283話 決意を固める時
サイトウとも合流して奥多摩の霊的危険区域、五角屋敷城の付近で話し合いの場が持たれる。
「ここから約4キロメートル離れた所にダムがあるんですが、そこの建造の際に村が沈んでいます」
「その村が現状の酷さの引き金になっているのか? 山内第2ダム建設で沈んだ村って言うと、壁ヶ内村だよな?」
「まだ調査が足りないので何とも言えませんが、一応は頭に入れておいた方が良いでしょう」
豪商の城への憧れから山の中に作られた五角屋敷城が怪異のようなモノになってしまい、悪念がダムの方面に向かっている。
到達された場合は管理設備に電子的な影響を及ぼされ、大きな事故に繋がる可能性がある。
「サイトウさん、地下の城の中にドローンを飛ばして調査とかは出来ないんですか?」
「現在はドローンやラジコン調査機器を入れても、すぐに異常が出て故障させられてしまうんです。だからダムの電子制御をおかしくさせられる危険があると踏んでいるんです」
「そもそも本当にマイナスエナジーがダムに向かってるんですかっ? 管理施設まで距離はどのくらいなのっ?」
「五角屋敷城には地下井戸がありますから、そこから向かう可能性が非常に高いです。距離は8キロほどですかね」
ドローンを入れての調査もしたが10秒ほどで壊れたらしく、やはり電子的影響が強い事が確認されている。
祓いのために封印も完全にはしておらず、ダム方面の少し離れた位置の地面の下から悪い霊力を感じたため、やはりダムに向かっている可能性が高い。
「だが五角屋敷城の調査は以前に実施されてるから間取りの図面なんかもある、そこは問題は無い筈だ」
「そうですね、しかし当時はこの場所は国有地じゃなかった上に、霊能処置に必要な調査以外はさせてもらえなかったので、充分な情報ではないかもしれないですよ」
タナカとサイトウは話を続け、灰川とアリエルに説明しながら今からの動きの指標を相談していく。
五角屋敷城は5階建てであり、文献に残されている江戸城と同じ階数だそうだ。だが間取りは最初の江戸城より大きい可能性もあるようだ。
1層目は40メートル四方に近い広さで、2層目は40メートル四方に届かないくらい、3層目は30メートル四方、4層目は25、5層目は20m四方くらいらしい。
「建物としては滅茶苦茶な広さじゃないっすか…正に城って言って良い貫禄っすね」
「お城としては小さいと思うけど階数は多いね、昔に地面の下にそんな物を作ったなんてスゴイよっ」
ヨーロッパの城が基準になっているアリエルからすれば、日本の城は小さく感じられるかもしれないが、それでも凄い事だ。
そもそもアリエルは実家が城みたいな広さの家なので、多少の大きさの建造物では驚く事は無い。
どうやら広さから見るに改修や増築される前の元々の江戸城を意識して作られた可能性があり、部屋数も多く立派な造りの建物なのだという話だ。
そこは城が天守と呼ばれるのに対して地守と呼んでるらしく、とにかく金を掛けて城と呼べる物を当時の豪商は作り上げたらしい。
屋敷城に関する話は年月によって失われ、残された少ない資料なども経年と震災や戦火で焼失してしまったと見られている。
五角屋敷城の詳細な歴史については分からない事が多く、国家超常対処局としても祓い関連以外ではそんなに関りが無いのが実情だった。
「とにかく中に入って調査して、早々に根本解決のための祓いをしなくちゃならん。やはり突入は俺とサイトウだけで行くのが良さそうだな」
