161話 史菜の内面
灰川と史菜は渋谷センター街の近くの店に到着した、今夜も渋谷は若者でいっぱいだ。
史菜は先程の事もあって警戒心が上がってるので、外でSNSを触ったりしないだろう。そういう事さえしなければ、身バレはしない筈だ。事務所から出る時も掛かりつけ会社のタクシーを使って出たから安心である。
「よし着いたぞ! ここは女の子が好きそうなメニューが揃ってるけど、女の子が入りにくい店だ!」
「こ、ここはっ!」
「男のスウィーツ専門店、甘党漢だ!」
「甘党漢ですね! 男の人も甘いものが好きな人が多いんですね!」
ここは量的にも男が満足できるタイプのスウィーツ店で、女性も満足できる味の店としてちょっと話題になってる。
史菜は甘いものが好きだから文句の有りようもなく、灰川も甘いものが食べたい気分だったから、夕食代わりに今日はスウィーツを食べようという事になってここを選んだ。
「よし入るか! 看板のマッチョな覆面男のイラストが良い感じだな!」
「お店のポスターは鬼気迫る武士のイラストです! まさに男って感じのお店な気がします!」
灰川と史菜はそのまま店内に入り、店の中はどんな『漢!』という感じなのか少し怖かったが、中は綺麗なスウィーツ店という感じで奇抜な印象は無かった。なんだか極端な店だ。
「いらっしゃいませ、普通席と半個室席と漢専用席がありますが、どこにしますか?」
「じゃあ半個室で、念のために聞きたいんですが漢専用席ってなんですか?」
「かしこまりました、半個室席にご案内いたします」
「えっ、ちょ、だから漢専用席って…」
店員は聞こえないフリして半個室席に案内され、あとはタッチパネルとかで注文する事などを説明されて史菜と2人になった。
「漢専用席は気になるけど、とりあえず色々注文して食べようぜ。どんなのがあるんだろ?」
「はい、今日のお礼にご馳走させて頂きますので、お好きな物を頼んで下さいねっ。やっぱりケーキとかがあるんでしょうか?」
タッチパネルでメニューを見てみると、サイズの大きいパフェやケーキ、タルトとかドーナツとか様々な物がある。どれも美味しそうだが女性には確かに大きなサイズで、普通の店の1,5倍くらいは量がありそうだ。
「あっ、灰川さんっ、その……こ、これは凄いと思わないでしょうかっ…? うぅ…」
「ん? なになに、カップル限定特大スウィーツ、ビッグフルーツパフェ? でもカップル限定だぞ?」
「は、はいっ、で…でも今の私たちなら、カップルに見えないこともないかと…っ」
正直に言うと灰川は史菜が自分に特別な感情を持ってくれてる事は分かってるし、本人もそう言ってる。しかしそれは思春期の一時的な感情であり、しばらくすれば無くなる感情だと思ってる。
だが史菜の感情は無くなるどころか深くなっていた。
それを示すかのように史菜は会う毎にアプローチを強めてるのだが……そういう方面への恥ずかしさもあるようで、大胆に仕掛けようとして顔真っ赤になりながら頑張る姿は可愛らしい。
しかしタガが外れると何をするか分からないのが少し怖い子だ、精神がプラス方面に乗ってる状態だと普通に「好きです!」とか言ってきたりする。
「そんなに気になるのか、じゃあコレにするか?」
「良いんですかっ? じゃあそれにしましょうっ」
史菜は頭が良く、灰川が『逃げられない状況』を無意識で作って来る。相手が心理的にNOと言えない状況を、環境に応じてナチュラルに選んでしまう癖があるようなのだ。
今の場合は灰川がNOと言った場合は「史菜とカップルに見られるのは嫌だ」と宣言するようなものであり、灰川が絶対に選べない選択肢である。
これは灰川が史菜に好感を持たれてると自覚してるのが肝となる立ち回りだ、その自覚が無い場合は『付き合ってねぇんだから無理だって』というような無自覚ムーブが可能になる。だが、その場合においても好感を持たれてるかも、と相手に思わせる事が出来るから無駄にはならない。
つまり今の行動において灰川に対して好感を持ってる史菜が損になるケースは非常に発生しにくく、それでいて灰川に白百合史菜という子の存在を強く意識させる事が出来るのである。あとフルーツパフェが普通に美味しそうだったというのも割とある。
これらの思考は女の子は非常に早く、瞬時に判断して正解択を見つける。その思考力の高さは男の比ではなく史菜も同じだ。
しかしこれらの事を実行に移すとなると話は別になり、度胸や勇気も必要になる。勝算を事前に高めておかなければ、失敗して恥ずかしい思いをする事になるだろう。勝算を積む事によって必要な度胸や勇気の量も変わるのだ。
「灰川さんは…そのっ…、私と、その…凄く仲の良い男女と見られるのはっ…イヤでしょうか…っ?」
