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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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254話 回りくどく、厄介なモノ

「私が聖剣の担い手と契約しようとしてる? 出来る訳がありません、例え加護を突破しても断られるのが当たり前です。それこそ聖剣への侮辱というものです」


「一回で無理なら何度でもやるんだろ? 精神が擦り減って契約せざるを得ない状況に持ってくんじゃないか?」


「そんな事はしないと言っても信じないのでしょう? では何を言っても無駄なのですよ」


 先程に町崎の夢に現れて契約したと言ったが、それが本当なのかどうかは分からない。しかし可能性は高いと灰川は踏んでる。


 加護は何らかの手段で突破できる算段があるのだと予測する、そこから何日も何年でも夢に現れて精神を蝕んで契約という計画なのだろうと灰川は読んだ。


 恐らくルーザは悪口だけでなく、灰川という強い霊能力を持った予定外の人物が着いて来た事でも精神に揺さぶりを掛けられた。


 そこに悪口でプライドや癇に障る言葉を掛けられ更に精神を揺らされ、想定してたよりも多い情報を口にしてしまったのだ。


 灰川が常に霊力を強く出して『お前などいつでも祓える』というアピールを続けてたのも効果があり、それもまたルーザの悪魔としてのプライドを揺らした。もちろん焦りなども増幅した事だろう。


 その焦りは悪魔の次なる一手を引き出す、この場で有利なのは灰川ではなく奴なのだ。こちらは持ってる情報も少なく、迂闊に祓えないという条件がある。


「私は悲しい、こんなにも分かり合えないものなのですか。悪魔というだけで言葉は聞くに値しないと思われてるようですね」


 聞くとか聞かないじゃない、危険なのだ。コイツは何らかの目的のために動いてる、少なくともそう仮定して対応しなければ何が起こるか分からない。


 しかしここでルーザが行動に移る、標的はやはりアリエルだった。


「聞くに値しないと思われてるようですから、私は勝手に喋らせてもらいましょう」


「おいおい、無視するなよ。負けを認めたようなもんだぞ」


「会話や議論に勝ち負けなどありません、それに私は貴方たちには最初から負けてるのですよ。むしろ自分から消えてしまう道を選ぶ事だって今は考えておりますよ」


「っ…! そんな度胸もないくせによ…っ」


「私が契約した人間の数は最低でも町崎さんの他に10人です、この数が嘘でない事は分かりますね?」


 ルーザはアリエルの方を向き話を始める、その内容はアリエルの心のわだかまりを刺激するものだった。


 一方で灰川はルーザの言った10人という数に心当たりがあった、その数は駆逐艦アロナックで悪魔を見たという人の数なのだ。


 もしこの場でルーザに自己消滅という道を選ばれたら、最低でも11人が極限の痛みに晒され続ける事になる。その事はアリエルも気付いたようで、形勢は完全に不利になってしまった。



「聖剣のお嬢さん、貴方は教会の教えや歴史に不信感を抱いてますね?」


「~~!!」


「無理もありません、教会が元で発生した戦争、奴隷社会の形成、魔女狩りや異端狩りなどの女性迫害、教会の意にそぐわない者の排除、聖書物の都合の良い解釈、聖職者の汚職や金儲けのための免罪符、教会が起こしてきた負の側面はあまりに多い」



 アリエルは今まで聖剣の担い手として様々な勉学をしてきた、その学びの中には宗教におけるマイナスの部分は少なかったのだが、ある時に家の書庫にあった本で宗教のマイナス面の部分を知ってしまう。


 そこにはルーザが言ったような内容の事が図解付きで詳しく書かれてあり、教会の教えは素晴らしいものだと考えて来たアリエルにとっては、あまりに衝撃的な内容だったのだ。


 アリエルはそこまで信心深い性格という訳ではない、元から教会などの権力者などに良いように使われないために、道徳的な心を持つための教育の一環として教会の教えなども受けて来た。


