22話 生意気中学生 2
灰川を含めた4人は配信者専用階の5階に移動する、5階には複数の配信スペースと各種のアメニティが揃っており、配信者が快適に配信できる空間がある。
「破幡木、これは勝負じゃないから普通にいつも通り配信するんだぞ? 勝負だったらお前さんは最初っからボロ負けなんだから」
「バカ詐欺師ー! 勝負だったとしてもアタシが勝ってみせるわよ!」
5階に行きドリンクバーなどがあるロビー空間で座りながら、少しだけ話をする。破幡木は灰川が気に食わないがエリスやミナミと競ってみたいのだ。
子供によくある競争心だが、時にはこれが良い結果に繋がったりするから無益ではない。もっとも必ずしも有益とも言えないが。
「ツバサちゃん、灰川さんのこと詐欺師って呼ぶのはどうなのかな? 凄く、凄く失礼だよ?」
「ううっ、ミナミ先輩…」
ミナミが少し怒ってる、それを感じ取ったツバサは萎縮してしまうが、配信前にそういう精神状態になるのは悪い事だ。灰川はフォローを入れた。
「俺は灰川 誠治、好きに呼んでくれて良いぞ、俺も適当に呼ぶからよ」
「そ、そう、ならアタシは誠治って呼ぶわ、みんな灰川灰川って呼んでるから、この方が個性があって良いわよね」
「おう、別に良いぞ、俺もツバサって呼ぶからよ。ツバサって名前はアレか?お前のプライドがぶっ飛んでるって意味でツバサなのか?」
「違うわよっ! プライドそんなに高くないわっ! いや、低くもないけど! 名前の意味は登録者が天にまで上るくらいになるって意味でつけたのよ!」
ちょっと茶化すと突っかかって反応する、笑い袋の佳那美とは少し対照的だ。
「そういやツバサって何年生なんだ? 中学生なのは制服着てて分かるんだけど」
「中学2年! 背が小さいからって小学生と間違ったら怒るからっ」
ツバサは中学2年生だった、背丈だけ見ると小学生だから中学1年生かと灰川は思っていた。
「とりあえず3つパソコン持ってきたけど、3人の配信見るとなると少し面倒くさいな」
ロビー空間から4人は5階の小ミーティングルームに移動して準備をしてる、Vtuberたちは配信室で配信し、灰川はこの場所で3人の配信を見るという寸法だ。
「こっちはインターネットに繋がりました」
「こっちもだよー」
パソコンは無事にネットに繋がり灰川はブラウザを操作して動画サイトを開く、3人の配信ページを先んじて開いておくためだ。
「エリスの配信待機画面は可愛い感じなんだな、デフォルメされたエリスが良い感じだ」
「そうでしょー、会社の人が拘って作ったって言ってたんだ」
エリスの配信待機画面は女の子らしい感じが強く出てて可愛らしい、本人の元気な女の子らしい性格が良く出てる画面に思える。
「ミナミの待機画面は落ち着いた雰囲気で安らぐな、こっちも良い感じだと思う」
「ふふっ、灰川さんにそう言って頂けると光栄です」
ライトグリーンの背景にライトブルーの髪色の北川ミナミのキャラクター色が良く調和してる、見てるだけで目の疲れが取れそうだ。
「私の待機画面も見なさいよ! そして褒めなさいよねっ」
「待てって、ツバサのページはここかな」
それらしきページを見つけて開こうとしたら、間違って別のページを開いてしまった。
『ご主人様たちもっとニャン子をSNSとかで拡散するにゃんっ♪ 知り合いとか親戚とか配信に連れて来るにゃんっ♪ そしてもっとも~っとニャン子を広めて、映画化アニメ化ドラマ化して一攫千き……』
ブラウザバックをカチッと押して配信検索ページに戻る、何も見なかった、何も見なかった……。
「2秒くらいしか居なかったのに凄い自己宣伝してた…気合が違う…」
「ああいうスタイルのVtuberさんも居るんですね…勉強になりました…」
「アタシには真似できない…うん、出来ない…」
耳可愛ニャン子、恐るべし。お前はたった今、三ツ橋エリスと北川ミナミとオマケ一人を戦慄させた。
「あ、これか、ツバサのページ」
「そうそう、それそれ」
ページを開こうとすると、ツバサが灰川にグっと近寄り肩に手を置く、灰川は少しびっくりしたが子供特有の距離感なのだろうと、特に気にはしなかった。
「私もツバサちゃんのページが気になります、前と変わったのでしょうか?」
「お、おいミナミ」
「どうされました、灰川さん?」
「い、いや…なんでも」
ミナミも灰川の肩に手を置いてきた、今までそんな距離になった事が無かったから、年の差があるとはいえこんな可愛い子に近寄られると、見知った仲でも流石にドキリとしてしまう。25才であってもまだまだ男としては未熟だ。
「あー、結構カワイくしてるんだね待機画面、ちょっとキレがある感じだけど」
「ふふふー、可愛いけどカリスマも出ちゃってる感じを出してるんだよ~、良いだろ~」
ツバサの配信待機画面はちょっと背伸びして格好つけたような画面だ、それが割と似合ってる。
「後は配信始まるまで待つだけだな、今日はゲーム配信と雑談配信と、ツバサはネタ配信?なんだこれ」
「ネタ配信というのは視聴者さんを笑わせる配信のことで、今回はクラフトゲームをしながら笑いを取る配信のようです」
ミナミの説明ではネタ配信とは笑いに主眼を置いた配信で、ゲームをしながら視聴者を笑わせたり、雑談で笑わせたりする配信形態だそうだ。
エリスはこれが得意でミナミは少し苦手らしい、今回はツバサが家を作るゲームをしながら視聴者を笑わせる配信をする。
「そろそろ時間だな、みんな頑張れよ、ちゃんと見てるからな」
「うん、行ってくるね」
「ご期待ください、灰川さん」
「アタシの実力見てなさいよね!」
3人を配信室に送り出し、灰川はパソコンの前に座ってスタートを待つ。
【絶対】風神RPGやるよー!【負けない!】
三ツ橋エリス
同時視聴者1万人
『こんばんわ、みんな! 今日は難しいって話題の風神RPGやってくよー』
『じゃあスタート! あっ、キャラ可愛いー、マップはまだ狭いなー』
コメント;エリスちゃんこんばんわー
コメント;おっ、始まった!
