274話 3人遊園地デートの始まり
灰川達は神宮を後にして東京ビッグドーム近くにある遊園地、『東京ネオパークタウン』に来ていた。
祝日とあって人は多く、家族連れやカップル客、友達と遊びに来た高校生や大学生など色々な人達が訪れている。
「ドームには来た事あるけど、パークタウンに入ったのは初めてだな。思ってたよりしっかり遊園地なんだなぁ」
「うん、私は前に来た事があるんだけど、アトラクションもいっぱいあって面白い所だよ」
「自分はここは来たことなかったっすね、ディズナーリゾートの方は何度か行ってますけど」
ここは入場料は無料だがアトラクションを利用する時は料金が掛かるという仕組みで、誰でも自由に園内には入る事が出来る。
3人はスマホでアトラクションチケットを購入しており、午前中は遊園地で幾つかのアトラクションを楽しむ予定だ。
「天気も良いし賑やかで良い場所だな、なんか遊園地とかって独特の雰囲気があって活力もらえる感じするぞ」
「若い人が多いしね、子供連れのお客さんも多いし、楽しい雰囲気があるもんね」
「あっ、あのジェットコースター、ネットCMで見た事あるっす!」
ジェットコースターに観覧車、ウォーターコースターやメリーゴーランドなど様々なアトラクションが目白押し。
あちこちで子供が笑顔で元気にはしゃぎ回り、親はそんな子供を忙しく見守りつつ子供の笑顔に癒されてる。
カップルは手を握ったりしながら、何に乗る?とか笑顔で話し合い、恋人同士で楽しい時間を過ごしてる。
友達と遊びに来た者達は写真とか撮りまくりながらSNSにアップしたり、お目当てのアトラクションに並んだりして楽しそうにしてる。
しかし、そんな遊園地にも例外的に陰鬱で陰惨な感じの場所がある。それは勿論お化け屋敷だ。
「ここのお化け屋敷って期間で内容が変わるらしいよ、今やってるのは評判も良いみたいだね」
「和風とか洋風とか、お化け屋敷も色々あるんだよな。俺はやっぱ和風の方が好きかもだ」
「自分もお化け屋敷は好きですよ、初等部の遠足で遊園地に行った時に友達と一緒に入ったっすね!」
お化け屋敷は遊園地によって特色があったりするし、今は期間によって中が変わったり順路が変わったりする所も珍しくない。
子供向けの物もあれば大人がゲッソリするくらい本格的な物もあり、ネオパークタウンにあるお化け屋敷は後者の本格的なものだ。
「お化け屋敷は待ち時間があるから、それまで何か別のに乗ろうよ。せっかく遊園地に来たんだからジェットコースターに乗りたいな」
「3つのアトラクションに入れるチケットだしな、じゃあジェットコースターに行くか? 来苑はジェットは大丈夫か?」
「大丈夫っすよ! スリル系の乗り物は好きですしね!」
お化け屋敷はここに来る前に3人とも入りたいと言い、怖さを体感しようという事で入場は決まった。
しかし季節的にもお化け屋敷目当ての客は多く、少し待つ事になってしまう。順番チケットをもらって時間が来たら入場という形式で、それまでは自由に動けるので他のアトラクションを楽しむ事にした。
「そういやシャイゲって遊園地とコラボしたりの案件とかあったよな、その時に来たりしなかったの?」
「それは姫田 ゼロルさんとかアリアム・アサギさんとかの案件だよ。あの時は遊園地とか水族館とか、色んな所とコラボした同時開催イベントだったから」
「あ~、そういやそうだったな! みんな何かしらの形で全部に関わってんのかと思ってた」
夏休み期間中にシャイニングゲートは様々な案件をやっており、その中にはイベントへの協力などの内容もあったのだ。
この時に灰川は忙しかったり疲れてたりで、あまり詳しくそれらを把握して無かった。把握してたとしても金が無かったのでイベントには行けなかっただろう。
本来なら外で仕事の話はNGなのだが、今は周囲に人が居ないのOKとしておく。それに喧騒もあるから人が居ても聞こえない環境だ。
