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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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191話 飛車原家で夕食を

「どっかから視聴者登録が湧いて来ねぇかな~、500万人くらい」


 ヴァンパイアの一件が終わった次の日、仕事を終えて帰ってきた灰川はしょーもない事を言いながらパソコンを触ってた。


 ライクスペースはヴァンパイアの影響が消えた結果、所属者の数々の問題行為が発覚して、1日も経たずに炎上が始まり今もネットで騒ぎになっていた。


 既に全所属者の活動は停止しており、逮捕者も出る騒ぎとなってる。


 しかしどうにか飛び火はシャイニングゲートもハッピーリレーも免れ、数日もすれば株式上場すらしてない企業の事件など忘れられるのだろう。今の世の中はどんな話題も三日で忘れられる運命なのだ。


 業界2位の配信企業が無くなる事によって界隈に動きはあるだろうが、基本的には灰川が関わる所はこれまで通りの活動を、様子を見据えつつ続ける事になる筈だ。


 朋絵と愛純は事が収まりを見せたら相談に来るように言っており、先程に朋絵の様子を見に行ったら、落ち込んではいたが大丈夫そうだった。


「とりあえず配信しよっと」


 という訳で配信する事にしてマイクとかを用意して灰川配信が始まる。


「はいどうも~、灰川メビウスでーっす! 今日はレースゲームやってくぞ!」


 今日はカーレースゲームの『リアルGTアライアンス』をプレイする。自由度の高いチューニングやリアルな車やレースコースが魅力のゲームである。 


「まずはチューニングだな、内部のゴチャゴチャした部分は良さげなの詰め込んどきゃ良いかぁ! タイヤはキラキラしたので良いよな、よし出来た!」


 灰川は車に詳しくなく、ステアリングがどうとかエンジン摩擦がどうとか言われても分からない。とりあえず良さそうなのをテキトーにぶち込んでレースを開始した。


「うおおっ!うわっ! すっげぇ走るぞこの車!ちゃんと曲がれるし!」


 車の知識がまるで無い事を露呈しながら配信が進んでいき、いつも通り誰も来ないまま微妙な順位を取り続けてると。


『マリモー:こんばんわメビウス、配信楽しみにしてたわ』


「お、マリモーさんこんばんは、今日はレースやってるぞー」


『マリモー:破幡木ツバサちゃんの案件配信は見たかしら?』


「おう見た見た! 凄く好評だったよなぁ、俺も企業案件欲しいって思ったぞ!」


 破幡木ツバサこと由奈はゲーム周辺機器のライセンス認証を受けた会社から商品宣伝案件をもらっており、ゲームが上手くなるコントローラーを使って格闘ゲームをする配信をしたのだ。


 結果は笑いあり宣伝もありの視聴者も企業も満足いくであろう配信が出来て、とても良い活動になったのである。


 この配信の打ち合わせには灰川は同席しなかったのだが、ハッピーリレー人事部兼マネージャーの木島さんが同席し、その際にツバサあまり深いこと考えず会社の人に要望を出したらしい。


「アーキンロプト社さんから老人介護ボランティア団体にお金を寄付して欲しいです! そうしたら私がその事を宣伝して、視聴者さんからアーキンロプト社さんの評価も爆上がりになるわ!」


 由奈は時間がある時は老人介護施設に行って、知り合いのお爺さんお婆さんと会話して色んな話を聞いてる子だ。ボランティアがある時は率先して行ってる。


 それもあって福祉に貢献したいという気持ちもあり、このような打診を出した。


 この提案は寝耳に水だったが、意外にもコラボ先企業から好意的に受け取られた。決して大きい会社でもないし財布事情はそこまで良くない会社だが、10万円という小さな企業にとっては決して安くはない寄付をしてくれたのだ。


 これがもたらした効果は『社会福祉に貢献してる会社』『クリーンなイメージ』という、決して簡単には買えないプラスの会社イメージであった。


 大企業なら慈善団体に寄付して当たり前みたいな風潮があるが、中小企業はそうではない。ましてや中小企業の慈善活動など見る人は居ないから、そういう良い話は広がりにくい。


 そして由奈はそんなクリーンなイメージを案件会社に持ってもらい、双方のイメージアップと良い配信が出来る環境作りに成功したのである。


 本人としては最初はそこまで考えてなかったが思いのほか効果は大きく、ツバサがアーキンロプト社は余り大きくない会社だけど福祉団体に寄付してる事を喧伝して、小さいながらも『社会正義』を勝ち取れたのだ。

