294話 本番前の台本緊急会議
ディレクターの独断でCM台本が書き換えられる事になり、その場で話し合いが始まった。
「あ、あのっ、私とシャルゥもメンバーに入っちゃってますけど…大丈夫なんですか…?」
「いーじゃん、そんなの気にしてたら何にも始まんないよケンプちゃんっ」
「構わないって、お金は払えねぇけどアイデアくれるんなら大歓迎だ」
なんとノリと勢いだけでシャイニングゲートのケンプス・サイクローと赤木箱シャルゥも話し合いに参加となり、ツバサへの挨拶くらいに思っていた物が予想以上の事になってしまった。
シャルゥは楽しい事が好きな部分があり、面白そうな事だと利益とか考えずに突っ込んで経験を積んでいく。ケンプスは何事も慎重なタイプであり、何をするにしても大丈夫か否かを考える。
2人とも芸術家肌で、シャルゥは絵画の道に進んでおり、ケンプスはピアニスト志望という面もある。
今は夢を叶えるためにオータムアート芸術コンテストに向けて、2人は配信と共に芸術活動を頑張っている身だ。
「浅上Dはストゼロサイトの漫画って読んだことあるかしらっ?」
「取引相手だからずっと登録してるよ、尖った作品が多いって思うぞ破幡木ちゃん」
いつの間にかツバサの喋り方がいつもの感じになっており、親戚の伯父さんや叔母さん達とかに話すような口調になっていた。
浅上Dの喋り方からも硬さが無くなって、ビジネスライクな口調では無くなっている。
この方が腹を割って話せるという判断であり、ツバサの性格を見た浅上Dが『普通に喋って、言いたい事は何でも言って良い』と提案し、それがこの場の者達に共有されたのだ。
「ツバサちゃんは台本のどんな所がダメって思ったの? そこは教えて欲しいな」
アシスタントの清水は少し困ったような表情だが、恐らくは浅上の突然の台本変更の対処をどうするか考えてるのだろうと灰川は思う。
サウンドミキサーの鵜謹桐は浅上とのコンビは長いらしく、『いつもの流れだな』という涼しい顔だ。
「サイトにある作品の紹介の文章だけど、漫画のスタン・ドアップはあらすじを軽く説明してるだけだわね! これだとスタドアの魅力が伝わらないわ!」
「まあ確かにサラっと書いてるだけだよな浅上、これってイカンよな」
「やっぱそうだよな、遂に大会が始まる、真音は勝ち抜けるのか?って一言しか無いからなぁ」
CMにおいて説明が一言なのはよくある事で、他の作品の説明もしなくてはならないから一作に掛けられる時間は短い。
それ故に漫画雑誌などのCMではどんな作品なのか分からない事も多く、新規の心を掴みにくい説明だって多い。それは漫画のサブスクサイトのCMでも同じだろう。
サブスクだと『加入するとこんなに沢山の作品が読めます』というCMが多いが、央敬出版のCMは作品そのものにスポットを当てる方針のようだった。
「ケンプちゃんはどう思う? この漫画も読んでたよね?」
「私もこの台本だとスタンガンを使った新しい武術の漫画って事が伝わらないと思います、せっかくの新機軸の漫画なのに勿体ないですよ」
「………え?」
ケンプスの説明に灰川は驚き、机の下でコソコソとスマホを操作して作品の概要を調べてみた。
灰川はコミックストレスゼロの事はほぼ知らず、どんな作品が掲載されているのかも多くは知らない。
有名作品もあるし男性向けも女性向け作品も揃っているのだが、最近は尖った作品を押し気味だとのことらしい。
スタン・ドアップ 作者 ボルト安平朗
新武術・スタンガン道の道場を立ち上げた主人公の須端 岩太、彼の道場の『須橋50万ボルト流スタンガン道』の道場に門下生は居なかった。
だがある日、道場に1人の入門希望者が現れる。
その人物は高校1年生の女の子の近衣 真音で、夜道で怪しい男に追い掛けられたのが怖く、『手っ取り早く強くなれそうだから』という理由での入門希望だ。
岩太はもちろん入門を許可し、まずは「武器を持った事で己が強くなったと思うな」などの心得を教えたりするが、真音は分かってるんだか分かってないんだか。
最近の展開では何故か大会とか開かれてるらしく、鋼田篤75万ボルト流スタンガン道の門下生と真音が試合でぶつかるらしい。
稽古とか試合では本物の電気は流さないそうで、試合では審判による判定で決着が決められるっぽい。
「なんだこの漫画……?」
「どうしましか灰川さん? 何か問題でも?」
「あ、いや、何でもないです」
近くに座っていた貴子に質問されて思わずそう答えてしまったが、問題は無いかもだが内容が尖り過ぎてないか?と思う。
確かに武器を使う武道は剣道を筆頭に、薙刀や槍術など種類は多い。しかしスタンガンはそれらと同じに扱って良いのかと疑問を抱いてしまう。電池が切れたらどうするんだ?
