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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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238話 2人のパフォーマンス

 OBTテレビ25階にある会議室にのディレクターやプロデューサー、幹部職員やベテランスタッフ、外部スカウトなど25名ほどが集まっていた。


「忙しい時に呼び出してくれちゃってよ、和藤社長もどうしちまったってんだよ」


「なんだか見て欲しい子役だかアイドルだかが居るらしいわね」


「いきなり声が掛かりましたよ、何だってんでしょうね?」


 ここに集まった者達はメディア業界で何年もやって来たベテラン、やり手のテレビマン、何人ものアイドルや俳優を発掘したスカウトなど、そうそうたる経歴を持った者達だ。


 目が肥えてるから今さら多少の美人や美男子を見たって驚かない、そんな彼らは忙しい中で呼び出されてイラ付いてる。


 深谷会長や和藤社長には世話になってるし恩もあるが、たかが子供の演技力だかスター性だかを見る程度で呼び出されてたらたまったもんじゃない。彼らは番組撮影やスポンサーとの話し合い、企画立案や会議やマネジメント業務で忙しいのだ。


「まあ、どうせ使いもんにならないのが来るだろ、もちろん子供には無難に褒めて帰らせてから、社長には凄い子だとかって言うけどな」


「私もそうするわよ、最近は若い役者で使い物になる奴なんか珍しいんだし。どうせゴリ押しするって結果ありきの緊急会議なんでしょ」


「前にタカナステレビの昼ドラに出てたアイドル役者も棒読みが酷かった、人気はあったけどよ。事務所はちゃんとレッスンさせろっての」


「子役は大体は演技には期待できないから、あんま厳しく評価するの止めようや。業界が育てていかなきゃいけないんだって」


「子役は愛嬌があれば今の時代は良いのさ、ってか昔からそうだったじゃん。10年前のドラマの“家族はファミリー”で売れた星也君みたいにさ」


 業界人が集まってアレコレと話すが、総じて今から来る子役だかジュニア歌手だかへの期待度は低い。


 しかも社長が選んだ子みたいだから批判的な事は強くは言えない。不満を買ったらショボい仕事に回されるかも知れないし、上層部への批判的な意見は覚悟なしには言えない風潮なのがメディア業界なのだ。


 彼らは芸能事務所などが『コイツは凄い!』と押してきた俳優や芸能人が、ハズレか期待以下である事に慣れてる。むしろそれが当たり前であり、ここ何年かは本当に凄いと思える者は見ていなかった。


 もちろん努力で演技や歌の技術を上げて来た者は高く評価するし、視聴率が取れる人気者には敬意を払う。


 しかし本当に『コイツは凄い!』というような出会いが無く、今回だって現場から離れて久しい会長や社長が、大した事ない奴を凄い奴と勘違いして連れて来るんだろうくらいに思ってる。


 会長や社長を信用してない訳じゃない、しかし現場で汗を流して映像を作ってる彼らには、現場から離れてる会長たちの目はイマイチ信用できない。


「まあ、もう少ししたら結果が出るさ、さっさと済ませて制作に戻んなきゃな」


「視聴率が取れるんだったら何でも良いっすよぉ~、間違って本当にピカイチの子でも来ねぇかな」


 そんな期待薄な話をしてる時、会議室のドアが開いて会長たちが入って来た。その横には今回の目玉と思われる子供が2人と、マネージャーっぽい男が居る。


 入って来た子供2人を見た瞬間、会議室内に居た者達の喋りは一瞬にして消え、彼らは何故に会長と社長がわざわざ自分たちを呼び出したのかが分かった。




 会議室に向かう少し前、灰川一行はOBTテレビ28階の社長室に居た。


 社長室は広くて調度品なんかも高級感があり、ソファーには富川P含む灰川一行が案内され、向かいには和藤社長と深谷会長が座ってる。


 佳那美とアリエルはレミアム・オーセンで髪や容姿を最高潮に整えてもらった後で、髪の毛は黄金律を体現したかのような完璧なバランスで、輝くサラサラな髪に仕上がってる。


 佳那美の少し長めのセミロングの黒髪の輝きは元気さを感じる光度で本人を引き立て、動きや仕草をするたびにフワっと揺れて女の子の可愛さを最大限に表現してる。


 アリエルのショートカットは中性的な魅力を際立たせながらも、本人の女の子の部分の可愛さを最大限に引き出してる。服装は男の子っぽいけど、今のアリエルを男子と勘違いする人は絶対に居ないと言い切れる出来栄えだ。