「空羽先輩はプラネタリウムのナレーション音声と楽曲提供で、自分は水族館のお仕事をもらって、ナビ音声とイルカショーとフィッシュショーに楽曲の提供してたっす」
「あのイベントは凄く好評だったよね、桜ちゃんは大手チェーンの本屋さんでオリジナル絵本の朗読音声を店内に流すお仕事だったよね」
夏休み中にはイベント仕事がシャイニングゲートに複数入っており、どれも好評のうちに終わっている。
ナツハはプラネタリウムでのナレーションをして、限定グッズも販売して多くのファンや客を来場させ、自社と取引先の売り上げと話題性に大きく貢献した。
れもんは水族館のナビゲート音声を録音したナビヘッドホンのレンタル、イルカショーとフィッシュショーへの楽曲提供をして、やはり多くのファンを水族館に導いた。
小路は自作絵本の朗読音声を大手の本屋に流し、子供達やファンに落ち着くゆったりとした話と声を届けてる。
その他のメンバーも様々なイベントに参加して盛り上げ、益々の活躍をしてシャイニングゲートは話題性を上げつつ、自社と各所に収益と宣伝の大きな利益をもたらしている。
特にグッズの売れ行きもイベントの時は伸びる傾向があり、小路などは自作絵本や小説の販売数も大いに伸ばした。
「私も遊園地のお仕事したかったけど、プラネタリウムの会社さんから絶対にナツハさんでお願いしますって言われたみたいなの。凄く嬉しい事だよね」
「マジか、でも確かに空羽の声だと遊園地よりプラネタリウムの方が良さそうだな。プラネタリウムって眠くなる時あるしよ」
「遊園地はお酒が好きの人限定の案件規約があったそうなんですよ、その時にちょうど遊園地内でビアホールが開催されてたらしいっす」
「来苑だったら遊園地の案件は良さそうだけど、イルカショーとかの音楽も合いそうだし、結果としては良かったのかもな」
「私はプラネタリウムには行ったんだけど、れもんとコラボした水族館には行けなかったんだよね。残念だったって今も思ってるよ」
先方の予算や商業戦略などもあるのでコラボ期間はそんなに長いものではなく、期間としては1週間くらいだったそうだ。
それでも大きな仕事には変わりないし、その際の報酬も良かったので会社も空羽たちも潤った事だろう。
冬休み期間のイベント案件も既に結構な数が来てるらしい。むしろ夏休みイベントで上げた利益の話が商業界隈に広がり、依頼数は増えてるそうだ。
これらは灰川が関わった仕事ではないし、灰川の伝手が影響してる訳でもない。元からシャイニングゲートは灰川が居なくても問題なく運営できる会社だ。
しかし渡辺社長が目指す境地に至るには知名度や利益だけでは足りないのだ。株価の安定や太い案件を継続的に受けられる灰川という伝手は、本人が思ってる以上に重く大事な物である。
夏休みのイベントの数々だってシャイニングゲートは決して楽に進められた訳ではなく、その裏には多くのスタッフや関係者の苦労がある。
「でもさ、案件を受けすぎると配信で上手くやれない時もあったりして、そこは悩み所かな」
「分かるっす! お金にもなるし仕事もらえて嬉しいっすけど、面白い事が思い付かなくなる事がありますもんねっ」
ナツハは非常に質の高い面白さや可愛さのあるVtuber配信が売りで、れもんは3分に1回は笑い所があって退屈しないとまで言われる配信が売りだ。
企業案件を受けると打ち合わせなどを重ねて無意識に頭がそっちに行ったり、疲れなんかも出たりして配信に影響する事があるらしい。
「いや、2人の配信は調子が乗らない時でも、ほとんどの配信者とかVtuberの配信より面白いぞ」
「そうかな? そう言ってもらえると嬉しいけど、自分だとどうしても気になっちゃうな」
「自分もそうっすね、後からもっと面白い事を言えたとか考えちゃうっす」
空羽と来苑はトップの2人であり、企業勢も個人勢も問わずほとんどの配信者より面白い配信が出来ている。
しかし自分たちは調子に乗れなかった配信の後は気になったりするらしく、特に今はnew Age stardomの収録なども毎週のようにあるので、その頻度は増えてるらしい。
