231話 来苑の部屋に入る
「よーし、設置終わったぞ」
「ありがとうございます灰川さん! めちゃ助かったっす!」
来苑のマンションの部屋の配信ルームにパソコンを取り付け、配信は出来るようにセッティングした。
「それにしても良い部屋だな、学校とか近いの?」
「学校まで30分ないくらいっすね、渋谷はもう少し早く行けるっす」
来苑のマンションは駅から近い2DKの物件で、ダイニングキッチンと洋室2つの造りだ。
洋室は一つは完全防音の配信室として使っており、もう一つは寝室として使ってる。25階建ての17階で、日当たりも良くバルコニーもある良い部屋だ。
女子高生の一人暮らしとしては豪華な部屋だが、人気Vtuberとして稼いでる竜胆れもんの部屋なのだから普通なのだろう。むしろ防音設備がしっかりしてなければ、ちゃんとした配信活動なんて出来るはずが無い。
「ちょっとパソコンが動くか確認するか、使い方の説明とかもしなきゃだしな」
「お願いします、自分パソコンにあんま詳しくないんで」
「Vtuberなのに詳しくないの? そりゃハッカー並みにとは行かないだろうけどさ」
「動画編集とかは会社に全部依頼してるっす、お金は掛かるけど自分じゃ出来ないっすから」
来苑はVtuber配信やSNS活動などは出来るのだが、本格的な動画編集などは出来ず、パソコンに関してもあまり詳しくない。
配信なんてソフトを立ち上げてカメラを起動してといったルーチンで出来るし、SNSの投稿なども難しい事は何もない。インターネットでの行動は手軽に出来るが、パソコンに関する知識は薄い。
灰川もそんなに詳しい訳ではないが、来苑よりは詳しい感じがして来る。今は配信などは素人でも簡単に出来るから複雑な知識などは必要ないのだ。
「そういや何でパソコンが壊れたの? SSDかマザーボード逝った? BIOS弄った? グラボが壊れたとか?」
「そういうの全然分かんないっす! バイオってバイオ・ザ・ハードですか? グラボはグラフィックボードっていうのは分かるんすけど、ソレが何してるかとか分かんないっす!」
「バイオ・ザ・ハードはゾンビゲーだろが! グラボはグラフィック表示をサポートする~~……」
来苑は名が売れた後にパソコンを買い換えたそうだが、知識が全く無かったのでPCショップの家電ソムリエに相談して購入したらしい。お値段は総合で70万円だったそうだ。
「ひえ~、高いな、Vtuberって始めようと思ったら大変な金が掛かるんだな」
「ピンキリっすよ! 自分は前は20万円くらいのパソコン使ってたっすから」
「金銭感覚おかしくなってくるけどよ、20万だって結構な額だからな」
竜胆れもんは1流Vtuberと言って良いレベルであり、その位置にいる者が活動をするならば70万くらいのパソコンが必要になるのだろう。ナツハなんて100万越えって聞いた事がある。
ちなみに来苑のパソコンが壊れた理由は分からないそうだ、なんだか起動画面から動かなくなってどうしようも無くなったらしい。
「じゃあ使い方だけどよ、ここを押したら起動するからな。そんでこのソフトを起動すればVtuberモデルが~~……」
「えっ!? 1秒もしないで起動したっすよ!? それになんかVモデルがいつもと違う感じで動くっす!」
「普段と同じ設定にするか。よし、これで普段の配信と同じ設定になったぞ」
「コレってあの時のパソコンっすよね…使っちゃって良いんですか?」
「まあ大丈夫だろ、電気代とか結構かかるけどな」
このパソコンのV配信ソフトは普段の配信に合わせる事も出来るので、違和感なく設定してセットアップは終了した。
来苑はパソコンが壊れて焦ってたし、このパソコンの性能は今はあまり見せなかったから凄いパソコンだ!みたいな騒ぎには今はならなかった。
灰川は来苑とはこのパソコンを初めて使った時に会ったんだよなとか思い出すが、来苑はあまりパソコンに詳しくないから強くは覚えて無かったらしい。
「そういやさ、来苑と仲が良くない人が居るって聞いたんだけど、良かったら教えてくれないか? もし灰川事務所から仕事を依頼する時に間違って選出したりしたくないからさ」
