177話 灰川の休日
テレビ局での一件があった翌日、灰川は昼近くまでグッスリ寝てから洗濯や最近はサボってた掃除をして過ごした。しかも夕方くらいにもう一回寝てしまい、今は夜である。
今は昨日にサイトウからお祓いの追加のお礼としてもらった物、ハンディカメラを眺めていた。
「また何かもらっちゃったなぁ、Vtuberに良いビデオカメラって言ってたけど、酔ってたしあんま覚えてないんだよなぁ」
昨日の別れ際に渡され、灰川は「いや~、悪いっすよ~」なんて言いながらしっかり受け取って今に至ってる。
しかし充電もされてないし取扱説明書なんかもサイトウの制作した品だから付属しておらず、とりあえずは何かあった時に使ってみよ~かな~、なんて考えた。
「さて、俺も配信するかなぁ~」
最近は配信はまばらだが灰川としては今だって配信が好きであり、仕事中でも配信したいとか思う事がある。
今は配信のプロを目指す気持ちは正直に言えば前より薄く、楽しんで配信をしようという気持ちが強い。
「今日はちょっと昔のゲーム、ドラキュラバスターズをやってくぜ!」
配信画面を起動してスタートすると、一昔前の3Dアクションゲームの画面が出て来てプレイしていく。
「怪物とかを倒して行ってラストボスのドラキュラを倒すって感じのゲームか、王道で良い感じだ!」
ゲームの内容はオーソドックスかつ分かりやすい内容で、どちらかというと子供向けだが難易度は高めというものだ。
道中の恐ろしいモンスターやドラキュラの手下を倒し、ステージボスを倒して先に進むという内容である。
『牛丼ちゃん:こんばんわ~、何やってるの?』
「お、こんばんは牛丼ちゃん、今日はドラキュラバスターズっていうゲームだよ、あ!くそぉ、難しいじゃねぇか」
『牛丼ちゃん;ちょっと前のゲームっぽいけど面白そうだねー』
適当に説明して配信を続けてくが意外と難しくて苦戦する。このゲームはやり込み要素も多くて隠れた人気があるゲームなのだ。
『柑橘系:こんちわっす、灰川さん』
「お、柑橘系さん、こんばんは、ゆっくり見てってね」
『柑橘系:はい!じっくり見させてもらうっすね!』
時刻は夜の11時であり、配信が終わった三ツ橋エリスと竜胆れもんこと、市乃と来苑が配信を見に来てくれた。視聴者が来るとやっぱり嬉しいもので、灰川としても気持ち良くやれるというものだ。
今はナツハとミナミとツバサと小路は配信中でルルエルちゃんは寝てる頃だろう。
「このっ、こんちくしょ! うげぇ、負けちまった!残機0だし!」
『牛丼ちゃん:相変わらずゲームの腕が普通だねー』
『柑橘系:元気出して下さいっす! まだチャンスありますって』
「ありがとう2人とも、牛丼ちゃんは煽ってるだけかぁ!」
こんな感じでゲームが進んで行くが、正直に言うと灰川の配信は見所が非常に少ない。面白い事を言うでもなく、面白い反応が出来る訳でもなく、市乃たちから教わった事を何も生かせてないのが丸分かりだ。
しかし視聴者の2人は普段は自分たちが配信をしてる側で、お手本のような配信やバズった人の動画などは見慣れてるから、灰川のような配信は逆に新鮮な感じで見れるのかもしれない。
とはいえ市乃も来苑も大体は作業用BGMみたいに配信を聞きながら何かをしてる時間も多いし、真面目に灰川のつまらない配信をずっと見てる訳じゃない。
しかし時折に作業の休憩がてらにコメントしてくれて、その中には灰川が答えられる類の質問コメントもあったりする。
『牛丼ちゃん:そういえば灰川さんってギャルゲーとかやったりしないの?』
「大体はバッドエンドに行っちまうんだよな、選択肢ミスりまくるし苦手かもしれねぇ」
『柑橘系:そうなんですか? そんな風に見えないっすけど』
