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配信に誰も来ないんだが?  作者: 常夏野 雨内


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174/333

174話 準備と突入

今回は後半からホラー色が強くなります。

苦手な人はご注意下さい。


 竜胆れもんの騒動があった翌々日の午後、仕事をした後で18時くらいに普段より大きいカバンを持ってお台場へ来た。


 日中はテレビ局スタッフが忙しく働いてるし、サイトウも忙しいからこの時間になったのだ。


 西B区画に入るのは灰川とサイトウの2人で、他には特に誰かが来るという事もない。来苑も今日は来ておらず、普段通りに配信か何かの活動をしてるのだろう。


 灰川はOBTテレビ局内の打ち合わせ室で策などについてサイトウと話した後、準備しながら会話をしていた。


「そういえばサイトウさんってパソコンに詳しいんですか? あとVtuberにも」


「はい、パソコンは機械工学や通信工学、プログラミングについて海外の大学や機関で学びましたので」


「ええっ? でもテレビ局に入社したんじゃ」


「大学とかは通信教育授業ですよ、通ってた訳じゃなくて学んだというだけですから。大学以外にも工学系教育機関はありますし、独学でも色々とやってましたから」


 サイトウはいわゆるギフテッドという特質頭脳体質で、工学分野では凄まじい頭脳を発揮するらしく、灰川がもらったパソコンもその頭脳を元に作ったそうだ。


 しかし工学分野以外では人並か、少し上くらいのパフォーマンスしか発揮できないらしい。


「じゃあ工学系に進もうとは思わなかったんですか? 俺だったら考えちゃうと思うんですけど」


「私が特殊な頭だと分かったのは成人してからでしたし、テレビ局に入った時は就職難が酷い時代でしたからね、大学に行く金もありませんでしたし」


 才能がいつ判明するかなんて分からないし、才能を活かせる環境かどうかも運次第だろう。サイトウはそれらに恵まれず、工学の才能が判明した後は独学で知識を深めて行ったのだそうだ。


 それにテレビ局の仕事が嫌だった訳でもないし、優れた発明やプログラムを編み出しても、工学系の学歴が無いから有識者に相手にしてもらえない。


 何より彼の作り出した物は優秀は優秀なのだが、どう足掻いても量産不可能だったり、重大な欠点があったりなどして工学的にはともかく、工業的に考えるとちょっと…という部分がある。


 灰川がもらったパソコンも電力消費がバカ高く、もし専業Vtuberなんかが使ったら恐ろしい電気代になってしまう。しかも量産できないから壊れたらお終いだ。


 才能は活かす場や欠点を補ってくれる何かが無ければ無意味になってしまう事があり、サイトウは正にその類の人間である。


 しかも国家超常対処局にも入ってしまった上に既婚者で家庭もあるそうで、そっち方面には行けなくなってしまったという事情もあると言う。それでも本人が今の生活に満足してるのだから、他人がとやかく言う事じゃない。


「結婚されてたんですね、秘密機関の人だからそういうの禁止とかなんだと思ってましたよ。タナカさんはしてないって言ってましたし」


「タナカさんは結婚されてないんですが、前に灰川さんと飲んだ後にキャバクラに行ったって言ってましたよ」


「え?そうなんですか?俺も誘って欲しかった! 国家超常対処局の金で女の子と楽しく飲みたかったぁ~!」


「でもタナカさん、キャバクラと間違えて隣の酸素カフェに入っちゃって、大変な目に遭ったって言ってましたね」


「酸素カフェ!? なんかそんなのあったなぁ、行かなくて良かったかも!」


 タナカは慣れない渋谷で変な店に入ってしまったらしい、酔うと注意散漫にでもなるんだろうか?


「それよりもVtuberですよ! 最近はもう息子も私もハマってますよ!妻も面白いって言ってますし!」


「えっ、そうなんですか?」


 いきなり声のトーンが上がって少し驚くが、どうやら本当にVtuberというコンテンツを楽しんでるらしく、熱く語り始めた。


「自由鷹ナツハさんの間の取り方の良さ、竜胆れもんさんの笑えて元気がもらえるキャラクター、染谷川小路さんの不思議と落ち着く配信、全部凄いと思いますよ」


 サイトウは今まで様々な芸や歌やダンスの才能を見てきたが、それらに属さない『配信』という才能を見て驚愕したのだと語る。

 

