表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

229/333

229話 ステージの上へ

 ステージに佳那美とアリエルの2人が居る、灰川がホール内を見渡すと佳那美の母も居るのが見えた。

 

 凄い偶然だ、たまたま同じ時間にミニ演劇を見に来てて同じように選ばれた。2人は目立つ感じがあるからステージの上からでも、スタッフの目に映えて見えたのだろう。


「花と土の物語、見てくれてありがとう!! あんなに喜んでもらえて嬉しかったよっ」


「すごく楽しかったです! お芝居があんなに楽しいなんて、ボク初めて思いました!」


「君もいっぱい拍手してくれてありがとう!」


「はいっ! 演技がとってもすごかったです!」


 主演の2人からプレゼントを渡されながらお礼の言葉や感謝の言葉を伝えあい、それで終わりかと思ったら、まだ何かがあるようだった。


「では今度に渋谷ソリドゥスで期間限定ショップが開催されるプリコーダーズですが、この衣装を着てもらったからにはアレをしてもらわないとダメですね~!」


 「「ダンス見たーい!」」


 魔法のメロディ少女・プリコーダーズというアニメは、エンディングの映像で主要キャラがダンスをする映像が流れる。


 そのダンスを踊って欲しいという事のようだが、佳那美はともかくアリエルは知らない筈だと灰川は思う。


 スタッフが無理させる訳も無いだろうし、知らないって事でお流れになると思ったのだが、そうはならなかった。


「じゃあ頑張って踊るねっ! 間違っちゃっても許してねっ!」


「ボクも頑張るよっ! ちゃんと出来たら褒めて欲しいな!」


 灰川は『本当に大丈夫なのか?』と思う、全く知らない訳じゃなかったとしてもぶっつけ本番で、しかも人前でダンスするなんて緊張するだろう。


 すぐに曲が始まり佳那美とアリエルがスタンバイする、そして灰川は花田社長が佳那美とアリエルが才能があると言った理由を目の当たりにした。




 数分前のステージ裏でアリエルはスタッフに『ステージでダンスをして欲しいんだけど出来るかな?』と相談されていた。


「ダンス? はいっ、どんなダンスですかっ?」


「アニメのエンディングのダンスなんだけどね、動画もあるから見て少しだけでも覚えてくれるかな? あんまり踊れなくても大丈夫だから、緊張しないでね」


「えっと、はいっ、ガンバってみますっ。ダンスとバレエのレッスンもした事あるから、ボクも少しくらいなら踊れると思います」


 実はプリコダの期間限定ショップは東京を始めとして全国で何か所か開催されるのだが、児童劇のステージを資金援助して宣伝をやってもらうという草の根活動をしてるのだ。


 劇の最後に催しをしてダンスを踊ってもらい、それをアニメのエンディングで映像を流して限定ショップの宣伝をするという感じらしい。


 これに関しては保護者代わりの灰川も説明を受けて承諾しており、佳那美も今の所属事務所であるハッピーリレーと母に許可をもらってる。アリエルは本家から『好きにしなさい』と言われてるから、この選択に問題はない。


