263話 話しながら秋葉原を行く
アニメショップの中に入ると、店内は書籍に映像ソフトにフィギュアやグッズなどが目白押しだ。
特に一階部分は売れ筋の商品や話題作関連のグッズが多く置いてあり、店によっても売ってる品の特色が違ったりする。
一行が入ったのは老舗のアニメショップで、アニメグッズや漫画、ゲームや映像ソフトという、アニメショップとしては正統派スタイルの商品が売ってる店である。
店内は買い物客や観光客がいっぱいだが、歩けない程ではない。商品を見ていきながらアリエルや佳那美が気になる物を探していった。
「スゴイや! 可愛くてキラキラした本とかがいっぱいある! 思ってた以上だよっ」
「アニメも漫画もいっぱいあるよアーちゃん、日本ってそういうの多い国だもん」
アリエルは初めて入店したアニメショップの店内に目を輝かせる。
芸術絵画とは全く違うタイプの絵があちこちに見え、売り場に散在する宣伝モニターには様々なアニメのシーンが流されていた。
今まで生きて来た場所や知ってきた物とあまりに違う世界、説明しきれない程の情報が目に飛び込んできて、大きなカルチャーショックを受ける。
「アニメーション、コミック、他にもいろいろだっ…! カワイイし綺麗だし、サブカルチャーってスゴイんだっ…!」
「そうですよアリエルちゃん、秋葉原は日本の漫画やアニメが集まる街なんです」
史菜がアリエルに色々と説明してくれて、灰川としては凄く助かる。やはり史菜を頼って正解だった。
「コミックってどうやって読むのか分かんないや、ハイカワたちは普通に読んでるの?」
「もちろん読んでるぞ、古いのも新しいのも俺は好きだな」
アリエルは今まで家の方針でコミックやアニメなどは非常に強く制限されて来た身で、アニメなどもメッセージ性が強い名作映画などを少し見た程度である。ゲームに至っては触った事すらないらしい。
様々な漫画やアニメがあるが、アリエルとしてはどれを手に取れば良いのか分からない。どれも可愛い感じがするし、内容は表紙を見ただけでは分からないのだ。
「昨日にTwittoerXで“追放されたと思ったらツウィ砲の間違いだった”と“乱れ咲くワッフル!”の新刊が出たと話題になってましたよ」
「う~ん…どっちも分からないな、ボクでも読めそうなコミックってどういうの?」
「何だろうな、やっぱ子供向けの作品の方が良いんだろうな。佳那美ちゃんは何か小学生の間で流行ってる漫画とか知らない?」
「えっとねっ、それだと~~……」
小学生の間で流行ってる作品とかは灰川は詳しくなく、佳那美に聞くと幾つかの例が挙げられた。
魔法のメロディ少女・プリコーダーズはストーリーが良いため見てる子が多く、グッズなども子供向けから大人向けまで幅広いらしい。
ハードゴールというサッカー漫画は男子児童に人気があり、イケメンキャラが多いため女子人気も高いとの事だ。
週刊少年誌で連載中のバトル漫画や少女漫画のラブストーリーなども変わらず人気があるようで、他にも大人向け漫画やネットコミックを読んでる子供も今は多いらしい。
「そもそもアリエルはどういう話が好きなんだ? そういうとこから絞っていこう」
「えっと、ヨーロッパ文学と推理作品が好きかなっ、セリンの“耐えがたき王”とミュヘルの“老人探偵ヨナ”のシリーズが好きさ」
「どっちも読んだことねぇや…どんな話なんだ?」
灰川も史菜も佳那美もそれらは読んだ事が無く、少し話を聞いてアリエルが興味ありそうな物を探る。
耐えがたき王は悪政王と呼ばれ忌み嫌われた王が、実は国民の命や平民の安全を第一に政治を行っていたという話だそうだ。
老人探偵ヨナは色んな事件を老齢の探偵が解決するという話であり、多くのファンが居る作品だ。
子供が読むにはちょっと硬い作品であり、サブカルチャーとしては現代的ではない。あまり参考にならない情報だった。
「まあ、ちょっと見回って何が良さそうか探してみようや」
「うんっ、ボクも色々見てみたいなっ!」
こうして店内を歩き回って現代日本のサブカル作品を見ていく。
ファンタジー、バトル物、スポーツ作品、それらの中でアリエルが興味を示した物は。
「うんっ、やっぱりちょっと分かんないや、いくつか可愛い絵のコミックを買ってみるよっ」
「そうだよな、お勧めのやつとかテキトーに選んどけば大きく外す事は無いだろ」
「アーちゃん、このマンガ面白いんだよっ」
やはり何が相性に合ってるのかは分からず、店が勧めていたコーナーの漫画を数冊購入する。
このご時世に『漫画初心者にお勧めの本』とかは無く、そもそも漫画を知らないという人の存在を販売側は考慮に入れてない。