 肌は輝くかのようにツルツル、キッズマッサージやキッズエステで美容も完璧、疲れなんかも一切が吹き飛び体力はMAX、表情や体の動きもいつも以上にしなやかだ。


 2人の女の子としての魅力は最高に引き出されてる状態、小学4年生の9才の子の全ての可愛さを引き出したかのような容姿に整ってる。


 「採用!!」


「「何に!?」」


 2人を見た深谷会長が思わず何かに採用してしまい、思わず和藤と富川と灰川たちがツッコんでしまう。


「いや、すいません灰川先生、なんか意味も無く勝手に採用って言っちゃいました」


「そ、そうですか、ありがとうございます…」


 深谷は60代だが、そんな年齢の落ち着きのある人が思わずそんな事を言ってしまう、そのくらい佳那美とアリエルは可愛い状態である。


 飾った状態であれ何であれ、美容院に行けばいつでもこの可愛さになる、そんな容姿を持った2人はOBTで囲んでしまいたいという心が出ていた。


 そこから和藤と深谷が灰川たちには聞こえないよう、ヒソヒソと小さな声でやり取りする。




「和藤、この子達なら棒読み演技だろうが、音痴だろうが視聴率が取れるようになるだろう? そのくらい分かるぞ、愛嬌があるのも才能があるのも分かる」


「やはり会長もそう見ますか、私も同意見です」


「ならばさっさとドラマか教養か教育番組でも用意して、すぐにでも経験を積ませなさい。最高の素材が向こうから来てくれたんだ、見れば分かるだろう?」


「それはそうなんですが、演技力とかは未知数な所がありますし、やはり今時は我々だけの判断でいきなりキー局のメイン番組に出すのは~…」


 OBTの会長である深谷と社長である和藤の権限があれば、1人や2人をゴリ押しして売れさせる事は可能だ。しかしそれをやれば現場からの反発を買う事にも繋がりかねない。


 今の時代は強権だけで押し切ったら反発を買う時代だ、やりすぎれば押される本人達にも反発の心が内外から向かう可能性がある。


「今時はこういう所が面倒なんだ、誰が見たって最高の素材と分かるのだから顔見せなど後でも構わんだろうに」


「そうも行きませんよ、ですが既に有力DやP、芸能事務所の敏腕スカウトや名うての業界人を何名か集めてます。形式的に彼らにお目見えしてGOを出させましょう」


 どうやら本気で売り出すかどうかは、多数のGOサインが無ければいけないという暗黙のルールがあるらしい。


 しかしあくまで形式的な儀式みたいなもので、実際には『お偉いさんが押し出すと言うんだから、お前ら分かってるよな?』みたいな感じのもののようだ。


 深谷も和藤も以前のオカルト騒ぎで今の自分を反省して、少しづつ社内の改革に向けて動いてるが、今度は逆に関係者や利益を守るためには強権を振るわなければならない場面が出て来た。


 社内を平等にしたいとは思うが完全に風潮を変えるのには時間が掛かる、しかも利益や様々なものを守りつつ変えるとなると簡単な事じゃなく、数週間かそこらで何かが変わるほど小さな組織ではないのだ。


 こんなやり取りを本人達には感づかれないよう話してまとまり、会議で2人に業界人の評価を得てどのように扱うかを決めたいと灰川たちに話した。


 しかし結果ありきの話である、2人が逸材なのは明らかだし、そうでなかったとしても四楓院に繋がる灰川の事務所の所属なのだ。無視など出来るはずが元から無いのである。




「えっとっ、深谷会長さんっ! 一生懸命がんばりますのでっ、よろしくお願いしますっ」


「ボクもがんばりますっ! ぅぅ、ちょっと緊張しちゃうなっ」


「はははっ、緊張などせず気楽にやってくれて構わんよ、むしろ緊張すら楽しめる心があれば芸能に向いてる証拠だね」 


 「「!!」」


 深谷会長の言葉に2人は衝撃を受けた、緊張を楽しむという考え方は持った事がなかった。緊張とはパフォーマンスを悪くさせるものであって、良い物ではないという考えを普通に持ってたのだ。


