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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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193話 歪み場の道路

 翌日、灰川と空羽は灰川事務所で待ち合わせして、準備をしてから霊能者仕事に向かう事になった。


「汚れても良い服は持って来た? あと歩きやすい靴とか」


「うん、荷物とかは車に置いて良いんだよね?」


「おう良いぞ、じゃあ出発だな」 


 そのまま準備を完了し、割と朝早く出発する。灰川の服装は作業着みたいな感じで、着替えにはスーツを持って来た。一応はロケハンの仕事もあるからスーツは必要だ。


 空羽はジャージとスニーカーだが、灰川が着てる作業着より高そうな感じだ。しかも耐久性なども良さそうで、しかもスタイリッシュな感じもある装いである。


 美人は何着ても似合うって言うけど、ありゃ本当だなと灰川は感じる。ジャージの上からでも足がスラリとしてるのが分かるし、そんなに大きくない胸もかえって空羽のスタイルを引き立ててる。


「別に危険な場所って訳じゃないけど、あんまり人が入らない場所だからさ。掃除もしてないだろうから汚れる可能性もあるし」


「どんな場所なのかな? なにかあった場所なの?」


「車の中で説明する、それと守りの陽呪術も掛けとくし、お守りとお札も渡しとくからよ」


 空羽の今回のオカルト帯同は心に刺激が欲しかったから着いていく部分も大きい。普段からVtuber活動をして顔出し配信すら稀に行い、最大数の視聴者登録を抱える身だが、その状況には慣れてしまってるので刺激が足りない生活なのだ。


 刺激のない生活だと精神にメリハリが無くなり、配信にだって影響がある事を空羽は知っていた。少なくとも彼女はそういう性質だ。


 視聴者登録が200万人を超えた辺りで、空羽は忙しさに振り回されつつも配信に掛ける時間が長くなり、私生活での刺激が少なくなって配信に影響が出て伸び悩んだのだ。


 それ以来は配信を長時間タイプから中くらいの時間を一気に盛り上げるタイプに切り替え、生活の刺激も大事にしつつVtuber活動に勤しんでる。


 今はテレビ進出を今週末に控えた大事な時だが、どうにも刺激が足りないと感じていた。このままでは満足の行くパフォーマンスを発揮できない、新しい自分を切り開けないという感情がった。


 だからこその霊能者の仕事に帯同という刺激を選んだ。以前にも高校で灰川の霊能者としての活動を見て、学校の後輩を助けてくれた灰川の姿を見て思う所があったのだ。それは確かな心の刺激でもある。


「シートベルトしてくれよ、にしても渡辺社長がシャイゲの車貸してくれて助かったぜ。服とかの荷物もあるしな」


「うん、灰川さんも車を買ったらどうかな? 収入も上がるみたいだし」


「考えてみっかな、でもカメラやっぱり要らないって言われたら、また金欠になっちまいそうだしな~」


「依頼料とか委託料も上がるみたいだし、大丈夫だと思うけどね」


 車に乗って出発し、東京の街を走ってく。最近は灰川も運転に慣れて来て、そこそこは上手く車線変更なども出来るようになってきた。

 