傍から見れば空羽などは不調でも分からないし、来苑は波はあるけどつまらないと言えるような時は無い。
「でも視聴者数も収益も下がってないし、むしろ番組の影響で上がってるよな。それに配信の技量だって明らかに前より上がってるだろ」
「えっと、どういう所が上がってるのかな? そこも教えて欲しいかも」
「例えばよ、ナツハの配信は確かにスベる事を言っちゃったり、ゲームプレイで失敗する時もあるけど、頻度は少ないし上手いセルフフォローが出来てるじゃん」
「うん、前の配信の時にギャグがスベっちゃって、その後にギャグ言ったんだから笑ったってコメントしてよ、とか言って自分でフォローしたんだよね。あれは落ち込んじゃったな」
その時のナツハは思い付いたギャグが面白いと思ったのだが、口に出したら面白くなく寒かった。しかしそこは可愛さと愛嬌を出して自分をフォローしたという一幕があったのだ。
結果としては視聴者は喜び、切り抜き動画も作られて手描き職人もイラスト動画切り抜きにしてくれたが、空羽としては凄く気にしてるミスだった。
「空羽はちゃんと自分のフォローに成功してたけど、それって誰でも出来る事じゃないんだよ」
自分で自分のフォローをする時は頭が上手く回らず、更に変な事を言って場が白けるとかはザラだし、ミスを引きずって配信の調子が悪くなったりする事もある。
素人だったらフォローすら入れずに白けたまま配信が続くし、企業勢などでも自分の発言が視聴者にウケずフォローも失敗し、機嫌が悪いのが丸分かりなまま配信を続けたりする。
ミスのフォローというのは方法やタイミングが大事になるし、雰囲気の瞬時での入れ替えなども大事になる。それらが出来てるつもりで全く出来てない人など沢山居るのだ。
「空羽はミスしても、そこから更に面白い雰囲気を作れるし問題ないだろ。そもそも全くミスしない人間なんて居ないんだし、ミスしてもすぐ成功に繋げてるんだから凄い事だぞ」
「そうかなっ…? ありがとう灰川さん、なんだか元気づけられちゃったね、ふふっ」
配信の裏で配信者はミスを嘆く事もあるが、配信中は視聴者にそんな所は見せないし、ミスしても気にしないという風に振舞ってる。
しかし、それが成功に繋がったとしてもミスである事には変わりないから、悩む時は結構悩んだりする。
失敗が成功に繋がったと安易に喜ぶのではなく、失敗は失敗として反省し、その上で次に活かすというような心が大事なのかもしれない。
灰川はそこは頷きつつも失敗を取り返す頭を働かせるのは確実に成長の種になると言い、そのミス経験は必ず空羽の大きな糧になると感じてる。
「小さいミスで大きな物を得られるなんて普通は簡単じゃないって、空羽は才覚があり過ぎて自覚は無いかもだけど、凄く良い経験したと思うぞ」
「そうかな、そうなのかも…、うんっ、確かに考えを広げると凄く学びがあったと思うかもっ、ふふっ」
才能がある人は時として自分がどれだけ凄い事をしてるのか分からなくなる時があると言うが、空羽は正にソレなのだろう。
ピンチをチャンスにするとか、1のミスから10の利益を生み出すとか、言葉では簡単に言えるが実際には簡単じゃない。
ミスは誰だってあるし、並列試行しながら配信してる空羽ですらミスはする。しかし頻度は非常に少ないし、ミスしても自分で即座にフォローも出来るというのは凄い事なのだ。
「来苑はそもそも常に面白い事が言えてるんだし、来苑が言う事は面白いってブランディングと刷り込みが視聴者に出来てるんだから、気にしなくて良いだろ」
「そ、そうっすかね…? でも…やっぱ気になるっすよっ…」
「来苑だって配信だと面白い比喩表現とか、ちょっとした面白い内輪ネタとか言ったりして人気だろ? 他にも武器は色々あるし、全部視聴者にウケてるんだしよ」
竜胆れもんは配信では面白い比喩表現や言葉の置き換えなどをしており、総じて笑える質の面白さでは1位状態だ。