 そこにはテレビには必要不可欠な制限が薄く、誰でも参入して自由にやれる世界。そんな混沌とした場所で目立てるならば、それは凄い才能だと思っており、実際に見て楽しめてる。


「ナツハとれもんには会いましたよね? その時は何とも思わなかったんですか?」


 最初にナツハに会った時には何とも思って無いような素振りで、まるで興味無しみたいに見えた。


「仕事とそれとは別ですよ、プロデューサーの時は誰であれ厳しく見るよう心掛けてます」


 テレビに出るに(あた)わない人を出してしまったら、最も被害を受けるのはテレビ局でもなければ撮影スタッフでもなく、出演した本人だとサイトウは言った。


 大きなメディアに出るデメリット、下手をすれば取り返しが付かないほど心が傷つき、出演者の人生が壊れてしまう可能性すらある。それを防ぐためにも見極めが大事だと語る。


 過去にもトントン拍子に成功してテレビに出るようになったが、調子に乗って番組脚本を無視して勝手に動き、ディレクターや共演者から嫌われて業界を去った人なども見たそうだ。


 そういう場面を見た時は心苦しくなるし、強く注意しても改善が見られない場合は静かに自分の仕事から外す。そうさせないためにプロデューサーの時は見極めを大事にするし、ファンであろうが目は(ゆる)めない。


「じゃあプロデューサーとして、ナツハやれもんはどう見えましたか…?」


 恐る恐る聞く、聞いてはいけない事なのかも知れないが、聞かずには居られなかった。


「失格ですね、配信者としては素晴らしいと思いますが、こっちの世界では学ぶべき事が多い状態です」


「!!」 


 配信とテレビ番組は違い、このままでは新番組は失敗すると言われる。ここはもう重要な話を聞き出すために時間を使う事にして、お祓いの準備を止めてでも聞き出す事にする。


「安心して下さい、包み隠さず説明しますから。それに失格というのも現時点でという話ですからね」


「そ、そうですか、ありがとうございます」


「まずテレビ番組で大事なのは構成なんです。プロデューサー、担当ディレクター、放送作家、チーフADなどが案を出し合って、様々な水面下の動きがあって色々と決められます」


 どんな番組か、予算は、放送時間は、スタッフは、出演者は、番組のテーマは?そんな物をどんどん詰めて行って決まっていくらしい。


 ディレクターやプロデューサーが放送作家を務める場合もあるそうだが、今回は出演者がテレビ出演は素人に近い者達だからプロを使う。それぞれのキャラクター性があるから、そこを壊さないよう凄腕の放送作家を取れたそうだ。


 基本的にプロデューサーが様々な意見を取り込んで決めてくらしいが、そこには物凄い苦労と配慮の数々が必要で、簡単な話ではないらしい。


「配信とテレビ番組の違いは多すぎるんですよ、テレビでは一人が延々としゃべる事はまずありませんし、逆に配信だとコラボでもない限りは一人で喋らなければいけません」


 構成も話し方も話題もテレビと配信では全く違い、制限の多さも違うから配信で学んだ事はテレビ出演では生かしにくいのだそうだ。


 配信だと言葉や話題に詰まったら、いきなり「うおおおー!」とか叫んで無理に盛り上げることも出来なくはないが、テレビでそんな事したらヤバイ奴になってしまう。


 逆にテレビに慣れた人がいきなり配信をしても、空気感や雰囲気が掴めなかったり、決まった道筋が無い状態だと上手く喋れなかったりして(つまづ)く事がある。


「人を楽しませたり感動させたりという目的はテレビも配信も同じですが、他のエンタメと同じように中身は全く違うという事です」


「なるほど…確かに言われてみれば、似てる部分の方が少ない気がしてきますね」 


「だから最初は演者さんや会社と相談しつつ、放送作家にガチガチに構成を組んでもらって誰でも一定に楽しめる形にして、そこからレギュラーの皆さんにテレビの空気という物を知って欲しいんです」


