208話 地域怪談会に参加しよう
浅草は浅草寺や仲見世通りが有名な場所、灰川と由奈もそこに行こうとしてたのだが。
「か、観光客が凄すぎる……」
「こんなに人が居るなんて思わなかったわ…っ」
国内外からの観光客の数は殺人的な人数だった、原宿の竹下通りより人が多いんじゃないかと思えるくらいだ。
「由奈…今回は諦めよう、こんなの踏み入ったら動けなくなるぞ…」
「そうねっ、押しつぶされちゃいそうだわっ」
あまりの人の多さに浅草寺の御参りは諦める。雷門の風神様と雷神様も、心なしか『こんなに人が来るの!?』みたいな顔をしてる気がする。大提灯も足が生えたら逃げだしそうな人数だ。
「そういや浅草には日本で一番古い地下街があるんだぞ」
「一番古い地下街? 行ってみたいわっ!」
近くにあるので由奈を連れて向かい、すぐに地下街に入れた。観光客もあまりおらず、小規模な場所で隠れスポットみたいな感じなので歩きやすい。
浅草には結構な数の日本最古がある。日本最古の商店街の仲見世通り、日本最古の遊園地の花やしき、日本最古のバー、日本どころか東洋で最も古い地下鉄駅の浅草駅がある。
「凄いアングラ感がある場所だなぁ、味があるっていうのか」
「こういう所ってあんまりないから、ちょっと面白いわ! レトロって感じねっ」
日本最古の地下街に来たが、あまり広くないのであっという間に見終わってしまう。
怪しい感じの雰囲気が漂う非日常空間という感じで、中学生には無縁な飲み屋とか古物屋が多い。由奈が長く見ても楽しめそうにないので一通り見て地上に上がった。
その後はアーケード街や六区の辺りを歩いてみたのだが、やはり人が多くて落ち着けない感じがある。
しかもたまに由奈を見てスマホを向けて来る奴なんかも居て、あまり気を休めて歩けないのだ。由奈は気にしてないが、今のご時世は誰が何をネットに流したりするか分からない。
確かに今の由奈を写真に撮りたい気持ちは分からんでもないが、用心するに越した事は無いと考えて人通りが少ない方面に歩いていった。
「人がいっぱいだったわねっ! あんなに賑やかだなんて凄い街だわっ!」
「思ってたより人が多かったなぁ、俺が前に来た時より全然人が多かったぞ」
「誰かからカメラで写真撮られちゃったわっ、せっかくだからピースして写ってあげたわ! わははっ!」
「お前なぁ、まぁ大丈夫だろ。にしてもここら辺は知らないエリアだな」
人混みを避けて歩くうちに知らない場所に出てしまった、周囲には地元密着型の商店とか問屋、コインランドリーとか住宅がある生活感ある場所だ。
「ここなら落ち着いてお散歩できそうねっ、私のこと気にしながら歩いてくれてありがと、誠治っ」
「え? ああ、気にすんなって。由奈こそ嫌がらずに手を繋いでくれてありがとうな、おかげで俺が迷子にならずに済んだよ」
「うふふっ、私は誠治と手を繋いで歩けて嬉しかったわっ。誠治の手、お相撲さんより大きく感じたわねっ!」
「はははっ、そりゃ頼りがいがあるってことか? 由奈は見る目があるなぁ」
さっきは余りの人混みで離れてしまいそうになり、一時的に手を繋いで歩いてた。
由奈の手は小さくて温かでスベスベだったような気がするが、人混みを避けるのに集中してて、そんな事は考えてる暇は無かった。
そもそも由奈くらいの年代の子と手を繋いだ程度で何か思うような所がある年齢ではない。
いくら可愛いとはいえ中学生にそういった感情は向けられないし、流石にゾーンから外れてる。それに由奈との関係は正確に言えば仕事の取引先の者同士という関係性である。
