295話 産業ホラーは耳が痛い!
今回はAIを題材にした産業に関する未来ホラーみたいな感じです。
ちょっと考え過ぎな未来を大袈裟に書いてみました!
「AIを含むコンピューター技術の発展に危機感ですか?」
「そうですよ、私と浅上Dと清水は強い危機感を持ってます」
昨今のコンピューター技術は少し前とは比べ物にならないほど発展しており、それはエンターテインメントの世界での脅威になっていると鵜謹桐は言う。
「イラストも動画も音声も今はAIで作れてしまいますし、作成スピードは恐ろしい物がありますよ」
「あ~、確かにそうですよね、イラストなんて数秒で高クオリティな物が出来るって話ですもんね。自分も少し試しました」
灰川もAIイラストを少し使ってみた事があったが、上手いこと出来なくて止めたことがあった。
だが灰川がAI生成した出来の良くないイラストですら、人間が描いたなら何時間も掛かるようなクオリティだった。
「もしかしたら、未来のエンターテインメントの世界はAIが主流になるかもと、我々は危険視してるんですよ」
「確かにAI技術は凄いですけど、そんな簡単に成り代わられますかね」
「相当にヤバイ状況だと私は感じてます、いつかはエンタメ業界は機械に一捻りにされちゃうかもしれないとすら思ってますから」
鵜謹桐や浅上が所属する映像制作会社スピリテーズは業界内ではそこそこには名が通っており、中の下くらいの立ち位置の会社である。
制作技術者も編集技術者も複数名が居るし、CM制作や番組制作、その他にも色んなエンタメ仕事を請け負ってきた。
「既にAIはエンタメの世界に乗り出しています。認めたくないけど…AIが作ったイラストは綺麗だし、良い曲を作るし、面白いものも多いです」
鵜謹桐は説明を続け、AIが何かを作る時は数秒しか掛からないのが最も怖いと語る。
人間が苦労して描いたイラストも、複雑な音楽も、小説や脚本、動画やアニメ、こういったエンターテインメントに関わる事を数秒で作ってしまう。
今はそこまで本格的にAIはクリエイト部門には食い込んで来ていないが、それも時間の問題と考えていると語る。
「やっぱそうですよね、鵜謹桐さんもサウンドミキサーとして危機感を持っているんですか?」
「ありますね、音関係だって他人事じゃありませんし、というかエンタメ系は危機感を持ってる人は多いと思います」
鵜謹桐はサウンドミキサーで音の調整や編集が主な仕事だが、脚本執筆業務や仕事の取次業務もするらしく、オールラウンドにやってるらしい。
そのため全体的な観点からAIの発展に対してエンタメ業界で人間が生き残れるのか、未来に強い不安を感じているとの事だ。
未来や将来への不安、回避不可能な困難が待ち受けている環境、それは立派に恐怖と言える物だと灰川は感じる。
「流石に10年や20年くらいでAIにエンタメ仕事が乗っ取られるとも思えないですけど、この発展の仕方だとそれも不安になりますよね」
「今の業界人たちが去る頃までは大丈夫だと思うんですけど、その後の世代がどうなるか我々は不安です」
AIの技術発展は目覚ましく、イラストサイトにはAIイラストが列挙し、AIが作った音楽が100万再生とか、AIの動画が人気を博すとか、今はそう言った話が普通になっている。
たった一人でハリウッド映画みたいな迫力ある映像が作れてしまう、画家やイラストレーターが長い時間を掛けて描く絵が1秒で完成する、作曲家が何日も掛けて1曲を作るのにAIは1分で100曲とか作る。
しかもクオリティは高く、失敗したり気に入らない物が生成されたなら何度でもやり直しが可能、そのやり直しに掛かるコストも1回につき無料から数円と安価だ。
これはもはや映像や音楽や絵といった分野の人達からすれば革命に決まっている、怖くない筈が無い。
「少し前にAI絵師として企業イラストレーターに応募した人が居たという事がネットで話題になったのは知ってますか?」
「そう言えばありましたね、AIに注文プロンプトを打ち込むだけなのに絵師を名乗るなとか、頭おかしいとか馬鹿にされてましたよね」
「私は心の中で“頼むからもっと炎上して、AI絵師という存在が出て来ないくらい叩いてくれ”と思ってしまったんですよ」
「えっ…?」
「私と浅上DはAIにエンタメ仕事は奪われると冷や汗を流していましたよ…予想は少し当たっている状況です」
