169話 業界の疲れとオカルト情報交換
タナカと近況などを話しながら談笑する、灰川は事務仕事を覚えながら心霊系の依頼なんかをするのは大変だとか話し、タナカは単独で任務に当たる回数が多くなり過ぎて疲れるとか話して笑いあう。
そんな中で灰川は先程というか、最近はずっと気になってる事を話してみる事にした。
「最近ってなんだかネット界隈が複雑になり過ぎて、気が抜けないっていうか、信用できないみたいな事が多くなり過ぎてるみたいで…」
「そうなのか、そっちの世界も大変なんだな。信用と気の置き所か、金や命が絡むと難しい話だよな」
さっき花田社長と話したことが灰川の心の中に残っており、今も重さを残して存在してる。
コラボ配信がどうとか、社外の業界人の信用がどうとかの話じゃなく、界隈の全体的な空気感の重さや濁りを感じる環境になってる感じがするという気持ちを打ち明けた。
「誠治、俺が思うに配信界隈ってよ、業界疲れを起こしてないか?」
「え……?」
「視聴者数だとか収益だとかはともかく、嘘だ真実だ騙し合いだ、誰が信用出来て誰が信用できないとか、余計な部分を気にする事が多くなって全体的な疲れが出てる気がするぞ」
「そう、ですかね…?」
「実は最近、誠治のこともあったから配信ってのが気になってVtuberとかも見てみたんだが、そんな印象を持ったんだよ」
配信などに興味が無かったタナカが最近に見始めたり調べたりして業界全体に感じたのは、戦う事に疲れた軍隊から感じられる印象と同種の物だったそうだ。
戦いに勝たなきゃいけないという焦りや、仲間や後ろに居る者たちを守らなければいけない使命感、ゲリラや諜報員に気を張らなければならない緊迫感、そういった事柄に個人ではなく全体が疲れてしまう現象だと語る。
「その雰囲気に飲まれると当事者の兵士たちは、自分たちが疲れてるんだという事に気付けないものなんだよ。それになりかけてる気がするぞ」
「………」
「当初の目的を見失う原因にもなったりする現象でな、厄介なもんなんだよ」
配信やVtuber界隈は激しい競争の世界だと灰川は感じてる。どうやって視聴者を増やすか、どうやって話題に上るか、そういった事を個人も企業も問わずに日夜考え詰めだ。
最初は視聴者を楽しませるのが目的だったのに、いつの間にか『何でも良いから視聴者数を稼ぐ』事が目的になってしまった人も居るはずだと思う。
その雰囲気が配信やSNSを通して視聴者たちにも無意識的に伝わり、小さなストレスが界隈全体に積み重なってる状況なのではないかとタナカは分析したそうだ。
灰川にも思い当たる節があり、シャイニングゲートは芸能界進出を決めてからファンから賛否両論の意見が舞い込み、ハッピーリレーは思うように伸ばせない現状に苦戦してる。
ライクスペースだって最近は評判が低下してるし、業界3位の『サワヤカ男子』は所属者が異性関係での揉め事が続いてる。業界4位の『ぶりっつ・ばすたー』は問題は起こってないが話題にも上がれてない。
「俺は配信業界のことは詳しく分からんが、長引く消耗戦で多数陣営的集団疲労を起こした連中がどうなるかは知ってるぞ」
「どうなるんです…?」
「疲れに付け込まれて一方が敗北、もしくはストレスに耐えかねて脱走者や違反者が続出して両軍とも集団としての機能を失う、後は勝利者の居ない決着が待ってるとかだな」
「………」
「もちろんこれは多くの場合は2陣営が競り合う軍事活動の話だぞ、多くの勢力が競り合う商売活動の世界じゃ話が違うだろうさ」
タナカが言うには疲労を繰り返した者達が争えば共倒れになり、例え勝ったとしても戦闘継続や軍隊の維持が不可能な状況に陥るとの事だ。
