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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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232話 恐怖症という厄介なもの

「灰川さんって、何か怖いって思ってる事ってありますか?」


「怖いって思ってる事? 恐怖症とかって意味?」


「そんな感じっす」


「恐怖症かぁ、まあ誰しも1つか2つくらいは何かしらあるって言うし、俺もあるな」


 世の中には様々な恐怖症が存在する、高所恐怖症や暗所恐怖症といった有名なものに代表されるだろう。


 それらに共通するものは過度に怖がるという事であり、少しの高さでパニックになったり、暗い所では金縛りのように動けなくなったりなどが症状として挙げられる。


 命の危険を伴う高さで安全が担保されてない状況を怖がったり、真っ暗な場所に閉じ込められて怖がるなどは普通の事であり、これらは恐怖症の症状とは呼ばない。


 これらの特定の恐怖症、○○恐怖症とは病名では限局性恐怖症と呼び、特定の物や事象に対する恐怖を強く感じるというのが症状である。


「俺はブラック企業恐怖症なんだろうな、劣悪社会環境恐怖症とかもあるかも、いま勝手に作った言葉だけどさ」


「ブラック企業っすか、あと社会環境ですか?」


「それが原因で前に渡辺社長と花田社長にキレ散らかした事があったしな、もちろん後から謝って今は普通に話したりしてるけど」 


「そんなことがあったんですかっ!?」


 社会環境とは『人間の社会生活のあり方を規定し方向づける条件となる環境』と書かれてあり、学校生活や労働の環境もそれに内包される事柄だ。


 会社や学校で皆が仲良くやれてるのが良い環境で、イジメや仲間外れが発生してる環境が悪い環境、主に人間が集まって出来る組織環境を指す意味で最近は使われがちだ。


「俺は前にブラック企業で酷い目に遭わされてさ、それが元でブラックには過剰なくらいの憎しみがあるんだよ。どうにか今はその精神と向き合うだけの落ち着きは得られたけどさ」


「そうだったんすね、そういう恐怖症もあるんすねぇ…」


 キレ散らかすというのは言い変えればパニック症状の一つであり、実は恐怖症の症状の一つだ。精神の均衡が崩れて収まりが付かなくなってしまう。


 ブラック企業恐怖症は最近でも普通にあり、過重労働からの辛い鬱病になった経験などで、就職に強い恐怖を覚えるとかの状態になる。劣悪な社会環境に置かれる事への恐怖と言い変えられるから、劣悪社会環境恐怖症と変わらないかも知れない。


 この症状になって無職のままで就職に動き出せない人も多いし、中には悲観的な未来を見る事しか出来なくなって鬱病が悪化という状況になる人も居る。そのくらいブラック企業という環境は辛いものであり、決して軽く見てはいけない。


 労働時間を見れば刑務所に入った方が余程マシみたいな環境の職場は現実にあるし、人間関係で言ったら部下を何人も鬱病にさせた奴とか、イジメが大好きな奴が居る職場とかもいっぱいある。


 労働者を使い潰してポイ捨てしたり、パワハラや過重労働で職員を追い込んで徹底的に選別するとか、そういった所に当たったら最悪以下の結果が待ってる。そういった所を本格的に規制する動きは今もない。


「思い出したらムカついてきたな…あのクソ倉庫とクソIT企業…」


「嫌なこと思い出させてすいません! そのくらいで良いっすから!聞かせてくれてありがとうございました!」


 恐怖症の話になると時によってシャレにならないトラウマを刺激する事があり、そこは気を使って話をするべきだろう。雑談程度だったらテキトーに流すのも話を振られた側の手腕でもある。


「ところでよ、なんでそんな話を聞いたんだ? 別に良いんだけどよ」


「あっ、そろそろ配信の準備がありますんでっ、行ってきます!」


「もうそんな時間か、配信頑張ってな、何かマシントラブルあったら言いに来てくれ」


 昼過ぎになり竜胆れもんの配信時間がやってくる。


 今日は新グッズの宣伝があるそうで、そのために欠かせない配信だったのだそうだ。本人がグッズの宣伝を欠かしたら売り上げに直に影響するし、今後のグッズ展開などに影が差す事もあり得る。


 何よりテレビ番組の放送を控えて、その他にも躍進を狙って行こうという時に、旗印の一人であるれもんが比較的小規模とはいえ大事な局面を欠かす事は出来ない。


 来苑は灰川と話し、灰川も怖いと思ってるものがあるんだと聞いて少し安心する。何より『変な匂いはしない』と答えてくれたので、そこから精神的な安心も得られて配信に臨む事が出来た。


 灰川と来苑は昼ご飯を摂ってない、来苑は配信前に食事すると眠くなるからという理由で食べなかった。灰川もそこまで空腹では無かったので食事はせず、そのまま仕事しながら竜胆れもんの配信を見ることにした。




   グレゴルスピリットやるっす! 

