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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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267/333

267話 残忍性の集団心理

 直接的な描写はありませんが、後半にバイオレンス描写があります。

 苦手な方はご注意下さい。

「せーちゃん、砂遊、話があるにゃ」


「にゃー子? どうした急に?」


 日曜の夜、誠治と砂遊とアリエルで食事を摂った後、にゃー子が誠治の部屋に入って話し掛けて来た。アリエルは漫画の続きを読むために急いで部屋に戻った後だ。


「どしたのさぁ~、もっと良いエサ寄越せってか~? うししっ」


「違うにゃ、前に7人ミサキが出た時の話だにゃ、今でも気になってる事があるんだにゃ」


「あの事件は解決したぞ? なんかやり残した事でもあったっけ」


 7人ミサキの事件は来見野 来苑が訳あって狙われてしまった事件であり、彼女の先祖である胡桃名家の浄霊を誠治が努めた出来事だった。


 一連の事は上手く行って浄霊も終わって来苑も助かり、翌日のVフェスもしっかり出演出来た。これらを見るに騒動は既に終わっており、今さら何かが出て来るような事は無い。


 この件の後に来苑は先祖の墓にお参りしようとしたが、場所が四国なため今は忙しくて実行できてないと聞いてる。


「そんで、にゃー子、話したい事って何なんだ? オカルト関係だったらアリエルも連れて来るか?」


「それはダメだにゃ、あの子はこの話を聞くのは早い気がするにゃ。本当なら砂遊にも早いかもしれにゃいけど、砂遊も人間の年でそろそろ16、聞いておいた方が良いにゃ」


「なんの話なんだよぉ、にゃー子~? モジャモジャ髪の毛が治る話……って雰囲気じゃなさそうだなぁ~」


「ちょっと酷な話になるかもしれないにゃ、少し覚悟して聞くにゃ」


 そう言ってにゃー子は話しやすいようにテーブルの上に飛び乗り、7人ミサキ事件の時に功とにゃー子達にあった話をし始める。


 にゃー子は7人ミサキ事件の時、マフ子が渋谷の地下水路に嫌な気配があると察知して侵入した。


 地下水路の中に居たのは7頭漁りという動物の怨念が集まった動物版7人ミサキのような怪異、動物を取り殺して引き込んだり、時には人間の赤子の魂を持って行くとも言われる怪異である。


「あの7頭漁りは……人間の水子の魂を幾つも喰らってたにゃ…」 


 「「!!?」」


 水子とは流産、死産、人工妊娠中絶などの理由で生まれて来る事が出来なかった、もしくは生まれて間もなく亡くなってしまった子の事だ。そういった子らの魂の事を水子と言う場合も多い。


「そ、それってどういうことだよ…っ!? 確かに渋谷区にだって水子地蔵はあるし、水子菩提(みずこぼだい)の供養をしてる寺だってあるだろうけどよ…っ」


「喰われた水子の魂は、にゃー子がしっかり天帰送魂(てんきそうこん)で送り出してやったにゃ、そこだけは安心しろにゃ」


「近くとかの産婦人科で供養をしっかりやってないのかねぇ~、水路に7頭漁りが居るってんだから、そっちに魂が行っちゃったとか」


 7頭漁りに対峙した時のにゃー子達は強い怒りを感じて迷わず祓った。


 怒りの理由は罪もない魂を喰っていたからで、いくら動物と言えども人間に好意的な感情もつ猫たちには耐えがたい存在だったのだ。


「それとにゃ、(いさお)が祓いをした悪念溜まりの場所なんだがにゃ」


 功は渋谷の宮益坂の地域にある建物に囲まれた空間に悪念が溜まってる場所を見つけ、そこを念仏によって供養して悪念を祓った。


 その場所の悪念はかなり酷い事になってたようで、放っておけば7人ミサキか、それに匹敵する怪異が生まれるようなレベルになってたとにゃー子は聞いてる。


「父ちゃんが言うんだから間違いは無いんだろうけどよ、なんでそんなに悪念が溜まってたんだ?」


「建物に囲まれた空間とかって、悪いモノが溜まりやすいからねぇ~。でも怪異とかが出来るくらいのレベルになんてなるか~?」


 渋谷の路地裏のさらに裏みたいな場所だとは聞いてるが、いくら都会の人が多い地域なんて言っても、普通は怪異や危険性が高い霊的存在なんて生まれない。


 確かに人は悪念を発するし、それが吹き溜まりのようになってしまう場所はある。


 しかし人間は悪念だけの存在じゃなく、喜びや楽しいという感情、思いやりや優しさ、愛情、友情、義理人情、そういった良念も多く有してる生き物なのだ。そういった良念が悪念を中和して危険な事にはならない場合が多い。