「今日行く場所の説明するな、空羽は霊能者にお祓いの依頼が来る場所って、どんな所のイメージある?」


「誰かが亡くなってたり、昔にお墓とか病院だった場所かな。後は気の流れが悪い?場所みたいなイメージがあるよ」


「まあそんな感じだよな、大正解! マジでそういう所が多いから」


 空羽は普通に無難な答えを出し、灰川は正解と言う。


 誰かが亡くなった場所、昔に何かあった場所、地脈の気の流れが悪くて怪現象が発生する場所。


 例え何が原因か分からなくても、調べてみればそれらが原因な事は多々ある。しかしそれらに該当しない場所もあるのだ。


「これから行く場所はそういう場所じゃないんだよな、誰も亡くなってないし、昔に何かあった訳じゃない。地脈も普通で霊道も通ってないし、誰かが不幸になった訳でもない」


「えっ?? だったら何でお祓いなんかするの? 幽霊とか出そうにないよね」


「ああ、話だけ聞くと何も無さそうだけど、今から行く所は世田谷区にある道路でさ、そこには現代の道路にあってはならない特徴がある」


「どんな特徴なのかな? 亡くなった人も居なくて、何かがあった訳でもない……なんだろう?」


「お、着いたぞ、ここから歩きだ。近いからそんなに歩かないけどな」 


 そこは世田谷区の閑静な住宅地、一軒家が立ち並び、車通りもまばら、公園や買い物が出来るスーパーなども多数あって生活に便利そうな街だ。


 東京都世田谷区、日本有数の住宅地であり92万人もの人達が暮らす街だ。世田谷地域や北沢地域など幾つかの地域があり、そこによっても特色が違ったりする。


 古着屋とかアクセサリーショップみたいなお洒落な店が多い地域や、大きな公園があって緑豊かな場所もある。昔ながらと新しいものが混在する魅力的な街だ。


 灰川と空羽が来たのは正に住宅地という感じの場所で、一見すると変な所はない。事故物件や心霊スポットもありはするが、今回の場所はそういった条件には当てはまらない。


 車をコイン駐車場に停めて荷物を持ち、預かってる物なんかも確認する。


「よし行くか、まぁ気楽にしててくれりゃ良いからよ、陽呪術も掛けたしお守りもお札も過剰なくらいだから、霊的な心配はないぞ」


「ありがとう灰川さん、また頼りにさせてもらうね? ふふっ」


 空羽には珍しい無邪気な笑顔が灰川の胸を少し高鳴らせる。美人と美少女の間に居る空羽の笑顔は男殺しのスマイルだ。


 これだけ可愛いのだから実写チャンネルの方も70万人の登録者が居るのも頷けるが、今は帽子を被って素顔は気付かれにくくしてるから安心だ。


 もしファンが居たとしてもジャージ姿で現場作業感がある今の状態では、そう簡単には気付かれない。 


「空羽は道路って聞くと、どんなイメージある?」


「えっと、車が走ってて歩道があって、あと信号とか横断歩道とかかな? 歩道橋とかも」


 空羽が言ったイメージは一般的な東京の道路で、普通にイメージされる道路である。そこには車が走ってて歩行者が居て、信号待ちしてる車とかがあるだろう。


「今日の仕事現場はそんな道路なんだけどよ、ちょっと普通じゃない。説明するより見て自分で気付いて驚いた方が良いか?」


「うん、その方が良いかな。灰川さん、私が変わった体験がしたくて着いて来たって気付いてたんだね」


「まぁな、それに空羽は心霊スポットとかに行って、そこに在るモノを馬鹿にしたりしないって知ってるしな。あと俺はオカルトスポット巡りとかは肯定派だしよ」


「ありがとう灰川さん、もし誰かが亡くなってたりしたら花束とか買うつもりだったけど、そうじゃないらしいもんね」


 灰川は馬鹿にする目的でもなければ、心霊スポットに行ったりする事は自己責任の上で肯定派である。


 心霊スポットだからと言って怖くて誰も近づかないと、場所の空気が淀んで悪い霊気が強くなってしまう事も多々ある。


 悲劇的な事があった場所であっても、いつまでも幽霊の場所にしておく訳にもいかないし、それを言い始めたら事故物件などには誰も住めなくなってしまう。


 心霊スポットに行って思い出を作りつつ、少し空気と霊気の流れをもたらして帰るのは場所にとっても良い事だ。不謹慎な真似をしない限りは許されるべきだと灰川は考えてる。


「なんだか裏路地の裏路地みたいな道に入ったけど、この道で合ってるの?」


「大丈夫だ、ちゃんと合ってるからよ。ちょっと複雑な所にあるんだよな」


 住宅地の入り組んだ裏路地を進み、更に細い道に入る。住宅の敷地の間の塀を縫うように進んで奥に行くと。


「路地に鍵付きのドアがあるね、これじゃ入れないよ」


「大丈夫だ、鍵は預かってるから」


 塀が高くて登るのも難しい路地に入ってる。まるで迷路のような進み方であり、空羽は既にけっこうワクワクしていた。


 これだけ進めば大なり小なり道路にでも出そうなものだが、ここまで車が1台くらいしか通れない道ばかりだ。しかも目の前には高い塀と鍵が掛かって道を塞ぐドア、何があるのか気にせずには居られない。