AIの学習能力は想像を絶しており、すぐに使用者の要望を完璧に近い形で生成が出来るようになるだろうと直感したそうだ。
このまま行けばイラスト生成する時も、AIが『このユーザーは、この姿勢や目線が好み』みたいな事を判断して、即座に要望に沿った完璧なイラストを仕上げるようになる。
音楽にしたってAIに『ノリの良いロックが聞きたい』と注文すれば、個人の好みに最適化されたロックミュージックを生成し、素晴らしい満足感を与えるようになるかも知れない。
鵜謹桐と浅上の不安は当たってしまい、現在はAI絵師が様々な場面で活躍している。既にイラストレーターの中にはAIに仕事を奪われた人も存在するようだ。
既にイラストレーターの中にはAIが生成したイラストを手直しするだけの係になり、報酬は大幅に下がってしまった人も居るらしい。
「その内に絵が上手い手描きイラストレーターが、AIの使い方が上手ですね!って誰かに言われる時代が来るかも知れません」
「楽器が上手い人とか良い曲を作る作曲家も、同じ事を言われる日が来るかもですね…」
イラストや音楽などはAIを使って1から10まで作るのが当たり前の時代が来るかも知れない、そんなのイラストレーターだったら怖すぎる未来だろう。
既に誰かの画風や曲調を真似して作品を生成する機能はあり、10枚ちょっとイラストを真似すれば画風が再現できてしまう。これは著作権問題などが発生している段階で、この先はどうなるか分からない。
下手をすればこれからの時代、絵や楽器の上手さ、絵柄や演奏の個性、イラストや作曲を仕上げる速さ、そういった特色が無価値になってしまう時代が来るかも知れない。
10年も20年も掛けて磨いてきた技術や個性を、絵描き経験や作曲経験がない素人に数分で真似され、しかも自分以上のクオリティで仕上げられる時が来たら……。
そんなの涙が枯れるまで泣いたって収まらない怒りと悲しみが湧くだろう、自分が積み上げて来た努力が一瞬で崩れ去るのだから。
以前はAI絵師はプロイラストレーターからの嘲笑の的だった、もっと前には歌手からボーカロイドが馬鹿にされていたのに人気を博した事もあった。これらの現象の根底にあるものは繋がっている気がした。
「AI小説とかAI漫画とかも出始めてるんですよね」
「そちらも恐ろしいですね…ここから更に発展していくでしょう」
鵜謹桐は小説や漫画といった部分にもAIが進出しており、進化は更に続いていくだろうと予想してる。
「A先生の作ったストーリーを、B先生の文章で読みたいなんて考えた事ってないですか?」
「あっ…そういう事も出来ちゃうかもしれないのかぁ…」
あの名作をこの漫画家の絵柄で読みたい、この有名小説を笑える文章にしてコメディ小説にしてくれ、硬派な作家の文体でライトノベルが読みたい。
そんな希望も簡単に叶えてくれるようになるかも知れない、少なくとも不可能とは思えない。
「小説や脚本だって、近い内にAIが作った物が当たり前になるかもしれないと自分は考えています」
「AIの文章機能はイラスト機能より前からあったみたいですもんね…」
「もっと言うなら映画撮影もアニメ制作も、漫才やバラエティ番組の制作すらも未来では人間不要で作られているかもしれません」
物語の創作や様々な脚本作成だって他人事じゃないし、それらの映像化ですらAIの射程範囲に入っている気がすると鵜謹桐は危機感を持っていた。
プロ作家が一つの作品を作るのにどのくらいの時間が掛かるのかは人それぞれだろうが、AIなら数秒で1作品を書き上げてしまう。
映像やアニメーションですら高品質な物が簡単に作れてしまい、かつては多くの人の労力や映像技術が制作に必要だった物が、たった一人で作れるようになっている。
今はテレビ放送などには使えないレベルかもしれないが、将来的には分からない。むしろAIが進化したならテレビや動画が生き残れない未来が来るかも知れない。
面白い漫才が見たい、感動できる映画が見たい、凄い作画が良いアニメが見たいと注文すれば、全て注文者の要望や嗜好に応じた凄い作品が簡単に作られる可能性がある。
更に発展すれば芸能やエンタメの世界からは人間は駆逐されるかも知れない、コンピューターにはスキャンダルも無ければ体調や精神状態による面白さの上下も無いのだ。
個人が見たい物を見たいだけ生成して、漫画も小説も、ドラマもアニメも、空いた時間ピッタリの鑑賞時間の作品を作って鑑賞する。その時代が見えて来たような気がする。