灰川は作品を読んだ事が無いから文句を付ける資格はないかもしれないが、それにしてもスタンガンは……と思わずに居られない。構えとか型とかあるんだろうか?
だが絵柄とかを見る限りではギャグ色が強いらしく、荒唐無稽な笑いを楽しみつつ読む作品のようだ。
お祓いでスタンガンを使った事もある灰川としては、少し気になる作品だった。
「試合相手がまさかの2刀流だった時の衝撃は今でも覚えてるわよ、ツバサちゃんにスタドアの案件が行って羨ましいわね」
「ケンプス先輩も読み込んでるのね! 私のおすすめの話は真音がスタンガンヌンチャク使いと、槍スタンガン使いと試合した話ねっ!」
もう灰川は漫画の内容がよく分からない、どんな作品なんだ?と思ってしまう。
「それで破幡木ちゃん、どんな台本にしたら良いと思う?」
浅上Dがそう聞いてきて、ツバサは迷わず答えた。
「新時代の武術、スタンガン道!電気を極めた者が勝つ世界で女の子が戦い抜く!、が良いわね!わははっ!」
「おっ、興味を引きそうで良いねソレ、やっぱ配慮がどうとか言ってないで武器の名前もしっかり言わないとな」
どうやらスタンガンという現代武器の名前を出すのが好ましくないとか話が出たらしく、台本ではあっさり過ぎる紹介になっていたようだ。
明確な殺傷力がある剣や槍の武術はOKなのにスタンガンは駄目というのは何か変な気はするが、やっぱり何か生々しい感じもするから避けられるのも分かる気がする。
この作品はストーリーも良いらしくて人気が出て来ており、CMでの紹介を外す手はないと決定されたようだった。
「清水、何個か変更案を書いといたから纏めといてくれ、テレビCMの方はちょっとは配慮したの回すからよ」
「はいはい、いつもの感じですね。はぁ、全く…」
「やっぱスタドアの良さを未読の人に伝えるなら、少しは攻めないといけないって私も思います」
ケンプスも賛同しており、彼女は常識人に見えるけど変わってる部分もあるんだなと灰川は思う。やっぱ芸術家肌の人は何処かしら変わってるのが普通なのだろうか?
「じゃあ破幡木ちゃん、音楽偏差値80の高校にピアニストとして入ったら学校中の女子からコンビ組んでと頼まれた、の宣伝はどう思う?」
タイトルが長いけど今はこれも普通の時代で、この漫画も結構な人気がある作品だ。
作画担当の技量が高く、ストーリーも程良く軽くて読みやすい今風の漫画である。
ギャグ多めのラブコメ作品だが時にシリアスで、音楽偏差値80という高校の『音楽で成功しなければならない』という重荷の大きさや、キャラの音楽に対する姿勢などもしっかり書いた作品だ。
それでいてお色気シーンやキャラの可愛さをしっかりと絵で表現するシーンも多く、ちょっとフェチ系に寄ったシーンもあるなど意外性もある作品と灰川は調べて知った。
音8コン 原作者 ルードヴィヒ弁当
作画 角森 鷲美
主人公の中沢 大貴は音楽が非常に盛んな高校である周帯瀧高校に、春に編入した高校2年生である。
最初は周囲から『今更に入って来て何が出来るの?』みたいな目で見られて馬鹿にされ、クラスメイトからも『入学試験に受からなかった凡人に用は無い』と言われてしまう始末だった。
だが大貴は特に気にする事もなく過ごし、学校の空気が肌に合わないから転校しようとまで考え始める。
ある時に暇だから放課後に何となく人の居ない教室でピアノを弾いていたのだが、気が付けば後ろで大貴の演奏を涙を流して聞いている女子生徒が居た。
その生徒は学校で最も期待されている女子で、親に世界的ピアニストを持つ相原 縁璃という子。大貴は縁璃からコンビを組む事を頼まれる。
だが大貴はなんと「ゴメン…俺、将来は防音設備職人になりたいんだ…」と言ってしまう。
