269話 情報の抜き出し
会議が始まり話は進む、要点を纏めつつ現状や可能な事などを次々と話し合っていった。
警察は最近の危険グループの動向を追ってるが、上がって来る被害報告なども少なく、情報にも決定的な証拠などにも欠いてて捜査が進まないそうだ。
基本的に警察は現行犯でもなければ犯罪の証拠が無い場合は逮捕令状などは出せず、そもそも市民からの犯罪被害の通報が無ければ事件を掴めない。少なくとも大っぴらに捜査は出来ないとの事だ。
「以上の事から正式捜査にする事が出来ず、下の方で被害の通報などを握り潰してる可能性があります」
「ふむ…警察に内通者か買収された者が居るという事だのう、もしくは何者かが裏に控えてる可能性も高いな」
「通報を潰してるとなると、それなりに口利きが出来る何者かが控えてますね」
警察関係者らしき地本治の説明は以上で、会議出席者の意見としては警察内部にも危険グループの協力者が居る上に、そういう事が可能な力を持った誰かが裏で糸を引いてる可能性が高いという結論になった。
事件を握り潰して上への報告を止めて捜査もさせないとなると、それなりに肩書がある警官だろう。
「警察は何かしらの情報は掴んでませんか? 渋谷に不良や裏グループが多くなったとか、新宿のヤクザの動きが変だとかの情報とか」
「私の所までは上がってません、犯罪発生率も大きな動きはありません。ですが現場なら情報があるかと思います」
「では地本治長官、すぐに各所に聞き込みの準備をして下さい。動くのは捕らえた連中から情報が入ってからにしましょう」
「了解です会長、秘書官に準備をするよう言っておきます」
「敵のボスなどは海外に居る可能性もあると思います、そちらの情報なども気を付けておいて下さい」
まだ連中からの情報は上がっておらず、今も聞き込み中だ。
不良集団や反社会的勢力の悪質な被害が増えてるという市民情報は警察も掴んでおり、全く分からないという訳ではない。現場組には更に情報はあるのだろう。
動き出すのは情報を得てからでなければ無駄になる可能性が高く、今は動くための準備を整えてるという状態だ。
会議は陣伍ではなく英明が音頭を取っており、次々と無駄なく進んでいく。怒りはあるが感情的にはならず、早期の割り出しと事態解決、そして一番の目的である報復へ向けて話は進んでる。
灰川への危害が報復の最たる理由にはなってるが、四楓院グループや市民被害拡大の抑止も大きな名目だ。
警察としても反社に内通者が居るとかのスキャンダルは表沙汰にしたくないという感じも伺え、秘密裏に危険な連中を消せるなら都合が良いと感じてそうな雰囲気も見え隠れする。
このまま被害が拡大すれば話は更に大きくなり、マスコミにも情報が流れ、日本警察は何やってるんだ!という声が大きくなるだろう。それは何としてでも止めたいと思うに決まってる。
「萩尾次長、国税庁で掴んでる怪しい金の流れがある者をピックアップして下さい。長官には引退後の話も含めて私が電話しておきます」
「分かりました、では手始めに他人名義資産、他人名義カードを持ってるとNTAが睨んでる者の履歴を洗います」
「最初は外観調査レベルでも怪しい奴はピックアップして下さい、金の流れは見た目に出る事も多いのは萩尾さんの方が知ってると思いますので」
「はい、内部部局に手を回して調査部と査察部にある情報を元に進めます。徴収部にも妙な動きを掴んでないか聞き取りさせましょう」
社会というのは人が動けば金が動くのが原則であり、不審な金の流れや疑惑の金銭申告などには黒い動きが付き纏う事が多い。そこを狙って調べるとの事だ。
萩尾という人物は国税庁の高級職員のようだが、灰川にはどのくらい偉いのか分からない。しかし相当に上の人なんだなというのは分かる。
税務署は企業や有力者の金の動きは注意深く見ており、そのレベルは想像を超える。
この金がなぜここに流れる?とか、売り上げに対してこの損益はおかしいとか。
高額機材を会社の金で買ってすぐに盗難されたのは、機材を裏業者に現金で売買して金は社長のポケットじゃないかとか。
節税の方法が以前よりキワドイから入れ知恵してる奴が居るとか、そんな事も調べ尽くしてる。その調査力や情報を使わせてもらおうという事だ。
会議は進んで動きの準備を整える。
