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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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255話 みんなで動物触れ合いと恋バナ

「俺も人間的に成長してきた気がするし、そろそろ配信に人が来るんじゃないか?」


「はいっ、灰川さんの自分でそういうことを言えちゃう所も大好きですっ♪」


「どーだろーねー、灰川さんって最近はあんまり配信して無いしねー」


 新番組のnew Age stardom放送の翌日の午後5時過ぎ、灰川事務所には市乃と史菜が学校帰りに来ていた。ハッピーリレーでの仕事もあった帰りで服装は制服のままである。


 前園は既に家族の要件で退勤し、藤枝は今日はシフトが入ってない。仕事は既に終わっており、特に今日はやる事は無い状態だ。


 new Age stardomは無事に想定してたくらいの話題を勝ち取り、SNSなどでもバズって好評を博した。ファンからの受けも良かったようで、共演してくれたドラグンガールズも話題に上げてくれて大いに盛り上がってる。


 しかしまだ放送1回目だし、まだまだ先は長いから油断など出来ない。


 ナツハたちのリアタイ同時視聴配信も好評だったようだし、エリスとミナミとツバサの振り返り配信もファンが大勢来た。その影響もあってツバサは視聴者登録が一気に増えて、10万人だったのが15万人になった。


「灰川さんリアタイ出来なかったんでしょー? 夜の10時に何やってったの?」


「ちょっと悪魔祓いに呼ばれちゃってよ、マジで大変だった」


「悪魔祓い!? なにそれっ!メッチャ気になるっ!」


 灰川は『それはさておき』なんて流しつつ、今日に頼まれてた事をおさらいする。


「今日はアパートの猫どもに会いに行きたいんだったよな、桜もすぐ来るってメッセージ来たしよ」


「そうそう! 早くギドラたちと会いたいよー!」


「私まですみません灰川さん、私も猫ちゃんたちが凄く好きなので、お邪魔させて頂きますっ」


 市乃はギドラに会いたいようで、史菜は猫たちと触れ合いたい、そろそろ来るであろう桜は当然ながらマフ子がお目当てだ。


「お、桜も事務所前に来たってさ、、じゃあ行くかぁ」


「車で行くんだよねー? シャイゲさんから借りれたって言ってたし」


 今日は市乃と史菜と桜の3人が予定を開けており、灰川の住む馬路矢場アパートに来て猫どもと触れ合う予定が入ってるのだ。


 3人の共通点は全員が高校1年生という所で、先輩後輩とかの気兼ねは無く楽しめそうな面子だ。もっとも3人とも空羽や来苑が居ても楽しかったろうし、由奈が居ても楽しかっただろう。


 空羽や由奈は配信だったり仕事があったりするため来れないが、時間が少しでも出来たら即座に行くなんて話をしてた。


「こんにちわだよ~」


「こんにちは桜ちゃん、今日はよろしくお願いします」


「桜ちゃんお疲れさまー、学校ちょっと遅かったねー」


 下で待ってた桜にそれぞれ挨拶を交わし、灰川は車を持ってくるために近くの駐車場に行った。


 


「イチノさん、フミナさん、サクラさんっ、こんにちはっ」


「アリエルちゃん、こんにちは、やっぱカワイイなー」


「こんにちは、レッスンお疲れさまです」


「こんにちは~、アリエルちゃん~」


 今日はアリエルは早めにレッスンが終わる日であり、車に乗せて馬路矢場アパートの方に帰宅する。 


 市乃たちと同じように学校帰りではあるのだが渋谷の自室に一旦は帰宅してる。しかし明日も学校があるためランドセルなどの荷物は持って来てた。


 まだ完全に一人で生活するには不安があるし、両親からアリエルは寂しがりやだとも聞いたので今のような形にしてる。アリエルも嫌がってないから問題は今の所はない。


「そういやnew Age stardomは視聴率も良かったみたいじゃん、9%だっけか?」


「そうそう! ビックリしちゃったよっ! 最初の放送は高い視聴率が取れるって聞いてたけどさっ!」


「夜10時の番組でこの視聴率なら成功だって聞きました、本当に良かったです」


「私は出演して無いけど~、良かったって思ってるよ~」


 new Age stardomは予定より少し良いスタートを切れており、視聴率も予想より高めの数値が出せたのだ。


 テレビの視聴率は1%につき40万人ほどとされており、視聴率9%以上という事は同時視聴者は400万人近い数値だった事になる。


 細かく言えば個人視聴率とか世帯視聴率とか世帯視聴率とかの違いがあり、世帯視聴率の方が良い数字が上がりやすい。new Age stardomの視聴率9%は世帯視聴率である。


