187話 潜入、作戦
「灰川さん、闇ウェブに入って調べてみたけど酷いもんだった。ライクスペースは終わったと見て良いです」
「タナカさん、サイトウさん、来てくれてありがとうございます」
現在時刻は夜の7時、まだビルには明かりが点いており、人は何人かは残ってることが伺える。
まずはライクスペースが入ってるビルに侵入しなければならないが、そこは既に国家超常対処局から管理会社に電気系統修理がどうのこうのみたいな難癖を付けて許可が降りるようにしたらしい。
近くの駐車場に車が置いてあり、装備とかも積んで来たそうだ。あとは車の影で灰川、タナカ、サイトウが電気工事業者っぽいツナギに着替えて、工事用品が入ってそうなバッグに装備を詰めたり準備する。
「誠治、お前は何でヴァンパイアを殺す方法を知ってたんだ? 前は実在するかどうかすら知らなかっただろ?」
「ヴァンパイアが居るか居ないかは知らなかったっすけど、以前に“とある場所”で太陽を嫌う存在を例外なく消す方法を読んだ事があるんですよ」
「その情報は確かなんですか? 確かに最初に聞いた時は灯台下暗しだなと感じましたが」
「物は試しですね、倒さなきゃいけないのは変わりませんし、これで倒せなければ次の手段を用意してあります」
「次の手段とやらは俺らに話せないんだったな」
次の手段は事情があって話す事が出来ないが、タナカからはその手段を実行するために必要な物を用意してもらった。
「どの道だがこれも国家超常対処局の仕事だ、俺たちは確証がない状況での仕事に慣れてる。誠治も確証が無いからって俺たちに気負う必要はないぞ」
「灰川さん、相手は上位ヴァンパイアです。確実に倒せる手段は確立されてません、失敗となった場合は迷わず退いて次の策に移ります」
「はい、タナカさん、サイトウさん、お願いします」
着替えも終わってバッグを持ってビルに向かう、入り口の受付で工事業者だと話を通して普通にエレベーターで上階へ行き、ライクスペースの入ってる30階へ到着した。
そこからスタッフに電気系統の業者だと説明して自由に動けるようになったが、この時のタナカとサイトウが凄かった。
まるで違和感なく本物の業者としか思えない口振りや素振りであり、全く疑われるような事が無かった。恐らくは空港職員のような人達ですら欺ける技量で、やはり普通の人達ではないのだと分かる。
「おいおい…なんだこの会社…? 悪質チーマー集団か反社予備軍みてぇなのが居るじゃねぇか」
「タナカさん、さっき私は闇ウェブで話題になってる動画サイトを見たんですが、そこで彼らと思われる連中の動画を見ました。筆舌に尽くしがたいものばかりでしたよ」
サイトウはコンピューターに強く、闇ウェブなどでも怪異や異常現象の情報収集をしてるらしく、そこでライクスペースの所属者が出してる動画を見たらしい。
個人や動画を出してる者の特定は出来なかったそうだが、同じ声の奴が居たらしく、まず出所はここだとの事だ。
「ゲーム感覚での暴行傷害はもちろん、誘拐してきた人に薬物を打ったり……他にも~~……」
「酷過ぎるっすね…ヴァンパイアの影響があるのかもしれないけど、それにしたってですよ」
「そうだな、だがまずは目先に集中だ。どんなバケモノなのか分からんからな」
今は灰川がタナカとサイトウに強力な陽呪術を掛けて、霊力や霊的耐性を爆上げしてる。灰川が本気で使う陽呪術の効果の高さには2人も驚いたが、それでも足りるかは分からない。