「灰川さん、私とタナカさんに陽呪術を使って霊力や抵抗力の底上げをお願い出来ませんか? 後は地上で待機して頂いて支援を~~……」
以前は灰川に現場に着いてきてもらって戦力になってもらったが、今回はアリエルも居る。それに加えて民間人である灰川に、何度も危険なオカルト事件の解決を手伝わせる事に大きな負い目も感じている。
だが今回だって多くの人の命が懸かってしまうかも知れない案件であり、正直に言えば戦力は1人だって多く欲しい。この事態に対して戦力になれる者は非常に限られるのが現実だ。
「……本当にアナタたち2人だけで解決が出来ると思ってるの…? ボクが見た限りだと、どんなにハイカワが強化のカースを掛けても解決は出来ないよ」
「…かも知れんな…、だそれでも灰川と君を危険に晒す事はしたくないという気持ちはあるんだ」
アリエルが言う事も最もであり、タナカとサイトウの2名では灰川の陽呪術をもってしても場を収める事は難しいだろう。
今回は怪人Nや免罪符のヴァンパイアの時とは違い明確な敵がおらず、0番スタジオの時よりも緊急性が非常に高い事態だ。
本来なら使えるものは何でも使って事態の解決を図らなければならないが、何が起こるか分からない場所に民間人と子供を連れて入らせるのは、タナカたちには大きな抵抗感があった。
以前の灰川の協力の際も危険はあったし、灰川の命が危うくなった時もあった。だからって今回も率先して巻き込みたいとは思ってないし、国民の安全のために犠牲になって欲しいなんて言えない。
「アリエルさん、もし事故が発生した場合は、この場所は水害区域に含まれます。そうなったら助からない可能性もあるのですよ」
「分かっています、でもボクは逃げません。ここで逃げたらボクは臆病者の卑怯者です、そんなのボク自身が許せなくなります」
聖剣の担い手とは遥かな昔から魔に属する力から人々を守り、影から人の世を支えてきた存在だ。
その力は決して表にせず、おとぎ話として語り継がれる程度にしか語られず、今も多くの聖剣の伝説が世界各地におとぎ話として残っている。
日本では鬼の島に単身で乗り込み制圧した剣士である桃太郎の伝説、ヨーロッパの各種のおとぎ話の騎士や剣士の物語、その他にも剣が他の武器や持ち物に変わって言い伝えられている物語が多くある。
アリエルの持つ聖剣ファースもその一振りであり、ファースにもおとぎ話が言い伝えられている。
「タナカさん、本当にアリエルを連れて行くんですか…? まだ小学4年生なんですよっ…?」
「誠治、本人が行くと言っている以上はアテにさせてもらいたい……事態は一刻を争うかも知れないんだ。聖剣の力は大きな戦力になるのは明らかだ…すまない…」
1万人の命とアリエルの命、そういったものは天秤に乗せるべきじゃない。それでもこういった場では天秤に乗せなければならない。
タナカは個人の意見としては灰川もアリエルも巻き込みたくはない、しかし現場を預かる指揮官としては2人の力を借りたいと思っている。
本人達が行きたくないと思っているのであれば、行かせる気は無かった。局の命令で灰川達を連れては来たが、そこは譲らず行こうと考えていたのだ。
命を天秤に乗せ、己の精神も天秤に乗せ、『人を巻き込んではいけない』とか『子供を危険な場所に行かせない』といった一般常識と現状も天秤に乗せている。
これらの決断を下す事は簡単な事ではない、五角屋敷城に入って灰川とアリエルに何かあったらどうする!?、彼らは今から未来への道を行こうと踏み出した直後なんだぞ!
