を参考にしなさい』


 灰川は今は黙っている、なんだか口を挟める雰囲気ではなくなったのだ。


 なんかアリエルの母は雰囲気を作るの上手いなと感じつつ、アリエルだって流石にこの年で結婚だの何だのは本気にしないだろと希望的観測を持っている。


 アリエルの年齢でそういった事は完全には理解できないだろうし、何時間か経てば正気に戻って何事もなく終わるだろうという推測だ。


『アリー、甘さを大切にするのは当然だけれど、イニシアティブを握るなら罰を活用しなさい』


「罰? ペナルティってこと?」


 仕事や生活で迷惑を掛けたなら灰川は謝罪するつもりだし、時によっては罰を受ける事だってあり得るだろうとは思う。だが活用というのがよく分からない。


『相手のマインドが賞与や好感情を求めるのと同じく、罰すらも望むようになったのならイニシアティブを握れたという事になるわ』


 その考えはエリカのものらしく、ビジネス戦略においても何らかの形で活用してるらしい。


 そんなエリカの横でヴィクターは過去の自分を悔やむかのような、だけど何か幸せそうな雰囲気もあるような、微妙な感じが漂っていた。


『灰川さんが仕事や生活面で何かのミスをした時は、しっかりと反省を促しつつ関係性を作って行きなさい』


「ミス? 何だかよく分かんないよ…! でも…なんかドキドキするっ…」


『ふふっ、流石は私の子ね。その感覚を大事にしなさい』


 普通は罰とかペナルティとか嫌なものだが、世の中には好意ある相手に構ってもらいたいがために、わざとミスしたりする人も居る。


 もちろん賞与や好感情を望む心もあるだろうし、そういった感情を上手くくすぐって相手を惹きつけるという事なのだろうか、アリエルにはまだ分からない。灰川にも分からない。


 灰川はなんだか呆然としてしまっており、混乱しつつ座ってるだけになっている。


「あっ! 良いペナルティっていうのは、謎のメッセージに書かれてあった“ホーリーランドセルの刑”のことだよね!?」


『ふふっ、そうよアリー、ママがジャパンの文化を調べて編み出した、アリーの年代の子が好意を持っている年上の人に与えるのに適した罰よ』


「は??」


 なに言ってるか分からない、言葉の字面から何されるのか分からない。でもアリエルは何か分かったみたいな顔してる。


「ちょっ、なんすかソレ!? なんか知らないけどダメでしょ!?」


『あら? ではアリエルリコーダー脳破壊の刑か、レインコート仕上げ屈服の刑の方が良かったですか?』


「意味わからんですよ! とにかくダメ!よく分からんけどダメ!」


「お母様から送られて来たものを読んだけど、ボクもちょっぴり考えてみたんだっ。それもハイカワに試してみたいなっ、くふふっ」


「それもダメ! とにかくアリエルとも今まで通りに協力しつつやっていきますから! そういう事で!」


 脳破壊って凄い何かがあって思考が機能不全を起こすスラングだぞとか、仕上げ屈服ってなんだよ!?と灰川は思う。


 変なサイトで文化と日本語を知ったんじゃないのかとか思ってしまった。なんだか日本という国を盛大に誤解されてるような気がする、ちょっと怖い。


 アリエルに送られて来た文章とやらは流石に変な内容じゃないのだろうが、なにか日本語を受け取り間違いでもしてるのか、よく分からない言葉になってしまっていた。


 言葉の意味を冠する聖剣を持つ家系にしてはお粗末な感じだが、もし受け取り間違いや文化誤解をしてなかったら何を考えてるんだと思う。国の文化も違うから簡単には真意は分からない。


 そのまま画面通話は終わってアリエルと家のやり取りは終わり、灰川はこれまで通りに霊能活動の相互サポートなどもしていく事となったのだった。


 それに当たってアーヴァス家から礼も用意しているらしく、それに関しては詳しく聞く事は出来なかった。何やら芸能仕事に関することらしい。


「はぁ~、何か凄い両親だな、貴子さんとは何か違ったアレがあるっていうかな」


「くふふっ、パパもママもボクの事をちゃんと考えてくれてるんだよ。これからもよろしくねハイカワっ」


「おう、まあこれからも皆で頑張りながら進もうや。オカルトのサポートは任せろよな」


 こうして互いの考えの理解度やアリエルの家への理解が深まったんだかどうなのか分からないが、とにかくここからも変わらずやって行こうという話になる。


 取りあえずは周りから変な目で見られないよう立ち回らなきゃなと思う、火のない所に煙が立つのはゴメンだ。 


「あ、そうだハイカワっ」


「どした? 家との連絡はしばらくはカンベンだぞ」


 アリエルの部屋から出ようとすると呼び止められ、灰川は後ろを向く。その時にやっぱり可愛い子だと改めて感じた。


 ベリーショートの綺麗な金色の髪、透き通るような白い肌、一つ一つが美しく見える動作、険しさがあった前とは違う明るい表情、全てが整っている。


 そんなアリエルが灰川に無邪気だけど、少しだけ濃い感情が感じられる声で喋りかけた。


「ボクとケッコンっていうお話っ、ちゃんとスッゴク真面目に考えて欲しいなっ、くふふっ」


「あ~、まあ考えとくわ。じゃあ後でなぁ~」


 そんなこんなで土曜日の昼下がりは過ぎて行ったのだった。

夏風邪状態で書いたらこんな内容になっちゃいました!

 タイトル名は読み返した時に思った自分の心の内ですw

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