それでも由奈であってもドキっとする事くらいはある。たまに見せる深い洞察力から来る労いの言葉や、他の人は気付かない小さな事や隠れた努力などに、由奈は感謝の言葉をくれるのだ。
そういう言葉は正直に言うと涙が出そうになるくらい有難く、人から顧みられない事に慣れてしまった灰川の心を、優しく温かに、それでいて元気に溶かしてくれる。
「誠治っ、もうちょっと手を繋ぎたいわ! 誠治の手って温ったかくて気持ち良かったものっ」
「おいおい、なんてことない手だろ、別に良いけどな」
「大好きな人と手を繋ぐのって、すごく楽しいのねっ、わははっ!」
「はははっ、そう言ってくれてありがとな」
心を優しく元気にしてくれる由奈から割と直接的な好意を向けられ、その上で距離が近くなったりすると、やはりどうしても本能的に心拍が上がりそうになる時がある。
由奈の根は優しく鋭い部分がある性質は配信にも発揮されており、破幡木ツバサは視聴者のコメントを読んでから『〇〇さん、今日もお疲れ様ねっ!』と労ったりするし、古参の視聴者は名前を全部覚えてる。
新しい視聴者も何度か来てコメントしてる人は名前を覚えるし、ゲーム配信などでアドバイスを募集して上手く行ったら『〇〇さんのおかげで勝てたわ! ありがとっ!』とファンへの感謝も出来てるのだ。
これは由奈にとっては特別な事ではなく、感謝も労いも普通の事としてやってる、そういう精神性の子だ。だから破幡木ツバサのファンは結構な強さで心を掴まれるのだろう。
しかしそれに気付ける視聴者は少し前まではあまり多くなかった、前は配信でも生意気さが前に出ていて視聴者はそこまで掴めなかった。しかし今は違う。
今は前よりも色々な事を周りから学び、自分の良さを配信に反映できている。由奈は成長真っ盛りの中であり、性格に似合わず地道でペースを守ったVtuber活動をしてるのだ。
「何かしらこのポスター? あのお寺で何かやってるみたいよ」
「貼り紙してあるな、どれどれ」
浅草の観光地を外れた所にある寺で何かやってるようで、ポスターを見てみると『納涼怪談会!自由参加、怖い話好き集まれ!』と書いてあった。
今となっては少なくなった夏の風物詩の怪談会、しかも自由参加で聞く事も話す事も出来るという形式だ。
「夏もそろそろ終わりだよなぁ、由奈は喉は乾いてないか?」
「お水は飲んでるから平気よっ、心配してくれてありがとう、誠治っ」
夏休みは終わったとはいえまだまだ暑さが残ってる、今日も晴れ空で気温も高く、由奈の調子を見ながら歩いてた。
由奈は汗はかいてるが涼しいワンピーススカートの服装なので、熱中症の危険はそこまで無さそうだ。顔色も良いし声も元気いっぱいである。
こういう元気な奴と一緒に居ると自分も元気をもらえる。由奈の笑顔は見てるだけでこっちも笑顔になれるような明るさだ、きっと学校でもこんな感じで元気を周りに振り撒いてるんだろう。
「出場したら何かもらえるみたいよ、何かしらコレ?」
「こ、これは! 船田伸二の現代都市伝説幽霊画のポストカード! しかも高得点者にはポスターもだと!?」
灰川が好きな現代画家が浅草に所縁のある人らしく、その人の画のポストカードが出場者はもらえる。しかも良い点数の人はポスターももらえると来た。
ここでしか手に入らない公認アイテムらしく、怪談会自体もネットで宣伝するような大きな物ではなく地域イベント、参加も気軽に出来るようだ。
しかし今は由奈と一緒、出場する訳にはいかないし通り過ぎようと思ったのだが。
「面白そうね! 行きましょう誠治!」
「おいおい、気を使うなって。別にそんな気になるって訳じゃねぇんだし」
「すごく欲しそうな顔してたわよ! 私が出場してもらった分も誠治にあげるわ! ポスターも取っちゃうわよっ」
