186話 乗っ取られた末路
精神破綻や倫理破綻、企業乗っ取りなどに関する社会ホラーを大袈裟に書いてみました。
興味無い人は読み飛ばしてもらって良いです。
朋絵に愛純から電話が掛かって来て緊急事態だと呼び出される。
愛純は何かに非常に怯えており、ひとまずは渋谷から少し離れた人目に付かない場所で会おうという事になって、灰川も念のため着いていく事にした。
しばらくして目的地の駅に到着し、そこで愛純と合流して人の来なさそうな古い喫茶店に入って3人で話をする事になる。
「あの、何で灰川さんが居るんですか? 本当に先輩のストーカーになっちゃったんですか?」
「違うっての愛純ちゃん、実は住んでる場所が~~……」
そんな事情を話してから本題に入る事にしたら、驚く内容が飛び出て来た。
「あのっ…休憩室で休んでたら、ちょっと離れた所に居た人達の話が聞こえて来ちゃったんですっ。Qドラゴンチャンネルっていう最近入った人達なんですけど…」
愛純は休憩所で件の連中の席から死角になってる場所で休んでたらしく、それに気付かず連中は話をしてたらしい。
Qドラゴンチャンネルは男性5人のグループチャンネルで、アウトロー系のモラルの低い奴らだ。
正当防衛と称した集団暴行動画、襲われてる人を助けるという動画をヤラセでやったりしてる連中の一組である。
「なんだかライクスペースで、闇ウェブ配信とか動画に手を出してる人が増えてるみたいなんですっ」
「「!?」」
闇ウェブとは通常の通信では入れないウェブであり、秘匿性が極めて高い通信アプリケーションなどを使用しないと入れないウェブである。
ハッカーや犯罪者の巣窟と言われてる場所で、ウイルス対策やハッキング対策をしてないと即座に個人情報などを抜かれてしまい、犯罪に使われてしまうとすら言われてる場所だ。
もしそう言う場所に動画サイトや配信サイトがあったならどうなるか?見るも悍ましい犯罪動画や犯罪手段教唆の動画、your-tubeやtowitvh、Instar gramなどでは絶対に出来ない内容の配信などがされてるのは予想に難くない。
「闇ウェブで動画とか配信って、ちょっとヤバ過ぎるんじゃないか…? 入った事ないけど、絶対にロクなもんじゃないって」
「私だってそう思いますよっ、でも聞いちゃったんですっ。録音だってしてありますっ!」
そう言って愛純は録音した音声を再生した。
『今度何するよ? またそこらの奴ぶん殴って動画にすっか?』
『それ前やったからな、今度はインパクト強いのにしようぜ。カップルとかに手出させて、渋谷のど真ん中で土下座させるとかどうよ?』
『いいなソレ! また個人情報抜いて奴隷君にしようぜ! ぎゃははっ!』
『そこらの奴テキトーに攫っちまえば良いだけだし楽だよな!アイツのおかげで俺ら英雄だしよ! 感謝、感謝っと、アイツの名前なんだっけ? どうでも良いか』
『スパチャにメンバー登録に儲かってしょうがねぇよな、配信者やって良かったぜ。刺された奴は歩けなくなったんだっけ?どうでも良いけどさ』
もう信じられない内容の言葉が飛び出してくる、嘘だとしか思えないが。
「Qドラゴンチャンネルに本当にそんな感じの動画あるじゃん…おいおい、これは度を越してるとかの騒ぎじゃねぇぞ…」
「まだ続きがあるんですよっ、本当に話してた事なんです!」
この時点でも既に薬物強要、暴行教唆、もろもろの罪な筈だが捕まってない。しかもまだ先がある。
『っぱ闇ウェブ配信だな、入ってくる金もスゲェし、何やっても表に出ねぇから楽だよな!』
『おう、片付けか脅して口止めさえしちまえば何も問題にならねぇし、使えるヤクザも居るから逮捕される心配もねぇし』
『良い時代になったよな! 今度はテキトーにその辺の奴ら攫って殺し合いでもさせるか? 闇ウェブの連中にゼッテー受けるって!』
もう言葉が出ない、現実の話とは思えない。もはや危険集団を通り越して無差別テロリストに近い存在みたいな話をしてる。
こんな奴らが一組居るだけでも大問題だが、もっと居るとしか思えない。
ライクスペースの親会社になった所は表向きはIT企業らしいが、恐らくはフロント企業を置いた犯罪組織に近い存在だろう。
稼げれば犯罪だろうが誰かの人生を滅茶苦茶にしようが何でも良い、そういう連中に乗っ取られてしまった。
知名度のある企業の看板を使って派手に稼ぎ、捕まる危険が高まれば元締めは逃げる。そういう形が出来上がってるからこその真似だ。
しかし表立って今以上の犯罪動画を有名サイトに流す訳にもいかないから、次の活動媒体を闇ウェブに移そうという算段らしい。動画業のプロのノウハウを得た彼らが更なるフザけた真似をしようとしてる。
しかし何故にここまでやって捕まらない?何故にこんな連中が表でも幅を利かせてる?何故わざわざ目立つ配信企業に目を付けた?
