227話 スカウト通りは騒がしい!
今や影ではスカウト通りと言われるようにすらなった道を、そうとは知らずに5人は歩く。
道玄坂は休日などは人通りは割と多い、広いとも狭いとも言えない歩道の幅あ。少し横道に入れば入り組んだ場所とかがあったりする観光客にも人気のスポットである。
道行く若者は皆が何かしらのオシャレをしてる、友達とショッピングに来てる女子高生、渋谷お出掛けデビューの女子中学生グループ、カップル、親子、観光客、様々だ。
渋谷はオシャレの街である、あちこちにファッションショップがあり、道行く人は自分に合った服やアクセサリーを常に求めてる。
ラフで汎用性の高いカジュアルファッション、落ち着いてながらも色気を感じさせるアダルトファッション、カワイイ系、ストリート系、綺麗系、スポーツ系、ボーイッシュ系、地雷系、ギャル系、数え上げればキリがない。
化粧なんかも人によって様々だが、薄化粧のナチュラルメイクが今は主流のようだ。
「人いっぱいだねー、107で何買おうかなー」
「道玄坂付近はやっぱ若い女の子でいっぱいだな、男女比8:2くらいじゃないのか?」
「それは言い過ぎだと思うな灰川さん、でもそんな感じあるかも」
灰川は桜を歩行介助しながら進んでるから速度はゆっくりめだ、右を見ればオシャレな女子高生、左を見ればオシャレな中学生、見渡す限りオシャレな若者でいっぱいだ。もうオシャレの放牧場だ。
「ハイカワ、何だか歩いてる人達がチラチラ他の人を見てるよ。なんで皆は他の人を気にしてるの?」
「アリエル、ここは仁義なきオシャレの街だ。周囲のオシャレを見ながら“コイツは私より下”“アイツは70点、私は95点”とか心の中で格付けし合ってるんだ」
「ちょ! 灰川さんアリエルちゃんに変なこと教えんなー! そんなこと思いながら歩いてる子なんて半分くらいしか居ないから!」
「半分は居るんだね~、無言のオシャレ戦争の街なんだ~」
そんな冗談とも現実とも付かない話をしながら107までの道を10mも歩いてない時だった。
「すいません、ちょっとお話良いでしょうか? 芸能界とかって興味ありませんか? 凄いイケてるから絶対に良い線行けますよ」
道端に控えてたスカウトが灰川たちにスっと近づき、手慣れた感じで声を掛ける。スーツを軽く着こなした男で女子受けが良さそうな感じがするスカウトマンだ。
「はーい、どうもー」
「すいません、急いでますので」
市乃は「やれやれ、仕方ないなー」みたいな雰囲気を出しながら、実際には灰川の前でスカウトを掛けられた事に内心でドキドキしてる。
空羽は「またいつもの感じだね」と思いつつ、手慣れた感じで袖にする言葉を口にする。内心ではやっぱり灰川と一緒の時にスカウトが掛かって、ちょっと良い女感が出せてありがたいなとか思ってる。
桜は自分が声を掛けられた訳じゃないと思いつつ、誰がスカウトの声を掛けられたんだろうと思う。
アリエルはパフェ食べたいな~とか思ってる。
袖にするという結果は変わらないものの、スカウトが声を掛けて来るというのは気分が良い物だ。ここは灰川に良い感じにスカウトを回避しつつ、私は芸能スカウトが掛かるくらい良い感じの子なんだぞ~とアピールしようと思ったら。
「お兄さんなら芸能界に入って上に行けますって! 事務所に所属しましょうよ!」
「俺みたいな冴えない奴をスカウトすんなー! 絶対に所属費詐欺事務所じゃねぇか!」
「スカウト来たの灰川さんかーい!」
「そっち!? まさかの事態だってば!」
「むふふ~、灰川さんってカッコイイもんね~」
「え?え? ハイカワがミュージシャンになるのっ?」
まさかの灰川狙いのスカウトだった、もう確実に詐欺だ。調べる気にすらなれない程に詐欺だ。
「お前さんもスカウトマンなら声を掛ける奴は選べって! オシャレな若い男はそこら中に居るだろ!」
「目に留まったんですって~、だから事務所に~…」