   大事なお知らせもあるよ!

         

 竜胆れもん 視聴者登録 302万人

       同時視聴者 20000人


『こんちわっす! 配信始めるよ~!』


コメント:平日だから視聴者ちょっと少ないな

コメント:待ってたぜ!

コメント:平日れもんは最高!

コメント:昼間から死にゲーかよwww


 今日は本来なら平日であり、来苑の学校は代休みたいな感じで休みだから昼間に配信をして、夜にはグッズ宣伝の切り抜きを投稿という感じだそうだ。


 配信でプレイするゲームは、何度も戦闘で負けてゲームオーバーをする事になる死にゲータイプのゲームで、ストレスも強いがボスに勝ったり難関を突破した時の爽快感が高いゲームだ。


『配信の最後にお知らせあるけど、まずはゲームっすね! 今日はドラゴンゾンビ・ゼノンを倒すっすよ!』


コメント:前の配信で負けまくってたなw

コメント:れもんで勝てるか?

コメント:装備を見直したら?

コメント:飛び道具を使おうや!

コメント:死んだら可愛い声出せ!


『てか1章で倒したドラゴン・ゼノンはそんなに強くなかったのに、ゾンビになって再登場して、超絶強くなってるって最悪なんだが! みんなもそう思うっしょ!?』


コメント:コイツはこのゲームの鬼門

コメント:プレイした人は大体は苦戦する

コメント:ゾンビゼノンで投げた人は多い

コメント:尻が弱点、れもんと同じだな


『ぱぱっと装備を整えて、これで良し! 行くぞぉ~!!』


 れもんは視聴者が退屈に思うであろう装備などを整える画面の滞在は最小限に抑えてボスに挑みに行く、こういう細かな部分から視聴者が離れてくのを知ってるのだ。


 見てる人を退屈させまいと、動きのない画面の表示は最小限にする。ゲームプレイではなく配信をしてるという心構えの表れだ、


 視聴者が見ていてストレスを感じないプレイを心掛け、止まる画面では面白いトークをして引き留める。それが彼女の基本である。


 たまにステータス画面で何分も『どうしようかな~』と迷ってる配信者も居るが、それでは視聴者が退屈してしまう。その間に1人、また1人と視聴者は抜け、その回数が多くなるにつれて求心力は下がる。


 趣味で視聴者数は度外視で配信をしてたり、ガチ勢配信で装備などもガチガチにするタイプの配信だったら構わないのだが、ライトな視聴者だと止まってる画面を何分も見てるのはキツイ。


 止まってる画面でどのように視聴者を楽しませるのかは課題だし、それがナチュラルに高いレベルで出来る人が視聴者を繋ぎ止められるのだろう。


 もちろん強烈なキャラクター性で勝負してる配信者やVtuberも居るから、これが全てなんて事は無い。視聴者も配信者も人それぞれという事であり、どうするかは配信者の自由だ。視聴者は退屈だと思ったら見なければ良いだけの話でしかない。


『うわぁっ!またこの攻撃! ヤバイって! どうにかなれぇ!』


コメント:やっぱキツイか

コメント:ドラゴンブレスが範囲広いんだよな

コメント:回避しても当たるなコレ

コメント:れもん!もっと叫べ!

コメント:お前がどうにかするんだよ!


『どうにかなんなかったぁ~! あんなのチートっすよぉ! 皆どうやってクリアしたんだよ~!』


コメント:かわいい

コメント:笑いながら泣くの可愛い

コメント:泣かないで、やっぱ泣け

コメント:れもんの泣き声は癒される!


『泣き声なんかで癒されんなー! 笑い声で癒されてよ~! もっかい戦うぞ~!』


 不思議なものだと灰川は思う、今そこで扉を隔てた部屋の向こうで来苑は竜胆れもんとして配信してるのだ。


 すぐそこに平日の昼間に2万人もの人をネットで集める子が、すぐそこで配信してる。さっきまで会話してた来見野 来苑がこんなにも人を集めてる。


 来苑は凄い子だ、こんなにも沢山の人を楽しませてる。それも高校2年生の16才という年齢でだ。

 

