228話 皆でミニ演劇を見よう
渋谷ソリドゥスとは若年女性向け衣服を中心に販売してるファッションビルだが、ターゲット年齢層は小学生から中学生の女子という、他の所とは少し年齢層が低めのセールス戦略を取ってる。
その戦略は様々な思惑あっての物だが目論見は概ね成功しており、今は親子連れの小学生や友達連れの中学生が流行りのオシャレに憧れて訪れる商業施設となってる。
こういった商業ビルの上階には催し物を行うためのホールやシアターが存在したりする、渋谷ソリドゥスの18階もそういったイベントホールとして使われていた。
「あっ、まだ席が空いてるね、あの辺に座ろうか」
イベントホールはミニシアターとしても使用可能で、インスタントとはいえそこそこ良い感じのシアターステージが設けられてる。
ホールには椅子もしっかり用意されており、ステージも見やすそうだ。灰川たちは少し後ろの空いてる所にまとまって座る。
客入りはそこそこという感じだ、時刻が夕方に差し掛かってるからファミリー層が少なくなってるのだ。無料で鑑賞できる事もあって、この時間の小学生や中学生向けの演劇をやるにしては客入りは悪くないと思う。
「座席は100くらいって感じだねー、やっぱ親子連れとか中学生くらいの子が多いっぽいよ」
「舞台に立つのも劇団員の小学生と中学生の入りたてメンバーみたい、楽しみだねっ」
ここで開かれる演目は『花と土の物語』という、生まれた時から一緒に育ったお姫様と女の子の家来のコメディタッチな演劇である。
昼寝をしてる王様の顔に落書きのイタズラをして怒られたり、一緒に城を抜け出して街を冒険したり、最後は隣の国と戦争になりそうな時に2人で協力して戦争を回避するというラストになる演劇だ。
「ハイカワ、この演劇は子供がやるのっ? 大人の演劇じゃないの? 子供でも演劇って本当にできるの?」
「おう、子供だって演技は出来るぞ。映画とかだって子役が居るだろ? それと同じことさ」
「うん、でもこんなに人が居るのに、緊張しちゃわないのかなっ」
「緊張はするんじゃないか? でもやっぱ誰かに見て欲しいとか、自分たちの演技で楽しんでもらいたいって思うからステージに上がるんだろうさ」
ステージに立つ役者は演じる楽しさや演技の奥深さに魅せられ、人を楽しませて沸かせる快感を知っているだろう。
遥か昔から存在する演劇という表現の場、古代ギリシャや古代ローマの遺構には紀元前から人気俳優が存在したという文献が残ってるのだ。
そんな時代から現代に至るまで残ってる娯楽、見る者だけでなく演じる者にとっても魅力的なステージだというのは、演劇が生き続ける長い時間が証明してる。
「私も小学校の時に文化祭で演劇をしたよ、自分じゃない誰かを演じるのって楽しかったな」
「空羽は何の役をやったんだ? お姫様とか女神とか?」
「ふふっ、そういう役が似合ってるって言ってくれてるのかな? ありがとう、私が演じたのは桃太郎の雉だったよ」
「あ~、桃太郎じゃ主役は男子だわなぁ」
もちろん空羽が演じる雉は主役より目を引いたのだが、それは言わぬが花というものだ。
「そっか、演技とかお芝居って面白いものなんだねっ」
「お、そろそろ始まるな」
やがてステージが始まり30分程のミニ演劇が始まる、特設舞台にヨーロッパ風のお姫様服を着た子と、古めかしい家来服のような衣装を着た2人の中学生くらいの女の子が出て来た。
「ミーシャ様…! 王様のお顔にイタズラ書きなんてダメですよっ…!」
「ふふんっ、お父様ったら最近は私たちと遊んでくれない罰よっ、インクでお髭を繋いじゃうわっ」
「ダメですってっ…! 繋いだお髭の上に猫ちゃんの絵を足して可愛さアップなんて絶対にしないで下さいよっ…!」
「ナイスアイデアねアイラっ、おデコのシワであみだくじもしちゃうわ」
その後に王様は目が覚めて城の中を歩くと、仕事で来てた貴族から『王様!? それマジすか!?』と驚かれ、ミーシャ姫と家来のアイラを怒りながら追いかけ回した。
「今日はお城を抜けて街をお散歩よ! 一緒に行くわよアイラ!」
「うぅ~、ミーシャ様、また怒られちゃいますよ~…、お城を抜けて城下で流行ってるパンケーキを食べたなんて王様に知られたら、絶対に怒られちゃいます~!」
「パンケーキが流行ってるのっ? 美味しそうねアイラ! そこに行きましょう!」
「うひゃ~! ハチミツいっぱいのパンケーキと、フルーツの砂糖漬けいっぱいのパンケーキの2種類が流行ってるのは絶対にミーシャ様に言いません~!」
「思いっきり言ってるじゃないの! どっちも食べたいわ!お金もあるから安心よ!」
2人で秘密の抜け穴からお城を抜け出して街に行き、流行りのパンケーキ屋に行って並んでると、前の客がなんと変装して城を抜け出してパンケーキを食べに来た王様だった!
