285話 灰川とアリエルチームの調査
「それにしてもよ、ここまで霊状態が悪いと感知力の低い俺じゃ探るの難しいな。藤枝さんが居てくれたら楽だったかも」
「フジエダは感知が得意なんだね、ボクも感知は苦手じゃないけど、ここまで霊気が濃いと感知は難しいかな」
灰川とアリエルは2層目の使用人を探っていくが、環境が悪く微細な霊感調査が難しい状態だった。
アリエルは灰川より感知力は高いし、思考の視野も広いから調査において頼りになる。
しかしMID7では調査担当では無かったため調査技量は育っておらず、灰川も調査をするにしても情報が少なく、2層目は今の所は成果は上がっていない。
「次の部屋に行くか、アリエル、俺がライト持つから何個か取ってポケットにでも入れてから渡してくれ」
「えっ? でも、そしたらハイカワの荷物が増えちゃうよ」
「別に良いって、何かあった時に剣が咄嗟に抜けなかったら危ないだろ?」
「それはそうだけど……、ボクのこと、まだ子ども扱いしてる訳じゃないよね…?」
「違うっての、イザという時のために備えてんだって。俺は印を結ばなくても使える術はあるしよ」
「ボクもファースを使わなくてもエクソシズムの行使は出来るけど……でも、ありがとうハイカワっ、ファースを抜けるようにしておいて悪い事はないしねっ」
アリエルがライトなどが入った袋を灰川に渡し、そのまま調査が続く。
タナカから受け取った内部図によると使用人室は15部屋で、物置部屋は大きいのが一つのようだ。それぞれの部屋に入って調べて行くが、まだ特に成果は上がらない。
使用人室は物が少ないため調査は早く進むのだが、何か見落としてないかは気になってしまう。しかし時間も限られているから、じっくり探す事も出来ないのがもどかしい。
部屋も多人数向けの使用人室や、主任的な使用人の1人部屋なんかがあり、この城で生活していた人達の一部が垣間見れるような感じがする。
「あ、そうだアリエル、さっき実家と話してたようだけど、どんな話してたんだ? この城についての話とかか?」
「お城の話はしなかったけど、このミッションを何としてでも成功させろって当主様から言われたんだ。もちろんそのつもりですって答えたよっ、ボクはゼッタイに誰かを見捨てたりしない」
「厳しい家なんだな、命の危険があるって言うのに」
「聖剣の家系なら当然の事だよ、聖剣に選ばれたなら年齢も性別も関係なく、命を盾にしてでも危険な魔のモノから人を守らなきゃいけないんだ」
特別な力を与えられたのならば、その力は人々の安寧のために使わなければならない。それがアーヴァス家やその他の聖剣の家系の考えだと言う。
アリエルも同じ考えであり、覚悟も戦う意思もある。正義感も人一倍強く、子供の身ながら確かな信念を持って危険オカルトに対抗してきた。
「でも無理はすんなよ? 今回だって危険なんだからな、自分が死んででも誰かを守るとか今時は流行らんって」
灰川としてはアリエルのような子供が命懸けで人助けというのは抵抗感があり、いくら凄い力を持っていようと危険に身を晒すような真似はして欲しくない。
「ハイカワがそれを言うの? ボクを指の呪いから守ってくれて、ユナを命に代えても守るって言って、カナミの学校の子達も命懸けで守ったのに?」
「いや、まぁ、それは成り行きって言うかよ…っ」
「自分は良くて他の人はダメなんて正しくないよっ、それにこういうのは心の問題じゃないか」
「それもそうなんだけどよ、確かに俺も人のことを言えんのかもなぁ」
止めなさいと言って止まるなら苦労はしない、むしろそれで止まるくらいなら最初から本気じゃなかったという事にもなりうる。
アリエルの信念はアーヴァス家が長くに渡って持ち続けて来た信念であり、家の力を保ちつつ大きくして来た原動力なのだろう。そんな心が簡単に変わる訳がない。
聖剣に選ばれたなら責務を果たす、そこには性別も年齢も関係は無く、ただ現実があるだけだ。
もちろんアーヴァス家だって、正義とノブレスオブリージュだけでやって来た訳じゃないだろう。それでも守護者としての信念は捨てることも霞む事もなく受け継がれて来たのだろう。
「次は物置部屋か、何があるか分からんから警戒はしとかなきゃな」
「うん、問題解決のヒントがあれば良いんだけど…」
アリエルは不安そうだ。多少の雑談などをしながら精神を紛らわせているが、事の重大さのプレッシャーが徐々に圧し掛かって来ている。
焦りに繋がってしまったらいけないが、今の状況で焦るなと言う方が無理があるかも知れない。最短であと6時間ほどで大規模な緊急事態が発生する可能性があるのだから。
結局は使用人室には手掛かりらしい物は無く、2人で2層目にある物置部屋の前に立つ。
