189話 決着と外圧
OBTテレビ0番スタジオにて灰川と免罪符のヴァンパイアが対峙する、この場で決着を付けて被害が広がらないようにしなければならない。
「………」
「………」
しかし灰川は英語が出来ず、ヴァンパイアは日本語が出来なかった。双方ともに互いが何を言ってるか分からない。
特に結構な勢いで喋ってたヴァンパイアが何を言ってたのか一切分からなかったのは痛いと灰川は思う。何か重要な事を言ってたのかも知れないし、そうでないのかすら分からないのだ。
「……お前は何故こんな事をするっ! さっきの肉の塊のようなのは本体じゃなかったのかっ!」
「………?…」
灰川が聞いた事はたった今ヴァンパイアが喋ってた事だが、一切が通じてないので理解してなかった。
「Oh My God...? Nick of the Circuit...? What are you talking about?」
〔オーマイゴッド…? サーキットのニック…? お前は何を言ってるんだ?〕
ヴァンパイアも目の前の男がそんな事を言ってないのは分かる、しかし無理矢理にでも聞こうとするとそういう風に聞こえてしまう。
言葉が通じないというのは怖い事だ。分かり合おうと思っても困難だし、逆に分かり合えない存在だったとしてもそれが分からない。
その結果として発生するのは争い、やはり奴とは分かり合えないし、どちらかが倒れるまで戦うしかないのだ。
「Words are no longer necessary, let's put it away. Be gone, nameless human being.」
〔もはや言葉は不要だな、片付けるとしよう。消えろ、名も無き人間〕
「っ…! 来るか…!」
ヴァンパイアの雰囲気が変わり、灰川が向けるライトの範囲から一瞬にして姿が消えた。
その速さは人間の目で追えるような速さではない、少なくとも武術の訓練などをほとんどした事が無い灰川では突然に消えたようにしか見えなかった。
0番スタジオの中は暗闇状態だというのも緊張感に拍車を掛ける。視界が悪いというのは戦いにおいて致命的であり、それに対してヴァンパイアはしっかり見えてると予測する。
音すらしない、あんな速さで消えるように目の前から居なくなったというのに、足音すらしなかった。生物的な強さが違う、動きが違う、どこから襲って来るのか分からない、それは大きな恐怖だった。
しかし、ここは怨念渦巻く0番スタジオ、唐突に少し離れた後方の位置から声が聞こえた。
「あの、すいません。西B1番スタジオって地下2階ですよね?」
「What? How long have you been there!?」
〔なにっ? 貴様っ、いつからそこにっ!?〕
潜んでいたヴァンパイアが唐突に現れた誰かに話し掛けられ、思わず反応してしまった。
灰川はその声に聞き覚えがあった、かつて人気ポップ歌手だった管巻峻一。0番スタジオに囚われた霊の一人であり、この場所で1番スタジオに向かおうとしてる者だ。
しかし彼はB2階の1番スタジオに辿り着く事は決してない、そこに着いてしまったら自分の夢の終りが始まってしまうから、最も輝いてた時代の夢が終わってしまうから辿り着けない。
終わりのない夢を悪夢という形で見させられ続ける過去の人、その管巻峻一の霊にはこんな話がある。1番スタジオの場所を聞く問い掛けに答えなかった場合、呪われてしまうという話だ。
「ふひひひひっ…答えなかった! ヲマエハコタエナカッタ! ヒヒヒヒヒッ!!」
「Ghost!? What have you done!?」
〔ゴーストかっ? なにをしたっ!?〕
西洋と日本ではオカルトに対する恐怖の概念に違いがあり、ヴァンパイアはその点での慣熟化もしていなかった。
