210話 男性陣の飲み会
由奈とお出掛けした翌日、灰川は仕事終わりの事務所で色々な事を考えてた。内容は昨日の由奈の怪談会のご褒美という名の頼み事だ。
『誠治にお願いしたい事はねっ、今度は皆でお出掛けしたいわっ! もちろん誠治も一緒よっ、どうにか出来ないかしらっ?』
というものだった、市乃や空羽たち皆で何処かに行ってみたいという申し出だった。
灰川は由奈の頼みを聞くと言ったが、皆は忙しい身である。配信や動画撮影、今はテレビ収録もあるから時間は取りにくいだろう。
それでも怪談会のご褒美として請け負ったのだから実現させたい、もちろん皆の意思を尊重するし、灰川さんも来るのはちょっと……という雰囲気があったら、自分抜きで遊びに行ってもらおうと思う。
「まだ飲み会までちょっと時間があるな、どうしよ」
今日は仕事後に飲み会があり、そこに灰川も参加する運びになっていた。
メンバーはハッピーリレーの男性配信者や職員たちで、色々と話したりして盛り上がろうという感じである。
参加者は10名くらいで灰川とも面識があったり無かったり、雑多なメンバーが集まる予定だ。
「こんちわっす、灰川さん! 今日は飲み会よろしく~!」
「ボルボル君、飲み屋じゃなくてこっちに来たのか」
「飲み会まで時間があるっすから、ちょっと腹でも減らしに散歩にでも行きましょうよ~」
「散歩? まぁ、良いけどさ」
こうして灰川とボルボルは一緒に渋谷の街に漕ぎ出し、何となく散策する事になった。
平日の夕方の渋谷の街はサラリーマンに高校生に観光客に雑多な人達が歩き回ってる、看板や街灯が街を照らして昼間から夜への移り変わりを表現してるかのようだった。
「そういやボルボル君って本名は何て言うの? 街中でボルボル君って呼ぶのも何だか身バレしそうで怖いんだけど」
「俺は鍵崎 琢磨って名前っすよ、別に隠してた訳じゃないっすけど言うの遅れたっすね」
「良い名前じゃん、鍵崎って珍しい感じだね」
「先祖が鍵屋やってたとかナントカって感じみたいっす、今はやってないっすけどね」
歩きながら改めて名前を教えてもらい、配信者名でも名前でも好きに呼んで良いという事になった。
ボルボルは視聴者登録は現在は75000人であり、今も精力的に配信や動画投稿をして活動してる。しかしアルバイトをしなければ生活は出来ないくらいの立ち位置で、わりと苦戦してるようだ。
7万人も登録者が居れば一応はギリギリ生活は出来る収入は得られる計算にはなるようなのだが、企業所属だから会社にだって収益は持って行かれる。
広告収入、投げ銭、メンバーシップ収入、商品販売、その他の方法で収入を拡大しようと皆が頑張ってるが、全てが上手く行く訳じゃなく苦戦は免れない。
広告表示収入の場合は再生1回につき0,1円から1円の間だそうで、収入の振り幅が結構多いらしい。ボルボルは動画も結構出してるし配信もやってるが、簡単には多額の金を稼げないようだ。
「個人でやった方が良いんじゃないの? その方がお金が入って来るんじゃないか?」
「個人でやったら動画編集の金が3倍になるっすよ、しかも企業所属の看板が出せなくなるし、サポート受けられなくなるし」
ハッピーリレーは所属者の動画編集は安値でやるし、高品質な動画を編集してくれる。ハッピーリレーはメディア業界に居た人が多数居て、動画や配信へのアドバイスもくれるのだ。
ボルボルは自分で編集する事もあるが、動画の質はハッピーリレーに頼んだ物とは明らかに違い、自分で編集した物は再生回数も落ちるらしい。
個人でyour-tuberをやれば収益はそのまま入るが、全ては自分次第になる。動画編集クリエイターだって自分で見つけなければならないし、企業所属の配信者とは絡みが持ちにくくなる。
企業案件だって個人配信者や個人Vtuberの信用が落ちてる今は、あまり良い物は望めないという。もっともボルボルは企業案件は依頼された事がないが。