「いや、そんな事はないって、むしろ嫌がらずに注文してくれて嬉しいと思ってるって」
「~~! は、はいっ、ありがとうございますっ」
今の状況もNOの選択肢を封じられていた、普通に考えてNOと言える訳が無い。もし言ったら、それはもはや言葉のナイフと言っても過言ではない。
というより灰川だって普通に史菜から慕ってもらえるのは凄く嬉しいことで、人気のVtuberの北川ミナミをやってて社会的にも才能を認められて、才覚を発揮してる史菜にそう思ってもらえるのは純粋に嬉しい。
成人男性とはいえ誰かに想ってもらえるというのは大きな幸せを感じるものだし、そこに年齢の差異は無いものだ。
「その…灰川さんは、どのような異性が~~……」
「そういや史菜、そろそろ夏休みも終わりだけど新学期の準備とかは大丈夫そうか?」
「……! はいっ、しっかり勉強もしましたし、会社のスケジュールと合わせて予定を立ててますので」
今までの流れは様々な漫画やドラマ、アニメで男女問わず何度も使われてきた手法で、現実で使っても非常に効果が高い戦術と言って良い。
しかし反面、予定外の会話の切り出しや第3者の介入などの事態の発生に弱いという側面がある。これが起こると精神を揺さぶられ集中を乱し、雰囲気の立て直しが困難になる。
流石に灰川もその程度の事は分かっており、史菜のペースを乱させる。これは灰川が史菜にマイナス感情を持ってるとかではなく、マネージャーであり仕事仲間でもあり、史菜がストリーマーをしてるから安易に気持ちを受ける訳にはいかないという事情がある。
大体にして高校生の女の子と大人が付き合う事は、世間的にも良くないとされる事が多い気がする。
「学校も色々と大変だよなぁ、配信で疲れる時もあるだろうし、学校では身バレしてないからマシではあるんだろうけどさ」
「はい、でも今は凄く楽しいですし、周りの子でもネット活動や芸能活動をしてる子が居ますので」
史菜の通う忠善女子高校は渋谷区という立地もあってか、昔から芸能人や役者として活動する生徒が割と居るらしい。だからこそ有名な子を守る体制も確立してるようで、自由鷹ナツハも同じように通ってる。
「お待たせしました~、カップルビッグフルーツパフェです」
「デッカっ!!」
「わぁ! 大きいです!」
ラーメン丼くらいあるカップに山みたいに盛りつけられたフルーツパフェがやってきた!
クリームにアイスにフルーツに凄い量で、味に飽きないようにチョコパフェになってる部分もある。
「こりゃ張り切って食わないとな…よし、行くぞ!」
「はい! 灰川さんと一緒なら倒せる気がします!」
食べるじゃなくて挑むという感じになってるが、味は美味しく、意外と後を引かないタイプの質感のパフェだったので少し余裕を持って完食したのだった。
食べてる間は史菜がアプローチを掛ける事もなく、○○のケーキが美味しいとか、市乃が日本初上陸のチョコを買いそびれたとか、甘味に関わる楽しい会話をしながら食べていた。
しかし史菜は諦めた訳でも中止した訳でもない、むしろパフェで食欲が満たされて元気が活性化され、精神がプラス方向に行った状態になってる。
「美味しかったな~、ご馳走になったから、今度は俺に何か礼をさせてくれよなっ」
「どういたしまして、とっても面白いお店でしたっ。また行きたいですっ」
史菜にご馳走になった礼を言った後に、味の感想などを交えつつ腹ごなしに歩いてハッピーリレー方向に向かう。夜の渋谷は賑やかだが、今は少し人通りの少ない道だ。
その道中でも当然ながら会話がある訳で、何となしに灰川が話題を振った。
「そういや学校で変な事は起きてないか? 前に開かずの間は祓ったから大丈夫だとは思うけどさ」
「はい、おかげさまで何も…あ、最近少し噂になってる話がありますよ」
「どんな話なんだ? その話し方だとオカルトじゃなくても気になるなぁ」
どうやら忠善女子高校や、その他の学校でも噂になり始めてる話があるらしい。
恋愛予知アプリ
女子高生や女子中学生の辺りで話題になり始めてる噂、スマホにいつの間にか入ってるアプリで持ち主の恋愛を予知して導く機能がある。
このアプリに意中の人の名前を入力すると、その人と恋愛関係になるために必要な方法が出て来るというアプリだ。
誰かが実際にその方法を実践してみると、本当に成功したらしく噂が密かに流行り始めてるらしい。
「ふ~ん、まぁ結構昔からある恋愛のお呪いが現代風になったって感じかね」
「昔からあるんですか? どんなものだったんでしょう?」
「もう数え切れないくらいあるぞ、消しゴムに好きな人の名前や生年月日を書いて使い切るとか、好きな人の学校の机に自分の物を忍び込ませて1週間バレずにいるとか」
「そんな方法があったんですか、面白そうな気がします!」