「ちょ、良いのか? 欲しいっちゃ欲しいけどよ」
「私が誠治にプレゼントしてあげたいのっ、良いから行くわよ! 目指すは優勝ね! わははっ!」
結局は引っ張られるような形でお寺に入っていき、2人して出場という形になってしまった。
由奈としては灰川にプレゼントをして好感度アップ、からの更に好きになってもらっちゃう作戦だ。クラスメイトの早恵美と美緒みたいな関係になるには『この方法が良いかも!』と思っての出場だ。
寺は正に住宅地の寺という感じで、観光地のような大きな寺社仏閣ではない。
小さくもなく大きくもない境内、それなりの大きさの本堂、住職が暮らしてるであろう家、裏手にはお墓がある。それなりの纏まりがある都市住宅地型のお寺であり、有名な場所という訳ではない。
どうやら怪談会の受付は本堂の玄関でやってるようで、長机に受付の張り紙がされた所で出場したいと話をした。
「参加ですか? 歓迎ですよ、最近は怪談会も出場したいって人が少なくなっちゃって、やだわ~」
「今は怪談とかホラーって流行らないですもんね、俺は大好きなんですけどね」
「私は苦手だったけど最近は怖い話が好きよっ、色々あって面白いわっ」
「あらそうなのね~、小学4年生か5年生くらいかしら? 小さいのに怪談が好きなんて珍しいわねぇ」
「私は中学2年生よっ! 怖い話で皆ガタガタ言わせてやるわ!」
そんな感じで怪談会の会場の本堂に入ると、座布団が敷かれた自由客席と、簡素な高座が組まれたほのぼのとした地域怪談会の様子があった。
夏ももう終わりの時期に納涼というのも少し時期外れだが、暑すぎない気温だから昼間に怪談会をするなら丁度良い時期とも言えそうだ。
座布団席には観客がチラホラと座っており、老齢のご近所客や檀家っぽい親子、暇そうな学生っぽいのとかカップルらしき組とか、そこそこにバラエティある人達が座ってる。
簡素に設けられた高座には怪談を話してる若い男が居て、誰かから聞いた実話怪談を話してた。
どうやら客席に居る人達は観客と出場者とが混ざってるようで、40くらいある座布団のうち半分くらいが埋まってる感じだ。大きなイベントでもないし、素人が面白半分で話す怪談会なのだから、これだけ集まれば上等だろう。
雰囲気的にも伸びやかな感じのまったり進行で、脇の方に審査員として寺の住職と老齢の男性と女性が座ってる。
「誠治は私の先に出番ね、私はその次みたいよ」
「おう、まだ出番までは待ちがあるし、怪談聞きながら自分らの話の内容を纏めとこうぜ」
由奈と一緒に座布団席の後ろの方に行き、高座で何を話そうか灰川は迷う。こういう場で怪談を話すのは初ではなく、田舎の夏休み怖い話大会とかで経験がある。今の雰囲気もそれに似ていた。
ちょこんと座布団に正座しながら由奈が灰川に怪談会の邪魔にならない凄く小さな声で話す、現在の怪談はクライマックスに差し掛かってるから今から聞いても分からない。
「誠治、ポストカードとポスター楽しみにしてなさいよね、私がしっかり取ってあげるわ」
「おう、でも今はポスターより由奈の話す怪談の方が楽しみだな、俺だって負けねぇかんな」
「ふふんっ、じゃあ今は誠治と私はライバルね、私こそ負けないんだから」
「良い怪談を聞かせてくれよな、頼んだぜ1流Vtuber破幡木ツバサ」
「任せときなさい、ふふんっ」
由奈は隣で綺麗に正座しながら灰川にも負けない宣言をして、どんな話をするか、客層はどんな感じなのかとか探りを入れてるようだった。
前に出て話すからには勝つ、そんな気持ちが感じられるような、さっきまでとは違う真面目な表情だ。