 スタッフはアリエルにアニメエンディングのノンテロップのダンス振り付け動画が映ってるタブレットを置いて、別の準備をしに離れて行った。


 アリエルは動画を見て『こういう感じだね』『ここはこういうトーンの動きだね』と理解して自分に落とし込んで行き、イメージの中で動きをしっかり押さえていく。


「こんにちは、一緒にステージに行く子だよねっ? 私は佳那美だよっ、よろしく!」


「アリエルだよ、カナミさんの衣装もカワイイな~! ボクの衣装よりピンクが多いねっ!カナミさん、すごくカワイイよ!」


「えへへっ、ありがとう! アリエルちゃんも可愛い! 一緒にダンスするの楽しみっ」


 佳那美とアリエルの初めての対面だ、偶然が重なり2人は互いに接点があるものの、それに気付かず出会ってしまった。


「アリエルちゃんはプリコダのダンス出来るっ? 私は学校でお友達と練習したから少しできるんだ」


「そうなんだねっ、ボクもさっき動画を見たから振り付けは覚えたよっ。カワイイダンスだよね、くふふっ」


 佳那美はハッピーリレーのレッスンでダンス経験があり、アリエルは教養の一環としてモダンダンスやクラシックバレエをやっていた。


「振り付けはさっき見て覚えたけど、自由演技のタイムが中盤にあるんだねっ。アニメだとナナちゃんとプラノちゃんが歌ってるけど、ステージダンスだったらそうもいかなそうだね」 


「うん、やっぱりここは自由に踊ってってスタッフさんに言われたよ、どうしようっか?」


「この曲の振り付けだと覚えやすさと可愛さが重視されてる構成だから、あまりそれを崩さない動きが良いとボクは思うよ」


「えっと、じゃあこういうのってどうかなっ? やってみるねっ」


「わぁ、カワイイっ! 2回転ピルエットからアラベスクのポーズを取って、ジャンプしてからカワイイポーズだねっ!」


 佳那美が即興で披露したのは10秒ほどのフリーダンスタイムの間に、2回の旋回をしてから片足立ちポーズをして、最後にジャンプして可愛いポーズを決めてから通常の振り付けに戻るという構成だった。


 バレエだろうがダンスだろうがターンやポージングは基本技能、そこをはみ出す事無く可愛らしい構成を短時間で考え出した。佳那美もバレエレッスンは受けている。


「あと注意しなきゃいけないのは音だよねっ、ここに来る前にステージを見たけどウッド(木材)を使ったステージだったの。あんまりバタバタすると音が響いちゃいそうかもっ」


「うんっ、踊り位置も決めなきゃだね、ボクはこの構成ならステージの前から70cmくらいの位置が一番可愛く見えると思うなっ、前に出る振り付けも無いしね」


「じゃあステージの床の木目の7番目くらいの位置でダンスが良さそう! アリエルちゃんスゴイよく考えてる!」


「カナミちゃんも振り付けをすぐに考えられちゃうなんてスゴイよ! ガンバって劇団の人達に負けないくらい良いダンスしようねっ、くふふっ」


 佳那美もアリエルも負けず嫌いな部分があり、余興だからと言って情けない所をステージで晒すなんて嫌だった。


 そのために今まで学んで来た事や考えて来た事を動員して備え、短時間ながらも事前の練習と話し合いを行いイメージも膨らませて準備を整えたのだった。


 アリエルは『ここの腕の動きはこうした方が良さそう』とか、ダンスの精度や見栄えを上げる意見をしっかり佳那美に伝える。


 佳那美は『動きとか立ち位置が変にならないように気を付けなきゃ』と、基本をしっかり見据えた注意点を洗い出していった。


 子供の割にはしっかりした構成であり、アリエルに至っては2回ほど見ただけで振り付けを全て覚えて自分に落とし込んだ。これが聖剣の担い手の持つ才覚なのだろう。


「ここは指先の動きを2人で揃えた方が良さそうだねっ、そうしたら見栄えがスゴく良くなると思うっ」


「うんっ、着地も合わせようアリエルちゃん、それと表情はここの部分は少し悲しそうにしようね」


 それぞれにどのように動くか等を決めてからステージに向かい、主役たちからプレゼントを受け取ってからダンスがの時間が来た。


 佳那美はプリコダのアニメを見ており、エンディングアニメもしっかり見てる。そこからこのダンスの『女の子の楽しい日常、戦いの意味』といった、可愛いだけではないテーマ性がダンスに込められてる事を感覚的に理解している。


 レッスンを受けてダンスの事は動きや用語もある程度は分かるし、そうでなくともVtuber活動のために様々な事を今も学び続けてる。その知識や経験が活かせる才覚と、優れた感応や順応能力があるのだ。