どちらもビックリしたが「これは3人の秘密にしよう」という事で収まり、美味しくパンケーキを食べてコソコソと城に戻った。しかし抜け道の先には王妃様が待ち構えていた。
王様もミーシャもアイラも正座させられ、こってりと怒られて3人はお城のトイレ掃除を1週間やらされるのであった。
「隣の国のボー・リョック帝国が攻めて来たわ! このままじゃ戦争になっちゃう! いっぱい人が死んじゃうわ!」
「そんなっ…! 私のお父様は軍人ですっ…! このままじゃ戦って死んでしまいますっ…! うぇぇ~~ん!」
「安心しなさいアイラっ! 私たちで戦争を止めるのよ! そうすれば誰も死なないし戦争も起らないわ!」
戦争に負けてしまえば父である王様も母である王妃も処刑されてしまう、お姫様であるミーシャだって処刑されてしまうかもしれない。
それでもミーシャは怖がらず、自分たちに優しくしてくれる国民や、姉妹同然のアイラの父を死なせないために戦争回避の作戦を実行する。
「ボー・リョック帝国は昔からオバケを怖がるって家庭教師から教わったわ! だから私がオバケに変装して、戦地に来てる敵の王様を怖がらせて退却させるわ!」
「私もお手伝いしますミーシャ様! 危ない事をする時はいつだって一緒です! ミーシャ様と一緒なら怖くありません!」
ミーシャとアイラは真夜中に敵陣に忍び込み、運も味方してボー・リョック帝国の王様の天幕に侵入した。
布を被ってオバケのフリをして敵国の王様を怖がらせようとしたが、ボー・リョック帝国の王様は天幕の中で一人泣いていた。
それを見て脅かしに来た2人は居たたまれなくなり、シーツを改造したオバケの衣装を隠して帝王に話し掛ける。
「どうしたのっ? 悩み事なら私たちが聞いてあげるわ!」
「な、なんだお前たちはっ…? いや…こんな所に幼子が居るはずが無い、これは夢か…」
現状を夢だと判断したボー帝王は泣いていた理由を話す、実は戦争を仕掛けて来た理由は帝国には無い薬を奪いに来たという理由だった。
帝王の息子は病に侵されていて、あと1月もしない内に死んでしまう。その病気は隣国であるメディーカル王国の王家に伝わる薬でしか治せない。
だがボー・リョック帝国とメディーカル王国は昔から仲が悪く、薬なんて分けてもらえる筈が無いから戦争で奪おうという事になったのだった。
「メディルカの愛の薬が欲しいのね! だったらコレをあげるわ! 王子様に飲ませてあげなさい!」
「ふふっ…これが夢でなければ良かったのだがな…。身勝手な夢の中の出来事とはいえ礼を言おう、メディーカル王国の王女、ミーシャ・メディーカル、そして家来の者よ」
「ミーシャ様っ…!誰か来ちゃいます…! このままじゃボー帝王が凄いイビキをかいてる演技でもしてくれないと、護衛の兵士さんがテントに入って来ちゃいますぅ…!」
「ぐごぉぉ~~! すびぃぃ~~! 今日はすごい良い感じに寝れるぞ~!」
2人はテントを抜け出し城に戻ると、翌日の朝には街の外に居た隣国の兵士たちは引き上げていった。
帝王は朝に机の上にあった薬瓶を見て夢じゃなかったのかも知れないと思い、王子に薬を飲ませるために軍を連れて帰ったのだ。
その少し後にボー・リョック帝国は平和の素晴らしさに気が付き『ボー・リョックハダメ帝国』に国名を変え、とても平和な国になりました。
すぐに国交正常化され、両国のパーティーが開催された時、帝王がミーシャとアイラに「あの時はありがとう」と伝えたりした。
そのパーティーで病が治った王子様がミーシャとアイラを見て好きになってしまい、そこからドタバタ劇があるのだが、それはまた別のお話。
「アイラ! 今日はお城の厨房に忍び込んで、私のキライなピーマンを隠しちゃうわよ!」
「ミーシャ様~!また王様に怒られちゃいます~! ニンジンだったらセーフかもしれません~!」