 もし仮に素人にテレビ番組で『テレビについて自由に語れ』なんて番組を本当にしたら、他局の番組を勝手に引き合いに出して大問題になるなんて事もありうる。


 一人でベラベラ喋る訳にもいかないが、どのくらい喋れば良いのか素人には分からない。最初の内は戸惑う事が多いだろうしカットされる部分が多くて驚くはずだと言われた。 


「ですが安心して下さい、自由鷹ナツハさんも竜胆れもんさんも何回かやれば理解されると思います。そういう雰囲気や才能を感じましたから」


「よろしくお願いしますサイトウさん、今後も頼りにさせてもらいますので」


「それとシャイニングゲートさんは事務所として株式市場に上場してますよね? 最も下の上場規模ですが、これは企業としての信頼性を担保されてるという事なんです。時価総額も安定気味ですしね」


 株式上場とは企業の継続性や健全性、グループ実態の開示性が担保されてると捉える事が出来る。株式上場の規模は幾つかあり、シャイニングゲートは上場規模としては最低クラスだが、それでもとても凄い事なのだ。


 継続性は安定的に利益を上げられるかの評価、健全性は不正な取引や役員の親族起用などにより監査の有効性が妨げられてないかなど、その他の様々な点で高い評価を経済機関から受けたという証明になる。


 つまり不正があった場合は大問題になり、普通に全国ニュースレベルの事態になる責任を負うという事でもある。これは外部機関から企業に対して『安全』のお墨付きを得たようなものだ。もちろん悪どい上場企業もあって、不正スレスレかアウトな事を裏でやってる会社もある。


 信頼性が高い、一定以上の評価がある、企業として迂闊な真似は出来ない、これらは大事な信用要素であり、この信頼を裏切った場合はタダでは済まず、超大打撃を受けるという事なのだ。


 だからこそ会社としての本気度が違う、会社の勢いも後ろ盾も強い、関係する企業顧問の後ろ盾は最強レベル、これだけあれば十分にメディアに出る条件は揃ってるそうだ。演者だけの信用では足らない、会社の信用も大事、簡単な条件ではない。


 テレビに出て番組まで持てるというのは会社としても信頼された証であり、信頼が無ければ金があろうが後ろ盾が強かろうが絶対に無理だそうだ。むしろ後ろ盾からストップが掛かるだろう。


「Vtuberの新しい活躍の場としてテレビに進出と言っておりましたが、テレビ業界もそろそろ新たなムーブメントを欲してますから、個人的には皆さんに強く期待させてもらってるんですよ」


 サイトウは工学の才能を専門の場所では活かせなかったが、テレビプロデューサーとしても1流の存在になれた人だ。業界での評判も良く、芸能事務所からの信頼も厚い。


 上下関係やスキャンダル問題が厳しい世界だが、そんな業界で上手く立ち回れる人だという事だ。


「それに国家超常対処局としては、灰川さんの力を借りたくなる時が必ずありますから、皆さんの芸能界での面倒は私に任せて下さい」


「分かりました、何か困ったらすぐに相談させてもらいますね」


 持ちつ持たれつの関係であり、灰川としても頼りにさせてもらう所存だ。今までもパソコンをもらったりしたが、これからは業務的な実益でやり取りという形になると暗に言われたのだ。


 配信界隈は既に飽和状態になってきており、界隈やそれらを取り巻く環境も悪くなって来てる。そこから一歩踏み出して先んじる強みは大きい。


「それと2社の演者さんに無理やりに近づいたり、手を出すような輩が居たら、私かタナカさんが動きますよ」


「え?」


「安心して下さい、私もタナカさんも騒ぎや脅しの証拠なんて残すマネはしませんから」


「………」


 タナカが過去に傭兵やダーク霊能者をやってたように、サイトウも何かしらの特殊な訓練を受けてるらしく、多少はバイオレンスな状況にも対応できるそうだ。


 尖った事をすれば良いと思ってる奴や、質の悪い不良みたいな輩も中には居るらしく、そういう連中は何を言っても無駄だと教えられた。


 そんな局面が来なければ良いのだが、心強い事に変わりはない。もちろんそんな事にならないよう気を付けるつもりである。


 番組制作のアレコレはサイトウがしっかりと面倒を見ると約束し、皆のサポートの約束も取り付けた所で西B区画に向かう事になった。




「ここが入り口ですか…」


「はい、中は電気は通ってませんが、防災装置の灯りなんかは点いてますので」


 その場所は今まで見てきたOBTテレビの局内とは異質な感じがあり、普段から人気(ひとけ)のなさそうな1階の通路の奥に扉があった。


 防火扉のような金属製の頑丈な扉で施錠もされており、見た目だけだと単に閉じられた扉という風にしか見えない。


 しかし回りの空気が重い…廊下には照明がしっかり点いてるのに薄暗く感じる。エアコンが効いてて涼しい程度なのに寒気がするような感覚がする。これは心霊スポットによくある空気感で、それが非常に濃いのだ。