 しかし、それでも日本人と比べたら信心深い方なのだ。


 アリエルはヨーロッパの童話や物語を聞いて育っており、それらの著者の多くは教会の信徒だったり、そうでなくとも神話などに影響を受けた者達だ。


 児童文学に見え隠れする宗教性、宗教観に影響を受けながら育って来ており、本人にも自覚のない所で『教え』というものに慣らされてる。


 聖剣の担い手は精神が乱れれば力に影響が出る、それを見越して揺さぶりを掛けて来たのだ。ここから更にトラウマを刺激すればアリエルの夢に侵入する事が出来るのだろう。


「はいストップ、日本じゃ宗教と政治と野球の話はタブーだ。ましてや悪魔と宗教の話なんてしたって意味ないだろう」


「これは大事な話なのではないですか? 何より歴史で起こった事実の話なのですよ」


「大事な話だからこそ中立な場所から学んでいかなきゃ意味ないだろう、どうせ教会こそ歴史的に悪事を働いてきた連中だって言ってアリエルの精神を揺らす気だろ」


 見え空いた手だが、今の内容はアリエルにとって酷いトラウマの知識だった。


 正しいと教えられて来た教会が過去には悲惨な歴史を作って来たという内容は、幼いアリエルにとっては凄まじい衝撃だったのだ。


 聖剣は別に神のアイテムという訳ではなく、精神状態によっても効果や効能は左右される。そしてアリエルはよりによって聖剣に選ばれた直後に精神を揺らされてしまったのである。


 それによって本来なら受けられる筈だった剣術の加護や霊力の加護が正しい形で受けられず、この事は親にすら言えない秘密だった。


 しかしアリエルは学校の先生やアーヴァス家の教会に勤める聖職者に、教会の過去の事に関する質問を何度もしており、周囲の者達はアリエルが歴史を知った事は実は分かってる。


 家としてはアリエルがもう少し大きくなってから歴史の負の側面は教えるつもりだったが、偶然が重なって今に至ってるのだ。


「アリエル、教会がどうとか神仏の教えがどうとかは、もっと勉強して色んな人と関わってから決めるんだ。狭い見識で判断したら後悔するぞ」


「わ、分かってるっ! でもっ…」


「それにな、奴隷制度に反対の立場を示してきた教会聖職者も沢山いるぞ、教会本部は各国が無闇に異端審問をしないか監視する役目もあったしな」


「……! う、うんっ…!」


「少なくともこういう事は、見ず知らずの誰かに聞いて教わるようなもんじゃない。ましてや自分は悪魔ですなんて言ってるような奴にはな」


 灰川は今でこそこんな生活をしてるが、元々は3流とはいえ教育学部の卒業者である。そこそこには歴史を学んでおり、中立的な視点から物事を見るようにも教えられてる。


 歴史学や宗教学は数日やそこらで学んで判断できるような学問ではない、アリエルがそういった事を判断するにはあまりに早すぎる年齢だ。


 教会の司祭や神父、牧師や信徒の中には普通では考えられないような自己犠牲の精神を示した人達も沢山いるし、多くの人を救った素晴らしい人達も大勢いる。


 決して物事を悪だ善だと学び切ってない状態で視野を狭く持たず、自分の思考に沿った情報だけで判断しないよう、灰川はアリエルを改めて諭す。これは現代人でも出来てない人が意外に多いものだ。


「さっきから聞いてたらよ、悪い部分ばっかり話すじゃんかよ。精神的に刺激して信仰心を揺らがせるとか、悪魔らしくなってきたじゃないか」


「私が話した事は事実ですよ、これらの歴史は教科書にも載ってることではありませんか」


「考えをマイナス一辺倒に寄せる偏った知識だろうが、思想誘導が前提の歴史の勉強なんて意味が無いんだよ」


 どんな時であろうと学問は中立を守るべき、その前提だけは灰川は崩さないようにとアリエルに言い含めた。


 どんな事であろうと良い面もあれば悪い面もある、そのどちらも知った上で、冷静になってから判断を下すのが最も間違わずに済む方法だと説明する。


 灰川も完璧主義的な部分があり、悪い部分を許容できない性格が少しばかりある。だが最近はその事に自覚も出て来たので、自分が偏った物の見方をしないよう心掛けてる状態だ。