まだ捕らえた連中からの情報は上がって来ないが、全てを余す事無く聞き出してから整理した上で情報を回すとの事だ。憶測で見切り発車することなく動くためらしい。
「では一旦、会議を中断します。皆様の部屋は取ってありますので、しばらくお休みください」
英明が会議を一旦終わらせ、出席者たちは足早に会議室を出る。灰川はどうして良いか分からず、とりあえず会議室から出て人の流れに着いて行くが。
「灰川先生、ちょうど良い機会ですので、ここに居る人達に紹介させて下さい」
「え? は、はい、どうすれば良いですかね…?」
「近くの部屋に会議出席者の秘書の方達が控えてる部屋があります、そこに出席者も集まって今後の動きを話してる筈なので、一緒に向かいましょう」
なし崩し的に英明に言われて出席者たちとの顔合わせをする事になってしまうが、顔を合わせた所で何がどうなるという訳でもないと思ってしまう。
しかし顔が広い方が良いと思うし、なんだか偉そうな人達だから知り合って損はないとも思う。
その前に少しの間だけ廊下で話し合う事になった。
「この報復に関してなんですが、父さん…総会長が私の意気込みの強さを見て、この件はお前が指揮を取れと言われて任されました」
「そうだったんですか、やっぱり後継者としても凄い頼りにされてるんですね」
「灰川先生から報復を頼まれた訳ではありませんが、必ず連中には報いを受けてもらいます。我々も被害を被ってますので、絶対に黙っては居られない状況ですから」
英明は口には出さなかったが、この一件は陣伍が息子に出した課題なのではないかと灰川は感じた。
無法者が客人に手を出したらどうなるかの見せしめ、傘下や囲ってる人達へグループがどれだけ力を持ってるかの示し、突発的に発生した問題を迅速に上手く解決できるか。
そういった事を手回しや実行に至るまで指揮を執って、後継者としての能力を各所上層に見せろという課題なのだと灰川は踏む。
もちろん今までだって様々な仕事の指揮を執っただろうし、非常に高い能力や広い伝手があるのは分かる。
しかしそれは会議室に居た人達も同じであり、エリートは自分より無能な奴の下になど付きたくないと思うのは想像できる。
この一件は英明の能力やカリスマ性を、傘下や囲ってる有力者たちに見せるのには都合が良いのだ。
悪を倒すという明確で分かりやすい目標があり、正義はこちらにあると示しやすく士気も高い。
報復という後ろ暗く法を無視した行いをするため、根回しも強めにしなければならず、それ故に権力と財力の強さと範囲の広さを示しやすい。
最重要客人に手を出した報復という目に見えた優遇をする事で、四楓院に近付けばそんな事すらやってくれるという印象付け。
その他にも様々な都合の良さがある案件であり、そこを無駄なく効率的に利用して行こうということだ。
仕事というのは、それ自体が大きな広告や求心になったりするものだ。今回のような大勢の有力者を集めた仕事には、見せてアピールする仕事というのも大事になる。
「英明さん、俺の事は気にせずガンガンやっちゃって下さい。危ない連中ですから遠慮は要りませんって」
「ありがとうございます、色々な事情はありますが、灰川先生に手出しした事は本気で怒りを感じてますので」
「あ、でも流石に殺人とかはぁ……」
「分かりました、なるべくその方針で行きましょう。ですが灰川先生が捕らえた連中のグループの規模によっては、不測の事態もあるかもしれませんので」
「その時はどうしようもないですよね…もしかしたら銃とか持ってる可能性だってあるんですし」
敵グループの規模や実体が掴めてない以上、相手を害さないで済ませられる確証など無い。
銃火器や爆発物を持ってるかもしれない、誰かを盾にして来るかもしれない、そうなった場合はどうする気なんだろうと灰川は思う。
「こちらも戦力には最新装備を固めさせます、実行組に怪我人を出す気もありませんから。もし敵が予想以上に大きかった場合は、どうかご了承いただけるとありがたいです」
「はい、その時は甘い事は言ってられないですし、金も掛かると思いますんで」
「金に糸目は付けませんよ、むしろ開発したモノの実戦評価試験もしたかった所ですしね」
どんな装備とかモノなのかは聞かないでおこうと灰川は決める、少なくとも自分からそういう事を聞くのは怖い。