 アリエルはバレエやダンスといった芸能を嗜み、時には『醜さを美しさで表現する』というような矛盾した思考すらしてきた。


 踊りにおける動きを体に落とし込み、柔軟性や考えの深い意味での多様性などを持ち、それらは才覚と合わさりつつ任務や生活に用いて来た。今回だって例外ではない。


 観客たちには2人がダンス経験があるとか、さっきステージの裏で話し合ったなんて事を説明してから音楽が掛かる。




 先程に佳那美とアリエルの応対をしていたお姉さんスタッフこと句河原(くがわら)は、ステージの前で2人のダンスを撮影するためにカメラを構えてる。


 この動画はテレビで流される可能性もあるし、ミニ演劇の出資者であるプリコーダーズ製作委員会からの仕事でもあるから、しっかりと真面目にカメラを確認していた。


 やがて音楽が掛かり2人のダンスが始まる、その瞬間に驚きがあった。


(姿勢が…凄い綺麗!)


 曲が始まってから最初の3秒ほどはプリコーダーピンクとアドバンスド・プリコーダー プラノが動かずに初期ポーズを取り、そこから足でリズムを刻んでからダンスに入る構成だ。


 最初の姿勢が凄く良かった。パラレルポジションという足を少し広げた体勢から腕を交差して伸ばし、少しだけ首をかしげて可愛くウインクした状態を3秒ほど保つというものなのだが、背筋が天に向かってピンと伸びてる。これは様々なダンスにおける基本的な美しい立ち方である。


 その姿勢の良さは劇団役者でありながら劇団ダンサーもやってる句河原を始め、ホール内のダンスを知らない観客たちにも『これは…』と思わせる何かがあった。そのくらい綺麗だった。


 足踏みでリズムを刻むパートが始まるが、その音が一つにしか聞こえない。完全にシンクロして足踏みしてる証拠であり、そのリズム音すら心地よく聞こえるほどだ。


(ちょ…! この子たちマジ!? ダンスパートも完璧じゃん!)


 軽やかに可愛い音楽に合わせてプリコーダーズたちがダンスを踊るパートに入る、ステージにはピンクとプラノしか居ないが、まるで他のプリコーダーズのメンバーが見えてきそうな程に上手いダンスだ。


 リズム、ターン、サポーティング・フット(体重を支える方の足)の安定性、ダイナミックでスポーティーなのに可愛さを失うどころか高められてるステップ、ジャンプが準備から滞空と着地に至るまで2人の動きにズレがなく、それら全てに体幹のブレや不安定さが無い。


 曲が後半に入りダンスも激しさを増す、激しく腕や上半身を動かすパートも笑顔のままにこなし、自由演技の部分に入る。


(ここでクラシックバレエの動き!? ピルエットターン2回から第4アラベスク! 姿勢を戻してジャンプからのポージング!)


 意外性のあるクラシックバレエの動きだったが、しっかりとプリコダダンスに合うようにアレンジされてる。


 表情も良い、作り物っぽい笑顔じゃなくプリコーダーズの可愛さと優しさを表情ですら表現してる、ダンサーとして見ても素晴らしい表情だ。


 そこからラストの動きに入る、ここはどうなんだ?と句河原は考えた、ここのパートは戦いというものの辛さや悲しさを表現する部分、動きよりも表現力が試される簡単ではない部分だ。


 ダンスにおける表現力とは様々なものがあるが、代表的なのは表情や体のパーツの動きだろう。2人はどちらも完璧以上だった。


 金髪ショートカットの子は戦う事の辛さを知ってるかのような、そんな年齢に見合わない美しさすら感じさせる表情だ。


 セミロングの少し赤毛っぽい印象のある黒髪の子も、体のパーツの動きが見事に指先の動きから動きの緩急に至るまで『魔法少女の抱える苦悩』を表していると感じられる。


 親にすら言えない秘密、危険に晒されてる誰かを助ける責任感、襲い来る敵への恐怖と立ち向かう勇気、それらのプリコーダーズが心の中に抱える苦悩をダンスによって表している。


