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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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241話 早奈美は聞き上手?

「そういや昔ってテレホンカードの偽造とかいっぱいあったらしいよ」


「自分もICテレカ持ってますよー、緊急時に使える通信手段として役立ちますもんね」


「あー、なるほど、護衛とかだとそういう事もあるから教えられてるのかぁ」


 テレホンカードとは公衆電話を使うためのカードで、わざわざ10円玉を何枚も用意せず使えるから便利だったというグッズである。


 テレカ今でも売られて使用できるのだが、昔に使われてた磁気テレホンカードではなく、偽造が困難な技術を使ったICテレホンカードが今は使用されてるらしい。


 昔のテレカは偽造が容易で社会問題にまでなってたが、今はそういう話は聞かなくなった。やはり携帯電話の普及と共に公衆電話は廃れていったのだ。


「今は公衆電話が真価を発揮する時は災害時って話だよなぁ、やっぱ公衆電話はそういう所がスマホとかとは一味違うよな」


「でも災害があって何処かに連絡しなきゃいけない時に、公衆電話の存在が頭から抜けてて使わなかったって話もあるみたいっすね~」


 公衆電話は災害時に強く、緊急時にも警察や消防には例外なく無料で繋がるという特徴がある。


 緊急時には公衆電話を探す事も頭に入れておいた方が良いだろう、街角にポツンとある公衆電話は実は市民の心強い味方なのだ。


「今日も渋谷は人がいっぱいですね、でも皆スマホ持ってるんでしょうし、公衆電話とか使わないんでしょうねー」


「公衆電話だと電話番号をメモしておくか覚えてなきゃいけないしね、昔の人はよく使う電話番号は誰でも10個くらいは頭に入ってたらしいよ」


「今じゃ考えられないねー、灰川せんせーもそうだったんですか?」


「俺は実家と父ちゃんの携帯番号は頭に入ってたよ、公衆電話も学校帰りに歯医者とか行く時とかに、車で送ってもらうために使ってたし」


 現代は電話番号を頭に入れる必要はなく、スマホでポチポチやれば手軽に何百件という電話番号を気軽に記録できて、番号を押す必要もなく掛けれてしまう。


 これらの事は30年くらい前までだったら考えられない事だったと、灰川は父や目上の人に聞いてきた。やはり科学技術は大きく発展してるようだ。


 早奈美は公衆電話の使い方は知ってるが、しっかり使った事は無いそうだ。灰川も最後に使ったのは10年以上も昔な気がするし、台数も大幅減少してるから身近な物という印象は薄くなってるのが今の時代だろう。