その上で灰川が陽呪術の霊気消隠を使って霊的存在から感知されにくくしたから準備は整ってる。
ライクスペースの事務所内を歩いてそれらしき人物を探すが、そう簡単には見つからない。設備点検とか言ってどこかの部屋に入ったり、廊下で書類とかの確認をするフリをして話し合ったりするが見つからない。
どうやら向こうも気配とか霊力のような物を隠せるらしく、それが見つけにくさに拍車を掛ける。
「やっぱり探し回って見つけるのは無理かもしれませんね、出来たらそれが一番なんですが」
「姿を変えられるって情報もあるからな、一応はヴァンパイア・アトラクターブラッドも持って来てるから最悪そっちを使おう」
ヴァンパイア・アトラクターブラッドとは、アトラクターの意味が示す通り、吸血鬼が無条件で引き付けられる最高の血液である。
この匂いを嗅いだらヴァンパイアだったら吸血衝動を抑えられず、絶対に血を吸いに来るという性質があるそうだ。
この血を持つ人間は限られており、過去に国家超常対処局が海外を伝手に手に入れて、いつか使うかもしれないと保管されてた物だそうだ。
だがこれはヴァンパイアの本能を刺激する血液であり、無暗に使ったら被害が出る恐れがある。気を払って使わなければならない陽動手段だ。
「しかしよ、さっきから聞こえてくる話も酷いもんだな」
「本当ですね、魔力と呼ばれる何かに当てられて、精神の悪性が高められてると思いたいですが」
「元からそういう性質を持った奴らなんだとしても、流石に悪意が高すぎるっすよね…」
ライクスペースの中を歩いてると、渋谷にある立地の利便性ゆえなのか所属者と思われる奴らがちょくちょく居た。
通りすがりに話が聞こえるが、その会話からは暴力的な内容や犯罪性の高い内容ばかりが聞こえてくる。
「次はスポーツでプロ目指してるバカども狙おうぜ! どーせプロなんてなれる訳ねーんだから、俺らでスポーツ人生終わらせてやるんだよ!」
「良いなソレ! プロ野球選手志望君の指全部切り落としてみたwwwとかタイトルでどうよ? ゼッテー闇ウェブ連中にウケルぜ!」
「バカみてぇな夢見ちゃってる奴の夢を終わらせてあげるとか、俺たち優しいなぁ! みっともなく泣き喚くシーン期待できそうだぞ」
こんな話をしてる連中が居た、他人が必死で育てて来た夢が残酷な形で終わるシーンを流して儲けようという連中だ。
「どっかの家族狙ってボコにしない? 親とか縛り上げてる前で、子供の顔面に絶対消えないタトゥーとか入れちゃうとかさ」
「ちょっと弱いな、親の目の前だったらタバコの吸い殻とか何本食えるかチャレンジとか良さそう」
「分かってないな、家族ってのは絆が消える時が一番面白いじゃん? それだったらさ~…」
自分の命にすら代えられる大切な存在に消えない傷を残し、掛け替えのない絆を破壊して自分たちの金に換えようという連中だ。
こんな生理的嫌悪を催す会話が聞こえてくるが、灰川たちも所詮は人間である。最初は怒りがはち切れんばかりの感情になったが、人間の心とは怖いもので、こんな話でも段々と心が慣れて来た。
慣れて来るにしたがって、なぜコイツらはそんな精神を持つに至ったかと疑問に思う。いくらヴァンパイアの影響があるかも知れないとは言っても、こんな精神を持つだろうか?
