264話 ストーカー問題と怪談
コスプレとはアニメやゲームのキャラクター等の衣装を着用して、個人や皆で楽しんだり、キャラになり切って盛り上がったりというものだ。
コスプレをする人たちはコスプレイヤー、または略してレイヤーと呼ぶことが多く、コミケやアニメフェスなどではレイヤーが集まって写真を撮られてたりする。
他にもコスプレイベントは都会や地方、そして海外などにも場所を問わず開かれ、SNSなどではコスプレ写真を投稿してイイネが大量に押される事もある。
近年ではレイヤーからネットで話題になってモデルや芸能人になる人も居て、趣味や遊びの枠を超えて人生の転機になる人なんかも居るようだ。
ネットの発達により『コスプレオタク』が『有名人』になる事すらある、クラスでは地味な眼鏡陰キャ女子が実はコスプレ界隈では高い評価を得てるなんていう、漫画みたいな事も現実にあるかもしれない。
「コスプレ界隈も凄い人がけっこう居ますよね、年収が1億円を超えてる人なんかも居るそうです」
「コスプレ配信とかでスパチャも入ったりするそうだし、個人サブスクやってる人なんかも居るもんな。桔梗さんの大学同期でもフォロワー何万って人が居るらしいしなぁ」
現代はコスプレで稼いで生活してる人も居るし、ハッピーリレーにはコスプレ系の配信者の人も所属してる。
「わぁ! 色んなコスチュームがある!」
「コスプレのお店って初めて入ったかもっ! すごいねアーちゃん!」
ビルの5階にあるコスプレ衣装販売店コスサウスに入ると、本店という事もあって店内は広く、様々な品が販売されていた。
コスプレ衣装、カラーウィッグ、小道具、コスプレシューズ、衣装自作のための裁縫道具なども売られてる。
「隣のTCGショップがちょっとうるさいな、まあ大会だから仕方ないか」
「店外のイベントスペースも使って大会をやってるようですね、盛り上がってるみたいです」
店内の客はそこまで多くはない、こういった店は客単価が高めだから大勢の客が押し掛けるというのは少ないみたいだ。
「カナミ、このコスチュームは綺麗だねっ! これもマンガのキャラクターの服なのっ?」
「これは“プリンセス オードブル”っていう料理のアニメの空野湖 樹絵瑠ちゃんの服だよアーちゃん!」
「こっちはゲームの“ルーメン ファンタジー”のキャラの衣装だな」
「あっ、アイドルグループのステージ衣装もあるんですねっ、お世話になってるドラグンガールズさんの衣装もありますよ」
コスプレ衣装の種類は非常に多岐に渡り、カワイイ系、カッコイイ系、アレンジ系など思ったより豊富だった。
他にも女性キャラの衣装を男性が着れるようにサイズを大きくしたものとか、その逆の品なんかもあったりする。
サイズも複数あったりして、有名キャラから見覚えがあるくらいのキャラ衣装など、灰川が考えてたよりも奥が深そうな世界が広がってる。
「あっ、Vtuberのコスチュームもあるよ! けっこう多いんだねっ」
「シャイゲのコスプレが多いな。おっ、三ツ橋エリスと北川ミナミのコスもあるじゃん」
「良く出来てますよね、なんだかお店にあるのを見ると嬉しくなっちゃいます」
最近はVtuberのコス衣装もあり、ある程度以上の名の通ってるVなら一つくらいは衣装が販売されてたりする。
この店には灰川が知ってる皆の衣装が置いてあり、自由鷹ナツハと竜胆れもんの衣装コーナーには店の売れ筋商品ポップが付けられていた。
Vtuberは衣装モデルが複数ある人も今は珍しくない、むしろ一定以上の登録者を持つVtuberなら衣装は複数あり、その中の幾つかがコスプレ衣装としてライセンス販売されるようだ。