 そんな今昔の公衆電話の話をしながら渋谷の街を歩く、木曜日の夕方は学校帰りの中高生や大学生、早めに仕事が終わったと思われる人などが多く歩いてた。


「でも公衆電話って何処にあるんだろうな、スマホがあるから意識した事がねぇや」


「私は渋谷に事務所構えてる何処かの誰かさんが第一護衛対象だから、緊急時に備えて主要な公衆電話の場所は知ってますよー?」


「嫌味みたく言うなっての早奈美ちゃん! こんな冴えない奴を護衛なんかさせちゃってゴメンね!」


 早奈美が公衆電話の場所を幾つか知ってるため案内してもらう。人が少ない場所にある公衆電話という条件で、それに当てはまる所は渋谷にはあまり無さそうに見える。




「意外と公衆電話って残ってるんだ、これで7台目だし」


「昔はもっとあったそうですよー、駅なんて20台以上もあったのに帰宅ラッシュの時には列が凄かったそうですからね」


 携帯電話が無い時代の都会の有名駅には凄い数の公衆電話があったらしい、今は当時と比べて見る影もないが探せば何処かにはあるだろう。


 昔は屋内には剥き出しの公衆電話、屋外には電話だけが雨除けの箱に入ってる電話、ボックスタイプの公衆電話など様々だったらしい。


 灰川と早奈美が探してるのは人があまり居ない場所の電話ボックス型の公衆電話だが、存在するのは大通りが多くて難儀してる。


「もう5時か、なんか昨日とかの疲れもあってイマイチ集中できないって感じだよ」


「ちょっと休むっすかー? なんか今日の灰川さん、オーラが少ないっすよ。SSPの桑折(くわおり)先輩が言う白オーラって感じですね」


「白かぁ…せめて青だったらな。白も青もそんなに変わんないけどさ」


「霊能力の話ですか? 私には見えないっすけどねー」


「いや、スロットの話。たぶんその先輩もスロットやってるな」


「スロットじゃJK分かんないですって! あははっ」


 そんな下らない話も交えつつ、灰川はどこか休めそうな喫茶店でもと探す。


 5時となると学校帰りや会社帰りに渋谷に遊びに来た人が増え始める頃合いだが、2人が居る場所は繁華街から少し離れたビジネス街だった。ハッピーリレーとかがある地域とは違い、もう少し歴史ある感じのビジネス街である。


 ここは遊びに来た人も観光客も少ないエリアだが、駅に向かい始める会社員風の人達が多くなり始めてる。 


 まだ完全な夕日にはなっておらず、そんな風景の都会の街並みを歩くサラリーマンたちは、どこか絵になる感じがするのは気のせいだろうか。


「ここにするか、ちょっとアンティークな感じで良さげだしな」


「灰川せんせーの奢りですよねー? 私は見習いだからバイト代も少ないんですよねー」


「奢りだよ奢り、好きなもん頼んでや」


 テキトーな感じで受け答えしつつ古い小さなビルの一階にある小さな古い喫茶店に入り、コーヒーや軽食を頼んで休むのだった。




「なんかホントに疲れてますね灰川せんせー、大丈夫ですか?」


「大丈夫って言いたいんだけどさ、最近は人に気を使うタイプの仕事っていうか、慣れない事ばっかって感じでさ」


 どうにも疲れが晴れず、灰川は表情にも雰囲気にも疲労が出てしまってる。


「灰川せんせーって、チャランポランに生きてるように見えるけど、根っこが真面目なんだから無理したら体にガタが来ますって」


(けな)してんだか褒めてんだか分からん評価ありがと、真面目に生きるの疲れるぜ」


 濃いめのコーヒーを飲みながら一息つく、ここの所は色々な物事が動いてたから、どうにも頭が休まる暇がない。


 市乃たちのテレビ進出のサポート業務、佳那美とアリエルの芸能界売り込み、事務所のビジネス形態変更、来週からは事務員として藤枝と前園も来る。


 そんな状況だと休める時間でも頭では仕事のアレコレを考えてしまうもので、心から休める時間という物が無い。アリエルの件もあって、事務所での寝泊まりも体の疲れを晴れさせてない要因の一つかもしれない。


 心を休める時間が無いというのは意外と体にも負担が掛かるもので、休息における疲労回復の効果を半減させてしまうらしい。


「家に帰っても完全には休めないし、気晴らしついでにオカルト調査って訳さ。なんだか忙しさから逃げてるみたいでカッコ悪いよな」


「そーでもないですよ、大人も子供も皆、そんな風に現実とか疲れに折り合い付けて生きてんだと思いますよー、私もそーだし」


「でもよ、市乃たちなんか配信から逃げるとか、手を抜くとかしないしよ。俺は最近は配信もまばらだしなぁ…」


「灰川せんせーって配信してるの!? ウソ!興味ある!」


 疲れてる時は精神もマイナスになりがちなのが人間だ、灰川も例外ではなく今は普段の冴えなさが倍増してる感じである。


「配信も上手く出来てないの分かるようになってきたしよ、やっぱ皆ってスゲェんだなって改めて感じさせられてるんだよ」


 灰川は最近も配信自体は視聴しており、エリスやナツハ以外の配信なんかも普通に視聴してる。


 それを見て思わされるのは自分と彼女たち、またはボルボルや枝豆ボンバー!といった男性配信者達の熱意だったり、配信に対する心の持ちようの違いだった。


 一見すると楽しく配信してるように見えて、裏では様々な努力をしてるのだ。それがサポート仕事や普段の会話を通して分かる。


 灰川は配信で数分前に自分が何を話したか忘れてる時すらあるし、前回やその前に何の配信をしてたか忘れてる。もし市乃たちが過去ネタをコメントして楽しむタイプだったら、あまりの忘れっぷりに灰川への好感度が下がってた筈だ。


