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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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23話 生意気中学生 3

 怨霊、強い恨みを持ち人間に害をなす霊のこと、現在では無差別に害をなす強い霊のことを指す場合も多い。


 そんな存在が破幡木(はばたき)ツバサに迫ってる、何故そんな者が来るのかは分からないが、恐らくは無差別に人を襲うような霊がハッピーリレーの社屋に居着いてしまったのだろう。


 この状況を見て灰川は以前に聞いた怪談を思い出した、その内容は。



 

  (いわ)くの無いビル


 藤田さんという男性が警備員として働いていた時、とあるビルに赴任した。そこのビルは過去に誰かが亡くなったとか、昔は墓場だったとかの曰くは一切ない土地だったそうだ。


 それなのに幽霊の噂がある、設備倉庫に知らない男が居て、気付いたら消えてるという噂を藤田さんは聞かされた。


 夜間の警備ではその設備倉庫には人が居ないか絶対に見てほしいと言われ、それを了承して警備に当たる。藤田さんは幽霊などは一切信じてなかった。


 実際何日か警備して設備倉庫に行ったが、夜勤の日も日勤の時も何も見なかったし、何も感じなかった。やはり幽霊なんて居ない、見たと言う奴は全員勘違いが嘘つきだと改めて思ったらしい。 



 ある日の夜勤で設備倉庫に行った、いつものように見回ろうと思ったのだが……その日は何故か倉庫に入る前から鳥肌が止まらない、嫌な予感がする状態だった。


 入りたくない、怖い、何故か知らないが体が震える。それでも仕事だから入らない訳にはいかない。意を決して藤田さんは設備倉庫に入った。


 倉庫の中を見回る、1列目の棚、2列目の棚の間、そして一番奥の棚と壁の間の通路を見た時に……通路の奥に男の子が背を向けて立ってる、というイメージが脳の中に湧き上がった。


 とてもリアルなイメージだ、何故こんなイメージが湧いたのか分からない。実際には目には通路の奥の壁しか映ってない、それなのにイメージの中では確かに男の子がいる。


 藤田さんは逃げ出した、こんな夜中に倉庫に子供が居る訳ない、実際居なかった。でも居た。矛盾する状況だが、そう感じたのだから仕方ない。


 その後は結局、ビルはお祓いをする事になり神社の神主を呼んだのだが、その神主が言うには「この場所に近くで死んだ人の霊が集まってくる、お祓いをしてもまた同じ状況になる」との事だった。


 藤田さんは今でもそのビルを警備してるそうだ、怖いけど見た訳じゃないから我慢すると言ってたらしい。


 しかし……この話を聞いた人によると、藤田さんはゲッソリ痩せてしまってたとのこと、得体の知れない物からは逃げるのが一番だと感じたそうだ。





 こんな話を思い出した、土地や建物には悪いモノや霊を引き寄せる場所があったりする、逆パワースポットみたいな物だ。


 ハッピーリレーのビルは配信企業という事もあって、様々な配信者が出入りする。彼らは人の思念を多く受ける者達だから、霊的な物を引き寄せる場合がある。


 そんな彼らが出入りして思念のようなエネルギーが蓄積され、このビルも霊的なモノを引き寄せるようになったのかもしれない。


 灰川は5階の配信者用小ミーティングルームから出て、意識をまた集中させる。やはり間違いなくツバサを狙ってる念を感じる。


 思ったよりは強くない念だった、しかし灰川にとっては久しぶりの怨霊だから、念のためツバサに強い陽呪術を使って怨霊を跳ね返させる事にする。


 これが映画などだったら格好良く怨霊を祓う所だが、灰川にとっては陽呪術で狙われた者のパワーを強化して撃退させる方が確実なのだ。


 ツバサの配信ルームの前に行き、スマホで配信画面を確認すると。


『あ、あれ…? なんか寒い…? エアコンの設定おかしくなったのかな』


コメント;どうしたの?

コメント;エアコンのスイッチ切れたんじゃないか

コメント;風邪ひいた?


 どうやら早くも怨霊の影響を受けてるようだ、もしかしたらツバサは霊媒体質で霊などを引き寄せてしまう体質なのかも知れない。


 コメント欄は特にまだ騒ぎにはなってないが、ここから先はどうなるか分からない。何かが起こる前に決着を付けなければならないだろう。


 ツバサが入ってる配信ルームのドアの前で手を交叉(こうさ)して印を結ぶ、陽呪術の印で対象者に耐魔と退魔の気を与える灰川流陽呪術『邪気(じゃき)霧消(むしょう)』を配信ルームのドア越しにツバサに掛けようとしたのだが……。


「あれ…? 邪気霧消の印ってこれだっけ…? なんか違うような…」


 灰川はしばらくこれを使って無くてド忘れしていた、しかも既に印を結び終わって気をドアの向こうのツバサに注いだ後で、何か別の陽呪術を使ってしまった事に気が付いた。


「ヤベっ! これ運能(うんのう)渾身(こんしん)だ!」


 思わず大きな声が出てしまったが、通路には誰も居ないし、配信ルームは完全防音なので配信に灰川の声が紛れる心配は無い。


 運能渾身とは対象者の運気を上げて心身の気を高め、物事に全力で当たれるよう補佐する呪術だ。かつては(いくさ)の際に指揮官に掛けて指揮を上手く出来るようにさせたり、病気の者に掛けて回復力を上げた陽呪術である。


 灰川家の使うこの術は非常に効果が高く、実力以上の成果が出せると話題になった時代もあったそうで、1000年前は大金を積んでこの術を求めた豪族や貴族も多数いたとのこと。


「大丈夫だろ……たぶん…、怨霊もどっか行ったっぽいし」


 ツバサを狙ってた怨霊はそこまで強くなかったようで、陽呪術の気配を感じて何処かに去ったようだ。この術は対象者に心身の充足感を与える物だから、ツバサに何か変化が無いかスマホで配信画面を開いてみると。



『ふぉぉーー! なんかみなぎってきた!』


コメント;どうしたツバサちゃん!?

