270話 一人のトップの捕獲
情報が出揃った段階で2回目の会議が開かれ、対策や報復のための人員などをどうするか話し合った。
同時に連中の規模、犯してきた違法行為や残虐行為、その他の裏取りが終わってる情報の共有なども更に進んでいく。
もちろん同時進行で様々な事をやっており、炙り出した情報を使って影武神や横浜ナイトサタンの構成員も数名を捕らえた。
犯罪グループに気取られないために多くの人数は捕えてないが、それでも情報は相当に集まってる。
その過程で分かった事は、当初に予想していたよりも裏が濃くて深い可能性が高いという事だった。凶悪な犯罪を表に出さない力があり、多くの闇物資や隠蔽工作をさせられる者が関わってる。
「灰川先生、お食事を用意してありますので、こちらへどうぞ」
「ありがとうございます、三檜さん。でも…あんな話を聞くと食欲が湧きにくいですね…」
「お察しします、私としても聞いてて気持ちの良い話とは、お世辞にも言えない内容でしたので」
会議で聞いた内容は奴らがやってきた悪事や3つの主要構成グループの事で、議題としては主にどういった対処や制圧をするかというものだった。
その中で持ち上がった話があり、それは『どう考えても連中は不自然でおかしい』という内容だ。
「彼らは明らかに犯罪に対しての認識や、法律に関しての考えが普通とあまりに違います。こんな事は普通は考えられないと思うのですが」
「俺もそう思います…中学生や高校生でも殺人をすれば重罪だと分かるはずですよ…。後から捕らえた年上の奴らも似たような感じでしたし…」
SSP社が捕らえた者達を尋問した所、彼らには一般人との社会的認識の重大な齟齬が見られた。
殺人に加担したと自白した者に、それがどれほど重い罪か分かっているのかと問い詰めた所。
『人を殺したってムショに2年くらい居るだけじゃん、つーかムショにだって入らなくて良いっぽいし』
と言った者が居て、その他の連中も同じような思考をしていたのだ。
刑法では殺人を犯した者は、死刑、無期懲役、5年以上の懲役という文があり、刑期下限の懲役5年というのは故意のない事故的な殺人その他の場合などである。
悪質な暴行や金銭目的の殺害では基本的に10年以上が当たり前であり、悪質性や反省の有無などによっては無期懲役という35年くらいの懲役、もしくは終身刑と同様のような刑罰が科される。
その一方で確かに彼らの言うように、殺人罪であっても情状酌量による下限の2年6か月の懲役、または執行猶予が付いて刑務所に入らなくても良い例もある。
だがそれらは、本当にどうしようもない状況だという事が認められた場合の話であり、非常に稀で普通なら余程のやむを得ない事情がある場合の話だ。
「殺人の証拠なんて無いから警察は捕まえられないとか言ってましたね、今はそちらも調査中です」
「他にも麻薬犯罪に関する認識も変ですよ…麻薬の事をまるで“人に何でも言う事を聞かせられる魔法の薬”みたいな認識してましたよね…」
「はい、普通じゃないですよ。せいぜい1年で懲役は終わるみたいな認識でしたし、灰川先生もおかしいと思いますよね」
“麻薬及び向精神薬取締法”においては麻薬や覚醒剤の譲渡は、営利目的であれば1年以上の懲役だ。
一見すると軽いように見えるが、これは併科という2つの刑罰、懲役と罰金が同時に来るみたいな刑となる事も多いため軽いように見えるだけだ。
しかも彼らは麻薬の強要などもしており、それが裁判で明らかになったら逆立ちしたって1年の懲役では済まされない。
強要されたり誰かに打たれても麻薬は逮捕される可能性がある犯罪であり、強要された事を証明できなければ有罪となる事もある。被害者は警察にも通報しにくい。
会議では通常であれば犯罪行為に対して、こんなにも認識が一般とズレてる事は普通じゃないという事になり、報復準備と同時並行で真相の解明も急がれてる状況だった。
「あ、灰川せんせー、私も警護に付くんでよろでーす!」
「早奈美ちゃん? え…三檜さん、この件に早奈美ちゃんも関わらせるんですか…? まだ高校生なんですし、ちょっとハードだと思うんですけど…」
夕食の場に行こうとする廊下の道中、SSP社の飛び入り新人である三梅 早奈美と会った。女性警護員スーツ姿であり、学校が終わってからすぐに駆けつけて雑務に当たってたらしい。