 今は気を付けてるとはいえ、配信記憶力以外にも気を付けなきゃいけない部分が多い。


「仕事しながら毎日配信とかっていう人は凄いと思いますけどね、でも大概の人は無理ですよ。そもそも話す事が無いじゃないですか」 


「そうなんだよね、ゲームの事を話すとかでも、面白い事とか視聴者の心を引くような事を話さなきゃいけねぇし、それが出来ねんだわ」


「疲れてる時でも面白い配信をするとかも難しそうですよねー、プロなら出来て当たり前かもですけど、趣味でやってる人はよっぽど向いてる人じゃないとムリって思いますって」


 早奈美はケーキを食べながら灰川の話に乗ってくれる。金髪ポニーで陽キャな見た目だが、意外と聞き上手な性質の子である。


 話が上手い人も居れば話を聞くのが上手い人も居る、最近の灰川の周りには話し上手な人が大半であり、灰川は聞きに回る事が多かった。それが嫌な訳ではないし、慕ってくれるのは凄くありがたいが、こうして話を引き出しながら聞いてくれる人物は貴重かもしれない。


「そもそも配信でも何でもそうですけど、継続するのが一番難しいっすよ。配信とか1か月くらいやって止める人が多いイメージありますもん」 


「早奈美ちゃんも配信とか見るんだ、やっぱ1か月止めとか多いよね。止めちゃう気持ちは分かるけどさ」


 一向に増えない数字と向き合うのは辛いし、自分は上手くやれる!なんて最初は思ってても99%は現実の壁が立ちはだかる。


 そこで折れずに継続できたのなら、それは向いてるという事だ。ダイエットだとかスポーツでも同じ事だろう。


 早奈美は本当に聞き上手だ、灰川の話に上手く合いの手を入れつつ、聞きに徹する訳ではなく話を広げたり深めたりする言葉を返してくれる。


 聞き上手というのは『話者が話しやすい会話環境を作ってくれる人』という感じの人であり、緊張しない会話の間の取り方や頭の回転を丁度良い具合にさせてくれる人の事だと灰川は思ってる。