上位ヴァンパイアにとって亡霊や多少の怨念など取るに足らない下位存在、並大抵の霊など近づく事さえ出来ない、それは日本でも同じではあるが場所が悪い。
ここは夢破れて散った者達の怨念が集まり、空間自体が怨念を増幅するという特徴がある地獄顕現型空間、その濁りはヴァンパイアにとっても心地いい場所ではあるが怨霊にとっては更に存在を保ちやすい場所だ。
ここに居る者達は大勢を楽しませる享楽業に尽くし、悪意や運の悪さで文字通り死ぬほど掴みたかった夢を叶えられなかった者達が集まってる場所だ。
そんな場所に自分たちを追い込んだような悪人に運を与え、それが振り撒く悪影響で人が破滅する姿を見て楽しむような存在が来たのだ……ここに居る者達が許せるはずが無い。
「――――」
「What the hell are you doing! Where the hell did you come from!?」
〔なんだ貴様はっ! いったいどこからっ…!〕
ヴァンパイアの目前にいつの間にか立っていた霊、それは若くしてこの世を去った人気アイドル、杉浦和シノエの霊であった。
彼女は自身の夢が半ばで終わってしまった悔しさと悲しさ、ファンの人達を悲しませた罪悪感から0番スタジオで涙を流す事しか出来なかった。しかし今は完全に悪霊と言えるほどの怒りの念を発し、美しい顔には憎しみに満ちた表情を浮かべてる。
自分と同じようにスターになりたいと思う人達の夢を踏み躙り、スターダムという舞台を人を不幸にさせる道具に使おうとしてる存在の念を感じ、あまりの怒りによってこの場所に来たようだった。
「――¶§Ξ」
「Go away, you ghostly creature! Do you think you can fulfil the higher vampires!?」
〔消えろゴースト風情が! 上位ヴァンパイアに敵うとでも思ってるのか!〕
何かを言う杉浦和シノエにヴァンパイアは何かの攻撃手段をしようとして、ヴァンパイアの集中は灰川から一時的に逸れる。そもそも奴は灰川に対しても大きな警戒はしてなかった。
その理由は不死だから、たとえ先程に使った注射を打たれようと、時間さえあれば復活できる確信があったのだ。自分を確実に消す事など出来ない、死が存在しないのだから死ぬことが無い、その事を疑った事はなかったし実際に当たってる。
他の上位ヴァンパイアは変質した最近の人間の超悪性血液を摂取して死ぬ者が多発したが、自分にはそれがない。
「念縛!」
「………!!」
詳細な位置は分からなかったが、声から方向を突き止めて広範囲の念縛を掛ける。床も空中も完全に縛り、ヴァンパイアは動けなくなった。
灰川の念縛は非常に強く、上位ヴァンパイアでも指一本すら動かせない状態となる。自由を奪った以上は勝ったも同然であり、後は倒すだけだ。
しかし灰川は油断は出来ない、霊力だけを見れば実は免罪符のヴァンパイアは灰川の格下だった。能力は吸血した相手の悪性を強くさせ、何でも思い通りにやれるような運気を与えるという物。
この能力自体は戦闘には役に立たない、何も無い所から火炎を出したりなども出来ない、分体を作り出して奇襲などが主な手だ。
しかし身体能力が猛獣を超えるような数値であり、それだけで非常に大きなアドバンテージを取られてる。回復力も超常存在のソレであり、まず死ぬ事が無いというのは厄介だ。
戦闘用の魔法のようなものが使えない個体でも、魔法みたいな身体能力や回復能力がある。仮に捕まえたとしても脱出手段が別途にあるため捕まえておく事ができない、それが吸血鬼の最も厄介な部分なのだ。
人を殺すのには魔法も超能力も必要ない、ただ強ければそれだけで殺せるし逃げ切れる。
「ヴァンパイア、お前は不死の存在なんだろ! だったら不死性を破壊させてもらう!」
「………!」
