179話 買い物の後にギャラリーへ
3人はデパートの中を散策しながら自分に似合う服を探し、ブランドショップやデザイナーズショップを回っていく。
高校生年代の女子に向けた服は銀座アストーラデパートでは比較的に多いのだが、やはり数としては大人の女性に向けた商品の方が多い。
それでも2人が良いと思えるデザインの服や、テレビ局に着てっても恥ずかしくなく不自然にならない服は沢山あり、アレコレと選んでいった。
「うーん、コレどうかな」
「このアウター良いっすね、でもちょっと動きにくそうな感じが~…」
市乃と来苑は7階のブランドショップ、Virginie fleur d'étoileという所が気に入ったらしく重点的に見てる。
このブランドは確かに若い女性向けのアパレルブランドのようで、スタイリッシュなアウターやガーリッシュなスカートやズボンなど様々に揃えられていた。
「灰川さん、これどう思う? 私は良いかなーって思うんだけど」
「目立ち過ぎないけどお洒落な感じもして良いと思うぞ、市乃に似合ってるな」
「灰川さん、このマキシスカートってどう思うっすか? ちょっと長いですかね」
「うおっ、生地が軽いなぁ。似合ってると思うぞ」
2人が試着をしてみたり灰川が似合ってると言ったりするが、灰川は女性のファッションの事がよく分からないので似合ってるとしか言えない。
現に2人ともセンスが良くて自分に合ってる服を選んでるし、灰川からすれば市乃も来苑も美少女に見えるから大概の服は似合うように思える。
「やっぱ灰川さんじゃ、無難な事しか言えないよねー。もっとこうした方が可愛いとか、こう着こなした方が可愛いとか言った方がモテるよー?」
「モテてみてぇな~、まぁ無理だけどな」
「そんなことないって灰川さん、長く一緒に居ると優しくて頼りになるの分かるし、けっこうイイ線いってると思うよー」
「長く一緒に居るってのがハードル高いんだよ、イケメンか金持ちじゃなきゃ見向きもされねぇし」
「偏ってるねー、じゃあ女の子の方からアピールされたらどうするー? 私とか史菜とかさっ」
灰川はこれまで異性からモテた経験など無いし、モテる要素が自分に無いのも知ってるからモテようと思わない。
しかし最近は周囲の子達が灰川の良さに気付いて好感を持ってるが、それに気付いても思春期の一時の迷いくらいにしか思わないようにしてる。
「そん時は考えるけどな、でも市乃は俺にアピールする気なんてないだろが」
「考えるって言ったね? じゃあ灰川さん、これから覚悟した方が良いよー」
「考えてくれるんすねっ…! じゃあ自分もっ…がんばるっすっ…!」
「2人とも何言ってるんだよ? そんなことより服を選んどけって」
「そーだねっ、すいません、この服ってサイズの調整とかしてもらえますか?」
市乃も来苑も服選びに戻り、販売員にコーデの事を聞いたりしながら自分に合う物を選んでいった。
今回の買い物はテレビ局に着て行ける服を選ぶことだから、可愛さとかも重視しつつ自然な感じになるようプロの意見をもらいつつ選んだのだった。
流石は高級デパートの販売員で、要望に合わせて的確なコーディネートをしてくれた。
「高級デパートの販売員さんってスゴイねっ、灰川さんも見習った方が良いかもねー?」
「無茶言うなって、あっちはファッションと接客のプロなんだぞ。完璧にコーディネートしてもらえて良かったな」
「自分も良い物が買えたっす! 良いショップでしたね」
さっきのブランドショップは若い女性芸能人なんかもテレビ局などに着ていく服を買いに来たりするそうで、販売員も慣れた感じで2人のコーディネートをしてくれた。
結果的に市乃は上下を揃え、来苑は下は2着とアウターを1着購入した。金額としては2人で10万を超えるだろうが、そのくらいは稼いでるし、何よりもテレビ局などの場所で他から舐められない服装を揃えるのは大事だろう。
今は市乃も来苑も制服に戻り、紺と青が基調の制服とクリームホワイトの制服姿で女子高生といった感じに戻ってる。
「意外と時間は掛かんなかったな、服買う時っていつもこの位なのか?」