「灰川先生がお望みなら早奈美は今回の件からは外しますが」
「ちょ! そりゃないよ灰川せんせー! 私だってSSP社の戦力なんですよぉ!?」
「でもさ、今回の件って明らかに未成年に良い影響があるソレじゃないしさ…」
可能であればこんな事には関わらない方が良いと灰川は思う。
調べれば調べるほどこの件は悪質で規模が大きく、コトは殺人だとか麻薬だとか最悪レベルの集団犯罪の秘密裏での解決が主目的になり始めてる。
警察庁長官の地本治も最初は『面倒な手続きもナシに捜査が出来るのは楽だ』なんて言ってたそうだが、あまりの事態に焦りが見えた。
少なく見積もっても彼らに20名以上は殺害されてると見られ、麻薬中毒にされた者の数は100名を超える。その他にも特殊詐欺、強盗、売春管理や強要、窃盗、傷害、数えきれない犯行数だ。
「灰川せんせー、私は早く一人前になりたいんですよっ、今はぺーぺーだけど雑用でも何でもしますからー!」
「とは言ってもさ…危ない連中だし…」
「警護なんて職は危ないのが当たり前ですって! それにSSP社は警護以外の事も沢山覚えなきゃいけないですし!」
SSP社は四楓院に直接に害を及ぼす脅威を取り除く役目もあり、それが今回のような仕事である。もっともそちらの方面の仕事は今は珍しく、今回のような大規模なものは滅多にない。
「早奈美ちゃん、何でそんな早く一人前になりたいの? もっとゆっくりで良いじゃん」
「色々と事情があるんですって! だからお願いしますってー!」
何かしらの事情が無ければ高校2年で警護なんて道は目指さないだろう、事情については聞くような事はしないが、とにかく早奈美は諦める気配はない。
灰川としては早奈美は本格的な仕事はして無いだろうと思うし、SSP社としても抜けられたら困るんだと思うから抜けろなんて言えない。そんな事を言う立場ではないとも自分で思う。
「早奈美、今から会食だ。お前は柴道の班に入って警護に当たれ」
「了解! 三梅 早奈美、内部の警護に当たります!」
こうして夕食をお偉いさん方と一緒に灰川も摂ったのだが、会食の時も話題は連中の対処や隠蔽の事などが話し合われた。
連中の拠点や構成員の多くを突き止め、その他の情報も多くを探って敵に感づかれず丸裸同然の状態にする事に成功してる事も説明されてる。
だが黒幕については捕らえた者に聞いても断片的で不確定な情報しか出て来ず、金の流れなどを追って怪しい者はピックアップ出来てるのだが判明はしていない。
警察内部の内通者なども少しづつ割り出されており、その他にも繋がりがあると見られる者達も炙り出しは続いてる。
しかし思ったよりも調査に難航しており、予定より時間が掛かるかも知れないと見られる状態になりつつある。まだ準備は完全ではない状態だ。
夜8時頃、灰川はホテルの一室で過ごしていた。
SSP社や集まった人達、もちろん英明もまだ動いてるのだが、灰川には出来る事もないので四楓院に取ってもらった部屋に居る事しか出来なかった。
英明や陣伍からも『灰川先生は今日は大変な思いをされたのですから、お休みください』と言われてしまった。会議室や控室に留まっても邪魔なだけである。
灰川の部屋は上層階のキングスイートという一泊で50万円を超えるような部屋を宛がわれたが、正直に言うと部屋が広すぎて落ち着かない。
そもそも気分が良くないため素直に楽しめる訳もなく、せっかくの眺めの良い高級ルームが台無しの精神状態だ。
「アイツら何なんだろうなぁ…」
高級ホテルの上質なベッドに寝転がりながら考える。
彼らは遭遇時に霊視してたのだが、悪念は溜まっていても霊現象などは発現して無かった。
殺人などの悪事をすれば霊に憑りつかれて精神が変になる事もあるが、それも絶対という訳ではない。むしろ殺人に限らず悪を成すという行為そのものが精神に及ぼす害の方が大きい。
彼らはそのタイプなのかとも思うが、そもそも犯罪行為に対する認識がおかしい。
少年法の適用年齢の者も居るとはいえ彼らのやってる事は重罪であり、罪が判明して裁判に掛けられた場合、その行く末によっては少年死刑囚となる者が複数出てもおかしくない。
18歳と19歳は少年法が適用されるが、同時に18歳と19歳は特定少年という区分であり、少年ながらにして死刑になり得るし実名報道もされる場合があるという年齢なのだ。
