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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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242話 サイコ・ルイン

「ここが例の喫茶店が入ってた場所っぽいね」


「古い雑居ビルって感じですねー、今は閉鎖されてるっぽいですけど」


 少し買い物をしてから裏通りにある目的地に到着し、その建物の外観を見る。先程の喫茶店のマスターが言ってたように10年前から放置されてるらしく、カフェの看板などもそのままになっていた。


「ちょっと周りを見てみよう、何かあるかもだしよ」


「はーい、もしかしたら中に入れる場所とかあるかもですしね」


 周囲を歩いて表から裏まで見ていく。 


 表はシャッターが下りてるから中は見えず、裏の方はかつては従業員などが出入りしていたドアがある。表も裏も人通りは少ないが、10年前はきっと行列が出来て盛り上がってたのだろう。


「あれ…? 鍵が開いてるぞ…?」 


「えっ? 本当ですね」


 裏口のドアノブを回したら鍵が掛かっておらず、普通にドアが開いてしまったのだ。もしかしたら件の男子高校生か誰かが何らかの形で鍵を手に入れてたのかもと思うが、そこはどうでも良い。


「まぁ…入って確認するしかないか…」


「セキュリティは無さそうですね、周囲に人も居ないから入るなら今ですよ、路上監視カメラは四楓院でどうとでも出来ますから」


 今時の都会は何処も監視カメラでいっぱいだが、基本的には被害届でも出ない限りは罪に問われる事もない。それに今は四楓院の後ろ盾もあるから安心だ。


 もちろん灰川は普段から不法侵入をしてるような者ではないが、今は一応は行方不明者の捜索という名目もある。


 ドアを開けて中に入ると、まずはスタッフルームのような場所に入った。ロッカーとかが置いてあり、埃とカビの匂いが鼻を突く。


 中は真っ暗だ、既に日はほとんど落ちているが、それ以前にシャッターが下りてるから昼間だって暗いだろう。古そうなビルにありがちな、窓が少ないというのも暗さに拍車を掛けている。


「灰川先生、私が先に行きます」


「ダメだよ、霊気とかじゃないけど不穏な気配がする。俺が先に行く、早奈美ちゃんは俺に何かあったら助けを呼びに行って」


「で、でもっ」


「応援の人達もそろそろ来るでしょ、もし不良グループとかだったら対処はお願いね」


 早奈美は護衛ではあるが霊能力者じゃなく、オカルト的な意味合いで何かがあった時は対処は出来ない。


 この場所には霊的ではないが実体的でもない何か不穏な気配が漂ってる、そういうのが灰川には分かるようになってきた。


 灰川は早奈美と比べたら格闘技とかケンカは弱いに決まってるのだが、実は『命のやり取り』という面では早奈美のかなり上を行く経験を積んでる状態になってる。


 怪人N、鷹呼山の残留思念、免罪符のヴァンパイア、その他にも大小様々な命の危険がある事案を解決して来たのだ。それらを通して実戦的な状況における緊張感を感じ取る能力が発達していた。


 この場所にはそういった『何らかの形で命を害する何かがある』という感覚があり、それがオカルト的な何かなのか人為的な何かなのか判断は付かない。


「中は荒らされてるかと思ったけど、意外とそんな事もなさそうだね」


「ちょっと落書きはありますけど、何かが壊されたりとかはされてないですね」


 ここは繁華街からは少し離れてるが渋谷の街中であり、大きな音を立てたりしたら警察を呼ばれる可能性がある。過去に侵入した者達も大きな音は立てたくなくて破壊行為とかはされてなかったようだ。