「朋絵さん、愛純ちゃん、もうライクスペースは犯罪集団に成り代わられた」
「っ…! でもっ、業界2位の企業なんだよっ!? そんな簡単にっ…」
「業界2位って言っても規模は大きくない業界だし、世界を見渡せばよくある事だよ。モデル事務所が傾いて売春斡旋業者になった例、零細空港がマフィアに乗っ取られて密輸業者になった例、幾らでもある」
「でもここ日本ですよっ!? そんなことってっ…!」
「日本でも沢山あるよ、普通の会社だったのがヤクザの使い捨てマネーロンダリング会社になってたとか、見えないだけで幾らでもあるんだよ」
大人の世界は複雑だ、金の匂いがする所には悪意と欲望が渦巻き、一見すると綺麗なものが裏では恐ろしいほど汚い存在だったりする。皆が信頼してテレビCMまでやってた大企業が詐欺会社だったなんて事例もある。
企業買収や反社会的勢力の企業の乗っ取りは昔からあり、近年でも経営危機や業績不振に付け込まれて乗っ取られるという事例が多発してる。上場企業ですらやられた例があるのだ。
合法的に乗っ取られる場合ですら裏社会の影がチラ付く事があり、その危険性や不可視化は年を追うごとに強くなって、ベンチャー企業などは狙われやすい傾向にあったりする。
配信業は少数の人間と会社が異常とも言える金額を稼ぐ業界で、その構造的な歪みは大きい。そういった場所に付け込む隙を見出すのが上手い連中が居るのだ。
「ここまで大々的にやったら問題が表面化しそうなもんだけど、本当の経営権じゃなくて実質経営権だから問題になってないのか……ちょっと分かんねぇな」
これが大企業だったら即座に大きな問題になるが、ライクスペースは資本規模で言えば中小企業だから逃げれてるのか?
それにしたってここまでやれば公安警察、暴力主義的破壊活動などを専門に取り締まる部署から監視対象にされてもおかしくないレベルである。なのに何も無しなのは変だ。
『何やっても良いってのは楽だよな、絶対バレないから安心して好きにやれって話だしな!』
『最高の気分だぜ! 今度は女喰う動画でも売り出すか、ギャハハ!』
まだ続くコイツらの言葉に吐き気すら覚える。朋絵と愛純も声を失っていた。
まだ2人は未成年であるが、決して綺麗で輝かしいだけではない大人の世界に踏み込んでるのだ。こういう奴らも居るのだと学ばなければならない。
倫理もヘッタクレも無いような奴は世の中に居るし、彼らみたいな奴が近年では大きな事件を起こしたりする。そういう奴らは金が舞い込む場所に切り込む事を狙ってる。
普通に生きてる人達では絶対に理解できない精神性を持った者や、自分たちさえ良ければ後は誰が死のうが誰が不幸になろうがどうでも良いと思ってる連中は確かに存在するのだ。
そういう者達は普通と違うから時に魅力的に見えたりするし、普通はやらないような事をするから時には面白く見えたりする。それも才能といえば才能なのかも知れないが、平和な場所では決して許される精神性ではない。
世の中にはあまり知られてない裏が幾つも存在するのを灰川はタナカから聞いた。
富裕層家族専門の洗脳乗っ取り屋、臓器ドナー協会に入り込む臓器売買屋、密入国者の偽造住民登録をするために役所職員になった暴力団構成員、その他にも数え切れないと教えられてる。
四楓院家の陣伍や英明からも芸能界に行くならば、そう言う連中と関わらないよう気を払えと教えられた。
「信用商売なんて傾く時は一瞬だよ、悪人に乗っ取られたならお終いだ。後は食い物にされて会社の看板や信用、人員も骨までしゃぶりつくされて捨てられる」
「…………」
「……………」
「それでも2人が残るって言うなら止めな……いや、やっぱ引っ叩いてでも止める。親御さんを特定してチクる」