「あ~、そうっすよね……仕事で被ったりしたら灰川さんやスタッフさん達にも迷惑かけちゃいますもんね…」
灰川は時には四楓院関係からの仕事をシャイニングゲートに流したりするのだが、その際に仲が良くない人とかと仕事を依頼通りに流す可能性だってある。
そういった場合は灰川の所で『○○さんと○○さんは予定が~~』みたいな感じで、事前にストップを掛けれるようにしたいと言うのが灰川の本音だ。
四楓院系列の仕事は大きいヤマな事があったり、割と名の売れた人からの依頼だったりするので、忙しい先方に早めにストップを掛けたいのだ。
シャイニングゲートのスタッフとしては、内部の人間関係などは外部の灰川にあまり言いたくないだろうが、それをされてしまうと灰川の外へのイメージが『コイツ何も知らねぇな』になってしまうかもしれない。
「自分は花吹雪 ミリシャ先輩とメリオル・レプラ先輩とあんまり~……」
「え? マジ? 2人とも配信だと凄い笑顔で優しい感じするけど」
この2人は竜胆れもんより先輩で、中の人の年齢は灰川より上である。視聴者登録はどちらも150万人くらいで、Vtuber全体を見渡せば完全に上澄みだ。実際にシャイゲ正規Vtuber100人中でどちらも上位30に入ってる。
「何があったとかは聞かないけどさ、今度からブッキングしないように気を付けとく。テレビ番組にも呼ばない方が良さそうだな、あとCM案件なんかも竜胆れもんが絡むのは除外か」
「い、いえ! そんなに徹底しなくて良いっす! テレビも自分が出ない時は出てもらって大丈夫ですし、案件とかはクライアントさんの都合とかもあるっすから!」
「そうか、分かった。てかそう言ってもらえると助かる、あんまブッキング要望が多いと大変だしよ」
正直に言うなら竜胆れもんは多少のワガママは通る立場であり、苦手な人物と仕事したくないという要望は普通に通る。
私が関わる仕事から○○を除外してとか、○○を使うなら私は今後はその仕事に関わらない、私が関わらないという事は私が仲の良い所属者達も関わらない、といった脅しが出来る立場だ。
そのくらい竜胆れもんはシャイニングゲートで名が売れてるし、彼女の売り上げは自由鷹ナツハに次ぐ大きさがある。
しかし来苑はそんな事はしない、それをやってどんな事を裏で言われるかとか、後からしっぺ返しが来るとか思ったりもする。来苑だって女子であり、女の恨みはどす黒い事を知ってるし、そういう事が出来るタイプの性格ではないのだ。
「それに2人とも悪い人じゃないんすよ…私メインのイベントの時にフラワーアレンジメントを送ってくれたりしたし…」
「そうなのか、じゃあ仲が良くなるキッカケもその内に出て来るだろうさ」
「ただ私が登録者が20万人だった時にコラボしてもらって、その時のミスの注意がちょっと過剰だったんじゃないかなぁ、というか…」
来苑はVtuberを初めて少し経った頃に花吹雪ミリシャとコラボ配信して、その配信の中で配信イメージ台本から少しズレた発言をしたそうだ。
台本では『れもんは敬語でミリシャと話し、ミリシャは先輩風を吹かせつつ笑いを取る』みたいな感じだったらしい。
その中で『先輩!~~っすよ~!』と何かの拍子で1回だけ喋ったらしく、配信終了後に『さっきの言葉遣いは何? アンタ舐めてんの?』みたいな事を3時間にわたって説教されたそうだ。
しかも言い方が『アンタは親と学校で敬語はこうですって習ったの?』『さっきの敬語だと思ってんの?』『私が視聴者に後輩から舐められてるって思われたら責任取れんの?』というようなネチネチとした説教が続いたとのこと。
メリオル・レプラという先輩は会社ですれ違った際に来苑が挨拶をしたら、『先輩にはもっときちんと挨拶しろ』と言われ、影に連れて行かれて説教が始まったらしい。
「それ凄い嫌な人じゃん…」
「自分もそう思ったんすけど、でも手の込んだフラワーとか送ってくれたし…」
花を送ったのは来苑が人気があるからとか、ファンから仲が悪いと思われないようにとか、そういう邪推は出来る。
しかし辛く当たったのは配信で嫌な事があっても心が折れないよう鍛えたとか、多少の炎上とかくらいで精神が沈まないよう鍛えたと取る事も出来る。