 そんな凄い来苑が、Vtuberで業界2位の子が隣の部屋で配信してる。自分が業界2位の子のマンションにお邪魔してる、その事がなんとも不思議な感覚だった。




 そんな事を思いつつ竜胆れもんの配信を見ながら、依頼の受け答えのメールをスマホで出したりしつつ、さっき来苑と話した恐怖症についての考え事が頭によぎる。


 恐怖症、それは非常に様々な形をとる精神的な恐怖の表面化だ。有名なものからマイナーなものまで、軽いものから重度の恐怖症まで、非常に様々な形をとる。


 来苑も少しばかり恐怖症を患ってるのだが、灰川はその事は知らない。いつも長袖を着てるのだって『そういう服装が好きなんだろう』くらいにしか思ってないし、それが普通だ。


(高所恐怖症とかもピンキリだよなぁ…1メートルくらいの高さでもパニックになる人も居るし)


 高所恐怖症の人はそこが安全な場所であったとしても強い恐怖を感じる症状があり、手すりなどがあっても動けなくなってしまったりするのが代表的な症状だ。


 暗所恐怖症なども暗い所に居ると酷い恐怖を感じて動悸や息切れが激しくなったり、注射恐怖症の人は注射器を見ただけで神経がパニックを起こして心臓の動きが一時的に弱くなり失神する人なども居る。


 恐怖症は数え上げればキリがない、対人恐怖症や異性恐怖症、先端恐怖症、動物恐怖症、雷恐怖症、こういった恐怖症を患ってる人は多いのだ。


 マイナーな恐怖症もいっぱいあり、珍しいもので確認されてる恐怖症としては、惑星の大きさ比較図を見ると恐怖を覚える天体恐怖症、ビルを見ると圧迫感から恐怖を感じる低所恐怖症、両親が不仲だった人に稀に起こり得るという結婚恐怖症など、本当に様々である。


 治療が必要なケースもあるが、そうでないケースも多々あり、人によって程度の差があるのが普通だ。そして世界に一人しか確認されてない恐怖症だってあり、そういった場合はカウンセリングも難航する事があるそうだ。


 これらを踏まえれば、例えどんな恐怖症の人が居たっておかしくない。テーブル恐怖症とかティッシュ恐怖症、雑誌恐怖症、散歩恐怖症、ボールペンのキャップ恐怖症、そんな普通では考えられない恐怖症の人だって存在する可能性はゼロではない。


(そういえば前に珍しい恐怖症の人の怪談話を聞いたっけな)


 灰川が恐怖症と聞いて思い出した怖い話があった。




  隙間恐怖症


 以前に隙間女・隙間男という都市伝説が流行った事がある、壁と棚などの数cmくらいの隙間に男や女が居るという怪談で、なんとも不気味な話である。


 この都市伝説に関するホラー作品は複数が作られ、当時に見た子供たちには大きな怖さがあったのだ。そういった作品に出演する役者の演技力などは総じて低めな事が多いが、逆にそういった発展途上の演技が怖さを演出する事もあり油断できない。


 隙間女のホラードラマがテレビでやってたのを小さい頃に見たAさんは怖くてショックを受け、その後は軽いながらも隙間恐怖症になってしまった。


 症状は隙間があっても不気味で覗けないという程度であり、日常生活に支障をきたすよなレベルでは無かった。


 Aさん(女性)は大学生になり一人暮らしを始め、アパートに住んで学生生活を謳歌した。もちろん部屋には棚やベッドに隙間が出来ないように家具を注意を払って設置したそうだ。


 友達と夜通し遊んだり酒を飲んだり、バイトしたり旅行に行ったりと楽しい生活だ。楽しい日々で隙間が怖いなんて意識も無くなっており、楽しい大学生活を過ごしていく。


 しかしある日を境に部屋の中で不気味な雰囲気を感じるようになったらしい。誰かに見られてるような、部屋の何処かに誰かが居るような気がする。 


 その感覚は小さい頃にテレビで見た隙間女の話を思い出させる。しかし恐怖症の自覚もあるから隙間が出来ないように気を付けており、部屋には隙間なんて無い。


「あ…もしかして…」


 どんなに気を付けていようが隙間なんて何処かには出来てしまう、Aさんは自分の部屋にある隙間を見つけてしまった。


 今までは恐怖心から隙間というものを無意識的に見ないようにしてただけだった、気を付けてるのだから部屋に隙間なんて無いと思い込んでたのである。


 見つけた隙間は机の引き出しだ。平たい引き出し部分で、もちろんその中に人が入るスペースなどありはしない。しかしAさんは『何か居る…』という強い不安があった、何故そう思ったのかは分からない。


 ホラードラマの主人公が棚と壁の間から気配を感じて隙間を覗くシーンが脳裏によぎる、そんなのフィクションだ、作り話だ。本当に居る訳がない、それなのに……不安でたまらない。