 

「最近は配信者の企業案件って嫌われる傾向だからなぁ、そんな中でイメージダウンせずに案件をやりきったのはスゲェよ。あの子は才能も運もあるよな」


『マリモー:もっと褒めなさい! すごく楽しかった!』


「おっと、コメント消しとくよ。誰も来ない配信だからって危ないコメはなしで頼むよー」


 最近は配信者やVtuberの企業案件は嫌われる傾向が出て来た、金もらって少し宣伝して、視聴者に商品買わせてマージンもらって儲けてるというイメージが定着したからだ。


 実際にそういう面だってあるし稼がなければ活動は続かないが、やり過ぎてる連中が居るのも確かだ。場合によってはロクに会社のリサーチもせず案件を受けてイメージダウンしたりする配信者も居て、企業案件は安易に喜べるものではなくなって来てる。


 だが案件を依頼してきた企業に『善や正義』というイメージが備わってればその限りじゃなく、配信者としても『こんな良い会社だから宣伝する』という金銭以外の名目が立つ。


 会社の規模や案件を受けた配信者の知名度にもよるが、有効的なイメージアップ戦略と言えるだろう。


 配信を見て商品を買った人達が慈善事業に魅かれたなどのレビューを書いてくれる事もあるし、話は視聴者以外にも配信界隈などで広がったりもする。その他にも得する事は多い。


『マリモー:メビウスも続けてれば企業案件が来るようになるわ! がんばりなさい!』


「そうなりゃ良いんだけどなぁ、ツバサちゃんみたくコツコツ努力も難しいんだよな~、うわ!またスピンしちまった!」


 破幡木ツバサは商品宣伝と会社や慈善事業の紹介、更にはその慈善事業によってどんな人たちが助かるかなども簡潔に面白おかしく説明し、自身と依頼会社のイメージアップに成功した。


 もちろんトーク力なども必要だが、調子の波に乗れたツバサは完璧に案件をこなして成功してる。今回はツバサが『調子に乗れる波』を自分で起こした事がハッピーリレーからも強く評価された。


 同時視聴者は1000人を超える程度で、宣伝したコントローラーは数十台が売れたらしい。ハッピーリレーに支払う依頼料もあるから、短期的に見ればアーキンロプト社は赤字だろう。


 しかしこの件が少しづつ話題になってる様子で、案件前と案件後ではコントローラー以外の周辺機器も売れ始めてるそうだ。


 長い目で見ればプラスな筈だし、彼らが勝ち取った社会正義のレッテルはとても大きいものな上に、会社の自尊心も満たせた。アーキンロプト社は「ぜひ次もツバサちゃんにお願いしたい!」と言ってきたらしい。


 こういう事を深い考えも無しに出来たツバサは凄いが、これからも活動を続けていくのだから、もう少し深く考えられるようになれれば更に実力が増すだろう。


「うげぇ!抜かれた! また7位かよ!」


『マリモー:メビウスもあのコントローラー買うと良いわ! ゲームが上手くなるわよ』


「マジで買おうかな…ゲーム上手くなりてぇし!」


 そんなこんなで特に見所のない配信が終わり、少しパソコン触ってから寝て明日の仕事に備えるのだった。




 近々にテレビ番組の収録を控え、シャイニングゲートとハッピーリレーは忙しさを増していた。


 テレビ番組はネット配信とは違いがあり、継続して企画を作り続けて視聴者やスポンサーの期待に応え続けなければならない。その上でVtuberの魅力を発信してファンの拡大を狙う。


 番組の間に挟むCMはジャパンドリンクのVtuber起用CMを主軸に、スポンサーに着いた会社のパソコン機器や出版社のCM、その中にはシャイニングゲートとハッピーリレーのCMも含まれる。


 ライクスペースの乗っ取り問題は配信界隈に波紋を呼んだし、業界イメージも低下した。しかし全体を見れば大きな騒ぎにはなっておらず、他の企業も無関係かつ個人勢も無関係を表明してる。


 ネットニュースなどで報じられたのは全容の一部分だけであり、他の政治ニュースなどの影に隠れて強い報道はされてない。四楓院家の力なんかも働いたのかも知れないが、とにかく飛び火は免れた。