「Vtuberだって無関係では居られないかもですね…いつかは人間より面白いVが、何億人でも自動生成される可能性があるんすもんね…」
「そうなる世界が来るかも知れませんね、大人気Vtuberが実はAIでしたなんて事が起きるかもですよ」
もしそうなればVtuberは職業として成り立たなくなる、誰よりも面白くて魅力的なVが24時間365日、ずっと配信するようになるだろう。
しかも同じ人格を持ったVが同じ時間に複数の種類の高クオリティな配信をする、そこに人が集まるようになったらVtuberは人間が不要になる。これは配信者も同じだろう。
もし“稼ぐ”ことが目的だったなら、視聴者は人間じゃなくて良いかもしれない。AIによって視聴者水増しして広告収益を稼ぎ、コメントもAIが打ち込んで人気があると人間に誤解させる。
SNSにAIが架空のVの事を無限に書き込み、動画サイトには実は誰も見てないのに同時視聴者数1億越えのVや配信者が溢れ、誰が人間で誰がAIなのか分からない世界が来るかも。
AIの作ったゲームをAIが実況し、AIがコメントを打っている世界、想像すると怖い気がすると灰川は思う。
そうなったら金を払って広告を出す企業など無くなるし、Vtuberや配信者に宣伝仕事を頼む人は居なくなる。
「まあ、今の所は言い過ぎな感じしますけど、これから先は頭脳仕事やクリエイティブな産業で、AIが出来ない事を探す方が難しくなるかもしれません」
「確かに危機感は必要ですよね、エンタメは本気で基盤を揺らされる可能性があるんですし」
小説執筆であれば、例えば異世界転生モノの作品を作る場合、今までは作家がキャラクターや世界観を考え、物語を文章に書き起こして初めて作品となった。
それがAIであれば、実際に魔法がある世界を仮想空間に構築してシミュレートし、そこにキャラクターを転生から活躍まで何億通りも動かし、その中から面白い物をストーリーとして書き起こすなんて事もあるかもしれない。
そうなれば人生経験だろうが個性や独創性だろうが演出できる、むしろ架空の人物の自伝すらAIが出せるレベルになるかもだ。
創作やエンタメの世界に今までの常識が通用しない世界が来る、そうなった時にクリエイターはどうするべきか。
制作側から見れば、短時間で作業が完了し、人間のように体調や精神に左右されず、面白い物を作れる、となったらAI頼りは加速するだろう。
これからの時代はAI利権に食い込む奴が勝つ、そんな時代になるかも知れない。
「そもそもAIが進出する分野はエンタメ分野だけじゃないかも知れません、経済分野にも進出したらどうなるのか」
もし投資AIが当たり前の世界になり、誰でも簡単に大金を稼げる世の中になれば、世界的な通貨インフレーションが発生するかもしれない。
それは世界中の人々が破産するのと同じ事であり、長きに渡って歴史を支えてきた金銭という物が意味を成さない世界が~~……。
「おい鵜謹桐! またSFみてぇな話してんのか! すいませんね灰川マネージャー、こいつは昔からディストピア物のSFが好きでしてね」
「あ、あはは…でもAIにエンタメ仕事が奪われる危機感は持っていた方が良さそうですね、自分だって他人事じゃないんですし」
会社や出版社にOKサインをもらって来た浅上Dが通りかかり、廊下で話し込んでいた灰川と鵜謹桐に話し掛けて来た。
「浅上DもAIには危機感を持っているんですか? 流石にさっき鵜謹桐さんと話したような世の中は遠いと思いますけど」
「もちろん俺も持ってますよ、だからAIに負けないように一緒に仕事する人間には、強く面白くなってもらいたいって思って接してますしね」
浅上Dは今後にAI技術が発展しても生き残っていけるよう、仕事仲間や演者に強めの対応をしているようなのだ。
だから敵も多いが、同時にその精神を汲んで味方になる人も多い。脚本家は嫌っている人が多いが、それでも信頼する人もしっかり居るらしい。
「そもそも人間の努力が技術発展で無意味な物に変わる事なんて今までもありましたよ灰川マネージャー、画家が写真に職を奪われると騒いだ時代、音楽家がシンセサイザーに取って代わられると騒いだ時代とか」
「我々サウンドミキサーは以前にも、機械に職を奪われると危惧した事が何度かあったそうですね」