どちらにせよ来苑の言い分だけで判断は出来ないし、悪い人達ではない可能性もある。しかし3時間も説教なんて、どんな理由があるにせよやり過ぎだ。
「でもまぁ、たぶんウマは合わないんだろうな。ウマとかソリが合わない人は誰だって居るから仕方ないって」
「そ、そうっすよね…、誰だってそういう人って居るっすよね…」
どんなに性格が良い人でもウマが合わない人は居るし、逆にどんなに性格が悪い人だってウマが合う人は存在する。世の中なんてそんなもんだ。
性格が悪いけどお中元とかは欠かさずどんな知り合いにも送る人も居るし、性格が良いけど遊びの誘いとかは絶対に乗らない人とかも居たりする。
所属者が100人も居れば色んな人が居て当然だ、中には性格が合わない人だって居るに決まってる。それらを一々排除してたら内部はガタガタになるだろう。
来苑はそれでも苦手意識を持ってしまう自分を自己嫌悪してしまう、そういった事を割り切るのには高校2年生では若すぎる。
「自分の性格が悪いとか自己嫌悪したりするなよな、性格の合う合わないはあるんだし、来苑は性格良いしな」
「あ、あはは…性格が良いって言ってもらえて嬉しいっす」
所属者の仲が良いとか悪いとかはファンには絶対に話せない部分だ、人気商売で株式上場してるシャイニングゲートにとっては所属者の関係性だって商品なのだ。
特に人気2位の竜胆れもんが仲が悪い所属者が居るとなったら株価に影響が出かねないし、双方のファンがアンチ化して厄介な争いの火種にだってなりかねない。
「じゃあ俺は帰るから、パソコンは今度に返してくれよな」
「えっ? そんなの困るっす! 機械オンチなんで初めて使うパソコンで配信とか不安しかないですよ! 灰川さん居て下さいっす!」
「いや、でも配信があるんだし、俺が居るのは問題あるだろって」
「大丈夫っすよ! リビングで待機しててもらえれば良いっすから、それに配信の時にスタッフさんが着いててくれるのも自分はたまにあるっすから」
来苑は新モデルのお披露目を自宅でやる時はスタッフに待機しててもらう事があるらしい、しかしそういう場合は女性スタッフが要員になるそうだ。
「おいおい、そりゃマズイって! シャイゲはアイドルっぽい側面もあるんだからよ!」
「でもトラブルあった時に自分じゃどうしようも無いっすよ~! お願いだから付いてて下さい~!」
来苑は本気でパソコンに自信が無いらしく、このパソコンに自分よりは詳しいであろう灰川に着いてて欲しいと頼み込む。
仕方なしに灰川は渡辺社長に連絡を取ると、『視聴者に男性が一緒に居ると感づかれないよう細心の注意を払ってくれたら、何したって構わない』と返って来た。会社は所属者の人間関係に口出しできる立場ではないようだ。
しかし視聴者にバレたらマズイから、そこは注意するよう言い含められた。
このパソコンは実はトラブルが起こる確率が非常に低いマシンである、プログラムやアプリのトラブルは自動修復機能が完全に働いて問題なく作動するし、物理的なトラブルもマグナム弾1発くらいなら防げてしまう程の強度だ。ニードルガンは無理らしい。
しかし来苑の不安を拭うためにも居なければならない、精神的に不安があったりすると来苑は配信でどこかしらに出てしまうタイプなのだ。
「じゃあリビングで仕事のまとめしてるから、何かあったらマイクを切って呼んでくれよな。マイク切るのはWI-FIコードを直接抜いた方が良いかもな」
「配信まで時間少しあるっすから、自分もリビングで配信タイムスケジュール確認しときます」
結局は灰川も来苑の配信が終わるまで着いてる事になり、そのままリビングに行ってシャイニングゲートとハッピーリレーとやり取りしつつ、済ませられる事を済ませていく。
ちゃんと片付けられてるリビングの椅子に座り、メモを取りながら灰川は仕事の電話をする。来苑は配信のタイムスケジュール、どの時間に何を話すかなどの大まかな計画を確認して手直ししてる。
「はい、シャイニングゲートさんの業務簡略化と迅速化についてですが、S案件についてはなるべく受けてもらえると、これからにも良い条件の仕事が回ってくる可能性が~…」
S案件とは四楓院案件の隠語であり、シャイニングゲートではオイシイ仕事みたいな意味合いで使われてる用語だ。依頼料だけでなく自社の広告としても効果が見込める案件が多く、この言葉はハッピーリレーでも使われてる。
