224話 幸せが歩いて来た時はご注意を
富、名声、、ネットでの大きな地位、複数のイケメン金持ちからモテる、周囲の評価、青島 理実亜は現代女子高生が欲しいと思えそうな感じの物を全て手に入れた。
彼女を馬鹿にする奴なんて居ない、誰もが自分を凄いと褒め称え、周囲からは羨望と尊敬の眼差しを向けられる。
こんな状況にあって性格が変わらない奴なんて居ない、青島も案の定だった。
「今日は1時間配信で100万しか稼げなかったな~、本当はリスナーのためにもうちょっと長く配信してやっても良いかって思ってんだけどさ」
「すごーい! 100万なんて私ぜったい無理だよ!」
「頼子でも出来るよ、まぁ、アタシみたく楽勝とは行かないかもだけどさ」
いつの間にか周囲をナチュラルに見下すようになり、金銭の感覚もバグり始めた。
リスナーが投げ銭するのは当たり前、何万円という投げ銭が飛び交うのが普通になった。100万円が入っても以前の1000円くらいの喜びしか無くなってる。
金が入って来るのが普通、これが私の価値、一般人とは全く違う高嶺の花が私という人間だ。周囲の連中より高い価値がある、それが証明されてる。
その感覚と実感は青島の心を更に深く蝕む、私をもっと羨ましがれ!、お前らと私は生き物としての格が違うんだよ!
「なんか皆ってアタシと比べるとショボい人生送ってるよね、何ていうか控えめに言って人間としてのレベルが低いっていうかさ」
「青島先輩と比べられたら困っちゃいますよ~! 先輩のレベルが高すぎるんですって~!」
「それは分かるんだけどさ、なんて言うかどいつもコイツも努力が足りない? アタシみたいな努力で上に行った人間からすると、一般人って凄い程度の低い人間なんだなって思っちゃってさ」
世の中の連中が自分より低い場所で生きてるのが何とも気持ちが良い、私のように配信で金を稼ぐ事も出来ないし、泥の中を這いずり回って金を探す雑魚どもを見下すのが愉快でたまらない。
私はお前たちとは違う、お前らは私のようにはなれない、その事実が心をこの上なく満たす。
お前らは私のような才能がある人間のおこぼれと食べカスをありがたく頂いて、ゴミみたいな人生を送ってりゃ良いんだよ!
「あ~あ、昨日はネット番組にスーパーインフルエンサー代表で出演して疲れたな~、夜は六本木の社長の話し相手もしてあげなきゃいけないしさ、喉も乾いたし」
「理実亜ちゃん、肩もんであげるね!」
「ジュース買って来ます! 先輩の好きなコンニャクジュースで良いですよね!」
「ネット番組とか凄い! 会社のrimia-zも上手く行ってるし! やっぱ才能ある人は違うな~!」
もう周囲の連中を人間として見れない、私をお前らと同じ人間だとか思うな!、人間とは私みたいな奴の事を言うのであって、お前らは犬か虫けらと変わらない存在だ!
お前らは私の顔色だけ窺って生きてりゃ良いんだよ!、私を不快にさせるな!、私の要求する物は命令される前に察しろ!、それが出来ない無能な奴は消えろ!
そんな精神性が一気に出来上がっていったのだ。ネットは私を評価する場所、学校は私を褒め称えるための場所、両親も私を凄い凄いと褒め称える。
その絶頂期に藤枝は話し掛けており、あんな態度を取られて顔も覚えられてなかったのだ。
「うわぁ…すげぇ性格だったねソレ…」
「裏ではそんな感じのインフルエンサーって、他にも居るのかもねぇ~、うししっ」
「ボクもそんな風になっちゃうのかな…流石に想像が付かないや」
「私の知ってる中国の成金はそんなレベルじゃないアルよ、そういう環境になってそのくらいで済んだなら立派ネ!」
「…こんにゃくジュース……ぶふっ……」
それぞれの反応を示すが、総じて『金と名声と権力を得て変わってしまった奴』という評価は一致する。日本人としては明らかヤバい部類だが、王さんが言うには世界を見ればこれより酷い事例は割とあるようだ。
大した努力もしてないのに全ての成果を自分の努力の結果だと思うようになり、周囲が低レベルの人間としか思えなくなり、むしろ人間とすら思えなくなる。
ネットでもてはやされ、学校で崇め奉られ、金も名誉もイケメン金持ち男も思いのまま。そんな最高潮の時に。
「そこから一気に転落したって事かいな?」
