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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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226話 熱気あふれるライブを見よう

「そういえば灰川さん、さっきスカウトの話してたけどさー、どんな風に気を付けたら良いか分かんないから実際にやってみてくんないかなー」


「は? だって市乃はスカウトされた事があるって言ってただろ?」


「良いから良いから、私に試しにやってみてよっ、面白そーだしっ」


「灰川さんのスカウトって、私も見てみたいかな」


「むふふ~、どんな感じなのか聞いてみたいな~」


「ボクも気になるっ、ちゃんとお手本を見ないと分からないからねっ」


 そんな事を市乃を始め皆が言いだす、流石にアリエルにスカウトが掛かるとは思えないし、Vtuberどもは面白半分で灰川の駄目なスカウトを笑ってやろうという感じだ。


「じゃあ市乃、ちょっと向こうから歩いて来てくれ」


「良いよー、スカウトマンさん対戦お願いしまーす!」


 そんな事を言って市乃を対象にスカウトを掛ける事にする、少し離れた所から歩いて来てもらい灰川も演技に入る。


「すいません、凄く目に留まったんでお声掛けさせて頂いたんですけど、芸能界とかって興味ありません?」


「ないですよー」


「そんなに可愛くて綺麗なのに勿体ないですよっ、モデル体型でファッションも自分を引き立てる着こなし、コスメも丁度良い塩梅だし、そういう自分の武器を分かってる人って芸能界でも上に行けるんですよぉ」


「ありがとーございまーす」


 市乃は立ち止まらず歩き、スカウトマン灰川の言葉を素通りしようとしていく。その間は空羽が桜の歩行介助をしてる。


「もし良かったら名刺と事務所パンフレットだけでも受け取ってもらえないかな? 両親と相談して興味あったら連絡してもらってさ、ウチはちゃんとした芸能事務所だから安心して」


「はーい」


「君ならアイドル、モデル、アクター、色んな選択肢が出来ちゃう容姿とルックスだから、前向きに考えてみてよ」


「どうもー」


「よろしくね、連絡待ってるよ」


 こんな感じで普通に袖にされるのがスカウトマン、しかしこれはかなり良質なスカウトマンである。悪質な奴は様々な手段で対象を騙そうとしてくるから注意だ。


「こんな風にあしらうのが一番だな、知らない人には連絡先とか個人情報は教えない、着いて行かない、これが鉄則だ」


「灰川さん、何だかスカウトするの慣れてた感じがするけど、やった事あるのかな?」


「おう、ブラック企業時代に社長の友人の弱小芸能事務所のスカウト手伝わされた事あったんだよ、池袋でやらされたな」


「そうなんだね~、その時は成功したの~?」


「何人かは食いついてくれて事務所に連絡が来たそうだけど、弱小って事で契約までは持って行けなかったっぽいな」


 灰川がスカウトの手伝いをさせられた事務所は弱小だがしっかりした所であり、スカウトの際も『両親と相談』『名刺には携帯番号ではなく事務所の電話番号』そういった事をちゃんとやってた所だった。


 ちゃんとした芸能スカウトは両親と相談などを最初に勧めるし、いきなり強引にスカウトしたりなんかしない。名刺にもマネージャーやスカウトマンの顔写真が入ってる所は信用度は少し高くなるだろう。


 偽スカウトもいっぱい居るし、着いて行ったらいかがわしい動画に出演させられたとか、いかがわしい行為の斡旋だったなんて話は山ほどある。絶対に着いて行ったりしてはいけない。


 名刺にしたって大手芸能事務所を装ったニセ名刺なんて普通だし、TwittoerXやラインの情報を聞き出して個人情報を抜く奴も居る。


 もし本物の芸能事務所のスカウトでも、必ず『一旦持ち帰り、検討の上で考慮します』みたいな感じで返すのが一番だ。もし本当に興味が出て連絡しようと思ったなら、絶対に情報を詳しく調べてから連絡するのが鉄則である。


「芸能スカウトは大体はマネージャーかスカウトマンのどっちかだ、どっちも複数の会社と提携してたりするから、名刺も何枚か持ってたりするぞ」


「へぇー、そういうもんなんだねー」


「誰だってスカウトされたら嬉しいもんだからな、人によっては嬉しい気持ちで個人情報を教えちゃったりする子も居るけど、絶対にそれはダメだからな」


 芸能事務所とは名ばかりの高額な所属費やレッスン費で稼いでる事務所も存在するし、悪質な業務しかやってない場所も多い。


 悪質、良質と関わらずスカウトされる側が興味を持つであろう金銭の話だとか、憧れを抱くであろう華やかな話で興味を引く方法も多い。


 未成年ならまずは両親や保護者に相談、その上でネットなどで調査、事務所や代表番号など信用できる連絡先に『○○さんにスカウトを受けたんですが』という感じで連絡を取るというのが流れだろう。