「スポンサーのジャパンドリンクからも予想より良い手応えだったって言われたそうだし、他のスポンサーからも祝いの言葉が届いてたぞ」 


「良かったー! 昨日発売したジャパンサイダーのコラボラベルもバズってたし、滑り出しは最高だよっ!」


「おめでとうございます、エリスさん、ミナミさん」


「ありがとうアリエルちゃん、一緒に出演出来たらしましょうねっ」


 放送前も放送後もSNSでは大きな話題になっており、自由鷹ナツハや竜胆れもんのアニメーション飲料CMも大いに好評だった。そのCMはネットでも動画が公開されており、既に各再生数が100万回を超えてる。


 初回はVtuberという媒体の説明が主だったから、ファンからすれば物足りない内容だったかもしれない。


 しかしVtuberというものに馴染みの無い人にとっては大事な説明であり、やはり初回は詳しく説明を入れて興味無い人へのアピールを優先したという形だ。


 ネットや番組宣伝も強くやっており、その効果も大きかったと言える結果だ。数字的には文句なしの状態である。


「まあ、また今度に撮影が入ってるからよ、台本とか読んで打ち合わせもして備えといてくれよな」


「はい、ですが番組4回目から入るロケコーナーは、まだ何をやるか決定してないんですよね…少し不安です」


 ロケコーナーとは出演Vたちが何処かでロケをして、その様子を面白おかしく編集して放送するというコーナーだ。


 この撮影には灰川が2社にレンタルしてるサイトウが制作したカメラを使って撮影しようという予定になってる。しかしまだ企画が完全には決めれてない状態だ。


「到着だな、アリエルは先に宿題やっておくんだぞ。皆はちょっと待っててくれ、車置いて来るから」


 アパートの前で皆を下ろしてから車を置きに行き、その後で2階にある猫専用ルームに上がったのだった。




「マフ子~、会いたかったよ~、むふふ~」


「にゃ~……にゃん…」


「ギドラー、やっぱりカワイイなー、あははっ」


「にゃ、にゃ、にゃん」


「お、大きいっ……やっぱり前に見た時も見間違いではなかったんですねっ…!」


「なゃ~、にゃ~~」


 それぞれにお目当ての猫だったり、どうしても目に付くオモチだったりを見たり撫でたりして、一緒に遊んで過ごしてる。


 既ににゃー子が猫どもをお風呂に入れてたらしく、猫用シャンプーも使ったようで良い香りがしていた。


 ここに居る猫とキツネとタヌキはお風呂やシャンプーが好きであり、その上で人懐っこいという特性がある。トイレなんかもにゃー子が使い方を躾けてるため、その辺なんかも安心できる状態だ。