「この辺りは複数の不動産屋が競合してた地域でな、綿密に練られた住宅地計画の地域と、ヤクザまがいの不動産屋がテキトーに仕事した場所が何個も混じってるんだ」


「だからこんなに複雑な裏路地になっちゃってるの? 区画整理が全然機能してないような気はするかも」


「そうなんだよ、区画整理がまるでなってない。そんな場所だから変な空間が生まれちまったんだ」


 現代だったら有り得ないだろうが、住宅バブルの時代は不動産屋もヤクザも土地を買い漁って荒稼ぎしていた。


 多少のルール違反は当たり前、所有地ギリギリの住宅工事も当たり前、役所との癒着も普通、無茶な区画整理も無理やり通す。そんな時代が30年ほど前にあり、ここがその中心地の一つだったのだ。


「2つめのドアだな、あと少しで到着だ」 


「うん、どんな場所なのか気になる。怖い場所なのかな?」


「かなり特殊な場所だから判断つかねぇや、幽霊や呪いが無くたって怖く感じる物なんて人それぞれだからよ」


 狭い場所を極度に怖がる人も居れば広い場所の恐怖症の人も居る、何を怖がるなんて人によって違う。少なくとも灰川としては今から行く場所は特殊な場所である事は間違いないと思ってる。


 迷路のように入り組んだ裏路地を抜け、狭い道を塞ぐ鍵付きのドアを3つ開け、そこから少し進むと目的地に到着した。所要時間は駐車場から10分といった所だろう。  


 良く晴れた日の涼しい朝、住宅地の迷路のような狭い裏路地を抜けて辿り着いた先は。


「道路だね、そう聞いてたけど普通の道路にしか見えないよ?」


 そこに在ったのは道路、広めの片側1車線道路で歩道もあり、歩行者用信号もある。しかし40mほどの短い道路である。


「本当にそうか? よ~く見てみると変な部分があるぞ」


「なんだろう…? 歩道があって車線があって…あっ…!」


 ここはよく見ると変な部分が多々ある。道路に面した住宅の塀が異様に高く、こちらへの出入り口が付いた塀がある家は一軒もない。まるでこの道路には出られないよう作ってるかのようだ。


 この道路に出られる道が2人が通って来た非常に狭い道しかなく、道の西側の先は住宅の塀があり、東側の先は地下道路への入り口があるが使われてる気配が無い。通行止めの工事が未完了のまま放置されてる。


「ここって…道路なのに人も車も入って来れないの? 東京の住宅地の真ん中なのに…?」


「正解、ここは世田谷区道K9番道路、現役道路だけど誰も入れない道路なんだよ、面白いだろ? 雑草とかは今も無いな、かなり丈夫なアスファルト使ってんだなぁ」


 空羽は驚いた、今までだって生きてきた中で驚く事なんていっぱいあったし、Vtuberになってからも驚く事なんていっぱいあった。


 しかし目の前の光景はそれらとは異質な驚きだ。朝日が少し差し込む住宅地の真ん中の道路、しっかりと整地されて雑草も無く、誰も来ないからゴミも落ちてない。


「こんな場所だからよ、ほら! 信号無視もやり放題! 道路のど真ん中に寝転んでも安心安全、誰にも怒られないぜ!」 


「あははっ、なんだか子供みたいだよ灰川さん。でも面白そう、私もやってみよっと」


 まるで秘密基地を作った子供みたいな反応だが、空羽にとってはこんな経験は初めてだ。東京でこんなマネはまず出来ないし、やろうとも思わないが今は2人きりで道路を独占してる。