 スカウト対象が未成年の場合は保護者が一緒にいる子なんかも声を掛けやすい、そういうスカウトは良質な事務所である場合が多いようだ。


「でもまぁ、スカウトマンも大変な仕事だぞ、話を聞いてくれる子なんて10人に1人とかなんだからよ」


「そうだよね、原宿とかに行ったら無視されてるスカウトの人なんていっぱい居るもんね」


 あの仕事を長くやれる人は元からナンパ師とかに向いてる人なんだろう、灰川には無理な職業だ。


「普通に“死ぬがいい!”とか“笑わせてくれる!”とか言われるし、俺は精神に来たなぁ」


「何その魔王みたいな子!? 逆に興味あるよ!」


 そんな話をしながら繁華街に向かい、先程に市乃が調べてたセンター街にあるライブイベントをやってる場所に到着した。


 店の名前は渋谷SKYURスキュラで、ロックバンドやアイドルミュージックなど様々なステージが開かれてるようだ。




 入り口付近でチケットを購入し、ライブが始まるまで時間が少しあるからそれぞれで雑談などをし始める。最初にワンドリンクを注文してから中に入る形式だ。


 今回は全員が自腹での観覧で、アリエルが日本円を持ってるか不安になったが問題はなかった。しっかりと金銭は持ってるようだ。


「市乃ちゃん~、さっき灰川さんにスカウトされて、どうだった~?」


「あうぅ…それ聞いちゃうんだ…、すっごい緊張したよー…、ドキドキしたもんっ」


「むふふ~、市乃ちゃんの心臓の音~、私に聞こえてきちゃってたよ~」


「えっ!マジなの桜ちゃんっ!?」


「ウソだよ~、でも冷たく断ってるふうで、ウソっこスカウトでも嬉しいって思ってるのは声で分かったな~」


「うぅ、ちょっと恥ずい…っ、演技のレッスンしないとなー」


 そんなやり取りをしてる傍らではアリエルが物珍しそうにライブハウス内を見渡してる、ポスターとかイベントスケジュールの告知が表示されてて見てるだけで『こんな所がジャパンにはあるんだ!』と驚いてるのだ。


 当然ながら今は聖剣ファースは持って来てない、ファースはアリエルの大事な家族のぬいぐるみのフォーラと一緒に部屋でお留守番だ。


 ちなみに聖剣は紛失の恐れなどは一切ないそうだ、例え盗まれても必ず戻って来るらしい。やはりオカルトアイテムである事には変わりはないらしい。


「なあ空羽、ライブハウスって初めて来たんだけどよ、こういうとこって大丈夫なのか?」


「何が心配なのかな? やっぱりスカウトの人とか?」


「それもあるけど、あんまり良くない音楽とかってあるじゃん」


 ロックとかパンクミュージックには青少年の情緒にあまり良くないとされる音楽もある、多少の性表現歌詞や過激な歌くらいだったら良いのだが、明らかに変な歌を作るグループとか居るから少し不安だ。


「皆殺しだーとか、ドラッグ最高!とか、股間パワー50万ですとか、そういう歌とかってアリエルに良くないと思うしよ」


「股間パワーって……、たぶん大丈夫だと思うな、年齢制限のない昼間ライブだし、そういうジャンルはナイトタイムにステージがあると思うよ」


 一行の女子の中で最も年齢の高い空羽に聞くと、恐らく大丈夫という返事が来る、高校3年生ともなればそういった物事の知識だってしっかりあるだろう。市乃や桜も普通くらいにはありそうだが。


 ロックやパンクはやはりそういった歌詞の曲もあり、インディーズバンドなんかは自由度が高いから過激な曲も作りやすかったりする。


 ヴィジュアル系バンドなんかはそういった曲が多いような気がするが、それは灰川の偏見だろう。


「灰川さーん、空羽先輩っ、股間の話してないで行きましょうよ、そろそろホールが開くっぽいですよー」


「ちょっ、市乃ちゃん! 私たちそんな話してないってば!」


「むふふ~、なんだか変なお話してたんだね~」


「コカンってなにっ? ジャパンで有名なものなのっ?」


「お、このポスターのキャラ、怪異・おやつ子パンダに似てるなぁ」


 2階のイベントホールが開いて移動となるが、通路の途中の物販コーナーではステージ演者のグッズやインディーズCDが売られてたり、既に熱気がある。


 ここはメジャーデビューを目指してるバンドの者達や、大きなステージを目指してるアイドル等が腕を磨く場所、ネットとは違った生の熱気が感じられる場だ。


 ホールはそこそこ広く、ステージにもホールにもスピーカーなどの音響やステージ光源が豊富だ。音響卓などもメインとサブがあり、迫力や臨場感を重視してる本格派の箱らしい。