灰川が適当に断って前に進もうとした時だった、話し掛けてきたスカウトマンに別の誰かが話し掛ける。
「君! かなりイケメンじゃないか! ウチの事務所に所属しないかっ? 君の容姿は男性コスメモデルにピッタリだ!」
「えっ、ちょ!? 俺はスカウトマンであってスカウトされる側じゃな……」
「おっ、ホストに興味ない? 君の顔なら固定客付くよ、稼げる稼げる」
「ちょ、だから俺は! ひえぇ~、スカウトなんてコリゴリだぁ~!」
灰川に話し掛けてきたスカウトは結構なイケメンだった、彼がスカウトとして所属する事務所とやらは見る目がないのかもしれない。
ここは渋谷道玄坂付近、今はスカウトマン達がシノギを削り合う仁義なきスカウトの街。ルール無用の彼らにとっては『スカウトマンですらスカウトの対象』なのである。スカウトマンをスカウトしてはいけないなんて法律はないのだ。
「はぁ、まさか俺に声が掛かるなんてなぁ、流石に予想外だったぞ」
「あ、あはは…私も予想外だったよー」
市乃と空羽は完全に自分にスカウトが掛かった!と勘違いした、2人とも声を掛けられた経験があるし、空羽に至っては日常の1コマだから確信して返事をしてしまったのだ。
メッチャ恥ずかしい、こういう勘違いは顔の血流を促進させる。市乃と空羽は顔が赤くなるのを凄い堪えてた。
「私は灰川さんがスカウトされて嬉しいな~、カッコイイ人に腕を繋いでもらえてるんだ~って分かるしね~」
「ありがとうな桜、でも俺はカッコ良くはないんだよなぁ。あ、足元に段差、杖で3歩先」
桜にそんな事を言ってもらえて灰川としては凄く嬉しい気持ちになる、もし目が見えてたらイケメンじゃない事が分かっただろうが、それでも嬉しい物なのだ。
市乃と空羽はまだ心の中の恥ずかしさが晴れ切ってないが、ここでまさかの事態が発生する。
「あのっ、君っ! ご両親と一緒に来てるのかなっ?」
「え? ボクですか?」
「「!!」」
少し離れた所からダッシュで女性のスカウトと思しき人が寄って来て、灰川の横を歩いてたアリエルに話し掛けたのだ。その表情は驚愕の色が浮かび、絶対にゲットしなければ!という気持ちが浮かんでる。
「さて、ここらの詐欺と悪質スカウトは一掃できたな、渋谷107までの灰川先生たちの道筋は安全だろう」
「そうですね、残ってるのは四楓院系列の芸能事務所スカウトと、良質な事務所のスカウトだけですよ剣栄主任」
「渋谷は悪質スカウトが昔から多いですからね、灰川先生方に近づけさせないのが一番です。特にご一緒の方々は精神状態が強く反映される職業の方々ですから」
四楓院家の直属警護会社のSSP社が、灰川たちから少し離れた場所でバレないように付き添って守ってる。彼らは灰川たちに悪い者が近づかないよう事前に危険を排除してくれていた。
メンバーはSSP社の主任格の三檜 剣栄、SSP社の通常隊員の雨膳 弘八、同じく通常隊員の坂林 織華の3名である。
彼らは古くから四楓院家を警護してきた三檜家と、その親族が多く所属するセキュリティ会社の所属者だ。親族以外の所属者も数は少ないが在籍してる。
四楓院家は芸能界を牛耳ってると言っても過言ではなく、芸能事務所も当然ながら詳しい。詐欺や悪質な連中の情報だって得ており、問題が発生する前に対処してくれてるのだ。
「市乃ちゃんに近付こうとしてた裏営業やってる事務所のスカウトが居ましたよ、アイドル更衣室盗撮動画で裏で儲けてる連中ですね」
「空羽さんにはモデル事務所の皮を被った裏動画斡旋業者の奴が狙ってました、格闘戦になったので少し痛めつけておきましたよ」
「ご苦労、負傷は無いか坂林? こちらも仕事は済んだぞ」
「はい、私は負傷はありません。3人で掛かって来ましたが相手はそこの路地でノビてます」
主任の剣栄は40代前半、弘八は30歳、織華は25歳というベテランと中堅と準若手の3人が警護職務に出てる。