コメント;何事だよ

コメント;そろそろ笑わせてくれ



「うわぁ…」 


 効果が出てない事を祈ったが、効果てきめん。破幡木(はばたき)ツバサはテンションが上がって次々に喋り出す。


 見どころが少なかったネタ配信の冷め気味だったコメント欄も、突然のツバサの変化に驚いて盛り上がりを見せる。


 灰川は急いで小ミーティングルームに戻り、点けっぱなしだった3つのパソコンの前に陣取った。


『やっぱこのゲームで作るなら鉄筋コンクリートの家じゃなくて、可愛いログハウスよね!』


『机とかも事務机とか会議室の長テーブルじゃなくて、可愛くてオシャレなウッドテーブルよ!』


コメント;ツバサちゃんが女の子らしい家作ってる!

コメント;いやホント急にどうした?

コメント;ツバサちゃんがやる気出してるぞ!


 配信に熱が入っていく様子を見て灰川は、やっちまった!という感情を抑えられないが。


「まあ大丈夫だろ、マイナスな事は起こって無いんだし…」


 とりあえず気楽に考える事にした、やっちまった事は仕方ないの精神だ。彼は責任感という物が薄い人物なのだ。


「生意気お子様よりエリスとミナミはどうかな~、あれ? なんか様子がおかしいぞ」


 エリスとミナミの配信の様子が何か変だ。




  三ツ橋エリスの配信


『え? ハッピーリレーの破幡木ツバサちゃんがバズってるって? 何で?』


『なにこれ!? 同時視聴者が凄い多くなってる! すごい!』


コメント;なんか今、ツバサちゃん

     凄い話題になってるよ 

コメント;突然面白くなったとか 

コメント;ちょっと見て来たけどスゲェ面白かった



 なんとこの短時間でツバサはSNSで拡散され、一気に話題に上っていた。同時視聴者が10倍以上の7000人を超え、今も増えている。



  北川ミナミの配信


『皆さん、なんだかツバサちゃんの配信が凄い事になってますね、何があったんでしょうか』


『どうやらSNSで面白い配信をしてるVtuberが居ると話題になったようですね、トレンドワードにツバサちゃんの名前が入ってます!』


コメント;ミナミちゃんの後輩だよね?

コメント;ヤバイくらい面白い配信してたよ

コメント;ハピレの人達が機に乗じて

     緊急で配信始めてるよ!



「マジか…これ…」


 想定していた10倍は凄い騒ぎになっている。ツバサの配信は面白さも話題性も爆上がりだった。


 陽呪術『運能渾身』は運気も上げるが気休め程度の物だと灰川は思ってた、実際そうなのだろう。しかしツバサは陽呪術と相性が良いのか運も上がってるみたいだ。 


 陽呪術の効能に関しては灰川でも分からない事が多々ある、気安く使うなと言われて来たから、今までそんなに使った事も無かったのだ。


『ふん! アタシの配信に来るなんて、視聴者のみんな見る目があるわね! 見てなさい、今からすごい可愛い家を作ってみせるんだから!』


 そんな生意気で勝気な事をツインテールを揺らしながら言うツバサは何だか可愛い。一気に視聴者が増えたことやSNSで話題になってる事にも臆せず、面白い配信をする事に全力を向けれてる。


 ゲーム画面にはオシャレなログハウスの横に、コンクリートで出来た小っさい小屋がポツンとある絵面が面白くて視聴者の笑いを誘ってる。意図せずやったのだろうか、だとしたら本当に運も上がってるという事だろう。


『今日のアタシは一味違うわよ! 時代は木造家屋よ、鉄筋コンクリはもう古いわ!』


コメント;コンクリ小屋をオシャレと

     言い張ってたのは何だったんだww

コメント;ツバサちゃんの時代が来た!なんだか泣きそう!

コメント;バズりまくってんじゃん!登録者が倍になってる!



 もうお祭り騒ぎだ、配信してるエリスとミナミも唖然とする勢いで同時視聴者、チャンネル登録者、SNSフォロワーが増えていく。


 その気に乗じてハッピーリレーの配信者たちが、こぞって配信を開始して更に熱を注ぐ。


 エリスとミナミも驚いてばかりではない、自分たちも負けじと面白い配信をしようと集中力を高める。


 その様子を見ながら「なるようになれ」とか灰川は思ってると、小ミーティングルームのドアが開いて木島さんが入って来た。


「な、何事ですか灰川さんっ!? 突然ツバサちゃんの配信が面白くなって、バズって凄い事に!」


「いやー、なんか凄い事になってますね」


「ツバサちゃんがこんなに話題になるなんてっ、生きてて良かったっ」


 木島さんはツバサ推しだから心から喜んでるようだ、灰川は陽呪術を使った事は言わない。言っても信じてもらえない事は分かり切ってる。


 興奮気味の木島さんを(なだ)めつつ、今は配信を見守ろうという事になり、そのままパソコンの前に座って3人の配信を見守る事にした。


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