199話 美容の怪談と施術の効能
灰川は椅子から立ってラウンジの入り口に居る20代半ばくらいの若い接客スタッフ、溝口に話し掛けた。
「あの、もしあったらで良いんですが、怖い話とか持ってませんか?」
「えっ? 怖い話ですか?」
まさかの質問に溝口は少し混乱するが、灰川としては理美容業界の人にじっくり怪談を聞けるかもしれないチャンスなのだ。
市乃たちの施術は時間も掛かるし暇になる、その間に普段はあまり話せない美容師の人に怪談を聞いてみる事にした。灰川は10分カット床屋に行ってるから、散髪中に会話はあまりしないのだ。
「はい、もちろん構いません。私が知ってる怖い話であればお話しします」
「マジですか、ありがとうございます! 怖い話が好きなんですよ!」
溝口は驚いたが、この男性、灰川先生はオーナー指定の超VIP客の大恩人で、その超VIPから『決して失礼の無いよう、しっかりスタイリングをお願いします』と言われてる人だと聞いてる。
スタッフたちは『当然!』と息巻いて仕事に誠意と誇りを持って当たり、市乃たちを世界一可愛く綺麗にするくらいの意気込みで臨んでる。
しかし溝口はレミアム・オーセンの新人であり、まだ店の流儀を学びきってないためスタイリストではなく、今日は接客スタッフとして付く事になった。普段はアシスタントをしてる。
本来であれば接客もまだ十分ではないのだが今は男性スタッフは居らず、女性スタッフは総出で施術に当たってる。かと言ってVIPの恩人を一人にする訳にもいかないから緊急で接客に回された。
溝口は美容学校時代に様々な大会で功績を残し、他店で入社2か月でトップ美容師になるなど実績を積み、何店かを渡り歩いて技術を磨いた。
その後にレミアム・オーセンの数百倍とも言われる採用試験を突破した超逸材であり、そんな逸材こそがレミアム・オーセンに美容師として採用される最低条件である。
「入り口で話すのも何ですから、向こうで聞かせて下さい。お仕事が入ったり用事を思い出したりしたら、いつでも抜けてもらって構いませんから」
「はい、お気遣いありがとうございます」
灰川は溝口が場から抜け出しやすい雰囲気を作ってから椅子に座り、溝口にも座って下さいと言って、高級美容サロンのラウンジで小さな怪談会が開かれた。
「お客様は美容師の仕事にどのようなイメージをお持ちでしょうか?」
「イメージですか、綺麗な美容院とかサロンでスタイリッシュに仕事するお洒落な人たちという感じですかね」
「良いイメージを持ってくれてありがとうございます」
「でも割とキツイってイメージもありますね、接客も大変そうだし仕事の後に練習とかしてるって聞いたことがあります」
「はい、我々の業界は大体はそういう所が多くて、ブラックな所が多めの業界ですね」
美容師の世界は決して格好良くてスタイリッシュなだけではないそうで、日々変わる流行の髪形やお洒落、老若男女に合わせた髪形をどんどん練習しなければならないらしい。
芸能人の○○ちゃんみたくして欲しいなんて注文は当たり前、ヘアカラーで髪をレインボーにして欲しいなんて言われる事すらある。
それらには技術が必要であり、その技術を磨くために夜遅くまで練習したり、トレンドを追ったりなんて苦労が当たり前だそうだ。
新人アシスタントとなれば給料は非常に低く、そういう面でも苦労が絶えない世界らしい。
「夜遅くまで店に残る事も業界では珍しくありませんし、そういう生活の中で怖い体験をするスタイリストは多いのですよ」
「なるほど、夜の美容院とかって雰囲気ありそうですもんねぇ」