服装はあまり目立たないスーツ姿であり、街に溶け込める衣服だ。渋谷は若者の街とはいえビジネスマンだって普通に居る、この姿なら特に問題はない。
悪質な奴の排除方法は暴力に頼ったようなものではなく、方法は周囲に聞こえないよう何事かをボソっと言い、それを聞くと相手は顔を青ざめて逃げ出すという感じだ。何を言うのかは定かではない。
しかし中には逆に怒って暴力を吹っかけて来る者も居て、そういう者には徒手格闘術やスーツの下に隠した何かで相手をするという感じだ。渋谷は喧嘩沙汰なども珍しくない街である。
もし警察が来て誰かが捕まったとしても、誰かが連絡を入れて即座に四楓院から警察に連絡が行き放免になる。SSP側に非が無いのであれば、その程度は当主や次期当主が出るまでもない事だ。
「織華っ、本当にケガは無いのかいっ? やっぱ心配なんだよな…」
「大丈夫、今は職務中よ。私情は持ち込まないでコウ君……弘八先輩」
「ん? 灰川先生たちに近付いていく奴が居るぞ、あれは四楓院系列の子役に強い芸能事務所のベテランスカウトだ」
灰川たちにスカウトが近付いていくのが見えたが、灰川が彼らに依頼したのは『危険な人物やスカウトが寄って来ないよう頼みます』という内容だった。
もちろん杓子定規ではなく臨機応変に対応するつもりだが、あのスカウトは良いスカウトという情報があるから手出しはせず見の姿勢にしようという事で纏まった。
「ボーイッシュな服装をしてるけど、君は女の子だよねっ? 芸能界とかに興味ってないかな!?」
「え、えっと、ボクそういうの、よく分かんなくてっ」
「芸能っていうのは沢山のファンの前で歌ったり、役者として映画に出たり、コマーシャルとか演劇芝居とかをするお仕事なのよ」
「そ、そうなんですか、えっとぉ…」
「君みたいな小学生の女の子も色んなお仕事があるの、テレビドラマとかで小さな子が出てたりするでしょう? ああいうお仕事なのよ」
スカウトが興奮気味にマシンガンみたく話す、三檜たちが止めなかったという事は危険なスカウトではないということなので、そこは灰川としても安心である。
声掛け一番槍は、まさかのアリエルだった。確かにアリエルの服装はカジュアル・ナイトファッションとでも言うような感じで少し目立つのだが、それにしても9才の子が最初に声が掛かるとは。
「すいません、この子は芸能界とかは~…」
「ご家族の方ですかっ? それにしては肌の色が…? すいませんっ、私はC&K芸能事務所のこういう者でして~~……」
灰川とアリエルに名刺を渡していそいそと話す、最初はヨーロッパ出身のアリエルと灰川の見た目の違いから保護者ではないと見抜いたのだが、少し様子を見ると準保護者のような関係だと感じたようだ。
アリエルは流暢に日本語を話してるし、女性スカウトとはいえ興奮気味に話しかけられて少し怖がってしまい、灰川の服の裾をギュっと掴んで少し下がったのだ。そういった点から準保護者だと判断された。
MID7に所属する優秀な霊能力者で、現在の聖剣の担い手ではあるが精神は9才の子である。こういった状況に慣れてないから腰が引けるのは無理もない。
「あのー、私たち行く所があるんですけど」
「すいません、スカウトとかは通行の邪魔になりますので」
「どうしたの~? 本当にスカウトさんが来たの~?」
3人が女性スカウトに断りを入れようと思ったら、小さな声で「金の卵が合計で4人っ…!」と呻き、スマホを取り出して画面を見もせずに何らかの操作をした。周囲に居る同じ系列の別事務所のスカウト仲間を呼んだのだ。
それに気付いた時には遅かった、路地の所から中高生の子達に向けてスカウト仕事をしてた良質事務所の者達が集まって来た。
「…!! すいませんっ、女子中高生のアイドルプロデュースに強い芸能事務所のフューチャリスのスカウトですがっ! あなたをスカウトするチャンスを下さい!」
「ええっ!? 私もっ!? こ、困るなー、あははっ」
