216話 道を行くということ
「なるほど、平成初期に発売された怖い物件の本を探してるんですか」
「そうなんですよっ! めっちゃ欲しいです、探しても何処にも無くて」
「昔に見た気がするんだが、どこにあったか忘れたね」
「どんな物件が載ってる本なんですか~?」
昭和平成裏物件図鑑、定価4000円で発売された3冊組の超マイナー図鑑で、当時の日本全国のヤバイ物件が掲載された本だ。
発行部数は1000とかくらいだそうで、市場に出回る事は絶望的、マイナー過ぎてプレミア価格も付かないウルトラマイナーな本らしい。
「ワケアリーさんって訳アリ物件好きなんですか? だからああいう店を?」
「そうです!訳アリ物件の魅力に取りつかれてます!」
最近は事故物件と呼ばれてホラー界で一目置かれる分野になったが、この手の物件は昔から存在する。
大体は住みたくない、怖いと言われて避けられる事が多いが、どんな物にも好事家とかは居るものだ。進んでそういう物件に住む人なんかも居るし、独特の怖さが人の恐怖心や好奇心を引く存在でもある。
「平成初期の本っすか、そうなると今は簡単には見つからないっすよね。再販なんかも期待できないでしょうし」
「そうなんです、金橋さんが店にあるかもって言った時は滅茶苦茶に期待したんですが」
昔は今ほどには出版や放送における制限が厳しくなかった、そのため昔の番組や書籍の方が面白いという人が居たり、ファンが居たりする。
昭和平成裏物件図鑑もそういう類の本らしく、ワケアリー不動産の店長は以前から探してるようだ。
「あれ? その本、さっき棚の下の方で見たような…」
「えっ!? 何処ですかっ?」
灰川はワケアリー不動産の店長を連れて心当たりの場所まで案内すると。
「あった! 本当にあったっ!!」
「倉庫の方にあると思ってたんだがね、店の方にあったか」
「良かったね~、店長さん~」
金橋古書店の店主は店に出してたのを忘れてたようで、そこを灰川が偶然に見かけてたという感じだ。
灰川としては内容を聞いたら気になったのだが、背表紙を見ただけだと『裏道とかにある物件』みたいに思ったのか、気にしなかった。
「じゃあ和卦屋さん、7000円って値札が付いてるから7000円だね」
「はい、あ1万円出しますんでお釣りは良いですよ、これが前から欲しかったんだ!」
「良かったっすね、もう手に入らないだろうから大事にした方が良いっすよ」
「むふふ~、おめでと~ございますだよ~」
金橋古書店の店主は裏音楽には執着と執念を出すが、古書に関しては普通の商売をする。
珍しい本ではあるが市場で高値が付いてる訳ではないから、普通より少し高い程度の古書相場の金額で売り、それに感謝した和卦屋が少し色を付けて購入した。
「どんな本なのか気になるかも~、店主さん~、少しだけ面白そうなページを読んで欲しいです~」
「私も早く中身を確認したいと思ってたから丁度良いですね、他に客もいないようですし」
「まったく…まぁ構わんがね」
そのまま会計レジで本の中身を確認する事になり、灰川たち4人で昭和から平成にかけてのヤバイ物件が記された図鑑を開いてみた。
「なになに? 当書は全国の心霊物件や何らかの訳アリ物件を掲載した本です、不動産屋の取引の参考、物件購入をする方の地雷物件回避に使ってもらえれば幸いです、だってさ」
「うおおっ、俺が買えば良かった! でも7000円じゃ買わなかったろうなっ、問題ナシっ」
「古書は高いとウン十万なんて物も珍しくないぞ、マニアには分かるんだがね」
「怖い家とかが載ってるんだね~、面白そ~」
そのままページを捲って少し見て行くと、情報は古いし今では取り壊されてしまった建造物が多いのだろうが、様々な情報が出て来た。
「北海道から沖縄まで網羅されてる! 話に聞いた通りだ!スゴイじゃないか!」
「今も残ってそうな建物もあるな、和卦屋さんなら分かるんじゃないかね? ワケアリー不動産の店長なのだしね」
「私たちが不動産屋に行った時も、訳アリ物件いっぱいだったもんね~」