「ニンジンはアイラがキライなものじゃないの! こうなったらどっちも隠しちゃうわ!」
こうして劇は終わり、ハッピーエンドで幕引きとなったのだった。
中学生や小学生が演じる拙い劇だ、しかし心に響く何かがある。演じる子達が努力したから、演技にしっかり入り込んでたからだとか、そういう理由があるのだろう。
所々の棒読み、ぎこちない身振り手振り、舞台セットも高品質とは言い難い。幼い劇団員に経験を積ませるための舞台、商業施設の小さなホールを使っての発表会という感じだ。
灰川たちは微笑ましく演劇を見つつも、やはり何か心を打たれる光景だった。
若く努力する子達の眼差しは輝いてる、いつかは大舞台に上がって拍手と喝采の中でスポットライトを浴びるため、あの子たちは戦ってるのだ。
「Awesome! Very awesome! The acting and singing is so great! It's great! Excellent!」
(凄い!とっても凄いよ! お芝居や歌ってこんなに凄いんだ! グレートだよ!エクセレントだよ!)
「お、おいアリエルっ、拍手タイムだからって騒ぐなって! 座っとけって!」
「むふふ~、アリエルちゃんがスタンディングオベーションしてるんだね~」
演劇を見たアリエルが凄い興奮して褒め称える、今日はライブに演劇に娯楽の鑑賞が盛りだくさんだ。
その全てにアリエルは衝撃を受けていた、歌で多くの人を楽しませて笑顔にするなんて凄い!、お芝居で人を笑わせたり感動させたりするのは素晴らしいことだ!
アリエルだってそういう娯楽を今まで見て来なかった訳じゃない、しかしアリエルが見て来た物は『完成された1級品』だけだったのだ。
プロたちがやる演技や歌唱への矜持や、自らの持つ優れた芸能への誇りなどを感じられるステージをアリエルは見てきた。しかし発展途上にある歌や演技から感じられる熱さや、希望への前進というものは見れなかった。
そんな熱いものを見たアリエルの魂は奮い立っていた、歌や演技というものが人に感動を与えるものだと身をもって思い知った。それらを知って冷静でいられるような年齢ではない。
自分もやってみたい、自分も誰かに笑顔や感動を与えたい、そう思うのは自然の摂理だ。
しかし心はまだ尻込みしてる、聖剣の担い手としての生き方しか知らない自分が、そんな場所に立ってもちゃんと出来るはずが無い。心の何処かでそう思ってしまうのだ。
『皆さん拍手をありがとうございま~す! これにて劇団ロズローの花と土の物語第一幕が終わりです! ご好評の拍手ありがとうございます!』
マイクを持った司会がステージに立ち、閉幕の挨拶をする。座ってる観客たちも拍手を送り、しっかり役を演じた子達に喝采を届ける。
「凄かった! こんなに楽しいものを見せてくれてありがとうっ! ボクは感動しましたっ!」
アリエルは興奮冷めやらぬまま拍手を送り、目をキラキラさせて喝采を送る。
『じゃあ今日もラストステージはお客さんに頼んじゃおうかな、一番応援してくれた君!ステージに上がってくれるかなっ?』
「えっっ!?」
ミニ演劇の最後には観客参加型のイベントがあるらしく、観客の中で一番の応援をして熱心に観劇したアリエルが指名された。
「行って来いよアリエル、何か景品とかもらえるかもだぞ」
「で、でもっ、ボクはステージなんてっ…!」
「貴重な体験だよー、ほらほらー」
物怖じしながらもアリエルは前へ行く、初めて上がるステージにドキドキしながら歩いて行った。
『もう一人のラストステージの子は、いっぱい拍手を送ってくれた君だぁ!』
「えっ!? わたしっ!? どうしようお母さんっ!?」
どうやらラストステージにはもう一人が選ばれるらしく、拍手をいっぱい送ってた前の席の子が選ばれていた。
