212話 配信を見たり、子供が悩んだり
灰川は仕事を終えて自宅に帰ってきて、今日は配信を視聴しようか自分でやろうか迷う。
「今日は色々あったから疲れたな、メシ作るの面倒だ!」
カップ麺でも食べながら配信を視聴しようと思い、そのままパソコンの前に陣取った。
誰か配信やってるかなとか、知らない配信者でも発掘しようかなと思いながら検索したりチャンネル登録者達を見て行く。
するとナツハとれもんがコラボ配信して盛り上がってるをの見かけ、興味を引かれたので見る事にした。
ナツハ先輩とお喋りトーク!
竜胆れもん 視聴者登録数302万人
同時視聴者数 9万人
『ナツハ先輩! テレビ収録すっごい楽しかったっすよねっ!』
『そうだね、スタッフさん達も優しかったし、放送楽しみだよね、れもんっ』
今夜の配信はコラボという事もあり、普段の竜胆れもんの配信より人が多めだ。ナツハのチャンネルでは配信してないというのも大きいだろう。
その中でテレビ収録の話題になっており、かなり仲良しの雰囲気を出して視聴者も落ち着いて見れる雰囲気を作れてる。
ナツハとれもんは仲は前から普通に良かったらしいが、最近になって仲の良さが加速してる。そこに小路も加わって3人のトップ3仲良しグループが自然に出来上がっていた。
テレビ進出においてナツハとれもんのコラボは増やしていこうという話になってたのだ。演技とか無しで仲良しになってくれたら会社としては都合が良い。
所属者の中には会社の指示で仲良くして、視聴者にも仲良し認定されてるけど、実際には……というグループなんかもあるそうだ。
『あっ、今コメントで気になっちゃうのあったよ。コラボカフェとVフェスのフードは良かったけど、シャイフェスのシャイゲのフードは良くなかっただって』
『うわ~!言われちゃったっすね! イベントの時は美味しさ重視と、オマケ重視の時があるって聞いたっす!』
『れもんの竜胆サイダーってなんだよ!レモンサイダーで良いだろだって! あははっ!』
『レモンサイダーはシャイゲ単独イベントで出す予定だったからっすよ! 美味しくなくても美味しいって言って下さいっすよ~!』
コメント:風邪薬みたいな味だったっwww
コメント:ハマる人にはハマる味!
コメント:ナっちゃんの鷹丼も大概だったw
コメント:普通の鶏肉だったらしいねw
コメント:シャイフェスオマケはミニフィギュア
だったからあの値段でも仕方なかったと思う
トーク内容はイベントの時のフードメニューの事になり、変なメニューだった事が話題に上がってる。
シャイニングゲートはVフェス以降に企業単体で同じかそれ以上の規模のイベントを開催しており、本命のメニューはそっちに持っていったという感じだ。
Vフェスの時はVtuberコラボメニューのオマケはミニイラスト集で、単体イベントの際はオマケでしか手に入らないミニフィギュアだった。単価で言えばVフェスの時の方が製作費は安いだろう。
『あのメニューって私たちが本当に考えてるんだよね、だから味覚が変な子が考えたメニューは変なのになる事があるよ』
『ナツハ先輩~! それって自分の味覚が変って言ってるようなもんじゃないかぁ~! 先輩の鷹丼だって名前で勘違いするファン続出だったじゃないっすか!』
『でもVフェスの時は無難だけど豪華なメニューだったよね、ハンバーグセットとか』
コメント:マジでVが考えてるんだ!