歴史の中には技術や産業の発展で無くなった職業や、無くなると危惧された職業はいっぱいあった。
しかしジャンルの分化によって生き延びたり、新たな職業に置き換わったりして生き延びてきたのだ。
今回だって人とAIの住み分けが起こるかも知れないし、そもそも人間の側が面白いとなって勝つ可能性だってある。
「まあそうですよね、ビビってばっかりじゃ何も出来なくなりますもんね」
「元からエンタメなんて厳しい世界ですから、俺達も頑張りましょうよ灰川マネージャー」
「現実問題として面白いと思ってもらえるハードルは上がってますし、昔より努力が評価されにくい世の中になってますから、生き残り競争は激化するんでしょうね。いやだなぁ~」
努力や個性や創造性が無価値になる時代が来る可能性がある、その時にクリエイターはどう生き残れば良いのか。
少しでも面白くないと思われれば容赦なく切られる、それなのに人間の『面白い』のハードルはどんどん上がる。
それらは人類が何度も通って来た道であり、乗り越えるべき壁である。
だが、既に始まっているであろうAI時代に、人間はどのように生きて行けば良いのか。
AIの方が面白い、AIの方が便利、AIの方が煩わしくない。そう判断されたら、人間は必ずそちらに心が向くと思われる。
その集合知への対処は簡単には思いつかない。
これはエンタメに限らず全ての産業に関わる人が、未来には考えなければならない日が来る気がした。
だが恐らく、AIも壁にぶち当たる時が来るはずだ。法律の問題か技術的な問題か、そいうった問題が発生する時が来ると思う。
「まだAIに全部が取って代わられるなんてのは相当に未来の話でしょうよ、それこそSFってもんですよ」
「確かにそうですよね、人間でやらなきゃいけない作業の方が多いし、生身の人間の方が今は確実に上ですもんね」
「俺はAIに危機感は持ってますけど、そんな簡単に人間が負けるとも思っちゃいませんよ。もっとも負けないために努力は欲しいと思いますがね」
浅上は別に悲観主義でもなければディストピア信者でもなく、現実的な範疇で危機感を抱いている派閥のようだ。
しかし危機感自体は強く、後進の者達が生き残れるように底力を上げられるよう接し、厳しく接しつつも気合が入るよう仕事に臨んでる。だからツバサのような気合十分な者には厳しく当たったりしない。
「浅上D、さっきは何か強く出てすいませんでした。これからハッピーリレーと破幡木ツバサの仕事をよろしくお願いいたします」
「良いんですよ、時間を守らない俺らが悪いのは明らかですから。こっちこそ当日に台本を渡すなんて真似をしてすいません」
「こんなんだからスピリテーズは評判が上がんないんですよ、情熱はあるんですけどね。はははっ」
業界の行く末を心配する浅上Dや、想像力が豊かな鵜謹桐としっかり話して仲直りし、少し悪かった空気も吹き飛んだのだった。
浅上は『あの程度の事を言われて凹んでたんじゃ、この業界ではやっていけない』なんて言い、精神や信念の強さも垣間見えた。
問題はある人のようだが50歳近くになって爆発力を失わない活力がある、灰川には映像制作会社スピリテーズに何か魅力を感じるような気がする。
「破幡木ちゃん、凄い子ですね。ああいう子は大事にしていかなきゃイカンですよ灰川マネージャー」
「そうですね、しっかり意見を言えるし、あの年齢で相当に頑張ってますからね」
「自分らも若い連中に負けないようにしてかないとですね、老害の経験値を舐めるな!ってとこ見せて行きましょうや」
今はツバサも他の皆も高く飛ぶための助走の期間、そして今は視聴者やファンには見せない努力の時間なのだ。
少しでも退屈な物や不便な物は見捨てられる世界、そこで生き残るためには努力は不可欠だ。
「じゃあ俺らも会議に参加しましょうや、話し合いも結構進んでるでしょうし」
「そうですね、良い感じの案が出てると良いんですが」
「さて、張り切ってサウンドをミックスさせてもらいますか!」
AIは無限の可能性を秘めているからこそ怖い、その怖さを語るには時間が幾らあっても足りはしない。未来の事など誰も分からないから無限に予測が出来てしまう。
これからの時代はAIの加速によって様々な産業や技術に変革がもたらされる筈だ、それはきっと止める事が出来ない波になると思う。
SFだと思っていた時代がやって来る、その変革の痛みに人類は耐えられるか?