これを仮に一般の社会に置き換えれば、A社とB社が争ってA社が勝ったが、A社は資金を使い過ぎた上に人財も流出して経営が困難になるみたいな形だろう。他にも似たような状況は配信企業を含めて幾らでも想像できる。
「それを防ぐにはどうしたら良いんですか?」
「そうだな、戦術・戦略の見直しとか撤退とか色々あるが、これを防ぐために軍隊も国も昔からやってる事があるぞ。それは敵味方に関わらず話し合いの場を作って、残しておくことだ」
「話し合いですか…」
「それと互いに決め事をして、それを守る事だな。もちろんそれを守らせるためのメリット・デメリット構造も必要になる、これを条約とか協定と呼ぶんだ」
条約というのは憲法を越えて順守される国家間の決まり事であり、非常に重みのある取り決めである。国際法では一方的に破棄する事も合法ではあるが、実行した場合は非難や国家間の関係悪化は避けられない。
協定というのも似たようなもので、こちらは条約と比べると技術的だったり局所的な意味合いが少しだけ強くなる。
現場従事者や関係者の疑心暗鬼、不安感からの行動制限などを薄めるにも有効に活用されて来た歴史があり、太古から人々の垣根を超えて新たな知識や考えを吸収する方法として用いられて来た。
「会社間でのちゃんとした話し合いですか…確かにそうかもしれませんね」
「話半分に聞いとけよ、感化されて何かあっても責任なんて取れんからな。合同パーティーとか企業間会議とか、色んな所がやってるぞ」
企業間での協定とかもあるが、とにかく話し合わなければ協定も何も無い。
今は業界全体が風通しが良くなるか悪くなるかという過渡期で、関わる人達が『この先も関わりたい、身を置きたい、視聴し続けたい』と思える世界になるかどうかの分かれ道の時期に来てるのではないかと灰川は感じた。
この前のVフェスも企業間でのやり取りは企画段階を通して少なかったという声があり、様々な要因から閉鎖的な環境が出来上がりつつある。
花田社長や渡辺社長、その周囲の人達、もちろん所属配信者たちも現状をどう感じてるのか、大きな動きがある今だからこそ見つめ直す意味があるかも知れない。
コラボするしないとかではなく、コラボが出来るくらいの信頼関係を作って保てる環境が必要なのだと、タナカの言葉から気付かされた。
「何でもそうなんだが、それぞれが勝手に力を振るって戦い合ってもロクな結果にならんぞ、そういうのを何て言うか知ってるか?」
「六道思想で言う修羅道っすね…争いが絶えない怒りと憎しみの世界っす」
「歴史を見れば修羅道に落ちて滅んだ人間も集団も多くあるからな、そうならないよう軍隊…いや、業界の不満や不信感による疲れを取るのも手だって話だ」
戦ってる者は大体が視野が狭くなる、灰川も怪人Nとの対決の時にそうなった。視野が狭くなってる者は自分が視野狭窄に陥ってるとは気付かないもので、その現象が業界全体で発生してる恐れもある。
業界に関わるようになってから、そして最近は濃くなっていた違和感の正体に気付けた気がした。少なくともシャイニングゲートとハッピーリレーは、会社間では仲が良いのにコラボが出来ない辺り閉鎖的風潮に片足を突っ込んでる気がする。
元々は配信とは個人が趣味で収益とか関係無しにやってたものが、多額の利益を上げるという事に注目されて個人や企業の参入が相次いで急成長した業界だ。信頼関係の構築は好例も悪例もまだまだ少なく、手探り感も拭いきれない業界なのだ。
会社の信頼関係や個人間のコミュニケーションを構築しやすい風土の企業間経済圏なども必要になるだろうから簡単な問題ではないが、既に配信界隈は大きな枠になってきてるから手を結ぶのもアリだと思う。
集団や個人を結ぶシステムのような構造を使って意見交換や情報交換し、過渡期に発生する問題を乗り越える方法もあるかも知れない。
