290話 解決の時
五角屋敷城の主、大蜂屋 為助は幼少期は真面目で優しい少年だった。
そんな彼は健やかに成長して家業の商売を学びつつ、やがて家業を継いで幕府の仕事を請け負うようになって大成功する。
性格は優しいままで、町人や百姓が困っていたら知恵を貸して助けたし、腹を空かせた浪人武士が居たら家に招いて食事を振舞った。
やがて子供の頃に知った城への憧れから五角屋敷城を7年の歳月をかけて建築し、彼は40の半ばにして夢を叶える。
だが城を建築する間にも様々な事があり、被差別階級だった穴掘り職人などの人達を呼び寄せて町人たちから強い顰蹙を買ったり、コメの不作に連動して発生した不況によって金貸しをせざるを得なくなったりしたのだ。
為助は差別という物が好きではなかった、大工や町人と被差別階級の人達の仲を取り持ったりしようとしたのだが、そう簡単に事は上手く運ばない。
差別という物が簡単に無くなったのなら誰も苦労はしない、偏見も悪感情も簡単には無くならない。身分だって一番上は武士、2番目が百姓や町人、最も下が被差別階級という環境であり、区分によって差別する事が当たり前の時代だった。
金を貸したらすぐに夜逃げした百姓、勤め人が横領していた、仲の良かった者との取引で裏切られて損を被った。金を持つごとに人の嫌な部分が見えて来る。
だが為助には金があり、大概の事は財力で解決できてしまう。その金や豪商としての権力に擦り寄るために、様々な者が近寄って来る。
彼の周りはいつしか今で言うイエスマンばかりになり、忖度をして過剰に為助を立ててくれる人ばかりになった。
耳触りの良い言葉を聞き、何を言っても肯定され、貴方は素晴らしい人だ、貴方こそ将軍にも相応しい人だ。そんな言葉に感化されていった。
その内に気持ち良くなれる薬を知って頭が更に変になり、長年の間に溜め込んでいた人々への鬱憤が表に出るようになり、凶暴さを増して悲惨な末路に向かって行く事となったのだ。
「ここは俺が祓いをする、3人は後ろに控えていてくれ」
「分かりました、この人も最初は志が高く人望もある人でしたが、人の悪意という物に耐えられなくなったんでしょうね…」
「今でも一軒家を買った途端に性格が変わる人とかも居ますしね、それが城となると変わり方も強くなっちゃったんすかね…」
「お城とか家って、人を変えちゃうこともあるんだ…」
昭和時代にはよくあったと聞く話では、一軒家住宅地の者が集合住宅の住人を見下す差別があったそうで、今も少ないながら存在するらしい。
世の中には差別を無くす様々な運動などもあるが、そういった活動に本格参加すると人の悪意やマイナス感情に触れやすくなる。
自分に悪感情が向けられなかったとしても、差別の歴史や被差別者の体験を聞いたり、差別する側が何故に差別するかの理由を知るなど、とにかく『人間の嫌な面』に向き合わなければならなくなる。
人の嫌な面と向き合うというのは王や将軍なども同じだと4人は考える、裏切りや謀略、民衆の反発、伝達の齟齬による誤解、様々なマイナスの感情が渦巻く中で生きなければならないだろう。
為助はそれらの感情に触れて真っ直ぐな精神を保てなくなり、やがては耳触りの良い言葉だけを求めるようになった。
悪感情を受け止め切る器は無かったという事であり、差別反対運動や商人としての才覚も中途半端な状態になってしまったのだと思われる。
そもそも王たる器や豪商で居続ける器というのは、普通人が考えるより遥かに大きく柔軟なものが求められるのだと思う。為助はまだ器は大きい部類だったのかも知れない。
「差別撤廃主義者が、いつの間にか差別主義者と変わらんような精神になっていく事があるが……それと似たような物だったのかもしれんな…」
「差別する奴は収容所に入れて一人残らず殺してしまえ、そう叫んでいた差別撤廃主義者が居ましたね……」
「人のマイナスの部分を見たり、環境が変わったりしても、自分は影響されないマインドが必要なんだね。ボクもそうなりたいと思うよっ」
「王様だろうが平民だろうが、その精神が大事なんだろうな……特に人望がある奴とか、期待されてる人は気を付けなきゃいけないのかもっすね…」
人望が高い人が何かを失敗したり嫌な事をしたりすると一気に印象が悪くなり、その後は評価が非常に上がりにくくなる。これを行動心理学において『ロス効果』と呼び、その逆はゲイン効果だそうだ。