「ルーザ、お前は大人しく祓われる気はないか?」


「私は悪事など働いてませんよ、それなのに祓うというのは道理が通らないのでは? それに既に何名もの方と契約してる私を祓うというのですか?」


 放っておけばアリエルに被害が及ぶ可能性もあるし、何人も契約して人質にとるような悪質性の高い奴だと今は割れている。


 だが現状では被害の出る悪を成してない以上、正義感の強いアリエルではコイツを斬れなかっただろう。灰川としても悪事を行ってない者は例え悪魔であろうと消去するのには躊躇いがある。


(でもコイツを野放しにすれば被害が出る…だったらやるしかない…!)


 法律ではルーザがやった事は犯罪ではない、犠牲も出てないオカルト行為など裁けないのだ。


 しかしやってる事は爆弾を設置して、さあ爆発させるぞ!と構えてるのと変わらない。その爆発に巻き込まれるのは現状では最低10人、祓わない訳にはいかない。


 方法としては怒らせて冷静さを失わせ、ゆびもらいの呪いを発動させられないよう精神を乱して祓うという方法を取る腹積もりだ。


 しかし決定的な怒りを買う方法が見つからない、先程に罵って怒らせた効果も既に消えてる。ルーザの方も灰川の策に気が付き、精神を乱さないよう構えたのである。


 このまま祓ってしまえば多数の者が自殺に追い込まれるような痛みに晒される事になり、祓わなかった場合はアリエルの夢の中に出てきて様々な思考誘導の果てに契約させられるだろう。


 もしアリエルが契約させられたら自己消滅を選んで、アリエルを含んだ何名もの人が精神を狂わされる。


 今は逃がして祓う方法を見つけ、後で祓うのは無理だ。霊力の弱いコイツの探知は不可能に近く、砂遊や来苑や由奈といった灰川より感知力が高い周りの人の力を借りても探せない。


 ルーザと契約させられてしまったらどうなってしまうのかの予測はアリエルにも伝えてあり、仮に自己犠牲精神を出したとしても結局は他人を巻き込むから無駄になるとも教えた。


「どうされましたか? そろそろ町崎さんにお体を返したいと思ってますので、話し合いはこの辺にしておこうと思うのですが、クククっ」 


「くっ…コノヤロウが…っ」


 ルーザが勝ち誇ったような笑みを浮かべる、アリエルのトラウマを刺激して夢に侵食できる算段が付き、祓う事も出来ない以上、勝負は決まったようなものだと踏まれてる。


 表に出ない限りは感知が不可能に近いくらい弱い、簡単に祓えてしまう程度だから自己消滅も容易、それなのにアリエルに対するメタ性能が非常に高い。


 強い怪異が必ずしも大きな害をもたらさないように、弱い怪異が必ずしも楽な相手ではない。強さは厄介さに直結しない、それが世の中の常だ。


 このままではアリエルと最低でも10名の人が犠牲になる、この場で祓ってしまえば10名の犠牲で済む、しかしそれをやればアリエルの心に消えない傷を残す事になる。


 アリエルは怒り、悲しみ、焦り、指が失われる痛みが何度も来るという怖さにも表情が曇る。そんな痛みは誰も耐える事は出来ないだろう。


「お前は何処の差し金なんだ…? アーヴァス家と競争関係にある家とか企業なのか…? それとも悪魔とかを進行する宗教とかか…?」


「何を言ってるか分かりませんね、私は弱い悪魔ですので」


 前にアリエルがスオード家とか悪魔信仰教会とか口にしてるのを思い出して聞いてみたが、情報を漏らすような事はしないようだ。


 アリエルに掛けられた呪いから悪念が感じられなかったなどの性質から、他の聖剣使いの家が絡んでるのかとジャックやアリエルは睨んだが、聖剣の家系が悪魔を使うなんて事があるのだろうか。