日本には永山基準という、死刑になるかどうかのボーダーラインが存在する。
犯行の内容などの罪質、犯行に至った動機、犯行の内容や残虐性といった態様、被害者数や危害の重大性、遺族の処罰感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、更生の余地、などが判断の基準と言われる。
あまりにもザっと言うなら、一人を殺害すれば懲役か無期懲役、2人を殺害すれば無期懲役か死刑、3人以上を殺害すれば死刑というような、言い方は悪いが相場があるのだ。
少年法の適用年齢では殺人は一件であれば5年から10年の禁固刑であるが、それでも認識がおかしい。単なる殺人行為ではなく、悪質性が高い犯罪だからだ。
彼らが永山基準を知らないとしても、少年死刑囚となりうる18歳以下の者が居る事を差し引いても認識がおかしすぎる。
遊び気分で殺人をして情状酌量されるわけないだろ!、怒りが込み上げた。
「ホテルの施設は好きに使ってくれって言われたし…少しバーにでも行かせてもらうかな…」
あまりにも気分が悪く、最上階にあるホテルバーへ向かおうと思い客室を出た時だった。
「えっ、早奈美ちゃん? 何やってんの?」
「何やってんのって、灰川せんせーの警護に決まってるじゃないですかー。警護が付くって言われてたの忘れたんです?」
部屋から出るとドアの前に早奈美が立っており、警護をしていたと聞いて灰川は驚く。 どうやら聞き逃してしまっていたようだ。
「最重要客人のせんせーに警護が付かない訳ないじゃないですか、本当だったら三檜主任とか何人か付くんですけど、四楓院系のホテルでセキュリティも充分だから今は私だけっすよー」
「そうだったんだ、ありがとう早奈美ちゃん。つーか気付かなくてゴメン」
「良いっすよー、警護対象が休んでる時は気付かれないくらいが丁度良いっすからね、にししっ」
早奈美は警護として仕事を任されてるのが嬉しいようで上機嫌な感じだ。
本当に警護が必要な人物や状況であれば早奈美の余裕は無くなるかも知れないが、今は安全な施設内という事もあって気も楽だろう。
警護員や警備員は総じて足が鍛えられており、長時間立ってても疲れにくい体だ。早奈美もそうなってるらしく、灰川が部屋に居た1時間ほどはずっと立ってたらしい。
こういう時に『俺なんかの警護なんて必要ないのに』とか言うのは大変に失礼な事であり、たとえ警護が必要ない状況であっても言ってはいけない言葉だ。灰川もそれは何となく感じており、そういう事は言ってない。
「ちょっとホテルバーに行きたいんだけどさ、大丈夫そうかな?」
「もちろん良いですよー、ホテル内のセキュリティは元から万全ですし。灰川せんせーが施設を利用したいって言ったら対応しろって言われてますからね」
「ここってバー以外にもプールとかスポーツとフィットネスジム、スパとかマッサージも充実してるっぽいなぁ」
「レストランとかは夜は閉まっちゃいますけど、ルームサービスなんかは使えますよ。あと出張マッサージも24時間対応って聞きましたー」
「マッサージかぁ、疲れもあるし頼んじゃおっかな~。金を出してくれる英明さんには悪いんだけどさ」
「出張マッサージって言っても変な意味じゃないっすよー? 美女のお姉さんが来るって思っちゃいました? このスケベ~」
「おいおい、調子が変わんないな早奈美ちゃん。良いから行こうや」
こうして警護の早奈美を連れてホテルのバーに行く事にして、エレベーターに乗って最上階に向かおうとした時だった。
「あれ? 電話だ」
「どーしたんですか? 仕事関係の電話ですか」
「もそもし、タナカさん? え? マジですか…っ?」
バーに向かって歩く途中、灰川のスマホに着信が入る。相手はタナカであり、驚く事を聞かされたのだった。
灰川はSSP社の数人と一緒に赤坂からは少し離れた場所にある地下施設に来ていた。
この場所は鉄道関係の施設らしいのだが、人など来ないし丁度良い場所だとの事で今はこのように使われてる。
「コイツが影武神のリーダーって訳ですか」
「はい、裏も取れました。間違いありません」
「灰川先生にも独自の伝手や網があるんですね、御見それしました」
