217話 試金石会議
灰川と桜が渋谷に夕方前に戻ってきて事務所に到着すると、灰川事務所の前には数名の人だかりが出来ていた。
「灰川さん、聞いたよー!」
「こんにちは灰川さん、いきなりの話で驚きました!」
市乃と史菜が来てる、学校の帰り道がてらに来たのだろう。由奈からはSNSメッセージで同じような反応が送られてきてる。
「灰川さんっ!聞いたっすよ! 事務所が変わるんですか!?」
「こんにちは灰川さん、まだ本格的な話じゃないそうだけど、びっくりしたよ」
来苑と空羽も来ており驚きを隠さず反応してる、どうやら灰川と仲の良い所属者には何らかの形で広まってるようだ。
「灰川さん~、これから会議なんだよね~? 私たちも出席して良いかな~?」
「え、ああ、まあ2社のトップ1からトップ3なんだから、駄目とは言われないだろうけど、忙しくないのか?」
「私は今日は配信は10時からだからOKだよー」
「今日は配信はお休みの日なので大丈夫です」
皆はそれぞれに夕方の時間は空いてるらしく、会議に出席する気が満々だ。どうしようか考えてると。
「来たか灰川君、ご苦労」
「灰川さん、急な話ですいません。まあ何も決まってないし、思い付きで出た話なので聞くだけ聞いて下さい」
社長2人も来て灰川事務所の中に入り、ソファーに座ったり椅子を持って来たりして、来苑と市乃は立って話に参加する。
流石に会社を支えてる所属者達が参加というのは社長達も断る事は無く、これまで参加してきた活動などの会議とは違うビジネスの話し合いを見せる、という意味合いを込めて会議が始まる。
「まずは最近の業界の動きについて説明しようか、それで良いかな?」
「はい、俺にも分かるように説明してくれると助かります」
「うむ、灰川君や皆に分かるよう言うつもりだ。皆にも無関係ではないのだから、活動方針の考慮の一助にしてもらいたい」
渡辺社長と花田社長は最近の業界についての話を、裏の部分を含めて皆に説明する。中高生といえども知る権利はあると感じた上での話だ。
「我々は配信やネット活動というプラットフォームに、そろそろ規制が入ると睨んでる」
「え…?」
「それがどういう形になるか、本当に起こるのかはまだ分からないけど、準備と対策はしておくべきだと考えてるんだ」
市乃たちも少しざわつく、彼女たちにとっては自分に直結する問題なのだ。
今の所は配信や動画投稿は半ば無法地帯だ、詐欺染みた恋愛営業をして金を引っ張る配信者やV、デマを拡散する者、迷惑系、現実世界で良しとされない者達も多く参入してる。
「そこにライクスペースの事件があっただろう? 反社会勢力が業界に食い込んでたという事もあって、社会から問題視もされてる」
あれはヴァンパイアが~~…なんて言う事は出来ない、そもそも遅かれ早かれ業界の脆弱性に気付いた反社が、何かしらの理由で食い込んで来た可能性は高い。今ですら配信界隈には反社やアウトローの影がチラつくのだ。
ライクスペースは急成長した会社だったが、会社組織としては付け入る隙が多かったらしく、実は資金繰りなども単純で可視化しやすく、脆弱な会社だったと渡辺社長は言った。
「我々は今後の業界の事を見据えて事業をやっているんだ、所属者にはファンの方を向いてもらい、経営陣は会社を見る。これは前も今も変わらないよ」
「法規制が来ても耐えられるよう、来なくても躍進できるよう業態を広くする。そう考えた結果として灰川君に新たな業態の試金石になってもらいたいのだ」
どんな業界でも現状が続くとは限らない、むしろ全てが凪のように進む業界など無いのだ。
今後に配信やネット活動において法規制が掛かる可能性はある、今までだってネットで金銭に関するトラブルは数え切れないくらい発生してる。
それらを防ぐためにネットには様々な規制が掛かって来たが、配信業などには規制が薄い。だからこそ最近はトラブルが頻発してるとの話だ。
それらはニュースになるような事は少ないが、見えない所で寸借詐欺や脅迫、詐欺募金、誇大広告、様々な問題が発生してるが実質野放しが続いてる。
金をもらって当然と考える配信者の考えが広まってたり、集金を第一目標にしてる事を隠そうともしない配信サイトが出て来たり、あまり良くない風潮がここからも広がると見てるらしい。
