248話 キャンプの夜
女子は2組に分かれて渋谷駅周辺の入浴施設に行き、誠治は三檜と一緒に近くの日帰り都市温泉に行っていた。
女子は広い浴場で何個も湯舟があるスパ施設と、女性専門サウナを売りにしてるサウナバスに別れてそれぞれにバスタイムを過ごしてる。
一方で誠治と三檜は仕事帰りのサラリーマンなどが行ったりする入浴施設に行き、しっかりと汗を洗い流して風呂から上がって展望デッキに向かって歩く。
「三檜さんはオカルト否定派だったって前に聞きましたけど、それでも何か怖い話とか不思議な話とかって聞いた事ありませんでしたか?」
三檜は以前はオカルトは信じて無かったし興味もなかった、ホラー映画なども別に好きでは無かったし、妻などもホラーやオカルトに興味も無くて関わる事は無かったらしい。
しかし八重香の件もあって今は信じざるを得なくなり、灰川との関りもあるからオカルトは『ある』と感じてるそうだ。
「そうですね、私は以前は否定派だったんですが、時にはオカルトっぽい話は聞こえて来たりしました」
「警護って色んな人と関わり合いになりそうですもんね、良かったら聞かせてもらえませんか?」
三檜は警護の職業を通して様々な人と会ったり、様々な話を聞いて来た経歴があるのは灰川にも分かる。そこから何か変わった話が聞けないかと思ったのだ。
「はい、実は以前に総会長がプロ野球チームのパーティーに参加した時にお供したのですが」
三檜が言うにはスポーツ選手とかはジンクスを大事にする人も多く、それにまつわる話だった。
陣伍の警護として着いて行ったパーティーで、割と有名な野球選手が誰かと話してるのを横耳に聞こえて来たらしい。
Y選手の体験
あるプロ野球チームの2軍にY選手という人物がいた、長らく2軍から上がれず1軍に上がれたのは20代も終盤に差し掛かった頃、そんな時に経験した話である。
Y選手はジンクスがあり、試合場やバッターボックスに入る時は必ず左足から入るという自分ルールがあったそうだ。1軍の試合でもそのジンクスを守るつもりだったそうだが、1軍初試合の時に。
『右足から入れ』
という声が頭の中で聞こえた、周囲を見ても誰かがそんな事を言った雰囲気も無く、気のせいだと思ったそうだ。
だが何となくY選手はその日からは右足から試合場やバッターボックスに入るようにしてみたらしい。
彼は2軍時代は苦労も多く活躍の場にも恵まれず、1軍からも1シーズンで落ちてしまう可能性が高いと目されてたのだが、彼は1軍初試合から一気に活躍した。
打席に立てばホームラン、守りに着けば好セーブ連発、盗塁も成功しまくり、ある試合ではY選手だけが得点を取って勝利できたなんて事すらあった。
大して期待されて無かったY選手だったが、チームやファンの予想を良い意味で裏切って大活躍。その年のホームラン王争いに食い込み、MVPにだって手が届くような地位に上り詰める。
打率は3割後半、守備は大安定、しかも1度はチームのピッチャーが降板してY選手が緊急で投手を務め、相手選手を三者三振に打ち取るという快挙まで見せた。
あの右足ジンクスは効果があったんだと感じ、野球の神様が味方に付いてくれたのかななんて軽く考えたりもしつつ試合に臨む日が続く。しかし、ある試合の日だった。
『入るな!!!!』
いつものようにバッターボックスに右足から入ろうとした瞬間、頭の中で凄まじい音量で声が響いた。
その直後に耐えがたい腹痛が発生してY選手はその場に蹲り、病院に搬送されてしまったのだ。急性盲腸炎だったらしい。
試合の結果を聞いた所、あの直後にY選手の代わりにバッターになった選手は頭部に強烈なデッドボールをもらってしまって病院に行ったそうだ。その日の試合は呪われてたとすら今でも言われてる。
デッドボールを受けた選手は目に後遺症が残ってしまい野球選手引退を余儀なくされ、Y選手は盲腸の手術が終わった後は球界に復帰できた。
その選手とY選手は身長も体格も同じような感じで、もしY選手がバッターだったならデッドボールを受けてたのは自分だったかもしれないという。身代わりになってしまった選手には悪いが、やはり自分でなくて良かったと思ったらしい。
その後はY選手は頭の中で声が聞こえる事もなくなり、引退まで無難に活躍して野球人生を終えたそうだが、今でもあれが何だったのかは分からないという話を三檜は聞こえたという。
「スポーツ選手のジンクスですか、不思議な話ですねぇ」
「意外と縁起やジンクスを大切にする人は多いようでして、やはりプロの世界の不安や緊張を少しでも和らげるのに必要なんだと思います」