「ハッピーリレーも割と安定軌道に乗ってるみたいだもんな、男の配信者もそろそろ良い感じの仕事が来るかもよ?」
「そうなんすよ! 動画制作の仕事も割が良い依頼が来るようになってるって言うし! 例のジャパンドリンクのCM案件も一枚嚙ませてもらって良い金が入ったって言うし!」
ハッピーリレーは動画編集を外部からも請け負ってるが、他にもネット広告やタクシー車内広告、会社紹介、サービス紹介、その他様々な動画作成を社内社外の人員を使ってやってる会社なのだ。
ブラック企業問題が噴出した時は仕事が一気に減ったが、今はそのイメージも払拭されてきて仕事が増えて来た。この裏には灰川の名前が効果がある。
一時期は三ツ橋エリスと北川ミナミの収益で会社が持ってた時期もあるが、今は再び安定軌道に乗ったと言える状況だ。今は配信者事業にも力を入れ直して、風通しが良くなってきてる状態だ。
「そろそろ行くかぁ、居酒屋はこっちの方だったっけ?」
「今日行く店は皆で何度か来てる店だから、場所は完璧っすよ」
そのまま歩いて繁華街の居酒屋に行き、待ち合わせてたハッピーリレー所属の人達と合流したのだった。
「かんぱーい!」
「みんなお疲れー!」
すぐに飲み会が始まってビールを持って皆で乾杯する、所属者達はたまにこうやって飲み会をして情報交換したりしてるそうだ。
「灰川さん、お疲れさまです」
「枝豆ボンバー君もお疲れ様、調子はどう?」
「また枝豆の企業案件が来ましたよ! 品種改良した奴なんですけど、これがかなり良くって」
枝豆一本で活動してるからこその案件だろう、枝豆ボンバー!は視聴者登録は7万人と変化は無いが、コアな界隈からは一目置かれてる。
「お久しぶりです、クーロンマスターズの皆さん。佳那美ちゃんの引っ越しの時は協力ありがとうございました」
「敬語とか止めて下さいよ灰川さん、俺らはそんな畏まられるようなグループじゃないですって」
「ってかむしろ、こっちが感謝してますよ! 灰川さん。俺らにネット広告の案件持って来てくれましたよね!」
「格ゲーの広告に出れて嬉しかったっすよ! あれは金額も高かったし、初めての企業案件でしたから!」
クーロンマスターズは3人組の配信者で、拳法を真面目にやってるグループだ。視聴者登録は16万人で、拳法動画や格ゲー配信などをやって人気を博してる。
実は元はお笑い芸人を目指してたトリオでもあり、オリジナルのお笑い動画も出して今の登録者数になった。
「初めまして、ギリギリマックスです。会うのは初めてですよね」
「電話でやり取りした事はあったけどね、灰川です、よろしく」
他にも何人かと挨拶を交わし、それぞれが挨拶を終えた所で本格的な飲み会が始まった。
「あ~あ! 男の配信者とかって伸びにくいよな~、どうやってここから伸ばすかなぁ」
「エリスちゃんとか頑張って今の地位になってるの分かるけど、やっぱ羨ましいって思っちゃうよな!」
「俺もバズりてぇよ~! ツバサちゃんみたいに一気に登録者増やしてぇよー!」
愚痴や泣き言がどんどん出て来る、ここはそういう気持ちを吐き出す場だ。
視聴者登録が7000人のゴリクソンが男の配信者が伸びにくい悲哀を口にする。
5年ほど頑張って登録者を9万人に乗せたSyalfが同所属のエリスを羨ましがる。
去年に破幡木ツバサと大体同じ時期に入所して、ツバサに大きく登録数を離されたカデッシュが妬みを口にする。
だが嫌な雰囲気はなく、それぞれが『羨ましいけど頑張ろう』という気持ちで臨んでるのだ。それに本業を持ってる人も居るから、悩みとしてはそこまで本格的な物ではない。
「でも最近はコメントとかも少なくなって来てるよな、視聴者も伸びにくいし」
「視聴者を買ってる奴も居るっぽいね」
ネット活動者の登録者購入問題は前からあり、界隈の中でも『○○は登録者買ってる』という話が度々持ち上がる。
登録者の割に動画の視聴回数が異常に低い投稿者とか、同時視聴者数が少ない配信者とかは結構な割合でこの噂が流れてるそうだ。