そうなれば業界の更なる信用低下と求心力の消失は避けられない、配信業とは視聴者から金を搾り取ろうとする悪質キャバクラか、悪質ホストクラブと同じような目で世間から見られる事になる。
そんな界隈になったら法規制は免れない、スパチャ破産なんて言葉が定着した時が危険だろう。
「あの…そんな風に私たちのこと見てるんすか…? なんかショックっす…」
「れもん、皆をそういう目で見てる訳じゃなく、そういう風潮が出て来たと言う事なんだ」
「確かに最近って…なんだか前より少し変わった気がしてました、そういう風潮ってやっぱり出て来てるんだと思います」
史菜の声に一同が黙る。界隈の変化を感じ取ったからこそ、2社は一足先に新たな道を切り開こうとしてる。そこにはビジネスや先行きに対するシビアな話が付いて回るものだ。
そして何より、シャイニングゲートは真っ先に不利な法規制があった場合に向けて備えなければならない事情がある。
「正直に言うと、法規制が来たらシャイニングゲートは終わりなんだ。ウチでのVtuberのテクノロジー維持は凄くお金が掛かるし多くのスタッフが必要不可欠だ」
法規制が来た場合に最もダメージを受けるのは、業界ナンバーワンのシャイニングゲートだ。業界ナンバーワンを誇るVtuber技術の維持や発展は様々な面で金が掛かるらしい。
規制でスーパーチャットに『配信者一人が受け取れる金額は1日に5000円まで』という法が出来たら?
動画サイトでの広告は1日に1000再生までしか収益にならないとかなったら?
メンバーシップ廃止、動画サイトでのショッピング機能禁止、これらは極端だが似たようなルールが出来て首を絞められる事態になるかもしれない。
個人勢で言えば、個人間でのネットでの金銭のやりとり厳罰化、そもそも配信は免許制になって収益なども法による完全管理という事態、どんな小さなことでも即座に収益化停止、ファンクラブ等も完全に法管理。
これらは完全に極端だが、このような規制が掛かる可能性はあるだろう。
国は法を作る時は一般人には分かりにくい形とかで法案を通す、面倒な文章を読むのも理解するのも嫌な人達は目も向けない。
そして何より、配信とかVtuberがどうなろうが大多数の人間にはどうだって良い事だ。だからこそ配信に対する法規制は通しやすいと言える状況だ。
「もし法律が変わったらっ…!やばすぎっすっ…! 所属者が生活できなくなっちゃいますってっ…!」
「私も含めてここに居る所属者の皆がだよ。旅行会社もやってる渡辺社長と広告編集会社もしてるハッピーリレーさんは違うかもだけどね」
「確かにそうだな…ルールが変わった時に対処が出来ないって怖いよなぁ…」
灰川は先日のOBTテレビにてカードバトルを行った時に、ルールの怖さというものを強く実感した。
何故そうなる?なんでこうなっちゃうの?なんて疑問の余地も無いまま、ルールだからで済まされてしまうのだ。
確かに今の配信界隈は表になってないだけで問題が非常に多い、守銭奴や詐欺師みたいな連中が増えてる。こうなった場合は規制強化の法案は提出される恐れがある。
現状は問題が多いネット配信やSNS界隈だが、そこから受けられる恩恵は企業にとっても大きい物だ。現状の恩恵が受けられなくなった場合の対策、それを2社は前から考えてた。
金名刺の力で法改正を無くさせる事は恐らく無理だ、民主主義国家における法律とはどんな権力者であっても、身勝手に簡単に差し替えたりは出来ない。バレたら即死レベルの超超大事になる。
「配信業界は大きくなる過程の中で、間違えてはいけない何かを間違えたって感じですか…」
「そうかもしれない、けれど僕らだけじゃ大きな流れは変えられない。ナンバーワン企業って言っても、業界全体から見ればほんの一部でしかないんだから」
拝金主義にしろ自己顕示欲の表出化にしろ、何かと過剰な者がシャレにならないイメージダウンを誘ってる。
儲けは大事だが、儲ける方法をきちんと考える必要はある。一部の人から過剰な金額を搾り取ったりするのは頂けない方法だと、多くの人が感じるだろう。
もちろん真っ当に視聴者に面白い時間を届けたいと思って活動してる人達も大勢いる、しかし世の中はどうしても悪い部分が人目に付く物なのだ。