「ゴメンっ! 前も貴方のことスカウトしたの覚えてるんだけど、やっぱり諦めきれないわ! サングラスと帽子で隠しても華が隠せてないの! モデル事務所のジークスです!」
「あっ、前にスカウト掛けてくれた方ですよね、すいません。やっぱり私は~~……」
「視覚に障碍があるんですね、今はそういった事情がある方が俳優業界には少ないんですよ。とても可愛らしいなと思って声を掛けさせて頂きました」
「えっ、私もスカウトされちゃった~、なんだか嬉しいかも~」
それぞれに適した者達が話し掛けてきて、それぞれに口説き出す。かなりマジな話口であり、市乃たちは迷惑そうにしながらもやっぱり少し嬉しい。
空羽は何度もスカウトされてるが、今回は灰川の前で口説かれるという部分がポイントだ。
いつもは迷惑だと思ったりもするし、いかがわしい人だなと思って足早に過ぎ去ったりする。しかし今話しかけて来る者達はいかがわしさがない。
「ゴメン! ちょっと俺も君らスカウトさせてくれん!? 企画中のアイドルユニットがあるんだけどさ!?」
「私が先だってば! メイクモデルとヘアモデルのスカウトウーマンなんだけどさ! 興味ないかな!?」
「アーティー企画さんっ、早島興業さんっ! あんまり強くスカウトするのダメですって! ティーン雑誌とティーンサイトのフォトモデルの~…!」
「ちょ! アンタらどうしたんだよ! おい皆!個人情報とか教えるなよ!」
スカウトとは早い者勝ちだ、誰かにゲットされて事務所に入られたらスカウトは出来ない、
金の卵と見込んだ者達が一行に寄って来る、4人も良い感じの子が揃ってたから尚更に目が引かれたのかも知れない。
ちゃんとしたスカウトマンは顔や容姿以外にも『ファッション』『雰囲気』『メイク』など様々な部分を短時間で見極め、その子は上を目指せる子かどうかなどを見て行く。
市乃たちは確かに良い感じに可愛いのだが、Vtuber活動という場で実績を出した自信や努力をしてきた雰囲気とか、そういった『上を目指すに必要な気力という才能』を感じ取られて声を掛けられるのかも知れない。
既に結果を出してる身ではあるが未だに発展途上であり努力を続けてる。努力する姿は老若男女問わず格好良いし、人を惹きつけるのだろう。そういうのもあってスカウトたちの目が光ったのだろうか。
「すいません!すいません! 通して下さい! スカウトお断りです! 行くぞみんな~!」
どうにかして灰川たちは囲いを抜けて先に進む、このままじゃ土下座してでも頼み込まれそうな雰囲気がある。
芸能人の中にはスカウトを受ける気は無かったが路上で土下座され、仕方なく話だけ聞いた事が始まりで芸能界入りに繋がった女優が居るなんて話もあるらしい。
彼らは職務としてやってるが、スカウトマンを長年やれる人はテキトーな気持ちでやってる訳じゃない。スターの卵を見たら声を掛けずに居られない、そんな性格がある者達なのだ。
金のためとか会社のためという面もある、しかし彼らは自分たちが探し出した金の卵が羽化して、やがて日本で知らぬ者が居ない程のスターになる所が見たい、だから続けられる。
1万回も袖にされようと、何日も誰も話を聞いてくれなかろうと、それでも彼らは過酷な業界で努力を続けて名を上げる子を探してる。
今の時代はスカウトの場は路上よりもネットのSNSなどに場所が移ってるというが、やはり渋谷とか原宿のような場所は今も多くスカウトマンが居るようだ。
人を食い物にしようとしてる悪意あるスカウトマンに混じって、有名事務所の敏腕スカウトマンやマネージャーが混ざってるかもしれない。
もし大手事務所を騙る偽者スカウトや口先の上手い詐欺スカウトを見抜ける自信があるのなら、スカウトマンの話を聞いてみるのはどうだろう?
金の卵を大きなニワトリに育てようとする気概がある者なのか、金の卵を割って中身を啜る邪悪な奴なのか、貴方は見分けられますか?