 コイツは明らかに作為的に用意された存在だ、アリエルに対してだけ都合が良すぎる状況が作られ過ぎなのだ。


 人工悪魔、人工的に作られたオカルト存在、それについては謎が多過ぎる。アリエルを壊すための専用呪詛や、悪魔感知に引っ掛からないよう作られ、初見殺しに特化してる存在が来た事から現状は絶対に作為的なのは確かだ。。


 真剣勝負は一回きりで決着がつくのが基本、弱かろうが非力だろうが一回目で確殺できる手段があれば勝てる。今回はそれを用意周到に準備されてしまったという事だ。


 というか被害を受けてるのはアリエルだけなのか?、下手をしたら他の家も狙われてるんじゃないかと灰川は感じる。聖剣の家系は仲がよろしくないなんて話も聞いた。


「ハイカワ…っ! ボクはどうなっても良いんだっ…! だからルーザを逃がさない方法はないのっ…!?」


「待ってくれアリエル、今考えてる……」


「さて、そろそろ私は下がらせて頂きます。では……良い夢を、聖剣使いのお嬢さん」


 ここまでお膳立てされてる状況だ、恐らくはアリエルの夢の中に入ったら契約を結べるよう精神防御なども突破する手段がある筈だ。


 ここに至って悪魔・ルーザが最悪の存在だという事に気が付かされた、さっきまで弱くて取るに足らない存在だった小悪魔が今は恐ろしい化け物に見える。その化け物が厭なニヤケ面を浮かべてる。


 最初に人の悪意という興味を引きやすい話で印象を付けさせ、灰川の悪口や策の予測などの妨害も脅しをチラつかせるという手で抜け、アリエルのトラウマを突いて精神を揺らがせた。


 恐らくは既に奴がアリエルの夢に侵入する順路を作られた、夢に都合よく出て来れる筈がないという希望的観測は出来ない。人の夢を通じて被害を及ぼす怪異は世界中にあり、それらをアリエルに対応した形で作られてる可能性が高いのだ。


「…ん……? そう言えばこの前……」 


「どうしたのハイカワっ!? 何か思いついたの!?」


 その時、灰川の脳裏に先日にあった出来事が浮かんだ。一見すると関係ないような記憶だったが、何かヒントがあるような気がした。



『ひぇ~~! 灰川さん! スロットでタコ負けしちゃったっすよ~! 10万も!』


『ボルボル君も懲りないなぁ、ほどほどにしとけっての』


『新台だし設定も入ってそうだったからブン回しちゃったんすよぉ! 俺の金がぁ~!』


『配信のネタになるから良いじゃん、リスナーに面白おかしく話しちゃえよ』


『ちくしょ~! あんなに負けるなんてぇ~! 万札復活してくれ~!』



「そうだ! この方法があった! 待てやこの! 念縛!」


「ぐうっ! キサマッ、なにをしたっ!」


 ホテルの35階から去ろうとしてた町崎専務ことルーザを念縛術で縛る、これは人間には効果は及ばないが憑りつかれてる者ならば例外だ。


「アリエル、今からこの悪魔を祓う。攻略法は見つけた」


「でも祓ったら恐ろしい痛みを何人も受けるんだよ!? それをどうにか出来るのっ!? それって成功するのっ!?」


「絶対とは言えないけど成功率は高いぞ…ルーザが痛みに無限に耐えられるなら話は別だけどな」


 灰川の考えた方法はほとんど拷問にも近いようなものだった、ゆびもらいの呪いと同じように極限の痛みを与えるような方法である。


「今からお前を雑な陽呪術で祓って酷い痛みを感じさせる、祓い切る前に回復させて何度でも痛みを与える! それが嫌だったら呪いを発動させずに消えてくれ!」


「ふふっ…それは残念でしたね…。呪いは私の感覚が乱れていても発動は出来るのですよ、怒りで精神を乱させるのは良い着眼点でしたがね…」


 乱雑な術で祓いをしたら霊的存在は強い不快感を感じる事が多いようで、それを逆手に取った解決法を取る。祓いの中で呪いを感知して、奴と呪いのリンクが切れた事を察知したら祓い切る、もうそれしかない。


