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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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271話 灰川がワルを嫌う理由

 今回は水子に関するかなり嫌な話が含まれます、気分が乗らない時などは読まないか、流し読みするようお願いします。

「結局、黒幕が誰なのかは分かりませんでしたが、黒幕が居るってのは分かりましたね」


「はい、後はよろしくお願いします…三檜さん」


 灰川は車に乗って移動中で、時刻は夜の0時を回っていた。


 高星の話は長く、彼の話した情報や経緯に嘘や齟齬が無いか精査する必要もあったため、こんな時間になってしまったのだ。


「プロ目指してたけど夢破れて、そこに怪しい金持ちが来たって訳ですか…そっから取り巻きも高星もおかしくなって、ヤバさに気付いた高星は逃げ出したと」


「影武神だけリーダーの所在が掴めなかった理由は簡単でした、偽名でやれるバイトを住み込みでしてたというだけでしたね」


 その金持ちは同時に東京カオスランナーと横浜ナイトサタンにも接触しており、その男に関わる者が徐々に悪性を増していき恐ろしいマネをするようになっていった。


 しかし何らかの権力があって悪事を働いても逮捕されず、それどころか彼は様々な証拠隠滅の方法を教え、高星が自分を取り巻く環境がマズイものと気付いて逃げ出した。


 逃げた頃には高星のリーダーシップや統率力、個人武力ではどうにもならない状況になっており、3つのグループは競うかのように悪事をして金を荒稼ぎするようになっていたという。


 高星はスマホは不法入国者などに向けて名義を貸す業者を使った他人名義スマホを使っており、銀行口座などは持ってなかった。


 完全に逃亡生活であり、逃げ隠れしながら過ごしてるという状況だと語っていたのだ。


「到着しました、どうぞ」


「ありがとうございます」


 ホテルに戻り、灰川は三檜たちに連れられ会議室に向かう。深夜だが緊急で会議が開かれる事となったのだ。




 会議室にメンバーが集まり、警察長官や省庁上層などが席に着いている。灰川も同じように席に着いていた。


「皆さんもお聞きの通り、一時的な報復の内容は3グループトップや一部構成員の精神病院への措置入院となりました」


 英明が前に立って今回の事を説明し、今回の事は思っていた以上に根が深く、強硬手段だけでは解決が不可能だと判断された。


 複数の死者も出ており、酷い被害を受けた者も多数、なのに表沙汰になってない。黒幕は彼らに偽名を使って接触しており、写真なども無かった。


 調査には時間が掛かるし今日明日で解決という訳にはいかない、それが話し合いの末に英明が出した結論である。


「灰川先生、申し訳ありません。今回の報復は少しお待ち頂くという事でお願いします」


「いえ、むしろ俺なんかのために仕返ししてくれてありがとうございます。これで十分過ぎるくらいです」


 英明に頭を下げられ灰川も頭を下げ返す。報復とは言えない対処ではあるが、これは報復とは言ってられないレベルの事件である。


 ここからは警察の秘密捜査、病院に収監した者への聞き取り調査などに切り替え、社会秩序の乱れを防ぐという方向に切り替わった。


 これでも相当に早い対処であり、もし警察が正規の手続きで彼らを捕まえようと思ったら多くの時間や証拠集めが必要になってただろう。内通者も居たので、そもそも逮捕は不可能だったかもしれない。