 意を決してAさんは引き出しの隙間を覗く事にする、隙間に人が居るなんて事はないと、実際に見て確かめて恐怖症を克服しようと思ったのだ。


 引き出しに顔を近づける、あと少しで目線が隙間に合う……その時になって。


「や、やっぱ止めた! 無理に見る必要ないじゃん!」


 引き出しから顔を背け、大きく息をついて無理に明るく取り繕う。一人しかいない部屋だが、そうする事で少しでも部屋の雰囲気を変えようと思ったのだ。しかし引き出しに背を向けた瞬間。



「見なくて良かったねぇぇ~~~ぁぁ~~ぁ゛ぁ゛ぁ゛~~~!」



 壊れたスピーカーから流れるような音とも声とも付かない何かが部屋に鳴り響き、Aさんは気絶した。


 隙間女を恐れる心がナニカを呼び寄せてしまったのか、引っ越しの時点で呼ばれてたのか、部屋に元から居た物件をたまたま選んだのかは分からないが、Aさんはすぐに引っ越した。


 ある日を境に不気味な気配を感じるようになったとAさんは言ったが、それは隣の人が引っ越した後からだったそうだ。もしかしたら隣には本当に隙間女が居て、隣人はソレを見てしまったから急いで引っ越したのだろうか。


 その怪現象がAさんの部屋に移って来てしまったのなら不運としか言いようがない。




 恐怖症は時に不運や怖い出来事を呼び寄せる事がある、それはオカルトという意味ではなく、日常的に恐怖の対象である何かに出会ってしまう確率が人より高まってしまう事から発生する現象だ。

 

 高所恐怖症の人は高い所に行ってしまえば怖い目に遭うし、暗所恐怖症の人は暗い時間になったら人より緊張感が上がるだろう。


 それらは行動の制限や精神的ストレスを感じる機会が増えるという事であり、場合によってはシャレにならない制限が付きまとう場合がある。


「まあ、来苑なら大丈夫だろ。なんであんな話したんだろ?」


 灰川は竜胆れもんの配信を見ながら考えるが、来苑が何かの恐怖症を患ってるようには見えなかった。もしあったとしても軽いものか、日常生活には問題ない類の症状だろうと考えられた。


 竜胆れもんの配信はゲームパートが終わり、お知らせパートに入ってる。いつの間にか3時間以上も経過しており、その間に2社への案件紹介やハッピーリレーへの所属者要望の伝達などは完了できた。


『今度に竜胆れもんのアクリルスタンドが発売されるっす! 結構デカイんで置き場所に困っちゃいそうっすね! あははっ』


コメント:俺は買うぞ

コメント:1万円くらいするけど買う

コメント:額縁でも飾れるタイプなのか

コメント:背景も付くの良いな

コメント:俺は2個買う

 

 お知らせというのはグッズが発売されるという情報で、どうやらアクリルスタンドらしい。


 しかも手の込んだ品らしく、背景スタンドが付いたり立体視覚処理などもされて値段も高い。オリジナル額縁なども付くようで、アクリルスタンドの薄さを活かして絵のように飾る事も出来るという感じだ。


 こういうグッズは企業の財力やセンス、本人の人気が直に反映されそうだ。1万円を超えるようなグッズは熱心なファンしか買わないし、こういうグッズを買ってもらう事でファンの心を繋ぎ止める効果だってある。


『皆さん良かったら買ってやってくださいっす! かなり手が込んでるんで、あと新技術が使われてるみたいっす!』 


コメント:絶対買う

コメント:普通に可愛いよなこれのイラスト

コメント:額縁に入れた方が良く見えそう

コメント:立体視覚処理っての凄いな


 グッズの宣伝もしつつれもんは雑談を交えてトークを展開する、宣伝だけで終了したら味気ないし、それだけだと本質的な宣伝とはならない。


 宣伝とは『買いたいと思わせること』が目的であり、ただ『売ってますよ』と言うだけでは意味が無いのだ。


 買いたいと思ってもらうには自分のキャラクター性やVtuberデザインの良さをアピールし、この人のグッズが欲しい、この人を応援したいと思ってもらわなければならない。


 その辺のアピールをしっかり出来なければグッズは買ってもらえないし、それらをナチュラルに配信を楽しみながらやれる竜胆れもんは強い。自分やその他の宣伝という行為に向いてるのだ。


 配信で稼がなければならない身の者にとっては、配信とは丸ごと自身の宣伝の場でもある。その宣伝を自然体で楽しみながらやれて、多くの視聴者の心を掴むのは大きな才能だと灰川は感じる。