 まだ中にも入ってないのにこの雰囲気、内部は霊的に非常に危険だと嫌でも分かってしまう。


「扉の向こうには封印のお(ふだ)がいっぱいですね、でも弱まってるな…」


「はい、昔にテレビにもよく出てた霊能者の方がやってくれてたんですが、その人は亡くなってしまって」


 過去には心霊番組で西B区画を特集したらどうかという話もあったそうだが、その霊能者や他の霊能者とサイトウが断固として反対して事なきを得たそうだ。


 OBTテレビは何人かの霊能力者と繋がりがあって心霊番組なんかに出演してもらっており、その中には霊能力が非常に薄い、いわゆるニセモノも居るそうなのだ。


 しかしそんなニセモノですら西B区画の撮影は本気で反対したらしく、それだけでもヤバい場所だと伺えるようなエピソードである。


「じゃあ入りましょうか、私も数年ぶりですよ…」


「服装も荷物も確認しましたし、ライトの数もバッテリーも充分です。抜かりはないですよ」


 心霊現象が多発する場所では電子機器に異常が発生する確率が高く、それを見越してライトもバッテリーも何個も用意してもらったのだが、どうやらその必要はなかったらしい。


 国家超常対処局では現場での電子機器の故障は少なく、その理由はサイトウが工学の知識を活かして霊現象に強い機材を開発してるからだ。彼の才能は変わった形で活かされてる。


「じゃあ開けますよ、廃墟ほどでは無いですが中は埃っぽいので気を付けて下さいね」


 サイトウが鍵を開けて中に入ると、目の前には階段があった。西B区画は地下だから普通の事なのだろう。


 2人が踏み入って非常灯しか点いてない暗い階段を降り、そこから短い通路を進むと西B区画に本格的に入る事が出来た。


 内部は今風よりは古い印象を受ける造りで、やや狭い通路の各所に様々な部屋がある造りだ。


 過去には副調整室や機材置き場、予備電源室や電子機器室など色んな所があったようで、今では使わない物が押し込まれて封印されてる。


 もちろんスタジオや楽屋、スタッフの休憩室なんかもあり、かつては多くの有力スタッフや有名芸能人が出入りしていた場所だそうだ。


「思ってたより広そうですね、重い念がいっぱいだ…」 


「スタジオとして使われてた場所ですからね、地下1階はラジオスタジオと放送設備室の悪念が特に多いです」


 地下2階はテレビスタジオが2つあり、地下3階には大型スタジオがある。どちらも過去は有名人で賑わってたのだろうが、今は封鎖されて薄暗い非常灯が点いてるだけになってしまってる。


 時代の流れなのだから仕方ないが、なんだか寂しく思える光景だ。かつては多くの芸能人がここに呼ばれることを目指したが、今は忘れ去られてしまった。そんな0番スタジオに少しの物悲しさを覚えてしまう。 


 そんな事を考えていたら、西B区画の入り口付近にある何かの部屋の出入り口から誰かが出て来た。その部屋は男子トイレの札が掛かっている。 


「あの、すいません。西B1番スタジオって地下2階ですよね?」


 真っ暗なトイレから普通に若い男が出て来て、封鎖されてるはずの場所で普通に話しかけられる。灰川もサイトウも驚くが、あまりに普通に出て来て話し掛けてきたため、それが何なのか判断が付かなかった。


「え、はい、でもここ…封鎖されてるんですが…」


「あ~、このままじゃ、жΔ§Ξの収録に間に合わなくなっちまう!」


 そう言って男は急ぎ足で目の前にある下り階段を降りて行った。


「い…今のってスタッフさんですか…? いや…幽霊…か? でも完全にハッキリと…」


「そんな…今のが幽霊…? いや、スタッフ…? あんなスタッフは見たことが…」


 あまりにハッキリ見えて霊かどうかを見れず、今でも判断が付かない。


「あの、すいません。西B1番スタジオって地下2階ですよね?」


 「「!!?」」


 男が下って行った階段の逆方向、男子トイレの方を見ると先程の若い男が居て同じ事を聞いてきた。


「あ~、このままじゃ、おΔ§Ξの収録に間に合わなくなっちまう!」


 灰川たちは何も言ってないのに場所を聞いたかのように男は階段を下って行った。


「すぐ離れましょう灰川さん…あれは幽霊ですが、この場所の影響で霊と認識できないくらい存在が強くなってます…!」


「はいっ、ちょっと想像以上ですね…! 一人だったら流石に怖かったっすよ…っ」


 霊能力が人よりも強い2人は、この場所の濁りに当てられて念が強くなった霊を、今までに無いくらいハッキリと見てしまった。今でも霊なのか自信が持てない、それくらいにハッキリ見えた。