 悪念溜まりの場所にしたって、全く気や念の循環が無い場所なんて稀だ。風が吹いたり人が出入りしたり水が流れたり、そういった事で場所の念にも循環が起こる。


 それらの影響で悪念が消えず循環しないとなると、多くの場合は理由がある。誰かのあまりに強い憎しみが籠ってるとか、何らかの理由で酷い(ごう)が宿ってるとか、そんな理由だ。


「となると、その場所に強い悪念が宿る理由があるって事か…なんかあんのかな、その場所」


「何かあるとしてもロクな事なわけないにゃ、もし調べるならさっきのマッチョみたいなのと一緒に行けにゃ」


「渋谷はなんか危ない雰囲気あるもんねぇ~、前に来た時はそんなイメージなかったんだけどなぁ~」


 水子を喰う怪異の発生だとか、渋谷の目立たない場所に普通ならあり得ない程の悪念溜まりがあるなど、なんだか嫌な話だ。


 先程にタナカから危険集団の話も聞いたし、誠治自身も何だか最近の渋谷や繁華街は雰囲気が悪いのを感じてる。


「砂遊、しばらく渋谷とかに一人で行くのは控えろよ。まだ中3なんだし、そもそも受験勉強とかもあるだろうしよ」


「こっちの学校でオタク友達が少し出来たよお兄ちゃん、男子の友達と彼氏はまだ居ないけどなぁ~」


「彼氏が居たことあんのかよ? 男の友達は地元の秀平とか勇人とか居るだろうけどよ」


「うしししっ! シュウちゃんも勇人君とも小学校高学年くらいから話さなくなっちゃったからなぁ~、彼氏は今まで5人居たぞぉ、お兄ちゃん」


「ええっっ!? マジかソレ!?」


 妹のまさかの発言に誠治は驚愕する、まさか砂遊に彼氏が、キモいオーラが漂う砂遊に彼氏が、それも5人も居ただなんて!


 確かに砂遊は容姿にクセはあるが悪くはなく、前まではキモさを隠してたから良い感じって思う同級生とかが居たのかと思ってしまう。中3にしては胸も大きいし。


 今時は中学生どころか小学生で彼氏彼女が居るなんて話は珍しくないと聞いたが、まさか砂遊までそうだとは思ってなかった。


「まぁ、ヤバい野郎とかじゃなければ良いけどな、そういうのをどうこう言うつもりも無いしよ」


「グランド・マグニカのアグレスとぉ、ドルガ戦記のキャレー大尉、バトルキャンパーのアイジ君も彼氏だしなぁ~」


「アニメのキャラじゃねーか! 彼氏にカウントすんなっつーの!驚いたべや!」


「誠治も騙されたにゃ~、にゃー子も最初に聞いた時は驚いたにゃ、にゃはははっ!」


「ゲームキャラの彼氏も居るぞぉ~、ちなみにエロゲーとBLエロゲーもやってるぜ~、うしししっ!」


「そういうの兄に言うなや! コッソリ楽しめっての!」


 灰川家の面々で集まって話すと心置きなくオカルトとか変な話も出来て落ち着く、兄妹との時間はやっぱり良いものだなとしみじみ皆で感じるのだった。


 誠治と砂遊とにゃー子は灰川家の3兄妹みたいなものだ、一匹は猫叉だが、なんだかそんな感じなのだ。


「謎の悪念が集まる場所かぁ、他にもちょっと変な話は聞いてるから、時間があったら調べてみる。情報ありがとな、にゃー子」


「構わんにゃ、お礼はワンニャン社の高級キャットフードセットと大トロのギフトで良いにゃ!」


「高いっての! そういうの食ってオモチがまたデカくなったらどうすんだっての!」


「うへぇ~、なんかクーラーで冷えたなぁ~、マフ子に首筋でも温めてもらうかぁ。オモチはアリエル君が枕の代わりに部屋に持ってっちゃったしなぁ~」


「ああそうだ、ギドラは朋絵さんが戯れさせて欲しいって言って連れてったよ、由奈もさっきテブクロと福ポンに会いに来たしな」


 馬路矢場アパートの猫たちは知り合いたちに人気があり、近所に住む由奈はなるべくテブクロと福ポンに会いに来るようにしてる。


 空羽や桜も会いに来たい気持ちは大きいのだが、時間が取れずに会いに来れず悔しい日々を送っており、灰川のスマホに『せめて写真と動画を送って』とメッセージが来るのだ。空羽からは1日に3回くらい来る事がある。