 馬路矢場アパートの動物部屋はクッションとか功が作った動物用水洗トイレなどの設備があり、水やエサなんかも問題なく提供される造りになってる。割と今時風の設備だろう。


「にゃー、にゃぁ~」


「ん? そうかそうか、みんな疲れも取れて体調は問題ナシか、ありがとうなにゃー子」


 にゃー子から猫たちの体調も聞いておき、特に問題もないようなので後は自由に触れ合ってもらう事にする。


 砂遊は買い物に行っており、アリエルは宿題とか実家への報告メッセージを書いたりしてるから今は居ない。


「史菜、オモチは大人しくて人懐っこいから触っても大丈夫だぞ、ここに居る動物は全部お触りOKだ。予防注射も受けてるしな」


「そ、そうなんですねっ…! で、では失礼してっ…」


「にゃん、なゃ~」


「~~! フワフワでモッチリしてますっ! すごい温かいです!」


「きゅ~」「ゆんっ」


「キツネちゃんとタヌキちゃんも来ましたっ! かわいいですっ!」


 史菜も人懐こい動物たちを気に入ってくれたようで、オモチの大きな腹を撫でたり、テブクロと福ポンを抱いてみたりして楽しんでる。


 にゃー子はそんな皆の様子を見ながら休んでおり、灰川はそんなにゃー子の傍に座って皆を見てる。


「マフ子~、やっぱり尻尾がフワフワだね~、大好きだよ~」


「にゃ~……にゃん…」


 桜と尻尾マフラー猫のマフ子は大の仲良しだ、灰川の実家に行って触れ合って以来、桜はマフ子と一緒になりたいと思ってる。


「そういえば桜、俺の実家の馬のヒホーデンが居るだろ。マフ子はしっかりヒホーデンに桜は元気だって伝えたみたいだぞ」


「……! そうなんだね~、ありがとうマフ子~……ヒホーデンとヨシムネにも会いたいな~」


「にゃ~ん……にゃぁ…」


 肩に乗って尻尾マフラーをしたままのマフ子を桜が撫でながら礼を言う、灰川の実家の近所の馬の親子とも桜は仲良しなのである。その馬とマフ子はやっぱり仲良しだ。


 桜はマフ子と触れ合って、穏やかで温かな笑みが止まらない。桜は目が見えないためマフ子の姿を見る事は出来ないが、その分だけ触れ合って声を聞いてる。


「そういや桜、住んでるマンションがもしかしたら動物OKになるかも知れないんだろ?」


「うん~、でも決定はしてないよ~」


「そしたらいきなりマフ子を引き取るんじゃなくて、お泊りって感じで様子を見るのも良いかもな」


 桜は前にマフ子と一緒になりた過ぎて物件探しをしたが、良い感じの物件が見つからなかったのだ。


 しかし現在住んでるマンションが動物可になる可能性があるらしく、少し様子見という状態が続いてる。


「本当は今すぐマフ子と一緒になりたいな~、マフ子はどう思ってる~?」


「にゃぁ~……にゃん…」


「にゃー子が言うには、マフ子は桜が何言ってるか分からないけど、桜と一緒に居れて嬉しい、会いに来てくれて幸せって思ってるみたいだぞ」


「~~! むふふ~、大好きだよ~、にゃー子ちゃん、灰川さんありがと~」


 マフ子が桜を好きなのは見れば分かる、桜としてはすぐにでも一緒に暮らしたいが、話はそう簡単には行かないのだ。


 桜が一人暮らしをするには健常者よりはハードルがあるし、Vtuberをやってるというのも不動産屋に弾かれる要因になったりする。その上でペットOKの物件となると相当に限られる。


