282話 地底の城郭・五角屋敷城
ユニティブ興行の初仕事が終わった直後、灰川とアリエルはタナカに連れられてヘリコプターで奥多摩に移動していた。
灰川もアリエルもしっかり着替え、灰川は以前にタナカからもらった防弾防刃スーツ、アリエルはオカルト任務の際には必ず着用する白い装服だ。
「タナカさん、今回の事は国家超常対処局からアーヴァス家に話が行ったんですか? そういうのは個人的にどうかと思うっすけど…」
「ハイカワ、ボクは気にしていないよっ! むしろオカルトの事を任されるのは光栄な事なんだからっ」
騒音の中での会話用に付けたヘッドセットを通して話をする、慣れない揺れの中で空を飛んでいる感覚が何とも言えない怖い感覚だ。
「誠治、悪いんだが今回の件に関しては俺たちも分からない事もあるし、話せば長い…隠し事はしないが、簡潔に答えられる事は少ないと思って欲しい」
「アリエルにも関係あるんですか? そうじゃなければ俺はアリエルを危険に巻き込むのは反対ですよ」
「ハイカワっ、ボクは気にしないよっ! オカルトの事で被害が出そうなら、何もしないなんて聖剣の担い手には許されない事だよっ」
アリエルに声が掛かった理由は分からないが、とにかく何らかの理由で今回の件に関する事を知り、家から今回の事に参加しろという指示が来たようだ。
とは言ってもそれらは予測でしかなく、詳しい事情はまだ聞けていない。
「今から行く所って何なんですか? なんだかピラミッドがどうとか聞こえたけど、詳しく聞かせて下さいよ」
「ボクも知りたいです、詳しい事は現場で聞いて解決に当たれと聞かされたので」
とにかく国家超常対処局は正式な任務として事に当たり、アリエルは家からの指令で事に当たり、灰川は対処局からの要請で引っ張られたという形だ。
「誠治とアリエルは東京リバースピラミッドって都市伝説は知ってるか?」
「ボクは知りません」
「それって東京の地底に逆さのピラミッドがあるって噂ですよね? 話によれば徳川埋蔵金が隠されているとか、宇宙人が来た証拠だとか」
東京リバースピラミッドとはマイナーな部類の噂であり、東京都市部のどこかにピラミッドのような物があって、そこに何かがあるなんて言う話だ。
もちろんそんな物は確認されていないが、この都市伝説のファンは東京の地下の図面は嘘であり、本当は新宿の地下に逆さピラミッドがあるなんて言ったりする。
または広い地下空間にピラミッドが隠されており、そこには隠された何かがあるというパターンの噂もある。
「表に出ている噂はそんな感じだが、実際には違う」
「実際にはって事は…まさか噂は本当の部分があるってことなんすか…?」
タナカは頷き、都市伝説には本当の部分があると答える。
東京の地下にあるピラミッドなんて荒唐無稽のロマン都市伝説だとばかり灰川は思っていたが、どうやらその認識は間違いだったらしい。
「あの噂の真実は奥多摩にある江戸時代に作られた地底城の事なんだよ、その話が昔に何処からか漏れてマイナー都市伝説に変わったそうだ」
「地底の城!? そんなの本当にあるんですか!?」
「ジャパンのお城って地下にあるのっ!? Edo CastleやHimeji Castleは地上にあった気がするんだけどっ!」
「まあ、話は最後まで聞けって」
そこからタナカは2人に詳細を話し始めた。
都市伝説・東京リバースピラミッドの真相
江戸時代に奥多摩は幕府直轄領として統治され、街道や宿場町が整備されて江戸の木材の調達地としても広く利用された土地だった。
そういう土地には多くの金が集まるもので、多額の金を稼いで大きくなった商人は豪商と呼ばれるようになる。
ある時にとある豪商が『自分の城が欲しい』と強く思うようになったのだが、武士ですら城を持つなど相当な権力がなければ出来ないのに、いくら金を持っていようが商人では城など絶対に持てはしない。
そこで豪商は地面の下に立てれば幕府にはバレないし、仮にバレても城じゃないと言い張る事が出来ると考えた。
彼は地に詳しい学者を雇い、大工を集めて何年もの時間をかけて現在の奥多摩のとある場所の地下に、『逆四角錐型の間取りを持った地底の城』を完成させた。
大きな豪商であった彼は全ての財産を注ぎ込むかのように金を掛け、多くの部屋や豪華な和式の内装、裏商人から得た南蛮の品などを置いて、己が満足する城を幕府や代官に隠れて作り上げたのだ。
しかしそんな物を隠し通すのは難しく、結局は幕府に知られてしまい豪商はお縄になってしまう。城ではないという言い訳も通用せず、黙ってこんな物を作った罪に問われて処刑されてしまった。