タナカからの連絡は影武神の総長を捕らえておいたから、置いてる場所まで来て四楓院に運ばせろというものだった。
この件は国家超常対処局からタナカにも伝わっており、半分くらい独断で動いて捕らえたそうだ。
総長が置かれてたのは目立たない地区の倉庫で、手足を縛られ気絶させられたリーダーの傍らには、個人情報を記した紙なども置かれていた。
リーダーと呼ばれてる男は20代中盤くらいで、灰川と同じくらいの年齢に見える。
「コイツを捕らえたのは灰川先生のご友人の方なのですね、凄い情報網をお持ちのようで」
タナカや国家超常対処局の存在は四楓院には言ってないが、英明も陣伍も恐らくはそういう部門があるのは把握してるんじゃないかと灰川は思う。
「さて、水ぶっかけて起こしますか? さっさと話を聞きたいですしね」
「そうするか、やっと見つけたぞコノヤロウが!」
3チームのリーダーは判明しており、東京カオスランナーと横浜ナイトサタンのトップの所在は確認が取れていた。
しかし影武神のリーダーは所在が掴めず、何処に居るのか分からなかったのだ。しかしタナカが捕らえて引き渡しに成功し、このような状態になってる。
「しかし、リーダーを捕らえて仲間連中にバレないんですかね」
「その心配は無いと聞きました、それとこちらが知りたがってる事は全て彼から聞けるとも言われてます」
灰川の伝手を利用しての捕縛なので灰川も着いてきており、今から彼に対する尋問が始まる。
他の者への尋問は既に終わっており、全て聞き終わった連中は縛り上げて口を塞さいで目隠しして、別の場所に幽閉してある。
「あ、あれ…ここは一体…?」
「おう、起きたか影…なんだっけ? まあクソヤロウどもで良いか、知ってる事は全部話せや」
「えっ? えっっ!? これっていったい!」
彼の名は高星 出夢、25歳の食品配達バイトをしてる男性だ。
身長が高くガタイも良いのだが、そんな狂暴そうな人物には見えない。しかし人は見た目によらない、裏があると思って掛かった方が良い。
「とりあえずだけどよ、痛い目を見たくなきゃ聞かれた事は素直に話せや。こっちはテメェらのクソみたいな話を散々聞かされて最低な気分だぜ」
「手加減してもらえるとか思うなよ? 一般人を家族ごとヤク漬けにしたり売春を強要したり、殺しとかやってる奴にくれてやる手心とかねぇからな」
SSP社の者達は彼ら3つのチームに対して完全にキレていた。無法さと鬼畜さ、若気の至りと呼ぶにはあまりにも非道な行いに頭が沸騰しそうなくらいの感情になってる。
早奈美はここに居ないが、関係する者として秘密を守るという前提で事のあらましを聞かされてる。やっぱり同じような反応を示したらしい。
「なぁ? お前らって人の心とか無いよな? だったらこっちも人間扱いなんてしねぇぞ」
「ゴミクズが…っ! 全員タダで済むと思うなよ…! 影武神ヤローが…!」
彼らの犯罪行為や悪行は多すぎて、SSP社の者達は途中から数えるのがバカらしくなってしまった。
男も女も悪が過ぎて、被害内容を読んでるだけで気持ち悪くなる。SSP社は別に尋問や武力行使は好きでやってる訳ではなく、精神も訓練されてるとはいえ精神性は一般と大きな差はないのだ。
逆らった奴を殺して死体が表にならないよう処分したとか、強姦したけど警察に言われたら嫌だから麻薬を打って中毒にさせた、老人の住む家に侵入して金品を奪い居住者とヘルパーさんに大怪我を負わせた。
こんな話を幾つも聞いたら普通だったら頭の一つや二つは痛くもなる、吐き気を催してトイレに行ってしまった警護者すら居たのだ。
そういった話の一例がこれらである。
Iコントロール
Iとは彼らの中でのイジメの隠語であり、イジメを駆使して人をコントロールして飼い慣らすという意味の言葉がIコントロールだそうだ。
学校に行ってる奴は|使えそうな都合の良い奴に目星を付け、卑劣な手段で精神を支配して何でも言う事を聞くようにさせられてる者が居る。
その手段の一例がIコントロールであり、その手法は以下の通りだ。
容姿が良い女子生徒をターゲットに苛烈なイジメを行う。このイジメは女子構成員が仲間と一緒に暴力やその他の危害を加え、イジメを楽しみつつ自殺寸前まで追い込む。
ある時にターゲットを颯爽とイジメから救うヤンキーが登場、以降はターゲットは身も心もそのヤンキーに捧げるようになる。