他の部屋は全て見たのだが、書机とか火鉢や布団がある程度だったので確認は早く済んだのだ。
一部の部屋は畳を剥がしてみたりもしたが特に何もなく、アリエルが『コレって剥がせるの!?』と驚いた程度である。
「俺の感知だと中から何も気配はしないけど、アリエルはどう?」
「ボクも危険な気配は感じないかな、でも霊状態は変わらず悪いみたいだね」
直接的な危険はないと判断したが、一応はアリエルは剣を抜いて構え、灰川も術の用意をしてから勢いよく扉を開ける。やはり何かが出て来て襲われるような事は無かった。
「これだけ霊気が乱れて状態が悪いのに、悪霊の1体も居ないなんて少し気になるな」
「うん、でもボクと灰川が霊力を表に出してるから、近寄って来ないだけかもしれないよ」
「0番スタジオみたいな感じではあるけど、こっちは3日前からいきなりこんな状態になったって話だしな。普通の心スポとは事情は違うか」
物置部屋の中はそこそこ広く、色々な物が置かれている。着物を入れる葛籠だったり、色々な物を入れる漆塗りの箱だったり、床や棚に荷物が何個も置かれていた。
「ちょっと物が多いな、手っ取り早く中身をひっくり返して調査するか」
「時間がないしね、そうするのが良いと思う」
荷物を雑多にひっくり返して着物や食器などを次々と調べるが、特に何も見つからない。
「アリエル、そっちは何かある?」
「怪しい物は何もないよ、本とかも今は見つかってないね」
「こっちもだけどよ、段々と嫌な気配が強くなってるな。霊気の乱れが濃くなってるぞ」
「うん、城の中を荒らされるのがイヤなのか、ダムの事故を阻止されるのがイヤなのか分からないけどね」
そのどちらもなのか、あるいは別の理由もなども考えられるが、とにかく中に潜む何かが怒りを感じているのは分かる。
だが、この程度なら2人には大した苦にはならないし脅威にもならない。しかし舐めて掛かる事はしない。
「アリエル、前にも教えたけどよ、日本のオカルト現象は陰湿で嫌味で厄介なのが多い。単純な強さだけで危険度を測るのは止めような」
「うん、それは悪魔ルーザの時に分かったし、ジャパンのオカルトってヨーロッパと違った嫌な所があって怖いよね…」
アリエルは日本に来てからは灰川に日本のオカルト事情を学んでおり、ヨーロッパとのオカルトの違いに驚く事が多々あった。
日本は主に火葬文化だからゾンビなどは怖がられていない、土葬文化の時代でさえゾンビ的な存在はあまり根付かなかった。
悪魔信仰とかも強くは恐れられていないし、そもそも存在自体がマイナーだ。ロックバンドが悪魔的な格好をしたりするが、それだって悪魔崇拝の念から来るものは薄いだろう。
日本では幽霊とか呪いが恐れられ、その恐れられ方や認識も西洋とは異なる。
「前にジャパンのオカルトを勉強するためにホラー映画を見たんだけどね、凄くコワかったよ。廊下の先の曲がり角から居るはずの無い女の顔が覗いて~…うぅ、今思い出してもコワいかもっ…」
「あ~、それって“終わらない家”って映画だろ? あれは日本のホラーの中じゃ大した事ないんだけどな」
「ウソだよねっ!? アレで大した事がないのっ!?」
「ああいう感じの霊って日本だと多いんだよ、視線とか雰囲気に怖さを込めてくるような感じ。精神影響とかの目に見えない害を仕掛けて来るようなのが多いな」
「ジャパンのオカルトって何だか怖さの質が向こうと違うなぁ…ちょっぴり苦手かも…」
オカルトは国や土地の精神性などを反映しやすい部分があり、ホラー映画の監督とかだってその国のオカルトに触れて影響を受けるので、映画などにも同じように反映されたりする。
日本のオカルトの特徴は、陰湿、粘着質、暗い、というようなイメージで、そこに最近は“救いがない”というのも入りそうな気配がある。
西洋オカルトが流入してもジャパンナイズされて陰湿さが増したり、暗闇に徐々に飲み込まれるような日本チックな怖さが付与されたりする場合がある。
アリエルはそういう日本らしいオカルトの怖さが、今までに無い感情を催したらしく、ジャパンホラーは純粋に怖いらしい。
「ここだって、もしボクが1人で入ってたらコワいって思ったかもしれない、なんだかジャパンのゴーストは聖剣で斬っても呪われちゃいそうな気がするよ…」
「実際には聖剣で斬られたら日本の幽霊だって、ひとたまりもなく強制浄化されるだろうけどな。でも陰湿だからどんな害を、どんな形で仕掛けて来るか日本人でも分からんのが嫌なんだよなぁ」
「あれ? これって何だろう…? ハイカワっ、変な物が見つかったよ」
そんな話をしながら物置部屋の調査をしていると、アリエルが何かを見つけて灰川も見に行く。
「何だコレ? 紙の束? …借用書に支払書、帳簿類か」
「嫌な気配が発生してるよね…ボクが読めない漢字も多いよ、ハイカワは読める?」