 なんだか疲れが癒されていく、最近は気兼ねする会話や仕事が多くてストレスが溜まっていたのだ。それを自分の話を聞いてくれるという形で早奈美は癒してくれた。


「早奈美ちゃんって聞き上手だね、なんか凄い疲れが取れた! ヤル気が出て来たぞっ」


「聞き上手ってあんまり言われないけど、もしかしたらそうなのかもっすね。にししっ」


「こりゃ10年後には総理大臣の護衛やってるかもなぁ、そうなったら総理に会わせてくれよなっ」


「灰川せんせーなら会おうと思えば総理にも会えるっすよ? 会いたいんですか?」


「会いたくねぇな! 話す事ねぇや!」


 そんな会話をしつつ休憩し、気力が戻った灰川は早奈美と一緒にここまでの動きを振り返った。


 渋谷の公衆電話を回ったが人が居る場所が多いし、少なくとも人通りがゼロという場所はない。霊視をしても異常はなかった。


 大通りから少し路地に入った所にある公衆電話、あまり人の行き来が無い場所のビルの外の電話ボックス、高架下近くで電車の音がうるさそうな場所にあるボックス。


 他にもヤンキーがたむろしてそうな地下通路の入り口付近、渋谷駅近くの穴場にある電話、そういった場所を巡って行ったが何もなかった。


 やっぱり条件に該当しそうな所はなく、男子生徒が行方不明になったというのもプチ家出くらいの物なんだろうと考えてる。


「お済になったお皿を下げますよ、ごゆっくりどうぞ」


「あ、すいません」


 喫茶のマスターが皿とかを下げに来て、他に客も居ないからゆっくりしてってくれと軽く声を掛けてくれる。初老の男性で穏やかな性格そうなマスターさんだ。


「あの、マスターさん。渋谷に変な噂がある公衆電話とかってありませんか? 幽霊が出るとか、そういう感じのなんですけど」


「幽霊公衆電話ですか? お客さん方はオカルトファンとかですか?」


「そうなんですよ、渋谷にそういう噂があるって聞いて来たんですが、それっぽいのが見つからないんですよね」


「なるほど、そういう事情ですか。公衆電話ねぇ…今時は少なくなっちゃいましたからね」


 マスターは店が暇という事もあって灰川の話に乗ってくれた。この店は20年前に出したのだとか、マスターは40年くらい渋谷付近で仕事をしてるとかの話を聞く。


 その頃は公衆電話はあちこちにあり、携帯電話の前身であるポケベルが流行った時も公衆電話は盛んに利用されて、あっちこっちにあったそうだ。場所によっては数十メートルおきに公衆電話があったなんて話も聞く。


「昔は何処にでもあったし、常に誰かしらが使ってたんですがね。今は公衆電話から掛かってきた電話には出ない人も多いから、すっかり廃れちゃいましたね」


 マスターが言うには渋谷や新宿は公衆電話の聖地みたいに多くの公衆電話があったそうだ、駅に商業施設に道端に、あちらこちらに大量に設置されてたのだと言う。


 その中にはやっぱり幽霊が出るボックスとか、死者と繋がる電話だとかの噂もあったそうだが、それらの電話は既に撤去済み。現存してる場所もあったが、そこは先程に調べて何もなかった場所であった。


「でもね、ある場所にあった公衆電話に怖い噂があったんですよ。とあるカフェの店内にあったインテリア風の電話ボックスだったんだけどね」


「店ですか? ああ、飲食店とか街の診療所とかにも電話ってありましたもんね」


 公衆電話は個人の店などにも置かれてる事は多々あり、決して路上や駅だけに設置されてる訳じゃなかった。今だって少し探せばそこら辺にあるだろう。


「10年以上も前に少し離れた所にオシャレなカフェがあってね、そこは若い男の子が店主をやってたんですよ」


 このマスターはアンティークカフェを開いてるだけあって喫茶店巡りが趣味らしく、その店にも行った事があったそうだ。離れた場所にあるからライバル店という訳でもなく、結構良い感じの店だったと語る。


「そこの店主はまだ20代だったんだがね、そのカフェが大当たりして一気に客が増えたんだ。利率も良くて儲けも大きかったらしく、2号店や3号店を渋谷にオープンしてましたよ」