 その考えに触れて尋常じゃない才覚を持つ2人は、1の事から10の事を学び取る。緊張に関わらず怒りや悲しみといったマイナスの心ですら成長の糧になる、それを感じ取る事が出来た。


 佳那美は元からそういった才覚があり、最近はそれらの『気付きと自己への落とし込み』のレベルは9才にして大人以上になってる。


 アリエルは聖剣の加護もあるが、元から性格が明るい方で、やはりこういった方面に向いてる子なのである。


 才能というのは目覚めてからが本番だ、今の2人は完全に目覚めてる状態であり、物事から学びを得る吸収率は1000%と言って良い。1の吸収で10を学べる、それが今の2人なのだ。


 子供の内から才能を開花させた、それは何にも勝るアドバンテージだろう。天才と呼ばれる人達の中には子供の頃から活躍してる人も居て、そうなれるかどうかは2人のこれから次第だ。 




 深谷会長、和藤社長、富川P、灰川、佳那美、アリエルが会議室に入って前の方の席に着き、そのまま会議が執り行われた。その間も会議室内の視線は佳那美とアリエルに注がれる。


 なんて可愛い子達なんだろう……可愛すぎて輝いてるようにすら見える。それが集められた一同が持った初見の感想で、実際に凄い美人やイケメンなんかは本当に輝いて見える事がある。2人にはそれらの10倍以上の輝きが感じられる。


 人気番組のDが佳那美を見て幾通りもの売り出し方を即座に考えつく、あの子は何やらせても上手く行く、そう思わせるだけの可愛さがある。何やっても可愛さで押し切れると感じる。


 幾つものスポンサーをOBTに引っ張ったPがアリエルを見て、あの子はスポンサーからCMに引っ張りだこになると感じる。あの子にCMやらせりゃ売れる、CM方式なんざ幾らでも思いつく。


 大手事務所の敏腕スカウトが2人を見て『なんで俺があの2人を見つけられなかったんだ!』と、強烈な自己嫌悪と後悔に苛まれる。アイドルでも役者でも何でも売れる、最高の卵と原石を逃したと実感させられた。


 この2人の共通点は、見た人に2人が活躍する姿や更に上に行くという強い想像を持たせるという事だろう。その大きな可能性に心を躍らせ、期待して見守り応援したくなる。それはある種のカリスマと言えるものだ。


「こちらの2人は~~……」


 和藤が2人の説明をしていき、集まった人達に『この子達がどう見えるか聞きたい』というニュアンスの事を話していく。


 この子達を使って視聴率は取れそうか、この子達をテレビに出しても問題ないか聞きたい、そんな話である。


 本来なら番組キャスティングくらいなら現場組で決めるような事だが、そこは『OBTの巨大な支えになってる資本家に強く繋がってる事務所の所属』という、そんな裏部分も灰川達には勘づかれない程度に匂わせて会議が進む。


 やがて2人の自己紹介の場面が来た。灰川は緊張で失敗するんじゃないかとヒヤヒヤしたが、その心配は必要なかった。2人は緊張だって楽しめる精神を持ったのだから。



「こんにちは、佳那美ですっ。小学4年生ですっ」


「アリエルです、ボクも同じく小学4年生です。よろしくお願いしますっ」



 短くシンプルな自己紹介だった、たったそれだけで会議室に居る者達に感じさせる事があった。この子達をもっと見たい、なんて可愛い子達なのだろう、これは問答無用で売れる。そんな意識が広がっていく。


 たったの一言で2人はベテラン業界人や敏腕業界人の『興味』を引いた。今の2人は視線を注がれるではなく『注がせる』存在になっており、業界人たちは自らの意思で2人を注視している。


 見てるだけで癒される、見てるだけで元気がもらえる、可愛くて体の力が抜ける。小学生の時の初恋を思い出す、男女問わずにそんな気持ちにさせられてる。


「では今から佳那美さんとアリエルさんに、局が用意した台本などを使って、出来そうな所をパフォーマンスしてもらいます。その後で皆さんから感想などを頂きます」


 佳那美とアリエルは今から会議室の前に立って何かしらのパフォーマンスをするが、それはテレビ局スタッフが適当に用意した演劇やドラマ台本などを軽く読んで演技したり、そんな通過儀礼的な内容だ。