このまま行けば2人は良くてクビ、かつては80万人以上の視聴者登録があろうと、今の社風に合わなければ捨てられるのは表も裏も変わらない。
もし人気が出たり求心力が再燃すれば、今度は犯罪同然の商売の宣伝などをさせられかねない。仮想通貨詐欺、投資詐欺、闇金融の紹介、暴力仲介業、合法薬物や市販薬物でのトリップ方法などの宣伝をさせられる可能性すらあるのだ。
モデル業やアイドル業でも、少しだけ普通の活動をさせてから、大人気モデルが○○デビュー!みたいな触れ込みで怪しい動画作品に出させたりする手法があったりした。そんな連中が普通に居る世界は怖い。
人気がある奴の名前の利用法なんて幾らでもある、素人ですら複数を考えつくのだから裏の人間だったらどれだけ考えて実行できるか分からない。
倫理破綻者に掌握された一般集団の末路は悲惨だ、そして世の中を見渡せばその数は意外と多い。業界2位のライクスペースは様々な要因が重なって、そういう奴らに命綱を握られた。
マインドコントロール事件、最初は普通だった個人輸入業者が麻薬密輸してた事件、繁華街のBARが裏でカジノをやってた事件、中身を探るとこういう連中の影が見え隠れする。
「こういう連中はいきなり犯罪をしろと持ち掛けないよ、まず犯罪をせざるを得ない状況に標的を追い込む。そうなってからだと遅いんだよ」
「なんでこんな人達が居るんですかっ…、これから頑張ろうって思ってたのにっ…!」
「…………」
不寛容社会とか労働に求められる能力の高度化だったり、格差社会、悪い事した方が儲けられる社会、悪性が高い人間の方が得をする社会だという認識の広がりがつつある。
夢を叶えるより人の夢を食い物にした方が効率が良い、自分が努力するより他人が努力して得た物を横から奪う方が楽、そういった間違った『効率重視』に傾く者が出るのも人間が構成する社会の問題の一つだ。
しかしそれらの世界も実際には99%の者は生き残れない世界なのである。裏や汚い者達の世界でも、大きく目立つ一部の者だけが生き残るのは表の世界と変わらない。
後は捕まったり消されたり、普通に失敗したりという末路が待ってる。それらのリスクは表社会とは違った危険度がある。
「とにかくもうライクスペースには行かない事、配信もしない方が良い、俺が対策に動くから2,3日か待ってて」
「はい…お願いします…」
「………うん…」
朋絵は最後の方は喋れなくなっていた、自分が信じて頑張った場所、大好きだった場所が汚されてしまった悲しみ、そんな感情に打ちのめされてしまってた。
「事務所に所属しなくてもネット活動は出来るし、他の事務所に挑戦する事だって出来るよ。そっちの相談に乗れるかもしれないから、2人とも落ち込み過ぎないようにね」
「灰川さんのコネでシャイニングゲートに入らせてくださいよ~! 先輩と一緒に~!」
「考えとくけど、手っ取り早くデビューするならハッピーリレーの方が良いよ、シャイゲはマジで努力だけじゃどうにもならないから」
「「…………」」
シャイニングゲートも決して良い事ばかりではない、とにかく2人にライクスペースからは今の所はバックレて関わらないよう言っておいた。
身の安全が第一だという事を説いて、危険な連中が狙うのは金銭だけではなく、その人の価値や人生を使い潰して儲ける手段で金を生ませるという事も伝わった筈だ。
世の中は良くも悪くも変わらない物は無い、善良な会社が腐る事もあるし、清く正しい人が金に溺れて薄汚い事を躊躇なく実行するようになる事もいっぱいある。