 未熟な霊能者が雑なお祓いで霊などの対処に当たり、痛みを与えて怒らせて酷い祟りに見舞われたりする事がある。


 その痛みを何度も味あわせたら耐えられずに呪いを発動せずに自ら消えるだろう。その考えにボルボルとの会話の『復活』という言葉を思い出して考えついた。


 痛覚などの感覚では呪いの発動は止められないが、怒りなどの感情の乱れだったら止められるようだ。灰川の見立ては間違ってなかったが、現状では奴を決定的に怒らせる方法が無い。


 元から敗北者の名前を与えられ、怒りなどの感情が一定以上にならない訓練のような物を恐らくは受けさせられてたのだろう。


「それともう一つ、貴方は勘違いしてる事があります……呪いは私が消えずとも発動はします、それも30名を超える人間に対してですよ!」


 「「!!」」


 呪いを発動しようと思えば出来るがやらない、それはアリエルとの契約が完了してないから、もしくは自己消滅が伴わない場合は呪いが不完全になってしまうからだと灰川は踏む。 


「ハイカワっ! それをするとっ…もう呪いに掛かっちゃってる人はヒドい痛みを感じる事になるんじゃ…!」


「それは我慢してもらうしかない! どんな事でも代償ナシには進められないんだよ!」


「止めておいた方が良いでしょう、何人もの人を苦しませたいのですか…?」 


「うるさい! まどろっこしいんだよお前は! お前は解析したが祓うチャンスは今しかないんだよっ、覚悟しろや!」


 ギャンブルに等しい行為だが無事に祓える算段は付いた、どの道に何のリスクもなく解決できる道が無い。


 だが勝率は高い賭けだろう、雑な祓いは身を焼かれるような痛みと聞いた事があり、奴がそれに無限に耐えられるならこちらの負けだ。


「行くぞ! 灰川流陽呪術!邪気霧消!」


「ぐぅぁぁあっっ! キサマぁぁっっ!」 


 灰川はルーザに対して雑な祓いの術を掛けて痛みを発生させる、霊的存在は基本的には痛みなどは感じないが、霊術となると話は別だ。


 奴は確かに現状では消滅させられる程の悪事は起こしてない、しかし必ず爆発する爆弾を何人もの人に仕掛けてた。それは人間の世界では『殺人未遂』と呼ばれる犯罪行為であり、もっと言うならテロ行為である。


 契約した中には子供も居るかもしれない、少なくとも痛みによって自殺や精神崩壊に追い込まれるて良いような人は居ない筈だ。例え契約者が犯罪者であっても悪魔に呪い殺される謂れはない。


「がぁぁあぁっっ! やめろぉっ! おのれぇぇぇっ!!」


「呪いを完全発動させず消えろ! 何度でも痛めつけるぞ!」


 灰川にはルーザは既に不完全な形で呪いを発動させてるのが感じられた、この感覚は前に佳那美から感じたゆびもらい先生の呪いの気配と同じだ。


 今頃は何処かで30名を超える人達が指に発生した痛みにのたうち回ってるだろう、彼らが精神に異常をきたす前に祓い切らなければならない。


 ルーザは全身に走る身を焼かれるような痛みに耐える、地獄の業火の苦しみ、火刑の苦しみ、それと同等かそれ以上の苦しみが悪魔を襲う。


 しかし……この苦しみがルーザに新たな力を与えた、まるで戦いの中で死に直面した物語の主人公が、新たな力に目覚めるようなものだった。


「おのれぇぇっ!聖剣の担い手ぇぇっ!! キサマだけは狂わせてやるぞぉぉっっ!!」


「!!!」


 この状況でどうしたら良いか分からず狼狽えていたアリエルに向かい、ルーザは新たに獲得した力を向ける。


 その力は、まるで指が切り落とされるかのような痛みを与えるという、ゆびもらい先生の怪異の呪いの力だった。この土壇場に来てルーザは吸収した怪異の力を制御して使用できるようになってしまったのだ。