 冷静に考えてこんな暗い場所に人が居る訳が無い、ましてや同じ人物が同じトイレから出て来るはずが無い。そして何より……。


「さっきの人が誰なのか思い出しました…ポップ歌手の管巻峻一です…」 


「ポップ歌手? 俺は分かんないですね…」


「流行ったのは20年以上前ですからね、1曲しか流行らなかったし、灰川さんが知らなくても無理はないです」 


 ポップ歌手の管巻峻一、彼は苦労して書き上げた曲が大ヒットして西B区画のスタジオに呼ばれて歌番組に出演した。


 CDは売れてオリコンチャートは超有名バンドの次点の2位、一躍有名となる。


 しかしその後はヒット曲を出せず、いつしか忘れ去られ、テレビから姿を消した。


 その数年後に心不全で亡くなったという曖昧(あいまい)な報道が出て世間は騒ぎになったが、それ以来は彼の名を目にする機会はほとんどなくなったそうだ。


「やっぱり幽霊なんですか…そりゃそうか」


「さっき管巻峻一が言ってた言葉、~~~の収録に間に合わなくなると聞こえたと思いますが、何の収録と言ったか聞こえましたか…?」


「え、いや、よく分かんなかったです」


 その部分だけ動画を早送りしたようなくぐもった声に聞こえ、灰川は何を言ってるのか聞こえなかったがサイトウは聞こえていた。


「ヲレノジサツの収録と言ってました…そんな番組名があるはずありません…」


「っ…!」


 廊下を歩きつつ後ろを振り返ると、そこにはさっきの男がトイレの入り口の暗がりから顔だけを出してこちらを見てた。


 深い恨みの籠ったその眼差しは、1曲しかまともに聴かなかった視聴者に対する恨みなのか、流行る歌を1曲しか作れなかった自分に対する恨みなのかは分からない。


 そこにあるのは剥き出しの怨念、何かを強く(うら)む精神の残滓、最も怖い人間の感情そのものだ。それを恐れる心に霊能者も普通人も関係はない。


「お(ふだ)を貼りつつ進みましょう、私もここまで酷くなってるとは予想外でした」


「そうしましょう、ライトも強くした方が良いですね、サイトウさん手製の浄霊設置ライトも使いましょう」


 ここはかつて大きな夢を抱いた者が目標とした夢の場所、努力し、苦難に耐え、スターに手が届く場所まで行き……多くの者が星を掴み損ねて散った場所。


 この場所にはそんな人達の強い念が向けられ、今は地獄としか形容できない空間になってしまってる。

 

 この場所を目指した人たちの中には不幸な最後を迎えた人も居て、彼らは死後も無意識のようにこの場所を目指したのだ。それが地獄顕現型空間と呼べる霊的な濁りにより、憧れや栄光を身に浴びた時代の記憶や感情も歪められてしまった。


  

 目指した場所はありますか? どうしても辿り着きたかった境地はありますか?


 その場所に辿り着けましたか? その場所に辿り着いた後に幸せはありましたか?


 天国を目指していたはずなのに、辿り着いた先は地獄だった。目的地を夢中で目指しているときには気付かないものなのです。 


 この場所はそんな道を歩んでしまった人達の念が集まってます。


 夢中で夢に向かって進む楽しさ、栄光を浴びる喜び、成功者として注目される誇らしさ……それを失う怖さを味わう覚悟はありますか?


 ここは地獄顕現型空間となったOBTテレビ西B区画、かつて夢を追い、望む形になれなかった者達の感情が集まる忘れられた空間。


 今日の出演者は霊能力者の灰川誠二さん、そして同じく霊能力者のサイトウさんです。


 準備はよろしいでしょうか、それでは0番スタジオ……放送開始です。

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