内輪ネタも擦りすぎず、それでいて箱的に仲が良いみたいな雰囲気を出せており、視聴者にとっても会社にとってもプラスになってる。
ちなみにシャイニングゲートの所属者間の内情は基本的には皆が仲良しだが、性格や性質も変わってる者が多いためか相性が悪かったりする者同士も居たりして、少しドロドロしてたり。
「前の小路とのコラボ配信で、小路の書いた即興物語に感想とかコメントとかするやつあったじゃん」
「あったっすねっ、見ててくれたんですか…! ぅぅ…灰川さんに配信見られるのって、ちょっと恥ずかしい感じするっすね…っ」
「あの時に登場キャラの敵の女の子の事を“闇に落ちたケンプスちゃん”って言ったのメチャ面白かったし、視聴者にもウケてたしな」
「あ、あはは…あの後に優子ちゃんから、れもんアカのSNSに後で覚えてなさい!って書き込みあって、ちょっとヒヤっとしたっす」
竜胆れもんは既に“面白い”という看板が堅く出来上がってる状況であり、配信の質も面白さも目に見えて下がってたりしてない。
確かにテレビ収録や企業案件に頭は割いてるのだろうが、本人達が思ってるほどには問題はない状態だ。
むしろ問題が発生しても成長の糧に出来る器が備わってるのだから、多少のミスは彼女たちにとって良い成長のチャンスになる。
「小さいミスをネチネチ責める人も居るけど、取り返しのつかないミスをしないためにも小さなミスって大事だって教わったよ。だから2人は良い感じに道を行けてるって事なんだと思うぞ」
「誰に教わったんですか? ちょっと気になるっす」
「霊能力のある親戚でさ、その人はミスを起こさないよう人生を立ち回ってたんだけど、いざミスしたら対処する能力が無くて大変な思いをしたって聞いたんだよな」
「そういうのあるよね、気を付けてるのが裏目に出るみたいなさ。お祓いとか霊能力とかでもそうなんだね」
「いや、その親戚がやらかしたミスは訪問販売の仕事で道に迷っちゃった事でさ、帰り方がマジで分からなくなったらしいんだよなぁ」
「じゃあ霊能力が有るって言わなくても良かったんじゃないすか!?」
そんな話をしつつ遊園地内を歩き、空羽と来苑は灰川との会話を心に留めておく。
ここで周囲に人が歩き始めたため仕事の話は終了し、別の話題のトークをしていった。
空羽も来苑も人や会社の適切な意見などはしっかり聞くタイプだが、灰川の言葉や意見はそれらとは違う何かがある。
耳障りな事を言う時もあるのだが、それでもしっかりと自分たちを見て話してくれてるように思える。
上から目線とかではなく、下からの忖度甘言でもなく、彼女たちの後ろにあるシャイニングゲートやVtuberとしての影響力を見ず、自分たちを見て対等に人として話してくれてる気がするのだ。
もっとも灰川は誰にだってそういう態度を最初から取れる訳ではなく、仲の良い人や相性の良い人に対してそうしてるのだ。灰川は別に聖人でもなんでもない、それは当然ながら彼女たちも知ってる事だ。
それでも、自分たちは凄いと立ててくれて、しっかりと自分たちを見ててくれて、思いやりのある言葉で意見や説明をしてくれる。会社の人達も同じな筈なのだが、やはり何かが違う。
だから素直に聞けるし、好きだし、もっと喋りたいし一緒に居て相手を理解したいと思うし、もっと自分たちの事を知って好きになって欲しいと思っている。
「なんかカップルが多いね、やっぱり休みの日だからかな?」
「立地も良いし電車とかでも来やすい場所だしな、入場無料ってのもカップルに受けてる理由かもだぞ」
晴れの日で絶好のデート日和な事もあり、園内にはカップルが多い。特に今歩いてる場所はカップル比率が高い。
手を繋ぐ高校生カップルだったり、イチャイチャする大学生カップル、付き合いたてと見える男女なんかも歩いており、なんだか雰囲気が少しピンク色みたいな印象になってる。