為助は差別撤廃のために作業従事者の感情を無視した強硬な事をしたり、金貸しというロス効果が常時発動する商売をやらざるを得なくなり、悪感情に触れやすい環境を出来てしまったのだ。
差別撤廃は決して悪い事じゃない、しかし順序や感情問題もあるため簡単な事ではない。現に差別撤廃政策の失敗例など世界中に幾らでも転がっている。
酷い時には失敗によって差別感情を助長する場合もあるし、撤廃運動の中には差別撤廃運動なのか差別促進運動なのか傍から見たら分からないような物すらある。
「大蜂屋 為助は人が変わって大勢から嫌われるようになり、最後は家族にも逃げられ処刑され、位牌すら乱暴に投げ捨てられたという事か…」
「その悲しみと憎しみがこの場所に留まり、現代の子孫である祐介の悪意と繋がって、今のような事態になったという事なんでしょうね…」
タナカは為助の位牌を持って袖口で拭き上げ、5層の部屋の上座である棚に置き、その前に正座する。
それに倣って灰川とアリエルも正座して位牌に向かい、すぐにタナカが音頭を取り始めた。
この打ち捨てられた位牌実体が霊媒物な事は少し調べたら分かり、どうやら実体存在を顕現させなければ完全には祓う事が出来ない類の怪異だったようだ。
この位牌を祓えば五角屋敷城に纏わる事象は解決する、そのために4人でしっかりと祓いをしようという運びになった。
自業自得な部分も大きいとはいえ、生前は悲惨な末路を辿ってしまった為助の念が、位牌まで汚らわしい物として扱われた恨みが発端となっていた。
その子孫の祐介が起こした数々の重大犯罪行為によって発生した悪念、祐介自身の悪質性などが五角屋敷城にあった何らかの物品を介してこの場に送られた。
それが爆発したのが3日前だったのだろうという見解だ。もちろん他にも様々な要因があるのだろうが、全てを解析している暇はないし、全てが分かるほど事情は簡単ではない。
「大商人、大蜂屋 為助殿の霊前に、礼」
そのまま礼拝と言葉を続け、サイトウと灰川が頭を下げ、それを見ながらアリエルも頭を下げる。
この場所には悲しみが満ちている、失敗した悲しみ、王道を歩めなかった悲しみ、増長の果てに迎えた末路、それらが悲しみや憎しみとして残っているのだ。
為助の霊も何処かに居るのかも知れないが、今は感じられない。この悲しみと憎しみの念に混ざって屋敷の中を漂っているのだろう。
「大蜂屋 為助殿、この度は不肖、部隊長であるタナカが祓いの長を務めさせて頂きます。多数の命の危険があるとなっては、放っておく訳には参りません。旅立ちへの水先案内をお許しください」
タナカは位牌に合掌して礼をし、このまま放って置くことは出来ないと、精神を込めて説明する。
その中で為助の子孫が酷い罪を犯し、徳川の世でない現代であっても非常に重い刑罰は免れない事をしたという説明も、アリエルには分かり辛い言葉で語った。
大蜂 祐介が主導した犯罪は、徳川の世であれば死罪は免れないし、連座制という制度があった江戸時代初期には家族すら巻き込んで死罪となった可能性もある。現代であっても死刑判決が出ても何もおかしくない罪だ。
それらの説明をしつつ、様々な条件が重なり合って、この五角屋敷城は非常に危険になり、強制的にでも完全に祓わなければならない事を説明していく。
この場所の念は納得するかしないかは分からない、だが今の世を生きる人達の安全と命には代えられないのだ。
「歸命毘盧遮那佛 無染無着眞理趣 生生値遇無相敎 世世持誦不忘念……~~」
「…………」
「…………」
「…………」
タナカが読んだお経は真言宗の理趣経というもので、弘法大師こと空海が開祖の仏教宗派で頻繁に用いられる経文である。
空海は平安時代のお坊さんではあるのだが、土木工事の技術者という側面もあり、今で言うダムの設計などもした人なのだ。現代でも使われるアーチ工法という設計を日本で最初に使った人とも言われている。
それらの知識は当時の中国に渡り、建築工学を含む学問の『五明』という学問から得て、自分でも発展させたというのが定説である。
ある時に朝廷から現在の香川県にある超巨大溜池の工事が、人手も技術も足りなくて難航してるから、地元民の空海が良い感じにして来いという命を受ける。この工事には既に2年くらい掛かっていたのだが、一向に完成の気配が無かった。