 それにしても暗いし不気味だ、廃墟の部類なのだから当然だが、不気味さが際立ってる。


 かつては大勢の客で賑わってたであろう喫茶店の店内、沢山の笑顔で溢れてた場所、美味しいスウィーツやドリンクを提供して多くの人のお腹と心を満たした店だった。


 若いオーナーが己の夢を懸けて勝負に打って出て、見事に勝って勝ち組の人生を送るはずだった場所、その夢は半分だけ果たされた。


 しかし夢に向かって走る楽しさ、やればやっただけ成果が出る嬉しさに目を奪われ、自分の体を蝕む病魔に気付かず夢は半端な形で終わった場所。


 楽しさ、嬉しさ、悲しさ、未練、そういった様々な感情が行きかってた場所は心霊スポットになりやすい。ここもそうだし、灰川が霊視したら多少の霊魂や念の気配はあった。


「強い幽霊とかは居ないっぽいな…少なくともオカルト的な危険はなさそうだよ」 


「じゃあちょっと男子高校生を探してみます? 音とかはしてないから、たぶん誰も居ないと思いますけど」


「うん、その後で入り口の所の電話ボックスを確認してみよう」


 ライトは灰川も早奈美も買ってきて持っており、少しばかり店内に危険人物なんかが居ないか確認していく。


 客席には当時のメニュー表なんかが残ってるし、ストロベリーデザートフェアと書かれた期間限定メニューなんかも残されていた。こういう風景は何か心に来るものがある。


 一通りは確認したが誰も居ないし、霊能力的には異常はない。後は入り口付近にある電話ボックス、かつて店の中のインテリアとして親しまれたであろう場所を見る事にした。


「カワイイ系のインテリアっぽくしてあるけど……なんか不気味ですよね」


「今は密室の中の密室って感じがするし、暗いから怖さもあるね」


 電話ボックスをライトで照らすと、ウッド調の装飾が施された見た目的には良い物だったが経年劣化で少し色褪せてる。


 恐らくは店がやってた当時から電話は使われる事は少なかっただろう、10年くらい前には既に携帯電話は完全に普及してたし、スマートフォンも主流になってた時代だ。


 あくまでインテリアだが電話はきちんと中にあり、電源こそ入ってないものの状態は悪くなさそうだった。


「とりあえず中に入って何かないか確認してみる、何かあったらお願いね早奈美ちゃん」


「は、はい、あの……怖くないんですか…? 私ちょっと怖くなって来てますって…」


 こういう場所には独特の怖さがある、暗くて静かで何かが居そうな雰囲気、さっきまで誰も居なかった場所に誰かが立ってそうな予感がして来る場所。


 誰かの夢の残骸の地、生への渇望と死への悲しみが混ざり合い、この場所の空気感すら悲しい物に思えてくるのだ。どんなに明るい装飾をしたって場所に満ちる悲しさの空気は拭えない。


 だが……悲しさだけじゃない何かがある、それが早奈美は怖いのだ。灰川はその正体に気付いてるが早奈美は気付かない。


「あんまり怖かったら無理しないでね、外に出れば怖さは無くなるだろうから、体調が悪くなる前に外に出てて良いからね」


「っ…! それって護衛に対する侮辱ですって…、私は大丈夫ですからねっ…」


 仮にここに居たのがタナカかサイトウだったら気付いてただろう。これは死線を潜った経験や、霊能力という一種の感応能力を持った人にしか分からない種類の物かもしれない。


 この場所に悲しさと同時に混ざりあってるものの正体、それは狂気だ。


 怪人Nの時に感じた『状況への違和感』と同じようなものを感じる、恐らくは先程に店内を見回った時に感じた感想、まるで『いつでも営業を再開できるような状態』であるような印象があった。


 調理器具もそのまま、店内のテーブルや椅子もそのまま、看板とかだってそのままだったのだ。これは怪人Nの時に感じた『隣に居る仲間の筈の奴が気持ち悪い』という感覚に似ていた。


 電話ボックスの噂だけが妙に広がってるのも変だ、ここに来る前に行った喫茶店のマスターは。


『店主が電話ボックスで首を吊って死んだとか、電話ボックスで毒を飲んで死んだとかの噂もあるけど、それらは嘘だよ』


 と言っていた、何故か流れた噂が電話ボックスに関する逸話ばかりなのだ。


 これは灰川が市乃たちに会う前に解決した『良い幽霊を呼び出す簡易降霊術の噂』の時のような感覚がある。不自然なまでに危険性の話が噂に含まれておらず、3人の少年少女が悪霊に憑りつかれてしまった時に解決に(おもむ)いた事があったのだ。