 今後の動きなどは警察に任せつつ危険精神を持った者を拘束、報復は全容が明らかになってからでも構わないという事で落ち着き、会議は終了となったのだった。


 大きく動いても金を掛ければ隠蔽は可能だが、動くに足る情報の解明が済んでおらず、根本的な解決に至る道はまだ開かれてない。


「警察は忙しくなりそうですな地本治長官」


「国税庁にも引き続き協力を頼みますよ、萩尾次長」


「大臣にも手を回しておかなきゃなぁ…」


 この件で忙しくなりそうな者達も多く、先行きは見えてないが道が無い訳じゃない。


 関係者の所在は掴めてるし、内通者なども特定できた。後は捕えてからの情報待ちになる。


 事の大きさから報復よりも根本解決が優先される事となり、事態が立件などされればニュースになる可能性もあるだろう。


「灰川先生、もし良ければ今から一杯行きませんか? 報復が思わぬ方向に行ってしまったお詫びもしたいので」


「え? でも店なんて今は閉まっちゃってますよ?」


「レヴァールホテルの近くに良い店があるんです、この時間もやってますので如何ですか?」


 英明は上手いこと勝負はこれからだという方向に持って行き、事態は一旦の収束を見せた。


 危険連中の拘束も裏から手を尽くして上手く行くだろうし、被害者についても割り出しをしていく事になる。


 短期決着とは行かなかったが即座に長期作戦に切り替えた判断は中々の決断力で、結果としては英明の手腕を見せて後継としての器を示すのには成功してる。


 もちろん各所への手回しや情報網の活用など様々な部分での示しであり、行き当たりばったりで判断した訳ではない。短時間で手を尽くして根回しもしたという部分が示しになってる。


「良いんですか? 実は俺もちょっと寝れそうにないんで」


「では行きましょうか、父さんはまだ証券会社との仕事があるので誘えないのですけどね」


 廊下を歩きながら英明と会話し、灰川と英明とで飲みに行く事になった。


 他の会議出席者もこの場面を見ており、会長から飲みに誘われるなんて凄いとか思われもしたのだが、出席者の中では灰川が最も年齢が近いから仲が良いのかもと思われたりもしてる。




 数名のSSP社の警護を連れて車に乗り、ホテルの近くにあるバーに入った。


 高級感はあるがそこまで高い店ではなく、割と庶民的な雰囲気の店だ。バーテンダーは2人で若い男と40歳代後半くらいの男、バーテンダースーツも似合ってて格好良い感じだ。


 一行は奥にあるボックス席に行く、誰かに話を聞かれる心配のない気兼せず会話をできる席だ。他の客は数名居るが離れたカウンター席に居て、安全面も特に問題は無さそうである。