だが巨大公共事業など、絶望的な人手の数、圧倒的な資金と技術力、長い時間が必要になるのだが、なんと空海は全てを解決してしまったのだ。しかも3か月で。
これは空海の名声が人を簡単にかき集め、資金もバンバンと出資者が来て得られた事の結果だ。
空海とはいわば当時の国民的な超人気者であり、語弊はあるが、人、物、金を集めて来る総合プロデューサーにして、スーパーアイドルみたいな人だったのだ。
僧侶として有名なのは当然で、書道家としても有名で、建築技術者としても凄い人という、底知れぬ器を持った人物である。
そんな器を持った人であり、土木に縁のある大僧侶が大事にした経文であり、民衆から失望される事が無かった人、空海と縁の深い理趣経こそが為助の念を送るに相応しいと判断したのだ。
やがてタナカが理趣経を最後まで唱え、一同で位牌に向かって礼をする。
長く礼拝をして頭を上げて目を開けると、室内はボロボロの朽ちた空間になっていた。
棚も崩れて位牌も消えており、タナカが持っていた客人手記もいつの間にか無くなっていた。
「これが今の本当の五角屋敷城の姿なんすね…世は諸行無常っすからね…」
「変わらない物は無いっていう意味だよね…人でも物でも」
「我々も悪い方に変わってはいけませんね、少なくとも人を無暗に傷付けるような人間性に変わってはいけません」
「さて、後は抜け出して報告だな。足元も天井も危ないから気を付けろよ」
結局は事実も真相も自分たちで補完して想像しなければならない部分が多かった、それは仕方ない事だろう。
物事や事件なんて当事者や本人じゃなきゃ分からない事が多いのだ、赤の他人がアレコレと全てを理解する事は出来ない。
それでも正しく理解しようとする心が大切だ、それが無ければ何も始まらないだろう。
タナカを先頭にして、サイトウが最後尾を務めて足元や頭上に注意して地上に向かう。
やはり屋敷城の中はボロボロで、時間経過相応の内部をしているようだった。中に満ちていた悪念は消えており、ダムに向かっていた危険な念も消えている。
地底に築いた夢の城、江戸城よりも大きく立派にしてやろうという思い、優しさが転じて人を憎んで殺めてしまうようになった悪意、それらの念は消えても思いは消えないかもしれない。
人から尊敬されて輝かしい道を行く筈だった者が辿ってしまった末路は、死後に位牌を打ち捨てられ、名を語るのも汚らわしいという最悪の終着点だった。
そんな話は大小交えて世界中にあり、一国の王から会社の社長、一家庭や学校内グループに至るまで無数に転落劇が存在している。
最初は高い志を持ち、努力して夢を叶え、念願を達成する。
だが夢を叶える過程で何かを失い、人の悪意に触れて志を忘れ、念願だったモノでは満足できなくなる。
夢が器を育てるのと同じく、夢が器を壊す時もある。それは夢が叶わなかった時ばかりではなく、叶った時にこそ壊れる時だってあるのだろう。
諸行無常、変わらぬものなど存在しない。その変化を良いものに出来るか否かは、自身の体と心の王である貴方に懸かっている。
地上に出て撤収の準備をしている時に、灰川はふと気になる事があったのでタナカに声を掛けた。
「電子ドラッグがどうとかって話はどうするんすか? それに大蜂 祐介の逮捕とかの話も」
「ん? ああ、後から話そうと思ってたがちょうど良いか、俺もタバコが吸いたかった所だしな」
タナカは機材に腰掛けて灰川も隣に座り、事件の後始末の話を聞かせてもらう。
「まず電子ドラッグの事なんだが、実はよく分からん」
「えっ? それってマズイんじゃ…」
「仕方ないだろう、大蜂祐介は既に捕捉していつでも捕らえられる状況だが、まだ本人を取り調べた訳じゃないんだからな」
祐介が制作した物なのか、もしそうならどのように制作したか、どこから製作法を入手したのか、そういった事を聞かなければならないだろう。別の所から入手していたなら、そこを聞くだけだ。
電子霊能力を持ったアプリケーションや音楽画像を所持していた可能性が極めて高いため、国家超常対処局の捜査介入は秘密裏に行われるようだ。
今回の五角屋敷城の悪念も、祐介の影響で電子霊能力を有していた可能性が高い案件だ。国家超常対処局としては捨て置けない。