 しかし2人はそんな事は知らないから真面目に取り組むし、この緊張感も楽しんでる。通過儀礼とはいえ失敗すれば影響は出る、失敗は好ましくない結果に繋がるだろう。


 佳那美とアリエルは箱の中から台本を取り、自分が出来そうな部分を見つけてパフォーマンスを披露しようとする。


「えっとっ、最初に私からやりますっ。“お母さんが会いに来た”の台本の20ページ目の所をお芝居しますっ」


 まずは佳那美が先に演技を見せる、その場の者達は佳那美がどんな演技をするのか興味深く、注意深く見る。


 それらの業界人の中に佳那美を一際に注意深く見る者が居た、ドラマ監督の牧岡、先程に“ラスト1秒の恋”の撮影をしていたディレクターである。


 お母さんが会いに来たという台本は、実は牧岡が執筆したものだった。台本には作者名も書いてないし、この台本を誰が書いたかなんて本人以外は知らない事だが、偶然にもその台本が選ばれた。


 この台本は30年以上も昔に牧岡が入社して少し経った頃、まだ脚本家を目指してた頃に書いた話である。当時は脚本家は人数が多過ぎて、そっちの道は断念して監督業になってしまったが、昔は本気で脚本家を目指してたのだ。


 お母さんが会いに来た、という作品は牧岡がAD時代に初めて任される筈だった15分短編ホラードラマの脚本だ。しかしその枠は他の脚本家志望の作品に回されてしまい、お蔵入りになった。


「灰川さんっ、お父さん役、お願いしますっ」


「分かった、じゃあ始めようか」


 ここでも佳那美は集まった人達を驚かせた、台本を少しパラパラと読んだだけで記憶してしまったのだ。


 佳那美は学校の勉強はそこまで成績が良いという訳ではないが、好きな事のためなら非常に高い能力を発揮するタイプの子である。




  お母さんが会いに来た


 幼稚園に通う花江ちゃんのお母さんは、長女である花江ちゃんを産んでから少しして事故で亡くなってしまった。花江ちゃんはお母さんの顔を知らない。


 住んでる場所は小さなアパートで少し狭いが、花江ちゃんはお父さんと仲良く暮らしていた。


 ある日に父親は娘を預けてる学童保育の先生から『花江ちゃんは家にお母さんが居るって言ってます』という話を聞いた。


 父親はその事を帰り道で娘に聞くと『家の壁に染みが浮き上がって来て、そこからお母さんが出て来る』という旨の話を聞かされる。


 そんな筈がないと思いつつ、家に帰ると見覚えのない染みが壁にあった。それを見た途端に家の電気がチカチカとして消えそうにった。




「ほらパパっ、お母さんだよっ!」


 佳那美が会議室にてお芝居を披露する、芝居場面はラストの部分で、そこに至るまでの話はストーリー説明のような感じで灰川が話した。


 ラストはいつの間にか家の壁に浮かんでた染みから、Aちゃんが母親と呼ぶ真っ黒な目をした血だらけの女が出て来る。


「そいつは母さんじゃない! お前は誰だ!?」


「お母さんだよっ、だって……私とお父さんを凄く良い所に連れてってくれるって言ってたもん…! あははははははっっ!!」


 オチとしてはその直後にアパートから逃げ出してに寺の住職を呼んでお経を読んでもらい、怪奇現象は収まるという形で終わりとなる。アパートが立つずっと昔に何かの事件があった場所で、その霊が居たという感じである。


 ハッキリ言ってしまえば何処かで聞いた事ありそうな話、今時ではありきたりな怪談話を少し改造した程度のホラー話という感じだ。30年前はこれは新しい感じで良かったのだろうが、今だと古臭さが拭えない脚本だ。


