276話 変だけど楽しいデート!
灰川達が出掛けてる間、時を同じくして灰川事務所ではハッピーリレーの花田社長と事務員の前園が所長の灰川に代わって仕事をしている。
「どうなっているんだ……こんな事があり得るのか……」
「仕事の依頼メールと電話が大量ですね…」
花田社長と前園は灰川事務所に舞い込む仕事の質と量に大きな驚きを感じており、開いた口が塞がらない状況になっていた。
実原 エイミ(佳那美)と織音 リエル(アリエル)に、デビュー前だというのに昼と夜のドラマとCMの出演打診、複数の企業やテレビ局から多くの仕事依頼が舞い込んだ。
手風クーチェ(朋絵)はプレデビュー状態だというのに、有名商品の動画宣伝などVtuberとしては破格の企業案件が来ている。
「佳那美君とアリエル君には太陽放送から、番組化もされるジュニアダンス選手権の本命枠として出演の強い依頼が来たぞ…」
「テレビ局の仕事依頼も多いですが、キッズファッションモデル、キッズコスメモデル、企業のWEB仕事……どれもしっかりした所からの仕事ばっかりです」
「はぁ…ハッピーリレーにも1割でも良いから、これらの仕事が入ってくれればと思ってしまうよ」
砂遊は何もしてないため仕事の依頼は来てないが、表に出るようになれば同じようになるのだろう。
「他にも海外からも仕事を頼みたいという話も来たし、灰川君の事務所は本格始動の前から順調すぎると言えるな」
「正直に言って驚きました、灰川所長ってこんなに強い人脈や伝手を持っていたなんて…」
事業というのは良い収入の仕事が入り続ければ成功する、そのためには事業を起こす前の準備も大事だし、躍進には何年も掛かるし大変な思いをするのが当たり前だ。
その過程を灰川は太い伝手が出来た事によって飛び越えており、仕事の大きさだけで言えばシャイニングゲートをも凌ぐ程の依頼が幾つも舞い込んでる。
「前園さん、とりあえず内容は整理して灰川君に伝えておいて下さい、他にも整理しておかなければならない仕事が~~……」
「分かりました、受けきれない仕事はクライアントと相談の上で2社に回せないかとも添えておきます」
灰川が知らない所で状況は動き、想像以上に幸先は良さそうな雰囲気だ。
しかし所長である灰川は仕事契約などには素人同然のため、教えなければならない事が多くあると花田社長や前園は思っている。
灰川一行は昼食後に上野公園に行って散歩をしつつ、灰川の好きなオカルト関係の話をしている。
昼食は灰川が桔梗とコバコのデビュー配信へのゲスト協力として奢り、2人とも喜んで厚意を受け取ってくれたのだった。
「そういえばさ、私も最近はオカルト方面に興味が出て来て調べたりとかしてるんだよ」
「お、そりゃ嬉しいな。オカルトも色々あって楽しいからな」
「自分も都市伝説とか読んで怖いって思ったりしてるっすよ」
オカルトとは幽霊や悪魔とかの話ばかりではなく、神話考察から宇宙人や未確認生物などに至るまで様々な分野と絡んでいる。
「私が興味を持ったのは神話関係とか民間伝承のオカルトだよ、配信とか関係なく興味が出て2時間もネットで資料を見ちゃってた」
「神話関係も面白いよな、空羽は何に興味を持ったんだ?」
「方舟の話が面白かったよ、今でも色んな人が研究していて、神話としてだけじゃなく歴史や考古学にも結び付けて世界中で考えられてるんだって」
「神様が悪い人間が増えた事を嘆いて大洪水を起こすけど、良い心を持った一人の男とその家族、動物たちだけは方舟に乗せて助けるって話だな」
古い方の聖なる書物に記された物語で、今も宗教や国を問わず世界的に有名な話だ。
方舟が辿り着いたとされるトルコの山では船体の一部かもしれないと言われる物が発掘されたり、世界中の神話や伝承に同じような大洪水があったと記されていたり。
今も世界中の神話学者や歴史学者が言い争ってる物語の一つであり、その魅力は今も衰える事を知らない人気がある。