 警護員たちも今は目立つのを避けるためスーツではなくカジュアルな服装であり、一行の様子は少しイカツイ仕事関係の者達みたいな雰囲気になっていた。


「三檜、SSP社の皆も座ってドリンクを頼んでくれ」


「はい、職務中なので我々はアルコールは控えさせて頂きます」


「私と灰川先生だけ飲むというのも気分が悪いさ、1人くらいは酒を頼んでくれると有難いな」


 警護は昼間の事もあったため5人以上も来ており、英明は2人だけ酒を飲むのも気が悪いから部下にも勧める。ここで何かに襲撃される恐れは非常に低いという理由もある。


「あ、じゃあ私が頼みますよー、お酒ってどんな味なのか気になりますしっ」


「早奈美ちゃんは未成年でしょ! 飲むならネオウォーターのオレンジとかにしときなって」


「灰川せんせー、ジャパンドリンクからお仕事もらってるんですよね!? ジャパドリのもの勧めなよー!」


「俺あの会社あんま好きじゃないんだって! 傘下のブラック企業で酷い目に遭ったんだよ、今はちょっと感謝してるけどさ」


「あー、聞きましたよ。鞭で叩かれながらサイダーの実の栽培でしたっけ?」


「そんな事しとらんわ! サイダーの実ってなんだよ!? あと鞭じゃなくて職員教育用の木刀だって!」


「木刀!? 冗談でムチとか言ったのに……うわぁ……」


 そんな話を警護に着いて来た早奈美としつつ、周囲を笑わせたりドン引かせたりしながら空気を柔らかくした。


「早奈美、警護対象の方と親睦を深めるのも良いが、周囲への警戒は解くんじゃないぞ」


「分かってますって三檜主任、目つきが怪しい人とかも居ません。バーテンダーの人も前に見た人って聞きましたし」


 早奈美の警護としての教育という意味もあるようで、この場所は拠点となるホテルとも近く守りやすい立地だという理由もあって着いて来る許可が出たようだ。


「灰川先生、今日は飛鳥馬 桔梗さんと雲竜 コバコさんのデビューの日でしたよね? こんな日に災難だったと思います」


「いえ、災難なんてことないですって、英明さんたちの力のおかげでデビューさせてあげれたようなもんです、ありがとうございます」


「そんな事はありませんよ、灰川先生が見定めた人物ですから、これからきっと稼いでくれる事でしょう」


 2人の新規デビューは四楓院が裏から手を回して鳴り物を付けてのデビューであり、桔梗とコバコは成功を約束されてるようなものだ。


 実際にデビュー前から数々の宣伝をしており、人気があり有名なイラストレーターにイメージイラストを依頼して公開、各種のサイトに宣伝CMを流す、デビュー前から大型の企業案件の依頼が来るなど優遇されてる。


 それらは大手の広告代理店が宣伝プロデュースしており、しかもその代理店は所属者個別スポンサーとしてバックに付いてる。


 この代理店2社はナツハとれもんと小路という、灰川と仲の良い所属者にもスポンサーとして付いている。これによりシャイニングゲートでの灰川の立ち位置や発言権が大きく確保されてるという訳だ。


「もう番組も配信も終わっちゃったんですけど、さっきスマホでネットの反応を見たら良い感じでしたよ」


「SNSトレンドも1位を取ってますね、同時視聴者数は最大で双方とも50万人超えですか、凄いですね」


「デビュー配信にゲストとしてナツハとれもんも入ってくれましたし、色んな協力があっての成功です。シャイゲだけの力じゃここまでは無理でした」


 デビュー直前の時間に放送されるnew Age stardomの第2回放送にメインゲストとして出演し、放送直後の23時からデビュー配信という豪華な段取りだ。


 1時間ほどのデビュー配信だったが桔梗の配信のゲストにはナツハが出て、コバコの方にはれもんが出演した。この効果も大きかっただろう。


 ファンにもこの2人の特別感のようなものを演出できたし、シャイニングゲートにも灰川の後ろ盾の強さを示す事が出来たのだった。


 プロデュースというのはビジネスであり、金を稼げるなら面白かろうが未熟だろうがどうでも良いという側面もある。しかし当事者たちは金だけで動く訳でもなく、その辺りは難しい問題だ。


「英明さん、八重香ちゃんは元気ですか? 前にパーティー会場で少し会ったっきりですけど、元気そうでしたね」


「はい、おかげさまで八重香は元気です。先日なんてご飯を3杯もおかわりしてました」


「3杯ですか!? そりゃあ元気だ、奥さんも驚いてたんじゃないですか?」


「はははっ、その通りですよ、食べ過ぎでお腹が痛くなるんじゃないかって心配してました」


 こんな話をする英明は仕事の時と違って楽しそうだ、こんな雑多な話をする相手が周囲に居ないとか、そんな時間も無いという理由もあって今のような時間が楽しいのである。


 英明は四楓院の跡取りとして今まで教育されてきており、他の姉弟と違って遊んだり友達を作ったりという時間が強く限られていた。


 市乃の母親は姉に当たる人物で、そちらは割と普通の教育を受けて育ってる。つまり他の姉弟と跡取りは別扱いで、血が繋がってない姉弟とかも居て家の中は複雑なのだ。


 そんな家の育ちだから一般的な人とのコミュニケーションは多いとは言えず、他者を『使える』か『使えない』かで判断する癖が以前にはあった。


 学校も富裕層が通うような所に行っており、高度な教育を受けて国外留学も多数、学校でも子供時代から有益な人脈を築いてきたのだが、決して良い事ばかりの道では無かったのだ。


 灰川のような庶民には庶民の悩みがあるように、富裕層には富裕層の苦労がある。特に古くからの名家ともなれば尚更だ。


 英明は灰川が命懸けで八重香を救う姿を見て、一般人なら誰もが目もくらむ報酬を受け取らず、まるで「いつもの事だ」とでも言うような後ろ姿に心を打たれた。もちろん英明の主観が多く含まれてる。