 その事件はイジメを受けてた子が流した噂が元になってたのだが、その子は復讐の狂気に憑りつかれていた。怪人Nだって狂ったサイコ野郎だった、それらの時に感じた狂気と同質の感覚を肌で察知してる。


「…………」


 灰川は電話ボックスに入り、ボックスの入り口は早奈美が開けて何があるか気にしてる。怖いと言っても好奇心はあるようで、完全に腰が引けてるという訳ではないらしい。


 ボックスの中には電話があるが電源ランプが付いてないから使用不可、しかし気になる物がある。物置台に直接に掛かれた何らかの番号、それは末尾498の例の電話番号であった


「どうやら本当にビンゴだったっぽいな…」


 よく見ると物置台だけでなくウッドの枠や電話機の横などにも油性マーカーで番号が書かれてたり、直接に彫り込まれたりしてる。目立ちこそしないが、まるで『絶対にこの番号にここから掛けろ』と言ってるかのようだった。


 念のために霊視してみるが、やはり電話機にも周囲にも霊的な物は感じられない。しかし念のようなモノは感じるし、不穏とも言える狂気の気配がある。


 行方不明になった男子高校生の痕跡も探すが何も無い。もしかしたら指紋とか採取すれば検出されるのかも知れないが、そんな技能は灰川には無いし、男子高校生の指紋だって知らない。


「早奈美ちゃん、何もないとは思うけど、この番号にこの電話から掛けてみるよ。何かあったらヨロシクって事で」


「分かりましたよ、うぅ~…やっぱこういう雰囲気っておっかないなぁ~…」


 灰川は何も無いだろうとは思いつつ受話器を上げて耳に当てる、古くて固まった埃汚れの感触がザラザラするが、それ以外は音も聞こえて来ず不思議な部分は無い。


 そのまま末尾498の番号に電話をかけ、ボタンを押し終わった……と同時に。



 プルルッ、カチャ


 「っっっ!!」



 なんと電源が入ってない筈の電話が繋がり、ワンコールしない内に誰かが出たのだ。


 電話回線など既に契約切れのはず、そもそも廃ビルなんだから電気が通ってないはず、10年前に閉店した喫茶店なんだぞ!?そんな疑問も湧くが繋がってしまったのだから仕方ない。


 心臓が高鳴る、いったい誰が出た、これから何が起こるのか……1秒もしない時間の中でそんな考えが高速で頭の中を回る。そして受話器から聞こえて来たのは。


「早奈美ちゃん、ここから出るよ。応援の人達が来たら四楓院グループの皆さんの力を使って、この公衆電話を撤去して廃棄して欲しいって頼みたいんだけど」


「えっ? えっ? 何があったんですか灰川せんせーっ?」


「外に出てから話すよ、やっぱりここの店長は狂気に落ちたのか…っ」


 灰川は早奈美を連れて店の跡地から出て、今あった事を説明した。




「あの店には危険な幽霊は居なかったし、オカルト的な問題はそこまで無かったよ」


「で、でも何があったんですかっ? すっごい気持ち悪そうな顔してますけど」


 オカルト的に見れば空間の念の乱れや多少の霊魂の存在はあったが、そこまで問題視するような事ではなかった。


 しかしそれはあくまで存在が不確定な要素のオカルト異常であり、別の要素である『カルト的異常』が存在してた。


「サイコ・コピー……人格模写サイコセラピーの声と音が受話器から聞こえてたんだよ」


「サイコ…? それって何ですか?」


 サイコセラピー、日本語に訳すと心理療法、それは通常なら心療内科などで心理医学の形で行われる事が多い。短期で解決を図るカウンセリングとは違いがあり、長期間での深いアプローチなどで治療を試みるのがサイコセラピーである。