「あの手のゲームってトラップ選択肢があったりするでしょ? 俺ってああいうのに見事に引っ掛かるんだよ」
『牛丼ちゃん:あるよねー、普通コレでしょってのが間違いだったりとか』
ギャルゲー名物の罠選択肢、女の子にプレゼントをあげる選択肢で『A 花束』『B 戦艦のプラモデル』とかの選択肢があり、花束を選ぶと『戦艦のプラモデルが欲しかったな』とか、何の前情報もなく言われたりするやつだ。
それだと極端だが、細かい罠が置かれていてハッピーエンドになるのは難しいゲームも多い。
Vtuberでもギャルゲーをやる人は多く、視聴者のニーズに合わせて女性Vtuberは男性向けギャルゲー、男性Vtuberは女性向けの乙女ゲームをやったりする事がある。
三ツ橋エリスも竜胆れもんも配信でギャルゲーをやった事があり、その時も大いに盛り上がったそうだ。2人ともそういうゲームに嫌悪感はないし、ストーリーも良かったという。
他にもたまにコメントに受け答えしつつ配信していくと、今やってるゲームに関連した話題が出た。
『牛丼ちゃん:そういえばさ、ドラキュラってどんなのなの? どこかの王様なんだよね?』
「お、ドラキュラに興味ある? じゃあ少し語っちゃうか」
『柑橘系:自分もちょっと気になります、休憩ついでに聞かせてほしいっす』
「まずドラキュラことバンパイアの元ネタは現在のルーマニアっていう国にあったワラキアって国の王様だった、ヴラド3世が起源と言われててな」
この王様が串刺し公と呼ばれてる有名な話は2人も知っており、凄い数の敵国兵士や自国民を農民から貴族まで処刑した恐ろしい人物だと文献が残ってる。
このヴラド3世がドラキュラの起源とされており、市乃はドラキュラの話が続くのかと思ってたら、やはり灰川の話は脱線してしまった。
「そういや最近にルーマニアの公共機関とイタリアの大学とかの共同研究で、ヴラド3世の手紙からヘモラクリアって病気を患ってた可能性が高いって結果が出たんだってよ」
『柑橘系:それってなんですか?』
『牛丼ちゃん:なにそれ?』
「目から血の涙が流れる病気でさ、手紙に付着してたヴラド3世の体組織からヘモラクリアの発症を示す物質が見つかったんだってさ」
『牛丼ちゃん:そんな病気あるの!?』
ヘモラクリアは非常に珍しい病気で目から血の涙が流れる病気だ。原因は不明で症状は血涙の流出、放っておけば視覚的な障害の発生や緑内障などの危険があり、根本治療は確立されてないが特殊な目薬などで対処が出来るという。
ヴラド3世はヘモラクリアを発症してた可能性が高いらしく、どの程度の症状だったかは分からないが、もし重度の血涙で真っ赤な涙だったなら自身や側近が感じた怖さは相当な物だろう。
最近ではヴラド3世が流した血の涙がドラキュラ伝説の起源になったのではとか、彼の血の涙は殺してきた人たちの呪いだとか、界隈は新たな発見にちょっとした騒ぎになっている。
「相当な人数を処刑した王様だし、ドラキュラの起源の王様が血の涙を流す病気だったなんて出来過ぎな感じがあるけどよ、世の中って不思議なもんだよな」
ヴラド3世は故国であるルーマニアでは国を敵国から守った国民的英雄であり、非常に高い名声を得てる王だ。今もドラキュラ伝説以外にも様々な研究がされており、ドラキュラ伝説も相まって彼の名は今も世界中で語り継がれてる。
ワラキア公国王のヴラド3世、今でも彼の伝説は映画にアニメに小説に、更には現実においてすら話題に上がる。世界の有名な王様ランキングなんてものがあったら、良い意味でも悪い意味でも上位に食い込むだろう。
『牛丼ちゃん:ドラキュラのことあんまり聞けなかったけど面白かったよー』
『柑橘系:血の涙が出る病気っすか、治す方法が早く見つかると良いっすね』
「もし血の涙が出たら問答無用で救急車を呼ぶんだぞ、もし出たらヘモラクリアじゃない他の外傷とか疾患の可能性の方が高いからな」