「おっ、この建物って俺と桜と朋絵さんが行った渋谷の物件じゃん! 平成初期の建物だったのかぁ」
昼間の古書店の会計レジで本を開き、桜にも分かるよう3人の内の誰かが読み上げ、あーでもないこーでもないと盛り上がる。なかなか面白い風景だ。
図鑑には住所や建物の写真まで掲載されており、そんな中で目に付くページは幾つかあった。
北海道の鮮血の館
道南の国道○○号線から市道に外れて10キロほど行った場所にある、20年前に殺人事件が発生したという噂がある広い物件。
実際の事件は居住者家族が夜逃げ同然に引っ越したという事であり、著者がその家族を突き止めてインタビューをした所、怖い事情が浮かび上がった。
一家は中古物件で購入して普通に家族5人で館に居住しており、特に殺人事件なども購入前にも発生してない。鮮血の館なんて呼ばれてるが、そんな名前にされる出来事は無かったそうだ。
だが住み始めてから1年ほど経過して怪奇現象が発生し始める。電話なんて置いて無い場所から電話の音がする、夜中に家中の蛇口が一斉に開く、誰も居ない部屋から人の声がするなどだ。
お祓いをしたりもしたが効果が無く、我慢して住んでたのだが……ある日にとても我慢できない事態が発生した。
2階から7才になる末の子の泣き声が聞こえてきて、母親が見に行くと子供が奥の部屋の中から伸びてる腕に掴まれて、部屋の中に引き込まれようとしてたのだ。
伸びてた腕が子供の手だったので最初はお兄ちゃんが引っ張ってると思ったのだが、他の子は夫と一緒に出掛けてるのを思い出す。
こんな事があったのでは住んでいられないという事になり、引っ越しを決意したとの事だった。
長野県の避暑地の豪邸
全国でも有名な別荘地に格安で売られてる豪邸がある、もちろん訳アリで過去にこの豪邸を買った3名が全て破産してる。
一人はやり手の銀行家だったが巧妙な詐欺に騙されて破産、2人目は社長だったがここを買った途端に商売が傾いて破産、3人目は歌手が豪邸を購入したが浪費癖が付いて破産した。
金持ちはゲン担ぎを大事にする人が多いらしく、そういう人からは敬遠される物件になってしまった。買った人が3人とも破産した家なんて確かに嫌かもしれない。
だが問題なのはこの物件を買った人たちが、それまでは上手く行ってたのに途端に商売や生活が傾いたという部分だろう。
一人目の銀行家は詐欺などには注意を払ってたし、2人目の社長はそれまで商売は繁盛してた、3人目の歌手は浪費癖などそれまで無かったそうなのだ。
この豪邸には人の運勢を狂わせる何かがあるのかも知れない。
高知県の行方不明マンション
県北の住宅地にある10階建てマンションだが、ここの住人が立て続けに行方不明になったと噂がある。
実際には短期契約マンションであり、気付いたら住人が変わってるだけという話だったのだが、そこには裏があった。
調べてみると、ここに住んだ住人がその後に行方不明になる率が高いというデータが出た。その率は契約者合計50名に対して10名であり、明らかに異常な数値である。
何があったのか調べようとしたが、特に何かが分かる事もなかった。現時点では問題は発見されてない。
しかし引っ越し後の行方不明率20%は不自然だ、危ない物件には近づかない方が賢明だろう。
「色々な話が載ってるっすね、幽霊話、不幸系の話、他にもいっぱいだ」
「これを探してたんだ! やっぱり訳アリ物件は面白い!」
「和卦屋さんは職業にするくらいだからな、もう訳アリ物件オタクみたいなもんだろうね」
「嬉しそうですね~、よっぽど探してたんだろ~な~」
どうやら探してた物と一致してるようで、ワケアリー不動産の店長は満足してる。探してる物が見つかった時の嬉しさは、どんな立場の人間でも共通だ。
「今度に不動産をお求めの時はウチに来て下さいね! 良い物件も悪い物件もお安くしておきますよ!」
「悪い物件って言っちゃってるよ……そういう不動産屋なのは知ってますけど」
「その時はお願いします~、また灰川さんと朋絵さんと一緒に物件巡りに行きたいな~」