 アリエルも猫たちにすっかり慣れて可愛がっており、朋絵も猫たちに癒されながらV活動に勤しんでる。


 特に朋絵は今に至るまで辛いこと続きだったから、猫たちの癒しは心の大きな支えになってるようだ。




 その後は誠治は自室でのんびり過ごし、寝るまでは暇なので今夜は配信でも見ようとスマホで動画サイトを開いた。


「お、ナツハが配信してるな、やっぱ盛り上がってんな~」


 登録チャンネルの配信中の通知が光っており、そのまま自由鷹ナツハの配信を開く。


 画面の中では今日もナツハが陽気に明るく配信しており、普段に会う空羽とは少し違った雰囲気の様子の面白さを体験させてくれる。



  自由鷹ナツハ 視聴者登録数 406万人

         

         同時視聴者数 11万人


【応援】初めての戦闘機ゲーム!!【よろしくね!】


 どうやら今夜のナツハは戦闘機シミュレーションゲームの『トップ・コンバット9』をやってるようで、いつものように配信は盛り上がってる。


 このゲームは国家間の戦争を題材にしたストーリーが展開され、そこに個人や政治や軍事のドラマを絡めた濃厚なドラマも人気を博してる。


 何より戦闘機の操縦や戦闘が面白く、様々なミッションをクリアしたり選択する事によってエンディングが変わるというシステムも人気だ。


『この任務だと地上攻撃目標があるから、戦闘機よりマルチロール機の方が良さそうだね。クラックイーグルⅢにしようかな』


コメント:ナツハ最高!

コメント:new Age stardom毎日放送しろ!

コメント:マルチロール機最高!

コメント:クラックイーグル毎日搭乗しろ!

コメント:ナツハ仕様の痛戦闘機を作ったぞ!


『でもグレーデン神話国のスカイバベル隊が出てきたらマズイかな。少し前のミッションで東の戦場に出て来たから配備は変わって無いだろうし、これは迷うっちゃうね』


コメント:敵の配備とかも読んでんのか

コメント:ナっちゃん普通に上手いよね

コメント:マルチロールだとマニューバが限られるの痛い

コメント:戦闘機に詳しくなってるナツハ可愛い

コメント:戦術とかも先読みしててイイネ!!


『戦術データリンクは悪くないんだけど、火器管制システムに難があるかな。レーダーの範囲は普通くらい、やっぱり中途半端な性能かも…』


 今夜もスパチャにメンバー限定スタンプが大量に流れ、コメント欄はどんどん流れ去って行く滝のようだ。やっぱり凄い人気だと改めて灰川は思う。


 なんだか戦闘機に関して詳しくなってるが、配信のために勉強したのだろう。空羽は記憶力も並外れて良いし、戦術眼のような予測力も優れており、様々な才覚がある子だ。もはや本当の意味で天才と呼ばれる存在に片足を突っ込んでる気がする。


 英語と漢字と簿記の検定は1級らしいし、危険物取扱者資格は高校生が取得可能なものは全て一回の試験で合格、行政書士と宅地建物取引士の資格の試験も先日に受けて合格ほぼ間違いなしだと聞いた。


 大学は国立大の法学部に推薦入学が決まっており、大学に在学中に税理士や公認会計士の資格も取ると言ってる。


 そんな頭がある奴がVtuberという人気稼業でも成功してる、というか成功しない方がおかしい。


『みんなは次のマップって戦闘機にした方が良いと思う? エース部隊とドッグファイトになったらキツイよね、あ~どうしようかなっ』


コメント:スカイバベル以外のエースも出て来るかも

コメント:戦闘死刑囚のガラムも来たらヤバイ

コメント:天候も悪いしジャミングもあるかも

コメント:ってか戦力を前線に向けすぎじゃね?

コメント:これ防衛が薄い所を突破される可能性ありそう     


『考える事が多いゲームなんだね、このゲームやってるだけで戦闘機に詳しくなっちゃいそうだね、ふふっ』


コメント:かわいい

コメント:超かわいい

コメント:ナツハが乗ってる機体に撃墜されたい

コメント:テレビも良い感じだった!