 やりたい放題に出来るというのは心の解放感が増すもので、普段は落ち着いた雰囲気の空羽も面白くなり、道路に出て座ってみたり信号無視をして横断歩道を渡ってみたりしてる。


 今までの生活を普通に送ってたら絶対にこんな場所には来れなかったし、場所を知る事も無かった。こんな変で面白い場所があるなんて考えた事すら無かった。


 空羽の中に新しい認識が広がる、こんな場所もある、こんな面白いものがある、灰川さんはこんな変な場所をきっと幾つも知ってるんだろう。自分とは違う人生や知識が人の数だけあることを改めて知った気分だ。


「ここってどんな場所なのかな? 誰も来ないのに何で道路があるの? 信号も動いてるよね?」


「まあ疑問はいっぱいあるよな、1個づつ答えてくからよ」


 朝の道路の中央線のド真ん中に座り、空羽と灰川が話し込む。近くには赤信号の歩行者信号、都内の道路のど真ん中で警戒心0の日光浴だ。迷惑系動画投稿者だってこんな事はしなさそうである。


「まず信号が動いてるのは法律だか条例だかの関係で、どんな場所でも信号がある場所は必ず動かさなきゃいけないんだってさ」


 その辺はよく分からないが、ここの信号を止める訳にはいかないらしい。だから30年近く前に設置された信号が動いてる。しかし故障などは無いようで、業者なんかも来ないらしい。区からも忘れられてる可能性はある。


 道路を潰して何かを建てるのも法律とか過去の掘り返しの元になるとか、そういう原因で難しいらしく今も道路はそのままである。


 誰も居ない都内の住宅地の道路、不思議な空間だ。信号や横断歩道もあり、40m程と短いけれど立派な道路なのに誰も居ないし入って来ない。


「なんでこんな道路があるかって言うと、さっき話した色んな不動産とかヤクザの競合の結果、使っちゃいけない土地とか売っちゃいけない土地も売って、こんな風になったらしい」 


「そうなんだ、法律とかって色々あるみたいだもんね」


 本来はこの道路も別の道路と繋がるとか、もっと先まで伸びるみたいなプランだったそうだが、様々な理由からそうならなかった。


 これが世田谷区道K9番道路の概要で、バブルの騒乱が生んだ産物だ。誰も来ない道路の正体は色んな人や集団の思惑が生んだ、人災的なデッドスペースである。


「近所の人達はここが不気味な上に、区の管理する場所で入ると問題になるって理由から、子供とかが入らないよう塀が高くなってんのさ」


「私たちは入って良かったの? 監視カメラとかあるんじゃ…」 


「大丈夫だ、役所の関係者みたいな人から頼まれた仕事だしな。それにここは監視カメラとかは住宅の人でも道路側に向ける事は区から許されてないらしいんだ」


 この場所は住宅地ではあるが利権が難しいらしく、ハッキリ言って周囲の土地の所有者達も区から良い目で見られてない。この土地をやり取りしてた時期にヤクザに嫌な目に遭わされた役人や、金を巡る裏切りなどがあって今でも厄介な目で見られてるそうだ。