 ビシっとした早い動きが多い現代ダンスと、流れるような動きが多いバレエの動き、そのどちらも小学生とは思えないくらいレベルが高い。崩す所は崩すのも良い具合だ。


 ダンスに神経と血肉が通ってる、表現と演技に確かな輝きと骨がある。幼いのにそれが感じられる、これは只事じゃない才能だ。


 あの役をこの子が演じたらどうなる?、あの劇のあの役をやらせたらどれ程の素晴らしい劇になる?、無数のイメージが湧き、この子達はそのイメージを上に行くパフォーマンスを発揮すると確信してしまう。


 あの2人の動きを見れば様々な事を思考できてるのが見える。どう踊ったら表現が伝わるか、どう動いたらダンスの可愛さが引き立つか、そういう思考をきちんとしてるのが分かるのだ。


 才覚がある人は子供の頃からそういった事が出来る、考え方の深さや物事への理解度が深い、場の要望に合わせられる、それらが様々な才覚に結び付く。


 ふと横を見ると演劇で主役として舞台に立っていた中学生の2人の目に『負けてられるか!』『レッスン増やす!』という気持ちの炎が目に宿ってるのが分かる。彼女たちも才能ある逸材なのだ、負けられない気持ちは強い。




「2人とも凄かったなぁ、ダンスってあんなに綺麗で格好いいもんなんだな」


「灰川さん来てたんだねっ! すごい偶然!」


「この子が前に言ってたカナミちゃんなの!? うわぁ、凄い偶然だ!」


 灰川たちはステージが終わった後に佳那美と母親に挨拶をしに行き、ついでに佳那美とアリエルの相互の紹介も済ませておいた。もちろん聖剣とかは黙っておいて、海外からの転校生で灰川の知り合いの子みたいな感じの紹介だ。


 2人のダンスを見た人達は忖度の無い大きな拍手を送り、劇を見ていた小さな子供が両親に『わたしもダンスやってみたい!』と言い出す子が続出する騒ぎとなった。2人のダンスは子供が見ても凄いと感じる出来だった。