近くにジェットコースターやウォーターコースターなどがあるエリアで、そういうアトラクションはカップル人気が高いというのも理由の一つだろう。
「ここってデートスポットっすもんね、自分のクラスの子も彼氏と来たって言ってたっすよ」
「高校生だと入場無料は更にデカイよな、雰囲気だけでも感じに来る価値アリだもんな」
空羽も来苑も高校生ではあるが金銭の心配がないのは普通の高校生とは違う所だろう。
それは良い事なのだが、金が無い中で遊ぶ楽しさや買い物をする緊張が感じられないのは少し不運かもしれない。金が無い時のスリルとか楽しさは良い思い出になったりするものだ。
だが緊張とかスリルなどのドキドキや楽しさ自体は別の事でも代替は可能で、空羽と来苑、特に空羽はそれを楽しみたいと心の何処かで感じてる。
「灰川さん、私たちも手を繋ごっか。その方が灰川さんも意識してくれると思うし」
「ええっ?? ちょ、空羽、それはだなぁ…」
「そ、そういうのアリなんですかっ!? うぅ…じ、自分も、そのぉ…」
周囲は手を繋いでるカップルが多く、それに倣って空羽が提案する。
来苑もそれに乗っかろうとしたが、2人と手を繋いだら何か変そうにも見えるし、来苑としては気恥ずかしい気持ちもある。
「灰川さんは嫌? もしそうだったら正直に言って欲しいな」
「そんな訳ないっての、空羽と来苑と手を繋ぎたくない奴の方が少ないだろ。2人とも凄い可愛いし美人なんだからよ」
「……! え…えへへっ…、美人って言ってもらえて嬉しいっす…」
嫌だとか言える訳がないし、そもそも美人と手を繋ぎたくない男は少数派だろう。
しかし一応はビジネスパートナーだし、それをしてしまうと何かのラインを越えてしまうような気がしてる。
「俺みたいな奴のどこが良いってんだか、イケメンでも金持ちでも2人なら捕まえられるだろって」
「うーん、やっぱり灰川さんと私だとイケメンの人とかに対する考えが違うんだね」
空羽が言うにはイケメンの男が持つ雰囲気が苦手だそうで、話もあまり合わないそうなのだ。
空羽は過去に何度もイケメンに告白されてるし、空羽から好かれようとか近づこうとか、様々な接近工作もされてきた。
しかし人から好かれる能力が格段に高い空羽は、イケメンもその他大勢も変わらないように見えたし、特に感慨も湧かなかったのだ。
言い寄って来る者は爽やかで自信に溢れていたり、ヤンキーっぽい強気な者だったり、優秀で優しく誰からも好かれるようなリーダー気質の者だったり、様々だった。
空羽は彼らを分析し、その上で『私は彼らを本質的な意味で好きになれない』と判断している。その気持ちは今も変わってない。
もちろん付き合ってみれば結果は違った可能性はある、だが人を好きになるという感情が希薄だった空羽は、その道には行かなかったのだ。
そんな中で灰川誠治という人を好きになり、何度も自分の心を確認したが、その気持ちは勘違いではないという事が分かるだけだった。今は前よりもその気持ちが大きくなっている。
その事は灰川には詳しく語らないが、イケメンとか根っからの陽キャとかの雰囲気が合わないというように説明する。
「なるほどなぁ、まあ俺はイケメンでもないし、陽キャって訳でもないしな」
「格好良くないって言ってる訳じゃないよ? 私は灰川さんのこと世界一カッコイイんじゃないかなって思ってるしね」
「~~! ちょ、空羽っ、そういうの止めろって、マジで効果抜群なんだからなっ」
「止めないよ、何回でも言ってあげたいしね、ふふっ」
空羽の声でそういう事を言われたら本当に心が揺れてしまう、隣に来苑が居て遊園地の喧騒が無ければ危険だったかもしれない。
「自分はイケメンかどうかは重要じゃなくて、うぅ~…なんて言えば良いんだろ…っ」
「来苑は灰川さんに2度も大きく助けられてるから、もう灰川さん以外の人は好きになれないんじゃないかな? 責任を感じてあげて欲しいな、ふふっ」
「ちょ、空羽先輩っ! それはっ、なんて言うか……その通りっすけどぉ…」