「そこで重要になるのが業態の拡大と、集金経路の確保になるんだ」
「その試しを灰川君に担ってもらいたい、我々も生き残りをかけて必死なんだ」
「そんな…上手く行く訳ないっすよ…」
法改正など通そうと思えば年単位の時間が掛かるから時間はある。しかし現状に甘んじて同じ事をしてたら、イザ何かあった時に動いても遅いのだ。
企業である以上は儲けなければならない、どこかしらから集金しなければ会社は潰れてしまう。
配信企業は視聴者第一に考えたい所ではあるが、実際には会社を存続させて大きく儲けて次に繋ぐために、利益を第一に考えつつ視聴者を満足させていかなければならないのが現実だ。
ファンに継続的にコンテンツを出して行けるのも、企業が儲けてるおかげなのだ。儲けが無ければイベントや新形態の配信などは出来ず先細りする、技術発展も所属者サポートもタダでは出来ない。
会社が大きくなればフットワークは重くなる、シャイニングゲートは現在は社員が400名に近い人数だ。上場企業だしルールが変わった時に受ける打撃は他社の比じゃなく、ハッピーリレーも大きな打撃は免れない。
「灰川さん、試してみてはくれないか? 後ろ盾もあるから成功は間違いない、そこを皮切りに僕らも新たな形態に向かいたいんだ」
「実質的に成功確率が最も高いのは灰川君だ、君の特殊な伝手は他の者には無い」
花田社長はこの『灰川事務所を総合芸能事務所に』という計画において、他の者がやるのと比べ物にならない程の成功率、100%に近い成功率があると語る。
「でもさー、所属者はどうするんですか? 総合芸能事務所なんて言ったって、空羽先輩以外は顔出しNGだと思いますよー」
「私もVtuberとして灰川さんの事務所に移籍するのは大歓迎なのですが…顔出しはちょっと…」
「いやいや! エリス君、ミナミ君! 怖い事を言わないでくれ!君たちはハッピーリレーで頑張って欲しいと本気で思ってる!」
「自分も契約更新したばっかりっすよ、でも灰川さんの事務所って興味あるっすね!」
「私も興味あるな~」
市乃も史菜もまんざらでもない様子、史菜に至っては大歓迎とまで言われたが流石に駄目だ。試金石の事務所に2社の一線級の所属者を入れる訳にはいかない。それにVtuberモデルとかどうするの?という問題もある。
来苑や小路にも灰川から断りを入れておいた。
「う~ん……灰川さんが自分の事務所の子に手を出すとは思えないけど、釘は刺しておいた方がいいよね……」
空羽も何か言ってるが話は続く、内容は所属者をどうするかについてだ。
2社の所属者から引っ張るのはダメと灰川が言うが、それならどうするか?募集を募って誰かを選ぶのはリスクが高いし、良い素材を持った人物を探すのも難しい、性格だって少し会った程度じゃ分からない。
「そこに関しては是非に灰川君に面倒を見てもらいたい子がいる、所属者を引っ張るのはダメと言うが、この子に関しては本気で考えて欲しい」
「誰なんですか? まずはそこを知らないと何も言えないですって」
「そろそろ来るはずだ、ちょうどこの時間に来てもらうよう伝えてたからな」
花田社長がそう言うと事務所のインターホンが鳴り、誰かが入って来た。その人物は。
「こんにちは灰川さん、お久しぶりです。明美原です」
「灰川さん、佳那美です。こんにちは」
「か、佳那美ちゃんっ? それに佳那美ちゃんのお母さんもっ?」
事務所に入って来たのはハッピーリレーVtuberのルルエルちゃんこと、明美原 佳那美とその母親だった。
「急で驚いたと思うが、まずは事情を説明させて欲しい。良いかな灰川君」
「は、はい…どういう事なんでしょうか?」
灰川だけでなく市乃と史菜、面識のある空羽も驚いてる。桜と来苑は大きな面識が無いから分からないが、それでも佳那美の事は聞いてたようで驚いていた。
「灰川君に頼みたい子というのは他でもない、佳那美君だ」
花田社長の説明が始まり、その場に居る者達は耳を傾ける。佳那美は真面目な顔であり、普段の無邪気な表情とは何処かが違かった。
「知っての通り、佳那美君は少し前にハッピーリレーから小学4年生という、異例の年齢でデビューしたのだが~~……」
佳那美は灰川がハッピーリレーに関わるようになって少ししてからデビューを飾り、今は登録者が10万人に上ってる。これはもっと前から活動してた破幡木ツバサと同じくらいの人数だ。