こんな精神影響を及ぼすには時間が必要であり、例え上位ヴァンパイアといえども昨日の今日に入国した存在がここまでやれるかは怪しい。
「やっぱり不自然だ、こんな粒ぞろいのクソ共なんて簡単に集められねぇぞ」
「そうっすよね、影響が出てるにしても普通じゃないっすよ」
「元からあった精神性が増幅されてるのかも知れません。敵の居所も分からないし、もしかしたら突き止める手掛かりになるかも知れません、少し調べましょう」
誰も居ない電気設備の部屋に入り鍵を掛け、サイトウがノートパソコンを取り出した。
このままでは埒が明かないし、設備業者を装っていても堂々と入れる場所は限られる。こういう時こそ出番だと言わんばかりにサイトウが調べると言い出す。
「ちょっとライクスペースをハッキングして個人情報とか抜き出します」
「サイトウさんそんな事出来るんすかっ?」
「実は先程に自動インストールUSBで、バックドアをここのパソコンに仕込みましたから、後はやりたい放題ですよ」
サイトウは例のパソコンやカメラの制作者であり、アプリケーションの制作はお手の物だ。オーパーツみたいなアプリも作れるため、外部からパソコンを操作できるようになるステルスバックドアの制作も楽勝なのだろう。
配信企業のパソコンだから簡単には触らせてもらえないが、タナカもサイトウも諜報工作員の訓練も受けており、素人の目を盗んでパソコンを数秒触る事など造作もない。
就業時間を過ぎてスタッフの数が少し少なくなってたのも幸いした。
彼らの本名をライクスペースから抜き出し、アレコレと調べると様々な事の片鱗が見えてきた。どうやら素性調査なども慣れてるらしい。
「蛮族チャンネルのメンバーのヤッピーは高校で甲子園出場してますね、MOYSの人は児童福祉施設に居た経歴があります」
「こっちの奴は中学校時代に不自然な転校をしてるな、イジメ被害だろうな」
「酷い経験をしたり夢破れたりして腐っちまったって訳ですかね…」
大人の世界だけではなく、近年は子供の世界も複雑な事情を持つ場合は多々ある。
虐待家庭だったり、本気で打ち込んだ夢が叶わなかったり、イジメ問題だったり、そういった精神を蝕む出来事は子供たちにも発生するのだ。
それらは言葉にすれば簡単に終わってしまうが、当事者には長くて耐え難い時間や、精神を一気に崩されるショックを伴う。そこから入るべきではない道に入ってしまったり、悪意が大きな性質になってしまう事もあるだろう。
もちろんそういった出来事に遭遇しても立派に生きてる人の方が多いし、むしろその経験をバネにして大きな事を成し遂げる人だって居る。
ここに居る彼らはそういった『良い方向に進む精神が無かった』『良い方向に進める出会いや出来事が無かった』そういう人達なのだろう。
「誠治、そういった事を考えるな。俺たちは世の中の影で活動して、世の中に影響を及ぼさないよう動かなければならない」
「っ…! でも…同情できる部分は…」
「灰川さん、気持ちは分かります。確かに彼らは酷い経験から精神が歪み、ヴァンパイアの影響で今みたくなってしまった。ですが遅かれ早かれ似たような事を誰かにしたでしょう」
国家超常対処局、人に仇なす怪現象を討伐する部門。彼らは万能ではない、全ての人を守れる訳ではないし、全ての出来事を未然に防げる訳じゃない。
警察が全ての事件を解決できる訳じゃないように、消防署が火事を防げる訳じゃないように、彼らも全てを収められる訳ではないのだ。
「灰川さん、酷い目に遭わされたからって誰かを酷い目に遭わせて良いなんて事にはなりませんよ、被害者という立場は何やっても許されるという免罪符ではないんです」
「誠治、ヴァンパイアを始末すればアイツらの精神も今よりはマシになるだろう。だが奴らのやった事の罪は消えないぞ」
免罪符、あらゆる罪が許される魔法のアイテム、例え殺人を犯しても警察にも捕まらないし、どれだけ人を騙しても罪に問われない。
そんな都合の良い物がある訳ないだろ!