「もし桜が良かったらだけどよ、ペットOKのホテルにマフ子と一緒に宿泊してみるとかどうだ? バリアフリー完備の所もあるっぽいしよ」


「えっ? それなら出来そうだよ~、でも私は目が見えないから、ちゃんと泊ってお世話できるか不安だよ~…」


 動物と一緒になるという事には必ず世話が付いて回り、桜は自分がマフ子をしっかりお世話できるか不安だ。


 しかし、視覚障碍者には盲導犬というパートナーを持つ人も多く、目が見えなくても動物と一緒になれる事は社会が証明してる。


「最初は両親と一緒に宿泊してみて、次に一人で宿泊って手もあるしな」


「そうだね~、マフ子はどう思う~? 私は一緒にお泊りしたいな~」


「にゃ~……にゃ~…」


 言葉は通じないがマフ子は嫌がったりしないだろう、今も桜の肩に乗ってしっぽり柔らかく尻尾マフラーをしてあげてるのだ。


「あー、本当は灰川さんが桜ちゃんと一緒にホテルに泊まりたいんじゃないのー? あははっ」


「おいおい、そんなん許されねぇだろっての、キャンプの時はグループだったから良かったけどよ」


 灰川の実家に宿泊した時やキャンプの時はグループの引率という感じもあったから良かったが、1対1で泊まるとなると話は別だ。


「私は灰川さんとなら一緒に泊っても良いけどねー、無理やり変なコトする人じゃないの知ってるしねー」


「私も灰川さんとならご一緒したいと思いますよっ、変なコトは勉強中の身ですので教えて頂ければと思いますっ」


「お前らなぁ、何もしないっての。なあオモチ、俺はそんな男じゃないよな?」


「にゃ~、なゃ~~」


 イタズラな笑みを浮かべる市乃と、なんだか少し本気が混じってそうな史菜を流しつつ灰川たちは談笑する。


 最近は皆が好意を持ってくれてるのは分かってるし嬉しいのだが、年齢差もあるしビジネスパートナー達をそういう目では見ないよう心掛けてる。


 桜も灰川の提案に前向きだ、ペット可の宿泊施設に泊ってマフ子と一緒になる練習をしてみたい、その気持ちは少しずつ大きくなった。


 しかし、同時に『灰川さんと一緒に泊っても良いのにな~』、と思ったりもしてるのだった。


「あれ? テブクロちゃんと福ポンちゃんがドアの方を見てます。何かあったんでしょうか?」 


「ドア? 別に何もないぞ、幽霊も居ないし」


「幽霊っていう単語が普通に出て来るんだね~、灰川さんって感じがする~」


 閉め忘れたかなんて思った時だった、インターホンが鳴り灰川が出る。この部屋は賃貸契約時にカメラ式インターホンにしてもらってる。


『誠治とテブクロと福ポンに会いに来たわ! 入って良いかしらっ』


「由奈? そりゃ入って良いけどよ」


「お邪魔するわっ、ガマン出来ないから会いに来たわっ! 市乃先輩たちも来てたのねっ!」


「由奈ちゃん、こんにちは~」


「こんにちは桜ちゃん! マフ子もオモチもにゃー子も元気そうねっ! ギドラも相変わらずだわっ」


 由奈は今夜に配信の予定があるのだが、まだ時間に余裕があるためテブクロと福ポンたちに会いに来たのだ。


「きゅ~! きゅぅ~!」


「ゆんっ、ゆ~んっ!」


「さっそく来たわね! テブクロも福ポンもブラッシングしてあげちゃうわ! わははっ!」


「ああっ、由奈ちゃん、あんなに懐かれて羨ましいですっ」


 2匹は今までじゃれてた史菜から由奈に鞍替えだ、テブクロと福ポンは由奈に非常に懐いており、2匹で由奈の足元をパタパタと走り回って喜んでる。


 本来なら仲の悪い事が多い狐と狸という動物だが、この2匹は例外だ。仲が良すぎていつも一緒に居るし、懐く相手も一緒である。


 由奈も部屋の中に入って皆で動物たちと一緒に触れ合う、由奈は持参したブラシでテブクロと福ポンを優しく撫でてあげていた。


「えっ? また誰か来たぞ? まさか…」


『こんにちは、オモチとにゃー子ちゃんに会いに来たよ灰川さんっ、開けて欲しいな』


『ど、どうもっす、空羽先輩に着いて来ちゃいましたぁ…』


 なんと空羽と来苑まで来てしまった、この部屋の番号なんかは皆に教えてる。


 空羽は学校帰りに大急ぎでシャイニングゲートでの打ち合わせ仕事を終わらせ、来苑も同じ時間に終わって鉢合わせて誘ったそうだ。スマホを見るとメッセージが入ってたのに気づく。