「炎上したり新規視聴者が全く来なくなった人とかも多いっぽいよ、個人勢の柄蔵ジュンキとか」
「あの人って少しでも嫌なコメント来るとブロックするって感じらしいからな、やり過ぎって思われたんでしょ」
「俺も視聴者ブロックした事あるけど、あんなバカスカやらないっての」
厄介な視聴者をブロックするのもしないのも配信者の自由だが、やり過ぎれば反感を買うだろう。
「あと視聴者をバカ扱いする動画とか、配信全体に人が来なくなるから止めてくれって思うっての」
「ああいうの受けてるもんな、俺もやろうか迷ってるよ」
「視聴者さんたちのことバカにしたくねぇよ、まあヤラセもいっぱいあるんだろうけどさ」
ハッピーリレーの男性所属者は基本的に温厚な性質の人が多く、動画内容なども過激な事はたまにやっても節度は守るというスタンスだ。
「ブロックとかは仕方ない時はあるけど、ファンネル飛ばしとか絶対に止めて下さいよ。批判意見も何も聞かなくなったらエコチェン炎上を招くんですから」
これを言ったのはハッピーリレー職員の岩田原で、最近はこの手の炎上が増えてる傾向が見え始めてるそうだ。
「エコーチェンバーっすか、確かに前から問題になってましたよね」
これはSNSや動画サイトで自分と同じ意見や思想を持った人の投稿を多数目にして、自分は正しい、自分は多数派だと思い込んでしまう現象だ。
閉じたコミュニティで自分に賛同する声や称賛する声ばかり聴くと偏った考えになり、反対意見や批判の声に過剰に攻撃的になるという心理現象である。
それを誘発するのがフィルターバブル問題、動画サイトやSNSサイトのアルゴリズムが、使用者が興味を持ちそうな似たような情報を、真偽関係なく探して表示するという部分に根差す問題だ。
サイバーカスケード問題というのもある。同じ思想や考えを持った人がネットで繋がった時、異なる意見を一切受け入れなくなるという現象だ。
これによって極端な意見を持ったコミュニティが出来上がり、エコーチェンバーが加速する。
「こういう心理現象を上手く使って稼いでる奴も居るんだよね、同じ意見の人とかって投げ銭とか喜んでやってくれるし」
「同じ意見の人達を集めて視聴者に居心地の良い場所を提供してるって感じだよな」
「俺らはああいうスタイルは無理だな、拳法とコントでやってくさ」
今は色々なスタイルの配信者が居るが、結局は信者商売の界隈だ。エコーチェンバーも起きるし反対意見や批判に過剰に攻撃的な活動者だって出る、だからこそ面白くもあり刺激的で飽きない界隈だ。
こういう点は宗教と非常に似てると感じる時がある、配信主が教主で同じ意見や考えを持った信者が集まり、教主に金を投げる。教義への反対意見や批判は徹底的に攻撃して、信者の留飲を下げる。
この構図を上手く作れた人は多額の金を稼いでる、やっぱり宗教はいつの時代も儲かるようだ。
「枝豆ボンバー君は一人でエコーチェンバーしてるよな! 枝豆こそ至高の食糧だって感じのエコチェン!」
「僕にだって信者は居ますよ! ベジタリアンの人達から結構支持されてますから!」
「そっちからの支持は凄いよなぁ、豆以外のもの食べてるの見たこと無いし」
「食べ物の好き嫌いが多過ぎるだけなんですよ、肉も魚も匂いが苦手ってだけで、食べる人を否定する気はありませんし」
「それにしては枝豆が好きすぎる気もするな~」
様々な配信界隈の話が出て来る、男性配信者の○○が□□に彼女を奪われた、企業系で男性Vtuberの〇〇はヤバい奴と関係がある、渋谷に事務所がある○○は内情がドロドロ、そんな噂とも真実とも付かない話がどんどん出て来た。
「そういやさぁ、シャイゲの噂がちょっと聞こえたんだけどさ」
「おいおい、ハピレと仲良くしてる会社なんだから悪い噂は流すんじゃないっての」
「まぁそうなんだけどさ、ウソの噂だろうから信じないようにって意味で皆に言っとくから。それに厳密に言えばシャイゲの噂じゃないし」