「シュメールの大洪水伝説とかは有名な叙事詩の粘土板に記載されてるし、ギリシャ神話やインドのヴェーダ文献にも洪水伝説が記載されてるぞ」
「水害が世界的に恐れられていたって事だよね、もしかして本当にあった事なのかもしれないけど」
「まあ、水害は絶対に恐れられてだろうな、今と違って何千年前とかは水害で多くの人が犠牲になったんだから」
昔は今とは比較にならないほど災害という物は恐れられており、超常的な力で洪水などを起こしたり収めたりする神話は世界各地に存在する。
それらが同一の世界的な災害だったとする説もあったり、実際には無かった説、書物に記されてる場所とは別の場所である説、宗教家も学者も議論は今でも白熱してる。
何千年も前の洪水の痕跡が神話の舞台となってる場所で発見されており、方舟が流れ着いたとされる山で何千年も前の木片が発見されたので、神話ではなく実話だった説もあり様々だ。
「もちろんオカルトっぽい話も沢山あるぞ、方舟は地球だった説とかな」
「地球? 地球が方舟として神様に作られた説だってこと?」
「なんかそれって壮大っすね!」
地球は方舟として作られた神の生命保存装置であり、大洪水とは地球規模ではなく宇宙規模の何らかの災害だったという説だ。
オカルトとして面白く、灰川としては興味を持った話だった。
「もちろんオカルトの話だから真面目に受け取るなよな。他にも方舟の逸話は未来に起こる出来事の説とか、方舟は古代文明の宇宙船だった説とか、色々あるんだぜ」
「何だか凄く興味出て来ちゃったかも…! 灰川さんってこういう方向にも詳しいんだねっ」
神話を一つとっても様々な歴史や考古学、オカルトの話が無数に出て来る。
神秘という物に人は惹かれるし、オカルトだって神秘性が含まれる話は多く、空羽はそっちの方面に少し興味があるようだ。
「自分はやっぱ都市伝説が面白かったっす! 口裂け女とかトイレの花子さんとか」
「おっ、鉄板ネタの都市伝説だな、どっちも有名だしファンも多いぞ」
口裂け女とは昭和に日本で流行った都市伝説であり、日本中の子供を震え上がらせた存在だ。
あまりに怖がる生徒が出たため集団下校を実施する学校が出たり、口裂け女が嫌うとされるポマードという整髪料を子供が購入したり、口裂け女が好きとされるべっこう飴を常に持つ子供が出たりしたそうだ。
トイレの花子さんも超有名な都市伝説で、学校のトイレに出るとされる女の子の幽霊だ。
発祥は諸説あり、1950年くらいに岩手県で発生した怪談が元ネタとされたり、東京で戦災に巻き込まれた少女の霊だという説、その他にも多くの説がある。
「話も所によって様々でよ、呪い殺されるとか、呪文を唱えれば大丈夫とか、家のトイレにも出るようになるとか、バリエーションが豊かなんだよな」
「そうみたいっすね! 他にも異世界鏡とか井戸の話とか~~……」
神話も歴史もオカルトも人の心を掴んで離してくれない存在だ。それらから学びを得たり純粋に楽しんだり、時には荒唐無稽としか思えない説を真面目に考察してみたり、楽しみ方は人それぞれ。
3人でオカルトの話をしつつ、空羽と来苑は当初の目的を忘れてオカルト談義に花を咲かせる。
幽霊あり、神話あり、都市伝説あり、宇宙人あり、何でもありなのがオカルトの魅力だ。少し探せば興味のあるオカルト話の一つくらいは見つかる人も多いだろう。
「伝説で神話だと思われてた話が、一部は本当にあった可能性が非常に高いものだったなんて話もあるしな」
「トロイア戦争だよね? 今でも発掘調査がされてるらしいもんね」
「都市伝説が本当だった事があるんですかっ? すっごっ!」
長らく神話や伝説だと思われてた事が本当だったという事例もあり、中でも有名なのが古代ギリシャのトロイの木馬で有名なトロイア戦争だろう。
もちろんホメロスの叙事詩に記された神々がどうとか、この戦争で活躍したとされるアキレウス等が存在したかどうかは分からない。