「そうですっ…1週間前くらいから一気に全部が崩れたんですよ…」
それらがたったの1週間で消え去った、凄く繁栄したものが一瞬で消え去る。まるで一夜にして海に沈んだアトランティス大陸みたいだ、アトランティス理実亜だ。
この怪異アプリは精神にも影響があるのか、それとも青島が元からそういう性質があったのか、そういった性質の人間の所にアプリが現れるのかはまだ分からない。
「まず確認したい事があるんだけど青島さん、俺とジャンケンしよう。青島さんが勝ったら1000円あげるって条件で」
「え? はあ…良いですけど、私はお金は渡しませんよ」
「それで良いですよ、確認だから大きな意味は無いし」
勝ったら1000円ルールでジャンケンをしていくのだが……。
「な、なんで勝てないの!? 何回やっても勝てない!」
「嬢ちゃんの全負けか、何回やったか数えてねぇが異常だな」
結果は青島の全敗であり、1000円は一度も得る事が出来なかった。
これは運気の確認作業であり、1000円という絶妙に欲しいと思えて、現実的にもらえそうな金額を設定した事も大きい。それによって青島は勝ちたいと思う心が少しばかり強くなり、怪異の影響を受けたのだ。
その後は100円に設定してジャンケンをしたが20回やって2勝という偏った結果が出る、誠治は約束通りに200円を渡した。
「こりゃ偶然とは思えないわな、運が悪すぎる」
「ん~、たぶん呪いが強すぎて運っていうか、因果を変えられちゃってるっぽいね~」
「因果干渉型怪異かぁ、良い因果は悪く、悪い因果はもっと悪くなるって感じだな」
「…運の前借りみたいな感じ……だと思う…」
「良い運の量を固定されて、それを使わせられちゃう超常現象ってこと? ボクは聞いた事ないけど」
因果干渉型怪異、そもそも因果とは『物事の巡り合わせの関係性』という感じの言葉であり、良い事をすれば良い事が、悪い事をすれば悪い事が起るというニュアンスの言葉である。
そこにオカルト的な干渉、呪いや祟りがあった場合は因果を崩されてしまう場合があり、良い事をしても悪い事に結びつく可能性が高くなってしまったりする。そういった性質のあるものが因果干渉型怪異だ。
今回の例は、因果関係を無視して素晴らしい事が起り続けるほどの莫大な運気を消費させられ、被害者はその後は運気が異常低下するという状態にさせられるようだ。
運とは所詮は目に見えないものだが、やはり運という物は存在するらしいのだ。だがその量など決められるような物ではないし、霊能者であっても人の運の総量なんて見えやしない。
それを決定づけられて強制的に消費させられる、もし当たってたら恐ろしい怪異だ。運がブーストして使い切った後は悪い事しか発生しない人生になる、そんなの誰だって事前に知ってたら絶対に避ける。
「中国でも似たような話があるネ、神酒瓶って話アルよ」
王が中国の地方に伝わる伝承を話してくれる。
神酒瓶
中国では道教という信仰が昔からあるのだが、道教では神と仙人などの話が有名だ。
ある寺院に『極上の味の酒が湧き出る瓶があるが、飲んだら必ず死ぬ』という酒の瓶があった。
飲んだら死ぬ以上は飲みたいと思う者は少なかったが、興味に抗えず飲んで死ぬ者が年に1人か2人は居たらしい。
その瓶の酒を飲んで死んだ者の顔はこの上なく極上の何かを味わった笑顔で死んでおり、その表情を見た僧侶などはやはり興味を引かれたが手を出す者は少なかった。
その寺院にある日、仙人にもうすぐなれるという所まで来た修行僧が来た。あと少しで仙人、とても凄い事であり大きな徳を積んで来た修行仙である。
その人物がその瓶の事を知ると、「お前たちは修業が足らんから死に至る、それは神の酒だ」と言い、修行仙はその瓶の所に行き中身を掬って飲み始める。
なんと美味い酒だ!修行仙はその日から修行をそっちのけで酒浸りになる。10日が過ぎても月が変わっても修行をそっちのけで酒を飲む。
この酒は神の酒だ、世俗の者が飲めば死ぬが私のような修行によって徳を積んだ仙人に値する者ならば飲む資格がある!、修行仙はこの世ならざる美酒に酔いしれる。
やがてその修行仙は死んだ、ある日に突然に死んだのだ。
「あの修行仙も酒に飲まれたか、己の徳や運、命を使った酒はさぞ美味かっただろう」