だが地底の城を見た代官は内装の豪華さや素晴らしさに感銘を受け、取り壊しはせず保存という処置にしたらしい。
その後は保存の処置は続けられたが、江戸中期くらいには城も忘れられ、奥地にあったためか人も来ないので誰の記憶からも消えてしまった。
この話が記された文献は数年前に国家超常対処局が手に入れており、今は発見されて封印処置が施されている。
「その話を誰かが言い伝えていて、いつしかマイナーな都市伝説になったって訳だ。逆ピラミッド型の地底の城なんて面白い話だからな」
「まさか東京リバースピラミッドが本当の話からの派生だったなんて…凄い驚きの話っすね」
「地面の中のお城なんて凄いね!」
世界には岩窟宮殿などの建物があったりするが、地下に本格的に作られた城などは非常に少ない。
崩落とか水の染み出しなどの問題もあるし、城として見たなら防御能力や用兵の問題も大きくなりそうな気がする。
城というのは民衆や敵に権力や武力を見せつける目的もあり、地下に作ってしまったらそれらの目的に支障が出るだろう。
だが今回の件に話されている城は、商人が城への憧れで作った城モドキであり、本来の城塞としての役目は必要なかったと思われる。
文化遺産にするにしても歴史には関りが無いため歴史的価値は無く、そもそも国家超常対処局が関わっている時点で表に出せない事情があるのは予測できる。
「その城、名前は五角屋敷城って言うんだが、霊的な問題がある」
「ですよね、じゃなきゃ俺とアリエルに声が掛かる筈がない」
「どんな問題なんですかっ? それを聞かない事には…」
「すまんが到着だ、続きは降りてから話す」
流石にヘリだと凄まじく早く到着し、少し開けた場所に着陸してから車に乗せられ山の中の道を進む。
東京ではあるが奥多摩は田舎と見間違うほど山が多く、この場所は今は私有地として局が管理しているらしく、誰かに見られる心配も無さそうだ。
この場所に昔に城を建てようとした人が居た、それだけでも信じられないが、執念とはそういう物だ。豪商は余程に城に執着があったのだろう。
少し道路を走ってから電気か何かの管理施設のように見える小さな建物に到着する、この場所に問題の城がある事は間違いないと分かった。
「凄い濁ったドス黒い霊力っすね……一体なにがどうなってんですか…?」
「っゅ…! こんなヒドいサイコエナジーだなんてっ、どうなってるのっ…!? ジャパンはこのレベルが普通なのっ…!?」
「城が見えてすらいないのに酷さが分かるだろ…? こんな状態は日本でも珍しいさ」
アリエルは思わず鼻を押さえるが、濁った霊力が体を包むため効果はない。少しすれば慣れるだろうから、それまでの辛抱だ。
コンクリート造りの小さな建物の周囲は柵で囲まれ、建物にも鍵が付いてるから簡単には入れない。もし灰川がプライベートでこの場所の異変を察知しても、中には入れそうにないから解決は出来なかっただろう。
「そろそろサイトウが周囲の見回りを終わらせて戻って来る、それまでに話の続きをしたいんだが……それ以前に2人は今の状況を見ても続行したいと思えるか?」
タナカは暗に『無理するな、嫌なら素直に手を引いてくれ』と言っている、しかし今の状況を収めるために灰川の力と聖剣の力を借りたいと思っているのは明白だ。
そもそもこの場所で霊能力を持った者が立っていられるというだけで凄い事だ。そのくらいこの場所の霊状態は悪く、並の霊能者なら降り立った時点で気を失う可能性が大きい。
タナカは霊耐性が高く正常を維持しているし、灰川の見立てではサイトウも最大の力は発揮できない可能性はあるが、耐えられるだけの霊力はあるだろう。
もし霊能力の無い一般人がこの場所に来たら、気付かない内に多数の呪い効果や悪念に憑依され、精神に異常をきたす可能性がある。少なくとも運気の低下は避けられない。
「アリエルは退くんだ、この状態は危ない。ユニティブ興行の所属者をこんな場所に関わらせる訳にはいかない」
「それはNOだよハイカワ、アーヴァスの聖剣の担い手が危険なオカルトインシデントから逃げる訳にはいかない。それはボク自身の思いでもあるんだ」
「これが危ないのは感じてるだろっ、中に何があるかも分からんし! 俺が行ってアリエルの分もやって来るから、中に入るんじゃない!」
「ハイカワの方こそっ、ココを放っておいたらどんな被害が出るか分からないのっ!? ハイカワが凄いのは認めるけど、戦力は多い方が作戦の成功率は上がるんだっ!」
こんな危険な霊状態の所に子供を入らせる訳にはいかないという灰川の気持ち、危険だからこそ聖剣の担い手である自分が行くべきという意見で対立する。