大貴は凄いピアノの才能はあるのだが防音設備オタクであり、ピアノは防音に関する知識の延長でやっているに過ぎない事を告白した。
周帯瀧高校に編入したのは近所のピアノ職人が大貴の才能に惚れて勝手に願書を出してしまい、両親が『学費が安いから受けて来い』とノリで言ってしまったからだ。
そこからは複数のコンビ希望の別楽器や声楽学科のヒロインが出て来たり、ちょっとセンシティブなハプニングがあったりしながら、大貴の音楽学校生活が始まる。
大貴は誰かとコンビを組むのか、恋は芽生えるのか、近所のピアノ職人の工房を防音設備でガチガチに出来るのか、乞うご期待。
「私はこれが一番好き! ケンプちゃんがピアノ大好きだから興味あったし、お色気シーンも好きだし!」
「私も好きだしピアノの描写も良いんだけど、やっぱりギャグはスタドアの方が笑えるって思うわね」
シャルゥとケンプスも好きなようで、こちらの漫画はシャルゥが好きなようだった。
灰川もちょっとスマホで調べてるのだが、面白そうだし後で読んでみようかな~とか思う。
「音8コンの売りは何と言ってもセンシティブ場面ね! 台本だと縁璃の説明がちょっと入る程度で、センシティブの良さが伝わらないわ!」
「あ~、それ分かるな。この台本だと作者さんが独特なセンシティブ観を持ってるって分かんないよね」
「私も読みましたけど、お色気シーンが独特ですよね。ハイソックスを履いた季名乃ちゃんのふくらはぎが、演奏中の大貴君の目を奪っちゃうシーンとか」
「私は大貴がお饅頭を食べてたら、夜凪に“大貴君が食べてるお饅頭、お〇ぱいみたいな形やね”って言われたシーンが好きね!」
なんだか場が盛り上がり、ストゼロサイトの漫画の話で賑やかになる。
あのシーンが良い、この表現が良い、あの時のセリフ回しが良いなど、様々な掲載作品が褒められていく。
往年の名作、新進気鋭の新作、埋もれてる良作、駄作だけど心に残る作品、ギリギリを攻めてアウトになった問題作、それらの話題がアーティストロビーで繰り広げられた。
ツバサはCMで宣伝される作品はもちろん読んだし、過去に央敬出版を支えた名作、コアなファンが多い作者の作品なども読み終えた後だ。
「酷い悩みがある人を変わった芸術で励ます話が良いんだよね。虚無主義の芸術家が題材の漫画、ニヒリズムアートがすっごい好きっ!」
「シャルゥはあれが最終回になった時に泣いてたわよね、2日後にニヒリズムアート2やりますって発表が出たら喜んでたし」
「あらあら、私は“優しい調教天使アイナンの魔法”が好きね。無垢な天使の女の子が、天界任務で色んな女の子に色んな性癖をプレゼントしちゃう漫画ね、ふふふ」
「俺は央敬出版のSF作品代表の“第2銀河の世界樹”が好きですね、宇宙船のデザインが良いし、漫画の擬音も架空の宇宙文字で表現っていうのが素晴らしかった!」
貴子も鵜謹桐も話に入って来て盛り上がり、傍から聞いていた灰川は『やっぱり攻めた姿勢の漫画が多いんだ』と漠然と感じる。
話には灰川が読んだ事がある作品も含まれており、その多くは良くも悪くも印象に残る作品が多かったように思えた。
シャルゥもケンプスも央敬出版の作品は好きらしく、芸術センスを磨くのに役立ってるとか、新しい考えや変わった作品に会える確率が高くて好きだと話している。
「やっぱ央敬出版は尖りが武器だよなぁ…編集長もそれは分かってる筈なんだけどね」
「言うな鵜謹桐、尖りが許される時代じゃねぇんだ。せっかくCMを打てるチャンスなのに、周りに諭されて無難にするしかなかった無念は分かるだろ」
「どんなに無難な物を出してもクレームが付く世の中ですもんね…央敬出版は尖りが強いから余計に心配あるはずですし…」
央敬出版は業界内では尖った部類の出版社であり、様々な出版社の漫画作品が集められる大手サブスクサイトには掲載できない作品も多い。