「これも仙人となる修行の一つと気付かぬ愚か者だったという事だ、己の徳と修行に耐えて来たという自負に溺れるとはな」
その寺院の者達は仙人になる者達に試練を与える場所の一つだったのだ。美酒の罠に気付かず、己の力に慢心した修行仙を振るい落とす場所だ。
仙人への道は果てしなく厳しく、試練も罠も苦難もたっぷりと用意されてる。気を抜いた時こそが破滅の時、己を省みる心を失った時こそが天から見放される時なのだ。
「なるほど、功徳や運や命を使った酒かぁ、確かに似てるかもな」
「その酒の攻略法は修行仙が罠と見抜くか、この酒は自分には早いと言って断ち切るのが正解ヨ」
命や運の前借りなんて破滅をもたらすに決まってる、運を前借りしてるなんて常人だったら気付けないし、状況に溺れてしまうだろう。
その間にも青島のスマホに宿った呪いや、その影響を解析していく。やはりどうにも人生における運の前借りのような事が発生してしまってたようだ。
青島からはどれだけ強く霊視しても運気のカケラも感じない、普通だったらあり得ない事だ。どんな人間だって運気ゼロなんてことは無い。
この『怪異・幸せのアプリ』は、やはり宿主の運や因果を乱し、最終的には幸運の一つすら発生しないような人生にさせる。悪意しかないような怪異らしく、確証は無いがそうとしか思えない、
先に多大な幸福を訪れさせて、後には滅茶苦茶な不幸に見舞われるという極端な因果にされるという感じだ。
しかしそこは悪質怪異、プラスマイナスで言えば多大なマイナスになるよう設定されてるらしい。やはり因果干渉型だ、先に運を消費させられてる分、因果破壊はされてない。
そもそも因果破壊なんて余程の事であり、普通はそんな事は発生しない。それこそオカルトの中のオカルトみたいな現象である。
「嬢ちゃん、ハッキリ言うがよ、このままじゃ人生は滅茶苦茶になる。どうすりゃ良いのか考えさせてくれや」
「そんなっ…! それ本当なんですかっ…!? だって運とか因果とかっ…」
「上手く説明できないけどぉ、本当ですよ~。そのスマホに宿ってる影響は簡単には取れないですねぇ」
陽呪術だろうがお祓いだろうが対処不能だ、アプリを消そうとしてみたが消せず、仮にスマホを破壊したって黒い悪念モヤは本人に宿るだろう。
「えっとっ、根本解決がしたいなら、インターネットで怪異の原因を探せば良いんじゃないかなっ?」
「アリエル、それは無理だ。探したって見つかりっこないし、時間が掛かり過ぎる」
こんな呪いは放っておいたら影響を受けてる青島がどんな目に遭うか分からない、放っておける時間は少ないのだ。
それにやっぱりこんな怪異は総数は非常に少ない、消せば少なくとも青島のスマホに宿ったアプリは無くなって解決する筈だ。
「一応だけど解決の可能性が無いって訳じゃないよ、運気も戻るとは思う」
「……!! それって本当ですかっ…!!?」
「…灰川さん……どう、やるの…?」
「お兄ちゃんマジ!? こんなの解決できんの!?」
「いや、絶対って訳じゃないけどさ」
因果を乱されたなら、元に戻すのが良い。そのためにはやはりアプリの影響を消して削除するしかない。
「たぶん今まで得て来たお金とか名声も全部消える。それでも良い?」
方法はともかく今まで得た物が全て消えるのは抵抗感が強いかもしれない。
金銭、名声、羨望の眼差し、人より良い生活水準、その他諸々が夢と消え去る可能性が高いのだ。むしろ確実に消えるだろう。
それらの味を一度でも味わったなら抜け出したいと思う奴など居ないだろう、手に入れた物を手放したいという人は居ないだろう。
物知り顔で偉そうに人に説教したり語ったりできるのは気持ち良い事だ、人からチヤホヤされて褒め称えられるのは天にも昇る気分、金も名声も思いのままなのはこの世の春だ。
天下を動かす天下人、右を向けと号令すれば大勢が右を向くインフルエンサー、それはきっと体感した者にしか分からない質の快感があるのだろう。
もう少し待てばそれらの状態に戻れるのでは?、こんなのは今だけじゃないのか?、あの頃の自分が本当の自分で、今は少し運が悪いだけなのでは?
そう考えて断る可能性があると誠治は思う、青島が得て来た環境は天使を悪魔に堕落させるほどの毒、現代の人間が求める全てを体感して来たと言って良い状況だ。抜け出したいと思うだろうか?