 親戚の市乃の頼みを聞いたとか、そういう理由もあっただろうが、自分には真似できないと思い、英明は年下ながらに灰川という男を尊敬して見ているのだ。


「ところで灰川先生、今日は終始機嫌が悪かったように見えましたが、やはり不良に絡まれたからでしょうか?」


 この言葉にドキっとしたのは席に座ってるSSP社の警護員の柴道だ、彼は灰川が絡まれる前に対処できなかった事を負い目に感じてる。


「ああ、いや、今日は色々あったから学生時代にあった嫌なことを思い出しちゃいまして」


「嫌なこと? 学生時代にも不良に絡まれた事があったとかですか?」


「それもあるんですが、高校時代に~~…あ、いや、忘れて下さい。ちょっと女性が居る前では話しにくい内容なんで…」


 この場には早奈美と坂林という女性警護者が居るため、内容が女性にはあまり聞かせたくない話であるため灰川は遠慮しようとした。


「そーいう風に言われちゃったら気になりますってー、どんな話なんですかー?」


「早奈美っ、失礼だから聞くなっての! 灰川先生と会長が怒ったらどうすんだ!」


「割とズケズケと聞くよね早奈美ちゃんって、なんか市乃みたいな感じかもなぁ」


 話を止めようと柴道が注意したが、雰囲気的に『聞きたい』という空気があり、英明も興味がありそうな気配を出してる。


 だが流石は上流階級の人と1流の警護員たちであり、早奈美以外は露骨に聞きたい雰囲気は出してない。


「まぁ…俺も誰かに話して楽になりたいって思った事もあるし、嫌な話だけど聞いてもらえるなら話しますよ」


「灰川先生が良いのであれば聞かせて下さい、私も気になりますしね」


「私も気になりますよー、にししっ」


 場の雰囲気と自分も誰かに聞いてもらって少しでも荷を下ろしたい気分もあるし、女性は居るが逆に今時は『女に聞かせたくない』なんて考えも差別になりそうな気がする。


 そんな場の雰囲気や気持ちが合わさり、灰川は過去にあった出来事を話し始めた。この話をするのは今が初めてで、大学時代などにも人には話しておらず、灰川にとってはそれほどショッキングな出来事だった。