しかし19世紀末にトロイアから遺跡が発掘され、叙事詩は全てが架空のものとは考えづらい状況となったのだ。まさに伝説は実話だったという例の代表格である。
「だから都市伝説とかも、もしかしたら本当かもって思っちゃったりするんだよな。流石にトロイの木馬と同列には考えられないけどよ」
「オカルトとかって嘘がほとんどだと思ってたけど、調べてみたら本当だった事とかもあって驚いたんだよね」
「今の怪談とか都市伝説とかも、もしかしたら本当の事が混ざってるのかもっすね! 配信でこういう話とかしてみたいっすね~」
ちなみにトロイア戦争は今でも歴史学会などで議論されてる題材であり、論文の発表の時に学説のぶつかり合いで学者の取っ組み合いの喧嘩騒ぎがあったらしい。
それが新聞に載った時には『現代のトロイア戦争開幕!』とか言われたそうだ。アキレウスとヘクトールに『何千年も前の話でお前らがケンカするな!』と怒られてしまいそうな気がする。
空羽は興味ある題材が一つ増えちゃったとか考え、今度に調べてみようなんて思ったりしている。
「ふふっ、なんか灰川さんと一緒だと、考えてた通りに事が進まないな」
「え、そうなのか? どこか行きたい場所とかあったとかか?」
「いや…そのぉ…、何と言いますかぁ…」
空羽と来苑は2人で灰川の心が自分たちに向くように今日は策を立てていたが、灰川と会話するのが楽しくて思うようには行ってない。
空羽は好きになった人に対しては自分のペースが完全には発揮できないという事が分かり、少し戸惑いつつも新鮮な楽しさを感じてる。
来苑は最初は灰川への好意からぎこちない感じになっていたが、今は会話の楽しさや普段とは違ったリラックス感を満喫できていた。
2人は灰川と居ると楽しくて落ち着くし、自分たちの知らない話や考えを知れて学びになると思えていた。
何かを教えられるというより、色んな事を知りたくなる興味の欲を刺激されるというか、なんだか不思議な人だと感じている。
不思議ではあるけど変人という感じでもなく、でもよく考えると変人かもと思ったりするが、やっぱり好感度が下がるような事は無い。
「来苑、なんだか毒気を抜かれちゃったね。今日は灰川さんの気持ちをどうこうするとか止めて、普通に楽しんじゃおっか?」
「そ、そうっすねっ…、でもチャンスがあったら少し何かアプローチしてみたい感じもするし…どうしよっか迷うっすねっ…」
物事なんて計画通りに進むことなど少なく、そこに感情というものが加わってしまえば尚更だ。
ならば今を楽しんで、灰川に好意がある自分というものに慣れておこうという方針に切り替える。自分と相手を知らなければ心の駆け引きの成功率は下がる、今は下地を整えて再度にチャレンジだと考えた。
しかし灰川を落とすまでのリミットは設けておきたいとも思う、出来る事なら秋が終わるまでには射止めたいと空羽は考えていた。
「にしても上野公園って良い場所だよな、前に市乃と美術館に行った時に少し来たけど、なんか落ち着くんだよな」
「市乃ちゃんと一緒に来たんですか!? しかも美術館デート…」
「呪いの絵のレプリカを見に来たんだっけ? あの時も楽しかったって市乃ちゃんが言ってたよ」
思えば皆との思い出がけっこうあるんだなと灰川は感じる、今だって空羽と来苑と一緒に歩いて思い出を作ってる最中だ。
上野公園は散歩に丁度良い場所で、都心だが木々の緑が感じられる人気のスポットだ。
公園内にはカフェがあったり、不忍池には貸出ボートがあったりして、気分転換にもデートにも良い感じの場所である。
「そうだ、せっかく上野に来たんだしボートにでも乗ろうかっ? 灰川さんが居るから漕いでくれると思うしね、ふふっ」
「お? じゃあ乗るか? ボートとか漕いだ事ないけど大丈夫だろ」
「良いっすね! 自分がお金出すっすよ!」
3人とも乗り気になって不忍池に向かい、ボート乗り場に行ったのだが。
「まさか3人乗りボートが全部貸し出し中だったなんて…」