 だから役所や地域住民、その他にも様々な勢力が嫌がらせ同然に水面下でアレをしろ、コレをするなと言い合ってる場所らしい。


「それでここからが問題なんだけどな、こういう場所って(ゆが)()って言われててな、あんまり放っておくと厄介なモノになったり生み出したりする事があるんだよ」


 ここは本来なら多くの住人が行き来して、子供たちが学校に通い、通勤の人が朝に眠そうな顔をして通り、主婦が近所の人と道端で談笑する道になる筈だった。


 しかし今は誰も通らず、完成すらせず、厄介な(いさか)いがあった場所の象徴として、見向きもされない場所となってしまった。


 そういう場所には悪念や忌み心が付き物で、それらが余りに溜まると怪異の原因になったりする。その一例が『牢獄道路』という怪異だ。




  怪異・牢獄道路


 戦後の復興時代に道路や建物が一気に作られ、世田谷区道K9番道路のような場所が全国に複数発生した。


 その中で土地を巡るトラブルにより人が死ぬ事件すら発生した場所もあり、怨念や悪念が溜まりに溜まって怪異化してしまった場所があった。


 どこかの住宅地の中にポツンとある使われない道路、人が死んだとか幽霊が出るという噂もあって気味悪く、誰も近づかない。


 そこは牢獄道路となり、その被害の内容は立ち入った者が数時間にわたって出られなくなるというものだ。


 その数時間の間に悪霊に憑りつかれる、運気を慢性的に下げられる呪いを掛けられる、持病がある者は急速に悪化させられるなど、様々なマイナス影響を受ける。


 そこをお祓いせずに家を建てたりすると不幸が続く家になったりして、かなり厄介な場所と言えるだろう。


 祓うには普通レベルの霊能者なら10年は掛かってしまい、都市計画にも影響が出るため、気付いてる人が居てもお祓いをせずに土地を使用されてしまう例も多い。




「怖いね…ここは大丈夫なの?」


 そんな話を聞いて空羽が怖そうな顔をする。こういったタイプのオカルト話には馴染みが無いようで、割と不安な気持ちになっていた。


「ここは東京に居る灰川家の親戚が祓ってたから大丈夫だ、今は俺に回って来たけどな。それに必ず霊的に厄介な場所になるとは限らんし、そうなるのは稀だよ」


「そっか、なら安心だね。でもどのくらいの料金を取ってるの? 区からの依頼だと結構な金額を取れそうな気がするけど」


「この祓いは年に一回で8000円だ、区の依頼じゃなくて役所に勤めてる人の個人での依頼だしな」  


 この祓いは役所からの依頼ではなく個人依頼で、ここの事情を知ってる霊能力持ちの役所勤めをしてる人が身銭を切って依頼してるのだ。その人物は自分でお祓いをする事は出来ないため、このような形を取ってる。 


「やっぱり安すぎると思うよ…もっとお金を取って良いと思うな。だって灰川さんって凄い霊能力を持ってるんだよね、だったら適正な金額ってある筈だよ」


「いや、お祓いに関しては悪意からの自業自得系とか欲目からの依頼じゃない限り、今より料金は上げない。もし上げちまったら本当に除霊とかが必要な人から頼ってもらえなくなるって気付いたしな」


 灰川は色々考えた末に今も悪い事情持ち以外の依頼料金を上げる気はない、それは金欲での没落とかとは関係ない部分の話だ。


 貧乏な人が悪霊に取り憑かれて頼ろうとした時、除霊で10万円とかの話を聞いてしまったら依頼は出来ないと思ってしまうかもしれない。


 だから低額で「まぁ、頼んでみるか」と思ってもらえるような料金設定にしようと改めて決めたのだ。もちろん移動費とかは別途でもらうが、灰川は霊能活動に関してはほとんど慈善事業と思ってやる事にした。 


「誰かがオカルト現象のせいで不幸になるのは、やっぱ見過ごせない。俺の父ちゃんは貧困家庭の子供に憑りついた悪霊を祓った時、逆に金を渡して帰って来た事もあったよ」


「!! そんなの自分が不幸になるよ…お金って大切なんだよ…?」


「いや、もちろん限度と節度はあるからな!? 誰でもかんでもそんな事はしないし、よっぽど特殊な時だけだって。俺だって金は大事だと思うしな」


 霊能力は人のために使うのを是とするのが今の灰川家であり、その精神を誠治は正しいと信じてる。


 悲惨な思いなど誰にもして欲しくないし、それは例え自分をやっかむ人に対してだろうとそう思ってる。もちろん嫌いな奴はちょっと不幸になっちまえ!くらいには思うが、呪いを掛けたりはしない。