お目当ての品を手に入れた店主はいそいそと帰っていき、灰川と桜が古書店に残される。
桜はじっくり点字本を見たいとの事で、棚に灰川が連れて行き品定めをする。その間は灰川は店長と話をする事にした。
「店長さん…やっぱ裏音楽に拘ってんですか…?」
「やっぱ気付いてたか…その通りだ、今もそれだけは譲れんね」
灰川が霊視すると店主は裏音楽の影響の黒い念が纏わりついてる、今まではどうにか裏音楽の影響を寺社仏閣への参拝や、腕の良い霊媒師を頼んで祓ってたようだが限界が近い。
「なんで裏音楽なんですか? 普通の音楽だって良い物がいっぱいありますよ、わざわざ残忍な方法で作られた音楽なんて…」
「だからこそだ、どんな非人道的なやり方で作られたのだとしても、裏音楽は作曲家の全てが込められた旋律なのだ」
裏音楽とは音楽家を幽閉したり、家族を人質に取ったり、無実の罪で投獄して死刑判決にして人生最後の曲を作らせるなどして作られ、その経緯から非常に強い念が籠った音楽だ。
残忍な作成法以外でも、何らかの要因で同じくらいの念が籠った音楽も裏音楽と呼ばれる。この店主はそういった裏音楽のコレクターだ。
「残忍だろうが何だろうが、その曲には作曲者の人生が込められてる。その作曲家の人生の全てを懸けて書かれた曲だ、これを初めて聴いた時は衝撃を受けたさ」
店主は昔に裏音楽を聴いて人生が変わったらしい、それ程の衝撃だったのだ。
田舎の貧乏な家の生まれだったそうで、将来は自分も貧乏して暮らしていくんだろうと漠然と思っていたらしい。
しかし高校生の時に偶然から裏音楽の存在を知り、曲を聞くと凄まじさに圧倒されたそうだ。ピアノの一音から熱が伝わる、バイオリンの旋律が川と風を思わせるようだ、曲自体が凄いのが素人でも分かる。
それからは裏音楽の情報を少しでも入手するために東京へ行き、がむしゃらに生きて妻も持たず、同好の仲間たちと共に裏音楽の収集に夢中になった。
音源を入手するために必死で働いた、どうにか金を貯めて借金して神保町で古書店を開き、裏音楽の収集に更に熱を上げた。そして今に至ってる。
「仲間は大部分は裏音楽の影響にやられてしまった、私は運良く残ってるがね」
「そうなんですか…やっぱり危険なものなんですね…」
「自業自得さ、覚悟の上で楽しんでる。恨み言を言うつもりも無いさ」
危険と分かってるけど止められない、止めようとも思わない。そのくらい店主は裏音楽という存在に心を奪われてるのだ。
「もちろん自分で作ろうなんて事は思わんよ、私は別に非人道主義ではないからね」
「もしやったら犯罪ですよ、作り方が問題だらけですからね」
「分かってる。ただ過去の音楽家が命を賭して作った旋律に、それらの音楽が誰にも聴かれずに居るのは忍びないと思ってしまってね」
裏音楽は表に出る事は無い、大概は無名の音楽家の作った曲だからだ。それにオカルト的影響がある音楽は、国家超常対処局のような機関が隠蔽してるのだろう。
店主はそんな音楽たち、かつて音楽家たちが全てを賭して作った曲を聞いてあげたいという気持ちもあるのだと言う。
時代の闇に葬られた音、それを広めようとは思わないし、その良さは知る者が知ってれば良いと語る。良くない影響もあるのだから率先して聞くような物じゃないとも語った。
「やはりまだまだ聞き足りんよ、彼らの念や思いが極限まで籠った曲たちを、まだまだ聞きたいのさ」
「なるほど、止めても無駄っぽそうですね」
「無駄さね、生涯裏音楽と決めてるからな。それにあと数年もしたら店も閉める、そうなれば裏音楽の本場の海外に渡るつもりさ」
「ええっ? その年でですかっ?」
「道を究め行こうとするのに、己の満足と本当にやりたい事のためなら年など関係ないさね。まだまだ私の全盛期はこれからさね」
店主はもう60才も過ぎるような年齢だが、それでも己の求めた道を更に進むため、まだまだ行くつもりだと語る。
その気概に灰川は何か感じるものがあった、自分はどうなのか?