 後は暫くの間はゴシップ系your-tuberのエサとしてネタを食い荒らされ、その後は何も無かったかのように忘れられるのがオチだろう……と思いたい。


 それに伴って元ライクスペース所属の配信者が個人勢になったり、配信企業移籍をしようと活動したり、やはり波乱は発生してる。


 そうこうしてるとスマホにメッセージが届き、確認すると由奈からだった。



メッセージ・飛車原 由奈


 今夜ウチにご飯を食べに来なさい

 美味しい物をごちそうするわ

 偏った食事は不健康の元よ



「由奈か、ありがたいなぁ。ぜひ行かせてもらうとすっかな!」


 由奈と貴子さんは灰川の食事や健康なども気遣ってくれており、たまに煮物や炊き込みご飯などをタッパーに入れて持って来てくれる。


 今日は直接に夕食に誘われたので、是非ともご相伴に預かる事にさせてもらおう。由奈の父親の学志からもタカコさんの1件で灰川の事は認められており、そっちの方面でも問題はない。


「よっし! 仕事終わりっ、帰るか」


 色々と仕事を終わらせ、夕食を楽しみにしながら帰宅する。どうやら父親の学志も今も赴任先から一時帰宅の休暇らしく、一緒に食事をすることとなった。


 


「こんばんは、お邪魔します」


「はい、先日は由奈を助けて頂きありがとうございました。今日はゆっくり食べてって下さいね」


「ありがとうございます貴子さん、こんばんは学志さん」


「いらっしゃい灰川君、娘がいつも世話になってるようで」


「いえいえ、由奈さんにはこちらも助けられて~~……」


 そんな挨拶を交わしながら家の中に案内され、何度か来てるリビングに通された。


「由奈、灰川さんがいらっしゃったわよ」


「いらっしゃい誠治! ちょっとだけ待ってなさい!そろそろ完成よ!」


「誘ってくれてありがとうな、ご馳走になるよ」


 由奈はキッチンで夕食を作っており、貴子もそこに加わって料理の続きをする。いつもと変わらぬ元気さだ。


 由奈はライクスペースの不祥事がどうとかも聞いてるだろうが、ライクスペースに知り合いは居ないらしく、そこまで大きなショックは受けなかったらしい。


 少し暇な時間が出来てリビングで父親の学志と会話になった。


「灰川君、娘はVtuberの業界でやって行けそうかね…? 由奈は学校の成績はそこまで良い方じゃないし、進路のことを考えると少し不安でね…」


 中学生がネット活動をやるとなると、どうしても学業への影響を考えてしまう。しかも由奈は企業系のVtuberであり、先々の事を考えれば進路だって真剣に考えなければならない時が来る。


「由奈さんには自覚が無いかもしれませんが、才能はあります。この前の企業案件も立派な成果を出しましたし、中学2年生で凄いことですよ」


「う~ん…私が聞きたいのは由奈がVtuberとか配信の世界でやっていけるかどうかなんだ、そこはどうかね?」


「もちろんお答えしますが、難しい質問です。配信業は努力や才能だけでは難しい世界ですから」


 こういった人気商売は特殊な世界だ。もし明日に動画サイトが広告収入やスーパーチャットを止めますと言ったら大変な事になるし、界隈自体の人気が低下したら絶対に割を食う。


 他にも炎上だったり技術トラブルだったり、様々な要因で活動を続けられなくなる可能性はあるし、本人のヤル気が何かの要因で無くなったりする可能性もある。


「もちろんそんな事はどの業界でもあるでしょうし、所属者が配信に専念できるよう配信企業が人気を維持しつつサポートをしてます」


「それは分かる、だが簡単にはいかないだろう? 由奈が所属するハッピーリレーは業界内でもそこまで大きな位置づけではないんだし」


「それもこれから次第ですね、業界2位の企業が無くなるし、芸能界進出もあります。まだ波乱の中なので、由奈さん個人がやっていけるかどうかは保証しかねます」


 破幡木ツバサは現在、視聴者登録10万人で平均同時視聴者数は1000人を超えてる。中学2年生でこれは優秀な数字であり、しかも一人当たりの平均視聴継続時間も伸びて来てる。