ハッピーリレーでは小中学生年代のVtuberを出そうと考えて育成年代教室というものを開いており、そこでは配信の事やネットの注意点など、他にも動画作成編集なども学べる教室を開いてる。
育成教室ではトーク術、歌唱、ダンス、演技、その他にも様々な事を教えてるらしく、近々にそれらが実を結び、数名がデビューするかもしれないとの事だ。
「その教室で佳那美君は誰が見ても優秀と分かる才能を見せてるのだよ、Vtuberはもちろん、その他も充分にプロと遜色ない技能になってる」
佳那美はデビュー後も教室に通い続け、自身の技能の強化を図りつつ活動してたのだが、そこで新たな芸能の才能がどんどん開花したのだ。
花田社長はメディア業界出身であり、プロの役者や歌手を何名も見てきた。その花田社長が『佳那美は芸能才覚の塊』と称してる。
佳那美の歌を聞いたら感動で涙が止まらなくなったスタッフが出た、佳那美のダンスが可愛すぎて金縛りみたいに目を離せなくなった講師が居た。
配信でのトークがどんどん上手くなって登録数がどんどん上がる、演技練習では佳那美の才能に震えが止まらなくなったと花田社長が言う。
「佳那美ちゃんって、そんなに凄いんですか…? 全然知らなかった…」
「元から才能はあるだろうと感じてはいたが、ここまでとは思わなかった。それに才能が開花するのは早くても数年後だと見てたからな」
「灰川さんっ、がんばってるから色々と上手くなったんだよっ! すごいでしょ!」
自慢気に胸を張る佳那美だが胸は無い、灰川は「凄いしビックリだよっ!」と反応しつつ、花田社長の話は続く。
「そこで私から佳那美君と両親に相談して、もし良かったらVtuber以外の活動も考えてみませんか?と打診させてもらったのだ」
佳那美の才能はVtuberという枠に固めてしまうのは勿体ないと花田社長は感じた。そこで明美原家に、佳那美が望むならジュニアアイドルや子役俳優、児童歌手、声優などの活動を真面目に考えてみてはどうだと言ったのだ。
花田社長は佳那美の芸能における各技能は既にプロレベル、100万人に1人の才能だと踏んでる。
当初は父親も母親も戸惑ったが、佳那美のハッピーリレー育成教室に来て娘のレッスンする姿を見たら気持ちが変わったらしい。
「灰川さん、私は実は趣味半分で劇団に所属してまして、少しは演技の事なんかも分かるんです」
「そうなんですかっ? それも知らなかったです」
佳那美の母は大学の頃からアマチュア劇団に所属してるそうで、演技の事などもある程度は分かるそうだ。
そんな母が見るに佳那美の演技力や表現力は、10年以上も演技をしてる母より既に遥か高みに登ってるという事だ。歌もダンスも凄いらしい。
「でも佳那美ちゃんはどう思ってるんですかっ、そこが一番重要だと思いますっ」
「そうだよな、史菜の言う通りだよ! そこか一番の問題だって!」
史菜が最も大事な部分にツッコミを入れてくれて、佳那美本人に聞く事にする。
佳那美がどんなにVtuberになりたかったか灰川や市乃、史菜は知ってる。今更に別の道に逸れるなんて許容しない可能性があるのだ。
「灰川さん、みなさんっ! ごめんなさいっ、佳那美はハッピーリレーで色んな事を勉強して! Vtuber以外のこともやってみたいって思うようになっちゃいました!」
佳那美は立ち上がって皆に頭を下げる、これまで応援してくれてVtuberの色々な事を教えてくれたのに、他の事も興味を持ってしまった事への謝罪だ。
本来なら謝罪するような事ではないが、周りから受けて来た応援を裏切るような気持ちになり、居たたまれなくなったのだろう。
何かの活動を始めた事が切っ掛けで、別の種別の道に興味が出てしまう。良くある話であり、大人でも子供でも普通に起こり得る現象である。
「でもVtuberも止めたくないですっ! 続けながら色んな事をしてみたいんです!」
「佳那美ちゃん…うん、私は良いと思うよっ」
「私も良いと思います! まだ小学生なんだから、色々と挑戦してみるのが良いよっ」
「エリス先輩っ…ミナミ先輩っ…! ぐすっ…ありがとうございますっ!」
同所属の市乃と史菜は佳那美のやりたい事を応援すると言う、両親も佳那美がやりたい事を応援してあげたいという気持ちだ。