もしかしたら、AIが自我を持って世界が混乱するという、そんな映画のような事が現実に起こってしまう可能性すら出て来たのかもだ。
「もっとセンシティブにしちゃうツバサちゃん? こうなったら思い切って元気におパンツ連呼しちゃうとか!」
「それも良いわねシャルゥ先輩! 姉妹そろっておパンツ天国って言うのも良いかもしれないわ!」
シャルゥとツバサが何か言ってる、ちょっと直接的過ぎるだろ!と灰川は思う。
おパンツ連呼すな!とか思うけど、最後の発音を楽しく囁くようにシャルゥとツバサが声に出したら、チクリと胸にセンシティブが残る感じがしてしまった。
「私は“隣のお姉さんはドジ属性!?”の宣伝は、もっと胸の柔らかさを押し出した方が良いと思うわ、ふふふっ」
「う~ん…貴子さんの案をそのまま採用だと流石にセンシティブ過ぎですかね~…、でも視聴者さんの興味を引きそうだしなぁ~」
「ちょ! これ娘さんが喋るんですよ!? お母さんがこんな案を出しちゃ駄目ですって!」
貴子が何か凄い案を出し、清水がアイデアは良いけど過激と悩み、ケンプスが母親が娘にそんなアイデア出すな!と騒いでる。
なんだか凄いセンシティブらしく、ケンプスの顔が真っ赤になっている。貴子さんは一体どんなアイデアを出したんだと灰川はちょっと慄いた。
その後は何だかんだで台本が決定し、ツバサがしっかり声を当てて収録する。
もちろんNGも出したし、指示を上手く声に反映できずに苦労したりもした。だがツバサの努力や頑張りは、見てる側まで心を打たれる物がある気がした。
ツバサの額には汗が滲み、けれども楽しそうに声を当て、その姿を見てるだけで『こっちも頑張らないとな』と場の全員に思わせる何かがある。
もう1人の出演者の声優の人も来て声を当たのだが、その人は1発でOKを出してツバサが驚き、どうやったらあんなに凄い演技が出来るんですかと遠慮なく聞いて教えを請うた。
元気で、ひたむきで、ちょっと生意気だけど優しくて、そんなツバサの事をその場の皆で応援しつつ、良い雰囲気で収録は終わる。
貴子も娘の仕事っぷりをしっかり見れたし、由奈の成長を見れて嬉しそうな顔だ。
シャルゥとケンプスも忙しい身の筈なのに最後まで付き合い、結局は灰川たちが乗って来た車で送る事になった。
「浅上D、鵜謹桐さん、清水さん、お世話になりました。また機会があれば破幡木ツバサの事をお願い致します」
「おうよ灰川マネージャーさん! こっちも破幡木ちゃんは大いに気に入りましたよ! 呼べそうな企画があったら絶対に声を掛けさせてもらいますぜ!」
「浅上D、ツバサちゃんはこれからもっと売れるんだから、声掛けは早めにしといた方が良いですよ」
「灰川さん、ツバサちゃん、また機会があったら話しましょう! 出来たらディストピアSFのトークで!」
収録が終わる頃にはすっかりツバサは気に入られ、また一緒に仕事をしたいと絶賛された。
頼まれた案件への熱意も、自分の意見を迷わず言える胆力も大いに評価された形だ。
「浅上Dさん!鵜謹桐さん!清水さん! 今日はお仕事ありがとうございました! 今度はもっとビッグになって帰って来るわ!わははっ!」
「私とシャルゥまでお邪魔しちゃってすいませんでした、凄く勉強になりました。ありがとうございます」
「今度は私とケンプちゃんにも声を掛けて下さいねっ! コミックストレスゼロ大好きなんで!」
仕事は円満に終わり、スピリテーズとも央敬出版とも良い関係が築けた予感がする。
色々あったが終わり良ければ総て良し、ツバサの今回の企業案件はしっかり上手く行った。
AIがどうとかの話になったが、やっぱり仕事には信頼関係や『この人に頼みたい』と思ってもらえることが大事なんじゃないかと灰川は思う。
アナログな感情である情熱というものが大事な時もある、そんな気がした。
「じゃあ帰るか、車はあっちだからシャルゥさんとケンプスさんも乗ってってよ、渋谷まで送るから」
「はーい! ありがとうございまーす!」
気付けば夜の10時近くになっており、後は車で帰るばかりなのだが……この後にも少し悶着がある事を灰川は知らない。