 大人たちも驚きの表情や声を出し、2人のダンスに惜しみない拍手を送った。それに混じって


『ナナ!富良乃! 2人でこっちに向かって2人の合体必殺プリティ・リコーダー・バスターエッジのポーズお願い!頼むぅ!』


『サイーチ君! 皆の迷惑だから止めなって!』


 なんて声が聞こえて来たが、そこは聞こえなかった事にしよう。


「佳那美ちゃんとアリエルちゃんってあんなに凄い子だったんだね、油断できないかも」


「空羽先輩、佳那美ちゃんって配信でもとにかく楽しそうにやるから、人気もどんどん上がってたんですよー」


「私はダンスは見えなかったけど~、足音がしっかり揃ってて最初は1人で踊ってるのかと思ったよ~」


 市乃たちも佳那美の才能を改めて知ったようであり、アリエルもただ者ではない事を灰川も見て分かった。


 あのくらい才能とか才覚を見せつけられれば灰川のような素人でも、この子達は何かが違うと感じられるようだ。


「明美原さん、少し聞きたい事があるんですけど」


「はい、どうしましたか?」


 灰川は佳那美の母に話し掛けた、聞きたいのはアリエルの事だ。


「明美原さんから見てアリエルは才能があるように見えますか? 正直に言ってもらえると助かります」


「どう見たってアリエルちゃんは才能あります、灰川さんの事務所に入所予定の子じゃないんですか?」


 趣味半分とはいえ演劇をやって来た佳那美の母が即答する、しかも完全に灰川の事務所からデビューするのだと思ってたらしい。


 そんな事ないですよと灰川が答えようとした時だった、イベントスタッフをやっていた劇団の人が灰川たち、主に佳那美と母親とアリエルに話し掛けてきた。


「すいません! 劇団ロズローの者なんですが、先程はありがとうございました!」


「ステージに上がってもらったお2人を劇団に勧誘させて下さい!」


「お姉ちゃんって呼んで欲し…いえ! ウチの劇団に入ってみないっ? 2人ならレッスンしていけば絶対に上部劇団のローズ・クロークに入れるよ!」


 「「ええっ!?」」


 突然の勧誘に2人と佳那美の母は面食らう、先程に路上で受けたスカウトとは違った本気さのある勧誘だった。


 実は劇団ロズローはプロ劇団の下部組織であり、劇団ローズ・クロークという全国でも有名な劇団が上部組織なのだ。この劇団は大劇場お付きの1流劇団である。


 先程の映像を急いで上部組織であるローズ・クロークに送って電話で『今すぐ見ろ!』と急かし、その結果として上部組織から『今すぐ勧誘しろ!』という声が掛かったのである。


「ねえっ、ナナちゃん役の君はどうかなっ? あれだけ表現力のあるダンスが出来るなら演技もやったことあるよねっ? 君たちなら本団昇格間違いナシだよっ」


「え、えっとっ、私は…っ」


 元気印の佳那美がたじろぐほど劇団員は迫真の勧誘をする、上部組織が見ても佳那美の表情や声はプロを唸らせる才能が明らかに感じられた。


 順当にレッスンを積んで行けばスター役者になれる、1人で大きな劇場を満員に出来るような演技をこの子は出来るようになると一瞬で判断させたのだ。


「富良乃ちゃん役の君は演劇に興味ないっ? 演劇をやるべきだよっ、あんなに張り詰めた筋のある動きが出来るなんて凄いことだって!」


「ぼ、ボクが…? ぅぅ……えっと…」


 アリエルはステージに立って凄く楽しかったが、劇団に入るなんて考えても無かったし、いきなりそんな事を言われてもと思ってる。


 アリエルのダンスも表現力や動きは素晴らしく、やっぱりスターになれる素質が十分過ぎるほどにあると判断された。 


 2人を劇団が入手すれば将来的に2大スターを育てる事が出来る、その確信が上部組織のプロ達にはあったのだ。運命的な物を見たとか天啓を感じたと言っても過言ではない決定的な直感だ。


 たかが子供2人が少し踊ったくらいでと人は言うだろう、しかし最高の才能や尋常じゃない逸材は普通人とは違う、玄人が見ればすぐに『超逸材だ!!』と分かる場合がある。


 芸能スカウトが『コイツは売れる!』と直感してスカウトし、やっぱりその通りに最高に売れたとかの話はいっぱいある。そういった裏方の話は目立たないだけで沢山あるのだ。


 2人からは上部と下部の劇団の者達がそういった感覚、天の啓示とも言うべきものを感じた。売れない筈が無い、既に強すぎるほどの華がある、この出会いは劇団が始まって以来だと感じるほどだった。


「え、えっとっ、灰川さんっ、私もアーちゃんも事務所に入ってるからダメだよねっ?」


 機転を利かせて佳那美が既に事務所所属という最強の断り文句をを切り出す、それを言われては劇団勧誘たちも諦めるほかに無い。


「そっかぁ、う~、残念過ぎる~! こんな才能を見せられて指咥えてるしか出来ないなんて~!」


「2人は同じ事務所の所属だけど、ここで顔合わせになっちゃったの!? 凄い偶然だこと!」


「勧誘は失敗だけどお姉さんからアドバイスね、ラストに行くにつれて肘に力が入ってたから、演技中にもう少し肩の力を抜けるようにしたら今より凄くなるよっ」


「ありがとうございます! 今度にダンスする事があったら気を付けてみますねっ」


 佳那美もアリエルも素晴らしい才能だ、プロが見れば育てたいと思わずに居られない、素通りが出来ない程の輝きを感じたから急いで勧誘に来たのだ。


 原石の時点で既に眩しく輝くダイヤモンド、削って磨けば一切の濁りなき最高透明度の巨大な虹色ダイヤが出て来ると分かる原石、そんな物をチラつかせられて黙ってられる筈がない。