「構いません! 解決して下さい!」
「「ですよね~」」
青島は迷わず解決を頼み込む、ここまでの話でオカルト方面を信用する心も芽生え、金もとらないと言ってるし、解決できるかもと言われてるのだから頼んだ。
青島が迷わなかった理由の一つは、この怪異はとにかく割に合わないというのが当てはまるだろう。
稼いだ金は消えるわ、家は燃えるわ、両親は逮捕されるわ、得た物をどんどん失うわ、踏んだり蹴ったりだ。確かに良い思いはしたが、それ以上の不幸があったら意味が無い。
青島が経験した事は本来なら一つとっても大きな努力や閃きが無ければ得られない物だ、それらを得られてもやっぱり割に合わない。全てを返上したって元の生活に戻りたいと思うのは無理がない事だ。
「アリエルから聞いた対処法なんですが、祓いの力を持った何かをスマホの中に入れたら解決が出来るそうです」
つまりアプリを浄化できる何かしらの祓いのデータを入れれば良い、これさえ消えれば因果の修正力が働く。
捻じ曲げられた因果によって手にした物は何らかの形で全て無くなるだろうが、発生した悪い出来事も何らかの形で収集が付く算段だ。
しかしこれだけのモノとなると半端な祓いの力のデータでは消しきれない、実行するにはそれなりの祓いのデータを用意する必要がある。
「誠治、おめぇが霊力を完全開放して写真に撮ってもらうとかか?」
「うししっ、お兄ちゃんの写真が他人のスマホに入るとか、何か変な感じだねぇ~」
「…灰川さんを……写真に撮るだけ……?」
「成功したら凄いコトだよ! ボクにもやり方を教えて欲しいなっ」
この怪異自体を真正面からの勝負で祓うとなれば誠治は勝てる、だが物事はそんな簡単には行かない。順序を立てて祓いの力をデータにしていかなければ、しっかりと祓ってアプリを消し去る事が出来ないのだ。
幸せのアプリは複雑な構成を持ちつつも改竄が簡単にできるという、少し変わった特性がある。つまり付け込む隙は最初からあるという事で、今回はそこを突かせてもらうとしよう。
「これから俺が霊力を連続変換して動画に映る、もうスマホから出てる霊力の解析は済んでるから、後はそれに合わせるだけだ」
「「!!」」
これに驚いたのは藤枝とアリエルだ、連続変換ってそんな真似が出来るのか!?と思ってしまう。
数秒単位で霊力変換をしていき、霊力の影響を受けやすい特性があるアプリ怪異を削除してしまおうという算段だ。
誠治はデジタル怪異の祓い方は分からなかったが、アリエルから情報をもらって自分なりに解析と思考を重ねて対処法を見出した。
アリエルは聖剣のパワー充填をした灰川の力は見たが、そんな連続かつ高速の霊力変換が出来るなんて考えられない。
誠治が言ってる事は『10秒間で1000回ほど着替えます』と言ってるのと同じで、しかもその中には甲冑やフルドレスも大量に含まれるみたいな事なのである。
現実離れしてる、再現性がなさ過ぎる、挑戦しようとすら思えない、だが嘘を言ってるようには見えない。
「まあ、お兄ちゃんなら出来るかもね~、うししっ」
「なんだ、誠治なら出来るだろ、やっぱ解決策が見えりゃお前なら勝てるわな」
家族はそう言ってる、ならば出来るのか?、ファースのパワー充填だって再現性がほとんど無いのに、今からやろうとしてる事はパワー充填よりもハードルが高い事だ。
藤枝だって信じられない、確かに四楓院家で凄い力を持ってるのは見たけど、あの時は判断ミスで危険を誘発した時があった。あの時よりも技量が上がってるというのだろうか?
「話は決まったネ、みんな腹減ってるアルね! お祓いの前に中華食べてくとよろし! お代は灰川チャンが持つアルよ!」
「おっしゃ!気合入れっか! 王さん、いっちょ景気の良い料理頼むぜ! 予算は1万5千円以内ね!」
「任せるネ! 精の付く料理作って来るアルよ!」
こうして方針は決まり、少しの間だけ店を閉めさせてしまった詫びと、今からのお祓いの激励の意味も込めて食事を摂る。
餃子にラーメンに炒飯、八宝菜やレバニラ炒めなどを食べて英気を養った。青島も光明が見えた事で空腹を感じたのか、数日分の飢えを癒すかのように食事をしていた。
その後は近所の公園に移動して誠治が宣言通りに霊力を連続変換して動画に映り、着々とお祓いが進んでいくのだった。
その過程でやはり精神影響なんかもあったみたいだと誠治や霊能力者たちは判断する。
世の中の性格の悪い人の0,1%くらいの人は、何らかの怪現象の影響で性格が悪くなってるのかも知れない。そう感じずには居られない怪異だった。