「由奈さんの動画は広告を付けても最後まで見る人が多い傾向ですし、今度のジャパンドリンクのCMの放映でどれだけ伸びるかでも変わってきます」


「なるほど、つまり保証はしないが可能性は高いという事と取って良いんだね?」


「はい、少なくとも企業所属ですし、サポートも受けられます。自分も由奈さんの要望を可能な限り叶えたいと思ってますので」


 中学生の年代でここから先もやってけるかどうかは分からない、その判断を下すには早すぎる年齢だ。


「進路については由奈さんとしっかり相談して下さい、高校は芸能活動の支援をしてる学校などもありますし、ハッピーリレーからそういった情報も渡される筈ですので」 


「そうだな、そうしよう。親としてもしっかり調べて、娘のやりたい事を応援してあげないとな」 


「こちらも由奈さんが活動できるようサポートします、これからも続けたいと思ってくれるよう精一杯頑張りますので」


 今の時点では先の事は分からない、そもそも中学生が遥か先の将来を考えても、どうなるか分からない以上は努力を続けるしかないと語った。


 学生年代から配信活動を本気でやろうとすると、どうしたって両親の理解が必要になる。隠れてやってる人なども居るだろうが、それだと活動に制限が大きくなる。


 今の時代は親だったら子供の配信活動などを良く思ってない人も多く、由奈の両親にはしっかりと活動内容や今後の展望などを隠さず話そうと決めていた。


 その事は理解してくれたようで、学志も娘の活動を応援しつつ更に理解を深めて行こうと決めた。


 飛車原家は少し特殊な家で、娘に対しては奔放な部分が良い意味で多い家だ。母親の貴子がとても早い段階で学志と交際を始めた事により、娘にも同じように自由にさせてあげようという気持ちが大きいのだ。 


 もっとも、ちょっと変な部分もある家だが。




「ふ~、美味かった~! ご馳走様です」


「いっぱい食べたわね誠治! パパより食べてたわ!」


「おうよ、普段はあんまり美味しくない自分の料理か、安売り弁当だからな」


 由奈の作った卵焼きは今回も凄く美味しかったし、貴子の作った料理も当然のように美味しかった。


 今回は由奈も料理のレパートリーが増えており、手作りドレッシングのカルパッチョや煮込みハンバーグなんかもあって、つい食べ過ぎてしまったのだ。


「そういやジャパンドリンクのCMはボイス収録終わったのか? ツバサはもう少し先だっけか」


「エリス先輩とミナミ先輩は終わったらしいけど私はまだね!」


 灰川は2社の実質業務には深くは関わってないので、仕事の進捗がどうとかはあまり知らない。


 気になれば聞く事もあるが、聞いてたらキリがないから心配せずに『大丈夫だろう』の精神で過ごしてるのだ。


「灰川さんにはお世話になってます、まさか由奈がジャパンドリンクのCMに採用されるなんて、聞いた時は感動しましたよ」


「いえ、由奈さんの努力の賜物ですよ。前の案件配信も先方からも大好評でしたし」


「そうなんですね、私たちは由奈の活動についてはネットで深くは調べたりしない方針なので、知りませんでした」


 こうして話してると色んな事が見えてくる。両親は娘の実質的な活動について口出ししないように、配信や活動の事はあまり見ないようにしてる。


 娘を信じつつもしっかり見守るという方針で、その方が由奈も活動がしやすかろうという考えだ。


「あら、由奈ちゃん寝ちゃってますね。疲れてたみたい」


「灰川君が来るからとハリきってたからな、はははっ」


「頑張ってくれたんですか、ここの所は配信も頑張ってましたからね。休ませてあげて下さい」


 由奈はソファーに座りながら寝息を立ててる。いくら体力がある年代とはいえ疲れる時は疲れるものだ。


「今日は由奈、食事が終わったら灰川さんにお願いしたい事があったんですよ、後で携帯に送るよう言っておきますね」


「え? だったら今教えてもらえれば聞きますよ、仕事の要望だったら可能な限り聞きますから」


「いえ、本人から言わないと駄目なタイプの話ですから、本当は面と向かって言った方が良いと思うんですけどね。あとで由奈ちゃんからの連絡、楽しみにしててあげて下さいね」