 中に入ると既に客が前列などに詰めており、今日は男性バンドグループや女性地下アイドルグループもどっちも出るようで、客層は男性も女性も混合だった。


 面白いことに誰が言うでもなくホールの中は男性が右、女性が左という感じに分かれる。もしかしたらこのハウスの暗黙ルールなのかもしれない。


 出演バンドを推してる感じの派手な髪色の女性や、アイドルグループを推してる男性たちがサイリウムを持ってたりする。ホール内は独特の熱気があり、何が見れるのかワクワクさせてくれる。


 ホールの前方はガチファン勢やガチバンギャなどが多いようで、男のゾーンも同じようにガチファン勢が前方に居る。


「なんか凄い熱気が伝わってくるね~、こういうのって初めてかも~」


「桜たちはイベントとかで直でステージに上がらんだろうしなぁ、生身の人間が上がるステージってこういう感じみたいだな。フェスでスタッフとして動いた時もこういう熱気だったしな」


「灰川さんVフェスでスタッフやってたもんね、私と桜ちゃんは別の場所でライブ撮影してたから会場の事は分からなかったんだよね」


「市乃さんっ、あれって何っ? あの大きいマシンっ」


「あれはスピーカーだよー、アリエルちゃん」


 灰川たちはホールの最後方の中央辺りで見物に付く、やがてライブが始まってステージに灰川と同じくらいの年齢のバンドマンたちが立った。


「今日はスターティングライバーズ・ミックスステージに来てくれてありがとうな! 渋谷スキュラのステージに上がれてメッチャ嬉しいぜ!」


 ここは若者の流行発信地の街、渋谷だ。こういう有名な街のライブハウスのステージに立つのは、それなりに腕や名前が一定以上はある者達が多いらしい。


 彼らもここに来るには拠点にしてる町で、ここより小さな箱でライブをして努力してきたのだろう。今日はこの箱のステージに初めて立つ者達のライブのようだ。


「じゃあ早速1曲目に行くぜぇ!聞いてくれ! Me not go,low See! 俺たちが最初にCDに焼いた曲だぁ!」


 「キャー! フェルスの歌最高ー!」


 「ライオのギターも最高ー!」


 彼らの演奏が始まり、派手な音響でギターをかき鳴らしながら歌っていく。


 上手いか下手かで言ったらハッキリ言って普通だ、メジャーデビューしてるバンドと比べたらボーカルもギターもお粗末、音程を外してると思われる部分もある。


 しかし情熱が凄い、この歌に彼らの努力が詰まってる。


 ここからも俺達は進み続ける、日本一のバンドになってやる、どんなに辛くたって構うもんか!、スランプになろうが気合で乗り切る!