コメント;このゲーム面白いよ
至って普通の出だしに見える、気負わず普段の意気込みで配信に当たれてる証拠だ。
ゲームが始まりトークの内容はゲームの良さと初見の感想など、明るい声で視聴者に伝えていってる。
『戦闘始まった!敵はそんなに強くないなー、最初のバトルだから当たり前かっ』
『結構いろいろアイテム貰えるんだね、最初から楽が出来て良いねー!』
コメント;初バトル勝利おめ!
コメント;そのアイテムは後で使うと良いよ
コメント;戦闘が面白そう!
マップを歩いたりバトルをしたりしてゲームを進めて行く、一貫して明るい配信で元気が貰えるような感じがする。
コメントの数も多い、明るい雰囲気の配信に釣られてコメントしたくなる気持ちはよく分かる。
『そういえばこのゲーム、アミナちゃんに進められてプレイしてるんだよー、面白いからやってみてって』
『けっこう簡単で分かりやすいね! バトルもマップ探索も面白いし、ミナミにもオススメしようかなー』
内輪ネタなども交えながら配信は進んでいく、良くも悪くも人気Vtuberの配信といった感じだ。しかしエリスの個性が完全には生きてない感じもする。
まだ配信の序盤だから何とも言えないが、同時視聴者の欄を見ると少し視聴者が少なくなってる……が、これは普段からっぽい。
エリスはスロースターターでテンションや面白さのエンジンが割と遅めにかかるタイプだとのこと。
【楽しく】今日は雑談です♪【お話】
北川ミナミ
同時視聴者1万1500人
『皆さんこんばんは、今日は楽しくお喋りしてゆっくりしていきましょう』
『そういえば昨日は新作ソーシャルゲームの、ワンダーピピックが発表されましたね』
コメント;配信ありがとう、ミナミちゃん!
コメント;今日も癒されに来たよ
コメント;ワンダーピピック面白そうだよね
ミナミの配信は丁寧な語り口で全体的に優しい雰囲気だ、じっくり見ると良さが身に染みる。
灰川は以前はミナミの配信は自分には合わないと感じたが、今見るとまた違った感じを受ける気がした。
『○○さん、今日もお仕事お疲れさまです、××さんも受験勉強頑張られてるんですね』
『私も配信を頑張りたいと思います、今度にはホラー配信も控えてますしね』
コメント;みんなお仕事おつ!
コメント;ミナミちゃんのホラー配信楽しみ
コメント;どんな感じになるのか気になる
視聴者のコメントも緩く優し目のコメントが多い、みんなここには癒されに来てるのが伺える。
実際にミナミの配信は癒し要素が多い、雑談背景は目に優しいライトな色を基調とした背景で、ミナミのCGモデルもライトブルーの髪色だから目に優しい。
『私は最近は動物の写真集を見るのが好きでして、この前もチーターの写真集を買っちゃいました』
『チーターって人に懐きやすいそうで、大きい猫さんみたいで可愛かったです』
近況を話したり、緩く可愛い話題を広げながら雑談をしていく。時にコメントを拾って反応したり、視聴者の質問コメントに答えたりして安定した面白さだ。
大きな笑い所や強い盛り上がりは無いが、安定した癒しをくれる配信は、それだけで強みと言えるだろう。
「二人ともやっぱ面白いし、それぞれの特色があって良いな」
エリスもミナミも5秒と視聴者を退屈させる事なくトークをして、高いレベルの面白さや癒しをくれている。
二人に共通する事は何か?それは『分かりやすさ』だ。エリスもミナミもトークだけで画面を見なくても現状や情景が頭に浮かぶような話し方をしてる。
それは意識しての事ではなく、元から備わってた資質だろう。無意識の言葉選びや話し方の抑揚、話の間の取り方、それらが絶妙に作用してトークを無理なく自然に楽し気な形にしてるのだ。
もちろん本人達の努力に寄る所も大きい、サブカルチャーの知識は広くカバーしてるし、トークの運び方だって何度も練習して試行錯誤したに決まってる。
だが才能があったことも確かだろう、いずれにしても努力と才能のどちらか一方だけでは、この年齢の子がネットの世界でこんなに人は集められない。
「さてと…もう一人はどうかね」
見なければならないのはエリスとミナミだけではない、もう一人のVtuber破幡木ツバサも居る。
ハウスクラフト3よ!集まりなさい!