「はい、並んでる鏡とかウィッグ…美容師の練習ヘアマネキンとかが、見慣れてる筈なのに、たまにどうしようもなく不気味に思える事があります」
終業後の美容院は独特な雰囲気らしく、そんな雰囲気が怖いモノを引き寄せる事があるのかも知れないと溝口は言う。
「ちょっと特殊な業種でもあるので、ミステリーショッパーの人達も派遣されてくる事があります」
「ミステリーショッパーって何ですか?」
「覆面調査員の事です、美容院のようなサービス業は覆面調査サービスで接客リサーチしてる所もあったりするんです」
少しの業界説明をされて怪談の風景イメージを持ちやすくなった所で、溝口が他店に勤めてた時の話をしてた時に実際にあった話をしてくれた。
ミステリーショッパー
ミステリーショッパーとは覆面調査員の事を指し、様々な小売業やサービス業に客として来て調査会社に店の評価を伝え、調査会社から謝礼などを貰う人達だ。
溝口の先輩のAさんがある日にスタイリングした人物がミステリーショッパーだったらしく、オーナーに届けられた評価シートが店に送られて来た。
その客にはカットやヘアカラーなどをしたらしく、先輩の評価は上々で溝口も「凄いじゃないですか!」と言って褒めていた。
だが変な事が書かれてる、それは『店の奥側にある赤いドアが少し雰囲気に合ってなくて気になります』と書かれてたのだ。
「赤いドア? そんなの無いよね?」
「ですよね? 何か見間違えたんですかね」
店内に赤いドアなどはなく、見間違えか他の店と混同してるくらいに考えて話は終わった。
しかしオーナーは数人の覆面調査員の派遣を依頼してたらしく、その調査員の全てが赤いドアが気になると評価シートに書いていたのだ。
オーナーからも「そんなの無いよな?」と言われ、少ししてから店が移転する事になり、結局は謎のままである。
「覆面調査員にしか見えないドアですか、不思議な話ですねぇ!」
「不思議ではあるんですけど、私も他の従業員の皆さんにも見えなかったので実感は湧かないままでしたね」
なぜミステリーショッパーにしか見えないのか分からないが、興味深い話だと灰川は思う。もしそのドアに入ってしまったら何が起こるのか、正にミステリーな話だ。
美容院のような接客やサービスが重要で、客との信頼構築も大事な場所だと覆面調査の需要はあるのだろう。そういう業界ならではの話かもしれない。
溝口は他にも美容師怪談の王道、深夜の練習中に鏡に誰かが映ったとか、練習マネキンの表情が怒りの表情になった等の話をしてくれる。身近な人の体験談もあれば又聞きの話もあり、バラエティーに富んでいる。
「幽霊話だと、やっぱり深夜に一人で練習中に…という話が多いですね。他には以前に美容室だった居抜きテナントを借りたら、前の美容師が事故で亡くなっててみたいな話も多いです」
居抜き物件は経費が抑えられるけど、前に何かがあった場合は怖い事が起るかもしれない。
「それと美容業界は生きてる人に関する怖い話も多いですね、美容に対する執念が強すぎる人とか、入社した美容院がとんでもない所だったとかです」
「あ~、確かに多そうですよね、ブラックな美容院だったりとか、怖い客だったりとかですか」
「お客様方も美容院のオーナーや従業員も人間ですから、様々な人が居るんです」
溝口は客や業界を悪しざまに言う事はないが、やはり色んな人に関わる職業の特性上で人に関する様々な事が起るらしい。
「これは以前に勤めてたサロンで聞いた話なんですが」
そう言って溝口は話し始めてくれた。
美の執着
