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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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278話 佳那美とアリエルの初仕事

「灰川さんっ、前園さんっ、ただいま~!」


「ハイカワっ! 早くスタジオに行こうっ!」


 佳那美とアリエルが小学校から帰って来て灰川事務所に入る、ランドセルを仮眠室の中に急いで置いて『早く行こう!』と催促してきた。


「待て待て、まずは2人ともシャワーを浴びて着替えてからだって」


「えっ? そうなのっ?」


「スタジオでシャワーとかが使えるか分からないから、先に入っておいた方が良いって聞いたしな」


 そうでなくとも佳那美とアリエルは今日は体育の授業があり汗をかいている、衣服も小学校に行くための普段着だ。撮影の服は用意されてるとはいえ、普段着なのは頂けないかも知れない。


 やはりシャワーや着替えは必要だと思い、2人には佳那美の母から預かった服などを持たせてシャワー室に行かせる。


「じゃあ用意しておくから、しっかり髪の毛とか整えておいてな」


「うんっ!」


「分かった!」


 今は午後の3時くらいで、スタジオ入りの時間は5時過ぎなので時間の余裕はある。


 灰川は自分の事務所の本格的な初仕事という事もあって少し緊張しており、自分も新しいシャツを下ろしたり、スーツを直したりして準備をしていった。


「所長、私は定時になったら帰らせて頂きますので」


「分かりました、あ~、なんか緊張してきた…」


「サポートする側が演者に緊張を悟られたらいけませんよ、余計に緊張を与えてしまいますから」


「ですよねっ、気を付けます」


 緊張が元で仕事や大事な舞台が失敗する事も多い、サポート側は演者に緊張を与えないことも大事だ。


 その後も前園から今日の仕事の流れや向こうの要望を確認し、万全の構えで向かうよう心掛ける。


 やがて佳那美とアリエルがシャワー室から出て来て、しっかりと髪の毛をサラサラにし、服も可愛さがアップする感じの物に着替えて出て来た。


「じゃあ前園さん、行って来ますんで! 成功のお知らせ期待してて下さい!」


「前園さん、行って来まーす! 灰川さんっ、早く早くっ!」


「マエゾノさんっ、ガンバって来るねっ! 行こうハイカワっ!」


 まだ時間に余裕は全然あるのだが、子供特有の『楽しみな事は我慢できない』が発動して、灰川は急かされるように現場の撮影スタジオに向かわされるのだった。




 ハッピーリレーから借りた車を運転し、佳那美とアリエルを連れてスタジオに向かう。


 車で40分くらいの所にあるスタジオで、多彩な背景や小物類、グリーンバックなどのバックペーパー合成背景など、素人や趣味人から玄人やプロにまで使われる写真スタジオだ。


「どんなふうに撮ってもらえるんだろうっ? 帰ったらお母さんに教えてあげなくちゃ」


「ボクは親戚のモデルの人からアドバイスしてもらったよっ、最初はカメラマンさんの指示をよく聞いて理解しろって言われたっ」


 2人はシャワーを浴びて着替えて、しっかりと可愛さがアップしている。ちなみに佳那美の母は仕事で来れなくなってしまったと連絡が来ている。


 不思議な事に小学校から帰って来た直後は『元気な小学生』という感じだったが、着替えた後は『メチャクチャに可愛い子供』という感じに変わっている。


 人は服装で化けるなんて言ったりするが、女性というものは子供も大人も同じように、凄く化けてしまう生き物なのかもしれない。


 2人が使ったボディソープやシャンプー、コンディショナーなどは、前に利用させてもらった高級美容室レミアム・オーセンに配合してもらったものだ。


 実は昨日にレミアム・オーセンの顧客出張サービスを使わせてもらい、佳那美とアリエルは全身を整えてもらっている。今日はクラスメイトの男子の目をいつもより引いたのでは?とか灰川は思う。