その子もスタッフに呼ばれてステージ裏に入っていき、何かしらの準備を整える。灰川たちの席からはあまり見えなかったが、市乃が『あの子、なんか見覚えあるかもっ』と言った。
特に気にせず灰川たちはイベントが始まるのを待つが、その間には司会のお姉さんによる宣伝MCが入った。
『皆は大人気の日曜アニメ、魔法のメロディ少女・プリコーダーズは知ってるよねっ? 今度に渋谷ソリドゥスで特設ショップが開かれるんだけど~~……』
どうやら期間限定ショップがここで開かれるらしく、その宣伝も兼ねて舞台ラストのイベントが開かれるようだ。
このアニメは以前にテレビ局でカードバトルした時に散々に苦戦させられ、灰川としては割と苦い思い出がある作品である。
こういったキッズ向け商業施設では子供向けのイベントが開催される事があり、今回の演劇もその一つだ。
そこに有名作品のショップ開催の告知なんかも入れて再度の来店を促す、古典的だが実用性のある宣伝方式だ。
ネットで情報を宣伝しても求心力は上手く働かない場合があるし、広告を見た人の記憶に残らない事も普通である。その分、こういった古典的な宣伝は実際に目にして耳で聞くから心に残りやすい。
広く浅く宣伝がネット、狭く深く宣伝が古典広告、こういった使い分けは今だって盛んに行われてる。
数分が経過して準備が整ったようで、司会が入ってからイベントステージが始まった。
『では準備が出来たようなので~! お2人に登場してもらいま~す! どうぞっ!』
スタッフに呼ばれた2人の準備が整い、裏から出て来てステージ中央に登場する。
衣装も着替えて可愛らしい服装になっており、中央に立った時にはスタッフから『こうしてね』と指示があったのか、決めポーズとセリフを言ったのだった。
「リコーダー・プリンセスの愛のメロディーをアナタに聞かせてあげる! プリコーダー・ピンク! 演奏開始だよっ!」
「ボク…私たちの闘いのメロディーをプレゼントしてあげるっ! アドバンスド・プリコーダー プラノ! 演奏スタートよ!」
なんとアリエルともう一人の女の子がアニメのプリコーダーズの衣装を着てステージに上がったのだ。
もう一人の子が主人公の衣装で、アリエルは影の主人公みたいな役柄の子の衣装だ。ウィッグは無いが割と本格的で、手にはマジカルリコーダーというアイテムを持ってる。
アリエルは普段はボーイッシュな服装をしてて、時に美形の男の子に間違われる事もある。現に灰川は間違えた。
しかし今はヒラヒラしたアニメ調の魔法少女のコス衣装を着ており、女の子の服装をすると凄く可愛い女の子に変身してしまう。男装すれば美少年、女の子の服を着たら美少女、それがアリエルという子だった。
灰川はその印象とか雰囲気の変わりように驚く、服を変えるだけであんなに印象が違くなるものか?と思ってしまう。それともう一つ驚くことがあった。
「アリエルちゃん可愛いね、コスも似合ってるしウィッグがあったらもっと可愛くなってたかも」
「アリエルちゃんのお声~、かわいいね~。でも、もう一人の声も聞き覚えあるような~」
「えっ!? プリコーダー・ピンクの子って!」
「こんな偶然あるんだなぁ」
アリエルと一緒にステージに立ってる子は、まさかの知ってる子だった。母親と買い物に来てシアターに寄り、偶然にも指名されたのだ。
数分前のステージ裏、アリエルは舞台の最後を飾る観客参加イベントの用意をするため、スタッフのお姉さんと話をしていた。
「プリコーダーズっていうアニメは知ってる? プリコダの富良乃ちゃんの衣装を着てステージに上がって欲しいんだけど、大丈夫かな?」
「えっ! ボクがプリコーダーズのコスチュームを着て良いのっ? うわ~、カワイイなぁ~!」
「ふふっ、そうでしょ~? アドバンスド・プリコーダー プラノちゃんの衣装よ」