話は逸れてしまったが、もしドラキュラの事を詳細に語ったら時間がいくらあっても足りない。現実の吸血鬼伝説、フィクションの世界のドラキュラ、近代作品におけるヴァンパイアの書かれ方や、もちろん灰川が知らない事も多くある。
そんな感じで配信は進んで行き、市乃と来苑も作業や学校や会社への提出物を片付けながら配信を聞いたり見たりして終わったのだった。
「さーてと、寝るかぁ」
パソコンを消してパジャマに着替え、明日は仕事なので寝ようと準備する。今日はOBTテレビの仕事があったから翌日の木曜で、明日の金曜に仕事に行ったら休みだから気が楽だ。
そのまま電気を消して寝ようかと思ったらスマホに着信が来た。
『灰川さーん、明日の4時くらいから時間あるかなっ?』
「どうしたんだ市乃? Vtuberで何かあったん?」
『違うよー、それと灰川さんって高校時代にモテたかなー?』
「おいおい、なんだよその質問、モテねぇよ。そもそも田舎の男子校だぞ」
『じゃあ放課後にデートとかしなかったんだよねー、制服で放課後デートとかしてみたかったでしょ? あははっ』
「モテねぇ男をバカにしやがって、こんなこと俺以外には言うんじゃないぞ? てか市乃だってした事ないだろ」
なんだか意味が分からない質問だが、灰川は市乃が誰かと付き合った経験が無いのは知っており、まだ人の事を言える身分じゃないのを知ってる。
だがちょっと図星でもあり、灰川は高校時代に彼女が欲しいな~と人並の感情は持った事があったのを思い出した。
しかし灰川はモテるタイプの男性ではなく、田舎の男子高校に行ってたので同級生でも高校時代に彼女が居た者は超少数派だった。
高校時代の放課後の思い出といえば友達と何回かバスで1時間かかる街に行って遊んだ事や、実家の最寄りのバス停で馬のヒホーデンが迎えに来てくれて背中に乗せてもらって帰った事くらいだ。
ヒホーデンには送ってもらった礼に灰川家で取れたニンジンをあげて、美味しそうに食べてたのも覚えてる。ちょっと変わった青春の一幕だ。
『そんな灰川さんに朗報だよー、市乃ちゃんから放課後制服デートのお誘いでーす。あははっ』
「俺は制服って年じゃねぇっての、どっか行きたい所でもあるのか?」
『そうなんだよね、灰川さん付き合ってくれたらウレシイかもっ』
イタズラっぽい声だから灰川だって本気にはしない、でもそんな誘いをしてくれるという事は仲が良いと思ってくれてる証拠でもあり嬉しくもある。
軽い感じで市乃は話してるが、実はデートという単語を喋る時に前より胸の高鳴りが増えて、少し顔が熱くなるような感じがしてた。
『実はそうなんだ、ちょっと銀座のデパートで買いたい物があってさ、一緒に来て欲しいなーなんて』
「おう、良いぞ。銀座のデパートか、ああいう場所って高校生とかは友達とでも入り辛いだろうしな」
デパートというのはショッピングモールとかと違って高級感があり、かなり大人な空間という雰囲気がある。そのため高校生くらいだと一人で入るのはちょっと気後れするし、そもそも用が無いから行く事が無い。
だが市乃は高校1年生ながら月に200万から300万以上も稼ぐ身であり、金銭的には充分に入る資格はある。それでも気持ちは別の問題だ。
しかし月に200万以上を稼ぐとは言っても活動費とか製作費、マンションの家賃もあるから額面よりは収入は落ちる。それでもデパートに入っても充分に買い物が楽しめる稼ぎではあるだろう。
『じゃあ明日の放課後に、渋谷の灰川コンサルティング事務所で待ち合わせだよっ』
「おっ、なんだかそれっぽい言い回しだな」
『楽しみにしてるよー、明日はよろしくね灰川さん』