 佳那美の肌や香りに合わせた配合、アリエルの髪の毛や雰囲気に合わせた香りの配合、それらによって肌のツヤや髪の滑らかさや輝きが一層にアップしている状態だ。


「よし到着だ、フォトスタジオのアセリオス、ここが今日の仕事場だぞ」


「ビルの中にあるんだよねっ、すっごく楽しみ!」


「ジャパンのフォトスタジオって、どういう感じなんだろうっ?」


 渋谷区内にある写真・ムービースタジオのアセリオス、ここは住宅街の近くにあるスタジオで、芸術写真家がモデル撮影に使うのにも好んで使われる場所だそうだ。


 10階建ての雑居ビルの5階と6階に入っており、多彩な背景や機材のレンタル、試着室なども当然ながら完備という良い環境が整ったスタジオだ。


 しかし各種のレンタル料なども掛かり、プロが利用すれば一回の撮影で数万円が掛かる事も割とあるらしい。


 エレベーターに乗って5階へ行き、受付を済ませる。


「すいません、今日に仕事の予定があるユニティブ興行の者なんですが」


「はい、伺ってますよ。では書類にサインして下さい」


 入場書類にサインし、佳那美とアリエルもサインが必要なので前に出る。


「こんにちわ! ユニティブ興行の実原エイミですっ、今日はよろしくお願いします、えへへっ」


「ユニティブ興行の織音リエルです、スタジオをお貸しいただき、ありがとうございますっ」


「うわぁ…めっちゃカワイイですやん…! こっちこそご利用頂きありがとうございます。今日は緊張しないで撮影を楽しんでお仕事してねっ」


 「「はいっ!」」


 受付のお姉さんもモデル業をしているのか綺麗な人だ、恐らくはモデルで身を立てようと努力しつつスタジオでバイトをしているのだろう。


 最初に撮影スタッフのカメラマンと助手に休憩室で挨拶する事になった。


「こんにちは、ユニティブ興行の所長の灰川です。今日は撮影の方、よろしくお願いいたします」


「実原エイミです、よろしくお願いしますっ。初めまして、えへへっ」


「ボクは織音リエルですっ、今回が初めてのお仕事なので、色々と教えて下さると助かりますっ」


 「「!!」」


 休憩室の中に居たのは40代くらいの男性カメラマンと、同じく40代くらいの女性のアシスタントと思われる人だった。


「よろしくお願いします、佐伯(さえき) 泰三(たいぞう)です。いやぁ…モデルのお2人があまりに可愛くて驚きましたよ」


「初めまして、佐伯 康江(やすえ)です。今日は夫ともどもよろしくお願いしますね、エイミさん、リエルさん」


 どうやら夫婦で出版社専属のカメラマンをしているらしく、2人とも取っつきやすい穏やかな性格の人達だった。


 カメラマンの泰三氏は人物専門の写真家として過去に名のある写真賞を複数受賞しており、妻の康江氏も普段はカメラマンとして風景写真などを多く撮影しているらしい。


 夫婦は今回の被写体である2人を見て驚く、剥きたての卵のような肌は1流モデルの肌と同じかそれ以上に綺麗に見える、髪の毛はサラッサラで水が滴るようだ。ショートカットの子すら髪の毛が流れるような感じがする。