「っっ…!! うっ、うあぁぁーーっっ!! いたいっ!!いたいよぉーー!!」


「灰川流陽呪術! 呪禍送身(じゅかそうしん)!」


 ここで灰川は迷わず陽呪術・呪禍送身を使用した。


 この術は誰かが受けた呪いを自分に移す呪術で、受けた呪いは元を祓わねば自分では祓う事が出来ず体に蓄積され、長い時間をかけて消えていく。


 全ての種類の呪いを受けれる訳ではなく、アリエルに掛けられたような専用呪術や複雑なものは転送不可能だ。この呪いもギリギリ許容量で、あまり拡張性がない術である。


 許容量に限界があるため無闇に使えず、しかも普通に考えたら他の術で呪いを祓ってしまえば良いのだから、使い道のない術だ。しかも習得は難しいし、実際に父の(いさお)はこの術を不要として習得してない。


 陽呪術の体系が完成して無い頃に先祖が作った術らしく、現在では自分が呪いを受けるなんて事はせずとも代替手段や上位手段がある。完全に過去の遺物みたいな術だ。


 だが今のような限られた状況下では効果があった、この術は呪いを余さず受けるため、緊急時には呪いを受けた者を守る事が可能だ。


「ぎゃぁぁぁーーーー!! 痛てぇぇぇーーー!! がぁぁーーー!!」


「グァァぁーー!! キサマァぁぁーー!」


「は、ハイカワっ…!! なんでボクの身代わりなんかにっ…!!」


 短時間であっても子供のアリエルが極限の痛みに耐えられる保証なんて無い、だから身代わりになった。


 呪いの効果は灰川が受けてしまう、解除の条件がルーザが完全には術を発動せずに自己消滅する事だ。


 ルーザは呪いで酷い痛みを多数の人間に与え、灰川はルーザに自殺の強要とも言える行いをする。どちらも痛みに耐えるために必死だ。


「な!なぜこんな事をするぅぅっ! その担い手はキサマにとって何でもない存在のはずだぁぁっっ!!」


 アリエルは灰川にとって自身の事務所の所属者であり、解呪や聖剣の充填の依頼者でもある。だが言い換えればそれだけの存在であり、こんな頭が変になる程の痛みを肩代わりするような絆は無い。


 しかし体が動いてしまったのだ、極限の痛みを子供に与える訳にはいかないと体が判断してしまった。そこには自分が肩代わりした呪いが絶対に解けるという確証は無かった、それでも身代わりになった。


「うるせぇぇーーーっっ!! 早く消えちまえぇぇーーっっ! ぎゃああぁーーー!!」


「ガァァァーーーっっ!! グァァァーー!!」


 質問されたって答えるどころではない、想像を絶する痛みに耐えなければならず、何を聞かれたのかだってほとんど聞こえてない。


 手の指どころか足の指まで切られてしまう痛みに耐えて、床にのたうち回りながら祓いの術を発動する。そんな状態では得意の印呪法は使えないため、この上なく乱雑極まりない式になっていた。


 ルーザは身を焦がされる上に切り刻まれるような痛みを耐えて呪い続ける。


 もはや我慢合戦であり、傍から見れば成人男性2名が原因不明の激痛に叫んでるようにしか見えない。


 どちらかが先に()を上げてギブアップし、術を解くかが勝負の分かれ目となる。灰川としては先に音を上げて気が狂ってしまえば完全なる敗北だ。


 こんな痛みを伴う呪いを振り撒ける奴は野放しにしておけない、ましてや悪魔だと言うなら尚更だ!