「ナツハさんの新作コスのウィンド・ブルードレス33000円、竜胆れもんさんのスポーティー制服が22000円、結構な値段ですね…」
「エリスとミナミのノーマル衣装は18000円か、こっちも安価とは言えないなぁ…」
コスプレ衣装の値段はピンキリで、キャラによっては簡素な服の事もあるから安く作れる事はある。
しかし手間の掛かるコスチュームを細部にまでこだわって作れば値段は跳ね上がり、物によっては小道具なども合わせて10万円を超える事すらあるようだ。
「ミナミの衣装、かなり良く出来てるじゃんか。生地も光沢を抑えてナチュラルな感じになってるし、でもこの衣装って着てたっけ?」
「その衣装は最近はあまり使ってませんね、最近はこちらの私服タイプ衣装モデルを使う事が多いです」
「お、それそれ、その水色の衣装は確かにしょっちゅう見るな。それも纏まりがあって可愛くて良い感じだって思うぞ」
エリスは3着の衣装が置いてあり、ミナミの衣装は2着という感じだった。一つは初期ノーマル衣装の濃いブルーのコスチュームで、これも割と可愛らしい。
最近のミナミは露出少なめの薄い青色衣装モデルを多く使い、ライトブルーの髪や落ち着いたVtuber性格な事もあって似合っており、ファンからも人気の衣装だ。
「ありがとうございます♪ 提供品として私も持ってますので、今度に着てみましょうか?」
「マジか、ありがとうな。あ、やばい…! 外でこういう話したら危ないよな…!」
「そ、そうですねっ、ちょっと気が抜けちゃってましたっ…!」
本人と一緒にコスプレ衣装を見てテンションが上がって話をしてしまったが、こういう話は身バレの危険もあるからここまでだ。一応は周囲に誰も居ないのを確認してたし問題は無い。
「それにしてもナツハさんの衣装は高いですね、衣装の出来も細かいですし」
「ライセンス料が高いんだろうな、シャイゲの衣装は総じて高めだしよ。それに衣装デザインのセンスの良さはシャイゲが一番って声もあるしな」
「はい、キャラクターデザインも良いんですが、衣装デザインは腕の良いプロのデザイナーさんが手直ししたり意見をしたりと聞いてます」
値段が高い理由は割引を前提にした値段設定だとかの商業的理由もありそうだ、そこら辺は販売側と話し合って決めてるのだろう。
「コバコの衣装デザインは揉めたんだよな~、俺にまでちょっと飛び火したし」
明後日にデビューする雲竜コバコと飛鳥馬桔梗だが、もちろんVtuberモデルや衣装などの話もあった。
2人は灰川の肝煎りでデビューという運びにはなったが、基本的に灰川は活動や運営などには口を出さないため、モデルなどに関しても特に口を挟む事は無かった。
しかし、衣装の色をもっと派手にして欲しいと言ったコバコから電話が掛かって来て、割と長く時間を持ってかれた事があったのだ。
「コバコ先輩と桔梗さんもデビューしたら、お祝いのメッセージを送りますね。前のキャンプで仲良くなれましたので」
「ありがとうな史菜、やべっ、またこういう話しちゃったよ。Vの話は終了っ、せっかくだから店の中を見てみようぜ」
佳那美とアリエルは2人で店内を見回っており、灰川と史菜はVtuber衣装コーナーで会話していた。
自分たちに関係のあるグッズなどを目にすると話が弾むのはよくある事で、いらん事を言わないようにコーナーから離れる事にする。
店内は色んな衣装やグッズがあり、コスプレに興味のない灰川でも楽しく見物できる。
簡素だけど整った衣装、複雑でファンタジックな衣装、アニメやゲームに出て来る学校の制服衣装、本当に様々だ。