コメント:れもんは料理の修行しろや
コメント:リナクちゃんのコラボパフェ美味しかった
コメント:行きたかったけど行けなかったよ
イベントなどでの飲食は、たまに詐欺染みた物が提供される事がある。写真と比べて見劣りしまくる実物のフード、めちゃ高い価格のメニュー、1杯千円越えのドリンク、そういうのが物議を醸す事がある。
しかしオマケ景品が豪華だったりすると顰蹙は買い難く、ファンはおおむね満足してくれる事が多い。フードに金を掛けるかオマケに金を掛けるか、完全に利益を優先して酷いメニューを出すか、それは企業によるだろう。
シャイニングゲートはイベントの客層によってそれらを変えており、シャイゲファンが多いイベントはオマケ重視、ファミリー層など子供が来る時はメニュー重視みたいな形で基本やってる。
『そういえばナっちゃん先輩ってさ、最近何かハマってるものとかないんですか? 自分はティラミスにハマってるっす』
『ティラミスかぁ、私も好きだよ。でも食べ過ぎるとお相撲さんより凄いお腹になっちゃうから、気を付けないとね』
『それは食べ過ぎですって! そんなに食べたら体からティラミスの匂いがしそうっすね!』
『れもんが食べ過ぎたら、レモンティラミスの香りがするようになるかもよ? 試してみる? あははっ』
『レモンティラミス!? 意外とアリかも! ってそんな匂いになるかぁー!』
ナツハとれもんは結構な盛り上がりを見せつつ配信をしていく、視聴者も2人のコラボを楽しんでおりコメントもいつも以上に加速する。
2人はトークの間の取り方や笑い方が上手く、会話を通して視聴者の心を掴む。冷静に聞けばあまり面白くない話でも、2人が話すと途端に面白くなる。
互いに業界のトップであるから、コラボなどでの立ち回り方もしっかりしていた。
ナツハは才覚も努力も充分な高い位置でのバランス型で、れもんは才能が前に出つつ無意識的に良い立ち回りが取れてる。互いを引き立て合い、面白さが増幅されるかのようだ。
単独配信とは違った魅力があり、2人とも安心して見ていられる面白さがある。視聴者たちも盛り上がっており、SNSには今日のコラボを楽しみにしていた日知たちが様々な投稿をして、トレンドに2人の名前が上がっていた。
「俺も配信するかなぁ、自由鷹ナツハとか北川ミナミみたいに大勢の視聴者に見られる配信、やってみてぇな~」
配信をするからには多くの人に見られたい、滝のように流れるコメントを体験してみたい、灰川は常々そう思ってる。
自分だってやってやる、俺だって配信で名を上げてやる!それをまだ諦めた訳じゃない。
「こんばんわ~! 灰川メビウスでっす! 今夜はアクションゲームやってくぜ~! うっひょ~!」
また今夜も変なテンションで配信を始め、誰も来ないなかで一人でテンションを上げて喋ってく。
取り留めの無いトーク、何処にでも居そうな声、喋りのトーンも無駄なハイテンション、やっぱり面白くない配信であり、新規の視聴者は来ない。
『コロン:こんばんは灰川さん、なにやってるの?』
「お、来たなコロンさん、今夜はサーモンランナーやってるぜ!」
『コロン:変なゲームだ! 面白いかも!』
「コロンさんは笑い袋になる時あるからなぁ、これとかツボに入るんじゃない?」
配信に来たのはハッピーリレーのルルエルちゃんこと佳那美で、画面の向こうでは笑い転げてるのだろうと灰川は思う。
『コロン:すごい笑っちゃった! 灰川さん変なゲームばっかりするんだもん!』
「アザラシのゲームも2が出るし、今度やろっかなって思ってるぞ~、1作目はクリアしちゃったし」
『コロン:シャイゲのナツハちゃんがやってたのだよね! あれ面白かった!』
佳那美は自分の配信は先程に終わったようだが、今夜はナツハとれもんに視聴者を取られ気味だったのが予想できる。これは他の配信者やVtuberも同じだろうが、特に憎んだりとかの感情はない。
同じ企業勢とはいえ格が違うのは分かってるし、会社からも過度に他の配信者を意識しないようにと言われてるらしい。
『コロン:そういえば聖剣クエスト8が出るらしいよ! 灰川さんはやるの?』
「どうしよかなぁ、子供の頃に3やって楽しかったんだよな」
『コロン:やろうよ!やろうよ! 絶対に視聴者さん来るよ!』
「来るかな~、競合が多くなるだろうしなぁ」
『コロン:企業勢は版権とかで発売してすぐは出来ないからチャンスだよ! やろうよ~!』