免罪符とは本当の名称は贖宥状、これは『信徒が果たさなければいけない罪の償いを、神と聖人の徳によって免除する』というものだ。
これによって死後に煉獄に落ちる事を免れるという意味合いの物であり、買えば何でもかんでも許された訳じゃない。
贖宥状があった時代でも殺人を犯したら普通に投獄されたし、盗みをすれば捕まった。贖宥状とはあくまで『教会の神の罰を軽減する物』であり、行政と司法機関の定める犯罪行為が許される物ではない。
様々な歴史背景から誤解され、実際に何でも許されると勘違いした民衆が犯罪を起こしたという例もあり、やはり褒められた物ではない。
社会で生きる以上は何事にも責任が付きまとう。ここまで罪を犯して責任は取りませんでは済まされない、怪異の影響があったとしても全てをそのせいに出来る訳じゃないのだ。
運がなかった、環境が悪かった、確かにそういう一面はある。だからと言って全ての責任を他の何かに押し付けるのは不可能であり、彼らが不正や犯罪行為をした事は確かだ。その責任は自分たちで負ってもらう。
運ですら生きていくには大事な要素だ、理不尽ではあるが世の中は平等ではない。
「この免罪符じみた影響、被害者の運気を吸ってもこんな大勢が影響受けることにならないっすよ」
「本当の影響を受けてるのは会社を乗っ取った奴なんだろうな、コイツらはそのおこぼれを頂いてるだけだろう」
「それでも私たちに察知されてる時点で影響は完成してないはずです。じゃあ何で入国して間もない奴がこんな影響を…もう少し調べます」
不幸である事は免罪符にはならない、理由があれば犯罪をやって良い理由にはならない。そういった事をしたいという欲望に負けたのは他でもない彼らで、その全てがヴァンパイアの影響ではない。
そもそも目に見えない精神的影響なんて、人間だったら誰でも受けてる。オカルトに限った話ではなく、日常生活の中でも誰しも受ける。そこから悪に傾くかどうかは本人次第なのだ。
段々と形が見えてきたが、まだ分からない事が多い。そもそも本体の居場所はまだ分かってない。
「このヴァンパイアの影響下にある奴は、何しても許されるしバレないって感じの精神になるようだな。実際に許されてる現状があるのが厄介だぞ」
「でも手掛かりになるような情報もないっすね」
何やっても許されるなら人間とはここまで醜悪な存在になるのか?違う、そんなものは人それぞれだ。そういう性質を持った連中を選んでるからこうなってる。
「あれ…? タナカさん、この桑野って人、僕が解決した墨田区の怪存在の被害者名簿にありましたよ、間違いないです」
「こっちも見覚えがある名前があるな」
「じゃあ眷属か使い魔みたいなの使ってたって事っすね、だから前から影響があったみたいっすよ」
そこからも調べていくが、ヴァンパイアが関わってるという確証が深まるだけで肝心の居場所や気配は掴めない。
「よし、やっぱアトラクターブラッド使おう、それしかない」
「そうなっちゃいますよね、ここで逃がしたらどれだけ被害が出るか分かりませんから。陽呪術でサポートをお願いできますか?」
「もちろんっすよ、更に気配を薄めて、匂いも血を垂らした後に感知されにくくしましょう」
短時間で天啓や強運が降りて発覚なんて事もなく、結局は最初から用意していた物、ヴァンパイアを誘き出す血液の使用を決めたのだった。
もちろん使用には最大限の注意を払う、一滴だけ垂らせば十分に誘き寄せられるだろう。そう判断した時。
「がぁぁっ! ちくしょうっ…!なんなんだっ、これは…っっ! 俺はこんな性格じゃなかったはずだぁっ!」
「あ、頭が痛いぃっ…! こんなことっ、したくないのにっ…!」
ドアの外の廊下の先で苦しむ声が聞こえる、それは現ライクスペース所属者のものだった。
何らかの霊的影響を受けて精神の歪みを強くさせられ、非道を行わされた者が必死に抗う声だ。
こんな筈じゃなかった、こんな事をしたいわけじゃない、精神を歪められて異常なほど加虐精神や私欲を満たす精神が増幅されてる。