「お、2人ともあっちの方に居るな」
「面白いコスチュームがあったんでしょうか?」
灰川と史菜が2人の居るコーナーに行くと、なんとそこは。
「キッズコスプレのコーナー? そんなのあるのかっ」
「ハイカワっ、ボクとカナミに丁度良いくらいのサイズのコスチュームもあるよっ! 面白いしカワイイなぁ~!」
「灰川さんっ、史菜お姉さんっ! この衣装かわいいよねっ!」
なんと子供用のコスプレ衣装の取り扱いもあり、しかも割と品が揃ってる。
昨今はハロウィンパーティーの仮装とかで子供コスプレ衣装の人気も上がってるらしく、コスイベントなどに子供と一緒に参加する人も居るようだ。
海外観光客が可愛い服を見て欲しくなり購入したりなどもあり、客層も需要も以前より広いのだと思われる。
「お客様、もしよろしければ試着など如何ですか?」
「えっ、良いんですか? 2人とも着てみる?」
「良いのっ!? やったぁ!」
「えへへっ、やったねアーちゃんっ!」
女の子はいつの時代も可愛い服やオシャレが好きなものだ、普段は着れない服を見て実際に着てみたい欲もあったらしく、どれを着てみようか楽しそうに選んでる。
「もし良ければお客様も如何ですか? 高校生くらいのサイズはいっぱいありますので」
「史菜も何か試しに着てみなって、可愛いだし何着ても似合いそうだぞ」
「ふふっ、ありがとうございますっ。では私も少し見て来ますので」
史菜もコスプレ衣装を見繕いに行き、灰川と店員がその場に残される。ヒマになるからどうしようかと思ってたら店員が話し掛けて来た。
「お兄さん、すっごいカワイイ子たち連れてますね。まるでアイドルみたいな子たちじゃないですかっ」
「え? はは、ありがとうございます」
店員は20歳くらいと見える女性で、コスプレの趣味があってアルバイトしてるらしい。
3人が服を選ぶのには時間が掛かりそうで、他に客も少なく店員も足りてるから雑談しようという雰囲気になった。
いっぱい衣装があって凄いとか、どのアニメの衣装が売れ筋だとか、あのゲームが話題だとかの話をする。
この店は客との距離感も近いらしく、こんな風に客と話す事も珍しくないそうだ。むしろそういった雑談から情報を得て商売に繋げるなんて事もあるらしい。
原宿系や渋谷系のファッション店ではそういう風潮もあるが、アキバ系の店でそういうのは珍しいなと感じる。だが店員は明るく話しやすい雰囲気であり、灰川も普通に話してる。
「この店のバイトは長いんですか、被服系の将来を目指してるんですよね?」
灰川は最近のアニメ・ゲーム事情にそこまで明るくなく、コスプレ関係の話はそこまで続けることが出来なかった。
そういう時はトークの幅を広げるのが常套手段で、灰川もそれに倣って失礼には当たらない程度の漠然とした話に話題を繋げる。
「バイトは4か月目くらいですよ、法律学科に通ってるので進路は弁護士希望です」
「えっ? そうなんですか?」
アルバイトは大学生とかは進路とかに関係無い職種をやってる人も多いし、別に珍しい事ではない。コスプレはあくまで趣味であって、それで稼ごうとかは考えてないらしい。
秋葉原でバイトしてる人達は色んな種類が居て、漫画家志望者が実地のトレンド情報を常に手に入れるためにやってたり、声優志望の人がコンセプトカフェでバイトしてたりする。
オタク趣味のある人がバイト帰りに買い物をするために飲食店で働いてたり、単に時給が良いからという理由、バンドマンなんかも居るし、友達に誘われてバイトしてる大学生など、大した理由なく普通に働いてる人達も多い。