Mさんは以前に高級美容サロンに勤めてた事があり、そこでも指名や売り上げは良い成績を持っていたそうだ。
それは腕が良いという事で、そういう人には美容に拘りがある客が付くケースも多いらしい。
ある常連客はMさんを指名するようになり、月に1回ほど定期的にサロンに通ってたそうだ。調髪やエステなどをやって美容師トークの接客などもして良好な関係だったが、普通に通ってた客の様子が変わったらしい。
月に一回だったのが2週に1回になり、週1になり、売り上げは上がるけど流石に何か変だと感じる。その客は資産家だから高級サロンに通っても金の問題は無いが、普通はこんなペースで来ない。
サロンではマッサージなどもしてるから、肩のコリ具合やリンパの流れなんかも頻繁にサロンに来るほど悪くないのも分かってる。髪の毛なんか1週間で散髪するほど伸びたりしないものだ。
ある日に施術中にそれとなく「最近よくサロンに来てくれますね、どうされたんですか?」と聞いてみた。
「醜くなるのが怖いのよ!美しくなければ私じゃない! 美しさを保つためなら何だってする!」
焦りと強い恐怖を感じる声で客は叫んだ。
醜形恐怖症、客はその精神疾患の病名が付けられる程に、美に対しての拘りや醜さに対する恐怖を抱いていたのだ。
サロンに来る頻度は更に上がり、3日に1回、2日に1回、そして毎日……その頃にはMさん以外のスタッフも施術に入っており、スタッフ一同が「これは異常だ!」と既に気付いてた。
夫に連絡しようにも海外で仕事をしてるらしく連絡が取れない、しかもその客は遂に「これからは毎日、午前と午後に予約を入れる」なんて言い始めた。
そこでようやくその客の友人たちが流石に放っておけないとなり、彼女を無理やりに心療内科に連れて行って受診させ、どうにか騒ぎは落ち着いたらしい。
「美の追求や保持は時には人の心を蝕みます、そこをコントロールさせて頂くのも私たちの仕事ではあるのですが…現状では画期的な手段が見つかってません」
「美への欲求も怖い物なんですね、そういえば若い女性の血を浴びれば若返るなんて言って、恐ろしい事をした権力者も居ましたもんね…」
美に対する人怖話は沢山あり、美に狂った者が悲劇を起こす話なんかも昔からの定番だ。そうならないよう、そうさせないよう尽力するのも美容師の務めと考えてると溝口は言う。
誰かを美しくさせるという事は、その人物を変えるという事。その効果が客にもたらす変化を見極め、良い結果だけをもたらす事が出来て初めて『真の超1流』を名乗れると溝口は言った。
それは難しい事だ、仏門の人間が悟りに至るくらい難しいと思える。しかしレミアム・オーセンにはその場所を目指す者が集ってるそうで、日夜の修練に明け暮れてるらしい。
忙しくなってしまうため自分の店を持たず、技量の追及に熱を捧げる人達だ。ある意味では信仰に近いものがある気がする。
「私はもちろんですが、スタッフ一同がまだまだ自分たちの望む技量には程遠いのです」
「なるほど…美容師や理容師という職業を甘く見てた訳ではありませんが、思った以上でした。尊敬しますよ」
美容の目的は人を美しくする事だけに非ず、美しさをもって客の人生をバラ色にさせること、スタッフはその信念に賛同した人達だそうだ。
その志の高さに灰川は純粋に尊敬の念を感じ、同時に自分を改めて考える。霊能力を使って周囲の人達の人生を良くするよう努めるべきなのでは?陽呪術を使わず後押しや見守るだけというのは単なる怠慢なのでは?
陽呪術を使ったら努力を忘れるようになる、ならばそうならないと見込んだ人たちに使えば良いのでは?