これも運か?何かの理由で不幸になった人が、誰かを痛めつけて不幸にさせる。今回は更にヴァンパイアの存在を消したら、彼らは免罪符効果の揺り返しで更なる不幸に見舞われるだろう。
不幸のスパイラル、不幸が無くならない理由、不幸が加速していく社会、仏教の六道思想に照らすと果てしない苦しみが続く畜生道に近いものがある。
罪と罰が消えた世界、それは思いやりも愛すらもない畜生の世界なのか?もしそうだとするなら、そんな物を作り出せる奴は放っておけない。
「彼らがこれ以上の罪を重ねないためにも、早く対処するぞ」
「はい、俺も覚悟を決めました…彼らがこの先不幸になるのだとしても、放っておいたら他の人が不幸になるっすからね…」
「じゃあアトラクターブラッドを一滴だけハンカチに垂らします。これで釣れたら良いんですが」
サイトウがバッグからカプセルを取り出して準備する、これをやれば釣れるはずだ。
実は灰川はライクスペースの中を見ながら、朋絵や愛純が戻れる環境になる可能性はあるんじゃないかと模索していた。しかしその可能性は限りなく低い。
事務所内の配信スペースを見た時に、滝織キオンと最初に出会った時の事を思い出した。灰川が不躾な事を言って滝織を不機嫌にさせた場所だ。
その後に出会って朋絵は気配りの出来る優しい子なんだと気付き、そんな彼女がきっと何度も配信したであろう場所を見たら切ない気持ちになった。
愛純と最初に会ったのは大学病院だ、あの時にVtuberになれた事を強く喜んでいた。口ではシャイニングゲートに入れてくれなんて言ってたが、きっとライクスペースに思い入れだってあるだろう。
そんな人たちが他にも居たはずだ、ライクスペースVtuberで優しい配信が人気を博してた森野中 ヒルネ、顔出し配信でイケメン読書家を売りにしてたKwin、他にも様々だ。
そういった人たちの思い出と所縁の場所を踏み躙った罪は重い、何よりも悪意をバラ撒いた事は許しておけない。
世の中は盛者必衰、諸行無常なのは分かる。しかしこんな終わり方は実情を知ってる灰川たち3人としては、やはりやるせない思いだ。
「よし、これで準備完了……、っ…!!」
「灰川流陽呪術、霊気消隠っ…! 重ねて隠せっ…!」
「おいおい…マジかこれ…!」
その血液は吸血鬼を無条件に吸血衝動に駆らせる血液、たった一滴でも絶大な効果があった。
肌を刺すような邪気、それは3人に人間たちがいつしか忘れてしまった感覚、被捕食者としての『人間ではない存在から見れば、自分たちは食料』という心を思い起こさせられた。
食われるという事は殺されるということ、捕食者のテリトリーで極上の食料をチラつかせる意味、それを改めて思い知らされる。
「よし、出るぞ…ここで戦ったら巻き添えを出す可能性が高い」
「完全に標的になってますね、灰川さんの陽呪術が無かったらどうなってたか…」
「もうこの血以外に興味無いって感じのオーラっすね…外に出たって確実にこの匂いを辿って来るでしょう」
全て憶測でしかないが仕方ない、本当は匂いを振り撒きつつ少しづつ誘うつもりだったが、上位ヴァンパイア故なのか敏感に反応を引けたようだった。
これまでに得た相手の性質を考えれば無駄に目立つ事はしない、少しづつこちらの匂いを辿りつつ誰にも見られない場所に行った時点で襲って来るだろう。
「じゃあ行きましょうか、車の中で装備や準備を整えて閉じ込めちゃいましょう……0番スタジオに」
「あそこなら誰も来ないし結界も張りやすいですからね、しかも空気も淀んで濁ってるから、血についで更に誘き寄せられる筈っすもんね」
「瞬間決着作戦で行くぞ、誠治が念縛トラップを張って、俺とサイトウでアレを打ち込む」
こうして3人はライクスペースから敵を誘き出し、車に乗ってOBTテレビがあるお台場に向かう。
そこで防音もしっかりしてる上に誰も来ない0番スタジオに誘い込み、一気に片付ける作戦だ。
「作業が終わりましたんで、詳しい報告書は後日に送付します」
「はい、ありがとうございました」