この怪談会は勝ち負けの場ではないが、由奈は自分が満足できる結果が得られれば勝ちという感じに考えてるらしい。そういう気持ちがヤル気に繋がる性格なのだ。
「お、次の怪談が始まるぞ、静かに聞いておこうな」
高座に上がったのは大学生風の男で、今時な服装をした若者だった。こういう場所に来るなら怪談好きなのだろう、やはり怖い話が好きな者は年代とかは関係ない。
「えー、皆さんこんにちは、って言っても知ってる人も多いんですけどね、4丁目の小野田です。今年もよろしく!」
どうやら寺の近所からの参加のようで、昔馴染みの人もそこそこ会場に紛れてるようだ。
「ケンちゃん!今年は舌噛んで血は出すなよー」
「去年はやっちまいましたからねー! 今年は気を付けるって! じゃあ始めますよっと」
下町っぽい和やかな雰囲気のまま話が始まる、ケンちゃんは子供の頃からこの怪談会に参加してる怪談好きらしい。
近所の人がヤジを飛ばしたりするが悪い雰囲気ではなく、話が始まると静かになった。しかし会場の本堂の中は緊張感はなく、聞き手も話し手もリラックスしてる。
外の晴れの日差しが差し込む開放感ある場所だ、話しやすく聞きやすい良い場所だなと思う。寺の本堂なんかはお経を読む場でもあり、声の通りなんかい良い造りなのだ。
「僕は大学に行ってるんですが、怪談サークルがあれば良いな~なんて思うけど、残念ながらありません。あったら絶対に入ったんですけどね」
ケンちゃんは話の前に枕話から入り、前置きを作って雰囲気を固める。流石は落語の本拠地みたいな町、こういう話し方をする人が多いのだろう。
枕もそこそこにケンちゃんは怪談に入る、その時には聴衆の耳はしっかり話に向いていた。
「この話は先輩から聞いたんですけどね」
大学の先輩から聞いた話だそうで、内容は意外なもので江戸時代の忍者が体験した怖い話だった。
江戸時代には多くの忍者が居たそうで、様々な場所に散っては情報収集や情報操作、スパイ活動や時には暗殺までも行ったという。
Kさんの先祖はそんな忍者の家系だったらしく、江戸を中心に情報収集をするエリート忍者が居たそうだ。その人物が残したとされる怖い経験談である。
忍者の体験談
ある有力旗本に仕える忍者の丈朗は、江戸の大きな武家屋敷に忍び込んで政敵の家の証文、他家とのやり取りの手紙の情報を入手しろと言われた。
優秀な忍者である丈朗には比較的に簡単な任務だ、警備が薄い場所や侵入しやすい場所を調べ、警備のサムライが交代する所を狙って侵入に成功した。
屋敷の中には人は居るが、江戸時代の夜は現代とは比較にならないほど暗い。黒い忍者装束を着て闇に紛れ、木に隠れ、素早く動き、床下に潜り、時に大胆に移動し、屋根裏にも潜って目当ての情報を集めようと動く。
屋敷の奥の方の屋根裏に辿り着き、誰も居ない事を確認してから下に降りて文書が収められてると思われる部屋に行こうとするのだが。
(なんだ、あの童たちは…? 調べた限りでは屋敷にあんな童たちは居なかったぞ…?)
屋敷の奥の廊下に10人以上の子供が居たのだが、そんな情報は無かったし、事前張り込みでも屋敷に子供が出入りしてる所は見なかった。
この屋敷の主には子供は居ない事も調査済み、しかも服装が武家の子供の服装だったり農民の子の服装だったりバラバラだ。
そして何より……気味が悪い。何故か分からないが怖く感じる、体術も逃走術も忍者道具などの各種忍術も完璧な自分が子供たちを怖いと感じてる。
その子供たちは動かない、廊下の真ん中で一歩も動かず立ってるだけ、息の動きすらない……まるで人形のように微動だにしないが。
(………!!)