「足漕ぎのアヒルボートはあったけど大人は2人までだったしな…」
「3人乗りは手漕ぎのローボートだけだったんすね…」
上野公園の不忍池は都心でボートに乗れる人気のデートスポットだ、今日は祝日という事もあってカップル客が多く、全て貸し出し中となっていたのだ。
「まあ、こういう事もあるって。せっかくだし上野のアメ横でも見ていくか?」
「さっき見たけど人が多過ぎだったよ、あれじゃまともに歩けないかも」
アメ横も今の時間は人も多く簡単には歩けない、そのためどうするか少し悩むが。
「あっ、そういえばウエハース買おうって思ってたんだっ、忘れてたっす!」
「ウエハース? 来苑ってウエハース好きなのか?」
「そこまで凄い好きって訳でもないっすけど、シャイゲのカードがオマケで付いたのが発売されてるんすよ。それを買おうと思ってたんです」
オマケのシールやカードが付いたお菓子は昔からの定番であり、今はアニメやゲームとコラボしたお菓子も沢山売られている。
その中にシャイゲVtuberのイラストカードなどを付属させた物が発売されてるらしく、コンビニやスーパーなどで買えるようなのだ。
「別にいらないんじゃないか? 来苑ならいつでも本人達に会えるじゃん、っていうか自分もその1人なんだし」
「そういう事じゃないっすよっ、自分でやってるから欲しいと思うんですって! それにナツハちゃんとか可愛いと思いますしっ」
「本人がそこに居るけど良いのか?」
当事者だからこそ欲しいと思う感情は割とありそうだ、灰川だってもし自分のグッズとか出たら10個くらい買うかもとか思ってしまう。
だが来苑はこれまでに竜胆れもんグッズが何個も出ており、シャイゲ全体のグッズなんかも多い。そういう身分でも欲しくなるものなのかと少し思う。
「今回は第2弾なんだけど、前よりイラストに力が入ってて人気が出てるんだよね。私も少し買ってみようかなって思ってたんだ」
「そうだったのか、なら有名なお菓子屋があるから行ってみるか?」
「上野ってお菓子で有名なお店があるんですかっ? そこ行ってみたいっすねっ!」
「アメ横の中だけど品揃えは全国でも指折りだからよ、ゆっくり行って見て来ようぜ」
上野は問屋なども多いし、様々な食品を売ってる店が多くある。観光地化してる部分もあるが、買い物の街という面は今も健在である。
食品はもちろん、輸入衣服や雑貨、靴や装飾品、化粧品や日用品など売ってる物も店も多い。
雑多な感じがする上野商店街の雰囲気や風景が好きだと言う人も多く、電車や人の喧騒に囲まれながら活気をもらいつつ買い物が出来る街というのが人気の秘密かもしれない。
「よし着いた、ここがマキの菓子だ!」
「あ、なんか聞いた事あるかも」
「思い切った店の名前っすね~、うわっ、店先からお菓子がいっぱい!」
上野では有名なお菓子問屋であり、品揃えも品数もお菓子に関しては全国有数の豊富さの店だ。もちろん安さにも力を入れており、物によっては定価の半額くらいで買えてしまう物もあるようだ。
「お目当ての物ってこれか? 10人くらいシャイゲのVのイラストが描かれてるな」
「これっすね! 何個か買って来ますんでっ」
そう言って来苑は5つくらい持ってレジに向かい、灰川と空羽は周辺にあるオマケ付きお菓子をじっくり見る事にした。
「そういえば新番組との連動商品もグッズで出すってマネージャーさんが言ってたよ、どんなの出すんだろう?」
「ポスターとかオマケで付いたら嬉しいかもな、巨大なウエハースになっちまいそうだけど」
「連動グッズはウエハースって決まった訳じゃないんだけどね、ふふっ」
こうして見ると色んなオマケ付き商品が売られている。キャラメルやガム、クッキーなども何かとコラボした商品が多くあり、今はこういった物は特別じゃないんだなと思える。
アニメやゲームのコラボ商品はウエハースが多く、オマケはここでしか手に入らない限定カードが主流のようだった。