精神の限界まで追い詰められた被害者にとって、イジメから解放してくれる者の存在は神にも等しいくらいの有難さだ。
やがて被害者とヤンキーは仲を深め、感謝の感情は1週間もせず愛情に変わる。そこからは依存心を更に植え付け、彼のためなら何でもするような精神性にさせる。
後はヤンキーが『家の多額の借金が返せない、このままじゃ死ぬしかない……』とか言い出し、後は『どんな事でもして』自分から進んで金を持ってくる都合の良い存在の出来上がりだ。
もちろんそこに別の構成員が都合よく『数時間で何万円も稼ぐ方法がある』みたいな事を言って近づくまでがワンセット。
この手法、いわゆるマッチポンプからの送金奴隷コースは古典的な手法だが、決して馬鹿に出来ない手法である。
苦しみから救ってくれた存在、孤独から助けてくれた存在、そういった者は簡単に妄信の対象になる。妄信とは怖いもので、それがどんなに不自然で都合が良い状況でも決して疑わなくなるのだ。
初歩的なマインドコントロールの手法であり、人に強い依存心や燃えるような恋愛感情を抱かせる方法の一つ。
イジメとヒーローごっこを楽しみながら金も受け取れる、彼らにとってこれは一石二鳥の遊びだそうだ。
しかし自分が騙されてた事に気づいた者も居たらしく、逃げようとした者が行方不明となってるのが判明してる。
彼らにとってIコントロールで作った送金奴隷は商品以外としての価値は無く、情も何も持ってないそうだ。
リンチ・スパーリング
影武神は自分たちが押さえた格闘技ジムに気に入らない奴や逆らった者、時には街で靴を飛ばして偶然で当たった奴を連れ込み即入会させ、スパーリングと称して半殺しにするという行為を繰り返してる。
彼らは元々は格闘技をやってた者達で、プロになれる程の努力もしておらず、技量も無く地下格闘技に流れていった者達だそうだ。
元から素行も酷い物だったらしく、人を殴って遊びたいだけの連中。格闘家を名乗るのもおこがましい格闘家崩れだが、格闘技経験があるため総じて喧嘩は強い。
被害者の中には視力や聴力を失った者、足が動かなくなった者、損傷による内蔵機能の低下などの後遺症が残った者が多数だが、全て練習中の事故として片付けられている。
彼らは主に同盟の中の大きな戦力らしく、殺人、管理売春の元締め、違法薬物の仕入れなども普通にやるそうだ。
横浜の危険ヤンキー
横浜ナイトサタン、もう彼らはやりたい放題だ。
あまり強くない連中であるが残忍性は高く、金も好きなため自分たちの享楽や金のためなら何でもやる。
詐欺、強盗、麻薬を使用した各種犯罪、賭場の開催、その他の考えつきそうな犯罪、そしてそれらの過程で出た死人の隠蔽、もはや開いた口が塞がらない。
賭場というのは『素人ファイトクラブ』という、老若男女の一般人を拉致して残忍なファイトをさせ、闇ウェブで賭博を開いて金を稼ぐというものだ。
被害者と見られる行方不明者には小学生まで居り、それは闇ウェブに残ってた映像で確認された。
それを知ったSSP社の警護員の中には怒りで拳を強く握り過ぎ、気付いたら爪が手に食い込んで血が床に垂れてた者まで居る。
これらの行為をやって逮捕されないのが変な話であり、コイツに聞けば全ての要因が分かる可能性が高いとタナカに言われた。
国家超常対処局は秘密情報機関としての側面もあるため、今回の話を知ったタナカやサイトウが影ながらに力を貸してくれたという事らしい。
影武神の総長である高星を捕らえた、これなら相当な情報の抜き出しが出来るのは間違いない。だが高星の様子は狼狽するでもなく悪びれるでもなく、諦めと悲しみが浮かぶような表情だった。
「いつかこういう日が来るんだろうと思ってました…」
「あぁ!? なに言ってんだお前よぉ! 身から出た錆だろうが!」
反省とは違う感じがあるが、悪事を働いたという気配もない、どういう事なのかと思っていたら高星は椅子に縛られたまま話し始めた。
「俺は高星で確かに影武神のリーダーでした、ですが正式に引退した訳では無いので、まだリーダーと言えばリーダーなんでしょう…」
「お前はリーダーじゃないのか? だったら誰が頭をやってるんだ?」
「全て話します、影武神のこと…それから東京カオスランナーと横浜ナイトサタンのこと、グループの生い立ちから変化までのこと」