 当時はマスターは羨ましいな~とか思ったそうだが、自分のペースを守って商売をして、喫茶店の経営と常連客たちとの触れ合いを楽しんでた。


 その繁盛店は多くの客にオシャレで流行りのメニューを若い層に提供し、多くの客を捌く感じの店だからマスターの店とは似て非なる店なのだ。


 客足はどんどん増えて10代20代の若い子が噂を聞きつけ、ネットで情報を見かけて訪れた。その頃には今程ではないがネットも盛んだった。


 全てが上手く行ってるように見えたし、実際に商売は上手く行ってた。しかし別の所で綻びが出てしまう。


「そこの店主の子は商売が上手く行って楽しかったんだろうね……忙しさと楽しさで、自分が疲れて体が悪くなってる事に気が付けなかったらしいんだ」


「あー…確かに楽しい時とかって疲れとか忘れちゃいますもんね」


 早奈美が合いの手を入れて納得する。何かに夢中な時はそこにばかり目が行って、自分の事すら眼中にないなんて話は珍しくない。


「その店主は気付いたら若年性の癌になっててね、若いから進行も早かったらしくて、発覚した時には手の施しようが無かったらしいんですよ…ままならない物ですよねぇ…」


「癌は若いと癌細胞の分裂が早くて進行が早まるって奴ですか…」


 自分がもう長くないと分かった店主は早々に店を閉めたそうだ、頑張って育てた自分の店を誰かに渡すのは嫌だったのだろうとマスターは語る。


 ほどなくして店主は亡くなったそうだが、店主の死後もその店は入居者不在のまま残ってるそうだ。ビルの持ち主が夜逃げして取り壊せないとからしいが、その辺りはマスターは詳しく知らないらしい。


 かつて繁盛してた1号店には、店内にインテリアを兼ねてアンティーク調の電話ボックスが置かれてたらしい。実はオシャレな電話ボックスとかは商業インテリアとしても人気があったりする品なのだ。


 その店内電話ボックスは店の特徴インテリアみたいな感じで店内を彩ってたが、店の閉鎖後に変な噂が流れ始める。


 店は閉店後も内装などはそのままにされてるらしく、いつしかそういう場所に付き物の怖い噂が立ち始めたのだ。


 肝試しに無断で入った若者が店内の電話ボックスで変な声を聞いたとか、入り口付近にある電話ボックスで幽霊と電話が繋がったとか、そんな話だ。


 不思議な事にその店に纏わる怖い話は大半が電話に関する内容で、トイレとか調理場とかはあまり噂が立たなかった。確かに店内電話ボックスは目立つだろうけど、なんだか不気味だと思ったらしい。


「怖い話の中に電話した人が消えるとかの噂はありませんでした?」 


「覚えてないけど、あったかもしれませんね。今は鍵もしっかり掛けられてるようで肝試しに来る人も居ないようですけどね」


 そのカフェも時と共に忘れ去られ、今は心霊スポットとしても特に人目は引いてないようだ。灰川としては確証は持てないがビンゴの気配はする。


 長く渋谷で商売してる喫茶店のマスターであり情報に詳しく、他にもどこぞの公衆電話に幽霊が出るなどの話も聞いたのだが、やはり閉鎖した喫茶店の話が気になった。


「10年前に閉店した喫茶店の話ですけどね、なんだか店主は閉店した後に店の中で何かをしてたって話がありますけど、そこは詳しくは知りませんね」


「何かをしてたですか…閉店後の片付けとかの話じゃなさそうですね」


 やはりその喫茶店、ひいてはその喫茶店にある公衆電話が気になる。店の象徴のような物だったのだから、店主にも思い入れはあったかもしれない。


「もし良かったら場所を教えましょうか? 中には入れないだろうけど」


「お願いします、コーヒーとケーキ美味しかったですよ、また来させてくださいね」


「私もまた来ますよー、良い店見つけちゃったって先輩とかに教えときますからっ」


 店主から件の店の場所を聞いて店を出る、コーヒーも美味しかったし落ち着ける良い店だ。店に染み込んだコーヒーの香りが何とも心地いい店で、今度に仕事の打ち合わせとかでも使わせてもらいたい。




 灰川と早奈美は教えられた店に向かう途中で会話をする、内容はさっきに聞いた今は無い店の話だ。


「若くして成功したけど、体を壊して若くして死んでしまった人かぁ…悔しかったろうな」


「灰川せんせーも他人事じゃないんじゃないですか? 体壊すとか忙しいのが続いたらありそうですもんねー」


 灰川も最近は忙しいし、やっぱり他人事とは言えないだろう。特に若いと多少の調子の悪さじゃ検査とかには行かないし、社会人だと病院に行く時間が簡単に取れなかったりする。


 専業で配信者をやってる人なんかも生活リズムは乱れてるだろうし、食生活もあまり健康に良さそうなイメージはない。市乃たちなんかは大丈夫なんだろうかと灰川は少し心配になった。