 脚本に新鮮味はなかったが佳那美の演技が凄かった、見る者に恐ろしい幽霊の姿が見えるような、古いアパートの光景が見えるような迫真の演技だ。


 間近で声出しだけの演技協力をしてた灰川は、本当に悪霊が居るような気がして危うく除霊術を展開する所だった。


「演技に物語への説得力がありますね…凄い才能だ…」


「マネージャーの素人演技が気にならない程に迫力があるな…期待を大幅に上回ってるぞ…」


 佳那美の演技に驚く声が上がり始めるが、まだ1つのパフォーマンスが終わっただけだ。判断を下すには早いという話が上がるが。


「明美原ちゃん、その台本でよくぞそこまで話に迫力を持たせたな。それにカメラ位置とかも想像して()ってただろ?」


「は、はいっ、それと主人公の花江ちゃんが幽霊を怖がってないのが、お芝居を見る人達の怖さに繋がると思ってお芝居をしてみましたっ」


「花江ちゃんは何で壁の染みから出て来る血だらけの人を怖がってなかったか…それも演技で表現してたね…?」


「はい、花江ちゃんは幽霊が見える子で、それが普通だと思ってる子だと思ったんです。なので目の先をお父さんじゃない方向とかにも向けて、何かが見えてるという感じも出してみましたっ」


「やっぱりな、その台本は俺が書いたもんなんだ。そんな未熟な台本でよくそこまで見抜いたな、なんだか見透かされてるようで恥ずかしいぜ」


 佳那美は裏設定まで台本から感じ取って演技に取り入れた、しかも演技が不自然にならないよう、話の大筋に関与しないよう視線の演技に出したのだ。


 牧岡監督からしたら未熟な時代の叶わなかった夢を掘り起こされて恥ずかしい気分もあるが、誰にも演じてもらえる事の無かった自分の作品が、こんな形で演じられるとこを見れて嬉しい気持ちもある。


 牧岡は佳那美の演技を見て30年前に、どんな気持ちで何を考えながらこの台本を書いてたのか思い出した。


 やっと巡ってきたチャンスを物にしようとADのキツイ仕事をした後に寝ずに話を考えた。どうしたら面白くなるか、どうしたら怖くなるか、そんな事をいっぱい考えた。

 

 佳那美の演技は当時の自分が思い描いたイメージ通り、むしろそれ以上の出来栄えの演技だった。佳那美は台本を読んで作者の牧岡の当時の意図やイメージしたものを想像し、作者本人の想像を超える良さを引き出したのだ。


「牧岡Dは明美原さんを局で押し出しても良いと考えるかい?」


「逆に押し出さねぇって言うんなら、俺がドラマにバンバン抜擢できっから助かるなぁ、あんなショボい台本をこんなに良く演れんのは才能あるって事だよ」


「え、えっと! お話すごく怖くて良かったと思いますっ、お芝居できてすごく楽しかったです!」


「はははっ、ありがとうな明美原ちゃん。その台本は子供に怖がってもらえるように書いたやつだから、そう言ってもらえて嬉しいぜ」


 牧岡は嬉しい気持ちと凄い才能を見れた事に舞い上がって、佳那美への言葉遣いがさっきのロケ見学の時とは違った感じになってる。そのくらい今の出来事は衝撃的だったのだ。


 佳那美の評価はうなぎ登り状態だ。流石にトレーニングの余地はあるが、才能は完全にあるのが誰の目にも明らかだった。


 キャラクターの人物像に深みを出せる脚本への高い理解度、演技力の重要な支えとなる想像力、それらの自分で考える力が明らかに高い。教えられた事だって邪険にする子には見えないし、資質的にも業界に合ってそうな気がする。


「まだ一回だけパフォーマンスを見ただけですから、もう少し見させてもらいましょう。次はアリエルさん、お願いできますか?」


「はい、ボクは“みかん畑の踊り子”というドラマの台本の1話、30ページの東京から帰って来てみかん畑で踊る瑞希の役の演技をしますっ」


 みかん畑の踊り子は平成中期の女性主人公ドラマだ。


 主人公の瑞希(みずき)は東京でプロダンサーを目指してたが、芽が出ずに地元の愛媛県に帰って来る。そこで夢破れてみかん畑で悲しみを嚙み締めつつ踊ってたら、野良(のら)のカメラマンに写真を撮られてしまうのが始まりだ。