「もう少し説明しとくか、今回の一連の経緯はな~…」
タナカの話は驚くべき内容であり、国家超常対処局が捕らえた最高幹部に特殊な聞き込みをして得た情報である。この情報は四楓院や警察庁も知らない事で、この情報を元に黒幕を割り出したらしい。
この話は影武神の元リーダー、高星 出夢の供述とも合致してる部分が多く、信頼性が高い。
30代後半くらいの男が危険グループの元に金を持って来て懐柔し、犯罪なども揉み消すから大丈夫と言って、彼らに様々な犯罪を教え込んで行った。
それは暴力の使い方や、暴力によって金を稼ぐ方法、暴力によって人を従順にさせる方法など、多岐に渡ったらしい。
中でも売春斡旋は稼げるし、太い客なども掴みやすいから率先して力を入れていけと言われたそうだ。彼らはその言葉に従って売春方面で様々な犯罪行為をしていった。。
中高生が主な構成員である東京カオスランナーは、構成員が学校でイジメ行為を繰り返して、イジメ被害者が人に見られたくないような写真や動画を撮影され、売春するしかないように追い込んだ。
横浜ナイトサタンは関東全域で虐待を受けている少女などをSNSで集め、やり方を教えてやるから体で稼げと言うような事をしていったようだ。
影武神は依頼があった人を誘拐して誰かに売り払ったり、児童福祉施設から引き取った子供を海外の富裕層向けに売り払ったりしていたらしい。
「そんな事して逮捕されないもんなんすか…?」
「売春の顧客に政治家や官僚、大企業の社長や重役が複数いたらしい。海外マフィアなんかにも繋がりがあって、臓器売買なんかでも金持ちや権力者とも繋がってたようだからな」
つまりは非合法商売で大物の弱みを握り、逮捕も検挙もされない構図を作り出していた。
表立ってニュースにでもならなければ、殺人だろうが少女売春強要だろうが、子供を攫って臓器マーケットや奴隷マーケットに出品しようが、何やっても稼げるならOKみたいな状態だったらしい。
大蜂 祐介はそうして得たコネクションを使って、脅しを交えた取引などをやって、いずれは裏社会を掌握しようとしていたのかもしれない。
「五角屋敷城にあった物品は関係無いんですか? 呪物の影響で性格を塗り替えられたみたいな」
「塗り替えられたと言うより増幅されたの方が正しいんだと俺は思うぞ、元からロクでもない奴だったんだからな」
祐介は中学校時代にイジメで同級生を自殺させており、高校生の時はバイクの無免許運転で酷い人身事故を起こしている。
しかし当時は祖父が与党の大物政治家で、父はスーパーゼネコンの社長、兄はそのゼネコンの役員という権力一家であり、各所に掛け合って揉み消したらしい。
罪を犯して罰を受けなかったら人は増長して狂うもの、そこからは人格は転がり落ちるように酷い物になっていったそうだ。
しかし血筋なのか優秀さは本物なようで、システム開発などの仕事は普通にこなしていたとの事だ。
「誰がどうなろうが知ったこっちゃないみたいな精神の奴だが、同時に人への妬みとかも凄いらしくてな、兄弟仲も最悪レベルらしい」
「亮専建設のトップとか政治家になるために、大物たちに弱みを作らせて操り人形にしちまおうって魂胆だった訳ですか…」
「その目論見は半分は成功してたからな、恐ろしい事だと今でも思うぞ」
売春の客になりそうにない大物は、パーティーや食事会の時などに睡眠薬でも盛って、後は弱みの証拠になる写真や動画を撮影してしまえば良いという事だ。
もはや何でもあり、外道を越えたド外道の所業だ。一体どれだけの被害が影で出ているのか分からない。
「被害についてはこれからも調査していくが、運よく四楓院に捕まった連中以外からは、もう情報は得られないだろうな」
「運よく? 運悪くじゃないんすか?」
「四楓院が捕まえてくれなかった奴らは他の裏組織や危険グループの的になる、グループ幹部が身を躱すために、何時間か前に構成員の情報をネットにバラ撒いたからな」
「!!?」
「捕まったら悪けりゃ苦しんで死ぬ事になるか、運が良くても温い水の一杯が最高の贅沢に思えるような生活が待ってるだろうよ」
危険グループの幹部は構成員が次々と消えてる事に気が付いて逃げ出し、更には自分たちが逃げ切るために仲間の情報をバラ撒いて情報攪乱を図ったそうだ。