「中学から高校にかけて凄い慕ってた1つ上の先輩が居たんです」


「地元の先輩ですか、お世話になったとかという感じですか」


「はい、明るくて陽気で皆に優しくて、誰からも慕われてた先輩でした」


 その先輩とは灰川は地元の中学校で初めて知り合い、凄く話しやすくて明るくて良い先輩だと思った。


 それから学校内で何度か会話して軽く相談に乗ってもらったり、途中まで通学路が同じだったから何度か一緒に帰ったりした事があった。


 先輩は成績は並くらいだがスポーツが優秀でサッカー部に所属し、3年生の時には県大会にも出場して、その中学校がサッカーに力を入れる理由の一つを作った。


「とにかく華がある人って言うのか、そういう人って学校とかには探せば居るじゃないですか、そこの中心になってる人っていうか」


「確かにそうですね、私が通ってた学校にも居ましたよ」


「居ますね、その学校のモテ男みたいな感じの人」


「女子はそういう男子に目が行きますね、私もそうでしたし」


 英明と柴道が同意し、女性の坂林も心当たりがあるようで、やっぱりどこの学校にも似たようなカリスマ生徒みたいな感じの男子や女子は居るらしい。


「その先輩はとにかくモテたし中学時代にも彼女が居ましたね、とにかく男子からも女子からも大人気の人だったんです」


 灰川もその先輩は好きだったし、他の生徒達も同じ気持ちだった。


 家は地元で有名な建設会社だし、親族も公務員とかが多く良い家で、皆が先輩は将来有望で上に行くタイプの人だと見ていた。


 やがて先輩は中学を卒業し、しばらくして灰川も中学を卒業して高校に行ったが、先輩とは違う高校に進学したため会う事は無いと思ってたのだ。


 高校では他校生の噂なんて聞こえて来なかったし、灰川もいつしか先輩の事も特に思い出さなくなっていた。


「当時の俺は霊能力を通して世の中は汚いとか、ある程度は知った気になってました。でも認識が甘かったみたいです…」


 灰川は霊能力が強く、霊の悪念や憎しみを感じて高校生の頃には『人間は汚い』というような、世の中を斜めに見てるような少年だった。


 とはいえ別に何かする訳でもなく、思春期特有の感情も多く混ざっており、そういう世の中の見方をしてる俺カッケーみたいな感情も今にして思えばあっただろうと感じる。


 そんな青春期の高校2年の終り頃、灰川は街に1人で漫画本を買いに行き、腹が減ったのでファーストフード店に入って席に座ってハンバーガーを食べていた。田舎とはいえ街に行けばそういう店はあるのだ。


 その席の後ろに4人くらいのグループが座り、大きな声でベラベラと喋り出した。その店は座席の背もたれが高く、彼らから後ろに誰か座ってるのは見えなかったのかもしれない。