悪人集団と対抗する以上は手加減とか言ってられない、こちらの人員が殺される可能性だってあるのだ。
可能な限り死者は出さない方式ではなく、危険だと判断したなら殺害もやむなしという方式を取るらしい。隠蔽に関してはやりようはあり、話も通ってるとの事だった。
悪人集団に属してた奴をどうするかは後で決めるらしく、いずれにしても完全に無罪放免にする訳にはいかないとも語られた。
無条件で皆殺しよりはマシだろう、アイツらが言ってた事が本当だったのなら、『気が向いたら殺さない』程度の当たり方でも温い方なのだ。
その当たり方だって敵の勢力が大きく、それでいて一定以上の武装をしており、抵抗の意思が非常に高いと予測できる場合は適用されない。
こちらより向こうの戦力の方が高い可能性だってあるんだし、情報が上がって来てない現状では何にしても判断が難しい。
「では会議控室に入りましょう、秘書との話し合いも終わる頃だと思いますので、順にご紹介します」
「はい、なんか皆さん高そうなスーツ着てたし、偉い人達なんですかね? ちょっと緊張するなぁ」
英明に連れられて控室に入るが、室内は灰川が思ってたより慌ただしく動いていた。
秘書と思われる人達がノートPCを開いて何かを調べてたり、何処かに電話して確認を取ってたり、会議に出席してた人と何事かを相談したりしてる。
高級ホテルの立派な室内が今は鉄火場状態だ、この案件は英明にとっては力を見せる場だが、関係者にとっては今後の自分たちの行く末を決める場でもあるのだ。
「角野、妙な動きがありそうな所轄を割り出して、通報や事件が止められてないか調べろ。俺は各所にドンパチ隠しの根回し準備しておく」
「わ、分かりました、何があったんですか…?」
「言える事は少ないが~~……」
「チョウのサンズイとニスイに今すぐウラに流れた疑いがある所を洗い出せと言え、オカミに話は通ってるのも忘れずだぞ」
「本庁の法人課税課と資産課税課に、怪しい所に金を流した疑いがある所を洗い出せと命令ですね。財務省に話は通ってるという事で」
「隠語使ってるのに丸ごと説明しないでくれよ! 私がバカみたいじゃないか!」
「このメンツなら隠語使っても無駄ですって萩尾次長、あっちに居る財務省の新見田事務次官も使ってませんし」
「まあ、そうだな。その新見田事務次官から大臣にも話は通ってる。今の大臣は総会長のおかげで大臣になれたようなものだからなぁ」
「カード履歴の裏ブラックリストを送れと連絡しろ、他人名義カードの疑いが濃い奴を重点的に洗う。国に話しは通ってるからな」
「分かりました社長、この一連の案件は完全極秘でよろしいですか?」
「もちろんだ、詳細は話せんが他言無用だぞ。それと裏社会に繋がってる奴の情報も会長から聞いたから、ソイツらも履歴を調べてくれ」
「はい、進めておきます。調査班はいつもの裏班で良いですね?」
広めの部屋の中では会議出席者と秘書と思われる人達がアレコレと話してる、本格的に動き出す前の準備をしてる所だった。
情報が上がって来たなら即座に調べて敵の所在や戦力、裏に控える者を割り出して丸裸にするという魂胆だ。
まだ本格的な動きは取ってないため忙しさは極まっておらず、そこに英明が各人に灰川を紹介して回っていった。
人数は会議出席者だけで15名くらいで、秘書や実務役を連れてる人も居るから人数は更に多い。
灰川は緊張するやら顔を覚えきれないやらで混乱気味で、とにかく名刺を交換して挨拶するだけで精いっぱいだった。
それでも向こうは灰川の事を客人名簿で見て知ってるため、とても丁寧な対応をしてくれて好印象が残る。
秘書を含めて全員がエリートな事が見て分かり、能力の高さや知性の深さが伺い知れる。やっぱり自分とは人間としての出来が違うんだろうなと灰川は思ってしまった。
その後はすぐに英明は手回しのために場を離れ、灰川は特にやる事が無くなって廊下に出てる。
灰川にもレヴァールホテルの客室が取られてあり自由に休んでくれと言われたが、空気的にそれも何だか気が引ける。
さっきの会議に出てた人達は国を動かす省庁の上部役人や、様々な情報を扱う企業の代表格たちだった。
「灰川先生、だいぶ情報が取れて来たので、少しお越し頂けますか?」
「はい、俺も奴らに少し聞きたい事があるので、そっちもお願いしたいです」