丈朗は即座に逃げ出した、何故なら瞬きをした瞬間の間に子供たちの顔が全て、屋根裏に隠れて覗いてる丈朗に向けられてたからだ。
あれに関わってはいけない、アレを深く知ってはいけない、あの子供たちは存在しない、その事が忍者の直感で分かった。
その後は任務失敗となったが処分はなく、別の任務に就く事となって過ごしていたが、忍び込んだ屋敷がしばらくしてから火事になって家の者は亡くなった。
その調査の中で何人かの火消し衆が『燃える屋敷の中に子供が見えたが、いつの間にか消えてた』と語ったと聞いた。
後から聞いた話によると屋敷の武士の先祖は戦で武功を上げた家だったらしいが、その時にやった戦争行為の祟りだと噂が流れたらしい。
「ってな感じの忍者の家に伝わる怖い話でした、ちょっと珍しいでしょ?」
ケンちゃんはそう言って話を締めくくり、審査員は10点満点中で全員とも7点を出してた。どうやら審査はそこそこ甘い感じで、素人の地元住民でも気軽に参加できるようにしてるらしい。
ポスターをもらえる基準は平均5点以上のようなので、参加すれば大体の人はもらえるという形にしてあるみたいだ。
「忍者の怪談かぁ、凄い変わり種だけど面白いっ、参加して良かったぜっ」
そうそう聞けないであろう忍者の怖い体験談を聞けて、灰川はさっそく来て良かったと感じる。参加しようと言ってくれた由奈に感謝だ。
由奈は幕間時間になっても灰川に話し掛ける事は無く、真面目に怪談を聞きながら頭の中で何をどのように話すか考えてるのが分かる。
こんなに小さくて普段は明るく騒がしい由奈だが、やはり配信に対する意識は良い意味で高い。配信にはいつも全力を向けてるし、視聴者がどうやったら楽しんでくれるか由奈は全力でいつも考えてる。
以前は視聴者が伸びなくて危うく引退勧告されかねない状況に陥った事もあったが、今は努力の甲斐あって視聴者は大きく伸びた。
そんな由奈だからこそ配信で視聴者を1人捕まえる難しさも知ってるし、配信を見てくれる人達の存在の有難さも知ってる。中学2年生でそれを知れるというのは素晴らしい事だ。
努力の甲斐あってバズって一気に視聴者が伸びた時は泣いて喜んだし、そのチャンスをくれた灰川に今も感謝してる。
(やっぱり由奈も1人前の企業Vtuberなんだな、見習わなくちゃな)
今も由奈は『この場に居る人達をどうやったら楽しませられるか』を考えてる、人前で話を披露する以上は配信者としてコケれない。
どんな場所であろうが、誰も知らない地域怪談会の高座であろうが、楽しませられなければ負けなのだと感じてるのが灰川にも分かった。
そんな気持ちを持てる由奈に尊敬の念も湧く、中学2年生に負けてられるかよ!という気持ちが強くなってきた。
由奈の事は可愛いとは思うが、ここではライバルだ。厳密に言えばネットの世界でも配信者なのだからライバルなのだが、今は由奈に負けてられん!という気持ちが強くなってる。
そんな事を漠然と思いながら怪談会は進み、あっという間に灰川の番が来た。参加者は昼の部はそこまで多くないらしく、夜の部が参加者が多いみたいな感じらしい。
「次が俺の番だな、ちょっと行って来るぞ」
「うんっ、ガンバってね誠治、私も楽しく聞かせてもらうわっ」
由奈が笑顔でそう言って送り出してくれる、その時に灰川は気付いた事があった。
それは『由奈や皆に自分と一緒に居て退屈感や嫌な気持ちを持たせたくない』という自分の思いだ。
こんなに凄い子達だからこそ、こんなに頑張ってる皆だからこそ、支えたいし並び立ちたい。
自分の気持ちなんて簡単に分かる時と、そうでない時がある。この気持ちだって今までに何度か感じたが、同じ場で人前で話すという場面の今は何か違う形で感じてる。
それはきっと皆に対する人物像の解像度が上がって来たからで、皆のそれぞれの魅力や良い所や悪い所、どんな時にどんな感情になるのか等、様々な事が分かるようになってきたからだ。