喋れず動けないヴァンパイアの背後から近づき、注射器を刺して何かを注入しようとした瞬間にタナカとサイトウが到着した。
「誠治! 無事か!?」
「灰川さん下がって! ……あれ?」
そこにタナカとサイトウが到着し、ヴァンパイアらしきスーツ姿の男に銃を向ける。しかし何か様子がおかしい、全く動かない。
「動きを封じる事に成功しました、これから不死性を消そうと思ってます」
「誠治が俺達には話せないって言ってた方法か? 本当に不死性が消えるかは殺さないと分からんというのがな…」
「灰川さんはトドメを刺すのは精神的にも止めた方が良いでしょう、私とタナカさんがやりますから」
「やっぱトドメは刺すんですね、……分かりました、お願いします」
実は灰川は怪人Nを倒した後、しばらくは気分が悪くなり不眠気味になった。あんな存在ですら『人の形をしたモノを消す』というのは普通人には精神負担が掛かる物で、出来る事ならやらない方が良い。
タナカもその事は分かっており、怪人Nの時に灰川にトドメを刺させたのを今も悔やんでる。
「しかしどうやって不死性を消すんだ? ヴァンパイアの異常相転移再生細胞の機能を奪うなんて、今まで成功例は無いと聞いてたんだが」
上位ヴァンパイアの不死性の正体は、通常だったら有り得ない物質変化を連続して起こし、遺伝子レベルでの状態変化を起こして『老化現象』すら無かった事にするというものである。
異常回復や特殊能力、異常身体機能はその副産物とでも言うべきもので、体を構成する筋肉細胞はもちろん、本来なら修復不可能な脳細胞すら再生してしまうという特性も備わった。
異常相転移再生細胞、損傷した細胞が即座に細胞膜から融解が始まり、染色体や核小体まで完全に融けた所で再生が開始、また通常の細胞活動が出来る状態に戻るという、人間には有り得ない機能が備わった細胞を持つのがヴァンパイアだ。
まだ解明できてない事が多く、そもそも上位ヴァンパイアなど捕まえられないし、細胞が本体から離れると時間経過で空気になって消失するという特性もあるため、明確な弱点なども分からなかった。
教会の裏機関が下した結論は、上位ヴァンパイアは質量保存の法則すら無視した通常とは別の生き物、そして下位ヴァンパイアから得られた生体データは上位には適用できないというものだった。
このような細胞を持つのが辛うじて分かったのは、過去に消失寸前の細胞を手に入れて少しだけ研究が出来たからである。
何故に灰川がその不死の細胞を無効化する手段を知ってたのか、それもアカシックベースで得た情報だった。
「事情があって説明する事は出来ませんが、不死性が消えなかったら俺が陰呪術で対処します。どの道ですが念縛縄で縛っておけば自由は奪えますから」
「そうか、分かった。こちらにも対処法はあるから心配はしなくて良いさ」
異常相転移再生細胞は人間の血液から生命エネルギーとでも言う、解析不能な何かを摂取しないと状態を保てないという見解があり、それに照らせば人の血を吸わせなければ飢え死にさせる事ができると見られてる。
つまり偽りの不死であり、ヴァンパイアは完全な不死ではない。それでも思い上がるヴァンパイアも居れば、危険な思考を持った者も居て、そこは人間と変わらない。
長く生きてるヴァンパイアは長い時間の中で精神が歪んだり、人間とは別の思考回路に至る者が多く、多くの場合は人間にとって危険な方向に向いてるという事情があった。
やはり現状ではオカルト存在であり、人間とはとても呼べない存在なのである。
「結局ヴァンパイアはどんな存在なんでしょうね…日本には来ないと思ってたんですが」
「生物の種の生存保存で人間は繁殖を選んだが、一部の進化経路では個の強化という道を選んで、その一つがヴァンパイアだって説があったそうだな。真偽は分からんけどな」
「どうだって良いっすよ…とりあえず早いとこ~~……」