もう灰川は精神的に結構ヤバい状態だ、返事に詰まるし上手くあしらう言葉が出て来ない。
メチャクチャに嬉しいし、モテた経験が無かった灰川には2人の事がどんどん可愛く魅力的に見えて来る。
イタズラっぽさを発揮しながらガンガン好意を伝えてくれる空羽、普段はボーイッシュなイメージの来苑が、空羽の言う事を否定せず恥ずかしがりながらも肯定して好意を伝える姿、どちらも男の心をこれでもか!とくすぐる。
2人の声も良く、耳に心地よく響いて心を揺らす。
空羽の声はいつも通りに透き通るような綺麗な声で、来苑は配信だとうるさいイメージすらあるのに改めて聞くと可愛い声で、2人ともやっぱり良い声なんだと分からせられる。
「ちょっと歩くのが遅すぎたかもな、少し早く歩くか」
「え? あっ、そうだね」
「な、なんかジロジロ見られてる感じするっすっ、空羽先輩のこと見てるんすねっ」
「来苑も見られてんだっつーの…! 自分じゃ気付いてなかったかもしんないけど、来苑と歩いてる時も結構見られたり振り返られたりしてたからな」
「~~! か、勘違いっすよっ…! 自分なんて、そんなカワイくな~…」
「めっちゃ可愛いからな…! 歩いてると普通に“あの子カワイくね?”とか言われてるからな…! もうちょっと気を付けとけって…!」
「~~! うぅ~…驚いてんだか嬉しんだかっ、自分でも分かんなくなってきたっす…!」
そんなやり取りをしつつ少し速足でジェットコースターの方向に歩き出し、どうにか周囲の視線を外す事に成功したのであった。
空羽は今は伊達眼鏡をかけて変装しており普段とは印象が少し違っており、声も喧騒で消されるから身バレとかは危険視しなくても良さそうだ。
それでもゆっくり歩けば視線を集めてしまう。
「ジェットコースター楽しかったねっ、すっごいスリルあったよ」
「思ってたより凄かったな! トンネル潜る時とかよ!」
「上から落ちる時がスゴかったっすね! スカイダイビングしてるみたいでした! やった事ないっすけど!」
3人はジェットコースターに乗ってスリルを楽しみ、久々の絶叫マシンを存分に味わったのだった。
「空羽は最初は余裕って感じだったけど、頂上が近くなってくると焦った感じの声が出てたなっ、はははっ」
「むっ、そんなこと言う灰川さんは、最初から余裕ない声が出てたよ? 来苑もあたふたしてたしねっ、ふふっ」
「怖かったけど楽しかったっすね! 乗る前は灰川さん、俺はこういうの慣れてるとか言ってたけど、下る時の絶叫っぷり面白かったです!」
急降下に回転にカーブにストレート、スリル満点のジェットコースターだった。
こういうマシンはいつ乗っても怖くて楽しい、この怖さは絶叫マシンでしか味わえないタイプの怖さだろう。
「おっ、そろそろお化け屋敷の時間だな、どんな怖いお化けが出るか楽しみだなぁ」
「霊能者の灰川さんと一緒だから安心だね、怖くなくなっちゃうかも」
「いや、お化け屋敷に霊能力は無効だって、俺だってお化け屋敷とか普通に怖いからな?」
「やっぱそういう物なんすね、本物とお化け屋敷は違いますもんね」
霊能力が有ろが無かろうが平等に怖い体験が出来る、それが灰川から見たお化け屋敷の魅力だ。
チケットに記載された時間が近付いており、一行は少し速足で目的地に向かう。
その道中で空羽と来苑は2人で少しやり取りをしていた。
「来苑、さっきのトークで灰川さんのこと、もっと好きになっちゃった。やっぱり今日は最初のプランで行こうかっ? ふふっ」
「うぅ…そ、そうっすねっ…! 自分もソレ、ちょっと考えちゃってましたっ…」
2人は今日のお出掛けを明確にデートとして認識しており、その上で灰川の事を落として自分たちに決定的に目を向けさせようと前日に話し合っていた。
今日は一際に気合を入れて服などを選んだし、会話などでも好意を深めてもらえるようプラン通り立ち回っていた。
今日の策は事前に練ってあり、内容は好意を伝えつつ、自分たちの本気度も伝えてその気になってもらうというもの。