「大葉着村の鎌次郎、金2両也。真千炭焼き場の作五郎、金5両也。ここの豪商は金貸しもやってたのか」
「でもこれだけじゃ何も分からないね、悪い金融マンだったのかな? それで恨みを買ってこんなに悪い状態になったとか?」
「まだ判断は出来んわな、金貸しの恨みだけでここまで悪い霊状態になるか怪しいしよ。支払書は刀を購入したとか書かれてるけど、不自然とは思えんし…」
灰川にも読めない漢字や文字が多く、詳しくは分からないが変な部分があるようには見えない。
「中世のジャパンでは平民が剣を持つ事が許されたのっ? ヨーロッパだと制限されてたし、ジャパンにもカタナガリっていうのがあったって習ったよっ?」
「刀狩りはあったんだけどよ、実際には農民も町人も武器は持ってる奴が多かったらしいんだよ。隠されたら完全には取り締まれないし、徳川幕府は銃や刀の規制にそんなに力を入れてなかったって話もあるし」
豊臣秀吉が発令した刀狩り令だが、徳川の治世になってからはそこまで力を入れておらず、豪商などの苗字が許された人などは普通に帯刀していたらしい。つまり許可をもらえば持てたという事だ。
普通の町人でも脇差ならOKだったらしく、ほとんど刀と同じ長さの物を長い脇差だと言い張って平民が持ってた事もあったらしい。
そして許可がなくても武士から刀を盗んだり、借金まみれの刀鍛冶が裏で平民に安くて質の悪い刀を売ってたりした事があるようだ。それらを隠し持ってた平民も多い。
法律とは敷くよりも守らせる方が難しい、法の抜け道を探ったり、お上にバレないよう色々やってた人は多かったようだ。
「豪商なんだから刀くらいは持ってたろうし、主君の居ない武士の浪人とかを囲ってたりもしたんだろうよ」
「なんだか教えられたジャパンの事と少し違うね、ちょっと面白いや」
この帳簿類が何かの手掛かりになるのかは分からないが、とりあえずは霊気が他よりは濃いから持っておく事にする。
そのまま調査を続行しつつ、この場所の陰鬱な空気に飲まれないようアリエルと会話をした。
「そういやファースって綺麗な剣だよな、それは模造品みたいだけど、やっぱ本物はもっと凄いのか?」
「~~! そうでしょ!? スゴく綺麗でしょっ!? ファースは本当に最高に綺麗で、最高にカッコイイswordなんだっ。くふふふっ」
ファースを褒めるとアリエルは目を輝かせて自慢を始める、どうやら本当にファースを大切に思っているようで、褒められた事が余程嬉しかったらしい。
「白い鏡みたいにキレイな剣でしょっ? それにグリップも持ちやすくカスタマイズされてるしっ、飾りのアクアマリンも凄く透き通っててキレイだよねっ! くふふっ」
「本当に綺麗だよな、特に刀身の綺麗さは神がかってるぞ。アクアマリンも高そうなの付けてるなって充填の時に思ったよ」
「くふふっ、ファースを褒めてくれてありがとうっ。まだまだファースのことを話してあげたいけど、今は時間が無いから今度だね。フォーラの事もハイカワに話してあげたいなっ」
アリエルはハイカワを見上げながら胸を張って誇らしげに話す。
今までだって誰かに自慢したかった気持ちはあるのだろうが、アーヴァス家の子として、MID7の隊員として、剣の自慢とかは大っぴらに出来なかったようだ。
だが不思議と灰川にはこういう話がパっと出た、何かこういう事を話しても良い雰囲気が灰川にはある。
そんな中で灰川は少し腰を引き気味にしていた、何故ならアリエルが凄く近くに来て目をキラキラさせながら話したからだ。
近いと言っても凄い近さだ、体がくっつきそうなくらい近いと言って良いレベルである。剣は抜いて無かったが、それでも近くに来られると腰が引けてしまった。
「っ…ご、ゴメンっ、ハイカワっ…! ちょっと近かったよねっ、ちゃんと真面目に調査するからねっ」
「おう、頼むなアリエル、でも焦らずしっかり見ていこうな」
灰川が腰が引けてしまった理由は、アリエルが滅茶苦茶に可愛かったからだ。
綺麗な青い目に整った顔立ち、綺麗な金色の髪のベリーショートカット、子供ながらに綺麗さと可愛さが非常に強く含まれるアリエルは、灰川から見ても明確に可愛いのだ。
そこに無邪気な笑顔を浮かべて嬉しそうに剣の自慢をする様子は、とても強い庇護欲のような何かを刺激される。
それはOBTテレビの経営陣や有力関係者が、アリエルと佳那美に対して抱いた危機感と同種の物だったのかも知れないが、それは灰川にはよく分かっていない。
とにかくアリエルに深入りするのは何か危ない気がする。
下手すれば変えられてはいけない何かを変えられてしまいそうで怖い、そんな気持ちを抱いたのだった。
(な、なんだったんだろっ…? ハイカワにくっ付いたら…スッゴくドキドキしたっ…!)