「自社コンテンツ強化の話ですが、ゲーム開発と音楽コンテンツ強化、自社レーベルの発足などは専門の知識やコネがある人が必要になると思います。私のコネですか? 少し調べないと分からないですね」
灰川はシャイニングゲートの幹部スタッフと通話しており、アレコレと今後の話をしていく。自社ゲーム開発とか自社レーベルの話はまだ出たばかりの話ではあるが、シャイニングゲートは真面目に考え始めてるらしい。
ゲームはソシャゲなのか据え置きや買い切りゲーなのかも決まっておらず、ガチャ課金なのかDLC商法タイプだとかすら決まってない。その程度のぽっと出の話だが、真面目に考えた場合は制作費などの試算なども必要になって来る。
「株価は高い位置で安定してますよね、株式を新規発行して増資するって事はありますか? 第3者割当増資だとしたらOBTテレビとジャパンドリンクにホワイト・ナイト購入を持ち掛けれますよ。一時的に株価は下がるでしょうけど、裏持ちが居るってアピールにもなりますから~…」
株式関連の増資の話も少しだが話が出る、事業は何をやるにしても金が掛かるのだ。そこには視聴者には決して見せられない努力や決断がある。
新株発行においては株式の市場流入増加での株価下落は絶対に有るから、売り注文する投資家も居るだろう。それらによる株価下落は仕方ない。
株主説明会でも反発は出るだろうが、大口投資家からは『会社の信用の裏持ちがされてるし、リスク管理も筋が通ってるから進むべき』という、ゴーサインを出すという算段が付けられてる。裏持ちというのは口には出さないが四楓院資本である。
会社は今以上に儲けたい、投資家はこれ以上は簡単には上がらないであろう株価や株式配当金を上げる算段を会社に付けて欲しい、その思惑は一致する。
株には配当金というシステムがあり、株式売買以外にも株主が利益が得られるという構造がある。会社が得た利益の一部を株主に還元するというシステムだ。
この配当金を上げるには会社が利益を拡大しなければならず、そのためには事業拡大が必須だ。だから株主は持ち株会社の躍進を願うのだが、躍進には金が掛かるのである。
しばらく電話をしてから通話を終え、灰川が口添えできそうな場所や引っ張れそうな資本を予測して書き出す。もちろん確定事項ではなく、単なる予測での書き出しだ。本当に資本を引っ張る事になる可能性は今は薄い。
「灰川さん、なんか難しい話してたっすね、ホワイト・ナイトって何ですか?」
「新規発行した株式を仲の良い会社とかに買ってもらって、敵対的買収を防ぐってやり方だな。つまり仲の良い所に投資してもらうって事だ」
「へ~、そういうのあるんすね! 勉強になったっす」
「所属者の人達は凄い頑張って活動してくれてるけど、スタッフとか経営陣も色々と考えて頑張ってるらしいよ」
さっき話した事は別に秘密の話ではない、口止めもされなかったし事前に近くに来苑が居る事も幹部に話した上でのやり取りだ。所詮は方針すら決まってない事である。
「ゲーム開発とか自社レーベルとか前に聞いた事ありましたけど、音楽とか自社でレーベル持てたら色々と出来そうっすもんねっ」
「そうなのか? 俺はその辺がよく分かんねぇからな、今度に誰かに教えてもらうかな」
灰川は敏腕ビジネスマンでもなければ本格のコンサルタントでもないので、あまり多方面の事に詳しくない。
しかし株式の事などは大学である程度は勉強したし、渡辺社長や四楓院から送られて来た2社の企業判断所見の書類を見て学んだ。
「自分は経営の事とか分かんないっすけど、スタッフさんとか会社に感謝っすね。会社が色々やってくれないと、イベントとかも簡単には開けないっすから」
「そういうの分かってくれてスタッフさん達は凄く嬉しいと思うぞ、その辺が分からなくてスタッフに強く当たる人も実際に居るからな」
支えてくれる人や、自分に変わって頭を下げてくれる人が居るのは凄くありがたい事だ。その辺を実感してくれる人が居るのは支える側としてはとても嬉しい事である。