 灰川としてはヤンキーが来た!と思って怖かったが、席を立ったら絡まれそうだと思い静かに座っていた。


 その時に聞いたヤンキーの会話が灰川の心に今も傷として残ってる。


『この前さぁ、二股してる女にガキ出来ちゃってよ、クッソ迷惑だったわぁ!』


『マジ? 最悪じゃん! で、また腹パン?』


『ったりめーだろって、ワンパンお流れ!』


『オメーこれで何人目だよぉ? モテる男はイイねぇ~、ぎゃはは!』


 こんな会話が聞こえて来て、その瞬間にゾワリと背筋が冷たくなった。


 その話をした男に、とても小さな悲しみと憎しみの念が憑いていた。それは紛れもなく水子の霊と怨念だった。


「腹パン流産…聞いた事ありますか…? それを本当にやってたんですよ、その男…」


「っ…! サイッッテー! 最低以下だよ!そんな奴!」


 古く悪しき知識、説明するのも悍ましい行為をやってる奴が後ろに座ってる。しかも会話の内容から複数人にソレをやってるという事だった。


 まるで反省の念が感じられず後悔もしておらず、ただ自分の快楽と保身のためにそんな行為を繰り返してる輩。


 虫唾が走る、この上ない嫌悪を感じる、人を何だと思ってるんだ!、お前が死ね!!、そう思わずに居られなかった。しかし彼らの会話は続く。


『なんか○○は子供出来ない身体になっちゃったって言って泣いてたけどよ、知るかっての!』


『テメーが勝手には〇んだんだろっつーのにな! つーか勝手には〇んでんじゃねーよバーカって感じだよな! ぎゃはは!』


 悲しい話だがこういった場合の身体的リスクは女性だけが負ってしまう、不平等だと感じてしまう気持ちもあるが、これだけは善でも悪でも変えられない現実だ。


『てか、この後どうする? また中島に万引きでもさせて遊ぶか?』


『いいねソレ! また中島に家の金でも持って来させようぜ! そんでカラオケ行こうや!』


 悍ましい会話だ、人間として終わってる、こんな奴らは死んでしまえ!、心の底から灰川はそう思った。


『ってかさ、こんな事してて捕まったりしねーか? 高校出たらワル卒業すっけどさ、流石にヤベーんじゃね?』


『大丈夫だって! ショウゴのコネで地元の事ならなんでも消せっから!』


『ってかよ、中島のオヤジは俺のオヤジの会社の奴だし、給料出してんのウチの会社じゃん? だったら俺の金と変わんないっしょ』


『ショウゴの親戚に県警の偉い奴も居るし、身内のヤサは不祥事になっから消してくれんだよ。やっぱ持つべきもんは口利き出来るダチだよな!』


 この会話を聞いて灰川は嘘だろ!?、と感じた。


 ショウゴというのは中学の時に慕ってた先輩で、後ろから聞こえて来る声も注意して聞いたらショウゴ先輩の面影がある声だったのだ。


 そんな訳がない、あの人がそんな事をする訳がない、そう思って聞くが……地元の有力者で親戚に警察の偉い人が居るという情報が先輩と合致する。


『まぁ、今でこそちょっとワルだけどよ、大学行ったらマジメに勉強してオヤジの会社を継ごうって思ってるよ』


『おう! だから高校のうちに遊ぼうぜ! 大人になってから後悔しねーようによ!』


『今からショウゴの腹パン5人目祝いのパーティーしねぇか? もちろん中島に金を持って来させてよ!』


『よし決まりっ! そーいや新しく買ったスタンガン試したかったんだよな、中島で試すとすっかぁ!』


 その直後にヤンキー連中は店から出ていき、その際に灰川は彼らの顔を見てしまった。


 メンバーは髪を染めてピアスをしてたりする典型的なヤンキー高校生で、その中の1人……。


 金髪に髪を染めて雰囲気も変わってしまってるが、それは確実に灰川が中学の頃に慕っていたショウゴ先輩だったのだ。


 何があったかは知らないが、灰川が慕っていた先輩は酷く歪んで変わってしまった。人の痛みなど意にも介さないような精神になってしまってた。


 それから少しして地元で中島という高校生の男子が自殺したという噂が流れたが、遺書には誰かを恨んでるとかは書かれておらず、勉強ノイローゼだったんだろうという憶測が流れた。


 しかし灰川は事実を知ってる、彼はイジメを受けてたが親が先輩の家がやってる会社で働いてるため誰にも言えず、何も言わずに両親の生活を守るために自ら命を絶ったのだ。


 後から同級生の奴に聞いた話だが、同じ時期に何人かの高校生女子が自主退学したり、遠くに引っ越したりしたらしい。


「それ以来、俺は陽キャとかヤンキーってものが凄く嫌いになりました…今でも正直言えば苦手だと思ってます」


 「「…………」」


「でも、本当にムカついてるのは、あの時に怖くて先輩たちに殴りかからなかった俺自身に対してなのかもです…今思い出しても嫌な話ですよ…」


 灰川は運ばれて来たマティーニをグイっと飲んで怒りも飲み込む。強いアルコールが喉を焼くが、その痛みは嫌悪の感情で掻き消された。


 この件があって灰川は水子の霊も苦手な部類となっており、祓う時などは慎重に良念を持って祓うよう心掛けてる。怪談話なら少し事情は違うが、それでも好きな部類の怪談とは言い難い。


「あの…それって本当なんですか…? 失礼ですが、そう簡単にそんな事を揉み消せるとは…」


「そ、そうっすよ! 俺達だって何かあった時の揉み消しなんて大変なのに…!」


 警護員がそう言うが灰川は話を付け加えた。


「東京だと揉み消しとかって大変だと思いますけど、田舎だとそうでもないんすよ…一個の家が地元を牛耳ってて、その一帯が○○王国なんて地元で言われてたりする事が割とあります」