「かしこまりました、ではこちらへ」
SSP社の警護員の一人に話し掛けられ着いてエレベーターに乗って別階に行き、調査を行ってる人員が居る部屋に入った。
室内には複数のパソコンがあり、画面にはヤンキーっぽい服を着た少年が椅子に縛り付けられて震えてる映像が映ってる。
ヤンキーが居る部屋はコンクリート打ちっぱなしの簡素な部屋で、室内には複数の男が控えており何があっても対応できるようにしてる。
『はい………俺の知ってる仲間とか居場所の情報は全部言いましたっ……! だからもう帰して下さい…っ!』
『おいおい、最初の勢いはどうしたんだよぉ? なんだっけ? テメーらの家族も身内も割り出して、地獄を見せてから殺すぞだっけ?』
『ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!』
『家族に手を出すって事はよぉ、俺らの世界じゃ仕返しで何やられても文句言えねぇって事なんだよ。さっきも言ったよな?』
『知らなかったんです! 何もしません! もうワルは止めます!許して下さい!』
拘束されてる高校生年代と思われる少年の髪の毛は半分くらい白くなってる。顔面は蒼白でガタガタと震え、必死で許しと助けを乞うていた。
仲間とは引き離され個別順に尋問をしてるようで、上手く情報を抜き出せてるらしい。
「彼らは最初は威勢が良かったんですが、すぐに心が折れて喋りましたよ。今は裏を取りつつ何か隠してないか探ってる所です」
捕縛した少年たちに見た感じでは傷は付いておらず、それなのに髪の毛が白くなるくらいの恐怖を味あわせてるらしい。
「奴らが持ってたスマホからも情報を抜きましたし、その他の持ち物からも住所や家族、学校に行ってる者は学校も割り出しました」
「そうですか、こんな奴らを受け持ってる学校もあるんですね」
「少し最初の方の映像を見てみましょうか、聞き取りを始めた辺りです」
警護員が1台のパソコンを操作して取調室の監視カメラの録画を幾つか再生する、映像は鮮明で音声もしっかり採れていた。
『テメーら俺らカオスランナーに勝てっと思ってんのか!? 今なら許してやっから放せや!』
『ほー? 放さなかったらどうなるんだ? カオスランナーさんよぉ』
『テメーらの家族も身内もゼッテー調べて、全員に地獄見してから殺してやんよ! ヤク漬けにして逃げられねぇ家畜にしてから、じっくり切り刻んでやんよ!』
『おお、怖いねぇ~、まるでヤクザ屋さんだ』
『あぁ? 俺らはヤクザなんて小せぇワルじゃねぇよ! 極悪王、東京カオスランナーだ! 俺らに手ぇだしたら影武神も横浜ナイトサタンも黙ってねぇぞ!』
『後視九図高校2年2組の小野崎 剛我君、なかなかお喋りじゃないかぁ、手間が省けて良いねぇ』
『あ? なんで俺のこと知ってんだよ? おい!答えろやボケがよぉ!』
さっきの映像に映ってた高校生ヤンキーが椅子に縛られながらイキってるという、なかなか滑稽な映像だった。
最初は本当に威勢が良かったらしく、思ってたほど灰川の呪術は精神にはダメージは無かったらしい。
小野崎という奴は相当に自分たちのグループに自信を持ってるらしく、灰川を的にした時のように滅茶苦茶に暴力的な言葉を吐き散らかしてる。
その直後に警護員が映像を数分後に進めて、次は様子が一変していた。
『止めて下さい!止めて下さい!! 母ちゃんは関係ないじゃないですか! 警察に言いますよ!?それでも良いんですか!?』
『おいおい、お前が俺らの家族も身内も家畜にして切り刻むって言ったんじゃねぇか、じゃあこんな事になっても文句は言えねぇよな?』
『あ、あなた方が凄い人達だって分かんなかったんです! もう分りましたから! 狙撃手の人に撃たないでって言って下さい!』
『どーすっかなぁ、東京カオスランナー怖いしなぁ~』
『もう悪いこと絶対にやりません! 何でも言うこと聞きます!舎弟にでも何でもなります! 母ちゃんは何も悪いことしてないじゃないですか!』
『射程? それなら安心しろって、確実に当たる距離だからよ。はっはっは! 極悪なんだろ?ガキみてぇにメソメソ泣くなって』
人には家族も含めて地獄を見せるなんて言っておきながら、自分の家族が狙われたらこの始末。