 自分も健康に気を使う方ではないし気を付けなければと思いはするが、やはり考えは亡くなった店主の方に行く。


 若くして成功するという事は、それだけ苦労や努力をするという事であり、時にその代償は健康を損なうという形で襲ってくる事もある。


 成功者になれたけど早死にしたとかの話も世の中にはあるだろうし、気付いた時には手遅れだったなんて話は誰でも聞く話だ。


 稼いだ金を使う暇もなく死んでしまった成功者、まだまだこれから会社を大きくするという目的を死という形で果たせなかった人、それらの未練はいか程の物なのだろう。


「成功するけど早死に、普通だけど長生き、灰川せんせーだったらどっちが良いです?」


「うーん、俺は普通だけど長生きの方が良いな。どんなに成功したって未練が大きかったら意味が無いって思っちゃうしな」


「私も早死には嫌ですねー、でもボディーガードとか危険な職業だから、気を付けないとなー」


 人生なんてその2つの道以外にもいっぱいある。成功して長生きした人も居れば、失敗して短命に終わった人、普通に生きてるように見えて実は大きな悩みを抱えてる人、様々だ。


 誰だって成功したいとは思うだろうが早死には嫌だろう、金持ちになりたいけど金を使う時間がないのも窮屈そうに思える。理想的な人生とは簡単には掴めない物なんだと灰川は思った。


「まあ、取りあえず10年以上前に閉店した喫茶店を少し調査して、何もなかったら今日は終わりだな。それまでよろしく早奈美ちゃん」


「良いですよー、それが私の任務ですからね。出来たら暴力事件にでも巻き込まれて、私の実力とか見せたいなーとか思っちゃってますけどね!」


「縁起でもないこと言うなって! そういうのには自分から近づかないのが一番なの!」


 そんな会話をしながら目的地に向かい、繁華街からは少し外れた渋谷の街を歩く。小さな路地も多いし人もそこまで居ないが、渋谷だけあって流石に人はある程度は歩いてる。


 男子高校生の行方の手掛かりは掴めるのか、喫茶店の店主は何をしてたのか、それらはまだ分からないし真相が分かるのかも不明だ。


 それでも灰川と早奈美は、まずは行ってみようという事で話は落ち着いたのだった。




 誰だって生前に未練を残したくはないだろう。アレをしたかった、コレをやっておけばよかった、それらの未練は多かれ少なかれ残す事にはなると思う。


 幼い子供を残して亡くなる親や、両親に恩返しを出来ずに亡くなる子供、そういった未練だってあるだろう。それらに感じる未練の感情の大小も人それぞれだ。


 ……もしその未練を晴らす方法があるとするならどうだろう?


 商売で成功したけど早死にしてしまった未練が晴らせる、まだまだやりたい事があったのに命を失ってしまった未練を解消できる。


 どうあってもその願いを叶えたい! どうしても自分の成果を見届けたい! それが例え他者の存在を消去する事になろうとも……。


 そう思ってしまう人は、成功者とか普通人とか関係なく誰かしらは居るのではないだろうか?


 自分の死を間近に控えて冷静で居られる人ばかりではない、若くして成功したのに早くに亡くなった人ならば未練だって大きくなる人は居そうに思える。


 頑張る事が楽しくて自分を顧みず、成功していく事が嬉しくて体の悲鳴に気付かず、前だけ見て希望に向かって走って、気付いた時には死神が真後ろに立っていた。その絶望はどれほどの物なのか。


 逃げられない死を前にして、もし未練を自分の手で死後に解消する手段があったのなら、(すが)ってしまう可能性はゼロと言い切れますか?


 存在消去番号498、いったい何を消去するのでしょう…?


 人の未練は時に、消してはいけない何かを消してでも解消したいと思ってしまうほど強い物かもしれません。

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― 新着の感想 ―
災害時の伝言ダイアル以外に使い途がなぁ…… 大抵の相手がスマホだから余計に使い途が減ったよね。
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