一方でアリエルは灰川に近付いた時に、今までに無い感情が湧いたのが分かった。
変な感じでドキドキして体が熱くなった、でも嫌な感じはしなかった、今も少しドキドキしてるけど、それが何なのかイマイチ分からない。
ママやパパ、兄様に対してこんな感情になった事は無いし、スクールの友達に対してもこんな風になった事が無い。
思えば最近は灰川の事を考える時間が少し多くなっていた気がする。ファースの充填をしてもらった日のこと、悪魔の呪いから迷わず命を懸けて自分を守ってくれた時の事。
それらを思い出すと、なんだか頭がフワフワして温かい気持ちになり、それでいて幸せな気持ちが湧いて来る。
こういう気持ちは何かで見たような気がするけど、何故か思い出せない。思い出せないというよりは、何か心が『違う筈だ』と頑張って蓋をしてるような感じがする。
「なんも見つかんないな、帳簿だけは少し手掛かりになるかもだけどよ」
「そ、そうだねっ…! ボクの方も何にも見つかんないや」
その後は物置部屋の調査を続行していたのだが、特に成果は上がらず30分が過ぎて無線に通信が入る。
『誠治、アリエル、合流しよう。こっちは手掛かりが見つかったぞ……色々と分かった事がある』
「分かりました、こっちは成果は薄いですけど、完全祓いの手掛かりになるかも知れない帳簿は見つけました」
『分かった、じゃあ階段の地点で合流だ。なんでここを建てた豪商の名前が判然としなかったのか分かった』
そのまま通信が切れて灰川とアリエルは帳簿を持って合流地点の階段に向かう。
階段に向かう道中でアリエルが先程に感じた気持ちの疑問を灰川に投げようとしたが、なんだかそれを話すのは凄い恥ずかしい気がして言葉を引っ込める。
「やっぱり帳簿だけか、これも怪現象が収まったら消えるんだろうな」
「そうだろうね、霊体が実体化してるだけみたいだから」
ここは実体存在型怪異の種別であり、この廊下や豪奢な内装なども怪現象が収まったら元に戻る可能性が高い。
怪現象はまだまだ説明が付かない現象が多く、科学は勿論だが、霊能力者でも分からない事が非常に多いのだ。現在発生している怪現象だって説明を付けろと言われても難しい部分が多々ある。
「まずは解決を急ぐか、ここで溺れ死にとかはゴメンだしな」
「うんっ、被害はゼッタイに出さないよっ、何としてでも止めるからっ!」
「って言ってもプロ霊能者のタナカさんとサイトウさん、聖剣のアリエルまで居るんだから大丈夫だけどな、成功するに決まってるぞ」
「その上にスーパーゴーストバスターのハイカワも居るしねっ! 解決できない筈がないよっ」
「おっ、スーパーゴーストバスターって何かカッコイイな、名刺に肩書で載せちまうかな~」
「だったらボクも将来にネームカードを作った時は、最高にキレイでカッコイイ聖剣ファースの担い手って肩書にしたいなっ、くふふっ」
もちろんそんな肩書を載せれる訳は無いが、そんな話をしながら緊張を解しつつ階段に到着した。
こんな話をして気を紛らわせなければ、暗さに心がやられて恐怖心が大きくなってしまう。悪環境での仲間との会話などは、正常な精神を保つにも大事なのだ。
霊能者であっても暗い場所は怖いし、危険な存在が潜んでいるであろう場所は怖い。そういった場所では正常な精神を保つのは作戦成功への大きな鍵になると2人は分かっている。
「来たか、警戒しつつ集めた情報の纏めよう」
「はいっ、俺とアリエルのチームは豪商がやってた商売とかの帳簿を見つけました、金貸しとかもやってたっぽいです」
「そうでしたか、私とタナカ隊長の方は客室でこのような書物を発見しました。五角屋敷城の客が書いた物のようです」
問題なく合流をして、そのまま現状の発見物の話をしていく事になる。