 そんな覚悟、夢、希望、若く熱い何かが曲を通して伝わってくるのだ。


「俺たちの§Δ¶~!! 這いずり回ってでも掴みたいΦΞΣーー!!」


 「きゃー!! フェルス最高ーー!」


 「ギターもっとフルピッキングしてー!」


 ファン達の熱が直にステージに立つ奏者たちに伝わる、その熱が更にバンドマン達をアゲる。ボーカルの着てるシャツはまだ1曲目だというのに汗でビショビショだ。


 臨場感、ライブ感、熱気、盛り上がり、それら全てがネットの世界とは違う。その熱はファンでない男のアイドルオタク達ですら巻き込んで熱気を高める。


「お前ら最高だーー!」


「ボーカル良いぞーー! もっと声張ってくれー!」


「トップバッターがお前らで良かったー!」


「もっとホールを上げてくれー!」


 会場内に一体感が生まれる、ギターもテンションが上がっていって早弾きで観客を盛り上げ、1曲目が終了した。


「おいおい! 渋谷スキュラ、スゲェな!! こんなにアゲてくれるなんて、お前ら最高だ!最高すぎるぜ! ここに来れて良かったってマジ思ってんだけど!」


「フェルス!こりゃ手加減なんて許されねぇぞ! 全力だ!俺もギター全力でやっからよぉ! 最高の気分だぜ!みんなぁ!」


「俺らのファンも、後に出るアイドルグループのWELL GIRLSとか他のグループファンの皆もありがとう! 次の曲行くぜ!!」


 ホールが熱い、例えマイナス10度だったとしても熱く感じそうなくらい熱い。


 一体感を伴う盛り上がり、その威力は来場者たちの心を巻き込んで更に熱を増す。


「すっごいっ! こんなに盛り上がるんだ! なんだか思ってたよりスゴイ楽しいかもっ!」


「私たちのステージとは違いそうだよね、こういう熱気って私たちじゃ出せないかもしれない」


「すごいなぁっ! こんな音楽があるんだ! こんなに騒がしいのに、こんなに楽しいやっ!」


「桜、うるさくないか? 疲れたら遠慮せず言うんだぞ、座れる場所もあるからな」


「ううん~、大丈夫だよ~、すごい迫力だね~」


 市乃たちも盛り上がりの質が自分たちの配信やイベントとはタイプが違うことに驚き、凄まじい熱気を伴った一体感や盛り上がりに当てられる。


 皆の配信とは違う、Vtuberイベントとも違う、ここにあるのは洗練された上澄みではない。


 今も上に行こうと藻掻く者達の熱気、油断すればすぐに誰かに追い越される者達の全力疾走、そんな者達を本気で応援してる者達の思い、叶うかも分からない夢に全力で挑む者達の熱さだ。


 やがてバンドの出番が終了し、20分足らずの時間で全てのパワーを使い果たした4名は息を上げながら最後のMCに移った。


「はぁ、はぁ、予想以上の最高なステージだったぜ! みんな盛り上げてくれてありがとう! 絶対にまた()りにくるから楽しみにしててくれよな!」


「たったの4曲でギターの弦がボロボロになっちまった! こんなに気合の入ったステージは久っっさしぶりだ!」


 どうやらバンドマン達も満足の行くステージだったらしく、120%の力でパフォーマンス発揮できたようだ。


 彼らはきっと今日は最高の気分で打ち上げ会が出来るだろう、ちょっと豪華に焼肉にでも行って今後の夢を語明かすのかも知れない。


 そんな中で男ゾーンに居る観客から声が上がる、それはちょっと意外な言葉だった。


「バンドの名前は知らないけど! 最高のステージだったぞー!」


 「「え?」」


 バンドマン達は汗まみれの中で目を丸くする、実はこのライブはハウスとしてはそこまで力を入れてる訳ではなく、バンドネームなどもモニターなどには表示されてない。


 パンフレットみたいな気の利いた物もなく、出演者の名前が確認できるのは何枚か貼られた張り紙くらいだ。


「曲やる前にバンド名を名乗るの忘れてたー!」


 「「やっちまったなぁ!!」」


 こうして盛り上げるだけ盛り上げて名乗るのを忘れてたバンドは出番終了となったのだった、最後に名乗ったからギリギリセーフだろう。


「凄かったね! 初めて来た緊張なんて吹っ飛んじゃった!」


「ファンの人達って、こんなに熱く応援してくれるんだね。リアイベもやって来たから分かってたつもりだったけど、思ってた以上だね」


「私たちのリスナーさんも、Vフェスの時はこんな感じだったね~。でも実際にその場に居ないと~、こういうのって伝わり切らないものなんだね~」


「ハイカワっ、ギターってスゴイねっ! ボクが知ってる楽器と音が違ってた!」


「エレキギターって言うんだぞ、あとベースとかドラムとかだな」


 こういうステージに立つ者達はファンの顔が直接見える場所でパフォーマンスをするから、応援してくれる人達の有難みなどがネットと比べて直で感じられる。


 ファンの応援を直接聞いて更に頑張るぞと奮起したり、こういうステージに立てたという努力の実感もネット活動者とは違った感覚があるかも知れない。


「こんにちはー! WELL GIRLSでーす! ファンの皆さん、そうでない皆さん来てくれてありがとー!」


 「うおー! ミューたん可愛いぞぉー!!」


 「よっしゃぁ! 盛り上がっていくぞ皆ぁ!!」


 ファンの攻守交替、今度は地下アイドルグループがステージに出てアイドルオタク達が声を張る。


 さっきのバンドマンの応援に男たちも声を張ってくれたお返しか、女性観客たちも盛り上がりを見せる。どんどんホールの中に一体感が広がる、この感覚は何とも得難い心地よさがあるのだ。

 

 同じグループを応援する者達同士、同じステージを見る者達同士、同じホールに居る者達同士、そこには性別の壁もグループの壁もない、ただ『応援する者達』という仲間意識に似た何かがあった。