 だが目の奥にはプロ写真家の光が宿る、それに灰川達が気付く事はないが、夫婦は被写体の2人をしっかりと心の中で値踏みしていく。


「今回の撮影なんですが、お2人には表紙撮影と巻頭のキッズファッションのフォトを幾つか撮影させて頂きます」


 何枚かの表紙から巻頭の写真の撮影なのだが、何枚も撮影して中から良いものを選ぶという方式のようだ。これが最も一般的なのだろう。


 撮影のための服は用意されており、海外や国内の子供服ブランドの衣服だそうだ。


 表紙は2人を前面の押し出しつつ背景合成をして仕上げるそうで、撮影には衣服のイメージに合った表情やポーズなどを細かに指定してくれるとの事だ。


「我々は撮影に対してテーマを持って臨む事が多いんですが、良かったらエイミさんとリエルさんもテーマに沿ったイメージを持ってくれると嬉しいかな」


「テーマって、どういう物なんですかっ? 凄くかわいくとか、すっごい笑顔で、とかですかっ?」


 疑問に思った事を佳那美がすかさず遠慮なく口にする、どうやら写真のテーマという物に興味を抱いたらしく、仕事のためというよりは純粋な好奇心から聞きにいったようだ。


「例えば今日の撮影で着てもらう、このランダムリブカーディガンとアーカイブタイル柄シャツ、ポンチギャザースカートの組み合わせ、どんなテーマがあると思う?」


「えっと、テーマって全体の雰囲気っていうか、そういうのですよねっ? う~ん、アーちゃんは分かる?」


「そうだなぁ~、ボクだったらこのファッションにどんなテーマを付けるかなぁ…?」


 泰三がファッションや写真のテーマを聞くと、佳那美とアリエルは考え込む。


 水色のサラリとした秋物カーディガン、青と白のコントラストと複雑なタイル模様が綺麗なシャツ、子供らしい可愛さと見栄えの良さが際立つブランドスカート。


 それらの組み合わせから見えるデザイナーの心意気や、どんな場面に着ていく事を想定した服なのか、それらの裏にあるテーマを考える。


 だが先に口を開いたのは灰川だった。


「このファッションの持つテーマは“高原”ですか? 写真のテーマは“憧憬(しょうけい)”でしょうか?」


「えっ…? 所長さん、知っていたんですか? でも写真のテーマは妻にも話してない筈ですが…」


「あ、いえっ、そんな気がしただけです! 当てずっぽうですよ!」


 灰川は霊能力を使って慎重に深く目の前に用意された服を見て、泰三が横に置いている仕事道具の幾つかも同じように強く霊視したのだ。


 どうやらデザイナーは非常に念を込めて仕事をする人のようで、注意深く見ると念が感じられた。


 私がデザインした服を着た子が幸せになって欲しい、健やかに元気に、優しく育つよう願うかのような温かい念が感じられたのだ。そのイメージの中に涼やかな高原で笑顔の女の子が元気に走る姿が見えた。


 泰三のテーマが分かったのは仕事機材から仕事に対する確かな真摯さが伝わって来たからで、機材に念が籠るくらいに写真業を愛しているのが見えた。


 最高の写真が撮りたい、己が心の底まで納得できる写真が撮りたい、俺と妻が撮影したモデルで世間を驚かせたい、そんな強い念が伝わって来たのだ。


 その念は確かな憧憬を持っているという事を示すもので、ベテランプロになった今でさえ写真という媒体に対する憧れを持っている事が分かってしまう。


 アリエルは今は霊能力を抑えており、その理由はモデルをやってる親戚から『霊視に頼った芸能活動は後で後悔する』と教えられたからだ。


 その親戚は霊視に頼って物や事象に宿った念を感じて仕事に活かしていたが、気が付いたら『答えを見て正解を実行するだけ』の人間になってしまい、凄く底の浅い人間になっていると気が付いたのだそうだ。

 

 ある時に全く仕事に対して愛のない人との撮影仕事が入り、念が全く無いから正解が分からず、NGを大量に出してしまった事があった。


 自分で正解を考えられないから、ただ焦る事しか出来ず、その親戚はそんな状態になっても、まだ念を探って正解を見ようとしていたらしい。


 その経験は本人の意識を大きく変え、それ以来は自身の考える力を鍛えて行ったそうだ。それもあってアリエルには芸能仕事で霊能力に頼るなと教え、家からもそれを推奨されている。


 灰川も芸能仕事で霊能力の乱用は良くない気がするが、今回は2人にテーマとかの意味を伝えるために使用しておいた。


 テーマとは作品に込める主題や考え方といったもので、少し抽象的な物であり、テーマの捉え方などは人によっても違うと2人に説明しておく。


「ハイカワっ、ショーケーって何? ショートケーキっ?」


「いや、憧憬っていうのは憧れるって意味なんだけど、憧れって言葉より明確で、強く目的のために頑張るみたいって感じか。ちょっと違うかもだけど」


「凄い憧れかぁ…ファッションの写真でどういう風にやれば良いんだろっ?」


 デザイナーが考える服のテーマ性、写真家が心の中で思い描くテーマ、出版社が思う誌面に最適な写真、購読者が写真から受ける印象、それらはきっとそれぞれ違うだろう。


 例え同じテーマを共有していたとしても、それぞれが考える物とは細かな違いが出て来る筈だ。


 モデルの仕事は依頼された事を依頼者の考えに沿って行い、最も適した写真などを提供するというものだ。


 様々な意識の違い、イメージの違いに応え、読者の目を引く一枚や話題になる一枚を撮ってもらう。


 そのためには写真家の技量や想像力、モデルの容姿は当然ながらポージングや表情を作る能力、そういった物が大事になるだろう。


 もちろんテキトーに撮影し、これで良いやくらいに思う写真家やモデルだって沢山いる。泰三や康江だってそういった仕事が全く無かった訳ではない。


 モデルが明らかにヤル気なしだったりするとカメラマンだって気は乗らない、そういう時は無難に撮影して終わらせ、当たり障りのない綺麗な写真を撮るのだ。


 それでも泰三はベテランプロであり、その程度の仕事でも凄く良い写真を撮影する。だからこそ有名出版社に専属カメラマンとして雇われている。


「カナミ、この服はハーフスマイルが良いんじゃないかなっ、高原でリラックスしながら楽しく遊ぶっていう、服のテーマに合うと思うよ」


「でも憧れもテーマだから、目線は少し遠くを見るオリエンタルな感じをイメージした方が良いかなっ? なんかムズかしいね~」


 佳那美とアリエルが話し合う中、灰川はカメラマン夫妻に要望はなるべく的確に伝えてあげて欲しいと頼む。


「もちろんエイミさんとリエルさんには指示はなるべく分かりやすくお伝えします、こんなにヤル気を出してくれて一所懸命に考えてくれてるんです。手を抜いたら罰が当たりますよ」