ライクスペースの受付で電気作業が終わったことを伝え、そのまま外に出る。
車は灰川が運転してタナカとサイトウは装備を整え、少し飛ばし気味にしながら車を走らせた。
「もしアレが効かなかったら実力作戦だ、俺がニードルガンでダメージを稼いでサイトウが誠治の陽呪術を込めた弾をぶち込む」
「灰川さんは念縛に集中してもらえると助かります、動けなくさせてれば此方の思うがままに対処できますので」
「分かりました、絶対に逃がしません。指一本動かせないくらい縛ります」
念縛法とは怪存在を動けなくする術であり、人間や動物には効果はないが霊や魔に属する者ならば金縛りに出来る。
灰川がその術を使ったら、軽めに掛けても自由に動ける怪存在はまず居ない、それ程に灰川の霊力は強い。
夜の街を1台の乗用車が走る、平和に暮らす街や他の車に紛れ、危険極まりないモノを消す決意を固めた3人が行く。
OBTテレビに到着してサイトウこと富川プロデューサーが適当な理由を付けて灰川とタナカを局内に入れる。
不穏な気配は今も着いて来ており、テレビ局内にも入って来た。姿を消せるのか?誰かに化けてるのか?どうだって良い。
これだけの気配を振り撒いてるなら目前に来れば怪存在かどうかは判断できる。
0番スタジオに到着し、灰川は入り口で2秒で強烈な念縛トラップを仕掛ける。タナカとサイトウは手慣れた手つきで1分も掛からずバッグから出した装備を身に付け、ドアの両側に息を潜めて待つ。
相手は特別な血に引き寄せられて正気を失い、この空間に探知も入れずに入って来た。ここまでは成功だ、策の成否は相手の判断をどれだけ鈍らせるかも鍵となり、その点は上手く行ったと言えよう。
これがもしアトラクターブラッドを2滴使ってたら、ライクスペースで即座に襲われてたかもしれない。灰川が陽呪術で隠匿する暇もなく襲われてた可能性だってある。
だがそうはならなかった。これも運であり、慎重に判断した結果と言えるだろう。
「…………」
「…………」
「…………」
3人は待つ、血の付いたハンカチは入り口の罠の中に置いて、奴が入ってくる瞬間を静かに待つ。
ここで失敗したら死ぬかもしれない、恐ろしい結末が待ってるかもしれない、灰川はそう思う。
しかし放っておけば次はシャイニングゲートが狙われるんじゃないか?ハッピーリレーが狙われるんじゃないか?そう思ったら捨て置く事なんて出来ない。
そして何より……ここに向かう車の中で免罪符のヴァンパイアの話を聞かされた。とても許せるような奴じゃない。
0番スタジオの入り口ドアが開く、3人の気配は陽呪術で完全に消してある。間違っても人間に攻撃しないよう、ちゃんと確認してから行動に移るつもりだったが。
確認は必要なかった、ソレは映画に出て来る美しいヴァンパイアではなく、腐った肉の塊のような姿だった。
「…………」
「…………」
ザクリ、そんな音すらしなかった。タナカとサイトウは目から生気が消える程に精神を完全な平静に保ち、灰川が伝えた『太陽を嫌う存在を確実に抹殺するモノ』を大型動物用の頑丈な注射器を使って打ち込んだ。
派手で格好良いバトルなど必要ない、英雄を称える喝采など必要ない、フェアで綺麗な戦いも必要ない、ただ人に仇なす怪存在を消せれば良い。
吸血鬼は複数の能力を持つと聞いたが、そんな物は使われる前に始末する。使う前に消すか動きを封じてしまえば、どんな恐ろしい力も無いのと一緒だ。
眷属が事前に入って影響を作り出してたとか、その情報を漠然と受けてたヴァンパイアが配信業を食い物にするのを思い付いたとか、そんな事はどうでも良い、後から暇な時にでも考える。
人を悪に傾かせ強運を与え、そこから生まれる多くの不幸を笑う悍ましい存在『免罪符のヴァンパイア』、それがどんな姿形であれ灰川はその存在を消す事に躊躇しないと決めたのだ。
吸血鬼よ、滅べ!人の心をあざ笑う邪悪なモノよ、地獄顕現型空間にて本物の地獄に行くが良い!
貴様らの忌み嫌う太陽……その太陽を構成する物質を体に打たれて、跡形もなく消え去れ!