 何やら思わせぶりな物言いだが、特に灰川は気にする事なく最近の業界の事情とか、ハッピーリレーの今後の方針も由奈の活動方針も特に問題ないというような話をしていった。


「そういえば灰川さん、デザートがありませんでしたね。今からでもとっても美味しいデザートはいかがですか?♪」


「えっ? 何かあるんですか?」


「貴子? 冷蔵庫には何もなかったような気がするが」


 何やら貴子の表情がイタズラっぽくなってる。


 夫も居るんだから何も変な事は言わないだろとか灰川は思ってるが、以前は夫が居る中で普通にヤバイこと言ってたのを忘れてた。


「メニューは由奈ちゃんの~~……」


「ちょ!なんか嫌な予感しますぞ! デザートはけっこうですっ」


「た、貴子っ、変な事を言うんじゃないっ」


 今までに由奈の靴下とか体操着とかお勧めされたけど、今度はいったい何をさせようと思ってたのやら。


「あの、そういうことって由奈が嫌がったりしませんか? 年頃の子だと嫌がると思うんですが…」


「由奈ちゃんも灰川さん以外の人だったら絶対に嫌がるでしょうけど、灰川さんに対しては一切嫌がりませんよ。私の娘ですから♪」


「そ、そうなんですか…」


「この前も由奈ちゃん、恥ずかしそうに顔を赤くしながら、誠治ともっと仲良くなるにはどうしたら良いのっ?って聞いてきたんですから」


「やっぱり由奈は灰川君が良いようだな…、もしその気になったら、娘をよろしく頼むっ…」


「いや…あの、えっと…」 


 なんかもう両親公認みたいになってしまってるが、灰川は由奈に対してそういう感情は抱いてない。


 もちろん可愛いとは思うし、料理も上手くて将来有望なんだろうなくらいは思ってるが。


「きっと灰川さんは今の由奈ちゃんに、そういう感情は持ち合わせてませんよね?」


「は、はい。まぁ、流石に年齢がという感じですから」


 なんか優しい笑顔を浮かべてる貴子が少し怖い、そういう気持ちが無いのを知りながら、なんでこういう感じの事を言うのかが分からないのだ。 


「そんなの些細な問題ですよ♪ だったらどんな手を使ってでも好きにさせちゃえば良いんですから、うふふっ」


「うぅ…貴子、俺は後悔してないし今はとても幸せだし、貴子と由奈には感謝してる。だがお前が中学1年生の時にあんな手の数々で迫って来たのは納得はしてないからな…」


「灰川さん、由奈は霊嗅覚で灰川さんを最適の人と感じてるし、それは間違いありません」


「そ、そうですか…」


「だから由奈には、灰川さんは何をしても安心だから、どんな手を使ってでもママと同じように“分からせて”あげなさいと言ってますし、本人もその気ですよ」


 こっちの方面に関しては父親は発言権は一切が無いようで、止める事は出来なさそうだ。


 霊嗅覚で灰川に対しては何やって迫ってもOKという判定があるらしく、貴子もそれを後押ししてる。


 いったい飛車原夫妻は何やったのか……聞かないでおいた方が良さそうだ。


「学志さんも最終的には“分かって”くれて、晴れてお付き合いしてくれる事になったんですから。ね?学志さん?」


「ま、まあ…そうだけどな」


「なので灰川さんも早く欲望に負けて、由奈ちゃんのリップクリームを~~……」


「しませんて! バリエーションが増えてるじゃないすか!」


 そんなやり取りをして飛車原家を後にして、しっかり満腹になって近所の馬路矢場アパートに帰宅したのだった。


 こんな変な家族だが灰川は嫌いじゃない、なんだか独特の温かさがある家族なのだ。変に奔放な部分があるが、それは一生に一度の相性の人にしかしないことだという。 


 自分をそんな風に思ってくれるのは嬉しいし、由奈があと10年早く生まれててくれればな~、とか思わないでもない。


 流石に中学2年生の13才の女の子、しかも身長140cm前半代の小学生レベルの背丈の子にそういう感情は湧かない。


 そんな事を漠然と思いながらコンビニに行ってから家に着くと、スマホにメッセージが来ていた。



メッセージ・飛車原 由奈


 今日は来てくれてありがと!

 今度、休みに一緒にお出掛けしたいわ!



 こんなメッセージが届いており、なんとも慕われたもんだと心の中で笑いながらOKの返事を送る。むしろご馳走になったお礼をしたいから丁度良いかもしれない。


 しかしこの時の灰川は由奈が貴子に何を教わり、どんな事を考えてるのか何も分かってない状態だった。


 明日も仕事だし、とりあえずはその事も頭から抜けて、約束の日にはしっかり予定を開けておくことにする。


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