だから上部の出版社からの資金援助を得て独自サブスクを展開するしかなく、そこに他社のサブスクから弾かれた尖り作品も権利購入や収益支払などで複数加えて、新規ネット事業参戦となった。
だが今はネットのバナー広告などはともかく、テレビCMだとどれ程の配慮をしても何かしらのクレームが付くそうなのだ。
カワイイ系の漫画の女子キャラが映っただけ、戦闘シーンのコマが映っただけ、それらで性差別や暴力的というクレームが来るらしい。
気に入らない作品に難癖付けて炎上させようという狙いの人も居るらしく、出版社も対応に困り果ててるそうだ。
上部の出版社や消費者庁、酷い時には文部科学省、厚生労働省、経済産業省に『あの作品は問題があるから差し止めろ』と、手当たり次第に電話されたりするそうだ。
そういった人たちは実はシャイニングゲートなどにも付いていて、配信の上げ足を取ってクレームを付けたり、Vtuberは害悪だから今すぐ法律で禁止しろと行政に掛け合ったりするらしい。
「炎上が怖いのは分かるけどよ、あんまり怖がり過ぎたら何も出来なくなっちまう。編集長の橋本さんには前から言ってんだけどな」
「1回でも燃えると大変ですからね、実際に央敬出版の作品が炎上したのも何回かありますし…」
「若い作家が特に炎上を怖がるしね、俺だって作家の立場になったら怖がるに決まってるけどさ」
音声スタッフたちが出版社の事情を汲むが、それでもやはり尖りを武器にして来た会社がイモを引くのは判断が悪いと思ってしまう。
もし台本通りに作成すれば無難どころか誰の印象にも残らない、会社にも視聴者にもファンにも毒にも薬にもならぬCMになるだろう。
やってみなくちゃ分からないという論もあるにはあるが、この場に居る全員がそれを言えないくらいCM台本は当たり障りのない内容だ。
当たり障りのない指示通りの仕事をして安全に進むか、台本を変えて尖った内容にして、失敗した場合の責任を負う可能性と引き換えに視聴者の心を射止めに行くか、それが問題だが。
「やっぱり変えるべきだと思うわ! この台本を作った矢倉沢さんと央敬出版さんに連絡して下さい浅上D! 私が話をしたいわ!」
「いや、破幡木ちゃん、それはディレクターである俺の仕事さ。この台本じゃ現場が納得できないって伝えるよ、矢倉沢もこの台本に未練タラタラだしな」
「おお! 浅上Dさん、男気が高い! 私もそのくらい男気があったら配信でもっとスゴイこと言っちゃうんだけどなー」
「シャルゥは今がギリギリよ、前の配信だって小路ちゃんのお尻がどうとか言って事務所に注意されてたじゃない」
どうやら台本を作った脚本家は、どうにかして炎上しない範囲で尖りを残そうと何度も台本を書き直したそうなのだ。
その結果として締め切りを大幅に過ぎ、今のような事態になったらしい。だが理由は他にもあり、央敬出版は作家が締め切りを守らない事が常態化してるらしく、それが社員にも伝染してるなんて理由もあったりする。
「うっし、じゃあちょっくら電話してくる。皆さんはもうちょっと、どんな台本にしたいか話し合ってて下さい」
浅上Dは席を外し、その後も残ったメンバーで話し合いが続く。
「すいません灰川マネージャー、ちょっと良いですか? 少し我々のことで話しておきたい事がありまして」
「え? はい、分かりました」
サウンドミキサーの鵜謹桐に連れられて灰川は廊下に出る。
「話しておきたい事というのは私たちの業界についての事です」
「業界ですか?」
「はい、これからのAIの発展に、我々エンタメ業界がどう対抗していくか、浅上Dや我々は凄く危機感を持っている派閥なんです」
灰川が聞かされたのは、エンタメ仕事に関わる彼らの現在の最高の恐怖の対象、AIを含むコンピューター技術に関する事だった。