コメント:戦闘機オタクになっちゃいなよ!



 この配信を11万人もの人が見てる、一人の人間がゲームをするだけというコンテンツを多くの人が視聴してるのだ。


 ナツハの頭が良いのは視聴者も分かってるが、時に抜けてる所を見せて親しみやすさを持たせ、意見を押し付けるような事はせず空気感と世界観を守る。


 何をやっても面白いし癒されるし、どんなゲームをやっても決してマイナスプロモーションにならない。ゲーム会社からの案件依頼は今も多いようだが、最新ゲームはネタバレ防止などの色んな制約もあるため難しい場合が多いらしい。


 見せ場やトークのタイミングも良く、ハプニングや珍プレイなどもして切り抜き所も作り、そして何より声の良さで多くの人を魅了する。


 声の良さは配信などに大きな武器になる、名前が売れてるVtuberや配信者は大体が声が良いか特徴的だ。ナツハは最高レベルに魅力的な声であり、普通に日常会話してるだけでドキドキする事すらある声だ。


 飽きられたら終わりの世界で飽きられずに1位に居続ける、コンテンツも新たな物も消費されては消えていく現代で、それがどれほど難しい事なのか想像も出来ない。


 それが出来るからトップであり、努力と才覚を惜しみなく無駄なく使えるからこその地位なのだろう。やはり凄い子だと改めて灰川は思うが。


「はぁ…すげぇ面白い配信だけど、やっぱ今日の話が心に引っ掛かっちまうなぁ…」


 タナカから聞いた危険集団の話、にゃー子から聞いた7頭漁りや悪念溜まりの場所の話、どっちも良い気分になれる話ではない。


 危険集団は犯罪行為をして被害を振り撒いてる、そんな奴らに市乃や空羽たちが被害を受けたら感情を抑えきれる自信が無い。


 彼女たちは灰川にとって既に特別な存在であり、それでいてVtuberやインフルエンサーとしての知名度、大きな稼ぎもあるから何者かに狙われてもおかしくはない。


 顔バレしてないとはいえ何処かで察知されてる可能性はあるし、空羽は更新頻度は低いが実写チャンネルもあるから顔バレしてる。


 もし皆がタナカが言ってたような奴らに狙われたとしたら怖いが、そうなったらシャイニングゲートやハッピーリレーが黙ってない。


 危険な影が近付いた事を会社が聞けば、灰川が何かする前に解決する可能性も高いだろう。2社には様々な事に対処して所属者を守る力がある、だからこそ今までやって来れたのだ。


「でもなぁ…昼間に聞いた話、ヤバそうだったよな…」


 昼間には配信事務所が危険集団に狙われてカモにされ、滅茶苦茶になってしまった話を聞いた。当然ながら手口は強硬かつ卑劣な手段である。


 事務所の職員に狙いを定めて生活リズムを把握、住居に侵入してあらゆる個人情報を抜き出し、実家などの住所や両親や兄弟の情報も調べ出されたようだと聞いた。


 そこから何があったかはタナカは話してくれなかったが、とにかく不法に得た情報を使って脅しをかけて、所属者や職員や関係各所の情報を持って来させたらしい。


 その他にも酷い事があったらしいが、まだ事件は継続中との事だ。つまり危険な奴らに今も食い物にされてるという事なのだろう。


 組織力や実行力があれば実際に人質を取らずとも『いつでも手出しできるぞ』とアピールすれば効果は大きい。そんな事に巻き込まれたなら怖いと思わない方がどうかしてる。


「それに水子かぁ…この関連は特に嫌な話を聞く事があるんだよなぁ…」


 アパートの部屋で配信を見ながら1人で呟く。灰川は水子に関連した事象は精神的に苦手だと感じてる分野だ。


 そもそも霊現象の解決というのは良い話を聞く事は極端に少ない世界で、人の未練や憎しみ、悲しみや孤独などに起因した話が非常に多い。灰川は怪談は好きだが人間の生々しいマイナス面の話は別に好きじゃない。


 その中でも特に苦手なのは水子に関連したもので、これには学生時代に灰川が偶然に耳にしてしまった話に原因がある。


 その話は聞くに堪えない話であり、それを聞いてしまったがために灰川は陽キャとかリア充やスポーツマンといったタイプの者に苦手意識がある。その感情は主に男性に対して強い傾向があった。