だが、灰川が想像以上に自分たちを見てくれていて、その上で褒めてくれたりして、2人の心が『現状のプランだと踏み込みが足りない』というシグナルを思考が出し始めた。
実は2人が最初に話し合ってた策は少し別の内容であり、初期プランは自重して抑えておくべきとなった経緯がある。
灰川は成人男性であり、見た目や言葉以上に自制心や自分を律する心がある。その部分の目算が少し甘かった。
なので、2人の合意の上でプランの変更を決めていた。もちろん灰川には内緒である。
「灰川さん、ちゃんと私たちが思ってたより私たちのこと見てくれてるし、凄く考えてくれてるんだね……ふふっ」
「うぅ…覚悟は決めてるっすけど、先のこと考えたら恥ずかしいかもっす…っ、でも灰川さんになら…っ」
2人は高校2年と3年であり、友達などとはセンシティブな会話だってする事がある年代だ。
そういう話は2人は別に好きではないし、仲の良い友達などとも積極的にそういうトークをするタイプでもない。
だが、ここに来て『灰川さんとだったら、そういう話もしてみたい』なんて気持ちが自分たちにある事に気が付いた。
好きな人とだったらそういう話もしたくなる、という話を漫画とかで読んだが、2人ともまさかそれが本当だったとは思ってなかった。
彼女たちは確かに自分という物を確立してるが、同時に『自分も知らない自分』というものも沢山ある。そこは普通と変わらない。
今までは恋愛という物に興味や憧れはあれど、自分には関係ないし他人事だと思ってたが、今は違う。
少し前まではセンシティブな事に興味も無かったし、それこそ他人事すぎると考えていた。だが知識としては好奇心もあり、ネットなどからそれなりに情報は得ている。
「じゃあチャンスがあったら攻め込む形にして~~……」
「そうっすねっ…自分もがんばって~~……」
まさか私が、自分が、こういう行動をしようと考える日が来るなんて考えても無かった。そういう行動をしたいと思う精神が理解出来なかったし、理解しようとも思ってなかった。
だが、こういった感情は理解しようとして出来るモノではなく、その時が来るまで理解が不可能な感情なのだと、今は理解している。
灰川さんになら初期プランを実行しても良い、そう考えて空羽と来苑はコソコソと話をしていった。
「そろそろ到着だな、なんかコソコソ話してたけど、俺に何か至らない所があったら言ってくれよな。気を付けるからよ」
「灰川さんに嫌な所とか無いよ、強いて言うならさっき手を繋いでくれなかった所かな、ふふっ」
「自分もないですよ! 空羽先輩とは今度のコラボ配信の日程を確認してただけっすからっ」
灰川本人にプランがどうとか言う訳にも行かず、適当な話で誤魔化す。
「そっか、まあ何かあったら本当に遠慮なく言ってくれて良いからな」
「うん、ありがとう灰川さん」
そうこうしてる内にお化け屋敷の前に到着し、順番が近い客が並んでいる所に3人で並ぶ。
その間にお化け屋敷の外観を見たのだが。
「真夜中の戦慄学校か、本格的で怖そうだな!」
「お、思ってたより本格的かもだね…っ」
「中から絶叫とギプアップの声が聞こえて来たっすよ…! どんだけ怖いんですかね…っ」
空羽と来苑は色々とプランを練ったりして、今よりちょっと大胆に攻勢に出ようと話していたが、思ったよりお化け屋敷が怖そうだと感じてる。
ギブアップ出口からカップルが青い顔して出て来たり、中から客の叫び声が聞こえて来て『雰囲気が作れないかも…』と思い始めていた。
そんな中で近くの看板に恐怖度は選べますと書いており、最恐絶叫、絶叫、オリジナル、マイルド、スーパーマイルド、とかから選べると書いてある。
更には一番下には『ラブラブカップル向け』というレベルがあるのを見つけてしまった。その部分は灰川は明らかに気付いてない。
恐らく怖さレベルは灰川は自分たちに選ばせてくれる、空羽と来苑はまたしても悩まされる事になった。