このイベントに来てるスタッフは劇団員青年部の役者で少年少女部の教育役者も担っており、何人もの子供と接してきたからアリエルが女の子だというのは見て分かった。
ボーイッシュな服装でショートヘアだから男の子っぽさがあるが、アリエルは中身はしっかり女の子であり、可愛いものや綺麗なものが大好きなのだ。
スタッフは間近で見るアリエルの可愛さに息を飲む。今は定員いっぱいだから勧誘をするなと団長に言われてるが、それが無かったら即座に勧誘してたと断言できる可愛さと華がある。
「あと、ステージに上がってくれるお礼のプレゼントを舞台でお渡しするから、受け取ってくれると嬉しいな」
「プレゼントっ? わぁ!楽しみだなぁ! くふふっ」
お姉さんスタッフはアリエルの笑顔にドキっとしてしまう、女の子だと分かってるのに可愛すぎて心臓が鳴りそうになる。
「ボク、プリコーダーズのアニメは見た事ないんだけどねっ、少しだけ動画を見れてすっごく可愛いなぁって思ったんですっ! こんなに可愛いコスチュームを着させてくれてありがとうっ、お姉さんっ!」
「そうなのねっ、喜んでくれて嬉しいわ。そこに着替えルームがあるから、終わったら出て来てね」
「うんっ、くふふっ! こんなに可愛くてキラキラしたコスチュームって初めてだなぁ、似合うと良いなっ」
お姉さんスタッフは『この子、今からでも私の妹って事にならないかな~』とか思いつつ、もう一人のステージイベントに参加してくれるもう一人の女の子に話をしに行く。
「こんにちは、ステージに上がってくれてありがとうねっ、プリコーダーズって知ってるかな?」
「知ってますよっ、ナナちゃんカッコ良くて可愛いから大好きです。それにプリコーダーホワイトのアリシアちゃんも可愛いから大好きですっ!」
「それなら良かった、じゃあこの衣装を着て~~……」
お姉さんスタッフは『この子も可愛いな~、妹になって欲しいなぁ』と思う、笑顔が非常に可愛らしく雰囲気が明るくポカポカしてる。
子役としても凄く映えそうで可愛らしい、さっきの子と違ってセミロングの女の子らしい髪もとても似合ってる。元気さが伝わるというか、無邪気な可愛さが眩しさすら感じられる女の子だ。
「学校の友達もプリコダ好きな子が多いんですよっ、えへへっ」
「プリコダってストーリーも結構深いし、子供から大人まで楽しめるって人気だものね」
日曜朝のアニメや特撮の番組は未就学児から小学生がターゲット層であるが、番組によっては大人の視聴も見据えた内容の番組が作られる事も多い。
魔法のメロディ少女・プリコーダーズは本来なら小学校低学年までくらいがターゲット層の子供向け魔法少女アニメだが、ストーリーが面白くてアニメーションも高品質という事もあって様々な層に人気を博してる。
「じゃあそこの着替えルームで~~……」
「はいっ! すごいカワイイっ、この衣装すごいな~、えへへっ」
着替えルームに女の子が入っていき、お姉さんスタッフは溜息を付く。あんなに可愛い子達なら勧誘したかったな~と思うが、するなと強く言われてるので仕方ない。
もしあの子たちが劇団に入って演技のレッスンをしたら、どんな風に化けるのかと思わずに居られない。客席でも子供客の中では目立って可愛かったし、とても人目を引く可愛さと華がある子達なのだ。
「あの子たちのプロデュースしたいー! 可愛すぎでしょー! うあー!」
そんな独り言が出てしまうくらい2人を勧誘したい、もちろん劇団の子達も可愛いし良い子達だ。みんな妹と弟にしたい!なんて思ってるけど、あの2人は何かタイプの違う万能的とでも言うようなモノを感じたのだ。
「おーい、マイク置いとくぞー」
「はーい、そろそろイベの準備も上がりまーす」
スタッフとしての仕事に戻りつつ、お姉さんスタッフは『あの子達、ステージで緊張しないで演技できるかしら?』と思うのであった。