しかし四楓院は既に構成員の大半は把握しており、幹部の情報も構成員から聞き出しているので無駄だ。
そうなると今度はやりたい放題に荒してくれた連中を他のグループや組が放って置かない、もしそんな連中に捕まったら恐ろしい報復を受けさせられるだろう。
マインドコントロールを受けていたとか、そんな悪い事をしてる自覚は無かったとか、そんな事は被害者遺族は勿論だが、裏の人間には更に関係がない事だ。
それはもう仕方ない事だ、彼らはそれだけの事をしたのだ。
何をされようが、何処に行かされようが文句を言える立場ではない。彼らはそういう世界に自ら踏み込んでしまった。軽い気持ちだったという言い訳は通用しない。
「大蜂 祐介はどうなるんすか…? まさか…放っておくなんて事は…」
「誠治、俺達は秘密機関だ、表にも裏にも基本は干渉しない。人を裁くとかも俺達は絶対にしないぞ」
国家超常対処局は、今回のようなやむを得ない場合でもない限りは、悪人だろうが個人の身柄の拘束などは極力はしない。
ましてや人を裁いて罰を与えるなどの事は絶対にせず、それをしてしまったら機関の理念から外れてしまう。
「人に罰を与えるなんてのは、個人によって裁量が違い過ぎる。それを法と秩序の元以外で行ったのなら、それは凄い危険な事だ」
「それは…そうっすけど」
世の中には少し馬鹿にされた程度でも、相手の家族まで皆殺しにしなければ気が収まらないなんて人も居る、かと思えば愛する家族が殺されたとしても極刑は望まないと言う人も居る。
だからこそ法律があり、罪を犯したら身分に関わらず相応の罰が与えられるというのが現代だ。
しかし慰謝料や罰金刑は富裕層ならば基本的に痛くも痒くもなく、名誉が少し落ちる以外は大した刑罰にならないのも社会問題だ。
「俺達は自分たちが王様にならないように気を付けている。銃火器や権限を持つと勘違いして、好き放題に人を感情で罰したり、利益をむさぼる王様になっちまうからな」
「そうなんですか、タナカさんみたいな人でも、そうなっちまうもんなんですかね…」
「簡単になっちまうだろうよ、ヤクザの組で闇霊能者やってた時に、金に目が眩んで美術品の窃盗を請け負っちまったからな」
「!!?」
タナカは傭兵を辞めて帰国した後は金に困っており、ヤクザの組で闇霊能者として客分になっていた。
その時に表社会の美術品窃盗を請け負ったが、美術品が呪物だったそうで、その時に国家超常対処局の人間と出会い、紆余曲折あって入局となったそうだ。
「見下げ果てた野郎だと思ったろ? でもこれで俺への理解度も深まっただろ、はははっ」
「はははっ、むしろ話してくれて嬉しいっすよ、俺も逮捕歴あるし仲間っすね」
特殊部隊の服を着たままタバコを吸ってるタナカの顔は楽し気だ、年は離れてるし性格も全く違うが、何だか灰川とタナカはウマが合うのだ。
「ああ、そうだ。後で危険グループの情報は送っとく、サツが黒幕を掴んで四楓院に情報を流す前にチクっといた方が良いぞ」
「えっ? 黒幕は手を出さないんじゃ…」
「俺らは手を出さねぇがな、あんなヤベェ奴を放っておく訳ないだろうが」
つまりは国家超常対処局は手を出さないが、発信元は見えない形で情報は流すそうだ。これは国家超常対処局の見過ごせる範囲を明らかに超えているとの判断かららしい。
近い内にスーパーゼネコン社長と与党議員の身内に最悪レベルの犯罪者が出たと報道されるだろう、そうなったら大ニュースは確定だ。
そうなる前に亮専建設と議員に対する対応を四楓院に考えてさせおけという、タナカから灰川への今回の報酬のような物だ。
「ハイカワっ! そろそろ行くよ! 車の準備は出来てるんだから」
「おう、分かったぜ」
空も明るくなってきたので帰りはヘリは使えないらしく、車での撤収になる。
アリエルもファースへの手入れを終えて撤収準備は終わっており、サイトウも機材を車に積み終わって帰るばかりになっていた。
帰りの車の中は4人とも疲れて静かであり、運転を担当するサイトウも少し眠そうな気配を出していた。だが流石は訓練を受けた身で、問題なく運転をこなしていく。
灰川とアリエルは後部座席で寝息を立てており、渋谷へ到着するまで起きそうにない。
ミッション後の汗臭い車内で体を休めつつ、何だか充足感を感じながら朝日を浴びて日常に戻るのだった。