 しかも空羽は前に灰川の実家に行った時に持って来た高級ペットフードを持って来てる。


 結局はいつものメンバーが揃ってしまい、空羽たちがどれだけ猫たちに会いたかったのか分かる気がした。


「ギドラ、史菜も優しくて良い子だよー、ほらほら」


「ふふふっ、ギドラちゃんたちもフワフワで可愛いですっ」


「テブクロ、福ポンっ、今度に私のお家に泊まりに来なさいっ! パパもママもきっと良いって言ってくれるわっ」


「マフ子の尻尾は最高だよ~、もっとナデナデしてあげるね~」


「オモチをお持ち帰りしたいなぁ…あ、今のはダジャレじゃないよ。にゃー子ちゃんお持ち帰りはまだ無理そうかな」


「あゎゎ…可愛いけど、やっぱりデカイっすねオモチちゃん…、触っても大丈夫っすかね…?」


 皆であーでもない、こーでもないと猫たちを可愛がり、猫たちもそれを受け入れる。史菜と来苑には特別に懐いてる動物は居ないが、それでも人懐っこい灰川家に所縁のある動物の姿に癒されていた。


 ちなみに由奈と来苑は霊能力が有るが、にゃー子の声は聞き取れない。猫叉の声は相当に強い霊力が無いと聞き取れないのである。




 そのまま30分程が経過して触れ合いタイムは終わりとなる、動物たちが眠くなってしまって寝息を立て始めたのだ。


「残念だけど今日はここまでだな、夜配信あるメンバーも居るんだし丁度良い時間だろ」


「眠くなっちゃったんならしょーがないよねー、お休みギドラ」


「このままオモチを背負って連れて帰りたいっ…! でもオモチが驚いちゃうから、そんなこと出来ないっ…!」


「みんな寝姿も可愛いですっ、すごく癒されますっ」


 動物部屋を後にして階段を降り、後はタクシーなどに乗って解散という形になる。


 元から皆は今日はそんなに長く居る予定では無かったし、由奈と空羽と来苑に至っては突発的に来たようなものだ。配信予定も入ってるし、その他にも色々と忙しい身である。


 一応は灰川の自室で少しトークでもしようかなんて話にもなったのだが、動物の部屋と違って誠治の部屋には物があるから狭く、こんな人数は悠々とは入れない。ギュウギュウ詰めになってしまう。


 タクシーを捕まえに大通りに行き、その道中で由奈を自宅まで送り届ける予定である。皆は猫たちが可愛かったとか一緒に暮らしたいとか余韻トークで盛り上がっており、今はアパートの敷地内だ。


「そーだ、灰川さん。今度またデートしようよー? 最近って灰川さんと2人で出掛けてないしさー」


「おいおい、デートってお前なぁ、そういうの男が勘違いするから止めとけっての」


 市乃がいつも通りな感じで軽く言うが、男はそういう単語を持ち出されると簡単に勘違いする生き物だ。少なくともモテた経験がなかった灰川はそういう部類である。


「勘違いじゃないよー? 私、っていうか、ここに居る人は全員灰川さんのこと好きだしさ」


「お…おいおい…、はは…」


 そういう事を普通な感じで口に出すか?、と灰川は思ってしまう。自分が知らないだけで高校生は、というか陽キャはこんなノリが普通なのかと考える事にしておいた。


「市乃ちゃんが言った通りだよ灰川さん、私も灰川さんのこと男性として好きって思ってるよ」


「私もですよ灰川さんっ、もうそろそろ年下の女の子も可愛いなって思ってくれるようになりましたかっ?」


「誠治が私のことどう思ってたって、必ず振り向かせてみせるわっ! もっとアピールしてくつもりよっ、わははっ」


「じ、自分も……そのぉ…、…は、灰川さんのことっ…す、好きっすよっ、えへへっ…」


「私も大好きだよ~、もう灰川さん以外の人は好きになれないかも~、ってくらいだよ~」


 皆とは出会ってから割と密接に過ごす時間も多く、その影響もあって灰川に強い好意を持つようになった。


 しかし灰川としては思春期の一時の思い過ごしか、若気の至りの気持ちと受け取っており、自分と皆の立場もあるため真面目には受け取ってない。


「仮に皆が俺のこと良く思ってくれてるって言ってもだぞ、もっとしっかり考えろよな。俺より良い男なんて幾らでも居るし、わざわざこんな冴えない奴を選ぶ必要はないだろっての」


