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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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20話 ミナミの信頼

 灰川が講義をするホールに入ると、受講者の配信者たちは既に席についていた。


「こんにちは、講師の灰川です」


 緊張しつつも、それを悟られないよう淡々とした口調で喋る。


 学校の教室2つ分くらいのホール内には40名ほどの配信者たちが机に着いて講義を聞く、受講する態度は思ってたよりも真面目で普通だった。


 もっと敵意というか詐欺師みたいな目で見られるかと思っていた、内心ではそう思ってるのかもしれないが分かりはしない。


「心霊に関する配信をする時は、人の念という物を気を付けなければ~……」


 「「………」」


 黙々と講義は進む、室内を見渡すと中にはハッピーリレーの所属配信者の中でも、チャンネル登録者1万人から10万人くらいの配信者達である事が分かる。


 この講義は3回に分けて行われる、配信時間や登録者数によって組み分けされてるのだろう。彼らは登録者の数で言えば配信界の上澄みだが、企業系配信者の中では下の方に位置してる。業界5位のハッピーリレーの下位なのだから、そこは間違いない。


 だからこそ上に行くためには何でも吸収しようという貪欲さがあるのかもしれない、こんな胡散(うさん)(くさ)い講義も真面目に聞いてくれていた。


「心霊的なこと以外にも危険な事や、マイナス自己暗示などの側面もあり~……」


 受講者たちには本当に色々な配信者が居る、事前に書類とネットの情報でリサーチしていたから知ってる顔ぶれは多かった。


 動画では「ウェーイ!」とか言いながら、チャラチャラした格好でメントスコーラとかやってるグループyour-tuberの『ふぁいぶめんず』は、動画で見せる顔からは信じられないくらい真面目に講義を聞いてる。


 他社でエグい異性問題から賠償金による借金持ちになり都落ちして、登録者を20万人から3万人に落としハッピーリレーに移籍してきた配信者の『(ささやき)ガイア』は、後がない事を理解してるのか感じられる危機感が違う。


 グラビアアイドルから配信者になった『あむちゃん』は、7万人の登録者を更に伸ばすために努力してるようだが、ホラーが苦手らしくビクビクしながら聞いている。  


「このような事に気を付けてもらえば何かが起こる可能性は低くなります、何か質問はありますか?」 


 この講義は木島さんから聞かされた話によると、配信者たちの顔見せ、親交を深めてもらう意味合いもあるらしく。互いに素性を知らない場合が多い彼らに、少しでも仲良くなって貰いモチベーションに繋げて欲しいと思ってるそうだ。


 ここはあまり長引かせず、少し早く切り上げて配信者たちの交友の場にさせるのが良いだろう。


「はい、質問良いですか?」


「どうぞ」


 手を上げたのは登録者1万2000人の『菅田(かんだ) ゲンヤ』だ、彼は大学生の傍らにハッピーリレーに所属し、配信だけで生活できるようになる事を目指してると公言してる。


 副業的に配信者をやってる者はハッピーリレーには割と多い、彼らの才能を見てスカウトする事も多いと聞いた。


「ホラー配信で登録者を伸ばすにはどうすれば良いですか? 霊能力者の方の意見が聞きたいです」


 そんなもん俺が教えて欲しいよ!と思うが、講師である以上はそんな事は言えない、ここは冷静に受け答えする。


 この質問が来た時に受講者たちの目つきが変わった、『それを聞きに来た!』とでも言わんばかりの目つきだ。


「個人的な意見ですが、菅田さんの場合は視聴者層を考えると。思い切って本気を出して怖い配信をするのが良いかもしれません。例えば怪談配信では長尺(ちょうじゃく)の怪談だったり、ホラーゲーム配信だったら本気で怖いゲームとか」