スポーツに関わらず自分の成績だけが全てのプロ競技者の世界は厳しい、だからこそ自分の能力に左右されないジンクスに心の拠り所を求めたりするのかも知れない。
実際にジンクスを破ったら不安感が強くなって成績が落ちたとか、ジンクスを守るようにしたら緊張感が薄れて良い動きが出来るようになったという話も多い。
配信者やVtuberだってジンクスを持ってる人は居るようだし、皆も何かしらジンクスとかあるのかもななんて誠治は思ったりする。
「私はオカルトには明るくありませんが、部下などにはオカルト好きの者も居ますよ。灰川先生にお会いしてみたいと言ってる者も居ます」
「そうなんですか? だったらいつでも歓迎しますよ、事務所に来てもらえたらオカルト話をしたいですね」
SSP社にもオカルト好きの人は居るらしく、今度に会ってみたいなんて話をする。
少しするとSSP社の見習い警護者の三梅 早奈美の話になった。
「先日に早奈美が警護に着かせて頂いた時の事なんですが、灰川先生としてはどのように感じられましたか?」
「早奈美ちゃんですか? 良いボディーガードになるんだろうなって思いました。変な所に連れ回しちゃって申し訳なく思ってますよ」
誠治は早奈美を心霊スポットみたいな場所に連れて行ってしまい、そこで少しばかり怖い思いをさせてしまった。
しかし、それから早奈美は自分がまだまだ精神面で未熟だと感じて、より一層のメンタルや武術のトレーニングをするようになった。
そして今日は三檜が良い機会だから警護される側の身になれと言ったそうで、今は影から守られるという事の安心感を感じながらキャンプをしてるとの事だ。
「早奈美は灰川先生が単独でオカルトに当たる時の迫力は凄かったと言ってますよ、実戦を経験した人のような感じがしたとまで言っていました」
「ははっ、まあ八重香ちゃんの時とかも負けられない戦いでしたからね、少しは迫力とかも身に着いたかもしれませんよ」
誠治はオカルトで命懸けになった事や、人の命が懸かって負けられない状況になった事が何度かある。そこから自分でも気付かない内に実戦力が付いたのだ。
「灰川先生、もし命懸けや危険な状況で人手が必要になった場合は遠慮なく仰って下さい。オカルトは未知の世界なので力になり切れるか分かりませんが」
「ありがとうございます、オカルトはアレかもですが、もし何かヤバイって感じたら相談させてもらいます!」
四楓院は灰川のオカルト方面での仕事には本人の要請が無い限りは関与しないようにしており、オカルト関係ではどのような事をしてるのかは詳しくは知らない。
しかし、ただならぬ何かを相手にしてる事は何となく知っており、もし何か頼まれたなら用立てしようと考えてくれてる。
クロススクウェア渋谷の近くに来て三檜は離れた、秘密警護が皆にバレるのはマズイので通常の業務に戻ったという形だ。
「あっ、灰川さんだー」
「市乃? ってか皆もか」
「ハイカワっ、パブリックバスって気持ち良いんだねっ! すっごい広かったよ!」
ビルに入る前に女子一行と偶然に鉢合わせ、渋谷の入浴施設はオシャレで良かったなんて話を聞く。誠治が入った所はサラリーマン向けの落ち着いた場所だったが、確かにオシャレな感じはあったなんて感想を言い合った。
「お風呂上がりの女の子ってカワイイですよねぇ? ジロジロ見ちゃって、このスケベ~」
「はいはい、早奈美ちゃんも可愛いよ。マジでジロジロ見ちゃうぞこの野郎」
「お肌ツルッツルでプニップニだからって、見すぎたら引かれちゃうから気を付けてね灰川さーん」
いつもの独特な調子で煽って来る早奈美と、同じく独特な感じで喋る華符花をあしらいながら会話する。流石にいい年こいた大人が少しからかわれたくらいで動揺する事は無い。
「灰川さん、なんかキャンプ参加者イベントでスクランブル交差点でカラオケ大会とかやるらしーよ」
「そんなのあるのか? いや皆は参加はダメだぞ、流石に人数が揃ってるから声バレする可能性あるからよ」
どうやら夜のイベントがあるようなのだが、ここに居る者達でゾロゾロと参加する訳にはいかない。
声に特徴がある者も居るし、空羽ともなれば顔出し配信もしてるから身バレの可能性が高くなる。
「顔出しナシの弱点ってこういう所っすよね、内輪でしか盛り上がれない状況になって来るっていうか」
「顔バレしたら終わりみたいな風潮あるもんね、来苑ちゃんとかバレたら絶対に誰かしらに写真とか撮られちゃうだろうし」
陸上を始めとしたスポーツ好きな来苑と、アウトドアやショッピングも好きな朋絵は少し不満そうだ。