「ここに来るまでに湖が見えたけどっ、あれは光の位置から見るにダム湖だ! この超埒外マイナスエナジーがあそこに到達したらっ、どんな事故が発生するか分からないよっ!」
「っ……!」
灰川はヘリの中でそんな部分など見ていなかった。狭い範囲でしか物事を見れていないが、アリエルはMID7としての経験値があり、そういった大きな部分を見る視野がある。
アリエルが見たダムから現在地はそれなりに離れているが、もしこのマイナス霊力が到達したら必ず悪い事が発生するだろう……想像したくもないような事態になる可能性も捨てきれない。
歪んだ霊力によって場所や物に悪い影響を及ぼす事例は多く、何もない筈なのに自殺者や発狂者が絶えない場所や、持っているだけで霊的な被害を受けてしまう呪物などがそれに当たる。
「誠治、実はな…ここの影響を受けてた可能性が高い奴が見つかった…、そいつは政治家の息子でな…先日に誠治を襲った連中の黒幕の可能性が高い…」
「~~! そんなっ…!」
「ハイカワが誰かに襲われた!? だっ、だいじょうぶなのっ!? ケガはないっ!?」
「その息子は元からロクでもない奴だったそうだが、ここの影響で更に酷くなった可能性があるんだとさ…」
アリエルには襲ってきた連中のやってきた事は話さず、日本のマフィアの下っ端のような連中に絡まれたと説明しておく。
アリエルは凄く心配してくれたが、すぐに助けが入って特に暴力なども振るわれずに済んだと言うと安心してくれたのだった。
「国家超常対処局はここをちゃんと管理してなかったんですかっ? こんなになるまで放っておくなんて、流石に杜撰が過ぎるっすよっ」
「管理はしていた、現にこうやって誰も入れないようにしてあるし、赤外線センサーなんかも管理小屋には設置してある……だけどな、この中にあった物が明治か昭和時代あたりに持ち出されていたらしいんだ…」
「「!!」」
国家超常対処局がこの場所を知る前に誰かがこの中にあった物を持ち出して、そこに長い時間の中で霊力のチャンネルが繋がってしまい、その物品の持ち主であろう政治家の息子に影響が出たようだ。
それでは確認のしようがないし、追いようが無い。国家超常対処局の落ち度ではないだろうが、それでもこんな状態になるまで放置していた言い訳には繋がらない。
「ここは3日前までは特に異変は無かった。悪い霊力はあったが、今まで通り時間を掛けて祓って行くつもりだったんだよ…それが一気にこんな状態になった」
放って置いた訳ではないし、祓いの計画に従って霊力を正してきた。それは確かに効果を上げていたらしい、しかし状況は急変して今に至っている。
国家超常対処局では既に内部にチームを組んでいる2名が突入したが、5分もしない内に退却してきて『我々では無理です…』と言って倒れてしまったらしい。
その2名も決して弱いなんていうことは無いし、他の任務では成果もしっかり出す信頼すべき人材だとタナカは言う。しかし今回も怪人Nの時と同じく相手が悪かったのだ。
「国家超常対処局は灰川協力員に援軍を頼み、MID7にも情報を漏らすという形で支援を頼んだようだ…MID7は独立国際秘密機関だから、正式な形での援軍要請なんて出来ない事情がある…こんな事になってしまってすまない」
そう言ってタナカはアリエルと灰川に頭を下げる。
秘密機関には様々なしがらみがあり、簡単に手助けしたりする事が現状では難しく、このような姑息で煩わしい手段を取ったという事なのだろう。
MID7は国家超常対処局に免罪符のヴァンパイアの件で借りがあり、実質的に要請を断る事は出来なかった筈だ。
タナカはこんな明らかに危険と分かり切ってる状況に、民間人である灰川と子供であるアリエルを巻き込みたくないと思っているのも伺える。
だからこそ灰川とアリエルに『続行したいか?』と聞き、嫌だと言われたなら命を懸けて任に当たると本気で考えていた。それは灰川にも分かっている。
もしそうなったら彼らの勝率はどのくらいだろうか?、地底城に何が居るんだ?、どのくらいの広さだ?、何をすれば安全域まで浄化できるんだ?、そういった疑問は尽きない。
だが、どんなに良く見てもタナカ達だけで挑んだ場合の勝率は高いとは思えない、実際に既に2人がやられてしまったのだ。
「もし浄化に失敗した場合は何が起こると踏んでるんですか?」
「悪意しかない霊状態だ、地中からダム湖の管理事務所に向かわれた場合は、ダム事故を発生させるような何かを職員に起こさせる事も考えられる」