 もちろん全ての陽キャやスポーツマンに対して嫌悪感を持ってる訳ではなく、多少なりとも性格や人格の理解が深まればマイナス感情は消える。


 現に親戚に現役のプロサッカー選手の灰島 勝機が居るが、彼に対して嫌悪感は抱いてない。ハッピーリレーのボルボルなどに対しても嫌な感情は持ってない状態だ。


 普段はマイナス感情は表に出さないし、以前よりは緩和もされてる。そうでなければスポーツ陽呪術など使えない。


「……嫌なこと思い出しちまったよ…ビールでも飲んで気晴らしすっか…」


 誰だって生きてれば何かしら嫌な思い出の一つや二つはある、その中には決して忘れられない類の記憶だってあり、灰川だって例外ではない。


 ブラック企業で酷い目に遭った記憶だってそうだし、水子に関する話だって忘れる事が出来ない嫌な記憶だ。


 嫌な記憶というのは思い出してしまったら頭の中を巡って離れてくれない。コンビニに向かう道中、買って来たビールを飲みながら配信を見てる時もだ。


 今日は結局そのまま嫌な気持ちのままで布団に入り、明日の仕事に向けて寝る事になってしまったのだった。




 翌日、灰川は功が行ったと聞いた宮益坂の悪念スペースに外仕事のついでに行ってみようと思い立ってスマホで電話を掛ける。


「すいません、三檜さんですか? ちょっと寄りたい場所があるんですが、近くにSSP社の方はいらっしゃいますか?」 


『はい、灰川先生に警護は付けてあります。寄りたい場所というのは危険な場所なのでしょうか?』 


「多分そんなに危険とかは無いと思うんですが、人通りが非常に少ない場所なので頼れる人が居てくれたらと~」


『分かりました、いつも通りこちらの事は気にせずご自由に動いて下さい。何かありましたら大声を出して下されば、即座に動く用意がありますので』


「ありがとうございます、お願いしますね」 


 SSP社の身辺警護は影から警護するというような形にしてもらってる、あまり威圧感とかあっても困るし、そうでなくとも知ってる人に見られたら何なんだ?と思われそうだ。


 助けに入る合図は大声を出すか明らかに不穏だと警護者が判断した時で、その時はすぐに助けが入る。


 功から聞いた情報を元に歩き回り、霊能力も使いながら探していく。


 裏路地のさらに裏路地、雑居ビルに囲まれた細くて道とも言えない道を、ビルの谷間を行く。


 行き止まりかと思えば右に曲がれる空間があり、汚れたアスファルトには黒く汚れた水溜り、エアコンの室外機が横に上にと立ち並ぶ。ここは東京都会の番外地、誰も気に留めないような空間だ。


「ここか、確かに嫌な念が籠ってるな…空気も淀んでるし」


 その場所は3坪ほどの小さな空間、恐らくは権利関係で土地を取得できなかったデッドスペースだ。都会には探せばこういう場所が結構あったりする。


 土地の隅の方には排水グレーチングがあり、水が溜まらないようにされてる。(排水グレーチングは排水溝を塞いでる網目の蓋、道路でよく見るやつです)


 昼間なのに日も差さず薄暗い、風の通りも悪くてエアコンの室外機の空気が溜まってるのか生温くて湿気のある空気、こういう場所には悪念が溜まりやすいものだ。


 そもそも渋谷という土地自体が谷底に位置する地形であり、オカルト的には悪いモノを留まらせやすい地形だ。そういった要因も合わさって悪念が溜まってるのかと思ったが……。


 それだけが理由でない事はすぐに分かった、確かに悪いモノが溜まりやすい空間だが、何もなく怪異が生まれるほどの場所ではない。


 現在は少し前に功が祓いをしたため危険な程の悪念は無いが、それでも自然に溜まったとは思えないくらいの悪念が溜まってる。功が祓いをテキトーにやったとか、失敗していたとは考えられない。


 特に悪念が酷い場所はすぐに察知できた、それはスペースの隅にある排水溝だ。ここに原因があるのは明らかだった。


 気分が悪くなる、最低最悪の気分だ、ここでソレをやってる奴は自分が何をしてるか分かってるのか!?


