163話 灰川配信と小路の物件探し
「よーし、配信しよっと!」
相変わらず配信者として芽が出ないが、今日も諦めず配信する灰川だ。
史菜を見送った数日後に夏休み期間が終了し、学生組は新学期が始まってる。
灰川は業務は通常で、この数日は任されてた仕事を片付けたり、新しい仕事の相談をされながら過ごしていた。
新学期からは2社の動きも新たな局面に入り、芸能界進出だけではなくネットでも存在感を高めようと奮闘する事になる。
「前に通りすがりの連中にボロクソに言われたけど気にしないぞ! 今日は100人ネットポーカーだ!」
100人ネットポーカーとは文字通りに最大100人でやるポーカーで、最近はVtuberや配信者を中心にプレイヤーが増えてるゲームだ。カードの枚数なんかは人数によって変動し、高得点者の勝ち上がり形式で1位を目指すゲーム性である。
また懲りずに流行りに乗っかって視聴者をゲットしようという目論見だが、こういうゲームは元から人気のある配信者じゃないと視聴者は集まりにくい傾向がある。
「配信開始! マッチングも早いなぁ、100人があっという間に集まったぜ!」
ここで灰川のいつも通りに同時視聴者0人の配信が始まり手札が配られる。ちなみに灰川メビウスの視聴者登録数は53人で、少しづつスパムアカウントが登録して行ってる状態だ。あとはbotなんかも偶に登録される。
「2のワンペアか、一番弱い役じゃねぇか! こんなん全とっかえだろ!」
1人でマイクに向かって喋りながらポーカーをプレイしてると、コメント欄に書き込みがあった。
『牛丼ちゃん:灰川さんも100ポやってるんだ、私もさっきまでやってたよー』
「お、牛丼ちゃん、こんばんは。これ面白いねぇ! 100人もやってると誰か有名人でも混ざってないか確認したくなっちゃうよな」
『牛丼ちゃん:その気持ち分かるwww』
三ツ橋エリスもさっきまで同じゲームをやってたようで、そちらは視聴者いっぱいの大盛り上がりだったようだ。その中で何度か名の知れた配信者やVtuberともマッチングしたらしく、その時は視聴者と一緒に盛り上がったそうだ。
「ツーペアか、フルハウス狙いが妥当だろ。1枚ドローだな」
『牛丼ちゃん:普通のプレイだねー』
大きな賭けに出る事もなく手堅いプレイをしていき、勝ったり負けたりを繰り返していく。配信としては非常に見所の薄い形だ。
『柑橘系:こんちわ灰川さん、100ポやってるんすか?』
「おっ、また来てくれたんだ柑橘系さん、いま流行ってるから俺も波に乗らせてもらうぜ! 3のワンペアだからドロップだな」
『柑橘系:手堅いプレイっすね!』
そうこうしてると竜胆れもんこと来見野 来苑も視聴に混ざって来た。
灰川は手札が強ければレイズして勝ち点を上げたり、弱ければ勝負を降りてプレイしていく。もう完全に普通にやってる状態だ。
しかし普通にやるからこそ勝ち星も普通に上がり、遂には良い感じの所まで勝ち進む。
『牛丼ちゃん:あれ?相手の中に染谷川小路ちゃん居る?』
『柑橘系:あと個人勢の八木イチトさんが居るっすね』
『南山:こんばんは灰川さん、100人ポーカーをされてるんですね』
北川ミナミこと史菜も視聴に来て、決勝の相手にはなんとシャイニングゲートの小路とフェスで会ったサボテン男が灰川の前に立ち塞がる。
それぞれプレイヤーネームが『染谷川の小路ちゃん@シャイゲ』『八木イチト&メーピョン』になってるから灰川にも相手が誰なのか分かりやすかった。
「小路ちゃんと八木イチト!? 上等だ!やってやんぞ!」
『南山:頑張って下さいね灰川さん』
『柑橘系:小路ちゃんの配信盛り上がってるっすね~』
『牛丼ちゃん:八木イチトさんの所も小路ちゃんに負けるなって沸いてるよー』
「ちきしょう! 俺の所は視聴者ぜんぜん来ねぇのに! せめて勝利くらい寄越せってんだ!」
灰川の手札はワンペアが一組で、それ以外はドローで交換する。
「よっし、スリーカードになった! これなら勝負に出れそうだ!」
『南山:スリーカードで勝てるでしょうか?』
ここでコメント欄に史菜以外の書き込みが無くなる、市乃と来苑は相手の配信も観てしまったため手札を知ってる状態だから、ネタバレしないために黙ったのだ。
「よし勝負だ! 八木イチトぉ!無名の奴に負けて涙の海に沈めぇぇっ! 視聴者も寄越せー!」
『牛丼ちゃん:有名配信者に対する妬みの感情が漏れてるよ!』
『南山:鬼気迫る迫真の勝負ですね!』
『柑橘系:表情が何となく想像できる声っす!』
スリーカードで勝負をかける灰川、対する相手の手札は……。
「小路ちゃんがロイヤルストレートフラッシュ…サボテン男がストレート…」
『柑橘系:負けっすね~』
『南山:小路ちゃん強いですね、元気出して下さい灰川さん』
『牛丼ちゃん:なんでサボテン? 負けちゃったかー』
「チクショー! でも楽しかったし良いかぁ!」
完敗したが充分に楽しめたし良かった事にしよう、きっと小路とファンも喜んでる筈だ。八木イチトは知らんけど。
自身を取り巻く環境はどんどん変わって行ってるのに、やっぱり配信には誰も来ない。そんな感じで今日の灰川の配信は終わり、明日に備えて寝る事にした。
ちなみにその頃の小路の配信は。
「むふふ~、ロイヤルストレートフラッシュなんて初めて出たよ~」
コメント:スゲェ!小路ちゃん強いな!