灰川がヴァンパイアに注射器を打ち込もうとした時だった、突然に。
「Hands up」
〔動くな〕
「「「!?」」」
「We'll take the exonerated vampires home with us, we've spoken to your superiors.」
〔免罪符のヴァンパイアは我々が持ち帰らせてもらう、お前たちの上にも話は通した〕
突然の出来事で、タナカもサイトウも周囲への警戒なんてしてなかった。
タナカの背丈や体形すら超える男がタナカに銃を向け、細身の男がサイトウに銃を向けてる。灰川は10才くらいの男の子にしか見えない児童が剣を突き付けられていた。
「MID7か…随分と手荒じゃないか、組織間での問題になるぞ」
「Sorry, Mr Tanaka, Father Greg is checking to see if you're under the influence of vampires. Just give me a minute.」
〔すまないなミスター・タナカ、君たちがヴァンパイアの影響下にないかグレッグ神父が調べてる。少しだけ待っててくれ〕
「手柄を横取りですか…それは構わないんですが、民間人に被害を与えたらタダじゃおきませんよ…」
タナカとサイトウは手柄や昇進のために国家超常対処局に属してる訳ではなく、そこは問題ではない。しかし横取りが原因で民間人に被害が出たなら問題だ、そこは譲れない部分である。
「Put your hands up properly!」
「………?」
タナカたちは何かを話してるが、灰川は何を喋ってるか分からない。目の前で何か言ってる子供の言葉も、何を言ってるのかまでは聞き取れなかった。
霊力を見た感じでは変な所はないし、灰川から見れば多少強い霊能力者達という風に見える。あと日本人じゃない事も分かる。
「誠治、彼らは敵じゃない。まぁ、味方とも言えないがな…お前は絶対に動くなよ。その子供が持ってる剣は聖剣だ、霊体を斬られる可能性があるからな」
「彼らは海外の私たちみたいな機関に属する人達です、ヴァンパイアは彼らが国に持ち帰って対処すると~…」
「分かりました、従います。どっちにしろこの状況じゃ従うしかないっすもんね…」
刃物を突き付けられてる状態じゃ何も出来はしない、タナカもサイトウも銃を向けられてるから同様だ。
タナカもサイトウも上に話が通ってる事を確認したようで、納得し難くはあるが場は収まったのだった。
「すまんなミスター・タナカ、ミスター・サイトウ、それと民間協力者の人」
「日本語が上手いな、最初からそっちで話してもらいたかった、ミスター・ジャック」
「悪く思わないでくれ、免罪符のヴァンパイアを相手に完全な平静など保てない。それにしてもジャパンのオカルト機関は凄いのだな、上位ヴァンパイアを捕縛するとは」
最初にタナカの調査が終わり、隊長と思しき男と会話する。今はサイトウがグレッグ神父にヴァンパイアの支配下に置かれてないか霊視されており、灰川は剣を向けられたままである。
「悪いんだけど日本語は出来る? ちょっと聞いておきたい事があるんだけど」
灰川が剣を向けてる男子児童の戦闘員と思われる子に話し掛けると、ジャック隊長が許可を出して会話を始める。
「妙な動きを見せたら斬るぞ、何が聞きたい」
「君さ、ここに来る前にその剣で何か斬った?」
「ああ、免罪符のヴァンパイアのデコイを斬った。他にも今まで超常存在を斬ってきたぞ」
「それが原因かな、君は呪われてるよ。矛盾の呪いっていう厄介なやつ」
「え…? 聖剣を持ってるボクが呪いなど受ける訳ないだろう。お前は何を言って…」
「死にはしないから、そこは安心だけどさ。しかし随分と上手く隠したなぁ…かなり巧妙だ」