「んー、時と場合によるよー。時間掛かる時もあるし、掛かんない時もあるって感じかなっ」
「自分は時間あんま掛けない方っすね、コレって決めたらすぐ買っちゃう感じっす」
女性の服の買い物は時間が掛かるのが相場だが、あまり迷い過ぎるのもまどろっこしくて嫌だという人も多い。結局は人それぞれだ。
「史菜は時間が掛かる方かなー、あれこれ迷ってどうしたら変じゃないかって考えこんじゃう感じ」
「確かにそんな感じするな、俺としては史菜の落ち着いた服装は見てて安らぐって思うぞ」
「それ本人に言ってあげたら凄い喜ぶよ、特に灰川さんから言われたらさっ」
「シャイゲだと手鞠間 智草ちゃんが最長で服屋の開店から閉店時間まで悩んだって逸話があるっす」
「それはもはや営業妨害だろ!?」
「店員さんも呆れてたって言ってましたっすよっ、コラボ配信の時に聞いたんですけど、自分もリスナーさん達も笑っちゃっいましたよ!」
そんな話をしながら何となしに店内を歩き、もう少しだけ良い品がないか見て回る。
「灰川さんって女の子の服装の好みとかあるのー? 可愛い系とか綺麗系とかさっ」
「着る人によるっての、でも市乃も来苑も何着ても似合いそうだな」
「じゃあ制服と普段着だったらどっちが可愛いって思うっすかっ?」
市乃も来苑もVtuberで鍛えたトーク力や精神力で普通を装いつつも、内心では割と緊張してる。それだけ灰川の事を意識してしまっていた。
「うーん…来苑は普段はボーイッシュファッションだから制服の方が可愛いな、市乃は制服も普段着も良いと思うぞ」
「そっかぁ~、灰川さんはJKの制服が好きなんだねー? 今度からちょくちょく着て来てあげるねー」
「自分は制服の方がイイっすかっ…! わ、分かりましたっ…!」
「いや別に気にしなくて良いからなっ? そもそも2人とも顔もスタイルも良いんだし、制服も私服も似合ってるって」
灰川はこう言うが実際には今の2人を見て『制服姿って可愛いな』と無意識に思ってしまってる。以前にもキャビンアテンダントの制服とか入院してた時の看護婦さんの姿とか様になるなと思った。
意外と制服に惹かれるという側面があるのかも知れないが本人は気付いてない。決められた衣服というのは割と惹かれる男性は多く、意外にも男性の好きな女性の服装の上位に来たりするのだ。
「それでさー、前に買った枕カバーがさー」
「市乃って枕は低い方なんだな、俺は柔らかさ重視のタイプだぞ」
「自分は布団を選ぶタイプっすね」
市乃も灰川との会話を楽しみ、来苑も自分の話で灰川が笑ったりツッコんでくれるのが嬉しく、3人で出掛けるのも楽しいなと灰川は感じる。
しかし市乃と来苑は楽しい以外の感情も少しづつ強くなっており、試着した服を灰川に見てもらって「似合う」と言われてドキドキしたりした。
気になる相手からはどんな小さな褒め言葉でも嬉しく感じるもので、2人だって例外ではない
もう市乃としても自分が灰川に対して好意を持ってる事は気付いており、どうしたものかと内心では思う。来苑も灰川の事が明確に好きだと思ってるが、今まで陸上やVtuber配信に心を向けてきたため、どのようにアピールすれば良いのかイマイチ分からない。
そんな感じでデパートを回りつつ服なんかももう少し見て行き、その途中で市乃と来苑がまたヒソヒソと内緒話をする。
「来苑先輩っ、灰川さんをドキドキさせちゃうコース決めちゃいました。こんな感じはどーですかっ? あははっ」
「え…ええっ…!? こういうのって、今時の女子高生って当たり前なのっ…!?」
「当たり前みたいですよ、ネットに書いてあったんで! 私も恥ずかしいけど、灰川さんだったら良いかなーって思うし、灰川さんが驚いてしどろもどろになっちゃうの見たいですしっ」
「ぁぅぅ…、たくさんお世話になってるから、これくらいは…っ、は…恥ずかしいけど…がんばるっす…っ!」
市乃は元から割と大胆な性質であり、灰川の肩などを普段からポンと叩いたりなど気さくで、その部分がかなり強く表に出ていた。
来苑は普段はボーイッシュだが、意中の相手に対しては過剰に奥手になる性質があったようで、その性質が生まれて初めて表に出てしまってる。