 やがて勝負が付いてロイヤルスイート階層が静かになる、勝利したのは。


「はぁ…はぁ…、勝ったぞ悪魔野郎め! もう2度と現れんな!」


 勝ったのは灰川誠治、勝利の理由としてはルーザの方が痛みが遥かに強かったからだ。灰川は両手両足の指が無くなる痛みだったが、ルーザは全身に同じ痛みが走ってたのである。


 奴はしばらくすると負けを認めて消滅した、その際に完全に呪いとのリンクは切れており、灰川がアリエルの代わりに受けた呪いも完全に消えたのだった。もう痛みはない。


「ハイカワっ! 大丈夫っ!?」


「おうよ……くそっ…、まだ指が震えてるぞっ…」


 アリエルが心配そうに駆け寄って来て、うずくまる灰川を支える。顔を見るとアリエルは涙を流してた、それほど酷い光景だったのだろう。


「しっかし恐ろしい相手だったな…聖剣に斬られずに事を済ませるのに特化した存在だったぞっ…、あ~痛かったぁ…」


 長期間に渡って用意された陰湿かつ回りくどい手段、誘い出しから実行に至るまでアリエルを潰す事にのみ特化した存在だった。


 聖剣対策、霊力や祓いの強さに左右されないやり口、今までに無いタイプの怪存在だったと感じる。


「あれは日本のオカルト存在の特性もしっかり備えてたな…陰湿さと厄介さと回りくどさは今までで一番だったかもしれねぇ…」


「ハカイワっ…! ありがとうっ…ボクだけだったらっ、やられちゃってたかもしれないっ…! ぐすっ…!」


「おいおい、泣くなって、俺だって1人だったらやられちゃってたかもだぞ。良いように丸め込まれてたかもしれんしな」


「そんなことないよっ…! ボクの代わりにあんなに酷い痛みまで身代わりになってっ…! ハイカワは本当に凄いよっ! ありがとうっ、ありがとうっ!」


 アリエルが灰川に手厚く礼を言うが、とりあえずは横で転がってる町崎専務を35階休憩所のソファーに横たえた。外傷は無いし見た目では大丈夫そうに見える。 


「町崎さんが昔にイジメをした相手がどうとかは、嘘だろうが本当だろうが放っておくんだぞ。そういう部分には俺らは踏み込むべきじゃない」


「うん…それも分かってるよ、ボクたちはそうい事には干渉するなって教えられて来たから…」


 人間問題的な部分には可能な限りは干渉しない事も大切だ、灰川はあくまで祓いを請け負う霊能者だというスタンスを崩す気はない。


 そういう事に干渉し過ぎれば正義感が暴走してしまう可能性もあったり、嘘が見抜けず依頼者などの都合が良い情報に振り回されてしまう事もある。


 除霊やお祓いと現実的な問題は切り離して考える。少なくとも興味をそそる一方的な話だけを聞いて判断すれば、思考など簡単に誘導されてしまう。


「後は町崎さんが起きたら説明だなぁ…どう話せば良いんだか」


「ハイカワも消耗してるよ、ちょっと待っててっ」


 アリエルは少し席を外して何処かに行った、その間は灰川は疲もあってソファーに横たわって休む事にする。後は上手いこと祓いは済んだと説明して帰る事にしよう。


 それにしても酷い目に遭った、弱い存在である事すら意味のある恐ろしい存在だった。


 まるでイジメを受けた人が怒りと憎しみを長年に渡って熟成させ、後になって大きな牙を剥くような怖さがあった。


 弱いというのは侮って良い理由にはならない、灰川は侮ってはいなかったが慢心はあったかもしれないと反省する。


 悪魔、その存在に馴染みは無いが、人の心を蝕んで負念に傾かせるような恐ろしいモノだと理解も出来た。


 聖剣が怖いなら対策すれば良い、チートみたいな霊力があろうと対処は可能、その事を身を持って思い知らされた。霊力の強さに胡坐(あぐら)をかいてたら後悔する事になる。


 それと同時に、今回は後味が悪い祓いになるかと思ったが、終わってみるとそんな事は無かった。アレは人格を有してたとはいえ邪悪な存在、そして灰川も最悪の痛みを味わったのだ。


 とりあえず深く考えるのは後だ、今は精神を落ち着けて少し休みたい気分なのだから。

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― 新着の感想 ―
搦手の方向性がある種ポケモンバトルのようだったな…ステの低いポケモンが弱いとは限らない…寧ろその弱さを逆手にってのは実際あるしな。対戦相手が小学生だったりすると発狂して回線切断してくる奴ね。最後は嫌々…
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