「前は親の法律事務所でバイトしてたんですが、父から法律関係以外の所で働いてみないと視野が狭くなるって言われて、ここに決めたんですよ」
「そうなんですか、立派ですね。でも弁護士かぁ~、将来は金持ち確定ですね」
「どうでしょうかね、依頼が来なければお金も入りませんから。それ以前に司法試験に受からなきゃですし」
灰川はここ最近は渡辺社長や花田社長から世の中の様々な事を聞いており、その中には法律関係の話もあった。
「うちの提携会社の顧問弁護士さんなんか、顧問料だけで月に20万円って話を聞いてますよ」
「20万円ですか、それだと結構大きな会社ですよね? 契約書のリーガルチェックとか、商標相談とかトラブル即応とかも出来る金額ですよ」
もちろん何かあった際に仕事を依頼する時は、別途で着手金や報酬金や出張日当が掛かる。
基本的に顧問弁護士は相談料はどれだけ相談しても顧問料の中に含まれ、他には簡易な手続きは顧問料に含まれるという形だ。それも月額によってどこまでやるかは違って来る。
弁護士というのは相談するのだって無料じゃない、相談料で30分で低くても5000円くらい取るのが普通なのだ。
多くの知識が必要で時には身の危険もある職業のため高い金額を取られる、依頼内容によっては長期間の仕事もあるので基本的に費用は高くなる。
どんなに小さな依頼でも最低20万円くらいの費用は当たり前で、民事訴訟などの費用は一件に付き80万円とか掛かるのはザラだ。
「俺も何かあった時のために、そういう伝手も作っておかなきゃだなぁ…嫌な話とか聞いたりするし…」
「どんなお仕事をされてるかは聞けませんけど、やっぱり世の中は綺麗ごとだけじゃ回らないのが現実みたいですから」
最近は法律トラブルも多いと聞いてるし、実際にシャイニングゲートは今までに複数件の法律トラブルを起こしたり、起こされたりした経緯があると聞いた。
ハッピーリレーに至っては過去のブラック企業問題で集団訴訟を起こされており、そこから自社が暴走しないよう顧問弁護士を持つようにした。こちらは顧問料は月に5万円くらいだと聞いた。
所属者の誹謗中傷、なりすましによるネット詐欺、ガセ情報などの名誉棄損、犯罪予告、ストーカー行為、そういった事もある業界だ。
企業には版権問題、肖像問題、商標問題、取引トラブル、契約問題、数え上げれば法律関係の事は多い。もちろん法務書類の委任などでも弁護士の活躍は多くある。
2社は他社や個人の活動者や企業のブラックリストなども裏では用意してあり、外部関係は相当に気を使うようになった。
店員が言うには法律事務所の手伝いやショップバイトをしてみて世の中の事が実感できたと語る。
クレーマー客、万引き被害、無理な注文、会社の労働コンプラ違反、そういった手合いもあるらしい。
法律関係では金の損得や人間関係の憎悪に関わる案件も多いため、実務には関わって無かったのに精神がやられそうな気分だったと言う。
仕事や活動というのは多かれ少なかれ人の嫌な部分に接するものであり、あまり気持ちの良い類じゃない事もある。
そういう時こそ仕事仲間や活動仲間とグチを言い合ったり、趣味のオタ活に打ち込んで発散してるとの事だ。
「あっ、お客様にこんな話するのは良くないですよね。すいません」
「いえ、なんだか変な方向に話しが行っちゃってすいません、せっかくコスプレのショップに居るってのに」
「そんな事ないですよ、弁護士関係の話になるとは思ってませんでしたけどね、ふふふっ」
秋葉原には色んな人が働いてる、彼女もその中の一人だというだけだ。
店員がアキバで知り合った人の中には元自衛隊員とか建築設計を大学で学んでる人とか、看護学生、アニメーター志望、フリーター、様々な人が働いてる。彼女も弁護士志望だ。