「飲料水に利用されるダムだったら、水を魔水に変えられるかもしれないけど…その可能性はボクは薄いと思う。家庭に届くまで距離があり過ぎるからね」
ダム事故なんて起こされたら大規模水害、橋の崩落、電力網の寸断、それらによる病院などの施設の電力問題、急病人の搬送問題、どんだけ被害が出るか分からない。
アリエルの見立てでは飲料水が呪われたとしたら、むしろ好都合だそうだ。呪いが無数に分断されて限りなく弱くなるから、人間の霊抵抗力で充分に消せるように薄まる。
「俺個人の意見としては2人には断って欲しいと思っているが……明日の朝には地中からダムの管理施設に、この霊力が届く可能性がある状況だ。そうなれば…」
「でも…やっぱアリエルを連れて行くのは、俺は…」
アリエルは青ざめる、そうなったらどんな被害が日本の人達に出るか分からない。灰川はそれでもアリエルを連れて行くのは反対だ、いくら強い霊力があっても子供である事には変わりないのだ。
アリエルは考える、さっきは管理事務所の職員が霊力で操られる例を口に出したが、電子制御を直接に弄れる力があったとしたら……その悪い予想は的中してしまう。
「さっき話した政治家の息子だが、電子ドラッグ技術を手に入れている可能性がある。つまりここに居るナニカは霊的電子技術を手に入れている可能性があるんだよ…」
「…! ハイカワ! ボクはゼッタイに突入チームに入るよ! こんな場所はMID7だってジャック隊長と兄さんとボクしか入れない!」
電子ドラッグという霊的な技術を使った麻薬データがあり、その効果を解析されて電子霊能力を出に入れている可能性が出て来た。
電子霊能力は今の時代は超常現象には付き物で、エレベーターが勝手に動いたとか、インターホンを通して幽霊が見えたなんて物もその一角である。
しかし考えようによってはシャレにならない事態を引き起こす可能性も今後は考えられ、その例の先駆けとなってしまう可能性だってあるだろう。
もちろん普通だったらこんな事は考えられない、きっと多数の要因が重なって今の事態になってしまった。対処はしているが、人が行う事に絶対は無い以上はこういう事は起こりうる。
「まだ焦るなアリエル、もう少し詳しく話を聞くんだ。サイトウさんも合流してないんだしよ」
「うん、でもボクは必ず行くよっ! この中で戦力になれる人は少ないんだからっ」
国家超常対処局の者は今は海外に出ている者も居て、どうしても呼び戻しに応じられない者も居るらしく、現状の戦力はタナカとサイトウのみ。
局長は方々に手を尽くして緊急事態が発生した際に、迅速に地域の避難が完了するよう手を回している最中だそうだ。
雑に考えても、もしダムが崩壊なんて事になったら最悪だと2億立方メートルの水が下流に流出し、死者数は数千人規模から1万人以上に上る可能性もある。
東京都の水道水の10%以上を賄う上水道ダムでもあり、発電施設でもあるため経済損失も大きな物となるだろう。
「タナカさん、周辺の調査が終わりました。もしかしたら最寄りのダムの建設の際に沈んだ村も原因の一つの可能性が~~……灰川さんにリエルさんっ!?」
「こんばんはサイトウさん、少し話を聞かせてもらえますか?」
「富川プロデューサーさん、モデルのお仕事ありがとうございますっ。でも今は状況を聞かせてくれますかっ?」
どうするべきか迷っていた所に調査を終えたサイトウが到着し、状況はほんの少しだが進むのだった。
調査も対処も同時進行でやらなければ、にっちもさっちも行かない状況らしく、既にタナカとサイトウだけでは対処が不可能な状況なのも見て取れる。
状況をまとめるにも混乱気味だし、話もまだまとまりを欠いている。というかまとめる時間があるかすら怪しい。
どうするべきか、アリエルは連れて行きたくないが大きな戦力になる事は間違いない、広い視野もあるから解決には必ず役立ってくれる。
そもそもアリエルが行くかどうかの判断はアリエル自身が決める事で、家からの指示なのだから口出しする権利は無いのではとも灰川は感じる。所属事務所の所長ではあるが、芸能活動ではないのだから、やはり口出しは~~……と頭が混乱する。
とにかくもう少し話を聞かなければ、何も判断するべきでは無いだろう。まだ何かを決めるには早いし、地上での支援活動などの道もあるかも知れない。
灰川の力や聖剣の担い手の力をアテにしなければならない状況なのは分かる、しかし心持ちとしては穏やかでは居られない。
こうして灰川とアリエルは、多くの人の命が懸かってしまうかもしれない状況に巻き込まれていくのだった。