四楓院は銃火器を有してるらしく、それらを扱うスペシャリストも揃ってるらしい。SSP社の人達がそうなのだろう。
そんな事を何気なく映像で明かされ灰川は気が引けるが、日本にだって銃を持ってると思われる組織は多い。むしろ四楓院が持ってないと思う方がおかしい。
何より怖いのは、銃を使っても隠蔽できてしまう力があるという事だが、これらを使うのは余程の時だという事も付け加えて教えられた。
「今回の件は灰川先生やグループはおろか、一般人にも多数の目に余る被害が出てる可能性が高いです。こういった手段もやむなしという訳です」
「そ、そうなんですね、でも…隠しきれるものなんですか…?」
「往来のある市街地で銃撃戦でもしない限りは隠せます、手回しも済んでますし、消音器なども揃ってますから」
ヤンキーの母親を狙ってるのは脅しであり、どのような結果であれ撃つ気は無かったと聞いて安心する。
だが撃ったように見せかける事は可能であり、絶望感は与えられるだろう。
「次は連中グループがやって来た悪事を洗いざらい喋った奴の映像を映します」
「あ、中津田主任、ソイツの映像はこっちの方が良いですよ」
「そうか、じゃあそっちを回してくれ」
灰川に付いてた警護員は三檜 剣栄と同じ主任クラスの人物だったようで、四楓院グループの事情にも詳しいようだ。
そもそもSSP社は四楓院直属であり、グループの深い部分や裏の部分にも詳しい人ばかりらしい。
悪人から身を守るには武力や情報力も不可欠であり、彼らはグループのそちら側を受け持ってる。
映された映像にはさっきのヤンキーより年下、恐らくは高校1年と思われる男が映ってる。やっぱり椅子に座らされて縛り付けられていた。
『テメーらこんな人数で襲いやがって恥ずかしくねぇのか!? タイマン張れやぁ!』
武装した8人で1人を襲った奴が何て言い草だと思うが、これがヤンキーなのだと灰川は知っている。
自分たちが人数や武器で優位だったら相手を囲んで『サコが!』『弱すぎんだけど!』とか言って、相手をあざ笑い人権すら踏み躙りながら暴力を楽しむ。
しかし自分たちが不利ならば『卑怯者!』とか言って、苦し紛れに『男なら1対1で勝負しろや!』とか言い始める。
もちろんそんな事は聞き入れられる筈もなくボコボコにされてしまうのだが、負けた後でも仲間に『やられちまったけど5人はぶっ殺してやった』とかフカシをこく。
実際には命乞いしながら『許して下さい!』とか泣きながら言ってたのに、仲間には『負けたけど○○は根性見せて5人ぶっ殺した』という話が流れる。
ヤンキーの武勇伝などこんな物であり、自分の事は棚に上げて有利な時だけ男らしさを見せるのだ。
今までケンカで20人以上もぶっ殺したなんて言ってたりするが、大勢で弱そうな人を囲んで袋叩きにして金銭を奪うなんて事もケンカにカウントする奴も多い。
そうして『自分は強い』『凄いグループに属してる』と勘違いして精神も肥大化し、街の王者のように道の真ん中を肩で風切って歩くようになる。迷惑以外の何物でもない。
『タイマンも張れねぇのか!腰抜けどもがよ! さっさと放せや!テメーら必ず後悔させて~~……』
そこから映像が進んで、次に再生された部分では。
『すみません……反省してます……、だから遺書だけはカンベンして下さい…っ』
先程にあんなに粋がってたヤンキーの髪の毛が半分以上も白くなり、涙を流してガタガタ震えながら絞り出すように喋ってる。
やっぱり外傷は無く何をされたのかは分からないが、余程恐ろしい何かがあったのだろう。
腕の拘束は解かれてるが抵抗の意思は見せず、ライオンに囲まれた小動物みたいな状態になっていた。
『別に書かなくても良いよ、俺らは困んないしさ』
『じゃ…じゃあ逃がしてくれますかっ…? もう知ってる事は全部話しましたからっ…!』
『まあ、最終的にはそうなるかな』
最後には逃がしてくれるという言葉に、ヤンキーの顔に少しの希望の色が戻る。
『ここから出た時のリクエストは聞いてやるよ、どこのドブで泳ぎたい?』
『!!!!!』
芽生えた希望が一瞬で刈り取られる、この言葉は彼の最後を暗示するメッセージだという事は理解出来たようだ。
好き放題にやって来た報い、己が悲惨な最後を迎えた後も晒し者にされて、道端のゴミ同然の末路を迎えるという内容。