オタクにも色んな人が居るし、街を歩けば様々な境遇や趣味を持った人とすれ違う。ここもそういう街だというだけである。
「せっかくだからレイヤーの怖い話でも聞きたいなって思ったけど、そういうのは無さそうですね。ははっ」
「怖い話が好きなんですか? なんか意外な感じ……でもないですね」
「意外じゃないんかーい! ってのは置いといて、何かあったりします?」
「はい、通販の発送作業も終わってヒマですし、折角だから私のレイヤー仲間にあった話をしますよ」
どうやら店員に怪談の持ちネタがあったらしく、それを聞かせてもらった。
コスプレイヤーと弁護士と探偵にあった出来事
コスショップ店員のコスプレ仲間のYさんは、イベントに出た後にストーカー被害に悩まされていた。
Yさんは独り暮らしの女性で美人であり、店員が言うにはストーカー被害に遭遇しても無理はないという人だという。
誰かに尾行されてる、住んでるマンションのドアが夜中に叩かれる、外を歩いてるとすれ違いざまに男の声でボソッと何かを言われるなど、非常に怖い目に遭っていた。
警察に言っても加害者も分からず被害が出てないから捜査は出来ないとの事で、見回りを強化するという感じで収められてしまったそうだ。
基本的に警察は、ストーカー被害は加害者が分からない場合や、直接的な被害が出て無ければ動かない。
ストーカー規制法が改定されて警察からの接近禁止命令などが出しやすくなったが、同時にストーカー冤罪も増加してるらしい。
酷い時にはストーカー規制法が、結婚詐欺などで金を騙し取った者が相手から逃げるために利用された事もあった。
警察は被害を食い止めなければいけないが、被害者の言うことを全て鵜呑みにするのも危険、こういった『まだ発生してない被害』を誰にも公平な形で食い止めるのは難しい。
Yさんから話を聞いた店員は弁護士の父を紹介し、無料相談という形で話を聞く事にした。
「まずは証拠が無いといけないから、懇意にしてる腕の良い探偵事務所に相談をお勧めします。どうされますか?」
依頼料などは民事訴訟にして示談金や慰謝料で賄えると聞き、被害の程度から刑事訴訟には出来そうにないと言われて、Yさんは民事で頼むと弁護士に言った。
すぐに探偵が動いて調査を始めたが、どうにも犯人が掴めない。だが、そもそもおかしい部分がある。
尾行調査の訓練も積んで実績のあるプロ探偵が、依頼者を尾行してる者の存在を掴めない。それなのに気配のような物は探偵も感じる。
マンションのドアに小さな監視カメラを付けて、ドアを叩いた犯人を突き止めようとしたのだが、ドアが叩かれてるのに誰も写ってない。
すれ違いざまに何かを言った人をYさんが振り向いたら、低い男の声など出せそうにない女子高生だった。
そんな事が相次ぎ、Yさん、弁護士、探偵は薄気味悪いものを感じていた。しかしトリックか何かだとYさんは判断し、弁護士と探偵も依頼者がそう言うのだから従うしかなかった。
ある日に痺れを切らした探偵は『カーテンを開けて寝ればストーカーは見に来るはず』と提案し、Yさんも承諾してエサ釣り作戦をする事になる。
採算度外視で探偵事務所の職員5名を意地になって動員し、店員の父の弁護士も一緒に張り込んで有事に備えるよう体制を組んだとの事だ。1名はYさんの部屋の近くの非常口に隠れて、何かがあったら即座に動くよう待機してる。
Yさんは電気を消し、どうか今日で犯人が判明してくれと願いながらベッドに入ったが、数分後に。
ピンポン!ピンポン!
ドンドンドン!