そう言ったのはSyalf、彼は配信歴もそこそこあり、噂話にも詳しいから色々と聞いてるらしい。
「前にシャイゲに居た帆見瓜 マルルちゃんて知ってる?」
「あ~1年ちょっと前に個人に転生した子だっけ、なんか上手くやって収益も凄いらしいじゃん」
「シャイゲの時の登録者150万人だってよ、スゲェな! 今はロー・レイラって名前で活動してるっぽいね」
その人物は以前にシャイニングゲートに所属してたが独立し、今は配信活動をしながらネット事業を展開してるらしい。
収益的にも事業的にも結構な金銭を稼いでるらしく、元から才覚があったという事なのだろう。独立して成功する才能にも恵まれていたようだ。
「その人がどうかしたの? 上手くやってるように見えるんだけど」
「それがさ、最近はちょっとなんか精神的に参ってんじゃないかってファンの中で噂があってさ」
「なんか配信時間が短くなってるって書いてるね、落ち着きがなくなったっても書かれてるし、どうしたんだろ」
「その理由がさ、富裕層向けのパーティーに参加したからじゃないかって噂があるんだよ」
Syalfが聞いた話だと彼女は何か妙なパーティーに参加して、嫌な物を見たかされたかして精神が参ってるなんて噂があるらしい。
「富裕層向けってアレだろ? 六本木とか赤坂でやってるような、コンパニオンとか呼んでワイワイやるパーティーだろ?」
「良いよな~、有名配信者とかも集まって色々やってるなんて話もあるしな。有名your-tuberとかが実際にあるって言ってるし」
有名人が集まって色々と話したり人脈を作ったりするパーティーがあるようで、そういった所に参加してる配信者やインフルエンサーも多数居るようだ。
そういう場には何処かの社長とか重役も来て、やっぱり特殊な人脈が出来上がるなんて話は前からある。
「どんなパーティーだったの?」
「それは分かんないけどさ、所詮は噂だし嘘だろうからよ」
「調べたって分かんねぇってゴリクソン、配信に力が出ないのも体調崩したとか、疲れてるとかだろ」
金持ちのパーティーとやらで嫌な体験をしたなんて眉唾物の噂でしかない、信用に値しない都市伝説の一つみたいなものだ。
「そろそろ出るか、2次会行く人は~!?」
「俺行くぜ!」
「2次会はカラオケ行こうぜ!」
灰川はどうしようか迷ったが。
「ねぇ灰川さ~ん! 行きましょうよ~! あと俺にも企業案件まわしてくらはいって~!」
「うわっ! ヤキンさん酔い過ぎですって!」
「うお~! 俺にはシャイゲの唐桑 ルナンちゃん紹介して~! あの声すごい好き~!」
「誰でも良いから枝豆農家の人を紹介して下さいよ~、おねがいですからぁ~!」
2次会に行く前に出来上がってる連中に押し込まれ、灰川は結局その日は最後まで付き合ったのだった。
翌日の午後、灰川は事務所に来客を迎えていた。その人物はシャイニングゲートの所属者マネージャーをしてる職員の一人の高籏さんという人物、そしてもう一人。
「元シャイニングゲート所属の帆見瓜マルル、今はロー・レイラという名前で活動してる新藤 順花です。よろしくお願いします」
まさかの昨日に噂を聞いた人物、シャイニングゲートを引退してから上手くやってるVtuberだった。何やら最近はゴタゴタあったと噂されてるが、正直言って灰川はあまり興味がない。
新藤は現在30歳くらいの女性で、シャイニングゲート時代に稼いだお金で独立して、今は事業なんかもやって上手くやって稼いでる。
朝にいきなり話が来た時は驚いたが、渡辺社長が言うには引退勢に自分たちが直接会うのは頂けないという感じで、灰川にお鉢が回って来たと言う感じだ。
何やら急ぎの用らしく、まずは事情を聞くことにした。
「実は……人脈を広げたいと思って参加したパーティーが、危険な集まりだったんです…!」
富裕層が集まるパーティーに参加したら精神が追い込まれたという噂、どうやら全てが嘘だった訳ではないらしい。