彼は確かに今回の騒動の中心となってる3グループの中の一つ、影武神のリーダーだったが、今は名ばかりリーダーのような形になってるようだった。
「まず影武神ってのは素行が良い連中とは言えませんでしたが…最初は単なる格闘技の同好会みたいなもんだったんです」
「同好会? なのにあんな好き放題やって逮捕もされねぇってのか?」
「良いからまずは話を聞くぞ、齟齬があったり怪しい部分があったら予定通りに聞くだけだ」
格闘技の同好会なんて物が犯罪集団になり、そこから隠蔽に至るまでこなせる組織になったというのだろうか、流石に一同は怪しく感じる。
しかし過去にも格闘技団体が犯罪集団同然になってしまった事例はあり、完全な嘘と掛かることも出来なかった。
格闘技にせよスポーツにせよ世の中には無数のグループがあり、多くの人が知るグループやチームなんて0,01%にも満たないだろう。
その中には学校のクラブチームや大学のサークル、社会人が集まる同好会なども多く含まれ、本気度も熱意もチームそれぞれだ。中にはスポーツなどほとんどせず別目的で集まってるグループなんかもあったりする。
彼らはそんな星の数ほどある無名グループの中の一つだったそうで、立ち上げ当初は単なる同好会だった。
「東京カオスランナーは最初は渋谷に集まってる中高生の子達、ワルに憧れたり、家庭環境に問題があってヤンキーやってるだけの子達の集まりだったんです」
ヤンキーに憧れる少年少女、よくある話だ。男のヤンキーはモテるし女のヤンキーはカッコイイという考えがあるのは昔から変わらない。
生い立ちや環境によってヤンキーになる者も居たりするが、だからと言って他者を傷つけて良い理由にはならないだろう。
だが彼らは普通のヤンキーとは言い難く、通常の社会認識や一般的な考え方から著しく逸脱した思考を持ってる。
どんなに生い立ちが悪かろうが、どんなにヤンキーに憧れようが、一定以上の常識は持ってるのが普通である。それすらない者を何十人も集めるなんて普通は無理だ。
「横浜ナイトサタンは最初は暴走族?走り屋…何て言えば良いんだろう…。とにかく半端なワルがテキトーに集まって騒いでるグループでした」
繁華街にも田舎町にもありがちな半端者のワル集団、ヤンキー同士で縄張り争いのケンカをしたり、俺達はワルだ!みたいな感じで凄んで悦に浸ってる連中だ。
こういった連中はたまに大事件を引き起こしたり、本物のマフィア的犯罪集団になったりするが、大概は20歳前後でワル生活は止めて働くようになったりする。
彼らに共通する事は地元や縄張りでは大きな顔をするが、それ以外の場所では比較的に大人しいという事だ。
だが横浜ナイトサタンは東京に進出して暴れまわってるし、好き放題にやらかしてる。
「なんで3チームがこんな風になってしまったのか、俺が知ってる事は全て話します…今さらですが多くの人に迷惑をかけて申し訳ないと思ってます…」
普通なら『今さら謝っても遅いんだよ!』となりそうなものだが、何やら訳アリかつ多くを知ってるようなので、集まってる者達は話を聞くという方向で固まった。
もちろん嘘を付いてる気配や話の齟齬などがあった場合は対応は変わり、高星はタダでは済まない。しかし彼はそれらの気配も念も発する事なく話し始めたのだった。
人も街も世の中も変わらない物など無く、グループや人間関係、人の心や感情も変わっていくものだ。
時には信念や常識といったものまで変わる事があり、その切っ掛けはある日突然にやって来る事もある。
何かの出来事があったとして、最初の時点で『これは変化の切っ掛けであり、この先はこのように変わっていく』なんて分かる人など居ない。予測は出来ても分かる筈がない。
人は『これを切っ掛けにして○○という成果を出そう』と考える事もあり、その思考がいわゆるピンチをチャンスに思考なのだろう。
とにかく意識的に動かない限りは切っ掛けなど後からでしか分からず、最初の時点では何が切っ掛けで、どのようになっていくかなんて分からない。
それと同じように大した事の無いヤンキーグループが善性の欠片もない連中になっていった経緯を、影武神のリーダーである高星が語り始める。
それは通常では考えられない精神になってしまう、マインドコントロールも関わって来る内容だった。
なんだか男臭い話になっててすいません