市乃は来苑より年下でVtuberとしても学年でも後輩だが、こういう思い切りの良さは上のようだ、この性質は市乃自身も灰川を意識してから初めて知った事であり、自分でも驚いてる所がある。
「空羽先輩とか史菜も頑張るって言ってましたし、由奈ちゃんも小路ちゃんもアレコレしようって言ってましたから、私たちも負けないように頑張りましょうねっ」
「そ、そうだよねっ…! 出遅れてるからっ、私らもがんばるっす…っ!」
しかし近年はネットの発達によって余計な知識を得る人も増えており、そこに『これが今時の常識!』『皆もやってるから効果あり!』とかの文句が添えられてると、嘘や極端な情報であっても信じてしまう人が一定数は居る。
市乃も来苑もまだ高校生であり、そういった情報に惑わされる事はある。
灰川に対してやろうとしてる事は2人にとっては結構な恥ずかしさを伴う事のようだが、本人は2人が何を考えてるかは知らない。
「そういや13階だかのギャラリーに行きたいんだったよな、行ってみるか?」
「えっ、でも灰川さんに荷物持ってもらってるし、重いだろーからいいよ」
「持ってるって言っても服だから重くないって、せっかくだから見て行こうぜ。来苑も良いよな?」
「はいっ、もちろん大丈夫っす」
荷物を持ってることを気にしてくれるのは嬉しいが、そう言われるとむしろ頑張ろうと思ってしまうのが男というものだ。
結局はそのまま13階のデパートギャラリーで行われてる美術品展示を見に行く事となり、3人でエレベーターに乗って向かう事にする。
デパートのエレベーターは非常に立派なもので、内部は殺風景な密室ではなく椅子まで設置してあり高級木材が使われた高級空間だ。
こんな所も普通じゃないんだなと感心しつつ、13階にはあっという間に到着した。
「いらっしゃいませ、ごゆっくりどうそ」
ギャラリーに入ろうとすると専門販売員が挨拶し、少しの会釈をしてから3人で中に入る。ギャラリー内は灰川たちの他に客は1組しかおらず、落ち着いて見れる環境だ。
明るいながらも品のある照明で展示品も見やすく、スペースもしっかりあって落ち着いて作品を見れる環境だ。もはや小さな美術館と言っても差し支えない。
販売員も見た感じで女子高生と分かる2人を邪険にするような事もなく、むしろ歓迎ムードである。デパートの商品袋を持ってるから、れっきとした客として見てくれてるのかもしれない。
「あっ、この絵って外国のイラストレーターの奴だよ、この前もSNSでバズってたねー」
「このグラスライト、2000万円っ? 凄いっすね~」
「買おうと思えば買えるんじゃないか? 俺は買えねぇけどな」
絵画や彫刻、芸術的調度品などが展示販売されており、有名イラストレーターや画家、各種芸術家の作品が並んでる。
「ええっ! 新聞紙の切り抜きが200万円!?」
「他のお客もいるから静かにな。これはコラージュアートだな、2000年代のアメリカの新聞紙で作られてるっぽいぞ」
「こんなの買う人って居るのかな? 私だったらちょっとなーって思うけど」
「現代アートだから芸術性は分かりにくいけど、人助けとかの記事で作られてるっぽいから人間の善性を訴えてる作品っぽいな」
こういったアート作品は単なるゴミの寄せ集めみたいに感じる人も居るが、作るとなると新聞を集めたりしなきゃいけないし、貼り付ける位置への拘りとかありそうで難しいのかもしれない。
「この絵って版画だけど高いですね、版画ってコピーって事っすもんね」
「版画は絵によって刷られる枚数が決まってるから希少作品の値段は高いぞ、版画も立派な真作だからな」
オカルト関係の仕事で得た芸術関係の知識を披露しつつ、灰川も荷物を持ちながら時間を過ごす。
市乃も来苑も買おうと思えば買える値段だとは思うが、どうやらその気はないようだ。そもそも買ったとしても保存環境がしっかりしてるとは思えない。
そんな中で先にギャラリーに入ってた初老の夫婦客の2人が何かの絵の前で立ち止まり、販売員と話をしてる。買おうという商談なのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。