佳那美も様々な事に挑戦したいと言うし、佳那美を様々な場所で活躍させて存在と才能の大きさを示すには、灰川の伝手の力が最も手っ取り早くて安全だと語られた。
灰川から見ても佳那美は凄い子だと思う。9才という一桁年齢で企業Vtuberとして活躍してるだけで凄い。
見た目も前から可愛かったが、最近の佳那美は更に可愛くなってると感じる。子供から女の子に変わりつつある年代であり、市乃や史菜の少女年代とは違った意味の可愛さがある。
容姿は以前と変わらず、元気さがそう錯覚させるのか髪は優しく赤味がかった印象の黒髪でセミロングヘア、身長は137cmくらいである。
最初に出会った頃に灰川が思った『超可愛い』『将来は絶対に美人なる』という考えは今も変わってない。その後は笑い袋だと判明して少し見え方が変わったが、兄のように慕ってくれる佳那美の事は大事に思ってる。
今の佳那美にデビュー前の緊張に押しつぶされそうな頃の面影はない、色々な事にチャレンジしたいという気持ちでいっぱいのようだ。
「分かりました、強く前向きに考えます。佳那美ちゃんは歌や演技の練習とか、何をしたいかご両親やスタッフさんとよく相談しててね」
「ええっ? 灰川さんっ、そんなに簡単に決めちゃって良いのっ!?」
灰川の返答に驚いたのは、活躍の場を与えて欲しいと言ってきた佳那美本人だった。灰川は即座に半ばながら了承したのを驚いてるし、母親も驚いてる。
「流石にまだどんな風にするかは決められないけどさ、近い内に必ず佳那美ちゃんの力になれるよう頑張って考える。でも先に聞いとくよ、本気なんだね佳那美ちゃん?」
「うんっ! 絶対にあきらめたりしないよっ! だって本気だもん!」
「分かった、じゃあ俺も頑張ってみるよ。まだどうなるか分からないけどさ」
「ありがとう灰川さん! 私、すっごいガンバるねっ!」
母親も灰川に頭を下げ、社長2人も意外そうな顔をする。
しかしまだ何も決まってない状態であり、佳那美と母親には『ぬか喜びになるかも知れないから、過度に喜ばないように』と釘を刺しておく。
その後は佳那美は今日は配信があるため、母親ともども礼を言ってから自宅に戻っていった。
「灰川さん、良かったの? 佳那美ちゃんの歌とか演技とかを見てから決めても良かったんじゃないかな?」
「あ~、空羽、俺が歌とか演技とか見たって才能のある無しが分かんねぇんだ。それに明美原さんに借りがあるからよ」
「えっ? 佳那美ちゃんのお母さんかお父さんに何か恩があるのー?」
佳那美には怪人Nの時に不安感で集団パニック寸前だった学校の全校生徒の精神を治めてもらった恩がある。
それともう一つ、誰にも明かしてない恩があるのだが、これらの事は話すつもりは無い
「でも花田社長、佳那美ちゃん一人じゃ元の目的の新機軸発展は無理じゃないすか?」
「あ、ああ…そうだろうね。すまない、まさか灰川君がすんなり了承するとは思ってなかったのでな…」
「僕らもまだ全然何も考えてない状態だったんだ、芸能事務は誰がやるとか、他の所属者をどうするかとか…」
「「ええっ!!?」」
社長達は草案程度の気持ちで相談に来たのだが、まさか灰川が最初から乗ってくるとは思わず、話だけのつもりだったらしい。
人員をどうするか、実務をどうするか、そういった事は考えず灰川に最初から話し、ゆっくりと説得して事を進めようと考えてたそうだ。
「コバコも桔梗も移籍は出来ない…契約したばっかりだからね…」
「今のハッピーリレーからスタッフなんて出せんし、所属者は兼業が多いから難しいな…」
「それってマズイと思うな~、佳那美ちゃんに期待だけさせて、裏切るような事になっちゃうよ~」
スタッフ募集?誰が来るんだ?信用できる人など来ない可能性がある。
所属者募集?今から?才能があって無名の事務所に来たい人なんて来ないだろう。
シャイニングゲートの系列だとか名乗れば大勢が希望するかもしれないが、本気で売り出せるような人物なんて来るのか?
降って湧いた話に乗り、思い違いやその場の空気感で話が進んでしまい、思わぬ事態になった。
実質的に灰川たちは所属者などを短期間で探さなければならない。もちろん小規模な試金石事務所だから人数は少なくて済むが、どうしたら良いのだろう?