 冷めやらぬ熱、そこに居るだけで感じる情熱、ここでしか得られない活力、そんな物が市乃たちの体と心に染み込み、負けてられない!という気持ちを奮い立たせる。


 アイドルグループは歌も踊りも酷いものだった、歌唱力が必要とされない簡単なアイドルミュージックなのに音程は外しまくり、ダンスは振り付けも洗練されてないし動きがメンバーで合ってない。


 なのに盛り上がる、やはり熱いのだ。渋谷のライブハウスのステージに立てた、客たちが最高の盛り上がりをくれる、そんな環境のステージに居て気分が上がらないはずが無い。


 そのアイドルグループも武道館を目指してる、まだ道のりは遠いが気力を感じるのだ。弱小事務所に所属してるのだろう、大きなコネなど望めない環境なのだろう、それでも諦めない。


 メンバーの中には中学生と思える子すら居る、市乃と桜より年齢が低い子だ。そんな子がこの場所から武道館やドームを目指す、なんて大きく途方もない夢だろうか。その夢に向かう姿がファンを引き付けるのだ。


 きっと周りには『武道館なんて行ける訳ないじゃん』とか影で言う者も居るだろう、しかし誰だって最初は何者でもない只人なのだ。


 ここは『まだ何者でもない人』が努力し、やがて『何者かを追い抜く者が出る場所』なのだ。油断する誰かがここに立ってる者達に抜かされる時が来る。




「すごかったねー! 行ってみて良かったー!」


「WELL GIRLSのMCトーク良かったよね、参考にさせてもらっちゃおうかな」


「右も左も分かんなくなるくらい盛り上がってたね~、ファンも歌手の人達も熱気が最高だったね~」


「アイドルってすごくカワイイんだねっ! ボクもあんな衣装で踊ったりしてみたいなっ」


 それぞれに熱を充填して満足の行く気力をチャージ出来たようだ、Vtuber活動をしてる3人は負けてられない!という気持ちも上がり、初心を思い出したような気持になれていた。


 時刻は午後3時30分頃になっており、ライブハウスに居たのは2時間もないくらいだ。まるで一瞬で過ぎたかのように楽しめた、そのくらい熱くなれる何かがあの場所にはあったという事だ。


「次は渋谷ソリドゥスのシアターでミニ演劇だよね、ちょっと時間あるし107にでも行きませんかー?」


「あっ、良いかも、107ってしばらく行ってなかった気がするな」


「名前は知ってるけど~、私は行ったことないよ~、行ってみたいな~」


「107? 認証番号かなにか?」


「女の子向けのショッピングビルだぞアリエル、服とかアクセサリーとか雑貨が売ってる場所だな」


 渋谷107、そこは女子中高生御用達のファッションビル、10代から20代の女性に人気なオシャレの集積場とすら言える施設の本店である。


 Y字路の真ん中に建っており目立つため、正面外壁には流行りのスマホやコスメ、歌手などの大きなポスター広告がいつでも掲げられてる。噂によると2週間の広告表示で制作費込みで2000万円以上の広告料だとか。


 割と古くからある施設だが内部は現代化がされており、大型動画モニターで新商品広告を映してたり、流行最先端を常に先取りしていくスタイルは多くの若い女性を惹きつけてやまない。


 107には多くのオシャレな女子中高生やギャルが集い、沢山のオシャレなアイテムを品定めする人たちがいっぱいである。そういう場所にはスカウトマンが付き物だ。


 流石に施設内でスカウトする大胆な奴は少ないだろうが、107周辺には多くの芸能スカウトなどが居てオシャレをしてる子達を見て金の卵を探してる。


「ソリドゥスからも近いし、マルナナに行って時間を潰すかぁ」


「秋物のシャツとか欲しいかもって思ってたんだよねー」 


「ボクも少し服が欲しいけど、サイズが合うのあるかな」


 こうしてセンター街から抜け出す事になったが、実は最近の渋谷スカウト事情には変化があった。


 センター街はスカウトが多くなり過ぎた事から警察の巡回が多くなり、スカウトマン達は活動地域を少し変えたのである。


 現在の主な活動地域はセンター街から107に続く道、道玄坂方面であった。灰川たちが今まで居たセンター街に、現在はスカウトマンは居なかったのである。


 芸能スカウトを受ける、女の子が憧れつつも都会では現実に起こり得る範疇の出来事だ。


 市乃と空羽は既にスカウトマンに話し掛けられた経験があり、やっぱり渋谷や原宿のようなスカウトの聖地とも言われる場所では件数は多いらしい。


 ライブの熱気に当てられて忘れがちになってるが、渋谷と原宿地域はスカウトの聖地、今も多数の者達が芸能やその他の活動の様々なスカウトを受けている。

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