「誠治は格好良いわよっ! 私が保証してあげるわっ」


「灰川さんって自分は冴えないって思ってるようだけど、ここに居る子は灰川さんの良い所いっぱい知ってるよ? 優しい所とか面白い人だってこととか」


「私のこと~、あんなに親身に介助してくれたの、家族以外だと灰川さんが初めてだよ~。一緒に居ると楽しいって言ってくれたの、すごく嬉しかったよ~」


 今までに無いほど直接的に皆から好意を伝えられる、これには灰川もどうするべきか迷ってしまった。


「灰川さんに助けて頂いたり、一緒に居て悩みなどを聞いてもらったり勇気づけられたりして、気持ちが勘違いじゃないって充分に分かってますので」 


「そ…そのぉ…、灰川さんは命の恩人だしっ…自分が凄く落ち込んでた時に支えてくれましたから…っ…! す…好きになるなって方がムリっす…っ!」


 史菜も来苑も身の上や立場などもしっかり考えたのだが、やはり好意が大きくなって気持ちが我慢できないと言う。


 感情とは理屈では処理しきれない、だから厄介だ。


 皆は企業所属のVtuberであり、芸能人に片足を突っ込んでるみたいな存在だ。むしろ今は2社は彼女たちの本格的なタレント化を狙ってると言っても良い状況である。


 そんな時期に異性関係が出来上がってしまえば火種にだってなりかねない、その事だって充分に分かってはいる。


 しかし同時に『彼は何かがあったとしても火消しを出来るパワーがある』という事も分かってる、そういった安全面などの事も含めて好きになったのだ。

 

 彼女たちは打算的な頭の使い方だって出来る、その頭や才覚を使って若くして名を上げた。その彼女たちの頭が『彼とは色々な意味で安心して付き合える』と判断してる。


「灰川さんさー、私たちのこと、少し勘違いしてる?」


「勘違い? 何がだよ?」


 灰川は聞かれた事の意味が分からない、皆を勘違いしてるという質問の意図も意味合いも分からなかった。


「私たちって確かにVやってるけどさっ、普通に人とか好きになるんだよ? クラスの子とかで彼氏が居るとかの話聞いたら、普通に羨ましいなーとか思うしっ」


「忠善女子高校にも彼氏さんが居る人は居たりしますよ、私の友達にも中学生の時から男性と付き合ってる人が居ますから」


「私の同級生でもカレシが居る子はいるわねっ! みんな恋バナとかしてるわよっ」


 今時は中高生でも付き合ってる者は珍しくない、むしろ恋だイベントだと最も楽しく興味を持てる時期だろう。


 中学2年生の由奈ですらクラスメイトで彼氏彼女が居る生徒も普通に居るようで、彼氏とデートしたとか、彼女とキスしたなんて話がまことしやかに聞こえて来るらしい。


「自分の学校でも普通にそういう話は聞こえてくるっすよ、…ぇっと……その…ソッチの経験がある子の話も聞いちゃったっす…っ」


「私の学校でもお付き合いしてる先輩が居るよ~、福祉学校の人と仲良くなって付き合い始めたんだって~」


 来苑の通う文京学詠館高校や、桜の通う都立盲学校高等部でも恋愛の話はある。


 灰川が意識してないだけで世の中には恋愛が溢れてる、ドラマとかでも恋愛モノは昔からの鉄板だ。特に思春期の者達は多かれ少なかれ恋バナというものを耳にするだろう。


 皆は灰川の事が好きになってしまった、その事は感情では止めようが無い。何万人のリスナーが居ようが、恋愛がディスアドバンテージになる可能性があろうが、止められない感情だったから今に至ってる。