 その写真が雑誌に載ってしまい、たまたま目にした1流イケメンダンサーから何やかんやあって、パートナーを務めるよう頼まれて~~……みたいな王道の話だ。


「始めます、3,2,1、スタートっ」


 アリエルはしっかりと集中し、東京でダンサーとしての芽が出ず失意のまま帰って来て、思い出のみかん畑の中で踊る主人公を演じた。


 音楽はない、周囲にみかん畑なんかない、そんな何も用意されてない場所でアリエルは踊る。


 現代的なモダンダンスだ、躍動感ある激しい踊りの筈なのに……凄い悲しみや後悔の念が伝わって来る。


 小学生の頃からダンスに打ち込んで来た、ケガをしても病気をしてもダンスの事ばかり考えた、高校卒業と同時にプロになるため両親の反対を押し切って東京に行った。 


 バイトしながら生活費を稼ぎ、ダンスに打ち込み、公園や河川敷でプロダンサー志望の仲間と一緒に練習した。何度もオーディションに落ちた、仲間は1人また1人と諦めて抜けていった。


 最後に残ったのは自分だけ……そこで耐える事が出来ず瑞希もダンサーの夢は諦めて地元に戻る。


 夢に向かって進んだ希望溢れる日々、仲間たちと夢を語った夕日の河川敷、必ずプロになると信じて疑わなかった。それなのに……。


「なんで……こうなっちゃったんっ……だろ…っ!」


 演技パートは殆どダンスでセリフはたった一言だけ、主人公の瑞希は年齢設定は22才でアリエルは9才と大幅に離れてる。本来なら選ぶべき台本でもなければ、演技を見せる場で選ぶべきシーンでもない。


 それなのに会議室の者達は涙を浮かべていた、アリエルのダンスとたった一言のセリフが完璧だったのだ。


 本気で目指した夢が破れた者が感じる心の痛み、大好きだったダンスが今は憎いとすら感じるようになってしまった気持ち、それなのに故郷の思い出の場所で頼まれもしないのに踊る矛盾。


 もう夢に届く事は無い、プロのダンサーになりたかった!舞台に立ちたかった!テレビに出て凄いって言われたかった!もっともっと踊りたかった!!


 後悔、悲しみ、自己嫌悪、努力が足りなかった?工夫が足りなかった?、そんな瑞希の気持ちが伝わって来るダンスだった。


 音楽は無い筈なのに音楽が聞こえる、感情に似合わない明るい曲だ。みかん畑なんて無いのにみかんの香りがする、何故だか無性に悲しい香りだ。


 瑞希は踊る、涙を堪えて今までの夢と思い出を振り切るように、それはプロを夢見た一人のダンサーの最後のダンス、その悲しみの舞踊は正にラスト・ダンスだった。


 曲が終わりアリエルの演技が終わる。その瞬間に目の前に広がってた光景が消えた。みかん畑で失意と悲しみのダンスを踊っていた22才の瑞希が消えて、9才の小さな女の子が姿を現した。


 ちなみに主人公の瑞希はドラマで最後は超ハッピーエンドを迎えるので、決して暗いドラマではない。


「今のダンスを作者の脚本家に見せたら感動で泣くんじゃないか…?」


「この子らがテレビ撮影向けのレッスンを少し積ませりゃ、子役の歴史が変わるぞ…っ」


「風向きが変わるかもしれないわ…そのくらい圧倒的だったわね…」


 卓越した才能は時にその時の風潮といった時風を変える事すらあり、2人からはそれ程の常識外の才能を感じた。


 こういった才能は何も佳那美やアリエルが初という訳じゃない、今までだって業界の常識を変えるほどの才能を持った役者や歌手は居たのだ。そういう人達と同等の才覚を感じ、それは勘違いじゃないと確信する。


 佳那美の演技を見た時も、アリエルの演技を見た時も物語に引き込まれた。風景が見えた、音楽が聞こえた、香りがした、感情が伝わった、何もかも凄かった。


 選んだ台本はどちらも大した事の無い脚本であり、みかん畑の踊り子のドラマだってヒットしたとは言い難い視聴率だった。それなのにこの感動である。


 彼らは本当の才能と呼べるモノを目の当たりにしてしまった、常識が覆されたのだ。子供が凄い演技が出来るはずがないと、いつしか思うようになってたのをひっくり返された。


 今はまともな演技が出来る役者なんて珍しいと思ってた、今時は演技派なんてのは死語だとすら感じていたのだ。


 2人の才能の片鱗を見てOBTの会長の深谷と社長の和藤は満足気だ、目に狂いはなかったのだ。容姿だけでも凄いのに演技やダンスまで凄すぎる、これでドラマや番組起用に反対する奴は居なくなったと確信する。