コメント:シャルゥちゃんも出してた
コメント:おめでと!
コメント:スリーカードの人は弱そうだったね
「初めてポーカーやったけど楽しかったよ~、またやりたいな~」
小路は目が見えないが、ポーカーのようなトランプゲームならカードや役を覚えればプレイ出来る。このゲームもそれに倣ってプレイしたが楽しめたようだった。
そして灰川がフェスで会った性格の悪い男性Vtuberの八木イチトは。
「勝ったよ! ファンの皆とメーピョンのおかげです! みんなありがとう!」
「メェ~!」
コメント:おめでとうイチト君!
コメント:今日もカッコイイよ
コメント:メーピョン元気だな
今ではすっかり子山羊のメーピョンと仲良しになり、配信にもたまに連れて来る仲になっていた。今度にハピレの枝豆ボンバーとボルボルとコラボするらしい。
翌日になり灰川は自分の事務所で外部企業からの案件を整理してる際中だ、最近は四楓院の息の掛かった企業からの案件は灰川を通して依頼する形になってるようで、忙しさは前よりある。
芸能関係からの挨拶に来たいという電話もあり、これも四楓院関係だ。もはや権力者の窓口みたくなってる状況に困惑するが、それ以外にも仕事の予定が今日はあった。
その仕事を頼まれた人から電話が来て、タクシーに乗って到着した事を聞いて事務所の外に迎えに行く。
「こんにちは灰川さん~、今日はよろしくね~」
「条件に合う賃貸物件探しだよな、桜の言う条件だとかなり限られるんだよなぁ」
「期待してるよ~、でも見つかるかは分かんなそうだね~」
今日はシャイニングゲートの染谷川 小路こと春川 桜の頼みで一緒に物件探しをする。
シャイニングゲートにも相談はしたそうなのだが、会社が押さえてるVtuber歓迎の物件は埋まってるそうで、灰川にお鉢が回ってきたという事だ。
「立地条件が良くて、動物OKで、バリアフリーも良くて、音とかも気にする必要なくて~~……」
「自分で言っておいてなんだけど、けっこう条件厳しいね~」
事務所に桜を入れてから事前にピックアップしてた物件をネットで見返す。その数はたったの3件で、桜の求める条件の部屋は非常に少ない。
「とりあえずは不動産屋に行ってみないと分からんな、ネットに載ってる物件以外にも条件に合う部屋があるかも知れんしな」
「うん~、お父さんとお母さんも、そう言ってたよ~」
桜は灰川家に居る猫のマフ子と本気で一緒に住みたいと考えており、両親に何度もお願いして飼えないか相談したそうだ。
しかし春川家は両親の仕事の都合もあって今の住処から引っ越すことが難しく、桜も目に障碍があるため慣れた場所から引っ越すことも簡単ではない。
そんな環境だが両親は桜が一人でも暮らせるよう訓練しなきゃいけないとも考えているらしく、シャイニングゲートや盲学校からの支援を受けられる今はチャンスだとも感じたらしい。
そこで桜に様々な条件を付けて一人暮らしの許可を出したそうなのだが、そのためには物件を見つけなければならない。
「まず最初にご両親に電話させてくれ、挨拶しとかないと波風が立つかもだからな」
「良いよ~、電話番号は知ってるよね~」
桜から前に聞いて登録してた母親の番号に電話を掛けた、父親は仕事中で日中は掛けないで欲しいと事前に聞いている。
「もしもし、こんにちは。春川桜さんのお母様のお電話ですか? シャイニングゲートさんの外部顧問事務所の灰川コンサルティング事務所の灰川誠二という者なんですが」
『どうも灰川さん、春川です。今日も娘をよろしくお願いします』
桜の両親には実家に泊まりに来た時に電話で話しており、互いに全く知らない訳じゃない。桜以外の両親も灰川家に泊まりに来た面子は挨拶は済ませてある。
「それで物件の事なんですが、ご両親からは何か条件というか要望はありませんか?」
『そうですね、やっぱり現地に行って確かめるのと、不動産屋にちゃんと話を聞いて決めてもらうのと~~……』
桜の母親は最近、知人がネットで見た物件を良いと判断して即決したら、情報は間違ってなかったが思ってたのと大きく違って後悔してる話を聞いたそうだ。
そのため必ず信頼できる誰かと一緒に現地に行って確認する事を条件として出した。その他にも要望などを聞いて、しっかりと意思疎通する。
この物件探しは両親は関与せず、両親以外の人を頼って桜が良い場所を見つけられるかという試験も兼ねている。
しかし桜の求める条件がかなりキツくて、両親的には『無理だろコレ…』という感じになってるようだ。見つからなくても仕方ないだろう。