 学生だって恋をする、大人だって誰かを好きになる、芸能人だって恋愛する、恋なんて他人事だと思ってる人でも誰かに心を持ってかれる事がある、世の中はそういうものだ。


「灰川さんは私たちと付き合うのって嫌かな? やっぱり年下の子は好きになれない?」 


「そんな事はないっての…でもよ、普通に考えてダメだろっ…」


「大学生とか社会人と付き合ってる子も居るよ、ダメって事はないんじゃないかな? シャイゲでも関係会社に彼氏が居る人も割と居たりするしね」


 年齢差があるから、関係会社の所属者と付き合うのはモラル的に良くない、そういう逃げ道を塞がれてしまう。


 灰川は皆の親が許さないだろうとかの言い訳もしようとしたが、付き合うくらいで親に挨拶なんて時代ではない。それは灰川が中高生だった時から既にそうだった。


 このままでは合理性とか整合性の面で『前提』という堤防を押し切られてしまう、そうなったら『付き合えない』という理由付けは不可能になってしまう。


「ま、まあ気持ちは嬉しいけど話は保留だな、一気に6人からそんなこと言われても困るし、その内に俺じゃない良いヤツが出て来るかも知れないだろ? それからでも話は遅くないって」


「では見た目や性格が好みじゃないという子は居ないんですねっ? 立場などを除けばお付き合いしても良いと感じてると思って良いのでしょうかっ?」


 史菜がそんな事を言って来る、ここまでは年齢とか立場などの『付き合えない理由』を並べて来たが、付き合っても良い理由、本当は付き合いたいと思ってるかなんて質問を暗にされてる。


 いきなり決めろなんて言われたって無理だ、予想外過ぎて心の対応が出来ない。


 普段と変わらぬように見える皆から、何か普段と違う感じを受ける。好意を口にするのは多かれ少なかれ勇気が要るものであり、どんなに平静を装っても感情を完全に表に出さない事は不可能だ。


「正直言って……みんなメッチャ可愛いし性格だって良いから、そういう気持ちが無いって言ったら噓になるな…」


 「「!!」」


「配信だって凄くて尊敬してるし…皆の良い所も沢山知ってるし、やっぱ流石に一回もそういう目で皆を見なかったっては言えないわなぁ…」


 皆が慕ってくれてるように、灰川だって皆を一回も異性として見た事が無いなんて言えない。


 市乃が好意を示してくれた時は嬉しかったし、史菜がちょくちょくとアプローチしてくれた時はやっぱり可愛いなと思った。


 由奈が強く好意を示して母親の貴子の話なんかを聞いたらドキっとはしたし、桜と一緒に歩いてて胸が腕に当たった時などは普通に血流が早くなった。


 空羽に相当に強力な好意の匂わせを受けた時は頭がフワフワしたし、普段は明るく活発でボーイッシュなイメージのある来苑が女の子らしい表情になったりすると心が浮つく。


「じゃあさー、やっぱ灰川さんも私たちのこと女の子として見てるってことだよねー?」


「ふふんっ、当然よねっ! 誠治にいっぱいアピールしてきて良かったわっ、わははっ!」


 流石に身長が低い由奈は……なんて最近は思えない。


 数年もすれば必ず美少女、そして美女になるだろう。性格だって優しくて相性が良いし、というか今だって普通に可愛いと思ってる。


 それは由奈以外の皆にも言える事だ、とにかく皆と相性が良いし、実を言うと容姿だって贔屓目なしに高いと灰川は感じてるのだ。


「でもな、皆の中から一人を選ぶなんて、とても俺には~~……」


 とても選べないくらい皆は魅力的だから、やっぱり棚上げしてよく考えた方が良いと灰川は言おうとする。


 何なら少し他所を見れば良い男なんていっぱい居るのだから、冴えない男なんか見てないで目を覚ませ、とかも言おうとした時だった。



「うぉ兄ちゃ~ん! すっ転んでブラジャーぶっ壊れたぁ~! あと髪の毛モジャモジャになったぁ~!」


「うおっ!砂遊か! ブラが壊れたとか俺に言われてもどうしようもないっての! あと髪の毛は元からモジャモジャだろ!」


 「「!!」」

 


 ここに来て思わぬ横槍が入り、話はそこまでとなってしまう。とはいえ元から1回くらい話した程度でまとまる話ではないし、よく考える時間が出来て良かったと灰川は感じてる。