「考えとくかな、視聴者さん来て欲しいし! いきなり配信できるのは企業勢にはない個人勢の強みだよな~」
そんな個人勢の強みを企業勢の佳那美に教えられつつ、その日の灰川配信も誰も来ないで終わったのだった。視聴者が来ない原因はやっぱり配信がつまらないからである。
東京に近い港湾都市に停泊する外国籍の船があった。その中には多数の乗員が居るが、ある部屋には2人の人物が居た。
片方は体格の良いブロンド髪の男で、かなり悩んでる様子が伺えた。
「ジャック隊長! なんで本国に帰れないんですか!? どう考えたっておかしいです!」
「分かってる、だがどうしてもアリエルも聖剣も国に帰せないんだ」
「そんな…このままじゃファースが…」
彼らは海外の国家超常対処局のような存在であるMID7、複数の国の霊能力者や悪魔祓い師などが集まって作られた超常存在に対抗する組織である。
日本には馴染みの無いヴァンパイアやゾンビといった存在と戦う組織で、ジャックを筆頭に各地で戦ってる。
その所属であるアリエルは現代の聖剣の担い手の1人であり、世界最初の剣の力を宿した『聖剣・ファース』を振るえる世界でただ一人の人材だ。強い霊力を有し、剣も凄い霊力と斬魔の力を有してる。
生まれはイギリスで代々に聖剣を受け継がれて来た家系のアーヴァス家、アリエルも国や周辺諸国を怪異や超常存在から守るため、聖剣を振るって戦ってる。
「免罪符のヴァンパイアを捕縛して本国に送ったは良いが、聖剣とアリエルを帰国させられないのでは大問題だ…」
「ジャパンから出ようとすると乗り物が不調になったり…ファースかボクの霊力が乱れてジャパンに戻らなきゃならなくなったり…、メチャクチャだ…っ」
ジャックはMID7の隊長格のような人物で、日本から出られないアリエルを放っておくことは出来ず、ヴァンパイアを先にグレッグ神父と共に本国に送った。
その後は日本に寄港していたイギリスの船に緊急避難させてもらい、どうにかして帰れないか模索してる。
「早く本国に帰らなきゃ…ファースの霊力が尽きてしまうのにっ…! なんでこんな事に…っ」
現代の聖剣は力のコピー品とも言える武器で、無尽蔵にパワーが使える訳ではなく高い霊力を定期的に与えなければ霊力を失う。
霊力を失った場合は模造聖剣は2度と聖剣として使う事が出来ず、しかも霊力を消したと聖剣に判断されて担い手の資格を失い、その力は一生涯に渡り戻って来ない。
そうなった場合は聖剣の本体が休眠状態に入り、100年ほど使用不可になり、模造聖剣の製作も不可能になる。
それは聖剣を持つ者にとっては許されない事であり、そうなったら恥では済まされない。アーヴァス家から放逐の上で一族の恥晒しとして末代まで語られる。父にも母にも親族にも二度と会えない罰も課される。
どんな理由があろうと聖剣の力を失う事は許されない、例えそれが親を人質に取られようが、どんな悪辣な策略に掛けられようが、聖剣の担い手である以上は自力で解決するのが当たり前なのだ。
「ジャパンではファースに適した霊力が得られない…なのにアリエルもファースも本国に帰せない、あのアテが外れたらどうするべきか…」
「ジャック隊長! あの男の言った言葉を信じるんですかっ!? ボクが呪いに掛けられたなんて!ボクはアーヴァス家の聖剣の担い手なんですよ!?」
「分かってる、グレッグ神父も呪いは無いと言ってたが…状況的に考えると、あの男が言ってた事がどうしても当てはまる。俺だってアーヴァスの子に呪いが掛けれるなんて思っちゃいない」
聖剣の力は絶大だ、もちろん担い手も呪いや悪霊などの魔に属する存在への抵抗力も超絶大である。
それはもはや神の加護と言って良いくらいであり、聖剣の担い手が呪われたなどと言う事は、それだけで酷い侮辱に値する言葉なのだ。
だからこそ地下空間で誰とも知らない男に呪われたなんて言われた時は、知らないからそんな事を言えるなんて思ったし、聖剣の加護を呪いと勘違いする程度の奴と判断した。
実を言えば今だってアリエルは信じてない、聖剣に選ばれたボクが、尊敬して敬愛する父と母の血を受け継ぐアーヴァス家のボクが呪われるなんて、そんな事は考えても居ないのだ。
「とにかくだ、呪いの事は置いておくとして、明日にもしかしたら聖剣のエネルギーは何とかなるかも知れん、まだ確定はしてないが…」
「地下で会った人誰かを連れて来るんですよね、どうにか出来るとは考えてもいませんけど…ジャパンの人達は聖剣に詳しいとは思えませんし…」