アリエルはプリコーダーズに興味を示してるが、あれは漫画原作ではなくテレビ局制作のオリジナルアニメと言って良いものだ。
一応は漫画もあるのだが、アニメを視聴してる事が前提みたいな内容なので未視聴者には勧められないという事情からパスとなった。
「このアニメ、カッコイイよっ! ファンタスティックだっ!」
「出版社がかなり力を入れて作ったやつだな、前にかなり話題になってたんだぞ」
店内のモニターに映るアニメのバトルシーンを見て驚いたり、綺麗な背景が売りの作品を見て芸術的だと釘付けになったりしてる。
「フィギュアってすごいねっ! こんなに綺麗で可愛くて、カッコイイのもいっぱいあるっ!」
「アニメキャラとかゲームキャラの物が多いな、最近は本当に細かく作ってあるんだなぁ」
「高価なのとお手頃な価格のものがありますよね、高いのだと等身大フィギュアで100万円以上のものとかもありますよ」
フィギュアは国内海外を問わず人気があり、秋葉原のような街だとあちこちで販売されてるのを見かける。
アリエルは色々な物に興味を示し、どんどん日本のアニメ文化や漫画文化に理解を深めて行った。
「この店は今はVtuberグッズとかを強く扱ってるって聞いたな」
「はい、シャイニングゲートさんのグッズが多いですね。ハッピーリレーのグッズも取り扱いがありますよ」
「あっ、ナツハちゃんとれもんちゃんのフィギュアがあるよっ! 私も欲しいな~!」
今はVtuberグッズなどの販売も一般化してきて、ショップにはキーホルダーやアクリルスタンド、ぬいぐるみ等の多くのグッズが置かれてる。
売れ行きも良いようで渡辺社長からはグッズ販売は、シャイニングゲートの重要な収入になってると言われた。
「お、北川ミナミのグッズを誰かが見てるぞ、ああいう所を見ると史菜とかはどう思うんだ?」
「買ってくれないと呪いますという念を送ってます♪ 特にエリスちゃんのグッズを買って、ミナミのグッズは買わなかったら許さないぞという念を送ってますよ、ふふっ」
「史菜お姉さんコワいっ…! あっ、ルルエルちゃんの缶バッジを付けてくれてる人だっ」
史菜と佳那美は声でバレる可能性があるから気を付けながら会話してる。
やはり史菜もライバル意識というか、自分より視聴者数が多い人達への嫉妬心などはあるようだ。
しかし史菜こと北川ミナミはグッズの売れ行きが良く、メンバーシップ登録やスーパーチャットも多いため、稼ぎ自体はエリスを上回る事も珍しくない。
「わぁ、ナツハさんのフィギュアもすごいなっ! れもんさんのアクリルスタンドは躍動感があるねっ」
「ハピレのグッズも増えてるな、フェスで話題になったのも大きかったのかもだぞ」
実店舗を見ると世の中の商業流通やトレンドが見えて来るものだ、ネットでもそれらは分かるが、より実感を伴って流行や大衆意識というものが感じられる気がする。
このアニメが流行ってる、あのVtuberが面白い、あの作品の売れ行きが良いなどの情報は秋葉原の街を一回りすれば分かるだろう。
ネットにはトラッキングクッキーなどで使用者が興味を持ちそうな情報を優先的に表示する機能がある、それらがない場所で目にする情報はフィルターを通さない物だから興味の外の情報も目に入る。
興味のない情報に触れ、今まで関心のなかった作品に興味を持つようになる。そういった体験的な価値という物が街には多くある。
「そういやグッズ展開なんかも色々と考えてるっぽいな、今度に新しく2社のコラボグッズを出そうって話もあるぞ」
「私も聞きました、でもどんな物を出すか決まってないそうですね」
「アーちゃんっ、こっちにガチャポンあるよっ」
「ガチャポンってなに? 変なマシン?があるけど」
アリエルは佳那美に説明を受けながら店内を回り、ガチャに強く興味を惹かれて一回やってみる事にした。
だが一回やれば続けて引きたくなるのが人情という物で、何回も引こうとしたのを灰川に止められたのだった。
ついでに灰川は北川ミナミと三ツ橋エリスのキーホルダーを購入し、史菜に喜ばれた。金髪のエリスとライトブルーの髪のミナミの色合いのコントラストが良い感じだ。
「そういや佳那美ちゃん、今時の小学生ってアニメとか漫画とかも普通に見てるもんなの? 俺は小学校は田舎だったし、都会のそういう事って分かんないんだよな」
「見てる子と見てない子が居るよ灰川さん、私より上の5年生くらいになると彼氏に夢中な子とか、tika tokaに夢中な子とかの話も聞くもんっ」