 様々な精神疾患を治療してきた歴史があり、生活に支障をきたす重症の恐怖症や、様々な依存症の治療、様々な方面での精神的健康を支えてきた精神療法である。


 だが、かつては妙な目的を持った者達が秘密裏、あるいは堂々とサイコセラピーを療法以外の目的で使えないか研究していた。


 洗脳やマインドコントロールの方法の確立、人間を国家に従属させる精神にさせるための研究、そういうのが有名だ。しかし中にはにわかには信じられない研究などもされていた、その一つが人格模写というサイコセラピーである。


「その研究の一つがサイココピーって言ってさ、心理模写とか人格模写って言われる事の研究だったんだ」


「人格のコピー? そんな研究あったんですかっ?」


 渋谷の裏路地の自販機横で灰川と早奈美が話す、喉が渇いたのでジュースを買って飲み、嫌な汗を振り払うように話す。


 早奈美は流石に興味を引かれたのか、それがどんな物なのかを聞いて来た。


「コピーさせたい人の性格とか思考とか凄い細かい所まで刷り込んで、人格が完全に同じようになるようにセラピーをするって感じのことだよ……キモイでしょ」


 性格、考え方、嗜好、異性の趣味、生活リズム、その他もろもろを完全に同期させ、記憶すら継承させて同じ人間を作ってしまおうという人格模写の目的だ。


 灰川が聞いた話によると独裁国家の独裁者が秘密機関に命じて研究させたとか、そういった眉唾物の都市伝説である。


 これを真に受けたカルト集団が30年以上前に海外に存在しており、その団体が出した極秘出版物には研究成果や人格模写の方法論などが記載されてたそうだ。


 その団体の目的は、人格模写によって疑似的かつ現実的な方法での復活、もとい死者蘇生は可能であるとの証明。


 古今東西における宗教の逸話である『聖人の復活』とは、サイココピーによって人格を模写した事による疑似的な復活だったという理論を掲げてたらしい。


 その団体には当時の心理学者や精神科医なども何人も属してたそうで、人格模写の方法論や理論機序だけ(・・)は割としっかりしてたそうだ。


 そこに疑似的でも良いから永遠の命を望む資産家や権力者が出資し、しばらくそのカルトは続いたのだが、教祖のような人物が死去して解散となったらしい。


「そのカルトの極秘本か何かに触発されて、疑似的な復活を果たそうとしたのかもね……本人が復活できる訳じゃなくても、そこに救いを見出したんだと思うよ」 


 灰川はジュースを飲み干しながらそう語る、死を目前にした人が何を望むかなんて分からない。だが少なくとも亡くなった店主は人格模写に死後の復活を託したのだ。


 サイココピーにはオカルト的な話も多く含まれており、オリジナル体の死後にコピー体にオリジナルの魂が宿って完全に復活するという話もある。そこの部分を強く信じたのだろうか。


「それってコピーされて人格を植えられる人の人権とか、どうなっちゃうんですかっ? 話からすると消えちゃうような気がするんですけど」


「消えちゃうだろうね、そのカルトのコピー製造の最初期段階が“被コピー生体の人格の消去”だから」


「!!?」


 そのカルトの発足は大国だったが、研究活動をしてたという国は実は日本のような平和な国ではなかったそうなのだ。役人に賄賂を渡せば殺人だろうが人身売買だろうが見逃されるような国、そういう場所で研究してたらしいとの噂だ。


 薬物や暴力、睡眠の阻害などによって人格を消去し、そこにコピー人格を教育や睡眠学習によって植え付けるという闇セラピー手法が主だったらしい。


「本当にそんな事って出来るんですか? コピーとかサイコとか、何か信じられないっていうか…」


疑似科学(ぎじかがく)に決まってるでしょ、いかにも科学的に見せてるけど科学的根拠が無いものだよ。カルトにありがちな教義だって」


 理論立てて物事を話せば説得力が生まれる、しかし説得力がある話だからといって理論前提が間違ってたら意味が無い。そもそも理論とかにオカルトを持ち出す事が間違ってる。


 サイココピー理論はせいぜい良いとこが『質の良い影武者製造方法』くらいの話で止まってしまう事であり、とても人格模写なんて呼べるような結果にはならなかったと噂に聞く。