何かをやってみたい、この店主のように道はどうあれ熱く歩いてみたい、そんな気持ちにさせられた。
さっきのワケアリー不動産の店長も、訳アリ物件の存在に心を掴まれ道を歩いてる。自分の周囲の人達もVtuber活動や会社経営、それぞれの仕事に熱を注いでる。
「俺も何か熱を出せるもん見つけたいなぁ、やっぱコンサルタントとして頑張るかなぁ」
「お前さんはまだ若いさ、ゆっくり見つけりゃ良いさね。まぁ、道は踏み外さんようにな」
「そうすね、ちょっと良いっすか? 大きな声出すから驚かないで下さいよ。灰川流陽呪術っ!邪気霧消っ! すぅぅ~~……せいっっ!」
「うおおっ! ど、どうしたんだねっ」
「面白い話を聞かせてくれた礼です、店主さんの裏音楽の悪い影響を消しておきましたよ」
人生は色々だ、何を好きになるか、誰と出会うか、どんな道を歩むのか、人によって全く違う。
店主は裏音楽という危険な物を好むが、それを押し付けたりはしない人物であり、作曲者たちへの敬意を持って聴いてる。その事に灰川は尊敬の念を感じたのだ。
危ないからって近寄らないのではなく、危なくても好きになってしまったからこそ、自身で出来る万全の用意をして臨んでる。それは正しいかはどうあれ『道を行く』という事の本質なのではないかと感じた。
「ありがとうな、お若い霊能者さん。余程腕が良いらしいな、今度は金を払って頼みたい所だね」
「そん時はここに連絡してください、でも人には教えんでくださいよ。面倒は御免ですから」
「分かったさね、よっぽどの事があったら私から紹介して良いか電話させてもらうよ」
「そうしてもらえると助かります、金ナシのヘッポコ霊能者で良けりゃですけどね」
「はははっ、お前さんも難儀してるようだねぇ」
大きな声を出してお祓いをしてしまったが、強い悪念を祓うには声を張るのが早いのだ。
桜も向こうの棚の奥で「うひゃ~」と驚いてたようだが、店主から何かを感じていたのか聞きに来る事は無かった。
「結局あの棚にあった点字本は全部買っちまったのか、スゲェな」
「むふふ~、2割引きにしてくれたよ~。良い店主さんだね~」
店主が言うには元からタダみたいな値段だったから構わないと言ってくれたが、きっとお祓いの礼みたいにしてくれたのだろう。
届け先は灰川の事務所で料金は先払いで桜が払った、あとは数日すれば届けられるとの事だ。
「さてと、次は何処に行くよ? まずは昼飯か、神保町ってカレーが有名らしいし食ってみるか?」
「カレー?美味しそ~、お腹も減っちゃったし食べてみたいな~」
桜に腕を掴んでもらいながら神保町を歩く、先程の古書店での買い物は桜にとって良い刺激になったようだ。
そのまま近くにあったカレー店に入って2人で名物の神保町カレーを食べて、午後は散歩の続きでもしようかと楽しく話しながら過ごす。
カレー屋を出て神保町の街を散策し、桜が興味ありそうな場所を灰川が伝えたりするが、さっき程の出会いは無い。
それでも桜は灰川と一緒に居るだけで楽しく、十分に満たされた時間を過ごしてるのだが、灰川のスマホに電話が来てしまった。相手はハッピーリレーの花田社長である。
『灰川君、話があるんだが夕方は時間は空いてるかね?』
「えっ? まあ夕方なら大丈夫っすけど……悪い話なんですか…?」
『いや、決して悪い話という訳じゃない…だが灰川君にとっては寝耳に水の相談になるだろう』
そこから少し話を聞くが、内容は本当に寝耳に水の話で驚かされた。
「なんの話だったの~? ちょっと変な声になってたから心配だよ~」
「あ~…えっとさ、何て言えば良いのか…」
桜が心配して声を掛けてくる、結構な変な声が出てたらしく余計な心配をさせてしまったようだ。
話された事はシャイニングゲートの渡辺社長や幹部も知っており、ハッピーリレーでも幹部は知ってるとの事だ。スタッフも数名は話を聞いてるらしい。
なんでも2社の合同会議で突然に話が出て、灰川さんならコネや伝手も自由が利くし、本人が了承さえすれば最適なのでは?という事になったそうだ。
この会議は2社による経営方針や今後の仕事の打ち合わせや、技術面での話し合いもあって灰川には理解できない話も多く、灰川は自分から出席を断ってた。その会議で最近の話や動向が話題に上がったらしい。
最近のシャイニングゲートとハッピーリレーは躍進が続いてるが、その影で裏では様々な問題も抱えてる。
テレビ進出をするが今の所はどうしても閉じたコンテンツ感が拭えない、Vtuberや配信者以外の活動も視野に入れたい所属者も居る、要するにもう少し手広くやりたいという話が出たそうなのだ。