 怒りと嫌悪感、無情の悲しみの念が湧き起る。そんな感情は何者かの声によって掻き消された。


「おっ? なんか知らねぇ奴が居んだけど、誰かの知り合い?」

 

「知らねぇ、誰コイツ? 俺らのシマって分かって入って来てんの?」


「あーあ、俺らが居る時に鉢合わせるなんて運がないね、ぎゃはは」


 狭い空間に入って来たのは高校生くらいの少年代の者達で1人は20才くらいに見える。男が7人で女が1人、どいつもチャラチャラした格好で嫌な笑みと暴力的な雰囲気を発してる。


 学校に行ってないかサボってる不良少年グループなのは明らかで、灰川の事を容易く狩れる獲物として、暴力でも振って遊んでから金でも奪おうという魂胆が丸見えだ。


 1対多で恐らくは武器も持ってるだろう、ナイフか特殊警棒といったヤンキー御用達の武器、もしくは簡単に人を無力化できる催涙スプレーかスタンガンといった武器だろう。


 武器を持てば人は強気になる、それが集団になれば尚更だ。こんな状況になれば焦って当然だが、灰川には警護のSSP社の人が付いてる。


 しかし訓練を受けたSSP社の者でも武装した複数人を相手にするのは難しいと灰川は思うし、妙な場所だから着いて来るのも少し時間が掛かるかも知れない。


 それまで助けてくれとか大声で叫んで時間を稼ごうかと思うが、エアコンの室外機の音や立ち並ぶビルの影響で声は響かなそうな気がする。こういう場所はアウトローには都合の良い場所だろう。


「ってかさ、コイツもガラ押さえて家畜にするっしょ?」


「たりめーだろ、わざわざ自分から入って来たんだし丁度良いだろ」


「じゃあヤク打たせて家族とかの情報も抜いて、いつもみたいに搾れるだけ搾っちまおう」


「アタシさぁ! 前にウチらに逆らったバカを家族ごとヤク漬けにして、薬の奪い合いで殺し合いさせたのチョー楽しかったんだけど!」


「アレ良かったよな! ショーの売り上げも良かったし、コイツでやっちゃう? ぎゃははは!」


「!!?」


 少年たちの口から信じられない言葉が発せられた、嘘に決まってる、そんな事が出来るはずがない。もし本当だとしたら恐ろしい事だ。


 しかし……排水溝から漂う悪念を見るに完全な嘘とも思えない、もうSSP社の者が来るだろう。


 仮に身柄を抑えられても発信機が付いてるから大丈夫だが、その前に灰川の怒りが限界だった。


「ま、運が無かったと思って諦めてよ、口座とかに入ってる金は全部出せよ? じゃねぇと家族もやっちゃうよ?」


「逃げようとか思うなよ? もし逃げたとしてもテメーと家族を強姦の犯人とかに仕立て上げんの簡単だからよ」


「ってか逃げたら絶対後悔するから、オメーは今日で人間卒業! 改めてよろしく家畜君!」


「男のスナッフ動画とか安いし売れねぇんだよな、女だったら良かったのにな」


「…………」


 灰川はもう言葉が出ない、今時のヤンキーはこれが普通なのか!?こんな非人道的な事すら何の躊躇も罪悪感も無くやるのか!?


 放っておくにはあまりに危険すぎる、なんで捕まらない、ヤクザも後退りするほどの行為だ、そんな考えが頭を過ぎていく。


 同時に大学の講義で聞いた話も頭を過ぎる、それは集団心理の暴力性という講義で聞いた話だった。


 集団への帰属性や愛着が暴力性に繋がる、評価されたいとか仲間外れにされたくないという個人の心理が暴力を加速させる、同調圧力や精神的な慣れによって暴力に抵抗感を抱かなくなる。彼らはそれに当てはまる者達かもしれない。


 まだ高校生、中には中学生に見える者すら居る。そんな者達がこれほどの残酷さを持つ、ただ事ではない。必ず裏があるだろう。


「じゃあスタンガンで気絶させてから運ぶか、誰か車から袋持ってこいや!」


「俺行ってくるっす荒島さん!」


 灰川の意思など何一つ考えもせず話が進む、もはや話し合いの余地も無ければ必要もなかった。


 もうSSP社は近くに居る、怒りによって研ぎ澄まされて燃えるような霊力は、ここに音も立てずに近寄る者達の気配を察知してる。


 彼らが来てしまったらコレ(・・)をやれない……せめて少しでも報いを受けさせたい。


 本来ならば灰川は誰かに罰を与えるとか、裁くなんてする人柄ではない。それでも今の彼らだけは許せなかったのだ。



「……敗呪・ゆびもらい」



 本来ならば絶対に使わない霊法、陰呪術を片手で印を結んで発動した。

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この物語にめったに現れない真正のドクズやな……
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