「せっかくだから俺も買おうっと、ナツハとれもんと小路が出たら嬉しいんだけどなぁ」
「ふふっ、そう言ってくれて嬉しいな。出ると良いねっ」
そのまま灰川は5つほど購入し、空羽も同じく5つを購入する。
こういった物は程々に集めて楽しむのが王道だ、目当ての物が出るまで購入するというのはスマートじゃないと考えているのが灰川という男である。
店から出て来苑と合流し、1個くらい何処かで開けてカードを見てみようと思ったのだが。
「ふぁ、どーむぉ、ずぃぶんは、めいっつぁんたつぃの当たっふぁっす!」
(あ、どーも、自分はメイちゃん達のが当たったっす)
「もう開けて食ってんのかよ! 判断が早くて良いな!」
「来苑、何言ってるか分かんないよ、あははっ」
既に来苑は包装を開けてカードを取り出し、ウエハースをムシャムシャと食べながら戦利品の確認をしていた。
普通だったら好意のある人の前でこんな立ち回りはしなさそうな物だが、この数時間で来苑は灰川と今まで以上に打ち解けており、素の自分が結構出るようになっていた。
「あっ、す、すいません灰川さんっ、本当は一個だけ開けるつもりだったんすけど…一個開けたら次もってなっちゃって~…」
来苑は普段はさっぱりとした性格であり、思い立った事はすぐにチャレンジしてみるみたいな部分もある。
灰川は好きだが、今日の立ち回りは楽しむ事を重視する方向に切り替えた反動か、こんな一面が出てしまったようだ。
「まあウエハースは小さいし5個くらい軽いよな、向こうに行って俺も開けてみっかな!」
「私も開けちゃうね、誰のカードが入ってるかな、ふふっ」
「うぅ…なんかすっごい恥ずかしい所を見られちゃったっすねっ…」
来苑は顔が赤くなってしまってるが、特に灰川は何も思わないし好感度が下がるような事はない。むしろ活発で良いじゃないかとすら思う。
店の横で3人がたむろすると迷惑になるかも知れないので、少し離れた人の少ない場所で開けてみた。
「おおっ! ナツハちゃんとれもんちゃんと小路ちゃんが当たったぞ! しかもシークレットも当たったし!」
「うそっ? 私が欲しいって思ってたの全部当たっちゃったの!? 凄いね灰川さんっ」
「自分はメイレム・ファリアちゃん3枚と礼緒花 ユイカちゃんが2枚だったっすよ! 灰川さんズルイっす!」
灰川は自由鷹ナツハ2種類、竜胆れもん1種類、染谷川小路1種類、トップ3人の特別イラストのスーパーシークレットが1枚と、仲の良い3人のカードが全て揃ってしまった。
「私のには何が入ってるかなっ、こういうのって開ける時にワクワクしちゃうよね」
「空羽でもこういうの楽しいって思うんだな、なんか意外かもだぞ」
空羽も来苑も買おうと思えばダース単位で買っても財布は痛くも痒くもないだろう、灰川だって大人だからコンプリートしようと思えば出来る。
しかし開ける時は楽しいし、やっぱりワクワクするものだ。これは金のある無しの問題ではないのだろう。
「薔薇咲ロズさんと錬街リナスさん、あとは~……」
「俺が3人のカードを全部引いちまったのか、悪いなぁ」
「ううん、誰のカードが当たっても嬉しいよ。みんな仲間なんだしね」
空羽が購入したウエハースにも3人のカードは入っておらず、5枚とも他の所属Vのイラストカードだった。
こうなると不思議なもので、最初は大して収集欲など無かったのに無性に当たりを引きたくなってしまう。目当てのカードが1枚も出なかったのが大きな要因だろう。
「私、もう一回だけ買って来るね…なんか凄く悔しい…」
「お、おいおい空羽、まだウエハースが2枚残ってるぞ」
オマケ付きお菓子には当然だがお菓子が付いて来る、それを食べるまでがオマケ付きお菓子という物だ。
「うん、美味しい。じゃあ買って来るねっ」
「ささっと食べちまったな…よっぽど悔しかったのか」
「自分も買って来るっす、このままじゃ引き下がれないっすからっ」
結局は3人揃って店内に行き、また先程のお菓子売り場を目指す。