レミアム・オーセンの超1流の話を聞いて、そのような考えに至る。
施術に責任を持つという事の意味、時にはその人の人生の大事な局面に関わるという事の重さ、それらを背負う覚悟がある人こそが生き残れる厳しい世界、そんな世界に生きる者達だからこそ格好良く見えるのかも知れない。
「施術が終わったようですね、皆様が戻って来られますよ」
「えっ、もうこんなに時間が経ってたんですか、夢中で話を聞いちゃいましたよ」
「ありがとうございます灰川先生、よく聞いて下さって私もありがたく思いました」
市乃たちが一通りの施術が終わって戻ってくる、時刻は午前11時過ぎで収録の時間までには結構な余裕があった。
普段なら市乃あたりが「終わったよ灰川さん、気持ち良かったー」とか言いながら来そうなものだが、今日はそれがない。
「えっ……?」
「灰川先生、全コース終了でございます。何かご不満な点などはありますでしょうか?」
「な……ないです……」
施術が終わり、全体を整えてもらった5人が姿を現す。そこには輝くようなオーラを発する少女たちが居た。
マックスベットでロイヤルストレートフラッシュ確定、スロットで8192を5回転連続で引く、スペシャルジャックポットに当選、そんなイメージが灰川に漠然と浮かぶ。
つまり『確実に人目を引く』という事であり、その可愛さと綺麗さはどんな奴が見たって下には見られないという事である。
「ど、どーかなー? あはは…」
髪型の整い方が凄い、まるで美と調和を計算しつくされたかのような美しく可愛い髪型だ。いつまで見てても飽きない芸術品を彷彿させる。
「その……整えて頂きました」
髪の毛のツヤが素晴らしい、一人一人に最適なツヤと輝きを放つヘアーになっており、枝毛どころか不自然と思える場所など1mmすら感じられない。
「えっと、しっかりやってもらえたっす!」
顔からはストレスや疲れの色など微塵も無く、完全にマイナス感情が解消されたかのような晴れやかさと、躍動するような健康さが感じられる。
「凄く気持ち良かったよ、こんなに凄いエステって初めてだったな」
血の巡りと気の循環が凄い、それが美しさと魅力を底上げしてる。動いてなくても動きを感じさせるような、動いてるのに美しく静止してるかのような、そんな複数の矛盾した美しさを目に叩き込まれるようだ。
「誠治! 私たちもっと可愛くなったでしょっ? わははっ!」
人の肌ってこんなに綺麗になるものなのか?剥きたてのゆで卵のようにツルツルで輝いてる。まるで宝石か美しい湖の水面のような輝きを思わせる程だ。
「各種スタイリングやトリートメント、エステやシェービングを施術させて頂き、全体を整えて皆様の魅力が上がるようにさせて頂いております」
それぞれに適したカットをして、それぞれに適したトリートメント等の施術をして、女性の髪が持つ美しさと魅力を最大にまで高めてある。
ヘッドスパや顔や体の美容エステマッサージによって血行促進、女性の肌のきめ細やかさや絹のような滑らかさを促進、そこに若さと本来の魅力が加わって最高の健康肌と断言できる状態になってる。
フェイスやボディのシェービングによって肌の表面の不純な物が一切取り除かれ、光を放ちながら光を反射してるような輝きがある。
手が柔らかで温かいことが見るだけで分かる、爪が磨き抜かれた鏡みたいだ、目の輝きが違う、肌の輝き方が餅のような肌という表現すら超えて最上級、唇が瑞々しくて可愛くて綺麗だ。
軽く挙げるだけでもこんなに素晴らしい部分が見つかる。
「アフタートリートメントやシェービング後のスキンケアもしております。簡単にスタイリングが崩れる事もありませんのでご安心ください」
「は…はい…、すげぇ…」
美のマエストロ達による仕事は完璧を越えた何かだった。元から市乃たちは可愛いと思ってたが、今は更に美というバフが掛かってる。
髪形評論家が脱帽して5度見くらいしてから、目を離せなくなりそうな美しく可愛さを引き立たせられてる。
トップモデルが『キサマ!どこのサロンに通う者か名乗れぃ!』と叫びそうな、化粧品メーカーが見たら即座に『言い値でモデルに採用!』と言われそうな美しさと可愛さ。