「ひえ~、酷い目に遭ったぜ、あんなにスカウトが来るとは思わなかったぞ」
「私だって思わなかったよー、集団催眠でもあったのかもねー」
「皆にスカウト掛かったね、桜ちゃんも油断しちゃダメだよ」
「うん~、ありがと~空羽先輩~」
「すごかったねっ、あんなに熱心に話されるって思ってなかったっ」
「お芝居とか…musicかぁ……、たくさんの人に喜んでもらえるって、どういう感じなんだろう…?」
107付近に到着してそれぞれ息を付くが、アリエルは少し反応が違っている。
ライブハウスでバンドやアイドルのステージを見て聞いて、何人もの人たちが熱く楽しんでいるのを見た。
スカウトマン達が話した『演技一つで大勢を泣かせたり笑わせたりする役者』『歌で大勢に活力や希望を届ける歌手やアイドル』、そういう存在に以前より興味が増していた。
駆逐艦アロナックの中でスマホを落下させてしまい、一時的にインターネットの制限が無くなった時に見た様々な情報。
Vtuberを始め、アイドルや見た事の無い映画などのシーン動画などを見て、純粋に凄いと思ったのだ。
興味が以前より増してる、ここ数日はアリエルにとって非常に刺激の強い日々だった。自分の知らなかった世界、知らなかった光景がどんどん目に耳に頭に飛び込んでくる。
今までは立派な聖剣の担い手となり、アーヴァス家の子として成果を上げ、ファースと共に危険度の高い超常現象から一般の世を守る事を一番に考えて来た。
アリエルは日本に来て帰れなくなり、生活が一変してしまった。今は任務もないし、来週からは日本の小学校に通う事になる。
そこに加えて今日に体験したことは鮮烈だった、ライブハウスのステージの熱はまだアリエルの心に冷めやらぬ何かを灯してる。
それがスカウトマンの話を聞いて『ボクもあんな風になれるのかも?』と思ってしまう、花田社長からも才能があると言われてるのだ。
「うわっ! もうミニ演劇の時間が来ちゃうじゃねぇか! こりゃ107に行けないな」
「ホントだっ、こんなに時間たってたんだねー」
気付けば時間が経過しており、意外とスカウトマン達に時間を取られてしまった事に驚かされる。
「あっ、自由鷹ナツハちゃんのダンス動画やってる! すっごいカワイイ!」
「シャイゲのデジタルサイネージ広告だね、これは私の単体バージョンかな」
「かなり金が掛かってる感じだなぁ、割とデカくて目立つ場所にあるモニターだし、動画内容もオシャレで可愛さとスタイリッシュさ重視って感じだな」
市乃が道の途中にあるシティモニター広告にナツハが映ってるのに気が付いた、近年では当たり前の存在になってきた壁などを使って動画が映されるデジタルサイネージ広告だ。
動画の中では金髪を揺らして笑顔で喋るナツハがシャイニングゲートの宣伝をしてる、今では都会の街の普通の光景になった一幕だ。
シャイニングゲートは街中のモニターでVtuberの宣伝広告を流しており、それが通り道のショッピングビルの入り口モニターで映されていた。
「こういう広告って増えたよな、今は個人Vでも街頭デジタル広告とか出してる人も居るし」
「私も出してもらったことあるよ~、声の収録で5回もNG出しちゃった~」
「シャイゲは良いなー、ハピレはネット広告しか出してないからねー」
「でも今度のジャパンドリンクのCMはスクランブル交差点の所に広告が出るだろ、楽しみだよな」
こういうものを見ると灰川は『やっぱこの子達は特別な子なんだな』と思う、街頭広告を会社に出してもらえるなんて簡単な事じゃない。
どんな事にも金が掛かる、さっきライブハウスでステージに立ってたバンドや地下アイドルグループだって同じだ。
ライブを開くのだって無料ではない、休日の渋谷でライブハウスを使うとなると30万円近い料金が発生した筈だ。その金は回収できようが出来まいが出演者たちが払わなければならない。
ファンは1回3000円くらいのライブに何度も通って彼らを応援し、ステージに立つ者はその有難みを直に感じながら活動する。
誰かから金を出してもらえる凄さというのは普段は実感できない事だが、やはり凄い事なのだ。
ファンや会社から金を出してもらえるようにまで努力できた、長らく視聴してもらえる面白さを提供できてる、イベントに何人も足を運んでもらえる程になれた。
市乃たちだって最初は苦戦した、会社の名前で視聴者を呼び込めたアドバンテージはあったが、そこから視聴者を呼び込んで繋ぎ止めていられるのは彼女たちの才能なのだ。
さっき見たバンドやアイドルグループと同じように、自分たちの世界観とも言えるモノを示して評価を得て、多くの人達を動かし惹きつけるのは容易な事ではない。
どんな所にせよスターダムに登れる者は気性がソレに適しているという事なのだろう。
自分の言葉や行動を根本的な部分で決定づける精神の底が配信などに向いてるのだと灰川は感じた。
「やっぱ皆はすげぇなぁ」
「灰川さん、どしたのー? 私らに惚れちゃったー?」
「冗談言ってないで行くぞ~、ミニ演劇は30分もないくらいなのか」
「子供から大人まで楽しめますってSNSに書いてあったよ、演劇ってあんまり見た事ないから楽しみだね」
「私も楽しみだな~、サイレント劇だったら私は楽しめないけどね~」
「ジャパンのシアター劇ってどんなのなんだろう? ボクも楽しみだよ桜さんっ」
灰川たちは行き先を渋谷107から元の目的地である渋谷ソリドゥスのシアターに変え、そこで催されるミニ演劇を皆で見る予定だ。
そこでもきっと普段とは違う楽しいものを皆は見るのだろう。




