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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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27話 美術館の絵

 市乃(いちの)からデートのお誘いが来た翌日の午前11時、灰川は待ち合わせ場所の渋谷駅に来ていた。


 土曜日の渋谷は平日とは比較にならない人の数が歩いてる、子供から大人、男性女性、外国人、様々な人たちが行き来する交差点付近は人の波と言い切れる状態だ。


「灰川さん、お待たせっ」


「ああ、けっこう待ったぞ」 


「待ってないよって言って貰えると思ってたのに!」


 こういう時は男は「待ってない」と言うべきなのだろうが、市乃と灰川は別に男女の付き合いをしてる訳じゃないから構わないだろう。


 それでも灰川は待ち合わせの15分前には来ていた、渋谷とはいえ女の子を一人で待たせたら何かトラブルがあっても変では無いからだ。


「前から思ってたけど市乃は服のセンス良いよな」


「灰川さんが女の子の服を褒めた! 雪でも降るの!?」


 今日の市乃の服装は休日という事もあって制服姿ではなく、膝下まであるスカートとライトな服装の上着で、可愛くもありお洒落な感じがある。


 灰川としてはセンスが良いように見えるが、今時はこういうのが当たり前なのかとも、どっちつかずの気持ちにもなり、深い事言わずに本題に入る事にした。


「今日は怖い場所に連れてって欲しいって事だったな、怪談に活かしたいとか」


「うん、前にも部屋で()ったけど、あの時はそれどころじゃ無かったしさ、デートって聞いてビックリした?」


「あー、超びっくりした~」


「全然ビックリしてないねー、だめだこりゃ」


 今日は逢引(あいび)きというようなデートではなく、灰川チョイスのちょっとしたミステリーツアー(どこに行くか分からない旅行)といった感じだ。


「最初にお昼食べちゃお、今日付き合ってくれるお礼に私が奢るからさー」


「ああ、ありがとうな」


「いつものように食べ過ぎないでよ? 灰川さん動けなくなるし」


「まあ手加減してやるよ、案内はちゃんとしてやるから」


 灰川とエリスは駅の中に入って行き飲食店を探す、まだ昼食の混雑が本格的に始まる前だから多少は店を選べる環境だ。


「灰川さん何食べたい?」


「せっかくだから女の子が入らないような店に入ってみるか」


「えっ、何か楽しみかもっ!」


 土曜日の渋谷は何処に行っても人だかりだ、早めに決めようと少し足早に良き適当な店に目星を付けた。


「牛丼専門店? 灰川さんここで良いの?」


 灰川が選んだのはチェーン店ではなく少し高めの値段設定の牛丼店だ、ここは前にハッピーリレーの帰りに寄って美味かったから選んだ。それに市乃も牛丼は好きだろうという推測もある。