そこまで話した時点で灰川の確認も終わり、MID7がヴァンパイアを灰川の念縛縄で縛り上げ、更に何かの霊力を使った鎖で縛って数名の人員に運ばれて行く。
あの縛りをしておけばヴァンパイアは動けないだろうし、灰川の持って来た縄を使う事も了承した。
3人としてはとにかく免罪符のヴァンパイアの抹殺よりも封印や無力化が最優先で、それは達成されたから無理やりだが納得はしてる。
「ああ、あとすぐ国内からヴァンパイアは連れ出して下さいよ。アイツを念縛したついでに呪いの質を調べましたが、幸福の呪いは同じ国に居ないと消えるみたいなんで」
「分かっている、すでに手配済みだ。6時間後には影響は消えてると神に誓う」
ここから先は灰川にはどうする事も出来ない、秘密機関とはいえ国の組織なのだから口出しは出来ないし、奴の影響が消えるのなら構わないとは思える。
「後は事後に情報交換をして再発防止に勤めよう。こちらの国から超常存在を渡らせてすまなかった」
「ああ、気を付けてくれ。一層の被害防止に努めるよう願うぞ、民間に被害が出た事は双方の重大な過失だからな」
「日本からも国外に怪異を逃がしてしまった例もありますからね……強くは言えない立場ですが、気を付けるようお願いします。もっと人員が居れば良いんですが」
「ジャパンも人員不足か……どっちを見ても不景気な話ばっかりだ。こちらも今回の件の原因は人員不足からくる情報不足の部分が大きくてな……はぁ…」
どうやら外国の機関も日本と同じような問題を抱えてるらしく、人員不足は深刻らしい。
「とりあえずはこの件は貸しにしておくぞミスター・ジャック、後は任せた」
「ああ、突然ですまなかった。総員引き上げるぞ」
事後処理も終わり撤収し、灰川たちも0番スタジオにしっかりと施錠して一件は終わったのだった。
MID7が乗るヘリコプターの中、戦闘要員の3名が話をしていた。
「しかし日本人が上位ヴァンパイアを捕獲する最初の例になるとはな、俺たちの面目も形無しだ」
「私としては被害を出してしまった事が悔やまれます、少しでも丸く収まれば良いのですが…」
「そうだな、だが被害者を表立って助ける事は出来ん。国家超常対処局に資金を送って、そこから何らかの形で被害者支援という形になるだろうさ」
「まずは免罪符のヴァンパイアは本国に輸送して、研究材料と実験台にさせる方針で良いんですね」
「そうだ、これからたっぷり罪を償ってもらうさ。奴を研究すれば資金を出すと言ってる連中が居る、こちらの財政にも貢献させようじゃないか」
散々に人類を貶めて来た存在には人権など認めない、それがMID7の方針だ。
ジャックとグレッグ神父が今後の話をする中、もう一人の戦闘員も話を切り出した。
「さっきボクが剣を向けた日本人、ボクに呪いが掛かってるって言ってました。下らないですね」
「聖剣に選ばれたアーヴァス家の子が呪いにかかるなんて、横耳で聞こえたが笑いそうになったぞ」
「私が見ても呪いになど掛かってませんでしたよ、あの若い男は大した霊能者ではないのでしょうね。聖剣の担い手に呪いなど有るはずもないのに」
聖剣、様々な国の様々な伝説に出て来る聖なる剣、悪魔を倒し、魔王を倒し、英雄になったり、そのイメージは大体が世界共通だ。
そんな剣を持つ家系の生まれの者がMID7には居て、それはまだ10才の子供だった。白い服とズボンを着た男子児童に見える子、そんな日本で言えば小学4年生の子供が現代の聖剣の一振りの担い手である。
世界には名だたる聖剣の伝説があるが、実在して使用可能な聖剣なんて超限られる。仮に伝説に記された聖剣が実際にあったとしても振り回せない、1000億円を振り回してるのと変わらないからだ。折れたりしたらその場で気絶ものだろう。
故に現在の怪存在に対して使う聖剣は力のコピーや複製品を使うのが常套で、効果もあまり変わらないから金銭的な面でもその方法が使われてる。