自由は制限される代わりに金銭を得てるが、その分のストレスはある。迂闊に目立つ行動は出来ないからイベントなどの参加は強めの制限が掛かり、日常生活においても完全な自由は得られにくい。
青春期に名を上げる活動をしてしまうと、その分だけ青春の思い出が犠牲になるみたいな事になってしまうのだ。
何かのイベントに参加しても完全には楽しめない、そういった部分は確実にストレスになるだろう。
「まあ仕方ないさ、戻って皆で夜景でも楽しみながら女子トークでもしときなって」
結局はカラオケイベントには参加は出来ず戻って一夜限りのキャンプを楽しむ事になり、灰川一行は屋上キャンプ地に戻るのだった。
屋上キャンプ地に戻って各々でお喋りしたり、夜景を見下ろしたりして楽しく過ごしてる。
市乃がケンプス・サイクローこと優子とVtuber活動でのグチを言い合ってたり、由奈と佳那美とアリエルが仲良くなって一緒に会話してる姿が見えた。
桜が淹れた紅茶を桔梗とコバコが美味しいと褒めたりしてるし、あまり絡みが無かった面子も予想以上に親睦は深まってる。
「灰川さん、隣良いかな?」
「空羽? もちろん良いけど、どうしたんだ?」
「どうもしないよ、灰川さんとお話したかっただけ」
そんな事を言われると嬉しくなってしまうというのが男心というものだが、こういった会話は別に普段と同じなので変わりなく喋る。
「灰川さんって怖い話とかはいっぱい知ってると思うけど、面白いお話なんかはあったりしないのかな?」
「面白い話? にゃー子がヘリウムを吸ったら“にゅぁぁ~~ぬぅっ”みたいな鳴き声になったとか」
「その動画か音声って無いのかなっ?オモチは? 今度に猫ちゃんたち東京に来るんだよねっ、いっぱい会って遊びたいって思ってるよっ」
さっそく灰川から変な話が飛び出したが、空羽は何か別な感じの面白い話は無いかと聞いて来る。
「俺に面白い話を聞くなんてどうしたんだよ? 皆の方が面白い話のストックなんていっぱいあるだろ」
「灰川さんって言ったら怖い話みたいな感じになっちゃうけど、たまには笑える話なんか聞きたいなって思っちゃってさ」
灰川は怪談は多く知ってるが笑い話なんかはレパートリーは少ない、しかし本人が面白い言動をしたりするから、空羽としてはつまらない人とは一切思ってなかった。
「えっ! 灰川さん面白い話するの! 私も聞きたい!」
「なんか灰川さんが面白い話するってよ」
「お兄ちゃんがオモロイ話? ちゃんと出来んのかぁ~?」
何やら面白い話が聞けると聞いて皆が集まって来てしまい、灰川は皆の前で笑える話を披露する事になってしまった。
皆は配信で使えそうな話とか、トークの参考になりそうな物事に飢えており、何か聞けると感じたら耳聡くなるらしい。
「ちょ! そんなに面白い話とか期待しないでくれって! 怖い話ならともかく面白い話なんて、あんまり無いんだからよ!」
「そんなこと言って実は爆笑のスベらない話があるんでしょー、もったいぶらないで話しちゃいなよー」
「灰川さんの面白いお話って聞いてみたいな~、むふふ~」
「ハイカワっ、ボクも聞きたいよ!」
結局は押し切られる形で話を披露する羽目になってしまい、周囲にはキャンプに参加してくれた者達が全員とも集まってしまった。
「笑えなくてもガッカリしないでくれよ、俺は皆みたく凄い奴じゃないんだからよ」
そんな前置きをしてから本日の最後のイベントとなるであろう、灰川の話す面白い話をする事が決まった。ここに集まってる者達は灰川がただ者ではない事を今は知っており、そんな奴から語られる面白い話に興味を持ってる。
大勢の視聴者を集めるVtuberや才能の塊みたいな子達から期待の目で見られて緊張してしまうが、引くに引けない状況を作られてしまったから仕方ない。
東京の夜景を見下ろせる場所という豪華なロケーション、そんな中で灰川は現代のネットでのトークのプロ達に話をし始めた。
灰川が市乃たちに出会う前の話
2つ目の会社を辞めて無職になり、ぼーっとしてた灰川は何となく誰かの配信を見ようと思ってパソコンを点けた。
何でもいいから誰か面白い配信やってないかなーと思って動画サイトを彷徨ってると、前から流行って盛り上がってるVtuber配信が目に留まる。
『こんばんは、自由鷹ナツハだよ。今夜はモンスターファイター進めてくから見てってねっ』
「へぇ~、思ったより面白いんだなぁ、ちょっと続けて見てみるか」
灰川が最初にまともに視聴したVtuberは、その時点で既に業界ナンバーワン人気のナツハであり、アパートの一室でゲーム配信を見ていた。