「えっ?? 小学生なのに彼氏とか彼女とか居るもんなの??」
「うんっ、学校終わったらデートとかってお話聞くもん。tikaで知り合った人に会いに行ったとかも聞いたよ」
今は小学生でも彼氏彼女が居るなんて話が昔より多いらしい、児童によっては中学生の時点で5人と付き合ったなんて話も聞こえてくる程だ。
スマホの普及によって小学生でもSNSをやるのが普通みたいな時代になってるし、ネット活動を通して誰かと知り合うなんて話も普通に耳に入って来る。
「私が小学生だった時も6年生の時に彼氏が出来たって自慢してた子が居ましたよ、私も中学生の時からVtuberをしてましたし」
「確かにそう考えると……まあ、そういう時代って事か」
「ボクの本国の学校だと、クラスメイトに結婚相手が決まってデートしてる子も居たよハイカワ、お見合いを勧められたって男の子も居たしねっ」
アリエルは境遇が特殊だからともかく、佳那美や史菜は日本で生まれて育ってる。
灰川は高校時代以外の学生の頃は異性とそんなに親しくしてた訳じゃなく、普通に会話してた程度だった。こんな話を聞くと、なんだか世界が違ってしまったかのような感覚だ。
だがよく考えるとティーン雑誌とかには恋愛術とか魅力アップとかの情報が昔から載ってあるし、以前はそれらが『子供が興味を引かれる情報』だったのが『現実的に活用される情報』となったのだと思った。
思い出してみれば渋谷には小学生や中学生くらいの子がギャルファッションで遊びに来てたり、メンズファッションの店では中学生くらいの男子が真剣な表情で服を選んでたりする。
情報というものが時代を変えて、時代の変化が人間の生活や文化に現れる。それは今に始まった事ではなく、人類が生まれてから今に至るまで続いてきた事だ。
「小学生で恋愛ねぇ、流石に早いんじゃねぇかって思うけどな」
「今はそれが普通なんだと思います。でも、私も小学校の時にクラスの子に彼氏が出来たって聞いた時はショックを受けました」
「それが普通か、俺は小学校の時とかそんなこと考えた事もなかったぞ」
「私はちょっと憧れはしましたが、好きな人が居ませんでした。誰かとお付き合いした経験は今もありません」
史菜は恋愛経験が無く、Vtuber活動をするようになってからは恋愛がどうとか考える暇もなかった。
灰川も誰かと付き合った経験はなく、そういう事と自分は無縁だと思ってきた身だ。
佳那美の話を聞くと今時の子供は恋愛とか当たり前にしてる子も居ると聞いて驚かされる、これが今という時代なのだろう。
これには男子と女子の精神の成長の違いも関係しており、一般的に女子の方が精神の成長が早い。だからこそこういう話は女子の方が早く出て来ると誰かが言ってた。
「でも付き合ってる人が居る子は少ないよっ、皆が興味ある訳じゃないもん。4年生だと2人しか彼氏が居る子は居ないって聞いてるよ」
「そりゃそうだよな、でも2人居るのか、そういうもんだって納得するしかないわな」
SNSなどで夜でも休日でも同級生や友達と連絡を取れる、どんな情報でも簡単に知れる、それが今の時代なのだ。
子供だろうが恋愛感情だってあるし、そこに大人への憧れや好奇心といったものが合わされば彼氏だ彼女だというような話になるのは必然とも言えるだろう。
「まあ、どうでも良いか、俺には関係無いしな」
「私も小学生ではないので無関係ですね、興味深い話でしたけど」
いつの時代も色恋話は年齢を問わず人の興味を引いて離さない、誰だって一度や二度はそういう話に耳を傾けた事があっただろう。
そういえば由奈のクラスメイトにもカップルになった女の子達が居たなと灰川は思い出す、あの子たちは上手くやってるんだろうかと少し気になった。
やっぱり恋愛の話は人の関心をどうしても掴む物、灰川ですら人様の事が気になってしまうものなのだ。
とはいえ根掘り葉掘り聞くのは野暮で節介、そして失礼という物だ。適度に距離を取りつつ、どーでも良い話として聞くのが上等という物だろう。
「ああ、あと2人ともネットで知った奴に会いに行くとか絶対にしちゃ駄目だよ。重大な事件に巻き込まれる可能性があるからよ」
「ハッピーリレーでもそういうのは絶対禁止です、本当に危ないですし、所属者の中には会いに行って大変な事になった人も居ましたから」
そこの所は2人にしっかり言い聞かせる、ネットで仲良くなってリアルで会おうとなり、事件に巻き込まれる話が後を絶たない。
中にはニュースになったものもあり、佳那美もアリエルもしっかり納得して『知らない人には着いて行かない』と硬く約束させたのだった。