「ああ、市乃も好きだろ? 牛丼ちゃんなんて言う名前をサブアカに付けるくらいなんだし」


「まぁねー、好きっていうか大好きかな、普段は女子だから行き辛いんだよね」


 牛丼店は女子高生では入り辛い子も結構居る、可愛くないとか見栄えが悪いという理由で入りたがらない。それも頷ける話だ。


 市乃は普通に好きなようで、我慢できない時はたまに牛丼弁当を買って自宅で食べるそうだ。


「弁当牛丼と店で食う牛丼は味が違うぞ、ここは美味いから試してみろよ」


「うんっ、一人じゃ入りにくいけど、灰川さんと一緒なら気軽だしねっ」


 さっそく店に入り、注文して二人で食事をする。市乃はとても美味しそうに食べて満足してくれた。




 昼食を済ませて店を出る、今日の目的はここからだ。


「灰川さん、どこに行くの?」


「怖い場所に連れてって欲しいんだろ、それなら市乃みたいなエンターテイナーには良い所がある」


 まさか本当に霊的に危険な場所に連れて行く訳にもいかない、そういう場所も灰川は知ってるが行ってもプラスになるような事はないのだ。 


 本当なら危険な場所には近づかない場所が一番だ、だから今回は『ある種の怖さを感じられるが、危険は無い場所』に連れて行く。


「じゃあ電車に乗るぞ、行き先は上野駅だ」


「上野? 私あんまり行かないなー、どんな場所なの?」


「行けば分かるさ、満足して貰えるかは知らんけど」


 無責任なようだが仕方ない、選んだ場所が必ずしも満足して貰えるなら、本当のデートだって苦労はしない。


 それに灰川と市乃は10歳近い年齢差もある、求める物の質が違う事なんてザラにあるのだ。


 電車に乗って上野駅に向かう途中、電車の中で灰川が市乃に話し掛けた。


「怖い場所に行きたいって言ってたけど、市乃はどんな場所を想像してた?」


「んー、やっぱお墓とか心霊スポットとかかな」


 世の中に怖い場所は幾つもある、高い所やヤクザの事務所だって怖い所だが、今の場合は心霊スポットや何らかの(いわ)くのある場所だ。


 市乃の言ったお墓や心霊スポットというのは、幽霊が出ると評判の場所な事が多い。そういう場所は大概が怖いもの。


「そういう所は人の念が集まりやすい場所だったり、恨みや未練ってものが残ってる場所だったりする、いわば人の思念が(こも)った場所だな」


「そういう物なんだ、確かに言われてみればそうかも」


 怖い噂がある場所などはそういった場所が多い、人の念が集まり留まってしまう場所、そんな場所が怖い所となっていく。


「でもな、本当にヤバイ所は表に出ない、テレビとかでも番組にならないし、動画投稿サイトとかでも場所は強くボカす」


 本当にヤバい所に視聴者が行って呪われたとか、事故に遭ったとかなったら笑えない。責任も取れないから本当に危険な場所は秘密にされる。


「でも、幽霊に呪われたとか証拠にならないじゃん?」


「証拠にならなくてもダメだろうな、何でかって言うと本当にヤバい所に行った奴は大概はロクな目に遭わない、それを関係者は分かってるんだよ、だから隠す」


 灰川はオカルト好きだから様々な事を調べたし、自身の霊能力を使って真偽を確かめたりした事もあった。


「ロクな目に遭わないって、事故に遭ったりとか、最悪だと呪い殺されちゃうとか…?」


「そういうのはあんまり聞かない方が良い、俺だって腐っても霊能者の端くれだ、話さない方が良い事とかも心得てるつもりだからな」


「そうなんだ…怖いことって本当にあるんだね…」


「そう不安がらなくて良いぞ、オカルトは趣味で楽しむなら優れたコンテンツだと思うし、実は一般の人たちが怖い目に遭わないよう霊的な思念とかを散らして回ってる人達も居る」


「そうなの!? そんなヒーローみたいな人達がいるの!?」


 過去に高名だった陰陽師や巫女の子孫、徳の高い本当の意味での坊主や神職、ゴーストハンターの一族や、何らかの理由で悪霊を憎み狩り続けるダーク霊能者、全体の数は少ないが様々な人たちが居る、それは詳しくは説明しなかった。


「灰川さんもそうなの?」


「俺はまあ…暇があって気が向いたら、かな…」


 その辺りは(にご)して話をする、灰川もたまにはそういったボランティアみたいな事もするが、使う術が退魔や除霊術ではなく陽呪術という体系なので少し向いてないのである。


 灰川のやり方としては自身に退魔の陽呪術を掛けて現地に赴き、何らかの方法で悪い念を散らすような方法だが、色々な理由で今はあまりやってない。


「そろそろ電車が着くな、降りるか」


 上野駅に到着して降車する、目的地は駅の近くだから急ぐ事もなくゆっくり歩いて行った。




「ここが目的地なの? 美術館?」


「ああ、そうだ」


 灰川が連れて来たのは美術館だった、近くの看板には『美術大学展開催中』の文字が書かれてある。


「あ、そっか! 美術館にも怖い話とかあるもんね、そういうの聞かせてくれながら回るんでしょ?」 


「違うぞ、市乃にはここの作品を普通に見てもらうだけだ」


「えっ? それって何も怖くないじゃん! 私は怖い話に活かすために…」


「まぁ聞けって、さっき怖い場所に共通する事を教えたよな、人の念が集まる場所ってさ」


「あ、うん」 


「場所だと心霊スポットになるけど、物に誰かの念が込められてたらどうなると思う?」


「!!」


 市乃は怖い場所を望んだが危険な場所や危険な念が集まってる場所に案内する訳には行かない、そこで灰川は危険ではない念が込められた物が集められる場所に連れて来ることを選んだのだ。


「物に人の念が込められると、それは呪物(じゅぶつ)になるけど、その代表格の一つが芸術品なんだよ」


「そっか…そういう風になるんだっ」


「まあ芸術品の全部が呪物じゃないけど、強い念が込められてるっていうのは変わらないから、見る人が見れば綺麗な絵や彫刻品も怖く感じる事がある」 


「でも私、そういう能力ないから普通にしか見えないと思うんだけど…」 


 これでは普通に芸術品を見るだけになってしまう、それでは意味が無いと市乃は言うが。


「実は普通の人でも念を感じる方法はあるんだよ、とりあえず中に入るか」


 少し不満げな市乃はを連れて美術館の中に入る、チケットを買ってゲートを潜り少し歩く間に市乃に説明をする。


「霊能力がない人でも念を感じる方法は、念を残した人の思いや考えを知ることなんだ」


「??」


「まあ百聞は一見に如かずだ、とりあえず騙されたと思って行ってみようや」


 まだ不満げそうだが中に進み、美術館の常設展示(普段からやってる通常の展示)の方に歩いて行く、人はそんなに多くなく歩きやすい状態だ。




 美術館の常設展示には色んな物があった、絵画に彫刻、現代美術と様々だ。


 数々の美術品が並び、静かな館内には美大生や芸術鑑賞が趣味の人、中にはベンチで寝てる人も居る。もちろんデートの組も居るが、灰川と市乃が並ぶとどちらかというと兄妹に見える。


 そんな中で灰川は一枚の絵の前で立ち止まった、その絵は一人の精悍(せいかん)な顔つきの男性が描かれた西洋画だ。


「市乃はこの絵を見てどう思う?」


「どうって…普通のオジサンに見えるけど…」


 その絵は特に変わった所の無い絵だった、確かに上手い絵だとは思うが有名な絵画でもないし、素人にはイマイチ凄さが分からない。かく言う灰川にも絵としての凄さはよく分からなかった。


「この絵が何なの灰川さん? 念とか何も感じないんだけど」


 市乃は明らかにイラついていた、配信の(かて)にするために灰川を頼ったのに、これでは何の意味もない。そう思ってるのは灰川にも伝わってくる。


 灰川は至って真面目な顔だ、むしろ普段は見せないような何かを思うような表情になっていた。その顔を見て市乃は少し気圧される、この絵に何があるのかしっかり見ようとすると、灰川が口を開いた。



「この絵のモデルの男性は、この絵が完成した次の日に戦争に行って帰って来なかった、そんな人の肖像画なんだ」


「え……?」



 絵画題名『名もなき男の肖像』この絵にまつわる話、この絵に込められた想いと念、その話を市乃は聞く事になる。


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