しかし今さら業態を変えたり広げたりするのはファンからの風当たりが強くなる可能性もあり、シャイニングゲートは上場企業だから簡単には業種を増やせない。
そこで灰川の事務所の名目を使ってもらって、2社の連合の中に新たな形を組み込めないかという話が持ち上がったそうなのだ。
「それって、どんな事なの~? 灰川さんがVtuberになるとか~」
「いや違うらしくってさ、それが…」
灰川がVtuberになっても現状では面白くも何ともない、だが灰川の伝手を使えば閉じた場所であるという感覚を拭える可能性があると言われた。
Vtuberや配信者の界隈における閉じたコンテンツ感、その理由の一つに『発展性の無さ』があると花田社長は言う。
顔を出さなくても活動が出来る、誰でも参入しやすい、転生や再起なども比較的に簡単だ。
これらは言い換えれば『あらゆる面で既存の媒体と異なる』という事であり、他の媒体との本格的な迎合が難しいのではと話になってた。
「別に迎合しなくても良いんだけどさ、そういう媒体との接点はありますよってアピールしたいらしいんだ」
「どうやってアピールするのか分かんないな~」
「その方法がなぁ…」
花田社長から告げられた方法というのが驚きの内容だった、それをやれば閉塞感に穴を開けられる可能性があると語られたのだ。
「簡単に言っちゃうと…灰川事務所をVtuber及び総合芸能事務所にしないかって話、もちろん小規模のだけどさ」
「え~~っ?」
この話は既に渡辺社長から四楓院にも話が行ってる。
というより四楓院から2社に、灰川事務所を芸能事務所にしたら完全バックアップする話が以前から出てたらしいのだ。
灰川もそれとなく聞いてたが現実味がなく、どうすれば良いのかも知らなかったから保留にして忘れてた。
もしそれが実現したのなら、灰川事務所は政財界に君臨するフィクサーの家が背後霊に付き、配信界1位の企業と現在4位の企業のバックアップやノウハウが受けられる総合芸能事務所という事になる。ついでに除霊とかもバッチリだ。
やろうと思えばVtuberだけじゃなく、所属者には役者仕事、歌手仕事、タレント仕事、その他の諸々の恩恵をスタートから受けられるという事になる。
実現した場合は、恐らくはテレビ番組のnew Age stardomにも早々に出れる運びになるだろう。
だが灰川には今の所はその気はない、そんな事をすればゴリ押しだとか言われて所属者が嫌われかねない。それらの仕事をこなせる実力が所属者に備わってないと、恩恵など活かせる訳がないのだ。
「流石に無理だってのな、誰が俺なんかの事務所に入りたがるんだよ? ははっ」
「私が移籍しようか~? 灰川さんの事務所、興味あるな~」
「おいおい、ジョークでも気持ちは嬉しいぞ。けどそもそも俺はヤル気ないっての、無理だムリ」
灰川ではVtuber染谷川 小路を受け止める器が無い、他の皆も同様だ。
仮に所属者を売り出すのを周囲がやってくれたとしても、所属者を集めるのが無理だ。シャイニングゲートのアカデミー生から募集なんてやっても、あの子たちはシャイゲでデビューする事に懸けてるのだ。邪魔したくはない。
所属者集めや業務の全てをお膳立てされても灰川の器やキャパシティーが完全に足りない、渡辺社長のようなカリスマ性や花田社長のような熟練の世渡りも出来ない。
コンサルタントなんて名前を出してるが、灰川は自分は一皮剝けば空っぽだと思ってる。やっぱり無理だ。
「う~ん、でも渡辺社長も花田社長さんも、何か考えがあるんだと思うな~」
「そりゃあるだろうさ、何考えてんだかね」
当然ながら2社の社長の思惑は色々とあり、閉塞感や発展性の無さを打破したいだとか、更に躍進したいだとかは考えてる。
それと同時に、もっと色々な事をしてみたいと強く思うようになった所属者が居るのだ。
その人物は最初から才能を見込まれ、経験の無さを才能と努力で補いデビューし、今も順調に視聴者登録を増やしてる子だ。
しかし現状ではVtuber以外での活動が難しく、事務所としてもその子の才能をVだけに埋もれさせてしまうのは勿体ないと考えてる子がいる。
兎にも角にも夕方辺りに事務所に戻れたら少数会議を開く事になり、灰川と桜は渋谷に戻る事になったのだった
灰川にその気はない、しかし先程に古書店の店主と交わした話、ワケアリー不動産の店長の『道を行く』という姿が心の何処かに消えずに残ってる。