それでもタナカは現状への有効的な対処を選んだ、子供を巻き込んででも1万人は見捨てられない。祓いを成功させれば良いだけだと己に言い聞かせている。
「灰川さん、現状での確定戦力はタナカさんと私だけです、これではどう足掻いても足りないのは明白です。……アリエルさんを巻き込んでしまう事を、どうか許して下さい」
「ハイカワっ、ボクは行くよ。この状況は聖剣の力が必ず役に立つ、絶対に被害なんて出させないっ!」
アリエルの決意は固い、そして決して軽くもない、自らの命を懸けてでも人の命を救う。その意思は重く、彼女の精神の支柱であり、何の得をせずとも誰かを救う意思が確かにある。
子供扱いしていた、それは仕方ない事だ。現にアリエルは9才であり子供と言える年齢なのだ、
しかしアリエルには確かな意思と信念がある、少なくとも危険なオカルト存在に対しては、現代の聖剣の担い手としての大きな使命感があるのだ。それは命を懸けるに値する使命だと本人が信じている。
アーヴァス家は裕福で様々な権力と繋がっているらしいが、それは確かなノブリスオブリージュを持っているからこそなのかも知れない、と灰川は感じた。
「分かった、じゃあ俺も当然行くぞ。元から俺は突入するつもりだったしな」
「…! うんっ! じゃあボクとハイカワは今から同じチームだね!」
「でも無理は禁物だ、危なくなったら脱出する。それで良いですよね、タナカさん、サイトウさん」
「もちろんだ、タイムリミットになったら誠治とアリエルは地下から出て避難してくれ、元からそうしてもらうつもりだったしな」
この場に居る者達の全てが状況や命の天秤で現状を測り、結果として全員で突入という事になった。
多くの人達の命を左右しかねない選択、一般人や子供を巻き込んでしまうか否かの選択、それは決して簡単な事ではない。
現にタナカは灰川に出会う前は国家超常対処局の任務に巻き込む事には消極的だった、しかし背に腹を変えられない状況が発生したため巻き込んだ。その時だって決して軽い気持ちだった訳ではない。
「俺とサイトウは装備を整える、誠治とアリエルも何か必要なものが有ったら言ってくれ」
「ボクはミッションの時は、必ずクィンズドリンクのスポーツ飲料を持って行くんだ。それと他にも~~……」
「悪いですがジャパンドリンクのスポーツドリンクとサイダーしかないです、そもそもクィンズドリンクって高級メーカーだから、国超局が用意してる訳がないですよ…」
「タナカさんはジャパンドリンクのサイダーの信者だからなぁ、他にあるのはミネラルウォーターだけか」
そんなこんなで用意を整えて行くが、アリエルはファースの確認作業をしてからスマートフォンで家と少し連絡を取り、灰川は事務所から持って来た除霊道具などを確認していった。
タナカとサイトウは装備を整え、電子機器を使わないアナログの銃火器や爆薬などを含む装備を整える。
今回は内部に危険な霊的存在が居る可能性があるらしく、戦闘火力は必要だと判断したと灰川もアリエルも聞いていた。
「準備は良いな? この電気管理小屋に偽装した所の中に入り口がある、忘れ物が無いか今一度確認してくれ」
「私は大丈夫です、祓いの道具も持ちましたし、装備も問題ありません」
「ボクもOKです、ファースはもちろん、剣の装具も問題ナシです。その他の物も問題ありません」
「俺も筆と白紙札も持ったし、催涙スプレーとスタンガンと包丁も持ちましたよ。欲を言えば清めの日本酒は精米歩合1%以下の最高級の物が欲しかったっすけどね」
「超最高級の日本酒だな、誠治に渡した7%でも超最高級の手に入れづらい品なんだぞ。国超局でも予約はしているんだが、届くのは5年も先だ」
灰川としては持てる装備は最高の物で固めたかったが、最高の物は用意するのに時間が掛かる。この場ではあまりに贅沢と言えるだろう。
4人は灰川が既に陽呪術で霊力や霊抵抗力や耐性を底上げしており、大幅に霊的存在に対して強くなっている。
「ハイカワのヨージュジュチュ、スゴイや! こんなにパワーが底上げされるなんて!」
「陽呪術って発音できないのか、呪術って割と発音が難しいもんなぁ」