「君、この絵に描かれた扉の向こうには何があるんだね? どうしても気になってしまってね」
「申し訳ありません町端様、そちらは我々にも分かりかねます。数十分前に他のお客様からも聞かれたのですが、何しろ鑑定書を発行した会社も分からないと返って来まして~…」
「アナタ、私も気になるけど会食の時間だから行きましょ?」
「うむ、まあ仕方ないか」
横目でそんなやり取りがされてから顧客と思われる夫婦は去っていったが、灰川も少し気になって件の絵を見てみた。
「この絵って…あ~そうか」
「灰川さん、どーしたの? 知ってる絵でもあった?」
「この絵がどうかしたんですか?」
作品自体は何処かの家の中の壁に扉があり窓からは日光が差し込んでいて、その扉は閉じているという絵で変な所はない。作品解説もラフォードという画家が20年前に描いた作品で、自身の頭の中にある風景を描いた作品だと書かれてた。
その扉の奥に何があるのかラフォード自身も分からないが、開けなければいけないような、開けてはならないような、何とも不思議な感覚があると語ってたと書いてある。
ラフォード氏は10年くらい前に亡くなっており、親戚が氏のアトリエで見つけて売りに出したという遍歴がある。どうやらラフォード氏は最後まで扉の向こうにある物が何なのか分からなかったらしい。
「じゃあ閉じた扉じゃん、なんで閉じた壁なんて名前が付いてるのさー?」
「自分も意味わかんないっすね、でも芸術作品ってたまに意味の分からない題名の時もあるっすから」
「作品解説に書いてるな、ラフォードにとって心の中にずっとあるこの扉は決して開く事の無いものであり、開かない以上は壁と同じであると感じてたからって意味だってさ」
ラフォードはこの扉の絵は絶対に開かず、きっと開く事の無い物なのだと理解してたそうだ。心の中の風景だから物理的に開けることも叶わず、誰に聞いても分からなかったとの事らしい。
「俺はラフォードさんっていう画家の事は知らないし、この絵の事も知らない。でもこの絵が何の意味があるかは分かるぞ」
「えっ? 霊能力で分かったとか?」
「違う、でも分かる奴は本当に一握りだろうな。少し念も出てるけど絵の中の扉の向こうが気になるっていう効果だから大したモノじゃないし、謎が解ければ即座に霧散する」
「確かに気になるっすね…何があるんですかね?」
単なるドアの絵にしか見えないが、ごく一部の人間だけは分かる隠れた意味がある作品だった。
オカルト的な効果も小さなモノで、少しばかり人の目を惹きつける程度の効果しかない。
「ラフォードさん、たぶんドラキュラ恐怖症だったな」
「えっ? ドラキュラって前に灰川さんが話してたアレだよね?」
「この絵と吸血鬼って、繋がりあるように見えないっすけど」
灰川たちは周りに聞こえないよう出来るだけ小さな声で話してたが、横耳で聞こえてたデパートの学芸員と販売員がピクリと反応した。
実はギャラリーに居た販売員は作品を展示販売するにあたって作品も作者も調べ尽くしており、その中の情報に何か引っかかる部分があったのだ。
「日本だと吸血鬼ってそんなに怖がられてないけどよ、西洋だと凄い怖がる人が居るんだよ」
吸血鬼という概念は海外だと恐れる人も多く、心理的な影響はもちろん文化的な影響もある存在なのだ。
「この絵だけどさ、昔の超マイナー映画のワンシーンなんだよ。ヴァンパイアの解けない呪いっていう16mmフィルムの古い映画なんだけどな」
「そーなの? 私は分かんないけど」
吸血鬼を題材とした映画は数多くあり名作も多い。吸血鬼ノスフ〇ラトゥ、イン〇ビュー・ウィズ・ヴァンパイア、ドラキ〇ラ伯爵、様々な作品がヒットを飛ばしてる。
しかしそれは作られて来たドラキュラ作品のごく一部でしかなく、流行った作品以外では無名の物がほとんどだし、DVDなどの媒体にもなってない物も非常に多い。
「ヴァンパイアの解けない呪いって作品は誰が作ったかも分からない映画なんだけど、子供が見ると必ず吸血鬼恐怖症になるって効果があってよ。俺も見たことあるんだよ」
灰川は閉じた壁という絵画とヴァンパイアの解けない呪いという古い映画の関係性について語り出す。