 ブラック企業で酷い目に遭った時もそれは守ってるし、もしかつて自分を苦しめた人がお祓いなどを頼んで来ても、灰川は受けると言う。


「でもさ、そういう慈善事業みたいなことしてても嫌な事には遭うんじゃないないかな? そこはどうなの?」


「もちろんあるぞ~、お祓いしたのに悪夢が続いてるから金返せとか、効果が実感できずにニセ霊能者って言われたりな~」


 霊能力が無い人にとってはお祓いなどの効果が実感できない事は多いし、幽霊などが居なくなっても不安感が続けば幽霊は居るように思えてしまう。


 だからニセ霊能者とか詐欺師とか言われたりする事があるし、その他にも依頼者からあらぬ(そし)りを受ける事もある。しかし料金の低さから訴えられるような事はない。


 そういう嫌な事が続いたので灰川はしばらく霊能活動を控えてた事もあったが、そもそも知名度が無さ過ぎるから霊能関連の依頼などあまり来ない。今回の依頼だって親戚の代打であり、3年前も同じ理由でここに来てる。


「なんでそんな嫌な事があるのに続けられるの? 普通だったら嫌になると思う」


「感謝される時の方が多いしな、それに助かったって言ってくれたら、こっちだって良い気持ちになれるもんだよ」


 高い塀にに遮られてた朝日が昇って来て、薄暗かった場所が少しづつ明るくなる。誰も居ない草すら生えない道路の真ん中で、精神観念の話に花が咲く。 


 嫌な事があるのになぜ続けるのか、見捨ててしまえば良い。そんな事くらい灰川だって思うし、考えた事だってある。 


「昔に見たヒーロー番組でな、どんな場所に行っても人と分かり合う事を忘れないでくれって言ったヒーローが居たんだ」


「ヒーロー番組?」


「それと別のヒーロードラマで、人間なんて薄汚いのになぜ守る?って聞いてきた悪役に対して主人公がよ、確かに薄汚いけど…たまに美しいだろ、って言葉が刺さったんだよな」


 子供の頃のヒーロー番組は男の子にとっては永遠のヒーローだ。その精神性は多かれ少なかれ影響は受ける物である。


 灰川が見たヒーローは田舎の放送局で再放送してた昭和の巨大ヒーロー番組、それと銀色の鎧を纏った騎士の深夜特撮をネットで見た。


 分かり合う事や分かろうと努力する事の大切さ、誰かの嫌な部分を見るより良い部分を見る大切さを彼らから教えられたのだ。


「そっか、それが灰川さんの原点なんだね。なんだか分かる気がするな」


「ポリシーとまでは言えないし、これからも変わらないなんて言えないさ。でも今はそういう気持ちってだけだな」


「ふふっ、なんだか灰川さんがカッコよく見えるよ、最近は普段からカッコいいって思ってるけどね」


「はははっ、お世辞でも嬉しいぜ! さて、ささっと祓って行くとするかぁ」


 優しさの質が少し普通と違う、欲と戦う姿勢がある、自分なりに正しくあろうとする心がある、それらは悟りを目指す精神性とは少し違うかもしれないが、似たような部分はあるだろう。

 

 きっと灰川の目標は人間が一生掛けても辿り着けない可能性が高いもので、ヒーローではないにしてもヒーローの心を忘れないよう努める灰川の姿勢が好きになったのだと空羽は思う。


 灰川の精神性は普通の人間の域を出ない、誰だって正しくありたいと思うし、漠然とでも目指すものがある人が多い。だがその普通さが、ちょっと変わってる所が、優れた霊能力を私欲のために使わない姿勢が空羽の心に響く。


 この人を好きになって良かった、灰川さんを私たちに振り向かせたい、そんな気持ちがどんどん募っていく。

 

「如是我聞。一時仏。在舍衞国。祇樹給孤獨園。与大比丘衆。千二百五十人倶。皆是大阿羅漢。衆所知識。長老舍利弗。摩訶目犍連。摩訶迦葉。摩訶迦旃延。摩訶倶絺羅。離婆多。~~……」


 灰川は道路の真ん中に正座して阿弥陀経(あみだきょう)を唱え、声に霊力を乗せて溜まっていた念を祓って行き、無事に世田谷区道K9番道路の定期祓いは終わったのだった。


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一人はA?銀色の騎士はわかんないや
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