「最近の役者なんて井の中の蛙だと思ってたけどよ…カエルは俺だったみてぇだな…」


「才能ってのを初めて見せられた気がしますよ、レベルが違うモノを持ってますね」


「ウチのプロダクションに来てくれたらなぁ…育てりゃ育てただけ成長するね、あの子達…」


 2人の演技を初めて見た灰川も声には出さないが驚いてる、あんなに圧倒的な演技が出来るなんて思ってなかった。


 演技とかは生で見ると凄いもので、テレビとかで見るのとは全く違った印象が出る。それを100倍に濃縮したような体験だった。


 しかしまだパフォーマンスの場は終わってない、既に結果は決まってて変わらないような物だが、それでも2人は次のパフォーマンスに移るために台本を選んでた。


 そんな中で2人は何やら話し合ってるが、他のスタッフなどは2人の話を聞かないよう心掛ける。会話を聞いてしまったらパフォーマンスへの先入観が生まれるからだ。


 灰川は富川と佳那美もアリエルも予想以上に凄かったとかの話をしており、2人の会話は小さな声だった事もあって何も聞いて無かった。 


「カナミ、この台本はボクたちくらいの子がやれそうなお話だよっ」


「ほんとだっ、じゃあ次はこのお芝居しよっかアーちゃん」


「うんっ、20ページ目の所が良さそうかなぁ、お芝居って楽しいね、くふふっ」


 会議室に居る者達は既に2人が局のドラマとか種々の番組に出る事は確定事項と確信しており、あとは消化試合みたいなものだと考えてる。


 たった1回のパフォーマンスで実力と才能の高さが分かった、後は少しテレビ出演向けの勉強をさせれば大丈夫だ。そうなれば国民の目は2人に向けられるだろう。


 国民的な人気子役が誕生する、その子達を一早く知れた事は大きな成果だ。ドラマに呼ぼう、教育番組に呼ぼう、ジュニアダンスの番組の企画があるから必ず声を掛けよう、そんな考えを皆が持つ。


 佳那美という子は元気で明るくて非常に可愛らしい笑顔、色んな人が考える可愛い女の子像に合致する子だ。


 アリエルという子は外国人だが日本語は問題ないレベル、ボーイッシュだけど女の子としての可愛さも凄い子だ。


 この子達の可愛さと演技やダンスに日本中が驚くはずだ、それ程に2人の表現力は高い。


 容姿も凄く良い、とにかく可愛いのだ。肌が輝くように綺麗で髪の毛もモデルみたいに綺麗、見てるだけでストレスが消えるような可愛さ、この子達は20年後には名を知らぬ者は居ない女優になってるかもしれない、しかも世界レベルでとすら思わせる。


 会議室に居る者達はこれから2人が次に見せてくれるパフォーマンスが楽しみだ。次も想像を超えて来るという確信を持ちながら、彼女たちにどんな活躍の場を用意するか考える。


「次は2人でお芝居しますっ、がんばろうねカナミっ」


「うんっ、アーちゃんよろしくねっ、えへへっ」


 2人は小さな文字で『作・サイーチ』と書かれてる台本を素早く読み、すぐに自分に落とし込んで準備を整えた。


 どうやら2回目のパフォーマンスは合同演技のようで、2人一緒に何かをするらしい。何をするのかはまだ誰も分からず、見る者達はワクワクしてる。


 もちろん台本の作者が誰なのかとか、作者の癖がどんな感じなのかとか、魔法を使える小さい女の子が好きな奴だとか、そんな前情報は一切ない。


 ついでに言うなら佳那美とアリエルも台本を読んで、何やらよく分からない言葉とかが出て来たのだが、それは持ち前の想像力で『可愛いとか、可愛い何か』っていう意味なんだと思ってしまってる状態である。


 台本の名前は『ロリロリマジカル・ツインリトル』であり、2人はロリという単語を可愛いとかキュートとか、そいうう癒し方面の言葉と理解していた。

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