破幡木 ツバサ
同時視聴者200人
『今日はネタ配信よ! アンタたち爆笑させてあげるわ!』
『まずはゲームを付けて~……準備完了!』
コメント;爆笑させてくれ、オモロイ失敗で
コメント;ハプニング期待
コメント;がんばれー
ツバサのVtuberCGモデルを見て灰川は「んっっふっ!!」と笑い噴き出しそうになった、何故ならツバサのCGモデルは本人そっくりだったのだ。
生意気そうな表情に小さい身長であることが伺える肩回り、ツインテールヘアーも本人と同じだ。しかも学校制服の衣装だし。
まるでCGモデルを作った人が「コイツそのままで良いか」みたいなデザイン手抜きをしたのかと思えるCGモデルだ。しかも何故かそれをツバサ本人が見て「良い感じじゃない!」と喜んでた風景が自然と浮かんでくる。
コメントは軽いノリで何か面白い事が起こるのを期待してる人が多かった、実際それが一つのウリなのだろう。本人は不本意かもしれないが。
『カワイイ家を作るわよ、材料はやっぱりコンクリートと鉄筋ね! 基礎部分のコンクリの打設はミキサー車何台呼べば良いかしら』
コメント;ちょ、そういうガチの建設ゲームじゃないぞ!
コメント;コンクリの打設ww
コメント;建設シミュレーターじゃないっての!
『え?? 基礎部分は無しで良い? 欠陥住宅じゃない!』
コメント;コイツやっぱ面白いわww
コメント;おバカなのにマニアックな知識はある
コメント;カワイイよツバサww
「ぎゃははは! コイツ中2なのに工事現場にでも居たのか? クラフトゲームでミキサー車呼ぶとかねぇから!」
ツバサの配信はかなり面白い、だが登録者は5500人と有名企業vtuberにしては伸びてない。
その理由はすぐに分かった、ツバサの配信は瞬間風速は強いのだが、面白い時と面白くない時の差が激しい。
時には数十秒間も黙ってゲームをやってる事があるし、面白いプレイをしたのに「あっ!」とか「うっ!」しか言わなかったり、面白くするチャンスを逃してる。
面白い時は本当に凄い、腹から笑える発言に愉快な反応、キャラクター性も相まって愛らしくも生意気で笑いを誘う。だが面白くない時間の方が圧倒的に長い。
まだ中学2年生なのだから仕方ないとも思うが、配信の舞台に立てば戦う相手は自分以外の全ての配信者だ。子供だからと甘やかされはしない。
「コイツはまだまだ伸びる余地アリアリだろ、ハッピーリレーは何やってんだ」
確かに逸材だ、エリスやミナミとは違った形の逸材である。中学生ながら企業勢Vtuberとしてデビューしてることからも、それは伺える。
灰川は配信者としての自分の事はさておいて考えてる、自分の問題点はこんなレベルではないことは重々理解してるつもりだ。
問題点をどのように言えばツバサに伝わるのか、少し考えてた時だった……灰川の背筋に薄ら寒い感覚がゾワッと広がった。
「なん…だ、コレ…?」
この感覚を灰川は知っていた、過去に何度か経験がある……近づいてはいけない場所に近づいてしまった時、危険な呪術に手を出して失敗し助けを求める人が灰川家に来た時、酷い曰くのある土地ばかりを扱う不動産屋の社屋……それらに感じたものと同種の物だった。
「なるほどな…ハッピーリレーの配信者に続けて怪奇現象が起こった理由の一つって訳か…」
その気配は『怨霊』と呼ばれる存在だ、何らかの理由で強い呪いを持った霊、それが近くに居る。
灰川は霊を見たりする能力は低い方だ、どこに居るか探すために集中すると……。
「ツバサの配信室に向かってる!」
霊が向かう先はツバサの配信室であることが分かった、そういう念を感じたのだ。エリスとミナミは少し前から灰川に除霊をされたり何だりで、多少は魔除けの気が蓄えられてる状態だ。ツバサにはそれが無いため標的にされたのだろう。
この強さの霊だと確実にツバサに不幸が起きる、それを確信した灰川は久々の本格的な術を使う事を決心し、汗を流していた。