「何にしても話がデカイから、俺じゃどうにもっすね。社長にでも話してみますよ」
「おう、話すだけ話してみろって。それよりもオカルトの方面だが、何か新しい情報はあるか?」
「結構あるっすよ、自分が関係した怪異とか情報を聞いた話だと~~」
灰川はタナカに話せることを話し、渋谷に7人ミサキが発生した事や、鷹呼山の残留思念の事などを話した。
タナカも色んな情報をくれたが、芸能界に関わる事になるという話を聞いたら、そっち方面のオカルト情報を話してくれた。
0番スタジオ
どこかの大手テレビ局にあると噂されてる過去に閉鎖されたスタジオ。
テレビ局スタッフが間違えて入ってしまったところ、スタジオ内では昔に使われてたような番組セットで撮影がされてたらしい。
しかしその場に居た出演者は既に死亡してるタレントや芸能人ばかりであり、喋ってる内容も不吉で不穏なことばかりだったと語ってる。
そのスタッフは流石に夢だと思ったらしく、同僚に笑い話っぽく語ってたが、後日に行方不明になったとの噂だ。
不幸のドラマ
テレビ局グループ会社のドラマ制作会社の倉庫から見つかったドラマの脚本と本編映像。
平成初期に製作されたドラマだったそうだが、映像の中に奇妙な物が映り込むことが頻発し、スタッフやキャストは撮影後にスキャンダルや事故で業界を後にする事になるという不幸に見舞われた。
ドラマの内容も何が映ってたのかも分からないが、とにかくヤバイものが映ってたそうでお蔵入りになったらしい。
最近になってその映像と脚本が事情を知らない者が会社から持ち出し、どこかでリメイクされてるという噂がある。
脚本自体が危険な心霊的な意図を持って作られてるという噂もあるが、全て定かじゃない情報だ。
「他にも存在しない番組の噂とか、絶対に入ってはいけない地下室がある局外倉庫の話とか、個人の話も合わせると色々とあり過ぎてな」
「そうなんですか、芸能界とかメディア業界って怖いっすね」
芸能界も芸能人も関係者もオカルト話には枚挙に暇がないらしく、全てを調査して解決など望めないらしい。
噂や話の真贋も業界が故に掴みづらく、心霊調査のプロを以てしても真偽不明、調査不能の案件が非常に多く難儀してるとの事だ。
「あとVtuberとか配信界隈の怪現象の話も入ってるぞ、誠治は聞いておいた方が良いだろうな」
「えっ? そんなのもあるんすか?」
「まだ数は少ないがな、一応は調査中の物もあるぞ」
どうやら新しい業界である配信界隈にもオカルトが出て来てるらしく、興味深く聞くことにした。
死の仮想空間
忘失都市という噂がどこかで広まっており、そこは幽霊や霊魂の念などが集まると言われてる。
そこは仮想空間のバーチャル世界と似たようなものらしく、近年にその空間ととあるバーチャル空間ゲームが繋がってしまったと霊能者が言ってた噂が入って来た。
そのゲームはアバターを使ってプレイするそうなのだが、Vtuber活動をしてる者だけが入れる特殊な仮想都市空間があるらしく、そこが忘失都市だとの噂だ。
まだ情報が少なく、なぜVtuberだけが入れるのか、死が何を意味するのか、この話が本当なのか、まだ分からない。
電子ドラッグ系配信
かつて都市伝説となったが実在しないし、製作は不可能とされていた電子ドラッグが実現されてしまったらしい。
深層ウェブで世界の誰かが作った音源ドラッグが流出して表層ウェブで使われてしまい、外国調査もしてる霊能者から国家超常対処局に対策喚起がされたようだ。
聞いた感じだと様々な周波数の音が入り乱れる電子音楽らしいが、この音楽を使って配信した男性配信者が狂乱状態になり、配信中に全裸になってBANされた。視聴者も体調が急激に悪化したなどの症状があったと語ったらしい。