「まったく、ボクに呪いが掛かってるなんて失礼な奴ですよ! 聖剣・ファースに選ばれたボクが呪われてるだなんて!」
「聖剣の祝福が呪いに見えたのでしょうかね、あの青年が上位ヴァンパイアを縛る縄を用意したというのも何かの間違いでしょう」
彼らが灰川に持った感想は『しょうもない奴』というものだった。大した霊力も感じられなかったし、聖剣の担い手を呪われてると言った事からも大した奴じゃないと確信したのだ。
「ところでアリエル、剣術の練習は捗ってるのか?」
「う…隊長、あまり聞かないで下さいよ…」
「世界最初の剣の力を宿したファース、その力を引き出せるよう頑張って下さいよ」
そんな話をしながらヘリコプターは港に停泊してる船に向かうのだった。
「いや~、疲れたっすね。無事に終わって良かったっす」
「そうだな、MID7が免罪符のヴァンパイアを持って行ってくれたのは逆に都合が良かったかもしれん、何があるか分からんからな」
「腹も減りましたね、局に報告に行く前に何か食べて行きますか?」
免罪符のヴァンパイアは消えて平和が戻った。ライクスペースは順当にいったら運の影響が消えて事務所は解散、影響を受けた者たちや被害を受けた者達も、罰を受けたり支援を受けたりして過ごす事になる。
しかし灰川にはあまり関係はない、ライクスペースは別会社だし、事件の後始末はタナカたちの仕事になる。もちろん手を貸せと言われたら貸すつもりだが、こういった後始末は慣れてるプロがやるのが一番で、灰川の出番は無いだろう。
「MID7も本気だったようだな、聖剣を国外に持ち出すなんて普通だったら考えられん」
「そうですね、今回は相手が上位ヴァンパイアでしたから。それにしたって普通じゃない事態だったという事です」
タナカとサイトウは灰川の知らない色んな事情を知ってるため、今回が国家間の裏問題になりかけてた事も知ってる。
灰川はそういう事情を知らないため、今の話を聞いて聖剣ってのは凄いんだなと思いはするが、別の事に気が向いていた。
「あの子、今のままだと日本から出られないっすよ。矛盾の呪いを受けてたっすから」
「「え?」」
「まあ大丈夫っすよ、国家超常対処局みたいな所の所属なんだし」
この一件は実は裏では何かの思惑が動いてた可能性があり、聖剣を国外に追放するという策が動いてた形跡がある事が後に判明してる。
免罪符のヴァンパイアはデコイなど用意しておらず、ソレが聖剣によって斬られた事も知らなかったと後の尋問で発覚した。
矛盾の呪い、呪いを解く方法が呪いの効果によって阻害されてしまい、解呪が不可能となるタイプの呪いだ。
あの子は母国に二度と戻れないという呪いを受けており、呪いを解く方法は母国に戻るという条件だったと灰川は解析してる。
「気にしたってしゃーないっすよ、タナカさん、サイトウさん、手を貸してくれてありがとうございました! お礼に今日は俺がメシ奢るっすよ!」
「おいおい、世話になったのはこっちだぞ。だけど奢ってくれんなら遠慮なく頂くぞ、俺も競艇で有り金溶かしちまったからな」
「私が出しますよと言いたいんですが、持ち合わせがありませんので……ATMも終わってる時間ですし」
灰川は先日にスロットで勝ったので今は少し金があり、安い物だが2人に遅い夕食を奢って終わったのだった。
MID7は1時間後くらいに大騒ぎになるのだが、それは灰川たちには関係ない話だ。ともあれヴァンパイア騒動は終わり、明日からも仕事の日々が来る。
そんな中でタナカは『聖剣の子がアリエルって呼ばれてたけど、それって男に付ける名前か?』と思ったりもしたが、まぁ良いかと頭の隅に追いやったのだった。
話が長くなってるので駆け足になっちゃいました。
不死を消す何かはまたいつか出そうと思います。