「最近は別雑誌の読者モデル撮影なんかも多かったんですが、自撮り気分で来る子も多くて…、今日は張り切って撮影させてもらいますね」


 モデルと言っても素人同然からプロモデルまで様々で、最近はモデル仕事の基本を知らない者も多いらしい。


 だが、その環境はカメラマンの『指示を分かりやすく伝える』という能力の向上に一役買っており、そのため今は写真家の方が素人でもそれなりに撮影できる能力が昔より上がっている。


 読者モデルも本気でプロモデルを目指す子と、遊び気分やバズ目的で来る子とでは意識が違うらしく、それぞれに適した撮影方法や雰囲気の作り方があるらしい。


 現場の雰囲気を作るのもカメラマンの大事な仕事で、これが仕事の出来を最も左右する場合も多いそうだ。モデルをその気にさせ良い意味で調子の波に乗せて、依頼に適した写真を撮影する。


 モデルを乗せられなかった時とかはプロ写真家が写真を見ると割と分かってしまうそうで、素人が見ても『なんかイマイチだな…』みたいに感じられる事も多いそうだ。


「じゃあそろそろ準備に入ろうか、佳那美ちゃんもアリエルも聞きたい事や分からない事があったら、佐伯さんにちゃんと聞くんだよ?」


「うんっ! よろしくお願いしますっ、泰三さん、康江さんっ」


「要望があったらボクとカナミに遠慮なく言って下さいっ、出来る限りガンバりますっ」


 佐伯夫妻は実はさっきから割と驚いてる、その理由はモデルの2人が凄くしっかりしている事だ。


 昨今は挨拶もロクにせず『はい、さっさと撮って』とか言う素人モデルが居たり、少し知識を付けた3流モデルが『そこは右から煽りで撮れって!』とか言ったりする奴すら居る。


 もちろん礼儀正しい子が多いが、子供モデルは内気で引っ込み思案な子も多く、あんなにハッキリと礼儀を持って、明るく真摯に仕事に臨もうとする子供は久しぶりだった。 


 普通なら母親とかが着いて来るものだし、今日だってエイミという子の方は母が着いて来るはずだった。しかし仕事で行けなくなったそうで、それでも落ち込んだりせず前向きに撮影に臨んでいる。


「康江、今日の子達は久々のスーパー大当たりな気がするぞ…もしかしたら最高の写真が撮れるかもしれないな」


「そうね、しかもリエルちゃんもエイミちゃんも凄い可愛いしっ…! あ~、もうどんな風に撮れば最高になるのか、逆に迷っちゃうわよっ…!」


 灰川が2人を連れて休憩所から出て行ったあと、2人は今からの撮影に良い意味で迷ってしまう。


 笑顔が良い、表情の柔らかさが良い、容姿の持つ雰囲気が良い、全てが最高レベルな上に気炎万丈、しかもイメージ力も高く思える。


 あの2人なら最高の仕上がりが期待できる、パソコンのフォト調整ソフトで編集したら逆に見栄えが悪くなりそうな気配すらある。


 写真家はいつだって『最高の一枚』を求めている、それはいつやって来るか分からない。夫妻はカメラマンとして美女も美男も見飽きており、今日だって実はそんなに期待していなかった。


 しかしエイミの無邪気な太陽のような笑顔、リエルの優しさと真面目さが宿るような笑顔、どちらもベテランカメラマン夫妻の心を打ち抜いた。


 今日は良い仕事が出来そうだ、その予感を胸に普段より一層の気合を入れて撮影準備に取り掛かる。

 別サイトの夏の投稿更新チャレンジに参戦します!

 1話の文章量が少なくなったり、姑息な手段を使って更新稼ぎをするかもしれませんが、ご了承ください。

 というかこの機会に1話分の文章量を減らせるよう頑張ってみたいと思います。

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