 田舎は都会より人が少なく仕事も少ない、だからこそ有力者の機嫌を損ねたりすると仕事が無くなったり、難癖付けられてクビになったりする事がある。


 警察なんかは身内の不祥事を隠そうとするし、上層部の身内が事件を起こしたりした場合は普通に揉み消したりするのだ。


 田舎だと酷い場合には地元有力者の名前が出ただけで警察がまともにとり合ってくれない事すらある。


 それらの行為に正義なんてものはなく、ただ題目さえ立ってれば、もしくは表沙汰にならないなら何でもアリみたいな地域があるのだ。


 灰川が暮らしてる地域はそこまで酷くは無かったが、それでも先輩の家に仕事をもらってる家もあり、灰川は犯人捜しや報復を恐れて誰かにこの話をする事もなかった。


「そういう事があって俺は地元が嫌になって、逃げるように大学上京したんです。免許は取れても結局は教員にもなりませんでしたがね…」


「灰川せんせーって本当に先生だったんだ…ちょっと意外…」


 田舎の因習とかは地元権力に根差すものも多く、この場合もその例の一つかもしれない。


 世の中は綺麗ごとじゃ回らないのも分かる、汚い奴が多いのも知ってる、灰川だって完全に綺麗な人間という訳じゃない。


 人は皆、何かしらのしがらみの中で生きる。悪いしがらみもあれば良いしがらみもあり、時には部外者には想像もつかない地域の権力因習とかもあったりする。


「世の中には法でどうにも出来ない悪人とか、権力を傘にやりたい放題の奴とか居るのは知ってます。でも英明さんや陣伍さんにはそういう気配が無かった」


 灰川に酒が回り出し、段々と話を自分からするようになっていた。喋り上戸という訳でもないのだが、今は何となく喋って気持ちを吐き出したい気分だったのだろう。


「もちろん英明さんたちも今日みたいな黒いことはしてるんでしょうけど~……それも私欲のためじゃなく~…全体と先を見据えて~……ぐ~…zzz」


「灰川先生、寝ちゃいましたね…どうしましょうか?」


「どうやら凄くお疲れだったみたいだ。私たちも少し飲んでからホテルに帰ろう、もちろん灰川先生は丁重に運んであげてくれ」


「はい、会長」


 英明は内心で嬉しく思っていた、何故なら灰川は自分の事を話してくれたからだ。


 今まで英明は自分の強みや優秀性、取り入ろうとするヘリ下りの話は誰かから聞けても、本心からの嫌な過去とかを話してくれる人は居なかった。


 酷いトラウマの話なんて人から聞くのは初めての体験であり、決して良い気分になれる話では無かったが新鮮だったのだ。


 彼は自分を強い力で支えて持ち上げてくれる人と思ってるのと同時に、人間としての部分は対等に近寄ろうとしてくれてる。それが英明には嬉しく有難かった。


「さて、雨膳、坂林、キミたちの仲は進展してるのかい? 今度に同じ日に3日間の休暇を申請してるようだが」 


「ええっ!? い、いえっ、私とコウ君っ……弘八先輩はそんな関係じゃ…!」


「そ、そうですよ会長っ! 織華とはそういう感じじゃっ」


「はははっ、私の目は節穴だとでも思ってるのかい? バレバレだよ、嘘を付いたら組み手でまた弘八を投げ飛ばしちゃうぞ?」


「ううっ…会長、カンベンして下さいよぉ…! 格闘で会長に勝てる人の方が少ないんすからっ」


 灰川が酔いつぶれてる横で四楓院の雑多なトークが笑い声混じりに展開される、こういった時間も英明には貴重な心休まる時間だ。


 だがそれでも彼らとの間には明確な上下関係があり、灰川と話してる時のような不思議な安らぎは得られない。やはり英明は灰川を最重要客人に迎えて良かったと思ってる。


 灰川を最重要客人に迎えたのは陣伍と英明の直感による判断であり、四楓院の天啓は外れた事がない。やっぱり今回も間違ってなかったと感じてる。


「さて、灰川先生の報復の筈だったのに、結構な大事になってしまったな」


「そうですね、時間は必要ですがやるべき事は変わりません。四楓院の最重要客人に牙を剥いた報いは必ず受けさせます」


「灰川せんせー、完全に寝ちゃってますよ。運んであげますねー」


 こうして報復騒ぎは思わぬ方向に進み、1日での解決とはならなかった。しかし手は打ってあるから被害は食い止められてる状態だ。


 英明の手腕の片鱗も示せたし結果としては悪くない、しかし非道な連中を暴れさせ四楓院にも被害を及ぼした事態は重く、それに関しては報復は絶対だ。


 今日は良い日とは言えなかったが悪いばかりではなかった、英明はそう感じつつ『今度はこちらのトラウマの事でも灰川先生に聞いてもらおう』とも思う。


 誰しもトラウマくらいあるし、灰川も英明もそれは変わらない。


 この件は情報が出揃うまで保留となり、明日からはまた日常が戻る。


 だが灰川は四楓院関係の案件という事もあり事務所にはヘルプで花田社長が所長代理として入り、2日後まで灰川は休みとなってる。


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