来苑は灰川の新たな一面を見た気持ちになった、普段はオカルトがどうとか、冴えない感じの言動が多いが、実際には様々な部分で皆を支えてる。その事は知ってたし、色々あって彼を好きになった。
小学6年生の時に陸上を断念してネットで配信者に励まされ、その配信者が灰川だった。
ご先祖が怪現象に負けて取り込まれ、それを自分の家の今は失われた霊術で祓って開放してくれた。
立ち直れないくらい落ち込んだ時に灰川こと、ギガンティック・ハイが掛けてくれた言葉に救われたし、文字通りに怪異から命も救われた感謝の念もある。
そんな不思議な縁が2人にはあり、来苑は色々と助けてくれた灰川が今は男性として好きになってる。
「えっと…灰川さんって……、そのっ…」
「ん? 株式公開買い付けって何ってこと?」
「いえ、そうじゃなくてっすね…! っていうか何ですかソレ?」
来苑は正直に言うと自分の女性としての魅力に自信が無い、ボーイッシュな感じが昔からあるし、オシャレなども同級生とかと比べると興味が低い方だ。
同級生の可愛い子とか見たり、シャイニングゲートの空羽や桜を見ると、自分の女の子としての可愛さにまるで自信が無くなるのだ。
口調も以前に先輩に注意されたように『~~っす』とか、なんか同年代の子と比べて敬語も少し変で男子っぽいし、女の子っぽさが足りないと自分では思ってる。
陸上が好きだけど断念せざるを得ず中途半端で終わった事へのコンプレックスもあり、Vtuber活動も完全に自分で決めた事ではなくギガンティック・ハイの影響が大きい。
これらの事から分かるように来苑は割と小心者であり、その事は自覚もしてる。先輩に説教された時も言い返す事無く耐えたのも、そういう小心な部分があったからこそだ。
実際には来苑は凄く可愛い容姿だし、胸は平均程度だが充分に魅力的な女の子だ。しかし自分ではそう思えないというのが問題であり、その精神的な部分はどうしても拭えない。
しかも実は来苑は自分の体で過剰に気にしてしまってる部分があり、それが服装にも表れてる。その気にしてる部分が最も強いコンプレックスになってる。
今の服装は上着は袖の長い厚めのパーカーを着て中には厚手のシャツを着てる、下はイージーカットフレアパンツで動きやすい服装で、人前に出ても恥ずかしくはない服装だ。
しかし今日の気温では上着は少し熱い服装なのだ、エアコンも少し強めにしてる状態である。
そもそも来苑は以前に灰川と市乃と一緒にデパートに行った際も、上着は季節に似合わない長袖だった。これには理由がある。
「そ、そのっ、変なニオイとか…しないっすか…? ぅぅ…」
「変な匂い? え、俺って匂ってるか? パソコン運んでちょっと汗かいたしなぁ、悪い」
「あっ、違うっす! 何もなかったら良いっすから!」
来苑は灰川がパソコンを運んできてくれる事になって、実はしっかりとシャワーを浴びていたのだ。
以前にデパートに3人で出掛けた際にも3回ほどトイレに行ってる、それも理由があった。
(自分のワキ……匂ってないっすよね…?)
来苑は小学校の頃、陸上トレーニング後に男子生徒から『来見野、汗くせー』と言われた経験があり、それ以来に過剰に自分の匂いを気にする気質になってしまった。
男子生徒にとっては何気ない言葉だったのかも知れないが、凄いトラウマになってしまったのだ。それ以来は男子というものにも苦手意識が少しある。
以前に灰川に7人ミサキから助けられた時、汗をかいた状態で助けられてしまい、その時は危機から脱した安心感で気にならなかったが、後から凄く気になった。あの時に自分は匂ってなかったか?という不安感だ。
来苑は特に自分のワキが匂ってるという感覚があり、汗パッドを着けたり制汗スプレーを使ったり、学校の休み時間にウェットティッシュで拭いたりしてる。
年頃の女の子はこういった事を気にする傾向にあるが、灰川に対しては来苑はことさらに気にする。理由はいわずもがなだ。
思春期妄想症にありがちな自己臭恐怖症、とまでは言わないが、来苑はそれに少し足を突っ込んでる状態である。
しかも実際に美容クリニックに行った事すらあり、そこで治療の必要はないと言われた。それでも気になってるという現状があるのだ。
しかしいつまでもコンプレックスを持ってる訳にも行かないのも理解してる。