 劇団員たちは残念そうにしながらも潔く諦める。無理な勧誘はもちろん、団体に断りもなく引き抜き交渉をするなんてご法度だ。


「灰川さんっ、私が灰川さんの事務所に行ったら色んなお仕事してみたいなっ! お願いします、えへへっ」


「さっきのダンス見て分かったよ、ありゃ確かに凄いわな。佳那美ちゃんがやってみたいって思う仕事を取れるように俺も頑張るわ」


「佳那美をよろしくお願いします」


 佳那美の母も灰川に頼むが、実の所は灰川がどんな仕事を取れるのかも知らないし、佳那美が具体的にどんな方向に行くのかも完全には決まってない。


 そんな中で考えに耽るのはアリエルだ、さっきのステージは今までに無いくらい刺激的で凄い感覚だった。


 その感覚を抱いたまま市乃と空羽と桜を見る、彼女たちはインターネットのVtuber配信という形で多くの人達を笑顔にしてる。


 アリエルもVtuber配信を見て凄いと感じたが、今はさっきのステージが忘れられない。


 そしてもう一つ、佳那美という女の子が凄いと感じた。初めて一緒に踊る自分と呼吸がピッタリ合ったし、動きも表現力も凄かったと驚いてる。アリエルもダンスをやってたから分かるのだ。


 あんなに楽しい事がある、こんなに凄い子が居る、それを知ったアリエルは心の中で一つの事を決めた。



「ハイカワっ! ボクもこういうお仕事をしてみたい! ボクもハイカワのジムショに入れて欲しいんだ!」


 「「!!」」



 その言葉に一同が驚くが、アリエルの目は本気だった。


 アーヴァス家には役者をやってる者も居るし、家から好きにして良いと言われてるから問題はない。


「ほ、本気なのアリエルちゃん!?」


「今日は色んなものを見たもんね~、アリエルちゃんも目覚めちゃったのかな~」


 市乃と桜は驚いたり納得したりの反応だ、しかし空羽が違う反応を見せる。


「灰川さん、どうするの? アリエルちゃんは誰が見たって才能があるのが分かる子だけど、こういう業界は良い事だけじゃないのも教えてあげた方が良いと思うな」


「空羽…確かにそうだよな」


「アリエルちゃん、お芝居とか歌の世界は楽しいけど嫌な事もいっぱいあるのよ、ちゃんと考えたの?」


 空羽が灰川に釘を刺しつつ、劇団員もやってる佳那美の母がアリエルに真面目な顔で聞く。


「うんっ、さっきステージに上がって、ボクはこういう事がやりたかったんだって思えたんです」


「確かにアリエルのダンスは凄かったしな、でも少し皆の感じるエンターテインメント業界の辛さの話とかも聞いておくんだ」


 一行は渋谷ソリドゥスの上階にある休憩所で話し込む、内容はエンターテインメントというものの辛さだ。


 市乃がVtuber活動を通して思った事は、何事も甘い考えで挑んだら凄い痛い目を見るという事だった。初配信に甘い考えで挑み、配信後は事前登録人数を下回る登録数になったトラウマを語った。


 桜は視聴者は活動を応援してくれる有難い人達だけど、同時に非情でもあると語る。つまらないと感じれば容赦なく離れてくし、人によってはアンチになる事すらある、実際にファンだった人に悪質切り抜き動画を作られた事があったそうだ。


 空羽はエンタメ活動は直感的思考力や人の目を引く才能が大事と語り、それをアリエルは有してると語る。しかしそれを良い形で活かすためには努力が必要で、そこが足りなかったり間違った方向に努力して名を上げられなかった人をいっぱい見たと言う。


 佳那美の母は芸能とは芸術能力とも言い変えられると説き、芸術はたった一つのミスが取り返しの付かない失敗になる事があると語る。ダンスや歌や演技でも一つのミスが世界観を破壊する、ミスの許されない厳しい世界だと言い聞かせた。