「あーあ、砂遊ちゃん来ちゃったから中断ですね空羽先輩、しかたないなー」


「ふふっ、灰川さん困っちゃってたね、ちょっと悪い事しちゃったかな」


「でも灰川さんに皆でアプローチ作戦は順調に進んでますっ、このまま上手く進めていきましょうねっ」


「誠治も私たちのこと女の子として見てるのねっ、安心したわっ」


「むふふ~、灰川さんとまたデートさせてもらいたいな~、お仕事でももっと頼りにしたいよ~」


「…ぅぅ~~…、皆で一緒とはいえ緊張したっす…! でも灰川さんの意識っ…なんか変わったような気がするっすねっ…!」


 今回の状況は偶発的なものだった、たまたま皆が一堂に会したという状況だった。

 

 しかし今日の話自体は偶発的なものではない、皆が『次に揃った時にはこういう話をする』という打ち合わせを事前にしており、それに沿った形での話運びだったのだ。


 空羽は市乃から灰川のアパートに猫たちに会いに行くとメッセージを送っており、空羽は灰川からメッセージが返って来なくても在宅なのは分かってたから現地に来た。


 包囲網は相手に気付かれては意味が無い、徐々に包囲を狭めて獲物を確実に狩る。それが鉄則である。


「じゃあ皆、これからも頑張って灰川さんの心を溶かして行こうね。このまま順調に行ったら、近い内に灰川さんは我慢できなくなっちゃうと思うから」


「はいっ、もっとアピールと距離の縮めを強くしていかないとですねっ♪」


「もし他にも灰川さんが好きな人とか出て来ちゃったら、その時は様子を見てから引き入れですよねー」


 彼女たちの策は灰川のあずかり知らぬ所で幾重にも張られてる状況だ、灰川が思う以上に皆は本気なのだ。


 助けられた、支えてもらった、励まされた、いつの間にか気になってた、そういった好きになった最初の理由は様々だが、段々と彼の事を知るにつれて明確な『好き』という感情に育ってしまった。


 一方で灰川は彼女たちを縁の下から支え、凄い才能を持った人達だと尊敬し、そういった気持ちを持ちつつ着実に『精神を塗られていってる状態』にされつつある。


 灰川だって男性であり、異性から言葉や行動、視線に好意を何度も示されては精神が揺らぐ。


 最近は市乃や桜の胸に目が行ってしまう時が多いような気がする、由奈とお出掛けした時に頂いた手作りのお弁当は最高以上の何かがあった。


 史菜のアピールにドギマギする回数と度合いが以前よりアップしてる。思春期の思い過ごしと考えてるが、最近は本当にそうなのか?と思ってしまってる。


 空羽が美人なのは分かってるが、前にも増して綺麗さも可愛さも上がって見える。来苑の部屋にPCを運んだ時は色々な意味でセンシティブだったのが、とても強く記憶に残ってる。


 灰川の精神は着実に皆の策と努力によって変えられて来ており、この先にどのようになっていくかは分からない。


「とりあえずは明日からも変わらずやってこうね~、今度は灰川さんの腕にもっとぎゅ~ってしちゃおっかな~、むふふ~」


「桜ちゃんって意外と大胆っすよねっ…じ、自分も見習わなくちゃっ…!」


 今すぐ何かが劇的に変わる訳ではなく、明日からも一先ずは変わらず皆との関係は続くだろう。感情がどうであれ仕事や生活は続いて行くのだ。


 人間はゲームの駒じゃない、それぞれの感情があって生きるものだ。


 アイドルが恋愛してたりすると叩かれたりするが、感情がある人間だから活動を頑張れるし、面白さというものが生まれる。


 人は会社やファンの期待に応えるためだけのシステムになどなれない、もしなったとしたら途端に面白さが消えてしまうだろう。


 感情と活動の間を上手く縫うように進んで行く才覚、安全か危険かを判断する能力、そういうのも名を上げようとする者達には必要なのかもしれない。

 また1話の文字数が多くなり過ぎるようになってきました、もっと減らすか話数を分けるか努力したいと思います。

 でも口だけ努力になる可能性もあるので、その時は勘弁して下さい。

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