「~~! ありがとうございます!」


「今のは参考の一つくらいに考えて下さい菅田さん、結果に責任は持てませんので」


「はい、参考にさせてもらいます」


 自分の事を知ってたのを驚いたのか、自分に合わせた意見を言われたのが嬉しかったのか、菅田ゲンヤは意見を聞き入れ座る。 


 灰川は今日のためにリサーチをしてハッピーリレーの配信者の分析を自分なりに行った。灰川はこういう作業が好きな所があるから苦にはならない。


 次の質問を募集したら受講者が全員手を上げてきた、自分に合った配信や動画の他人の意見を聞きたいという質問が次々にされる。


 結局時間一杯を使ってしまい、講義は終了した。




 一回目の講義が終わり休憩になる、次の講義は4時過ぎからだ。灰川は休憩室の片隅でペットボトルのお茶を飲みながら時間を潰す。そこに見知った人物が現れた。


「お疲れ様です灰川さん、今日の講義、朝から楽しみにしてました」


「あー、ミナミ、お疲れ様」


 人に聞かれる場所だったら呼び捨てにするのは良くないかもしれないが、自由鷹ナツハの時にそのメッキは剥がれてしまった。


 今更呼び方を変えるのも小恥ずかしいからそのままにしてるが、ミナミもエリスもそっちの方が良さそうな感じがする。


「一回目の講義はどうでしたか? みなさん真面目に聞いてくれました?」


「それが驚くくらい真面目に聞いてくれたよ、企業系の配信者のイメージ少し変わったぞ」


「それは良かったです、私も含めて皆さん上を目指してるんですね」


 さっきの講義で自信が付いた、配信者なんて自分みたくチャランポランな連中がやってる事が多いと思ってた自分が恥ずかしい。


「ミナミとエリスは講義を受けなくても良いんじゃないか? 内容は前に話した事と一緒だぞ」


「なら復習になりますね♪ 絶対に灰川さんの講義をお聞きしたいです」


 ミナミが灰川に寄せる信頼は大きい、灰川はいくら助けたとはいえ信頼され過ぎだと思い、理由を聞いてみた。


「ミナミはなんで俺なんかそんなに信頼してくれるんだ? 俺なんか大した奴じゃないぞ」


「灰川さんが大した奴じゃないというのは、ご自身の言葉でも聞き捨てなりませんが、私が灰川さんを信頼する理由ですか」


 本当に大きな信頼だ、ここまでくるといい加減な部分がある灰川でもプレッシャー染みた物すら感じてしまう。


「灰川さんはご存じないと思いますが、実は助けて頂いたあの時…私はVtuberをやめようと思っていたんです」


「えっ?」


 チャンネル登録者80万人の北川ミナミがVtuberをやめようと思っていた、理由を聞くと。


「私がチャンネル登録者80万人になったのは、去年の10月でした」


 そこから半年も伸び悩み、更には登録者の減少すらあったらしい。有名Vtuberが登録者減少、それは(はた)から見れば大した問題ではないが、本人達からすると大きな問題だそうだ。それこそ怪異を呼びこんでしまうほどに。


 親友でありライバルでもある三ツ橋エリスは100万人、グッズの売り上げなどを加味すれば序列は同じだが、それでも配信者である以上は登録者の数は気になる。


「これ以上は私は伸びない、ここが限界だ。そう思ってる時にあのポルターガイスト現象が起きて、もう辞める事は自分の中で決定してたんです」 


 泣きっ面に蜂のような状況で精神的に参ってしまい、これ以上は耐えられない、誰にも相談できないという重圧に圧し潰されそうになっていた。


 登録者が増えない悩みは灰川のような底辺配信者と、ミナミのような上級配信者とは悩みの質からして違うのだろう。それこそ気に病んでしまうほどには毎日考えてる悩みなのだそうだ。


 自分の限界が見える事は辛い事だ、天井、頭打ち、行き止まり、ここから先は道が無い、そんな状況でも頑張れる人はなかなか居ない。人気Vtuberも一皮剥けば人間だ、ミナミだって年頃の少女であり、心の強さは年相応だったということだ。この現実はさぞ辛かった事だろう。


 この悩みはエリスにも言えなかった、むしろエリスにだけは知られたくなかった悩みだったらしい。


「そんな時に現れたのが灰川さんでした、灰川さんは私が思ってもみなかった方法で怪奇現象を収めてくれたんです」


 ネットのお経を流すだけ、それを見てミナミは頭を殴られたような衝撃を感じたらしい。お祓いはもっと派手な儀式で大きな火を焚いて、呪文のようなものを大声で何時間も叫ぶような物と思い込んでたのだ。


 しかし灰川はたったそれだけで事を収めた、難しく考えてた自分が馬鹿に思えた。


「それを見て考え方が変わりました、物事は簡単なことで好転することがある、自分の思いもよらない事で簡単に解決することがある。正にコロンブスの卵でした」


 その後にも灰川の配信を訪れて元気を貰ったこと、佳那美のゲームソフトの怪異を収めたこと等を見て、ミナミは灰川を更に更に凄いと感じたそうだ。


「もちろんあれは灰川さんの知識と経験があったからこそ使えた技というのは理解してます。でも私には絶対に考えつかない事でした、例え私に霊能力があったとしてもです」


 自分に足りないのは実力と柔軟な思考だ、登録者が増えないのを自分の限界だからと決めつけて努力を怠った。


 努力を怠っても良い、飛び越えられないハードルは(くぐ)ってしまえば良い、もっと頭を柔らかくして物事に当たる。それを灰川から学んだ。


 灰川は霊能力に関しては高い能力を持つ、だからこそあんな方法を思いつく!だから自分も配信に関しては今より高い技能と面白さを追求する!灰川さんは凄い!灰川さんこそ最高の霊能~~……!