「プリコーダーピンクの子っ、佳那美ちゃんじゃん!」
「本当だっ、ハッピーリレーの佳那美ちゃんだよ灰川さんっ」
「やっぱりそうなんだ~、すごい偶然だね~」
「おいおい、こんな事もあるんだなぁ」
アリエルと一緒に舞台に立って人気アニメの主役たちのポーズをしてる子は、まさかの明美原 佳那美であった。
2人ともポーズにブレもなくしっかりしてるし、演技もかなり良い感じだ。それには理由がある。
佳那美はハッピーリレーでVtuber新米天使ルルエルちゃんとして活動してきた経歴があり、その活動の中で様々なレッスンも受けて来た。
歌やボイストレーニングのレッスンはもちろんだが、演技やダンスなどのレッスンも受けている。
だが所属者からは、ダンスのレッスンなんて3Dモデルが作られる見込みも立ってないのに無駄になるという声もあった。
しかしダンスなどの本当の目的は、体を動かして持久力を付けて配信で疲れにくい体を作ったり、良い声を出すために必要な筋肉の動きや神経の働きを整える効果を狙ってのものだ。
ストレッチなどもして声の通りを良くしたりなども実施しており、佳那美はそういった目に見えず、効果がすぐには出ない事にも真面目に取り組んできた。その結果がこれからに結び付く。
「ミニ演劇、すっごく楽しかったですっ! あんなに面白いなんて、見に来て良かったですっ! えへへっ」
とても可愛い声だ、笑顔も凄く良い。表情筋がしっかり動いて明るく朗らかな笑顔を作り、様々なトレーニングに下支えされた可愛い声によって耳から元気を注入されるかのようだ。
演技も良かった、プリコーダーピンクの決めセリフを言った時はしっかりと役を自分に落とし込み、きちんと夢見原ナナを意識した声が出ていた。
演技も声もただ練習すれば良いって物ではない、それらを支える体や動きを鍛えたり、イメージと実際の体や声のズレを最小限にするようなトレーニングも必須なのだ。佳那美はそれらも完璧な上で、更には才能も豊富と太鼓判を花田社長に押されてる。
「ボクもすごい楽しかった!感動しました! お芝居とか演劇って、あんなにスゴイものなんですねっ! ミーシャ姫のアクターさんとアイラ役のアクターさん、すごかったです!」
アリエルは物心がついた時には既に剣術の厳しい鍛錬を受けて来た。残念ながらアリエルには剣術の才能が薄く、聖剣による剣術の加護も受けれてない事が判明したが、その努力は決して無駄ではない。
アリエルの体は培ってきた運動により、しなやかで柔らかな動きが存分に可能な体に育ったのだ。だからダンスの経験は無くてもポーズでブレのない動きが出来た。
聖剣の加護は剣術の才には作用してないが、その他の才覚や才気に絶大な影響と作用を及ぼしてる。そこには演技力や人を惹きつける種々の才覚も含まれてるのだ。
聖剣に選ばれるというのは『他者より試練が多い道を歩まねばならない』という、厳しい人生を決定づけられるような物であり決して楽な事ではない。
その証拠にアリエルは9才にして家族と離れ離れになってしまったし、そうでなかったとしても危険な怪現象に挑み続け、非常に大きな精神的負担を強いられる人生を送るのは確定してるようなもの。
そんな厳しい人生を乗り越えるための加護であり、聖剣に選ばれた者は聖剣の加護無くしては、まともな人生を送れないくらい過酷な生となってしまうのだ。
聖剣の担い手なのに加護が怪現象との戦いの能力ではなく別の部分に向いてしまった悲劇の子、アリエルの実情はそのような面が大いにある。
ステージに立つと佳那美は改めて、アリエルは初めて『ステージに上がるってこういうことなんだ!』と、幼いながらも即座に理解する。沢山の人の笑顔が見える、こういう場に立って人を楽しませるって素晴らしいことなんだ!