短期間で人物の魅力が分かったとしても、それは上辺だけの魅力な事が多い。長く深く付き合えば互いの良さや性格の味が分かる、だからこそ灰川は皆の魅力を今は深い所で理解できるようになっていた。
それを自覚した途端に由奈が凄く魅力的な子に映る、それと同時にやっぱり『負けたくない!』という気持ちが湧いてくる。灰川の配信者魂に火が付いた。
「由奈、負けねぇぞ。灰川メビウスのオン・ザ・ステージ、がっつり見せてやるぜ」
「誠治もヤル気ねっ、私も負けないわっ」
相互に気合を入れてから灰川は寺の本堂に設けられた高座に向かう、披露するのは怪談話、話し手も聞き手も素人とはいえ気なんか抜かない。
由奈がVtuberであるように灰川だって配信者だ、誰も来ないし名も売れてないとはいえ、観客につまらない思いをさせたくない。
晴れの日の正午過ぎ、浅草地域の寺の小さな怪談会、観客は20人程度の小さなものだ。しかし灰川にとっては普段の配信よりずっと聞き手が多いステージである。
もちろんネット配信とリアルステージは違うものだ、視聴者の顔が見えて雰囲気がダイレクトに伝わる場は緊張の質が違う。
座布団席から高座に上がり正座する、その所作も幼い頃から教えられた作法に則って綺麗に座る。
高座の上には手ぬぐいと扇子が置いてあり、話の中で使いたかったら使えという感じで置かれてた。それを確認して手ぬぐいを膝に置き、扇子を持ってから座布団席に一礼して話を始める。
「こんにちは、灰の字の名前で高座に上がらせて頂きます。今日は仲良くさせて頂いてる近所の子と浅草に遊びに来てたんですが、観光客がすんごいですねぇ」
言葉の雰囲気的に由奈は身内の子とか、それに近しい関係性だと身の上話を出しておく。こうして観客に少しでも自分への解像度を上げてもらうのも話を聞いてもらうには大事だ。
「地域の怪談会に他所者がお邪魔させて頂くなんて、最初は恐縮極まりないって思ったんですがね。自分は怪談が好きで好きでたまりませんで、お邪魔させて頂いた次第でございます」
「灰の字さん、やたら可愛いお嬢さん、来てくれてありがとな~!」
「ここの怪談会は毎年誰でも歓迎ですよー、宣伝とかしてないけどねー」
「知らねぇ場所の高座に上がってくれて勇気あるね! いよっ、怪談若頭!」
緊張感を持たないよう座布団席の地元民のオジサンとかが場を和ませる野次をくれる、歓迎ムードも作ってくれてありがたい限りだ。
「歓迎してもらえてありがたいですねぇ、最近は怪談会なんてあんまり見ませんから、仲間に入れてもらえて嬉しい限りですよ。流石は浅草、噺家の街ですね! 住みたくなっちまいますな!」
「最近は税金も家賃も高くなってるからお勧めしねぇぞ~!」
「はっはっは!吉さん正直だな! 灰の字さんも褒めが冴えてるねぇ!」
そんな感じで地元地域を褒めながら雰囲気を作り、悪い印象や他所者という感情を持たれないよう気を付けながら枕話を進める。
これが結構重要であり、話を聞いてもらうためには最初から本題に入るのではなく、前置きを置いて話にある程度の関心を持ってもらうのが良い。
奥に座ってる由奈をチラリと見ると、自分の話す怪談をどうすべきか考えつつ話を聞いてくれてるのが見える。まず全体的な掴みは悪くないようだ。
「皆さんとてもノリが良いですねぇ、これが浅草の街の下町情緒って奴ですか、心に染みますね。ですが怪談話は心に染み入る話じゃないものも沢山ですね、今日はそんな話をさせて頂きます」
ここで準備が整い、枕から噺に入る。流石に落語家のように上手いことスっといつの間にか切り替えられる訳じゃない。いささか直接的な切り替え方になってしまったが、そこは仕方ないだろう。
「この話は昔に聞いた話なんですけどねぇ」
そう前置いてから灰川は怪談に入るのだった。