ライクスペースは親会社が危険な連中に掌握された時点で終わってたのだ。後はこの騒ぎを配信業界に波紋を起こさせず引導を渡す事が重要で、失敗したらシャイニングゲートの芸能界進出も立ち消えになる可能性がある。
ヤバイ話が表に出ないのは、表に出さないように工作されてるからだ。だから関係ない人がヤバイ話を聞いても陰謀論とか与太話として受け取ってもらえる。この件もそう処理するべきだと灰川は思う。
筋書きとしてはライクスペースは親会社がコケて、自社も路線変更に失敗して終了といった感じだろう。後は少しすれば社会から忘れられる。
「朋絵さん、愛純ちゃん、配信はもちろんだけどSNSとかも触らないように、会社から連絡が来ても応答しないようにね」
強めにそう言って2人と別れ、灰川は対処に動き出す。その対処はライクスペースの悪質な所属者や会社自体ではなく、他の存在に対してだ。
「タナカさん、高確率でヴァンパイアが絡んでると思われる事件が発生中です。即座に対処できますか? 無理なら俺が一人でやります」
『被害が出てるんだな? 分かった、今の案件を中断して向かう。かなりお怒りの様子だな誠治』
「はい、めっちゃ怒ってます。それと上位ヴァンパイアに対抗する手段を説明します、奴の居場所も分かってます、あと用意してもらいたい物があります」
怒りで語彙力少なめになりながら灰川は自分が知ってる『太陽を嫌う超常存在を確実に消滅させる方法』を伝えた。他にもオカルト的超常存在であるヴァンパイアへの対抗策は複数を思い付いてあり、絶対に逃がさず祓うと決める。
「ヴァンパイアはライクスペースの事務所が入ってるビル、Sストリートビルに居ます。ライクスペース所属者の子が幹部と知らない外国人が話してる所を見たと言ってました」
『それだけだと判断としては弱くないか? 外国人の関係者が居たって変じゃないだろう?』
「俺が会った所属者の子2人が普通じゃ有り得ない程に運気が下がってました、タイミングが合い過ぎてると思いませんか? ヴァンパイアは配信者とかVtuberとか興味ありそうだって言うし」
『そうだな…確かに状況的にそれしか考えられんよな…、分かった、すぐに対処に動こう』
「お願いします、今回も俺を同行させて下さい。直接戦闘は出来ませんが、結界や念縛でサポートが出来ますんで」
今までの経緯を整理すると、明らかにライクスペースはおかしい。どう考えても不自然に都合よく事が進み過ぎてる。
迷惑系が炎上もせず、暴力系が逮捕もされず、少し考えればバレそうなヤラセ系がバレてない。
闇ウェブに手を出してウイルスやハッキング被害もないのはまだ良いとして、金の出し入れすら難なくやってるのは普通じゃない。
これらを考えると、どうしても『何でもかんでも都合よく人生を歩めるようになる』という話が見え隠れする。
「後は本当に不死だったらヤバイから、ちょっとアレを貰っておくか…」
タナカはサイトウも連れて今夜に攻撃を掛けると言ってくれて、イザという時の戦いの場も向こうで用意すると言う。被害が広がる前にスピード決着を付ける算段だ、これが最も良いだろう。
灰川はもう一つの対策をするためにある物をもらいに行き、後はタナカとサイトウと合流してライクスペースのビルに行く。
最初は暗殺作戦で立ち向かい、それが失敗したら中に居るヴァンパイアをおびき出して逃げられない場所に隔離し、3人で次の作戦を実行するという算段だ。
危険な存在は害を及ぼす前に対処する、物事の鉄則だ。今回もそれに乗っ取って動くだけである。
灰川はたったの数日かそこらでここまで害を振り撒く存在は必ず消すと心に誓う。だが確かな個体意思を持つ存在、生物を殺すような真似を灰川に出来るのか、それは甚だ疑問だ。