その時にナツハがプレイしていたゲームはモンスターと戦って狩っていくみたいな人気ゲームで、ナツハは普通に上手くプレイしつつ面白おかしく配信をしていく。
綺麗な声だなとか思ったし、配信のトークなんかも聞きやすいし面白いなと感じたのを今でも覚えてる。
灰川は普通に視聴してたのだが、少し小腹が減ってコンビニに買い物に行ったのだ。パソコンは点けっぱなしで配信も表示したままだが、10分ほどして戻って来てパソコンの前に座り直す。
画面には変わらず自由鷹ナツハが楽しそうに金髪を揺らしながら配信しており、続けて視聴しながらビールと夜食を摂ろうとヘッドホンを耳に当てた瞬間だった。
『おんどれコラァ! なにが関東最強だボケがぁ! 殴り飛ばしてやらぁ!』
「おわぁー!! なんだこりゃぁ~!」
あまりの驚きでビールと夜食をひっくり返してしまい、パソコン周りの床が滅茶苦茶になってしまった。
「え!?えっ!!? ナツハちゃんってこんな声とキャラだったのか!?」
ヘッドホンから聞こえて来たのはドスの聞いた声で、話してる事も画面の中の可愛いVtuberのイメージとはかけ離れた内容と声だった。急いでブラウザバックしたがドスの聞いた自由鷹ナツハの声が消えない。
これは何なんだと思ったら、コンビニに行く前に変な操作をしてしまった事が原因で別の動画の音声が流れてたようなのだ。
それからは床やパソコンの掃除をしたりして配信を見るどころではなく、いきなりあんな声を聞いて驚き過ぎてVtuberに少し苦手意識があった時期があったと暴露する。
今はこうして皆と仕事して苦手意識なんて一切ないし、今では笑い話だ。その後はVtuber配信も普通に見るようになったとも付け加えておく。
ついでにこれを教訓にして皆にも音声流しっぱなしは気を付けようとか言って締めておいた。
「灰川さんが初めて視聴したVtuberって私だったんだ、ありがとう。ふふっ」
「2番目以降は見た順とかは覚えてないんだけどさ、あの体験は強烈だったって」
空羽は灰川が最初に見てくれたVが自分だと聞いて嬉しくなり、Vtuberに関連する話だから皆にもそこそこ受けた。
一応は他にも笑える話なんかはあるにはあったのだが、ここに居るのはVtuberが大半だから灰川はこの話を選んだ。
「ナツハ先輩に全く非が無いねー、でも灰川さんらしいミスかも!」
「誠治はおっちょこちょいなのね! でも私も似たようなことしたわっ!」
「ちょっとエロい話とか期待しちゃったのになー、残念っ」
「華符花、この面子でそんな話する訳ないでしょ」
灰川としても皆との壁は薄くなった気がするし、このキャンプは制限はあれど有意義だったと思える。
とにかく皆の顔合わせが出来て会社間という大きな壁を個人同士の単位では低くなった。何よりネットではなくリアルで仲良くなれたというのは大きいだろう。
実際に顔を合わせて話すのとそうでないのとでは大きな違いがあるし、それが楽しい思い出という記憶で残れば関係性だって良好なものになりやすい。
「さてと、そろそろ寝るか。皆も今日は配信とか仕事とか忘れてゆっくり過ごそうや」
「うん、私もそろそろテントに入ろうかな」
「ボクも眠くなってきちゃった~……フォーラも連れて来たかったな~…」
「アーちゃん、一緒に寝ようねっ」
こうしてそれぞれに今夜は寝てしまおうという事になり、しっかりと設営された大きくて過ごしやすいテントに皆は入って行った。
灰川は設営された中では最も小さいテントを使うが、それでも男一人で使うには充分な広さである。家族一組くらいなら余裕で入れて寝れる広さだ。
「じゃあしばらくしたら皆で突撃だね、灰川さんはテントに入ってもすぐには寝ないと思うし、もし寝ちゃってても理由を付けて起こしちゃえば良いんだから」
「そうですねっ、さっき灰川さんのテントを見たらポータブル充電器がありましたから、スマートフォンを触ってると思います」
「私たちが行ったら灰川さん驚いちゃうかな~、ちょっと楽しみだよ~」
「な、なんだか緊張してきたっすねっ、うぅ…」
「ママも夜は攻め時だから、どんどん押しなさいって言ってたわ!」
「灰川さんのテントでも、私たちが入れるくらいの広さはありそうですねー」
空羽、史菜、桜、来苑、由奈、市乃は同じテントを選んだメンバーであり、後でコッソリ何かをしようと企んでいた。
そんな事は知らぬまま灰川は自分のテントに入り、眠くなるまでスマホでも触ってようと思ってる。
体調を崩してから絶賛スランプ中です。
でもまだまだ書きま~すw