その途中で灰川が年長者として2人にオマケ付きお菓子に対する注意を促した。
「目当てのカードが欲しいのは分かるけどよ、こういうのは程々にするのが~~……こ、これはっ!」
さっきまで陳列されて無かった商品が増えており、棚には『世界オカルト不思議カードウエハース』という商品が置かれていた。
「オカルトマニアの一部でカルト的な人気を誇るウエハースじゃねぇか…! まさかこんな所でお目に掛れるなんてなっ…!」
「お菓子の問屋だからこそお目に掛れたんだと思うっすけど、灰川さんもまたウエハース買うんですか?」
「欲すぃ…でも節度ってもんがあるし、シャイゲウエハースで大当たりを引きまくったんだし…」
「節度を守って程々にって言ってたけど、不思議ウエハースの方はまだ買ってないから良いんじゃないかな?」
程々にとか言った手前があるから買いにくい気持ちがあるが、空羽の言う通り『これはまだ買ってないからノーカウント』という気持ちもある。
「私はまた5個買ってこようっと、今度は当たると良いな」
「自分も5個っすねっ、シークレットが出ると嬉しいんだけどなぁ~」
「俺も5個だなっ、こういうのって見た時に買わないと次もあるか分からんし」
結局は3人でシャイゲウエハースと不思議ウエハースを買う事になり、またレジに向かうのだった。
「またメイちゃんっす…ナツハちゃんも小路ちゃんも出ないっすよ~!」
「私はミリシャ先輩とレブラ先輩…よりによって苦手な先輩がダブっちゃった…」
「お、ヴォイニッチ手稿と隙間女とロードス島の巨像が当たった! もう2つは~~……」
「なんか不思議の振り幅が大きいウエハースだね、ちょっと気になるかも」
空羽と来苑は目当てのカードがまたしても出ず、灰川も狙っているカードの『東京リバースピラミッド』のカードが出ていない。
「ちくしょ~、もう一回だ! 腹いっぱいだけど、このまま負けてられるかってんだ!」
「こうなったら箱買いしようかなっ、絶対に当てたいしね」
「自分も思い切って箱買いします! 引き下がれない~!」
結局はウエハースはこれ以上は食べ切れないので、箱買いして各自で家で開けるという事になったのだった。
何が入ってるか分からない、これも神秘の一つなのだろうか?
中身が分からないから欲しくなる、知りたくなる、なんだかオカルトや神秘を求める人間の性質に似た何かを感じてしまう。
「楽しい時間ってあっという間だね、もう夕方なんだ」
「午後は上野公園を散歩してからウエハース食べまくって、お腹を整えるために上野公園にまた行ってでしたね」
「なんか変な午後になっちまったなぁ、俺は楽しかったけどな!」
空羽も来苑もプロポーションとかは気にしてるのだが、ウエハースを7枚づつも食べてしまっていた。どうしてもその場で開けたい欲に勝てなかったらしい。
残りの3枚づつは2人で「灰川さん、あーんして?」とやって、体よく灰川に食べさせてしまってる。もちろん灰川は内心でニヤニヤしながら食べさせてもらった。
「じゃあそろそろ帰るか、明日も学校とかあるんだろ?」
「私は夜まで遊びたい気分だよ? 灰川さんも居るから補導とかされても安心だしね」
「自分も今日は完全オフなんで配信もないっすから、夜まで出掛けてても大丈夫っすよ」
「それはダメだって、誰かにバレて良からぬ噂でも立ったらどうするんだっての」
最近の高校生は夜遊びは普通の事らしいが、明日は2人とも学校だし配信や仕事もある。それに余計な噂でも立ってしまったら2人に申し訳が立たない。
好意を持ってくれてるのは凄く嬉しくて幸せな事だが、そこは線を引いて行動しないと2人と周囲の今後にだって関わってしまう可能性がある。
「私たちのことを考えてくれてるんだね、ありがとう灰川さんっ」
「そういう気持ちが嬉しいっす、だから、そのぉ…」
来苑は灰川と話す事にも慣れて来て、今は前より恥ずかしがったりせず普通に話す事ができている。これも今日という日があったからこそだろう。