「っ!!」
今までに無い力で勢いよくドアが叩かれインターホンが鳴り、ついにストーカーが来たと思った瞬間だった。
「Yさん逃げろ!! その部屋の中に首吊ってる奴が何人も居るぞ!!」
「電話が繋がらない! 早く出るんだ!!」
「ヤバイってコレ! Yさん開けて!Yさん!」
探偵や弁護士の声が響き、隣の部屋の住民なんかも起こして顔を出してしまったが構いはしない。
Yさんは何があったか分からず急いで部屋を出たそうだが、室内には何も居なかったとの事だ。
しかし部屋の空気が重かったような、凄く息苦しいような感覚があったと語ってる。
部屋を外から撮影した写真と動画があるそうで、それらはどちらも心霊映像と心霊写真になっており、をれを見たYさんは気絶しそうになったとの事だ。
後から調べたらYさんの部屋は事故物件では無かったが、周囲の部屋は全て事故物件だったと分かったらしい。しかも隣には誰も住んでなかったとか……。
結局はストーカー被害ではなかったので依頼料は格安にしてもらい、Yさんは即座に引っ越して今は別の物件に住んでるそうだ。
「怖いですねぇ、レイヤーってストーカー被害に遭いやすそうだから、幽霊かもって考えが出て来にくかったって感じですかね」
「かも知れませんね、Yちゃんは前にもストーカー被害に遭ってたから余計にそうだったかもですし、幽霊とか信じるタイプじゃなかったので」
Yさんは今でもコスプレ活動を続けており、メンバーシップなどもやって副収入があるそうだ。だがコスプレは金銭目的ではなく、自分がやりたいからやってるらしい。
店員の父である弁護士と、仕事仲間の探偵はそれ以来は幽霊は居る派閥になったそうだ。
そんな目に遭っても続けたいと思えてしまうほど面白い、それがコスプレという物なのかもしれない。
キャラになり切る面白さ、注目される楽しさ、そういったものは演劇や役者業とは違った良さがありそうだ。
レイヤーに限らず目立つという事は良い事ばかりではない、トラブルに遭遇した時の対処法や解決法を用意しておかなければ大変な事になる場合がある。
その事を弁護士志望のコスプレイヤーの店員から教えられた気がした。
「ストーカー関連のヒト怖の話とかレイヤー界隈は結構あるんですよ、他にもストーカー代行業者があったとか、ステイタスストーカー業者があったとかって話も」
「代行? ステイタス? なんですかそれ?」
ストーカー代行とは悪徳探偵業者や裏社会に通じる弁護士などが裏でやってる仕事とかで、標的の情報を調べて依頼者に渡したりする事らしい。他にも復讐したい相手をグレーゾーンでストーキングして精神的に追い詰めるなんて事もあるそうだ。
ステイタスストーカーとは『ストーカー被害に遭ってるという事を自慢したい人』に向けたサービスで、もう何だかよく分からん事になってる。本当にあるのかよ?
「探偵の人はストーカー被害を完全に防ぐのは難しいと言ってました。警察や弁護士に言ったら逆上されて何かされるかもって不安で、相談できない人も多いって聞いてます」
「なるほど…感情の問題だから、最適な対処の仕方だって人によって変わるでしょうしね、簡単な問題じゃないですよね」
誰かに付け回される、害意や異常執着を持った人に家を知られる、家に来る、その恐怖は想像を大きく超えるものだ。気の休まる時間が無い最悪の生活、それは男女関係無しに寝れなくなるくらい怖くて辛い環境である。
もしかしたら暴行されるかも知れない、家に侵入されてるかもしれない、人の居ない道を歩いたら後ろから……そんな考えが浮かんで消えなくなるのだ。
以前に史菜が声バレしそうになって付け回された事があったが、あの時だって史菜は非常に怖がっていた。
加害者にストーカーの自覚がない事も珍しくないし、GPSや紛失防止タグで追跡されたりなどもあり、厄介さも巧妙さも怖さも年々増加してる大きな社会問題だ。
灰川は今は従業員や所属者を持つ身なのだから、何かがあった時に守れるよう構えなければと感じる。とりあえずは四楓院家に相談すれば間違いは無いだろう。
「灰川さ~ん! コスプレしてみたよっ! えへへっ、カワイイ?」
「ボクも着てみたよっ! なんだかキャラクターになったみたいで楽しいや!」
「私も試着させて頂きました、どうでしょうかっ?」
「「!!」」
史菜、佳那美、アリエルが近くの試着ルームから来てコスプレ姿を見せてくれて、その姿に灰川と店員は驚くのだった。