 それどころか拷問染みた行為によって精神や身体に重大な障害を負わせる事が多発し、現地では『カルト・ギャング』などという名前で呼ばれるようになってたとすら灰川は聞いた。

 

 カルト思想に資本力が合流した結果、そのような事になってしまったのだ。実際に数十年前は新興宗教が流行り、様々な事件が発生したが多くの被害は闇に葬られた。


「でも、受話器から何が聞こえたんですか? なんか凄い焦ってたみたいですけど…」


「それなんだけどさ…店主はオカルト方面でのサイココピー理論に傾倒してたっぽいよ。病気で時間も無かったってのもあるかも知れないけど…」


 サイココピー理論には疑似科学のエセ理論と、オカルト方面での理論があり、あの受話器からはオカルト方面の理論に基づいて録音されたモノが流されてた。恐らくは電源などは地下電線とか近くの建物とかから引っ張ってるのだろう。



(おびただ)しい数の悲鳴の中でさ……男の声で憑依の呪文を唱えてた」


「うっ…! なにそれっ……」



 霊能者から見ればそんなのは効果が無いことは分かるが、男の声からは全てから救われるかのような歓喜の色が伝わってきた。


 極秘書籍なのか別の情報なのかは分からないが、やはりサイココピーを目的とした音声だったのは間違いない。多くの悲鳴を録音した中から聞こえる喜びの呪文、そんなの怖いに決まってる


 店主は生前にあの音声を作って店の公衆電話機に仕込み、死ぬ前に誰かがあの店に訪れて電話をして聞くように怖い噂を流したのだろうか。


 あの公衆電話を媒体に選んだのは、思い入れが籠ってる品じゃなければいけないとかの呪術的制約があったのかもしれない。わざわざ電話番号を押させるのも何らかのオカルト的な狙いがあるのだろうか。


「店の中に店主らしき霊は居なかった、最初から幽霊にはならかったか経年成仏したんだと思う。とにかくサイココピーなんて物は実現しないよ、人間の精神の全てをコピーするなんて不可能だっての」


「ですよね、でも追い詰められたら人ってそういうのにも縋っちゃうものなんですかね…ちょっとイヤかも…」


「人間の精神って意外と簡単に変になっちゃうものなのかもな、カルトを信じる人だって大勢いるんだし、精神っていうのは気を付けないと簡単に付け込まれちゃうもんなのかもね」


 今回の事案は若くして成功者となった店主が、死を前にしてカルト思想に走ってしまった事が原因なのだろう。普通だったら考えられないような事をやったのだ、やはり狂気に走ったという事だ。


 男子高校生がどうなったのかは分からない、だが電話番号498が一致したという事はここに来た可能性は高い。


 セラピーは時間が掛かるから、もしかしたら初回に来た時にマインドコントロール状態になり、そこから家に帰らず精神インストールを継続的かつ自発的に受けさせられてる状態かもしれない。もっとも成功する筈がないが。


「一応は渋谷警察にここの住所と、誰か入ってるかもって事を通報しとくか、」


「だったらSSP社の名義で伝えときますよ、そっちの方が話は早いでしょうからねー」


「お、じゃあ頼むわ早奈美ちゃん。俺の名前でやっても相手にされないかもだしなぁ」


 後はSSP社が受け持ってくれる事になり、例の公衆電話も回収して廃棄する事を遅れて来た応援警護の人達に確約してもらえた。


 男子高校生もマインドコントロールが薄ければ対処のしようは幾らでもある。恐らくは暗い中であんな音声を1人で聞いてしまい、怖さで体が動かなくなって、混乱した所に憑依の暗示を掛けられたのだろう。もう少しここの場所を張ってれば何処かから現れるはずだ。