施術中に衣服はクリーニングされており、新品以上の綺麗さだ。まるで超最高級ホテルのクリーニングを受けて即着たような感じである。
5人の可愛さと綺麗さに文句を付けれる部分が無い、粗を探しても一切ない。
皆から花と高級石鹸と爽やかなフルーツアロマのような良い香りがする、だが何より凄いと感じたのは。
「お…お、お前ら……声が……!」
あまりの驚きで失礼な呼び方をしてしまうが、それ程に驚いてしまったのだ。
「はい、当店の裏メニュー、ボイスエステを施術させて頂きました」
美容サロン、レミアム・オーセン。ここの顧客には声が大事になる職の客も居て、そういった人たちに合わせて裏メニューがあるそうなのだ。
その一つがボイスエステ、呼吸器や発声器官に体外からマッサージなどの刺激を与えて、施術ルームなどの酸素濃度やアロマも発声器官の癒しに最適な空気を作って提供。
声を酷使する人の発声器官の疲れや細かな傷を癒し、そこから更に『それぞれの最高の声』を引き出すエステも施術されてたのだ。しかも使用する酸素は渋谷に居る酸素バリスタの店から最高の物を仕入れてるそうだ。
人の美しさは容姿だけに非ず、声、視線、表情の色合い、仕草や動き、果てには生き様なんてものまで美に含まれる。
ここで提供される美というサービスは容姿だけでなく、声すらも含まれる。市乃たちの声はVtuberという事もあって普段から魅力的な声だが、今は更に素晴らしい。
透き通るような、聞くだけで体が温かくなるような、声が美しい色を持って視覚化されるかのような、聞いた者を虜にする力を持った音を奏でてる。
つま先から頭の天辺まで非の打ち所がない美少女たち、そんなレベルに仕上げられてたのだった。
「当方としましても最高の施術が出来たと自負しております、これならばOBTテレビに入っても下に見られる事はないかと思います」
「これで容姿を下に見る奴居たら、それは嫉妬ですよ…マジで凄い…」
「お褒め頂きありがとうございます、それでは少々のご説明を~~……」
こうしてテレビ局に行く前の美容スタイリングは終わり、結果は最高以上の超極上という仕上がりとなって店を出る。
自分が綺麗でない美人でないと思うなら、性別問わず騙されたと思って一度美容サロンに行ってみるべきだと灰川は思った。
自分の良さに気付いてないだけ、美容のプロが見れば簡単に美を作り出せる容姿かもしれない。あなたを更なる高みの美に導くかもしれない。
世の中には美容院、エステサロン、美容鍼灸、化粧をしてくれるメイクサロン、その他にも美を提供する場所や店が数多くあるのだ。
美容は気力を充実させる、人を元気にさせる、その元気が周りに明るさをもたらす。決して無駄なものではない、だからこそ人は美容を求めるのだろうか。
「それにしても凄いなぁ、皆メチャクチャに元気になって綺麗になってるじゃんよ」
「ありがとうございます灰川さん、私も緊張や不安が飛ばされたようになくなっちゃいました♪」
「マジで凄かったですよ! 美容とかエステとか正直なめてたっすけど、考えが変わりましたっ!」
綺麗になれば自分に自信が付く、身を整えれば気持ちが前向きになる、疲れが取れればヤル気が出る。
サロンに行った事は全てプラスに働き、今の彼女たちは気炎万丈、実力を120%出せる状態になった。
ボイスエステも受けて声も最高以上の状態だ、皆の声を聞いてるだけで幸せになってしまいそうだ。
「灰川さんも受けれたら良かったねー、あははっ」
「俺は良い感じの怪談を聞けたから満足だって、みんな綺麗に可愛くしてもらえて良かったな」
「すごく良かったわよ! 鏡を見たらいつもより断然カワイくなってた! ママに写真送っちゃったわ!」
「灰川さんにも後で皆の写真送ってあげるねー、私服バージョンと制服バージョンっ」
「ははっ、ありがとな市乃」
車を運転しながらOBTテレビ方面に向かう。車内では皆は手鏡やスマホのミラーモードを使って自分を見てみたり、発声練習したりして、改めて変わりように驚いたりしてる。
灰川も正直言うと皆の髪の毛や肌に触ってみたいという気持ちがある。変な意味ではなく、綺麗過ぎて無意識的にそう思ってしまうのだ。もちろん行動には移さない。