「連れてくる人物が誰なのかはミスタータナカの所属の規則で言えないそうだが、とにかく会ってみた方が良いと言われたぞ」
聖剣のエネルギーを回復させるには本国にあるアーヴァス家が所有する固有教会、アーヴァス聖堂に持って行って地脈の力などを与えないといけない。損傷などをしてた場合は他の手入れも必要になる。
日本では不可能であり、本国に戻れない現状では聖剣の力を回復させる事は絶望的、このままでは聖剣の力は失われ最悪の結末が待っている。
「とにかく諦めるな、MID7に諦めは許されんぞ。それは今だって同じだ」
「はい…分かってます…」
アリエルはどうしても弱気になってしまう、訓練された戦闘単位なら、ましてやエリート集団に属するならば弱気になるなどあってはならない。
しかしジャックはそんなアリエルの事を責める気にはなれない、それには理由があった。
実はアリエルはまだ9才なのである、綺麗な金髪のショートカットで青い目の美少年のような容姿、その見た目も身長も子供そのものだ。聖剣に選ばれて戦いに身を投じるなど早すぎる。
だが選ばれた以上は戦わなければいけない、それほどまでに聖剣の力は超常存在に対して有効だし、聖剣との誓約で目覚めたなら戦う事が義務付けられる。そうしなければやはり聖剣の力が失われる。
「そう気落ちするな、今回の件はMID7全体の責任だ。万が一の事があっても、アリエルに非難の目が向かないよう全力で取り計らう」
「はい…このままでは父上と母上に申し訳が立ちません…」
「今まで聖剣を振るうために頑張ってきたんだ、まだ諦めるな」
アリエルは父も母も大好きだ、厳しい両親だが愛情深く育てられたのである。そんな両親と会えなくなるなんて嫌だ、諦めずに頑張ろうと強く思う。
その後はジャックは自室に戻り、アリエルは船内の自室に一人になる。
一人になると色々と余計な事を考えてしまう、聖剣の力を失ってしまったらどうしよう、このまま国に帰れなかったらどうしよう、そんな不安の考えだ。
飛行機に乗って帰ろうと思ったら飛行機が故障、直して飛んだらまた故障して引き返す。
超高速艇に乗って本国に帰ろうと思ったら聖剣とアリエルが日本の領海の外に出た途端に不調を起こし、とても戻れない状況になる。
その後も3回ほど飛行機を使って帰ろうとしたが、全て失敗だった。試しにMID7の戦闘要員だけを乗せたら普通に出発して帰れた。
軍輸送機にグレッグ神父と免罪符のヴァンパイアを封印した棺を乗せても帰れた。
ここに来て地下で会った日本人が言ってた、アリエルが呪いに掛けられたという疑惑が濃くなった。
そんな筈がない、アーヴァス家の聖剣の担い手が呪いに掛かるなど、地球の裏側に落ちた隕石が貫通して地面から空に打ち上がりますよ、と言われるくらい信用に値しない。それほどの事なのだ。
それが現実味を帯び始めてる、そんな筈ないのに発生してるとしか思えない。予定では今頃は本国で上位ヴァンパイアを捕獲した一員になれた事を、父と母に褒めてもらえてた頃合いだ。
「ぐすっ…! このままじゃ聖剣の力を失った愚かな無能だよっ…! そんなのヤダよぉ…っ!」
厳しい家に育ったとはいえアリエルは9才であり、心根はまだ完璧ではない。
子供特有のプライドの高さや聖剣の力を持った自身への自惚れもあり、やはり大きな力を持つには精神的にも身体的にも早すぎる年齢だ。
だが決して悪い子ではなく、怪異の被害に遭った人は率先して助けようとするし、家の名を落とさぬよう頑張ってる子でもある。
「泣いてたってしょうがないっ…! 剣の練習も出来ないから、もうおねんねしよう…、おやすみフォーラ…」
アリエルはパジャマに着替え、今より小さな頃から一緒じゃないと眠れないクマのぬいぐるみと一緒に布団に入る。
聖なる剣を持つ勇者にしてはいささか女の子っぽい感じだ、アリエルはショートカットヘアで普段の服装も男子そのものである。
今日だって聖剣の担い手に相応しい白と青の色の装服で全身をキチっと固めてたが、誰にも見られないパジャマはピンク色で『Cute&pretty』という文字が書かれ、可愛いクマさんのイラストもプリントされてるデザインだ。
男の子にしては随分と可愛らしい趣味であり、しっかりとぬいぐるみのフォーラとをハグしながら布団に入る。
明日にもしかしたら聖剣の力が充填されるかも知れない、そうなったら本国に帰れるかもしれない。
それに期待を持ちつつフォーラにおやすみのキスをして眠るのだった。