「配信終わったっす! 着いててくれてありがとうございました!」


「お疲れ様、配信見てたけど凄いな。やっぱプロなんだな」


「プロって言われることありますけど、あんまり自覚はないっすね。楽しみながらやってるだけっすから」


 そうは言うが竜胆れもんこと来苑はVtuberとしてしっかり成長してここまで上り詰めたのだ。


 時には嫌な事もあったし、緊張する瞬間や炎上後の配信は怖いと感じもしただろう。それでもその恐怖を乗り越えてここまで駆け抜けて来た。


 それは立派な成長であり、精神的な成長だったり配信技術やオリジナル性の成長など様々な伸びをして来たという事だ。その才覚や努力を楽しめる性質は、年齢とか関係なく尊敬に値すると灰川は感じる。


 自分が生み出す成果を、自分の努力や才覚だけで成し得てる事ではなく、スタッフや会社の支えの環境があって成し得てる事だと思う謙虚さもある。高校2年生としては破格の精神性だ。


「来苑みたくグングン成長出来る奴って凄いと思うぞ、傍から見ても成長してきた奴なんだって分かるレベルだし、嫌味とかも全く無いしな」 


「えっ、そ、そうっすかね…っ、灰川さんに言われると……なんか照れますって…」


「本当にそう思ってるぞ、怖いものとかも乗り越えて来たんだって分かるしな、苦手な先輩とかよ」


「あ、あははっ、そうかもっすね!」


 灰川が思うに来苑に説教した先輩やキツく当たった先輩は、後輩に追い抜かれるという危機感が強かったのかも知れない。それが元で精神が一時的にバランスを崩してしまったのかと考える。


 メキメキと成長して視聴者も配信技量も伸びていく後輩を見て、妬みとか焦りとかを心の何処かで抱えていたのかも知れない。それは『追い越され恐怖症』と言えるものかもしれない。


 自分は成長してると思ってたが、実はそれほど成長して無かった。よくある話だし、珍しい話でもなく、そういう事を象徴する言葉がある。


 日本には『つもり違い10か条』という作者が定かではない言葉がある。作者は福沢諭吉だとか古い寺の住職だとか、様々な説がある言葉だ。



高いつもりで 低いのが 教養

低いつもりで 高いのが 気位


深いつもりで 浅いのが 知識

浅いつもりで 深いのが 欲望


厚いつもりで 薄いのが 人情

薄いつもりで 厚いのが 面皮


強いつもりで 弱いのが 根性

弱いつもりで 強いのが 自我


多いつもりで 少いのが 分別

少いつもりで 多いのが 無駄


 

 という言葉であり、ここに『長いようで短いのが人生、短いようで長いのも人生』と続く場合もあるようだ。


 自分では成長したと思ってるけど、実は成長したつもりなだけだったなんて事は普通にあるのだ。気を付けてなければ誰だって『勘違い野郎』になってしまう。


 恐怖を克服するには己を知ることも大事なのかもしれない、灰川自身もブラック企業恐怖症であり、それの克服のためにはこういった精神性が大事になって来る時もあるのだろうか。


「あっ…! ちょ…すいません! 灰川さんっ、変な匂いとかしてないっすか…っ?」


「え? さっきも言ってたよな、ガスでも漏れてる匂いがするとか…?」


「い、いえっ、その…違うっすけど…、ぅぅ……」


 何だか腑に落ちない言い方だ、変な匂いなんてしてないのだ。ガス漏れとかだったら大変だが、ガス警報器は鳴ってないし匂いもしない。


 来苑が何を気にしてるのか全く分からない、そんな事を思ってると来苑の部屋のインターホンが鳴る。マンションの入り口でカメラに映った人を住人が許可して開けるタイプのやつだ。


 突然の音にビックリして来苑が急いで応対すると、カメラに映ってたのは同じくシャイニングゲート所属の澄風 空羽だった。


『こんにちは、約束の時間にはちょっと早いけど配信終わってるから良いかな?』


「空羽先輩っ、もちろん良いっすよ! 今開けるんでっ、灰川さんも来てるっす!」


『えっ? 灰川さんも来てるの? パソコンが壊れたんだ、大変だったんだね』


 どうやら学校終りの空羽が来る予定があったらしく、灰川が居る事も伝えてからマンション玄関のセキュリティを解除した。


 来苑は何かを気にしてるようだが、大体の恐怖症には共通する部分がある。それは過剰不安、いわゆる『気にしすぎ』という部分だ。

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ワイは、高所恐怖症と集合体恐怖症のケがあるかな?
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