 誰かの精神や人格を消去してでも生きたいと願ってしまう心、それは誰にでも芽生える可能性はある。


 死を前にして穏やかな心を保てるか、そんな事はその時が来るまで分からない。少なくとも穏やかにありたいとは思う。


 だが、誰かの人格を消去してまで生きたいと思うほど楽しい人生を送ってみたいとも思う、やはりままならない物だ。




「なんだか灰川せんせーって、真面目な時は凄い雰囲気が変わりますよねー? 前よりも鋭さが増してるって感じでしたよー」


「そう? 自分だと分かんないな、あんまり変わってないと思うけど」


「いやいや、凄い変わりますって。真面目な時はメチャ頼れる男って感じですって、三檜主任と同じくらい鋭い雰囲気でしたよー」


 灰川はここの所は様々な事があって精神面や思考力が前より良くなっており、特に緊迫した時の感情の制御や自我の保ち方は優れてると言える部分にまで踏み込んでる。


 それは様々な危険な状況や異常の対処に当たった事から来る実戦的な成長であり、特殊警護の教育を受けて様々なプロと共に警護の道を志す早奈美は、灰川の実戦的な精神力が優れてる事を見抜いたのだ。


「灰川せんせーって、もしかして割と危険な依頼とか受けちゃってます? 命のやり取りみたいな感じの」


「ノーコメント、ってか四楓院グループは知ってるんじゃないの?」


「知らないですって! やたらめったらに人様のプライベートとか覗き見とかしないんですからー!」


 どうやら四楓院グループは灰川の動向とかを逐一に見てる訳じゃなく、危険を察知したら動くという感じらしい。常に見張られてるとかではないのだ。


「灰川せんせーのさっきの雰囲気、マジで実戦経験を抜けて来た人のソレっすよ?」


「マジ? そんな危ない奴の雰囲気出てんの俺…?」


「当主と次期当主も本気の時の雰囲気は凄いですけど、灰川せんせーのは何かビジネスマンとも護衛士とも違う感じの雰囲気ですねー」


 早奈美が言うには灰川の雰囲気は、謎の死線を潜り抜けて来た貧乏なビジネスマンという事らしい。


「貧乏なビジネスマンってなんだよ!? 貧乏付ける意味ある!?」


「にししっ、だってお金持ちって雰囲気がないんですもーん。お金を稼ごうと思えば後ろ盾の力で幾らでも稼げるってのにですよ」


 灰川はこれまでに纏まった金銭を手にするチャンスは結構あったが、それらは自分から蹴って来たかチャンスをフイにしてきた。


 四楓院家に怨念が襲った時は5000万円をもらえるチャンスは自分から蹴って、その結果として金名刺を手に入れた。仮に金銭を受け取ってたとしても何らかの形で四楓院との繋がりは出来てた可能性はある。


 シャイニングゲートとハッピーリレーに仕事の仲介をする際も、大きなマージンを取る方法だってあるが実行しない。


 テレビ局やジャパンドリンクから金銭を引っ張る方法だってあるだろうが、やはり灰川はやらないのだ。


「なんか灰川せんせーって、私が知ってる人達と違う感じがするっすねー。そういうのキライじゃないですよー、にししっ」


「金はあった方が良いのは分かんだけどさ、色々あってね。まあ早奈美ちゃんは金持ちの優しいイケメン捕まえて幸せになりなって、今日は守ってくれてありがとう」


「どーいたしまして、暗くておっかなかったけど、四楓院の一番客人の付き添い護衛が出来て光栄でしたよ」


「ははっ、こんな冴えない男を客人にしてくれて大感謝だよ。これからも頑張らないとなっ」 


 早奈美は笑って会話しつつも、やはり先程の灰川の鋭く油断のない雰囲気が忘れられない。あの雰囲気は紛れもなく早奈美の知る『深い実戦を知る者』の眼光と気配だった。


 どんな戦いを抜けて来たのか、どんな窮地を経験したのか、早奈美は灰川の辿ってきた道が気になり始める。


 早奈美はバカじゃない、さっきの店の跡地で守られてたのは灰川ではなく自分の方だったという事は気付いてる。


 少し前までは冴えない感じの奴だと心の中では思ってたが、今の印象は違ってる。灰川誠治という人物がどのような人なのかが気になっていた。


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