明日の午後4時頃までには仕事は片付くし、会社には市乃から灰川に買い物の付き添いをしてもらう旨の連絡はしといてくれるそうだ。
「放課後デートかぁ、この年になってそんな単語を聞くとは思わんかったっての」
市乃からのデートのお誘いだが、前にもこんな事があったなと思い返す。そもそも市乃から何処かに誘われるのは何度かあったし、頼ってもらえるのは有難い事だ。
こういうことも仕事の一環だし、明日はせいぜい荷物持ちを頑張ってやろうとか思ってたら、またスマホに着信が入る。
「はいもしもし、どうしたんだ来苑?」
『配信お疲れ様っす灰川さん、実はちょっと明日にお願いがあるんですけどぉ』
「明日? 要件によるけど、どうしたの?」
既に市乃の買い物に付き添う予定はあるが、事務的な仕事だったら頼まれれば出来るし、企業案件やテレビ番組の灰川を通さないと言えない何らかの要望とかだったら優先的にやらなければならないだろう。
『あ、あのっ、実は自分っ…! 明日にテレビ局とかに着ていける服を買おうって思っててっ、灰川さんが良かったら、そのぉ…』
なんと放課後に服を買うのを手伝って欲しいとの事で、買い物の要望がブッキングしてしまった。
先日に来苑が着ていった服は落ち着いた感じのウーマンスーツで、普段から着るのは少し気が引ける服装だった。
来苑は先日に灰川に7人ミサキから助けられ先祖も安らかにさせてくれて、以前に酷く落ち込んでた時期に灰川配信で元気づけられた経験が現在のVtuber活動に繋がってる事もあり、今は結構というかかなり強く灰川を意識してしまってる。
そんな様子を空羽と小路も感づいており、灰川を意識しちゃってる同盟から『遠慮はいらないから、一緒に灰川さんを年下の子好きにさせちゃおう』と言われてしまった。
その時の来苑の顔は真っ赤で「う…うん…っ」と返事をしたとき、声が普段のボーイッシュな印象の彼女の配信では聞けないほど恥ずかしそうに震えてたのだ。
『そ、そのっ…! 別に変なお誘いじゃないっすからねっ…! 服が変じゃないか見て欲しいだけっすからっ…!』
「なら大丈夫そうだな、市乃から明日はデパートの買い物に付き添って欲しいって言われてたからよ、一緒に来るか? それなら行けるんだけどよ」
『えっ?そうなんですかっ? あ、はい…大丈夫っす、市乃ちゃんも一緒に行くんですね』
「おう、じゃあ市乃は4時くらいに事務所に来るから、その辺りに来れる?」
『4時ですか、なら学校から直行するっすねっ』
こうして来苑との電話も終わり、市乃にも来苑も一緒に買い物に行っても良いか聞いて了承してくれて、その日は終わりとなった。
市乃も来苑と一緒に行っても良いか電話をした時、もちろんOKだよー、といつもの調子で了承してくれた。むしろ市乃としては胸の内にあった「デート」という言葉に対する謎の緊張感が薄らいで良かったと感じたまである。
最近は物騒な世の中だし、放課後の買い物となると帰りが暗くなってる時間の可能性が高いから、成年の付き添いは必要だろう。補導でもされたらコトだ。
「明日は4時までには仕事は終わってるだろうし、まあ荷物持ち頑張るとしよう。寝るかぁ」
予定も決まって銀座へのアクセスやデパートも調べておき、準備は一応は整った。
明日は放課後デートならぬ放課後デパートだ、普段はそんな高級感のある場所には行かないが、以前にデパートの清掃員をしてた事もあるから完全に知識が無い訳でもない。
デパートとは百貨店であり、衣服、装飾品、化粧品、香水、食品、様々な物が揃っており、大体は高級品の店だ。量販店で販売されてる物とは0の数が1つか2つ、物によっては3つ違うなんて事もある場所なのだ。
灰川としては自分が何かをデパートで買うような事は無いが、そんな所で買い物が出来るアイツらは羨ましいなぁ~、なんて思ったりもする。