「でも残念かな、会員じゃないから、もうあの体験は出来ないんだね…。この状態も2週間くらい持つ程度だと思う」
そう言ったのは空羽で、美容とは手入れをしないと保てないのだ。これ程の綺麗さを保つのは生半可な事ではなく、美容に気を付けてる人ですら美を保つ難しさには悩まされてばかりなのだ。
「俺は会員にしてもらえたぞ、なんかオーバーSSSクラス会員とかいう奴でさ、同伴込みで自由に予約が取れるらしいぜ」
「「!!?」」
実は四楓院英明が灰川たちをレミアム・オーセンに紹介する際に、オーナーに『灰川先生を四楓院最上級会員として登録してくれ』と裏で言ってたのだ。
灰川が利用する際は料金は四楓院持ちで良いというか、英明は前払いで向こう20年分くらいの料金を支払っている。
何故そんな事をするか、娘を助けられた恩もあるし総会長の親友を助けた恩もあるが、そこは重要ではないのだ。
四楓院家としては灰川に最上級金名刺を渡したが、あまり使われてない現状がある。欲に溺れない良い人だと思うと同時に、使われなさ過ぎるのも名折れだと感じてるからこその応接であった。
金持ちの心理や本当の上級国民の精神性など灰川には分からない、使ってもらわないと困る金があるなんていう事は考えも付かない。金はなるべく使わない方が良いみたいに考えてるのだ。
灰川の考える金持ち像は底が浅く、金を使ったら増えるというような逆説的経済論や資本論は深くは分からないのである。普通はそういうものだ。
「会員になると特製調合トリートメントとか、安全シェービング剃刀なんかも買えるって言うし、俺も買ってみるかな~」
「「!!」」
この言葉に更に皆が驚く、あの凄いトリートメントとかが家でも使える!流石に手技の効果もあるから店で受けるような効能は望めないが、それでも最高には違いない。
「灰川さん、絶対にまた連れて来てもらうからね? 絶対だよ?」
「お、おう、なんか美人度が上がって更に迫力あるな…」
「自分もまた連れてって欲しいです! こんな風にしてもらえる所があるなんて知らなかったっすよ!」
「灰川さんっ、私もまた来たいですっ! よろしくお願いしますっ!」
「誠治! 私もお願いしたいわ! 今度はママと真奈華お姉ちゃんも一緒に来たい!」
「おわわっ! 運転中だから騒ぐんじゃないっての! 美への欲求って怖いっ!」
また来れるかもと聞いて浮足立つ皆の声からは収録への悪い緊張感は感じられない。良い効果が出てる証拠だ。
せっかく会員になれたのだから独り占めせず、皆に頼まれたら連れて行こう。
市乃は髪と顔の調和が素晴らしい事になり、肌の綺麗さや全体的な魅力が大幅にアップしてる。その事から受ける自信向上や精神力アップは絶大なものがある。
史菜は黒髪のロングヘアが素晴らしく綺麗に調和がとれて、柔らかな黒曜石とでも言える清楚さが更なる上がり方だ。そこからメンタルコンディションを最高に上げられた結果となった。
由奈はツインテールヘアの元気さや可愛さを更に爆発的に上げられ、生意気な部分も可愛さに完全に転化されるかのようだ。集中力も上がってるようで、収録の見学勉強も出演も上手く行きそうだ。
来苑はショートカットヘアが今まで以上に似合う仕上げになっており、ボーイッシュさと少女の可愛さが最高の調和と均整になった。テンションも良く、悪いストレスや緊張も消えている。
空羽は今から超大作映画賞の主演女優賞の授賞式に出てもおかしくない仕上がりで、怖さすら感じるほど綺麗である。疲れも消されて準備万端、フルマラソンだって走れそうな気力だ。
そんな状態の彼女たちは自分たちが厳選したお洒落な衣服、しかも最上級クリーニングをした直後の服に身を包んでテレビ局に向かってる。
「じゃあOBTテレビでランチしてから収録のリハだな、頑張ってくれよな!」
最高に整えられた身だしなみ、誰もが見入る綺麗さと可愛さ、1流モデルが羨むほどの瑞々しく一目見ただけで触れたくなる肌、そんなどこに出しても恥ずかしくないと言い切れる整え方をして目的地に向かう。
ただ忘れてはいけないのは彼女たちはVtuberであり、別に本人達はテレビに映る訳じゃないという事だ。
ボイスエステはともかく、業界人からの舐められ防止のためにここまでやる必要あったか?