アリエルも灰川の陽呪術に驚いており、初めて受ける陽呪術の霊的なプラス効果を実感して感銘を受けていた。
アリエルは他の聖剣の担い手と比べると加護が偏っているため霊力や耐性が弱い。それでも凄い強さには変わりなく、相当に強い霊的存在でもアリエルに危害を加える事は生半可な事じゃない。
しかし本人としては他の担い手と比べて弱い事は、やはり心の何処かでコンプレックスになっていた部分だ。
「よし突入だ、明日の朝8時までがタイムリミットだ。それまでに局長の緊急避難の手回しが済むとは限らん、全力で行くぞ」
「フォーメーションは私とタナカ隊長が前衛、灰川さんとアリエルさんは後ろに着いて背後の警戒をお願いします」
タナカがセキュリティシステムを切って鍵を開け、電気小屋に偽装した入り口の扉を開ける。
「中も普通に電気設備が入ってるんすね、普段は普通に変電とかしてるんすか?」
「いや、多分してないだろうな。本物のオカルトスポットの電気設備には異常が出る事が多いし、これらの機器は局が用意した廃品利用のダミーだろう」
小屋の内部も普通であり、電気設備とかに使っていそうな物が置かれている。しかしこれらは偽装だ。
この場所には鍵の掛かったゲートを開けて10分くらい砂利道を走らなければ辿り着けず、電気会社もこの小屋の事は知らない。国で管理している場所なので誰も来ないような場所だ。
電気小屋など心霊スポットにもならないし、過去に物好きな若者グループがここに来た事があったらしいが、特に何もせず帰った事を監視カメラで確認されている。
この地下に城があるなんて灰川とアリエルには今になっても少し信じられない、本当は何かの電気設備がある地下が存在する程度なんじゃないかと疑う気持ちがある。そのくらい普通の電気管理小屋だ。
「よし、ここから入るぞ」
「「!!」」
タナカが設備機器の下の扉を開けて床部分を外すと、そこには地下に繋がる階段が姿を現した。
「本当にあるなんて…しかも凄い悪念と悪性霊気だ…」
「シークレットベースっていう感じだね、ジャパンのオカルトの隠し方ってEUと少し違ってる…カッコイイかもっ…!」
アリエルは変な所に感銘を受けているが、とにかく中に入る事にする。
一行は機材もしっかり持っており、荷物は結構多い。主に照明器具が多く、サイトウが制作した浄霊効果のある強い光のライトを相当数を持っている。
このライトには灰川も陽呪術を掛けて耐性を上げており、そう簡単に故障する事は無いだろうとの見立てだ。
ならばダムの管理施設に灰川を行かせてオカルト原因の事故を防げばいいのでは、という話になったが、専門的な知識が多く必要になる場所では何処をどう守れば良いのか分からない。
例え局の力で灰川やアリエルをねじ込んでも、上手く守り切る事は無理だと本人達が判断した。その方式だと良くて長時間勝負になるし、普通に守りの隙を突かれて突破される。
「まずは調査をしつつライトを設置して、視界を確保しながら悪念が濃い部分を目指しましょう」
「分かりました、何かあったらアリエルの安全を優先してもらえると助かります」
「子供扱いしないでよねハイカワっ! ボクはしっかり戦えるんだからっ!」
10m以上はあろうかという階段を降りて行くと扉に行き当たり、タナカがそこの鍵も開けて扉を開く。
またしても濃い悪念が4人の体を叩くが、陽呪術の効果もあるし、4人ともかなりの霊的な強さがあるから動じる事はない。
まずタナカが内部の状態を確認しようとライトを投げると、4人は一様に驚く事となった。
「す、すげぇ…なんだこの豪華なお城…?」
「アメイジングだよっ…! 放置されていた地下のお城じゃなかったのっ…?」
「思ってたのと違うな…逆に危険かもしれんぞ…」
「タナカ隊長、まずは調査をしましょう」
扉を開けた先には大広間があったのだが、そこは金の襖や飾り細工のされた壁や天井、綺麗な畳があったりと長年放置されて来た場所には見えなかった。
この場所にどんな秘密があるのか、どんなモノが待っているのか、それはまだ分からない。