今時の子はアニメとかどのくらい見るものなのかとか聞こうとしたが、話が完全に脱線してしまった。そのくらい恋愛話とは威力がある話題なのだ。
その後も何件かのアニメショップや本屋を回って色々と見ていく、フィギュアの専門店では10万円を超えるような凄い造形の品にアリエルは驚いた。
TRPGを取り扱ってるコーナーではゲーム性の深さや戦略性の高度さに、『こんなゲームが存在するんだ!』と感心していた。
ゲームショップでは格闘ゲームのお試しプレイで『ゲームってこんなにスゴイものなんだね!』と、今日で何度目かの驚きを体験した。
「なんだか興味あるものでいっぱいだよっ、全部知りたいしプレイしてみたいよっ」
「全部は一生かかっても無理だろうな、漫画もアニメもゲームも数が多過ぎるからな」
日本の漫画だけでも年間に1万冊以上が新刊として出されており、生涯をかけても読み切れるようなものじゃない。そこにネットコミックなども合わせれば更に膨大な数になる。
アニメは数年前の集計で1万5千作品以上があり、もはや全てを見る事など専門家ですら不可能な作品数となってる。
「もう少し店を回ってから帰るか、どこが良いかな」
「後はTCGショップとかアイドルグッズのお店などは~~……」
道を歩きながら何を見せようか迷う、既にけっこう店には入っており漫画なども購入した。
アニメは灰川の部屋でサブスクで見れるので映像ソフトは買わない、アリエルはアーヴァス家からの小遣いは諸々込みで月に3万円くらいと聞いてるので、よく考えて使うよう言われてるそうだ。
「てやんでぃ! サイーチの奴にまた負けちまった! オイラの大江戸デッキのどこが悪いんでぃ!」
「ごほっ…私も負けてしまいましたよ…、病気テーマと政治テーマの融合デッキでしたが…アドバンスド・プリコーダーズを出されたら一方的でしたね…」
「やっぱマジックガール&ヒーローズのデッキに勝つのは無理だったか~…、今度は無理じゃないってとこ見せてやるっての!」
何やら聞き覚えのある3人の声がしたと思って灰川が振り向いたが、その3人はビルから出たと思ったら角を曲がって何処かへ行ってしまった。
3人が出て来たビルを見るとTCGショップが入っており、イベント告知で『ワールド・ブレイブ・リンク公式バトルトーナメント開催中』という掲示を見かけた。
「灰川さん、以前にWBLをやってましたよね。今でもやってらっしゃるんですか?」
「いや、あれはお祓いのためにプレイしたのであって、今は時間もアレだからやってないな。でも面白かったんだよな~」
TCGショップでは公式、非公式問わずカードバトルの大会が結構な割合で開かれる。景品は限定カードだったり他のグッズだったりで、TCGプレイヤーは優勝を狙って真剣勝負してるのだ。
「まあ、俺は大会に出れるような腕が無いからよ、じゃあ行くか」
さっきの3人の声は聞き覚えがある声だったが、OBTテレビの時に協力してくれた人たち本人か自信が持てないから追い掛けるような事はしない。
そもそも向こうだってわざわざ話し掛けられたら、どう対応して良いか迷ってしまうだろう。
「ん? アリエルどうした?」
「ハイカワ、このコスプレショップっていうのは、ボクが前にステージに上がった時に着たコスチュームを売ってるお店なの?」
どうやらTCGショップの隣の店はコスプレ衣装の販売や注文受付をしてる店のようで、そっちに興味を持ったらしい。
「おっ、興味あるか? なら入ってみようぜ」
「で、でも高そうだし買えないかも知れないよっ!? それでも入ってOKなのっ?」
「もちろん大丈夫ですよアリエルちゃん、見物だけでも歓迎ですと書いてますからね」
「アーちゃんと初めて会った時のステージコスだよね! すっごく楽しかったよねっ、えへへっ」
コスプレ衣装を販売してる店も秋葉原には当然だが存在する、各種の作品のキャラの衣装が販売されており、今はVtuberの衣装などもコスプレ衣装として制作されてるのだ。
「前に着たプリコーダーズの衣装もあるかなっ? あったら見てみたいな、くふふっ」
「アーちゃんはアドプリの衣装だったよねっ! あの時のアーちゃん可愛かったっ」
「カナミのコスチュームもすごくカワイかったよっ! ここには色んなコスチュームがあるみたいだっ!」
このビルにはゲームショップやTCGショップなどもテナントで入っており、そこそこに大きい商業ビルだ。
カード大会も開かれてるからか客が多いみたいで、エレベーターを待ってる間に佳那美とアリエルがどんな物があるのか楽しみそうに話してる。