それを聞いてヤンキーは見た事ないくらい震えながら、声にならない声を上げている。
まだ高校1年なのに、なんでこんな事になってしまったんだ!、理不尽だ!とか思ってそうな顔だ。謝っても泣いても許してもらえない。
恐ろしい内容だが彼らはそれだけの事を人にやり、国すら彼らを見捨てるほどの悪を成してきた。
この時点ではかなり情報の裏が取れてたらしく、彼らが口にした悪行は本当だという確認が出来てたらしい。
映像が次に切り替わり、更に次へと切り替わっていく。
最初は口悪く罵ったり、タダじゃおかねーとか、仲間を連れて殺っちまうとか、凄く威勢が良いのは共通してる。
殺害とかしたって隠蔽できないとか、自分たちの規模のグループに勝てる訳がないとか高を括って掛かってたようなのだが、しばらくすると一様に髪の毛が白くなって静かになる。
「情報を抜いて裏を取って、大部分は纏まって来たんですが……コイツらえげつない不良集団、いや…犯罪集団ですよ」
中津田は連中が吐いた情報を確認してるが、どれも確証が無ければ嘘だとしか思えないような内容だとの事だ。
「あの中に居た21才のリーダー格の男はグループ内でも上に居る奴だそうで、他のメンバーよりも多く情報を持ってました」
「幹部クラスの奴だったんですか、そんな奴が不用意に街で悪事をするなんて信じられませんね」
「彼らは暴力団やマフィアといった悪事のプロではありませんから、不用意なマネもします。ですが悪事のプロはバックに付いてるので、悪さの入れ知恵は受けてますね」
情報だと彼らは東京カオスランナーというグループに属する不良で、灰川はその名前に聞き覚えがある。タナカから聞かされた危険集団だ。
彼らは他のグループ、影武神、横浜ナイトサタンという連中と同盟を組んでおり、やりたい放題の悪の花道を歩んでるらしい。
「奴らが何故にやりたい放題やって逮捕されないのか、予想は出来ますが判明には至ってません」
「情報を会議に出てた人達に話して探ってもらってるという感じですか」
「はい、警察の内通者を含む情報や、金の流れを追って詳細な関連人物を探ってもらってます」
人を人とも思わず虐げて搾り取って吸い上げた代償、それを彼らは存分に味わっている。
彼らがどんな事をやってたのか灰川は詳細を知らない、しかしとある一件の事だけは聞いておきたかった。
「すいません、奴らの誰かに…宮益坂のビルの間の空きスペースに、何を流し捨ててたのか聞いてもらえますか…?」
「え? 空きスペースですか、分かりました」
霊能力で感じた気配はどうか俺の間違いであってくれ、そう願いながらリアルタイム映像を見る。
その後に四楓院や関係各所の準備が整い、情報を精査して対策や方針の大筋を決めてから、17時過ぎに第2回の会議が執り行われたのだった。
今日はテレビ番組new Age stardomの2回目の放送日であり、桔梗とコバコの記念すべきデビューの日だったが、リアルタイム視聴は諦めた方が良さそうだ。
立案、実行、隠蔽、それらは迅速かつ的確にしなければならないが、流石に今日の夜までに全てを終わらせる事など出来ないだろう。
だが時間も掛けていられない、ここに集まってる人達は多忙かつ重要な役職に付いてる人達なのだ。無法者に構ってる時間など本来なら無い人達である。
法を無視する事は本来ならあってはならない、しかし相手が法を無視した上で逮捕もされないと言うのなら、それなりの方法を取るしかない。
様々な葛藤はあれど話は目標達成に向けて進み、社会の裏の勢力を、社会の表の者達が裏に潜って叩く。
その流れの中には報復だけではなく、恩売り、地固め、示し、などといった思惑も混ざる。
そして四楓院 英明にとっては、財界の有力者たる陣伍の後継者として十分な力を持ってるか、その評価がされる場でもある。陣伍に認められるだけでは不十分、関係各所に認められて初めて十分となるのだ。
勿論この一件だけで全てが評価される訳じゃないが、大事な場面というのは間違いがない。
力を見せるには都合が良すぎるくらいの状況、お膳立てもしやすく士気も上げやすい。
この報復劇を『後継の大儀式の一つ』と出来るかどうかは、ここからに掛かっている。
今夜は国の偉い役人は徹夜で仕事する人とかも出て来そうだ、関係各所も残業組が出るんだろう。