「アリエル、世の中には思ってたのと違う(・・・・・・・・)って事がいっぱいある、最初に言われてた事と内容が違うとか、世の中ってそういう人の悪意もいっぱいある場所なんだ」


 灰川はブラック企業に入ってしまった経験から得た教訓、世の中の悪意は思ってるより多いという事をしっかりと教える。


 コンサルタント名目の事務所を開いてからも様々な事があった、2社の所属者に無茶な要求を会社に通してくれと言われたり、何のために顧問として提携してるのか分からないと影で言われた事があったのも知ってる。


 世の中は皆が同じ方向を見てる訳ではなく、それぞれの視点や情報の取得量や思考の向きによって、考え方や視野が変わってくる。その中には自分に好意的な人ばかりではないのは普通の事だ。


 エンターテインメント活動をするというのは、そういった様々な視野や考えを持った不特定多数の人達を楽しませる業界であり、灰川もその世界の一端に触れて様々な話を聞いた。


 ハッピーリレーに入ったけど芽が出ずに何の成果も出せないまま引退した人、シャイニングゲートでデビューしたけど人気が落ち込んで精神がやられて炎上発言をしてしまい、それが元で卒業という名の引退となった人。


 人気があって個人勢に転向したけどソロ活動が向いてなかったのか2年ほどで配信で生活できなくなった人、そういった様々な負の面の話は灰川も聞いてきた。


「良い事や楽しい事はいっぱいあるけど、良い事だけじゃないらしいのがエンタメ業界っぽいぞ。でもアリエルがやりたいって言うなら、俺も皆も応援するし支えるっ」


「良い事ばかりじゃないのは分かるよっ…でもっ、やってみたいんだ!」


 アリエルは今まで自分で物事を決定することが少なかった、そこに今後を左右する大きな決断をしなければならない。


 本当なら学校に通って生活に慣れてからというのが良いだろうが、熱くなった気持ちを抑えられない。それ程に今日に見て体験した出来事はアリエルには鮮烈だった。


 前に俳優をやってる伯父と叔母に何で俳優をしてるの?と聞いた事があった、返答は『これは体験してみないと分からない事だよ』と言われた。その意味が分かった、こんなの夢中になるに決まってる!


 沢山の笑顔が見えた、沢山の拍手で称えられた、その時に見た景色が忘れられない。エンターテインメントは凄く凄い!


「私もアーちゃんと一緒にお仕事したい! 灰川さん、お願い!アリエルちゃんを仲間にさせてっ!」


「佳那美ちゃん…分かったよ、でも俺は半人前だから一人じゃ全部は決められないから相談してからだな。まぁ、反対する人は居ないだろうからアリエルは入所はほとんど決まったようなものだろうけどさ」


「やったぁ! じゃあレッスンもいっぱいしなきゃね!」


「やったねアーちゃん! これから一緒に頑張ろうね!」


 いつの間にか佳那美のアリエルの呼び方がアーちゃんになってる、灰川もいつの間にか呼び捨てになってたからアリエルはそういった部分を気にする子ではないのだろう。


「ハイカワ!みなさん! これからヨロシクねっ! 楽しみだなぁ、くふふっ」 


「うん、私も応援するよー、一緒に盛り上げていこー!」


「やることいっぱいだなぁ…来週は忙しくなりそうだし」


 こうしてアリエルの新灰川事務所への加入が暫定的に決まり、その日は帰宅する事になったのだった。


 灰川はアパートにアリエルを連れて帰って、アーヴァス家だかMID7が契約したであろう灰川の隣の部屋に案内する。


 こちらには既に生活品は運ばれており、布団とか家具とかも必要な物はある程度揃えられてる状態だった。アパートでの聖剣のパワー充填もあるし、これから灰川とアリエルはほぼ同じ拠点で生活する事となる。


 アリエルは保護者も居ないから灰川が保護者代わりの一人となる。兎にも角にもこうして灰川たちのグループにもう一人の仲間が加わったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