「じゃあ灰川さんのアパートに帰ろうか、それなら良いよねっ?」
「えっ、いやダメだって! なんで俺の家なんだよっ?」
「だってオモチとにゃー子ちゃんに会いたいしさ」
「また今度に会って良いからっ! そもそも明日は割と忙しいだろっての、ちゃんと夜は休んどきなさいって!」
「自分も猫ちゃん達に会いたいっす! 行っても良いですか!?」
「ダメだって! 来苑も明日は忙しいんだから!」
こうして3人の仲は深まり、騒がしいデートの日は楽しく過ぎて行った。
空羽と来苑は当初の予定では灰川の心にもっと迫る予定だったが、それは楽しい雰囲気のせいなのか今度の機会にしようという事になった。
道すがらに手を繋いだり、お化け屋敷で抱き着いてみたり、来苑に至っては桜を見習って胸を少しばかり押し付けてみようかなんて思ってたりしたのだ。
それでも灰川の心が籠絡できなかった場合にも色々と考えてたりしたのだが、2人で先走ってそれをやるのは何だか違うような気がした。
「来苑、やっぱり灰川さんのことが好きだから、今度はもう少しプランを練ってチャレンジしよう?」
「その方が良さそうっすね、なんだか毒気を抜かれちゃったような感じがしたっすよ。不思議な人ですよね」
お化け屋敷とかオカルトトークとか、今日は色々と楽しかった。
自分たちの事をしっかり考えてくれてるのも分かって嬉しかったし、今日で2人は前より灰川に立体感のある魅力を感じるようになった。
異性に軽い気持ちで手を出さない硬さも良い部分だと思う、だがもう少し柔らかく考えてくれても良いんじゃないかとも思ってる。
灰川に対しての確かな手応えもあり、灰川は明らかに自分たちを『そういう対象』として見始めてるとも確信できた。
本当は自分たちが好みじゃないから普通に接してるのかとも思ったが、実際には我慢してる部分が多々ある様子が垣間見えたのだ。
「灰川さん、私がニーハイ直す時に視線が足に行ってたよね、ふふっ」
「そ、その…灰川さん、自分の胸にもたまに視線が行ってたっす…!」
灰川だって男性であり、そういった部分にはどうしても目が行ってしまう。
女性が男性のそういった視線に敏感なように、男性は女性の仕草や距離感などによる自身への信頼感や好感を敏感に感じ取る。
灰川は今日の2人が自分に寄せる信頼や好感を無意識的と意識的の両方で感じ取り、どうしても2人に異性としての魅力を感じずに居られなかった。
手応えはあった、その事を実感して2人は安心しつつ喜んでいる。
「おーい、どうしたんだ? そろそろ行くぞー」
「うん、じゃあ帰りは手を繋いじゃおっか? 今なら本当に両手に花になっちゃうね、ふふっ」
「そ…そのぉ…、自分も、もし良かったら~…」
「からかうなって、両手がウエハースで塞がってんだからよ」
「あっ、確かにそうだねっ。荷物とか持ってもらってありがとう、灰川さん」
結局は手すら繋げないまま今日のデートは終了してしまったが、確かな前進の感覚を2人は持っている。
後は市乃たちにも相談しつつ、今後の動きを決めていくつもりだ。
「今日は凄く楽しかったよ、付き合ってくれてありがとう」
「灰川さんっ、また次も一緒に出掛けて下さいっすね!」
「おうよ、俺の方こそ楽しかった、こんな冴えない奴と一緒に歩いてくれてありがとうなっ」
今日は突然のお出掛けという事もあって行き先なども行き当たりばったり、昨日に2人が相談したプランも上手いこと作動はしなかった。
だがお化け屋敷に心霊体験に、仕事トークや普通トークにオカルトトーク、オマケ付きお菓子のドタバタなど思い出に残る日だったと感じている。
急ぎはするが焦りはしない、その事を胸に進んで行こうと空羽も来苑も改めて思ったのだった。
暑すぎて体力がヤバイです!
中途半端な内容になってしまいましたが、暑さのせいだという事にしたいです!
今年は暑すぎでしょう!