恋愛成就のお呪いは昔から凄い数があり、他にも大量にあって古代から女子を中心に様々な方法が流行って来た。
「効果はあるんでしょうかっ? やっぱり、そこも気になっちゃいます」
「おう、あるぞ~。でもな、この効果ってのが笑えるほど単純なんだよ。今言った方法は大体は好意がある事は相手にバレちゃうからな、そうなったら意識せずには居られんて」
「オカルト的な効果は無いという事なんですか?」
「全く無い訳じゃないけど、精神誘導的な効果の方が遥かに高いって。あの子が自分を好きだって気付いたら、どうやったって気になるからな」
名前はともかく生年月日などを聞くのは子供であっても不自然だし、住所となれば尚更だ。しかも男子だってその噂は聞いてる事が多く、個人情報を聞かれた時点で『誰か俺のこと好きなの?』という考えが浮かんでしまう。
面白い事にこういう時には男は都合の良い方向に頭が行ってしまい、恋のお呪いに使うんじゃなくて嫌いな奴を呪う方法に使うんじゃ?とは考えないものだ。例え呪いの噂が同時に流れててもだ。
その男子は誰が自分を好きなのか気になって相手を探し始め、それが誰か分かったとしたら3割増しで相手の子が可愛く見えるという寸法だ。これなら恋愛成就の可能性は高まる。
「これが面白い事に基本的な呪いと同じ精神機序でな、呪われた人が誰かが自分を呪ってると知ったら、怖くて体調を崩したりするのと同じパターンなんだよ」
「あっ、言われてみればそうかも知れないですっ、形は違うけど同じなんですね」
恋も呪いも本質は変わらないのかも知れないと思うと、少し面白い気持ちになる。オカルトの恋バナにも少し微笑ましい話があったりするのだろう。
「ではやっぱり恋はアピールが大事なんですねっ、灰川さんも女の子からアピールされたら、嬉しくて好きになっちゃうものなんでしょうかっ?」
「そりゃ俺だって男だしなぁ、子供の頃は女の子から恋のお呪いの代行を頼まれた時はガッカリしたぜ、わははっ」
灰川は何気なしの普通の会話をしてるのだが、史菜は少し違う。どのようにすれば灰川の気を引けるか、どうすれば灰川に意識を向けてもらえるか会話で探っていたのだ。こういった会話における男と女の気の置き所は違うものなのだ。
史菜は人気Vtuberであり、人気があるのは当然ながら理由がある。配信でどうやったら視聴者の心を掴めるか、どうやったら人気が出るか自分でリサーチして配信に落とし込んで成功させてきた頭と実績がある子だ。
基本的には内気だが異性への社交性は少し難がある史菜は、配信では『北川ミナミを演じてる』という側面が少し強めだ。そういう仕事モードの時は人に注意したり意見を言ったりなども出来るのだが、普段はそういう事が出来ない。
それは自分に自信が無い事への裏返しでもあり、他者と交流する時は自分をあまり表に出さないという癖に繋がってる。
だが市乃はライバルとして友として仲が良く、互いを理解し合える仲になれたし、灰川が来てから由奈やナツハや小路といった友達も増えた。
「あっ、灰川さんの事務所に着きましたね」
「おう、市乃が配信終わったら電話してくれる筈だからよ、今日は市乃と一緒に寝て安心させてもらいなって」
史菜は今日は悪質尾行の被害に遭って怖い思いをしてしまい、それを和らげるために灰川が一緒に居る形だ。
しかし史菜はこれまで灰川にオカルト、仕事と何度か助けられるうちに強く慕うようになっており、ついさっきも助けに来てくれた事で気持ちは更に大きくなっている。
史菜は灰川の短絡的な飾らない部分にも惹かれており、彼の前では北川ミナミよりも白百合史菜の部分が強く出てしまうのだ。
なのに自分を出す事を怖いと思えないし、自分の本当の部分を出せてしまうのが不思議に思いながらも強い気持ちを抱いてる。
その理由は彼が誰かを見下したり、意味も無く誰かをバカにしたりしない性格だと感じてるからだ。一見するとパっとしない人なのに、そういう部分にどんどん惹かれて行った。
「じゃあお茶でも出すからよ、ゆっくりしてってくれ」
「はい、お手伝いしますね灰川さん」
史菜のその気持ちは大きくなっており、今だって心の中にある。そんな子と2人になってしまう状況は危うい。
史菜とて灰川のような社会人であり仕事の付き合いもある人に、学生年代でしかもストリーマーをやってる自分が、そういう気持ちを持つ事は望ましくないのは承知してる。
だが今まで異性に大きな気持ちを向けた事が無かった反動もあり、気持ちを止めたり制御する事が難しいという精神になってしまった。
しかもネットや漫画で余計な知識や、極端な情報を吸収してしまってるため、予測不能の行動に出る可能性もある。どのように対処するか、大人の精神性の見せ所かも知れない。