「分かった、分かった! もう良いから! 教えてくれてありがとな! ジュース飲んで落ち着けって、奢るから!」


「はぁはぁ! 灰川さんは最高のお方ですっ! 凄いんです!」


 興奮気味に語るミナミを宥めて落ち着かせる、少し息を整えさせると、やっと落ち着いてくれた。


「意外だったよ、こんな超人気Vtuberにそんな大きな悩みがあっただなんて、底辺配信者の俺には分かってやれんけどさ」


「いえ、もう過ぎたことです。それに灰川さんのおかげで、ここの所少し登録者さんが増えました。ありがとうございます」


「そりゃ俺のおかげじゃないって、ミナミの努力と配信の面白さのおかげ」


「とんでもないです、灰川さんが居なかったら引退してた所なんですから」 


 そんなやり取りをしつつ面白おかしく会話していく、そんな時に少し調子に乗ってしまった灰川が空気の読めない発言をかました。


「でもよー、ちょっと残念だな~。信頼してくれてる理由が好きだからとかだったら、こんな年下の子に好かれるなんて俺も捨てたもんじゃねぇなって思えたのになー」


「………!」


 冗談として放った言葉だったが、この発言は16才の少女相手にどうなのか、ミナミは落ち着いた雰囲気がある子だから灰川は少し勘違いしてしまったのかもしれない。


「灰川さん、その……ぁぅ…」 


 ミナミは(うつむ)き加減になって顔を隠す、その顔は灰川には見えないが真っ赤に染まってしまっていた。


 灰川はというと、お茶が無くなってしまい後ろの自販機に行ってしまっており、ミナミの様子は見てなかった。


「あ、灰川さーん、ミナミも来てたんだ。今日は講義よろしくねー!」


「おう、エリス、お疲れ」


「あれ? ミナミどーしたの? 下なんか向いちゃって」 


「ううん、何でもないよエリスちゃん」


 少し様子の変なミナミをエリスは気に掛けたが、顔を起こすとミナミは普通な様子だった。


「灰川さん、講義で緊張してヘマするんじゃないのー?」


「さっき一回講義したからヘマは期待するなよ、次も上手くやるって」


「灰川さんの勇姿、ぜひとも見させて頂きます♪」


 こうして会話をしつつ時間を潰し、やがて講義の時間になりエリスとミナミは先にホールへ向かった。




 2回目の講義の受講者が揃ったと言われ、灰川もホールに向かう。次の講義もハッピーリレーの職員は忙しいため同席は出来ないそうだ。 


「講師の灰川です、よろしくお願いします」


 講壇に立ち講義を始める、室内を見渡すと1回目の講義より受講者は少なかった。どうやらこの講義はエリスやミナミを初めとした高校生の配信者が多いみたいであり、女子中学生のVtuberも居るようだ。男子高校生の姿は見えない。


 ハッピーリレーで高校生ながら配信をしてる者達は、見たところ全員Vtuberのようだった。その方が個人情報も守られて防犯などにも良いだろう。


 ハッピーリレーは企業方針として、高校生はほとんど女子しか採用しないとしてるそうだ。何でも過去に男子高校生を採用した所、即座に調子に乗ってヤバい真似をして回ったそうで、その男子は人生崩壊レベルの事態にまでなってしまったという黒歴史があるとのこと。


 それ以来は男子高校生は余程の事がない限りは採用しないとしてるが、そもそも男性はほとんどが業界3位の『サワヤカ男子』に入所を希望するため、ハッピーリレーにはそもそもあまり面接に来ないらしい。


 灰川は受講者たちを見回すと、エリスとミナミは部屋の中央近くの席に座ってる。受講する姿は至って真面目だ。灰川も真面目に講義をしようと尽くすが。


「あの、灰川さんでしたっけ? さっきから幽霊だの怪奇現象だの言ってるけど、ホントにそんなのあるんですか~?」


 ニヤニヤしながら講義を(さえぎ)って声を上げたのは、女子中学生Vtuberの破幡木(はばたき) ツバサという子だった。


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