その国の軍出身霊能者が『この症状は兵士に配られる興奮剤と同じ症状だ』と語り、何らかの手段を用いて薬剤を音に変換するバグ技みたいなものがあるのでは?と推察してるらしい。
だが一番の問題は服用したら全裸になるような薬を兵士に配ってるその国の軍隊だという事になり、軍医療省の長官がマジギレした国家元首に「お前はバカか!?」と言われながら飛び蹴りを喰らったそうだ。
「飛び蹴りが盛んな国だからな、こんな所にもお国柄が出るんだろうな」
「そんなのが盛んな国は怖いっすね…でも貴重な情報どうもっす」
タナカは3杯目のウイスキーのロックを口に運んで豪快に飲み、灰川も焼酎を飲みながら色々と語り明かした。
最近は本当に国家超常対処局は忙しくてたまらないそうで、実は集団疲労を起こしてたのは自分たちという身近な例があったから指摘できたとの事だ。
「そろそろ行くか、けっこう飲んだしな」
「そうっすね、こんなに時間が経ってたのかぁ」
情報交換の2人飲みだったが良い時間だった、タナカとは相性が良いらしく灰川は一緒に居ると色々と知れて勉強になると思える仲だ。
過去はどうだったか知らないし聞くつもりも無い、そういう仲の人が居たって良い。
「そうだ、また誠治に協力を頼みたい事が近々あるかもしれん。その時は頼めるか?」
「状況次第になるかもっすけど、もちろん良いっすよ。付いて行けない事情があったとしても、お札とか陽呪術でサポート出来るっすから」
灰川はたまにタナカに頼まれてお札などを渡してサポートしており、その効果は局内でも評判だそうだ。
もちろん場合によっては灰川のお札が使えない事もあるが、それでも大いに役に立ってるそうで、何度か命を助けられた局員も居る。
「世の中は目まぐるしく変わってくな、オカルトの世界もネットの世界も同じだな」
「1年前の常識は通用しないなんてことザラですし、忙しく変わり続ける世の中の疲れが怪異を増やしてんのかもって感じっすね~」
テクノロジーも社会システムも進化を続ける世の中で、今を生きる人達は情報過多で自分でも気付かない内に疲れてしまってるのかもしれない。
タナカや灰川のような現出怪異に対応できる霊能者も同じで、変わり続ける状況に対応し続けなければならないのだ。正直に言えば疲れてるかもしれないと灰川は思う。
その疲れをどうにかするには霊能関係での誰かとの協力も必要かもしれないと改めて考える。
「じゃあまたな誠治、今度に協力頼むぞ、マジで」
「タナカさんがヤバイって感じる怪異だったら相当なもんっすね、気を抜かずに手を貸しますよ」
「ありがとな、お互い生きてまた会おうぜ」
こうしてお開きとなり、タナカは駅の喧騒の中に紛れて行った。
まだまだ精進が足りないが時間は待ってはくれない、2社の先行きや灰川自身の先行きも光ばかりの道ではないだろう。きっと苦労もあるしトラブルもある。
灰川は今日一日で、今まで感じてたモヤモヤした感覚の正体に気付けた。だが、これを知ったとてどうなるかは分からないのが世の中というものだ。
「そのうち渡辺社長と花田社長にVtuber関係者のパーティー主催でも提案してみっかなぁ……後で考えようっ、帰るか!」
仕事も生活も複数の状況を一斉にこなさなければならない事は多くあり、それに疲れてる人だって居るはずだ。
もし疲れてしまったなら、誰かの面白い配信でも見て笑顔を分けてもらおう。
でも運悪く、つまらない霊能者の配信に当たってしまったら……そんな時はコメントしてあげると凄く喜ぶかもしれません。
まるで物語の終りか第2章が始まるかみたいな締めですが、次もたぶん変わらず、いつもの感じの内容になると思います。
今回ももっと詳しく内容や心情を書こうと思ったんですが、冗長になりすぎると感じて止めました。