「忙しい中すみません、では良い物件が見つかるよう娘さんと探して来ますので」
『よろしくお願いいたします、今度ぜひ家にもいらして下さい』
挨拶と要望聞きも終わり、次は実際に不動産屋に行って話を聞いて内見する番だ。目当ての物件がある不動産屋には窓口予約を入れてあるから準備も抜かりない。
四楓院グループを頼もうかとも思って聞いたのだが、桜の行動範囲で条件に合う物件は傘下企業には無く仲介も難しいそうで、自力で探すことにしたのだ。
桜を連れて外に出てシャイニングゲートから借りた車に乗り込む。
「シートベルトもしたし、ガソリンも問題なしだな。じゃあ行くかぁ」
「うん~、出発しんこ~だよ~」
今日は午前も午後も桜の物件探しの手伝いで、シャイニングゲートとしても人気ナンバー3の染谷川小路の要望を聞かない訳にはいかない。
「すいません、当方にはお客様のご要望に沿える物件はございません」
「「えっ?」」
予約していた不動産屋に到着して相談していたら、いきなりそんな事を言われた。
普通に話を聞いてくれてたのだが、ある一言を告げたら急に話が打ち切られたのだ。
「どの物件も大家が配信者とかYour-tuberとかは絶対に入居させないの一点張りでして……すいません」
「そ、そこをどうにか出来ないんですかっ?」
「どの物件も動画サイトで活動してる方に酷い目に遭わされてまして、誠に申し訳ないのですが…」
「そんな~…私はVtuberだよ~」
最近は配信者とかYour-tuberに部屋で過剰に騒がれて近隣住民とトラブルになったり、部屋で動画撮影をして設備を破壊したりするトラブルが不動産界隈で続出してるらしく、動画活動者お断りの物件も増えてるそうだ。
10人以上も呼んで夜中に騒いで防音壁を突き抜ける大声で騒いだり、『ヨーグルト風呂に入ってみた』みたいな動画を撮影して水道管を詰まらせたり、動画収入が下がって家賃を払えなくなったりなどトラブルが絶えないらしい。
「そんな事しませんって、ですから話だけでも聞いてくれるよう頼めませんか?」
「前に入居した配信者の方もそう言ってました、配信者だかYour-tuberだか知らんが絶対に入居させないと大家が言ってますので…」
不動産屋とは様々な形態があるが、ここはマンションの持ち主などと契約して入居者を紹介してる所だ。大家が入れないと言う以上は入居は出来ないのである。
最近は動画投稿者による住居トラブルが特に多発してるそうで、迷惑行為、契約違反行為、公共スペース独占行為、無断撮影、修復不能及び多額の修復費用の発生する汚損・破壊行為、その費用の踏み倒しなどが例に挙げられた。
業者によっては動画活動をしてると言われた時点で入居を断る会社もあるとされる程で、収入も不安定であるから金銭面でもどれほど稼ぎがあっても嫌がられる事も少なくない。
通常は賃貸物件は貸してしまえば法的に追い出すことが難しく、貸し出す時に注意して貸さないと大家が痛い目を見る。そのため最近は動画活動者に対して、不動産屋は厳しく査定する風潮があるようだ。
「当社としましても動画活動をしてる方には、再三の注意と契約の確認をして頂いてるのですが…良い関係を築けてるとは言い難い状態でして…」
「「………」」
灰川としては自分も配信者をやってるから、そういう部分が盲点になっていた。言われるまで『動画活動者だから断られる』という可能性を考えもしなかったのだ。
しかも桜はVtuberとしては名が知られてるから、自分が染谷川小路ですとか、シャイニングゲート所属ですとか迂闊に言えない事情もあり、そこもネックになっている。
Your-tuberとVtuberは違うと言う人も居るかもしれないが、業者からしたら何されるか分からないという点では同じだ。実際にVtuberでも迷惑を掛ける人も居るだろう。
「仕方ないか…大家が聞く耳持たんっていうなら交渉も出来ないしなぁ…」
「う~…どうしよ~…、これじゃマフ子と一緒になれないよ~…」
仕方ないから別の所を探そうと桜に言おうとした時に、隣の相談窓口から焦ったような声が聞こえてきた。
「な、なんで更新できないんですかっ!? 理由を教えて下さいよっ!」
「お客様のマンションに重大な建築安全上の問題が発生しましたので、全体の建て直しが必要になったためです。3か月前から告知していましたが」
そんな説明を受けてる声が聞こえて来て隣を見てみると、灰川の知る意外な人物が座っていた。
「あっ」
「えっ?」
そこに居たのはライクスペースの滝織キオン、以前に灰川と軽くトラブルになり今も根に持ってるVtuberだった。




